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教務部の御供養当番

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夏期参詣も中盤。今日は7月最後の日。今年の天気はすっきりしない。関東ではまだ梅雨明けにならないのだから。昨夜はカミナリが鳴り続いていたし、台風も発生しているようだ。  妙深寺はちょっと変わっている。いろいろな意味で、ご弘通ご奉公を模索しているし、教務とご信者の間の絆や距離を考えて、「ご奉公をみんなでさせていただく」という雰囲気づくりに力を入れている。  中でも最もユニークだと思うのが、寒夏の参詣中に1日だけさせていただく「教務部の御供養当番」だ。その日は、本堂から教務部が調理場に降りて、御供養を作り、お出しするのだ。この写真でも割烹着を着て御供養をお出ししているの住職の私。食器を洗うために後ろに立っておられるのは日博上人のお弟子で三代の住職にお仕えくださっている名執事長の正教師だ。  とにかく、今日31日は、教務部の御供養当番。私は導師座でご奉公するが、教務部は9時まで調理場でご奉公する。ちょっと変わっているが、ご信者さんも楽しみにしてくださっている。

親からの宗旨を変えて

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昨夜は参議院選挙だった。テレビ各局は選挙結果についての報道に終始していた。

 私はといえば、相模原・妙現寺の開導会にお参詣させていただき、夕方帰山をして選挙に行った。妻や子どもたちが同伴してくれた。少しの時間、家族と久しぶりの散歩。投票所まで。

 深夜、神奈川では水戸まさしさんに当確が出た。嬉しかった。

 私が出掛けている間に、ローマからゆりさんがお参詣くださったという。残念ながらお会いすることは出来なかった。夏期休暇で日本に戻っておられたのだ。麻樹ちゃんが帰ってこられたことは知っていたのだが、ゆりさんもローマから帰国されていたのだ。ゆりさんはイタリアの方と結婚され、20年近くイタリアに住んでおられる。ゆりさんご自身も素敵な方だが、3人の元気で素敵なお子さん方に恵まれ、麻樹ちゃんのお勧めでご信心をされるようになった。

 私もローマに行った際には、お助行をさせていただいた。最近は麻樹ちゃんのお宅で週に一回口唱会が行われており、そこにゆりさんも、時にはお子さんもお参詣されていると聞いた。ゆりさんの家は、まるで美術館のようだった。なぜなら、ゆりさんは家具を作るという豊かな趣味を持っておられて、素晴らしいデザインの椅子やテーブルが随所に置かれていた。家そのものがゆりさんの作品。

 日本に帰国される度に、横浜・妙深寺にもお参詣くださり、昨日も20分くらい本堂で一人でお看経されていたという。お会いできなかったのは残念だが、昨日は私の母と育児のことなどを話して盛り上がっていたのだそうだ。お参詣をいただき、楽しく、豊かな時間を過ごしてくださった。ありがたい。

 妙現寺での開導会。鈴江御導師の御法門は、心に染みるものだった。

御教歌「親からの宗旨をすてゝ孝行の とむらひとなる妙な法哉」

 世間の人は、親の言いつけを守る、受け継ぐことが親孝行だと思う。それは当然で、尊いことだ。しかし、ご信心の面では違う。親からの宗旨を変えることや親不孝だと思う人が多いかも知れないが、法華経本門の教え、上行所伝の御題目は、その逆であり、親の宗旨を捨てて本当のご回向ができる、孝行が出来るということを知らなければならない、と。

 お祖師さまの御妙判にある「烏龍」と「遺龍」のお話を引かれて、分かりやすくお説きいただいた。親である烏龍は大変な書家であったが、同時に儒教をこの上なく敬い、決して仏教仏典を書いてはならぬと息子の遺…

夏期参詣、延べ1000名の参詣者増加

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昨夜、22:10に新横浜へ到着。新大阪のホームも猛烈な暑さだったが、新横浜に降り立っても同じ暑さを実感。迎えに来てくれた清康に聞くと、昼間は35度近く温度が上がったという。22時を過ぎているのに車載の温度計は30度を差していた。

 24日から京都でのご奉公。27日には明石大橋を渡って淡路島。28日は大阪。昨夕は清風寺の開導会にお参詣させていただき、大きな本堂で御法門を拝見させていただいた。ご奉公を終えてから新幹線に飛び乗って横浜へ帰ってきた次第。

 お寺では薫化会(お寺の子供会)がお泊まりキャンプをやっていた。子どもたちの笑い声が大広間から響いていた。聞いてみるとゴキブリが出たそうで、「キャー!」と大騒ぎになったという。日曜日の朝は青年会が御供養のお当番に当たっており、青年会の方々も泊まり込んでくれている。有難いことだ。お寺にこれだけ大勢の若い人たちが泊まってくれているとは。

 長く留守をした夏期参詣だが、昨年と比べると延べ1000名の参詣者増加との報告。一日に換算すると30~40名の参詣数の増加。嬉しい報告にホッとする。大変残念なことだが、妙深寺を支えてくださってきた方々は高齢になってきており、そうして夏期参詣に気張ってこられた方の参詣は年々減っている。寂しいかな、そうした家庭内でのご信心のリーダーが亡くなられると、夏期参詣のような厳しい修行が続かない。篤いご信心の高齢者がお一人亡くなると、家族全員のご信心がスーッと落ちてしまうことがある。当然ながら、参詣数も家族ごと減る。

 何度かご披露をしているが、先代の御住職が御遷化(高僧が亡くなられることを、このように言います)になられてから約200名の方が帰寂(亡くなられること)され、お葬式を出させていただいてきた。その方々の多くはご信心の強い方々。少子高齢化の時代、住職としては前年のお参詣者数が維持できるだけでも大変なことだと痛感する。明らかにご信心の強い方々が帰寂されてゆくのだから。

 そのような状況の中で、日々にお参詣される方が増えていることは大変に有難い。内憂外患とも言える社会の中で、お参詣をしながら我が身を省みて、そして他の人を思いやるという人が増えているということであり、朝参詣をすれば苦しみ悩んでいる方々に対する御祈願やお助行があり、世界の平和を祈り、テロや紛争や災害に苦悩する方々の平和や復興のための祈りがある。そ…

宗教票と利害票

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今週末は選挙。みなさんは、選挙に行くだろうか。私は国民の義務として選挙には必ず行かなければならないと思う。

 そう思うようになったのはごく最近のことで、20代前半の愚かな私は投票に行かないことすら肯定していたように思う。だから偉そうなことは言えないのだが、「国民の義務」ということとは別に、少し視点を変えて自分の一票・意思表明に対する責任を考えてみてもらいたい。

 連日連夜、報道されている今週末に行われる参議院選挙。その争点は「年金」「政治と金の問題」などが挙げられている。閣僚による相次ぐ不適切な発言などもあって、与党側である自民党と公明党には相当の逆風が吹いていると言われ、民主党をはじめとする野党の支持率が上がっているようだ。

 それは、ある意味で当然だろう。これだけの材料が揃っていて野党の支持率が上がらなければ恐ろしい。逆に、これだけ野党が大勝する予測が出続けると、大衆の均衡を保つ心理が働いて与党に支持が戻るものだ。どういう結果になるか、どの「程度」の結果になるかに注視したいと思う。

 個人的には、どうやら与党側の思惑はもっと先にあるように思う。自民党の掲げるマニュフェスト(この言葉を聞くと、どうしても神への契約を想起してしまう。「マニュフェスト・デステニー」)の冒頭は憲法改正であるのだから。参院選で一喜一憂せず、参議院選挙の先を見越してその後の政局を睨んでいるはず。参院選で大勝した後、野党側が勝っても政権担当能力は何ら無いとネガティブ・キャンペーンを張って、衆議院選挙と憲法改正論議に持って行くのだろうか。いずれにしても、政治というのは闘争や妥協の連続であるのだろうから、恐ろしい思惑や利害、党利党略や個々の欲望が交錯しているのだろう。

 いずれにしても、選挙権を持つ全ての人は選挙には行かなければならない。行くべきだと思う。当たり前のことだが、本門佛立宗は集団的な選挙活動をしない。支持政党も持たない。どんな思想の持ち主、支持政党が異なっていても、ご信心をされている人がいる。いつか日本の首相や国会議員の方々がご信者(本当の仏教徒)になっていただきたいとは思っているが、政治が闘争や妥協、利害や欲望の集積されているものだとしたら、「組織は必ず腐敗する」という普遍的な言葉の通り、宗教が一つの政治団体を持ったり、宗教団体のトップなどが政治と密接に関係を作れば、いくつかのプラスはある…

コレイア御導師のご奉公

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ブラジルのコレイア御導師ほど、私が敬愛する人はいない。目指しているご奉公、方向、感性が同じであり、今生のご奉公が終わる前に、ボロボロになっていても本山の御宝前に御礼のお参詣を一緒にさせていただこうと約束している。

 本当に、そのご奉公には頭が下がる。尊敬している。破天荒な側面を持ちつつも、ど根性の菩薩。これからも、さらにさらに活躍されると思うが、命がいくつあっても足りないと思うようなご奉公をされているので、私はコレイア御導師の身体健全と災難除滅を御祈願している。

 そのコレイア御導師からいただいた最近のメールを少々ご紹介したい。日本の多くのお坊さんと比較してみてもらいたい。本当に泣ける。ありがたい。もぅ、拝むぅー!

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 Arigatougozaimassu.
 ブラジル信者との初の交流。如蓮寺のSutra 組元組長がイタリア・フィレンツェの道場に参詣してくださった。嬉しい、ありがたい。

 最近は会議ばかりですが、必ず抜け出します。今からちょっと家庭内暴力の連絡が入って、和解に出掛けます。男が女をなぐり、女(ご信者)が出て行ったら殺す、と脅迫しているらしい。女性は冬季参詣に一生懸命ですからご利益をいただいてほしい。

 今日は朝からこんなんです。三界は火宅の如し、、、、
 また書きます。
Correia.

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 ありがとうございます。

 無事に離婚させてきました。殺しあいそうになっていた夫婦を。

 昨日は旦那と3時間お話。今日は二人と話して又2時間。初めてです。本人たちは一週間別居していましたが、でっかい旦那で、しきりに「殺す」「殺す」というのです。今度は鉄砲ではなく、包丁まで見せてくれた。そんなにやりたいなら俺をやってもいいし、又いくら殺ってもきりがないぞ。

 女はいくらでもいる。但しそんなあんたについていける女を探せ。こっちも、半狂いだし、相手は何だこいつはと思っている。

 気違い度で勝った。俺は毎日拝んでるからいいけどあんたは死んだら、後がないぞ、、、等々。
 取りあえず二人の命は取り留めることができた。そして、おまけに(言い方が変だが)懐中ご本尊を授けてきました。何回か御まいりしたことがあったから、ご縁があったし、どんなことがあっても、わしらふたりは一緒だ、といい、拝むのは死ぬまでだといい、ご縁を結んだ。無茶…

スリランカへの招待状

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スリランカへの招待状を作成している。今年の10月、本山宥清寺での高祖日蓮大菩薩御正当会式に併せて海外特別委員会と全世界地域代表者会議を開催する。そこにスリランカを代表してAbey氏とGamage氏を招待することになっているからだ。

 この写真は、私が清顕と二人でスリランカのご奉公に行かせていただいた時の、最終日に撮影したもの。私の隣におられるのがAbey氏で黄色いシャツを着られているのがGamage氏。お二人とも本当に頭の下がる情熱的なご奉公をされており、この日などは5時間くらい運転した後の笑顔の写真である。

 スリランカの南部。カタラガマから国立公園を横切って帰ってきたところ。カタラガマはスリランカの人々が信奉する聖地。そこには、ありとあらゆる願い事を叶えてくれるというヒンドゥーの神が住んでいると信じられている。通常、ヒンドゥーを信じているのはタミル人。仏教徒はシンハラ人考えられている。外国から見ていると、そのタミル人とシンハラ人の抗争がスリランカの悩みの種であるテロを誘発していると単純化して理解してしまう。

 しかし、本当はそうではないし、テロを起こしているグループはタミル人の中のほんの一部の狂信的なリーダーに率いられた人たちであり、タミル人の方々はコロンボにもたくさんいる。そして、おおらかな人たちが多いのだから、対立することもなく共に暮らしているのである。このカタラガマもヒンドゥーの聖地といわれるが、実際には仏教の聖地としても有名な場所であり、混在しながら一大宗教都市として民族の枠を超えて信仰されている。スリランカ全土から熱心に巡礼者を集めるカタラガマ。コロンボからの道は無いと言われていたが、最近は道が良くなり、コロンボから5時間ちょっとで行けると言われた。

 しかし、その道は最後の最後にはジャングルの中に突入し、驚くことになったのだが。いずれにしても、こうした僻地や聖地にまで御弘通が進展していることがすごい。

 一人で数千軒のお教化をされているお二人。貧しい人から病気の方、あらゆる分野の方々にご信心の大切さを説いておられる。お二人は、法華経への信仰、日蓮聖人の御書についての理解が大変に深い。そして、上行所伝の御題目の確かな御力、息吹を感じておられる。また、当然ながら小乗仏教の説く教えに対しても理解が深く、その小乗仏教の僧侶の方にまで法華経の精神、お祖師さまの教えを…

幸せを呼ぶ言葉

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京都。夏の京都。じっとりと暑い。

 「ありがたい」という言葉は幸せを呼ぶ言葉。幼い頃から「ありがとうございます」をご挨拶の言葉としてきたのだが、私はようやく最近になってこの言葉の本当の意味を知ることが出来たのだと思う。

 開導聖人の御指南である「有難う存じますると口癖のように申せ」と仰っている深い深い意味を知る。誰彼と無く、また良いことも悪いことも含めて、「ありがたい」と口にする。最初は冗談のように受け取られていたし、自分でさえそうだった。気恥ずかしい気持ちもしていたし、どうしても笑顔になるので冗談半分だったように思う。

 しかし、口に出すようになってから一年近く経つだろうか。今では本当に、何事に対しても感謝の心が湧いてくる。声に出すようになってから、周りの人までが「ありがたい」「ありがたい」と言ってくれる。相手も最初は冗談半分。「ありがたーい(笑)」と私の顔を見る度に言う。この前も書いたが、京都の木屋町にオープンした友人のお店でも、私を知らないスタッフの方までが口々に言ってくれる。「実は、長松さんが帰った後、スタッフの女の子が口々に『ありがたーい』を連発しているんです」と言ってくれた。嬉しい限り。また、先月パブロというロスから来たバイオリニストと会って意気投合したのだが、私の顔を見ると即座に「ありがたーい」と言う。初対面の時、すぐに打ち解け合って、笑いながらいろいろなことを話した。なんと彼は仏教のことではなく、「日本で彼女を作りたいんだけど、どうしたら良い?」と私に聞いたので、私は「パブロ、素敵な呪文があるよ。日本で最も綺麗な言葉なんだ。それは『ありがとう』という言葉。女性に会って、何かある度に『ありがたーい』って言えばいいのさ」と言った。彼は真面目にそれを聞いていて、私の顔を見ると「ありがたーい」と言うわけだ。

 もちろん、イヤなことや不都合なこともある。ムカっとすることもあるし、思惑が外れて落胆することだってある。でも、『ありがたーい』なのだ。そう言える、思える自分。これも有難い。そう、生きているのだから。そう、何が問題というわけじゃない。自分が未熟だ、まだまだ成長しろ、勉強しろ、変われ、と言い聞かせて、イヤなことでも『ありがたーい』になる。

 僕はこれを「幸せを呼ぶ言葉」だとつくづく思う。もちろん、上行所伝の御題目と正しい信仰がなければ、本当の本当にその境地には至…

インド弘通紀のダイジェスト

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昨日の開導会。横浜では濃霧が発生していて、9時の時点では視界が3キロもなかったという。御導師も仰っていたが、ホテルの外の景色が全く見えなかったそうだ。ランドマーク・タワーも観覧車も見えないくらい、霧が濃く、ミストのような雨が降っていたという。

 妙深寺のある三ツ沢は、横浜の他の地域で雨が降っていなくても、三ツ沢だけは雨が降ると言われていた。港からの風が最初に当たる丘の上にあるからだろうか、そう言われていたのだが、最近は三ツ沢だけ雨が降らないということが多くある(臨港地区に出来た高層マンションのお陰かな?いや、これは御法さまのお陰なのだ(笑))。有難いことだ。

 昨日、奉修中に電話があったという。「反町駅がどしゃ降りでお参詣に行けないかも」という連絡。それが本当かは分からないが、反町駅は妙深寺から一番近い東横線の駅。そんな筈はない。三ツ沢は雨が降っていないのだから。教務室で「なんか、変な宗教やってんじゃないのー(笑)」と笑っていた。本当にお計らいを感得できることが有難いではないか。

 お会式の準備ご奉公のご挨拶で、私は皆さんに申し上げた。「この天気予報はお計らいです」と。先週、本山で台風が軌道を逸れて雨が一滴も降らないということを見せていただいた。今日も大丈夫、今回も大丈夫と安心していたらご信心ではない。週末に傘マークが付いていることが有難いではないか、と。「しかも、いま妙深寺のあちこちで良い話、嬉しい話がある。しかし、私はこうした時だからこそ、落とし穴があるのではないかと思い、細心の注意でお寺の中を見渡しております。夏期参詣がはじまった日にもブログに『お寺は修羅場』と書かせていただいた。油断をしてはいけないということです」とお話を申し上げた。そうした細心の注意、皆さまのご信心の甲斐があって盛大に奉修させていただけたのだと思う。

 この開導会では、昨日も書いたが様々な工夫をこらした。奉修前に「開導会とは如何なる法要であるか」を司会者が説明するようにしているのも工夫の一つ。はじめての参詣者、奉修の意義を忘れているような方に、奉修前に思いを新たにしていただきたいという思いから発案されている。

 また、奉修御導師のご紹介もさせていただくようにしている。今回は福岡御導師なので、インドのビデオをダイジェストで流させていただこうということになった。約5分にまとめたビデオなので、You …

会心の開導会

有難いことに、会心の開導会のご奉公となった。
 多くのお参詣者、新しい顔ぶれの方々も一緒になって頑張ってくださったご奉公、そして福岡御導師の御法門。

 この度も随所に工夫をこらして、如何に開導聖人への大恩に報いることが出来るかと考えに考えて奉修させていただいた。
 お参詣者の流れ、「開導会」についてのご説明、途中で退堂される方がいないようにとの式次第への配慮、分かりやすい言上文。どれを取っても工夫していただいた。

 なかなか本来の「御会式」に近づくためには時間がかかるかも知れない。つまり、本門佛立宗のご信心について余り知らない方が多いという前提で、こうしたご奉公をさせていただいているのだから。本来の「御会式」とは、三祖(高祖日蓮聖人、日隆聖人、日扇聖人)の御意を体して各地で菩薩行に精進した者が、三祖の祥月ご命日に当たって一同に会する、集うという意味がある。そうした意味では、私たちはご信心の入り口に立ったばかりの方々を想定して、今回も福岡御導師に無理に「誰でも分かるブッダの教え」というテーマで御唱導をお願いした。そして、御導師から本当に分かりやすい御法門を頂戴し、多くの初心のご信者方が喜ばれただろう。誠に有難かった。

 今回のお参詣の方々の中には、はじめてお寺に来られるという方もおられた。なかなか仏教に対する固定概念があるから自分考えから抜け出せないかもしれないが、それでも大変なご縁。佛立信心、本当の仏教がどういうものかを感じられたのではないだろうか。

 土曜日の朝、雨が降っていた。朝のお看経をあげさせていただきながら、雨の止むのを御祈願していたのだが、第一座の開始前にはすっかりと上がっていて清々しく奉修させていただいた。
 今朝もミストのような雨が降っていたのだが、先週と同じように天気予報を覆して第二座が始まると同時に快晴へ。梅雨明けではないでしょうかという声があちこちから聞こえるほど、素晴らしい天気になってしまった。
 週末の予定を開導会に。雨の予報が幸いしたのか、1340名の参詣目標も達成し、来てみれば素晴らしいお天気。本堂に足を踏み入れれば、必ず何らかの気づきがある。まさに会心の開導会となった。有難いことだ。

 何より、ご奉公をしていただいた方々に御礼したい。準備ご奉公から連日のご奉公。しかも、新しい顔ぶれの方々と和気藹々、有難い。
 遠く、北海道や京都、大阪からのお参詣に頭…

明日から開導会

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明日は妙深寺の開導会。21日、土曜日の朝9:30から第一座が奉修され、22日、日曜日の9:30から第二座、11時から第三座が奉修される。  一座は私が勤めさせていただき、二座と三座は神戸・香風寺の福岡日雙上人に御唱導いただくこととなっている。福岡御導師に御唱導いただくとあって、近隣のお寺のご信者さんからも問い合わせがある。御導師のお徳の高さに驚くばかり。妙深寺のご信者さま方も首を長くしてお待ちしていたので、日曜日が来るのを楽しみにしている方も多いだろう。  明日、御導師には横浜の夜景を楽しんでいただきたいと思って、いつもお取りしているホテルを予約した。一泊であるからゆっくりすることは出来ないと思うのだが、少しだけでもお給仕させていただきたい。何せ、御導師と海外に行ってもスケジュールは朝ホテルを出て夜中になるまで帰ってこれないのが普通なのだから。横浜に来ていただいた時くらいは、少しでもお休みいただきたい。  先日、御導師は本を出版された。今回の開導会でも300冊を注文し、お求めいただけるようにしている。出来れば著者である御導師からサインをいただきたかったのだが、「それだけはご容赦」と逃げられてしまった(笑)。しかしながら、しつこい私は、「では落款だけでも」と追いすがり、当日は福岡御導師の落款(印)を押した本を購入できるようにしたのだった(これは貴重です!)。  ようやく御法門も完成し、明日の第一座を待つのみとなった。  ありがたい。

中越沖地震とサンパウロの航空機事故

中越沖地震の被災者の方々のために何かさせていただきたいと思っている。思っているだけで何も出来ないのは申し訳ない。
 この週末にも、多くの方がボランティアで現地に入るようだ。渋滞で柏崎市は自粛要請までしているという。有難い悲鳴といえようか。
 関東近郊でも、今夜は伊豆方面で地震が続いている。あるいは太平洋側のプレートにも今回の地震の影響が出始めたのだろうか。今後が心配。いつ我が身のこととなるか分からない。週末にかけて、雨が続くというから、被災地の方々にとっては大変なことだろう。何とか支援させていただきたい。

 サンパウロでも2月に私たちが使った国内線の飛行場でブラジル航空機事故史上最大という事故が起きた。早速現地に問い合わせをした。御導師、御講師方、ご信者方は大丈夫だろうか、と。

 すると、コレイア教伯御導師から返信があった。ご無事で何よりだった。また、被害者の方々のご回向に奔走されるという。ありがたい。

コレイア師から、
「ありがとうございます。
 本当に大変です。ブラジル航空事故史上最大のものになってしまいました。私も御助行の帰りで先々月まで乗っていた飛行機です。こんどはまた御助行に行くことになっていますが清潤師からいただいた例の順子さん(恒梁師紹介の)の住んでいるPorto Alegreから出発した飛行機でした。
 最近はまさかと思うことが大変多く起こっています。私はSão Pauloの400キロ南部いますが、São Pauloのご信者さんたちがご回向にいってくださるといいです。
 来年100周年でブラジルに団参があるので皆さんが怖がらなければいいのですが。今朝は朝参詣で早速ご回向させていただきました。
 これから先はどうなるか、いい見通しはないようですが、任せたる身は安心。一日一日が一生だと思い、御すがり、お任せするほかはなさそうです。
 また書きます。どうかおげんきで。
 ありがとうございました。Correia」

秀さんと私、涙、、、、、

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もう一つ古い写真が出てきたので、載せてみる。今回の話と関係するので。
 この写真は、前回載せたものと同じ日に撮られたもので、ワールドカップに出場した時の写真。ホームストレートに出る最終コーナーを曲がっている時の写真だと思う(いや~、格好良いなぁ~、フフフ)。  私の学生時代は、このスポーツばかりしていた。しかも、このスポーツではお金がかかるからアルバイトに精を出さなければならず、学校にもろくに行かないという生活だった。だから大学を留年した。しかも、私は悪知恵ばかり働いていたから、苦し紛れに誰彼と無く代返(教室で出席を取る時、欠席した学生に代わって返事をすること)をお願いしていた有様。最低です。その被害に遭われた方々には、本当に申し訳ないと思う。  プロになってからは、自分のマシン(エンジン)もウェットスーツも、レース会場への渡航費や滞在費もスポンサーが提供してくれるようになったので、とても楽になった。決してメジャーなスポーツではなかったから、メディアに出てお金が入るということは希だったが、それでも楽にはなった。しかし、それまでの私はどうしようもなかった。  プロになる以前、どうしようもない時のこと。私を見守って、可愛がってくれた人がいた。その頃は葉山の長者ヶ崎近くの海で練習をするようになっていたのだが、その海岸でこのスポーツを楽しんでおられるたくさんの年上の先輩たちに出会った。特に、「秀さん」は私たちにとって特別な存在で、学生である私たちを可愛がるというか育てるというか、まるで芸術家をサポートするパトロンのように支援してくれていた。冬の海で練習している時などはガソリンを買って与えてくれる、お昼ごはんや練習が終わった後の夕食にも連れて行ってくれた。若いのは何人もいたから、それこそたいへんな金額だったと思う。  それだけではない。夏の間、秀さんは私たちの海岸で「シエスタ」という海の家を開いていた(「開いていた」というよりも、「開いてくれた」かもしれない)のだが、そこで私たちを働かせてくれた。これは、一石二鳥というもので、インストラクターをしながらアルバイトとしてお金がもらえるし、夕方以降は練習もできるのだから何より有難かった。ガソリンは買ってもらえるし、食事は食べさせてくれるし、練習も出来て、お金ももらえるなんて、信じられないくらいだった。さらに、夏の間は働いている私たちのた…

京都、日帰り

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今日は京都へ日帰り。研究所の会議にてご奉公をさせていただいている。

 朝、本堂での夏期参詣を終えて新幹線に飛び乗った。和美ちゃんが毎日毎日東京の中野からお参詣してくださり、有難い。ここには書ききれないことが、毎日毎日起こる。

 そして、今朝は秀さんの御本尊拝受願いの言上をさせていただいた。また、あとで書かせてもらいたいと思う。

マサノブからのメール

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妙深寺の青年会長、マサノブ君からメールをもらった。3:38の送信メール。昨日、京都から自宅に付いたのは10時か11時くらいだったと思うので、夜中になってしまったのだろう。彼のご奉公によって、たくさんの青年会員を引率してくれて、楽しい雰囲気をつくり安全に横浜に戻ることが出来た。本当に有難かった。

 そのマサノブ君からのメール。個人名をちょっと直して掲載させてもらいたい。それと、ちょっとだけ私を誉めすぎているところがあって、恥ずかしいのでそこだけ削除させていただいた。でも、彼の息吹が感じられるようなメールなので、載せさせていただく。

 トラブルを乗り越えて青少年の一座にお参詣され、その上で感じたこと、みんなが感じてくれたことを報告してくださり、これからの未来に向けた希望を伝えてくれている。台風のこと、新幹線が遅れたことなどを、自分たちの「信心改良」に結びつけてくれており、それでもなお全員がご信心増進されている姿。それこそ、佛立青年の姿、姿勢、人間性。本当に有難いと思う。

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ご住職

 ありがとうございます。正暢です。
 ご報告、遅くなりましたが、本日、妙深寺青年会、法深寺青年会一同、無事に帰山させていただきました。一時は大変なことになり、大変ご迷惑をお掛け致しましたが、本当に、何から何までありがとうございました。本当に、本当に、有り難かったです!

 貴重なご住職のお時間を頂戴し、本当に尊く有り難い時間を過ごさせて頂きました。

 青少年の一座にお参詣することができなかったのは大変申し訳ありませんでした。 事前のご祈願が足りなかったのだと、ご奉公の厳しさを教えていただきました。

 特にお役をいただいている僕は、ただただ反省、改良しかありません。 ご奉公不成就になってしまい、本当に申し訳なく、お懺悔、反省改良を重ねさせていただきます。

 その反省を含め、青年会のみんなで、「百本口唱」を、この夏期参詣中、サマーセミナーまでの間にさせていただきたいという話に発展しました。

 というのも、今回は、①台風のこと、②ご住職から伺った不軽寺さんのご利益談(ご祈願によって、家を出ていた方が電話をしたというお話)の二つのことによって、

『ご祈願とお看経をしっかりさせて頂くことの大事』

を痛感させていただきました。そこがブレては絶対ダメだと。

 ですので、これから一ヶ月間、サマ…

園美さんの書き込み

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大阪・本泉寺の橋本園美さんは、橋本御住職の奥さま。本当に尊敬させていただいている。 昨日も本山の開導会・青少年の一座から長松寺までお参詣してくださり、さまざまなご奉公や御利益のお話を通じて、励ましていただける。ありがたい。

 その園美さんが、青少年の一座の感想などを本泉寺の掲示板に載せられていた。本泉寺は、今回のシンポジウムで体験談を発表された夕香菜ちゃんのお寺であり、あのお助行のお寺である。園美さんの文章に感激したので、ここに掲載させていただきたい。

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 昨日になってしまいましたが青少年の一座に参加し、無事に青年会の発表も出来て、また長松寺での妙深寺青年会さんとの交流もできて、私たちも長松お導師とおなじように心地よい疲れを感じています。

 台風直撃の予報で嵐覚悟していたのに、行きしなの車の中から雨雲が割れ、京都方面に広がる青空に向かって走りました。

 本山で梶本ご講尊の、いま悩み苦しみ悲しみの中にいる人達を救うために祈ります、という言上のあとのお看経中、まばゆいばかりに日の光が差し込み、私もたった今も苦しみの真っ只中にいる愛する人達の為に祈りました、一千人のお題目に一体となり、涙があふれてとまらなかった、隣を見ると堀川さんがボロボロと涙流して泣いていました。

 堀川さんには、今私が助けなくてはいけない人に会って頂き、その苦しみを理解し、励まして頂いていて、彼女もそのことを祈って泣いてくれていました。

 私は今日も本山にいけないと思っていました、まだまだ助けたい人から目も離せず、気も抜けない状況でしたから、諦めかけていましたが、青年会や一緒に行って下さる方のことも気にかかり、友人を前日一日かけて力付け、あなたの為に祈ってくるからどうか一日頑張ってとお願いして、後ろ髪ひかれる思いで京都に来ました。

 でもお参詣、シンポジウムが無事おわり、次の長松寺へ行く前の食事をしているときに思いがけず、入院中の彼女からメールが入り、同室のおばあちゃんの言葉を聞いて、自分に重ね合わせ、何かを感じて劇的に立ち直り、もう馬鹿なことはしない、自分が強くなる、しっかり寿命まで生きる、橋本さんに会っていなかったら今の私はない、ありがとうと、本当にうれしいメールが入ったのです。

 思い切ってお参詣し、祈り、その間わたしのかわりに同室のチエちゃんというおばあちゃんを変化…

大屋根にかかる虹

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ありがたい。

 今朝、京都から戻り、13時から高橋さまのご回向。これも尊いご奉公だった。仮眠仮眠で過ごしたので、本当に倒れそうなのだが、心地良い疲れ。

 昨夜は本山開導会・青少年の一座が終わって、長松寺に戻り1時間弱休んで長松寺での御総講。御総講には横浜妙深寺からのお参詣者や大阪近郊の若いお参詣者で素晴らしい交流が出来て、有難かった。でも、少々バテたようだ。

 本山宥清寺での開導会、第四座の青少年の一座は、大成功に終わった(いや、終わったと思う。こちら側の自己満足ではいけないが、それでも素晴らしいご奉公になったと思う)。

 何より、この一週間心配に心配していた台風が完全に軌道を曲げ、一滴の雨も降らなかった。ここに掲載した写真は14日の予報天気図。観測史上7月の台風で最も強い勢力という台風4号は、間違いなく日本列島を縦断し、「週末は大荒れ」と発表されていた。誰もがほぼ確実に雨と暴風だと予想していた。土曜日の準備ご奉公でも、強い雨が降り続いていた。

 この一週間、このお天気のことがご奉公者のメールに溢れていた。ただ、私は妙深寺での行事でもそうだが天気のことだけを考えるのはいやだ。必ず必ずお計らいをいただける、とにかく雨が降ろうが槍が降ろうがブレずにご奉公するしかないと思うようにしている。今回も、こんなに一生懸命にご奉公をしてくださり、たくさんのお参詣者が志を立てていることを考えれば、「詮するところは天もすて給へ、諸難にもあえ、身命を期とせん」との御妙判をいただいて、何があっても御法さまへのご信心とご弘通への思いを前面に出してご奉公させていただくしかない、と。あとは、「道遠く雨降時の参詣は 信心つよきしるし也けり」で、「試されてる」と思うしかない。このように覚悟したなら絶対に御利益を感得できる。試されている、頑張ろう、と励まし合って。

 大混乱の暴風雨も予想された中、台風は京都に来なかった。一滴の雨も降らなかった。

 北九州の不軽寺の方々は、中止をしようと思っていた矢先に、「けいいち君」の熱意によって再度お参詣を決断。この彼のご弘通への思いは凄かった。体験もすごい。実は、不軽寺は予約していた船が欠航していたために新幹線でのお参詣を断行した。夕方の出発だったが泊まるところがない。祇園祭で京都のホテルなどどこもない。そこで登光師が長松寺に連絡し、宿泊させていただきたい、と。もちろん、長…

2年越しで恋人に出会えた

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涙、涙だった。
 週末、ブログの更新もメールのチェックも出来なかった。パソコンを触ることもなかった。慌ただしい、寝る間もないご奉公だった。疲れ果てているが、心地よい疲れだ。  本山宥清寺に於いて、佛立開導日扇聖人の祥月ご命日に併せて、その第四座に『青少年の一座 ~人間 生きる、生かされる命~』が遂に奉修された。素晴らしいご奉公、有難いご奉公だった。それは別のページで書きたいと思う。  奉修前日、土曜日の午後に京都に入り、準備ご奉公をさせていただいたのだが、その時に、その時に、その時に、な、な、なんと、私としては嬉しい嬉しい出会いがあったから。  その理由。それは、吏絵ちゃんに会えたからだった。  今回の本山開導会、青少年の一座にはテーマがあった。既に書いたが、『~人間 生きる、生かされる命~』だ。いま、若い人たちは、いじめや自殺などの社会問題に取り巻かれて生きている。自分では聞きたくなくても、そうしたニュースを耳にせざるを得ないし、自分の身の回りでも多かれ少なかれ様々な家庭の問題や人間関係での問題、苦しみや悩みを抱えた人の話を耳にしているはず。そういう時代に生きている本門佛立宗のご信者が、何を感じ、何を学び、どう行動し、どのように生きていくべきか。それをみんなで考える絶好の機会にしたいと会議が重ねられてきた。  それは「学ぶ」ではなくて「共感」でなければならないと思ったし、「共感」から実際の行動に移せるような機会でなければならないと考えて、青少年の一座は形づくられてきた。開導会第四座という法要と、法要後にはシンポジウムを行った。その両方で、吏絵ちゃんのご家族からお話をしていただいたのだった。  吏絵ちゃんは14才。2年前に白血病を発病した。それまでは大きな病気もせず(幼児期にぜんそくではあったが)、学校は皆勤というほど健康で、ソフトテニス部に入り大会で素晴らしい成績を残すくらい活発な、ごく普通の女の子だった。  テニスの日焼けで真っ黒になっていたという2年前の7月。身体がだるいと言って、少し熱があり、風邪かと思っていたのだが、病院に行ってみて血液検査をすると(この段階でももっと濃い内容があるのだが)数値がおかしい。大きな病院で白血病と診断されたという。  私は小学校の先生をされているお父さまのお話でボロボロに泣いてしまった。まず、お父さんはシンポジウムで「いま、みなさんにとって一…

お寺は修羅場

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ちょっと書いておく。

 これから1ヶ月、お寺にお参詣されることが多くなるので、野暮や無粋かも知れないが、老婆心とて書いておこうと思うことがある。

 私は、先代の御住職から「お寺は修羅場だぞ」と教えていただいたことがある。その教えは、簡単な会話の中で出てきたのではなく、厳命のように重く伝えていただいた。たぶん、私のお気楽な考えを心配してくださってのお言葉だと思う。

 私は、妙深寺の住職として、今のお寺にお参詣くださる方々を心から尊重し、尊敬し、感謝し、共に菩薩行をさせていただく同志と考えさせていただいている。そして、今の妙深寺には思いやりと慈しみを持った方々が集まってきてくださっていると思うし、そういう輪が広がっていると思う。

 しかし、先住は仰った。「お寺は修羅場だぞ」と。それは、やはりお互いは三毒強盛の凡夫であるということを忘れないこと、一癖も二癖もある凡夫が集っているという自覚。諦めではないが、お互いは凡夫であるということを弁えないと、期待ばかりが膨らんで、ご信者同士の感情のもつれや気持ちの行き違い、時には険悪な雰囲気や恐ろしい言葉に戸惑ってしまう。それでご信心が落ちるようでは仕方がないと教えてくださっているのだ。

 子どもの頃、私は一人でバスに乗っていた。妙深寺は神大寺か中丸で降りるのだが、反町あたりでご信者さんが乗ってこられた。いつもお寺で見かける優しい優しいおばさんだった。ところが、そのバスの中では、すっごく険しい顔で、その態度も子どもながらにとても不快に思うものだった。結局、バスの中で気づいてご挨拶したのだが、その時の顔の変化は今でも忘れられない。「なんで?お寺であんなに良い人なのに?」「裏と表がこんなに?」と思って、父に話をしたものだ。子どもだったから、その印象も強烈だったのだと思う。

 私たちは凡夫。三毒という「貪欲」「瞋恚」「愚癡」が、毒にも似て自分を苦しめる。私たちは三毒が強く盛んであり、なかなかこれを解毒できずにいる。だから、お寺の中は修羅場のように「言いたいことを言える場所だ」と思って乱暴な口ぶりをする人があるかもしれないし、「お寺なんでしょ!いいじゃない!」と言って甘えてわがままになる人もいるかもしれない。あるいは、お寺の中の役職や信歴を盾にして言葉や態度が不遜になってしまう人がいるかもしれない。それもこれも含めて、末法であり、末法のご奉公なのだ。

お中元のご挨拶

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いよいよ夏期参詣がはじまった。開門参詣者の多さに私の母も感激していた。いつもよりも大きなお看経の音、御題目の声が本堂に響いていて、わくわくしながら本堂に上がった。
 朝、4時に起きてきたという和美ちゃん。中野からだから遠いのに、本当に頑張ってお参詣したね。ありがたい。鬱を患っていた彼女は10キロも痩せてしまっていたけれど、こうしてお参詣をし、朝のご供養をいただけば、どんどん身も心も体力が回復するはずだ。そして、周りには本当の家族以上に思いやりのあるご信者さんが揃ってくださっている。とし子さんも「遠いから私の家にお泊まりしようね」と声をかけてくれているし、教区長や高島さんも「うれしいわ」と優しい声をかけて、もう家族のように暖かい会話が交わされていた。夏期参詣、本当に有難い。
 今日はお祖師さまのご命日で、御総講を奉修させていただいた。新しい部が生まれたので記念品(御法門台と打ち掛け。そこには「弘通広宣・折伏成就」と書かせていただいた)を贈呈し、新事務局員の追加辞令の下付、エレベーター設置委員会の辞令下付などもあった。とても大事なご奉公がスタートしている。  また、妙深寺では夏期参詣の初日にお中元のご挨拶をいただく。しかし、こんなことをここに書いて良いのか分からないが、実は妙深寺では中元とお歳暮のご挨拶を廃止した。これには恥ずかしい理由があった。熟慮に熟慮を重ねて、私の判断で廃止に至った。  お寺でのお中元とは、妙深寺では古くから常日頃の感謝を込めて、御導師や御講師に対してご信者さんがしてきてくださったものだ。「上半期のご教導、ありがとうございます」と丁寧にご挨拶をいただき、志篤くしてくださっていた。本当に、そのお気持ちは尊く、有難かった。  いつの頃からか、そのお中元も教区や部でまとめてしてくださるようになった。そして、物品ではなく、お包み(お金をお包みくださる)として私たちにご挨拶してくださるようになっていた。これは随分と前から伝統になっていたのだが、「ご供養に代えて」というお心として包んでくださっていた。  しかし、日本の社会全般と同じように、お寺の中でもご信者さんの高齢化が進んだ。特に、家庭の中でしっかりと、ご信心を親から子へ、子から孫へと上手に受け継げているかどうかが大変な課題となっていた。強いご信心を持っておられた親の代から、子や孫の代へと変わってきたのだ。それに対…

横浜の夏 妙深寺の夏期参詣

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さぁ、今日から妙深寺では夏期参詣である。今日から32日間、8月13日まで朝参詣が続く。

 夏期参詣は「耐熱参詣」「耐暑参詣」とも言う。一年で最も暑い期間、朝早くに起きてお参詣をさせていただく。気合いが入る。

 妙深寺では、開門が6時、お看経の開始が6時30分。7時と8時に御法門がある。朝のご供養は、婦人会さんが交代で泊まり込み、平日は6時から9時まで、御総講の日、土日祝日は10時までいただくことが出来る。

 よっしゃ、頑張ろう!

妙深寺のチラシ

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今日、無事に横浜地域での教区御講が全て終了した。梅雨の真っ直中であったこともあり、お天気を心配していたが、お計らいをいただいて雨の合間に奉修させていただくことができた。有難いことだと思う。行き帰りに雨に濡れた方もいると思うが、「道遠く 雨降時の参詣は 信心つよき しるし也けり」と教えていただく。毎朝、開門参詣に励んでおられるYaccoさんや美奈子さんのことを思えば、快晴も雨降りの中でもお参詣させていただかないでどうするという気持ちもある。御講の中では、多くの方から「いま、お寺に行ってみてください。何とも有難いエネルギーをもらえる。新しい方々が頑張ってお参詣されているのですよ」とご披露が続いた。本当に有難いことだ。 しかし、それは有難いのだが、時間が無くてブログの更新が思うように出来なかった。メールの返信も滞ってしまった。応援のメールをいただくので、何とか更新したいのだが。思っている半分も書けていない。ここに書きたいことが山のようにあるのに。 昨夜は御講の後で建国寺から石川清優師がご挨拶に来てくださっており、久しぶりにゆっくりとお話しすることも出来た。清優師は私からしても鬼気迫るほどご弘通を真剣に考えている。私はそんな彼が大好きである。会えば「アホ」「バカ」と励ましたり冗談を言ったりして過ごすのだが、お互いに1年365日24時間、ご弘通のことを考えに考えていることでは同じ。非常に励みにもなり、建国寺の石川御導師のご指導やご弘通の方策なども学べるから貴重な時間だ。また、色々なヒントをいただいた。 妙深寺では、最近チラシを作った。これは、チカちゃんが下種結縁のご奉公をする際、「何かお配りできるようなものがあったら良いのに」ということから作られた。その内容も、ほぼチカちゃんが作った。新設された第二弘通部の広報部長である黒崎さんがパッパッパッと体裁を整えてくださり、清従師がブラッシュアップして出来た。それにしても、ご信者さんの手作りというのが有難い。私の頭や感性では思いつかないような視点で作ってくれている。 そう、最近は妙深寺教務部全員の写真も撮った。これは、あるご信者さんから大変な御有志をお預かりして、「御導師、御講師の御供養に」とのことだったが、食べ供養にさせていただいて終わってしまうのは勿体ないと思い、考えに考えた末に「ご弘通に役立つように使わせていただこう」と考え…

うつ病を乗り越えて

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昨日は教区御講(導師御講)。夜は事務局運営会議で、新事務局が発足して間もないため、新しいメンバーによる新しい視点の提案が出され、非常に内容の濃い会議となった。深夜までのご奉公、ありがとうございます。  教区御講では、各教区の受持御講師と教区を代表するご信者さまがお寺までお迎えに来てくださって、奉修するお宅(お席)まで伺う。車の中ではお迎えの方と僅かな時間だがいろいろなお話ができる。  昨日は小山さん(女性)がお迎えに来てくださっていた。車中、いろいろとお話を聞く。驚いたのは、私としたことが今まで気づかなかったのだが、彼女は『うつ病』を患っておられたという。3年前が一番苦しかったということだった。自分の中で、表現の仕様のない不安と恐怖が渦巻いて、電車にも乗れなくなってしまったというのだった。  しかし、お話をしていてフッと気づいた。小山さんがご信心に前向きとなり、お参詣やご奉公をされるようになったのは、ちょうど4年前くらいだった。確か、宇田さんのお席にご夫妻でお参詣されるおり、私は今までお会いしたことのない方であったためにご挨拶をさせていただいた。その後、しばらくしてその奥さまである小山さんがお参詣をされるようになった。その教区はお年寄りが多かったために、3年ほど前から50代の小山さんに「部長」というお役を受けていただいたのであった。逆算してみると、一番苦しい時期に「部長」というご奉公をお受けになったということになる。  小山さんは「電車に乗ること、車に乗ること、そういうことが全部怖くなってしまって、どんどん怖くなってしまった」と言われた。そう、うつ病の方は、いろいろなことが重なり、心が満タンになってしまって、違う考えが引っ張り合う。引っ張り合って、分かっていてもどんどん悪い方向に考えが行ってしまって、そしてそれが増幅してしまう。小山さんもそうであったと聞き、みるみる痩せてしまったというのだ。  私は今まで、幸いなことにこうしたご奉公をずっとさせていただいてきた。それは「心の病」とも言って良いのだが、あまりにそうしたご奉公が多かった。「統合失調症(数年前まで分裂病と呼ばれていた)」、さまざまな「神経症」、特にうつ病。自殺未遂や登校拒否という症状、世間的には「憑依」といわれるような状態のご奉公もさせていただいてきた。自分なりにこうしたご奉公を通じて、御題目の尊さを実感させて…

美奈子さんからのメール、

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毎日毎日、有難いことばかり。御法さまに感謝しても足りない。有難い、有難いと思う。  横浜の朝。清々しい港からの風。 そんな気持ちの良い風を、世界中の人が感じられるようにしたい。イラクではテロが相次ぎ、パレスチナにも暗雲が垂れ込めている。アフリカでは子どもたちが食べ物を取り合うために殴り合い、幼く弱い子どもたちを優しく庇う人もいない。何としても、大きく、暖かく、力強い菩薩心を共に育み、世界中の人に伝えたい。その渦を、妙深寺の皆さまと作り上げていきたいと思う。

 昨夜、このブログの「清耀師とMさん」のタイトルで書いたMさんからメールをいただいた。今月の1日にご信心をされるようになり、まだ10日に満たない彼女は、毎日毎日開門参詣を続けておられる。  私はいろいろと考えながら、彼女を「Mさん」と仮名を使ってご紹介したのだが、彼女自身から、ご信心への思い、清耀師のご奉公、そして仮名を使わずに堂々とさせていただいているので、全く気にしないで欲しいという内容のメールをいただいた。私は本当に有難く、尊く、感激した。  今朝は、そのメールをご紹介したい。でも、やっぱりフルネームだとインターネットなので何があるか分からないから、名前のみにする。
===================  ありがとうございます。  美奈子です。  ブログに登場できて嬉しかったです。気を使っていただきイニシャルにして頂きましたが、もう私は正々堂々とご信心させて頂いていますので、大丈夫です。  私は、今世でご信心に出会わせて頂き、本当に幸せなんです。私が今まで望んでいた事、す べてが今お寺の中にあります。 例えば、お寺の中では皆さん例外なく『ありがとうございます』と挨拶を交わします。普段の生活ではそれが出来ず、いつもウズウズしていました。お寺の中では、どなたとも挨拶を交わせるので幸せを感じられるんです。  次に100%の人間関係です。ご信者さんどうし本気で助け合っています。私にもそうしてくださいます。熱いですね。そういう所が大好きです。  次に事がスピーディーということです。即実行なんですね。「じゃあそのうち、、、」ではなく、「じゃあ何時にしよう!誰と誰にも連絡して、、、」と、どんどん事が進んで行くんですね。みんなで協力する姿勢。私の理想そのものです。  次に開門参詣です。私は兼ねてから早起きするためのラジオ体操的なことを探して…

タクシーの方々から

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妙深寺はタクシーの方に人気があるのである。ウッシッシ。

 実は、数ヶ月前になるだろうか。あるご信者さんから、タクシーに乗って「妙深寺にお願いします」と言ったら、その運転手さんから「いやー、妙深寺って御利益があるんですってねー」と言われたと私に教えてくれたのである。何と有難いことだろう、とお寺の中でもご披露していたのである。

 そして、約2ヶ月前。私は事務局に新設された「総合企画室」の発足会合のために夜の横浜駅に久しぶり行ったのである。そして、みんなで楽しい会合を終えて、私はタクシーに乗らせてもらって(実は、最近は地下鉄の三ツ沢上町の駅に、妙深寺の大きな看板を出したので、帰る時には地下鉄を使っていることが多いのだ。そして、三ツ沢上町の駅で看板を眺めながら、一人でウッシッシと笑っているのである。気持ちわるー)、「三ツ沢墓地までお願いします」と言った。「妙深寺」とは言わず、控えめに「三ツ沢墓地」と言ってしまったのである。

 すると、運転手さんから、「あぁ、妙深寺さんですか」と言うではないか。ビックリした。
 私は、「あぁ、ご存じですか?」と聞き返したのだが、何と何と「いや~、運転手仲間では有名ですよ」と答える。重ねてびっくり仰天した。「えー」。「ありがたーい」と言いつつも、ヤバイ、私が住職だと分かったら恥ずかしー。僕がイメージダウンさせたら困るなぁ~、と思わず身体をシートに沈めた(笑)。

 そして、先日一本の電話があったと清水清康師から報告を受けた。それはタクシーの運転手の方だったという。

 その運転手さんは横浜駅で妙深寺のご信者さんを乗せた際、少しの会話だっただろうが、最後にご信者さんから「あなた、何か悩みを抱えてません?悩み事があるなら妙深寺のお坊さんに相談すると良いわよ!」と言われたという。それで妙深寺に電話をしてきた。たまたま、そこで電話を受けたのが清康師だった。

 「7日にお寺に来てくださいます」と清康から聞いていたのだが、その前の5日にお寺に見えたという。

 清康は、丁寧にタクシーの運転手をされている方とその奥さま、また一緒にお寺に来たご友人のお話を聞いてくれた。それぞれに悩んでいることがあられるということ。ここでは書くことは出来ないが、いずれにしてもご信心をさせていただいて、諸縁を能く転じることが大事である、と。正しく仏教を持(たも)ち、修行することが大切、と。そして、…

山田温泉 風景館と美空ひばり

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昨日、長野から帰ってきたのだが、そこで宿泊させていただいた場所は「山田温泉 風景館」という旅館だった。

 この場所は、40年以上も前に日博上人もご宿泊された由緒ある旅館で、日博上人も大変に感激されたとのこと。そうしたご縁で、ご回向の弔主のご家族がわざわざ予約してくださっていた。

 深い渓谷の中にある旅館で、私はこうした場所に泊まることは余りないので、日本の自然に痛く感激した。濃い緑が眼に優しく、心まで清々しくなる。渓谷の底を流れる水の音が深い緑の中から途切れることなく聞こえてくる。

 お祖師さまの身延山御書の冒頭を思い出す。

「誠に身延の栖は、ちはやふる神もめぐみ(恵)を垂れ、天下りましますらん。心無きしず(賤)の男、しずの女までも心を留めぬべし。哀れを催す秋の暮には、草の庵に露深く、檐にすだく(集多)さゝがに(蜘蛛)の糸玉を連き、峰の紅葉いつしか色深うしてたえだえ(断断)に伝ふ、懸樋の水に影を移(映)せば、名にしおふ龍田河の水上もかくやと疑はれぬ。又後ろには蛾蛾たる深山そびへ(聳)て、梢に一乗の果を結び、下枝に鳴く蝉の音滋く、前には湯湯たる流水湛えて、実相真如の月浮び、無明深重の闇晴て法性の空に雲もなし。かゝる砌なれば、庵の内には昼は終日に一乗妙典の御法を論談し、夜は竟夜要文誦持の声のみす。伝へ聞く釈尊の住み給ひけん鷲峰を我が朝此の砌に移し置きぬ。霧立ち嵐はげし(烈)き折折も山に入りて薪をこり(伐)露深きにも草を分けて深谷に下りて芹をつみ、山河の流もはや(速)き巌瀬に菜をすゝぎ、袂しほれ(濡)て干わぶる思ひは、昔の人丸(麻呂)が詠じける、和歌の浦にもしほ(藻汐)垂つつ世を渡る海士もかくやとぞ思ひ遺る。つくづくと浮身の有様を案ずるに、佛の法を求め給ひしに異ならず」

 まことにお祖師さまの文章は、流れるような文体にて、読ませていただくというよりも「詠む」という風に拝見しても有難い。自分の口から出る「音」が綺麗な「響き」、心地よい「波」を持っていることが不思議になる。

 その山深い身延山にて認められた「身延山御書」の終わりには、

「此等をさまざま思ひつづけて観念のとこの上に夢を結べば、妻恋ふ鹿の音に目をさまし、我身の内に三諦即一、一心三観の月曇りなく澄みけるを、無明深重の雲引覆ひつつ昔より今に至るまで、生死の九界に輪廻すること、此の砌にしられつつ自らかくぞ思ひつづける」

とあり、そ…

福岡清耀師とMさん、

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今年の2月、スリランカへのご奉公で福岡御導師の甥御さんでもある福岡清耀師が随行されていた。

 この時のご奉公は、世界遺産にも登録されているアヌラダープラ(Anuradhapura)のアヤバギリ・ダゴバ(Abhayagiri Dagoba)の前で行った口唱会(このセッションは全スリランカにテレビ放送された)と、スリランカ大統領との接見だった。非常に重要な機会であり、大変に有難かった。

 その際、随行していた清耀師とはじめてお会いした。背が高く、社会で仕事をしていた時期もあるとのことで、非常に好感を持った。御導師の甥御さんでもあるから将来への期待もある。是非とも良い教務になってもらいたいと思い、「一度、横浜に来て、他寺院のご奉公を勉強したらどうだろう」と話をした。

 帰国後、彼は本当に横浜に修行に来てくれた。ほんの僅かな期間だったが、妙深寺でのご奉公を通じて、みんなが真心から菩薩行に挺身している姿を見て、また何かを感じてくれたと思う。その後、清耀師は佛立教育専門学校(京都本山とそこに隣接する佛立教務の学校。現在は福岡日雙上人が学校長を務めておられる)に入学した。

 しかし、目覚めたる者というのは素晴らしいもので、京都での修行中でも彼はお教化のご奉公をされていた。清耀師のお寺は神戸。その神戸の正法寺でご葬儀があった。その際、そのご葬儀にお参詣されていた横浜在住のMさんとご信心のお話をした。時間が経ってもメールのやりとりをしながら、ご回向の大切さや今の生活の中で御題目をお唱えすることの大切さ、ご信心を心の中に立てるということなど、様々なことを話してくれていたという。

 私は、そのことを清耀師からお聞きして、清耀師のそのご奉公姿勢に感激した。長松寺の開導会の前日、準備ご奉公の後に清耀師から「いよいよ月末、妙深寺の補講にお連れする」と。そして、1週間後の23日の夜、補講の後でMさんとはじめてお会いし、お話をお聞きした。

 さまざまなことをお聞きし、私もお話をしたが、時を置かずにMさんはお参詣をはじめられた。まず、自分で決めて、自分なりにお寺にお参詣させていただきたいということだった。補講の後のバーで、同じ世代の人たちと親しくなったようで、すでに朝参詣でもお互いに励まし合っていたようだ。

 6月30日、ご信心をさせていただきたいという申し出があり、1週間の開門朝参詣の後でもあるので、月始総…

新横浜駅を素通り

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今は何と長野なのである。

 10時からブラジルとのウェブ会議、11時から海外弘通特別委員会という会議で、長期間の京都でのご奉公を終え、12:40のギリギリまで会議に出席して、走りながら北野からタクシーで京都駅へ。京都駅では博ちゃんが重たい荷物を持ってきてくれていて、それを受け取ってホームへ。小さなお弁当を買って新幹線の中でお昼ご飯を食べた。

 新幹線で新横浜駅を通過。「おーい、子どもたちー!」と思ったが、そのまま東京駅。長い期間のご奉公だったので、バックを3つ持ったまま長野新幹線に乗り換え。17:20に長野駅に着いた。  

 日博上人時代からのご縁の深い、それこそ今の私たちには到底及ばないくらいのご奉公をされた御方のご回向。そのご家族が駅まで迎えに出てくださっており、車で宿泊させていただく旅館へ。

 久しぶりに(いや、昨日の夜はウェブで局長室会をしていたのでお顔は見ていたのだが)妙深寺の局長にもお会いできた。

 明日、ご回向を奉修させていただいてから横浜に戻る。実に5日ぶりとなる。海外に行っていなくてもこのような状態であるのだから、本当に申し訳ない。

長男の誕生日 次男の誕生日

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昨日は長男の誕生日だった。長男は7月4日に生まれた。早いもので5才になった。

 4日という百年以上続いている長松寺の「役一総講」。「役一」というのは、「役中(お役をいただかれた方)」が月一度のお参詣をするという意味で、開導聖人のお母さまのご命日に併せて奉修される御総講で、開導聖人のご在世当時から一度も休まずに続いている例月のご奉公である。もちろん、お正月でも何でも、毎月4日に長松寺は御総講なのだ。

 私は長松寺の住職として、この役一総講のご奉公をさせていただかなければならない。つまり、4日は横浜にはいられないのである。昨夜の長男の誕生日も私だけ京都。母や妻、阿部ちゃんや姉、望が、小さなケーキを買ってきてくれてお祝いをしてくれた。寂しかったが仕方ない。御総講の直前に電話をかけて、「誕生日オメデトウ、Happy Birthday!!!」と伝えた。「ありがと、ありがと」と。寂しいなぁ。
 しかし、昨夜の御総講は百名弱のお参詣があり、他寺院からも10名を超えるお参詣、横浜からもひろし君がお参詣してくださっていて、とても有難い御総講だった。家族には大変に申し訳ないし、これからも長男の誕生日は一緒にいてやれないが、ご奉公をさせていただけることが尊く、有難く、そこに私が生きている意義があるのだから我慢してもらいたい。

 次男は3月14日に生まれた。この日には長松寺の御総講に匹敵する特別なご奉公はないので、一緒にいてやれるかもしれない。すくすくと健康に大きくなってくれていて、心から有難いと思う。「あなたの可愛がり方は5分!」と妻から怒られているし、一緒にいてあげられる時間は少ないけれど、本当にかわいくて、かわいくて、孫を見ているような感覚になる。こうしてあまり家にいなくても育児や家庭の中のことをしっかりとしてくれている妻や母、姉のチノブや望ちゃん、妙深寺の御講師方の奥さまには感謝してもしきれない。本当に有難い。

 次男が生まれる前後、2月から3月は、スリランカ、アメリカ、ブラジル、イタリアと、グルッと世界を回ってご奉公しており、留守ばっかりだったので、名前を選ぶ権利を剥奪された(笑)。いや、それは冗談だが、「もう一人で病院で産むから、あなたは病院にも来なくて良い!」などと言われて(笑)、そうは言ってもそんなことをしたら後が大変だと思って、朝から母やチノブ、望が病院に行ってくれていて、私は…