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8月, 2007の投稿を表示しています

ディリーパくんからの手紙

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スリランカの青年たちの中で、回復したディリーパくんからメールをいただいた。(左の写真)
 余程大変な状態だったのだと思うが、本当に無事に回復できて、ご奉公の報告をしてくれたことに感謝している。お助行してくださった方への感謝の言葉も述べられている。有難い。
 青年信徒が集まり、様々な活動を行ってくれている。特に、御題目を知らない若者たちも含めて御題目口唱の意味を説明し、そして共に唱える「口唱会」を開催しているとのこと。考えてみると、日本の私たちも同じ。先週も初めてお唱えする方と一緒にお看経させていただいたのだが、お数珠の持ち方からお唱えの仕方を丁寧にお伝えする。「ナムミョウホウレンゲキョウ」と「6ビート」でお唱えするんです、とお伝えしたりする。  スリランカでは、初めての人もいるので、最初にゆっくりと深呼吸をして御題目をお唱えし、その後に少しづつ普通のお看経のペースのように早くしていったとの報告。多くの青年たちが口唱会に参加して感激してくれたことは有難い。御題目口唱が何より基本であるから。  また、スリランカという国の特殊な事情もあるかもしれない。スリランカでは上座部仏教が瞑想を中心としてレクチャーをしており、各種のテレビでも僧侶が出てきてスピーチをしながら瞑想方法を指導している。そうした「修行面」からのアプローチでご信心を伝えていることが分かる。それはマッチするのだろう。つまり、「瞑想(メディテイション)よりも口唱(チャンティング)の方が優れた修行である。そして、その口唱するための陀羅尼(呪文・マントラ)の中で最も優れたものが、法華経の教えに基づく南無妙法蓮華経である」という筋でお伝えしているのであろう。
いずれにしても、有難いメールなので、ここに転載させてもらう。
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Dear Rev.Nagamatsu,
Thank you very much for chanting for our health. I got well few days ago. Sorry for the delay to reply you. Now Madawa is also very well. We all had a severe fever last week. But thanks for Gohonzon sama, we …

ご祈願は世界を駆けて

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連日、このブログを見てくれている方々にお願いしてきたスリランカの方への御祈願。写真は、シャンタさんと奥さま、そしてマダワ君。このマダワ君はじめ、青年信徒の方がデング熱に罹患された。
 先ほど、シャンタさんから電話をいただいた。朝、何度か電話をしたのだが通じなかったので、かけてきてくれた。シャンタさんは泣いていた。マダワ君の状態は快方に向かったという。しかし、この2日間は全身が赤くなり、非常に重篤な状態であったそうだ。家族思いのシャンタさんにとっては、本当に苦しかったと思う。「upsetしてしまった」と仰っていた。「upset」とは「狼狽えた」ということ。父親であれば当然である。お母さんも心配だ。  前回、清顕師と清翔師がスリランカへご奉公に行った時には、このシャンタさんの家に宿泊したのだから。奥さまには大変にお世話になった。この2日間、本当にお助行をいただいた方々に御礼を申し上げたい。ようやく快方に向かってくれた。明日もまた連絡することにしている。  デング熱については、せんせーのブログで詳細に記述してくださっている。「ご祈願、かなり気合いを入れた方がいいかもしれない」とのコメントに、私も少々upsetした。せんせーの奥さまは内科医のドクターであり、しかも医師としても大変有名な方だから。いつも診察が的確。「気合いを入れねば」とブログを拝見して思っていた。  それは、私にとって少々の驚きだった。スリランカに何度行っていも、全くそうした疾患を気づかうことなくご奉公させていただいてきた。もちろん、マラリアやデング熱を避けるために蚊に刺されないようにしていた。毎回、スリランカに行くと30度くらいの気温だったが、寝ている時など蚊に刺されたことはない。スプレーなどもしなかった。(むしろ、ブラジルのサンパウロでは寝ている間に何ヶ所も蚊に刺された)  今回、またご祈願が世界を駆け抜けた。多くの方から色々なメールをいただくが、こうしたご病気の方のご披露をして、すぐにその方のためにお助行(ご祈願)してくださることが有難い。まさに、世界を駆け抜けている。吏絵ちゃんの御祈願と同じように。佛立家族、ご法さまの下での「家族」に対しての御祈願をしてくださった。  御題目は世界を駆け抜ける。時空を超えた御題目口唱のバイブレーションは、遠く離れていても届くと確信できる。シャンタさんが「御祈願をお願いします!…

デング熱、シャンタさんからのメール

シャンタさんからメールにて報告が来た。(急いでいて誤訳があったので訂正する)
 マダワ君とはスリランカ本門佛立宗で中心的にご奉公してくださっている一人、シャンタ・ペレラさんの一人息子。彼以外の青年たちは快方に向かったものの、依然としてマダワ君は入院を余儀なくされているとのこと。

 先ほど電話にて確認したのだが、マダワ君の症状はまだ重い。デング熱のウイルスが肝臓にダメージを与えているようだ。スリランカ国立病院のミランダ医師もいてくれるので治療は万全の体制で行われていると思うのだが、まだ御祈願を続けさせていただきたい。ご祈願をお願いします。

 明日、またご報告します。

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Dear Nagamatsu Odoshi,

Thank you very much for your kindness for our members who are suffer from Dengue fever.

My son, Madawa still in the hospital, out of others his situation was bit bad. All others were recovered soon. Please pray for him. I stayed at hospital with him. Doctors will tell correct situation of him only on today evening. Buddha will protect him. Dr Miranda very closely working with other doctors.

Namumyohorengekyo

Shantha Perera

ひろし君とYaccoさん、憲史くん

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日曜日、施設部の方にご挨拶しながら本堂に上がると、ひろし君とYaccoさんがお友だちをお連れしておられた。  午前中、講演会の途中でお二人から電話をいただいていた。留守番電話になってしまったのだが、講演が終わった後で聞いてみると「今日はお寺におられますか?大切な友だちをお寺にお連れしたいのです」という内容だった。時間があればお会いしていただきたい、と。聞きながら「とても時間が間に合わない」と思いきや、続いて留守番電話にメッセージが入っていて、「清康師がいらっしゃるのでお話ししていただくことになりました」とあった。ホッと安心。  お寺に戻ると、まだひろし君もYaccoさんもお寺におられた。実に不思議なことだが、それぞれが何の打ち合わせをすることもなく妙深寺にお友だちを連れてこられて、そのお友だち同士も知り合いだったとのこと。妙深寺の境内地で、「あれー?!」とお連れした方々が再会を驚いていたという。合計4人のお友だち。私が本堂に上がった時には第二本堂のロビーで清康師がYaccoさんとお友だち2人とお話ししてくれていた。  私は本堂の局長室で待ってくださっていたひろし君のお友だちお友だち2人の方とお会いすることができた。有難い機会を与えていただいて、少しの時間だったがご信心についてのお話をさせていただいた。難しいお話はさておき、こうしてお寺に足を運んだだけでもサインがあるはず。御題目をお唱えすることができれば、毎日の生活の中でサインが次々と出てきて、このことをお参詣された方々が実感することになる。確信できる。間違いない。ありがたい。  その後、ひろし君たちと本堂に上がってゆくと、Yaccoさんたちがお看経を終えられたところだった。4人の方々は全員が女性だったのだが、みなさんが本当に素敵な女性で綺麗な声でお看経をされる。その声を聞きながら、私は庫裡へ戻らせていただいた。不思議なサインにも驚くが、ひろし君とYaccoさんのご信心への思い、お友だちの優しさ、ご信心の喜び、必ずよくなる、サインがある、抜け出せる、俺も、私もそうだったのだから、という確信が有難く、涙が出そうになった。  驚いたことに、後でひろし君からの電話をいただき、Yaccoさんのブログを読ませていただいたところ、それぞれが御題目を綺麗に唱えられたように、ご信心をされるということだった。ひろし君がお連れした方々はお数…

幸せなお寺

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週末の土曜日と日曜日にかけて、妙深寺の施設部の方々が法城護持のご奉公をしてくださった。
 「法城護持」とは、お寺という御法さまの「お城」をお守りし、維持するというご奉公のこと。本門佛立宗のお寺は、御法さまのお寺であり、私たち信者全員で建立されたものであるから、日々にご信者の皆さまがご奉公に当たってくださっている。

 開導聖人の御教歌には、
「我物の ひとの物のと いふものゝ
             佛立講は 祖師の講也」
とお示しになられている。自分の物だ、他人の物だということを非常に戒められている。

 観光寺院として拝観料を取っているわけでもないし、物を売っているわけでもない。葬祭場経営や墓地開発や販売で生計を立てているお寺でもない。そういう世間一般に多いお寺では、「お寺は住職のもの」と勘違いをしていたり、責任役員も全員が親族でサイド・ビジネスをしているとも聞く。そうした「宗教法人」が多いから、性善説的に成立している「宗教法人法」の改正が議論されているくらい。インターネットでは経営(?)の成り立たなくなった「宗教法人」が「法人格」として「買いませんか?」と売り出されているし、脱税の隠れ蓑として「宗教法人格」を悪用している人もいるらしい。

 悪いことをする人は大勢いるのだから仕方が無いとも言えるだろうが、そもそも多くの「お寺」が仏教の使命や教えを忘れているとしたら、そちらの方が罪だと思う。つまり、「我物」だと勘違いしている「僧侶」が一番悪い。本門佛立宗は決して大きな宗派でもないし、妙深寺より大きなお寺もあるだろうし、「戒名料」や「葬儀料」「墓地販売」で裕福なお寺もあるだろうが、とにかくご信者さん全員で御法さまの住んでおられる「お寺」を守ってくださる「法城護持」に頑張ってくださる方々がいることが有難い。何よりも有難い。本来のお寺、本当のお寺。言い方を変えれば「普通のお寺」。

 日曜日。講演を終えてお寺に戻らせていただくと、炎天下の中で法城護持のご奉公をしてくださる施設部の方々が汗をかきながら古くなった竹垣を作ってくださっていた。手作りの竹垣。原さんのお兄ちゃんまでご奉公に参加してくださっている。名前を書かせていただけば切りがないので止めておくが、「妙深寺は幸せなお寺だなぁ」と頭が下がった。本当に有難い、ありがとうございます。

 そう、時の権力者が作った庭園があるわけではない。拝観…

お宝鑑定団のようなもの

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最近、更新が滞ってしまった。今は京都で海外部長と資料作成に没頭中。寺報の原稿もあるし、腰も頭も落ち着かない。
 昨日は神奈川県下の15ヶ寺でご奉公されている主な男性と女性が集い、「神奈川フォーラム」が開催された。そこで若輩ながら1時間30分の講演をさせていただいた。  何度かブログにも書き、妙深寺の中でもお話をしてきたことだが、私の海外弘通への思いは少々変わっているかも知れない。つまり、純粋に海外へ上行所伝の御題目をお伝えするということ以上に、国内のご弘通、特に妙深寺のご弘通ご奉公のためにさせていただいてきたということ。海外での経験は私にとっての武者修行のようなもので、私の信心改良と信心増進となる絶好の機会と思ってきたし、実際にそうなってきたと思っている。  また、私が福岡御導師に随行してご奉公を体験させていただいてきた地域は、妙深寺に比べて「若い」のである。妙深寺はといえば、創立から時が流れて世代が変わってきた。私とて佛立信者としては5代目である。個人的には「自分が初代だ!」と思っているが、実際5代目であることに変わりはない。  もちろん、世代を重ねてご信心が伝わっていくということは有難いことに違いない。しかし、砂漠の中で水を求め、カラカラにノドが乾いてからオアシスを見つけたのが初代だとすれば、私たちはそのオアシスの中で生まれ、育ったのと同じだ。オアシスを「発見」した喜び、その「体験」は、なかなか得られるものではないと思う。いったん砂漠から出て、放浪してオアシスに帰ってきた者であれば初代に近い経験と感覚は得られると思うが、「なんとなく」ご信心を継続してきただけでは決して得られないものがある。  私が思うに、「お宝鑑定団」のテレビ番組にも似ていて、家の中に初代が発見し、購入し、手に入れ、家宝とした「宝物」があっても、時が過ぎて、代を経ていけば、「何の宝物?」「どれだけの価値があるの?」になってしまうと思うのである。それを、あのテレビ番組の「なんでも鑑定団」が地方に来て、会場に持ち込んで鑑定してもらって、はじめて気づく、ということがあると思うだ。  「あー、家宝だと思っていたのに、価値がなかったんだ」と嘆く人もあれば、「えー、こんなにスゴイものだったの!」と喜ぶ人もある。私は、ご信心も同じになってしまってはいないかと思う。このご信心、尊い佛立信心、御題目の価値を、代を経るごと…

御祈願、ありがとうございました。

スリランカ青年会の3人について、御祈願ありがとうございました。

 多くの方々からメールをいただき、「ご祈願します」「ご祈願しています」と声をかけていただきました。本当にありがたいです。すぐに一つになっていただけることが。

 シャンタさんに連絡しましたところ、無事に回復に向かっているそうです。本当に、本当に、ありがとうございました。

男泣きの朝

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昨日、吏絵ちゃんが無事に妙深寺にお参詣してくださった。本当に有難く、尊く、近年では最高の日、男泣きに泣けた日であった。吏絵ちゃんのご家族、お父さまの涙、お母さまの涙、お祖父さまである前川さんの涙を拝見して、自分の眼にも涙が浮かんだ。そして、それ以上に、妙深寺のご信者みなさま方の吏絵ちゃんとご家族を見つめる暖かい瞳、一人一人が泣きながら吏絵ちゃんを励ましてくれた言葉、何よりひろし君が子どものように泣きながら言葉を発した姿を見て、嗚咽しながら泣けてしまった。ありがたい。本当に、ありがたーい。

 吏絵(りえ)ちゃん、本当に可愛くて、可愛くて、まさにアイドルが妙深寺に来てくださったような気持ちになった。

 2年間。2年間である。ずっとずっと吏絵ちゃんの御祈願をさせていただいてきた。辛く苦しい白血病の治療。白血病病棟に永年勤務してきた看護師の朋美ちゃんも泣きながら励ましの言葉を吏絵ちゃんに掛けてくれた。白血病の治療は他の部位の癌と異なり、抗ガン剤治療は12才の子どもでも大人と同じものであるという。言葉には表せないくらい、本当に辛く、苦しいもの。吏絵ちゃんのお父さんも言っておられたが、抗ガン剤治療をすると2~3日くらいずっとグッタリして、起き上がることも出来なかったと。それを間近で見てきたご家族。耐え抜いた吏絵ちゃん。

 私たちは御祈願することしか出来なかったのだが、そうしたみんなの応援、思いが結集して、見事に吏絵ちゃんは元気になり、横浜まで来てくれたのだ。本当に元気な姿だった。普通の中学生、とても病気とは思えないほどだった。

 清康師からのご家族の紹介があり、今一度これまでの経緯を振り返った。2年前からの御祈願と妙深寺とのご縁、御祈願の輪の広がり、闘病、そして御利益。

 それにしても妙深寺の方々は有難い。ご家族が本堂の前に立ち、お父さんがご挨拶してくださったのだが、お父さんの口から出た最初のお言葉は「まず、びっくりしたのが、、、私たちが前に立たせていただいた時、みなさんの眼が、大変あたたかい眼で、、、本当に、、、喜んでおりますというか、、、、感謝しております、、、」という言葉だった。何と妙深寺の方々は有難いのだろう。本当にそう思わせていただいた。

 吏絵ちゃん本人からも、みんなにメッセージをいただいた。恥ずかしがり屋さんと聞いていたのだが、元気に、頑張って、みんなにご挨拶してくれた。…

デング熱 : 御祈願をお願いします

先ほど、スリランカのシャンタさんから連絡がありました。
 スリランカ青年会の子がデング熱に感染したようであるとのこと。出来れば御祈願をお願いしたいと思います。「マダワ」「ディリーパ」「ヘマンツィ」の三人です。このデング熱は現在のところワクチンはありません。蚊に刺されないようにするくらい。私は何度もスリランカに行かせていただいていますが、全く経験が無く、心配もしていないのですが。近年の温暖化や都市化が原因なのでしょうか。
 いずれにしても、スリランカから連絡がありましたので、朝夕のお看経の際でも結構ですから、御祈願をしていただけますか。お願いいたします。

吏絵ちゃんが来てくれる

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24日、京都から横浜まで吏絵ちゃんのご家族が来てくださる。京都から車で来られるとのことで、毎朝ご祈願をさせていただいている。吏絵ちゃんが体調を崩すことなく横浜に来られますように、道中が安全でありますように、と。

 今朝もお参詣の方々にご披露させていただいた。24日朝6時30分からの門祖総講に吏絵ちゃんご家族6名がお参詣されるということと、是非とも大勢のお参詣をしていただきたいこと。出来れば、吏絵ちゃんと同じ年頃のご家族がお参詣してくださると有難いと思う。これまでお助行してくださってきた方、同じ年頃の子どもを抱えておられるご家族、そういう方々みなさんにお参詣していただきたいと思う。

 妙深寺の方々は、この2年間毎朝のお助行で吏絵ちゃんの闘病平癒・病気全快を御祈願くださっていた。しかし、実際にお会いするのは今回がはじめて。心ある方は私と同じようにドキドキしているだろう。

 2年前にお助行と御祈願が始まったことは既に書いた。妙深寺のみなさんが吏絵ちゃんを身近に感じるようになったのは、横浜国立大ホールで開催された佛立開講150年奉讃記念大会「グランデ・ファミリア」からだと思う。

 この大会は、「家族」というテーマを掲げて開催された。立教開宗750年のご奉公では、寺内の内容充実を目指して神奈川布教区の各寺院で法要を営んだ。なぜなら、どうしても一つの場所に集まって行う大会(法要)というのは代表者が出て終わり、という風になりがちだから。各寺院で奉修させていただく方が、当たり前だが参詣者(参加者)は多い。しかし、佛立開講150年のご奉公では、みんなの力を一つに集めて、総力を結集したものにしたいということだった。

 開導聖人がなぜ本門佛立宗を開講されたのか、その教えはどのようなものか。それを実践すると、人や家族はどのようになるのか。限られた時間の中で体感してもらいたい。そして、ご開講から150年を経た私たち一人一人が、この教えに出逢えたことに誇りや喜びを感じ、佛立信心を再発見していただいたい。考えに考えて、開催されたのが「グランデ・ファミリア」だった。そして、各寺院の御住職やお教務さんは黒子やサポートに徹して、ほとんどご信者さんの手によってご奉公が進められ、途方もない目標だったが5000人の参加者が集い、大法要・奉賛記念大会は開催された。

 その大会の中で数多くのご家族を紹介した。ブラジル、…

教務は『一声、二筆、三姿』

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弘通学という授業を受け持ち、教鞭を執っている。 本門佛立宗には修学塾という教務諸師の勉強会があり、弘通学・宗学・法門学・研修学という科目を設けて勉強させていただいている。

 私の担当は「弘通学」。そのタイトルからして分かるように、大変重要なご奉公である。年間に3回、テキストに沿って授業を進めるわけだが、今年のテーマは「折伏・教化」である。勉強する以前に、それはご弘通そのもの。佛立信心そのもの。自然と力が入る。御講師方(お教務さん方)に講義をするのだから。

 古くから東京・乗泉寺で教務に言い伝えられてきたという教えを、法深寺のご住職・清水泉洋師から教えていただいたことを忘れないようにしている。それが『一声、二筆、三姿』である。他宗でも古くから「お坊さんのたしなみ」として言い伝えられているようだが、佛立宗の場合は少し違う。

 一般的にこの言葉は、お坊さんというものは、まず『一声(ひとこえ)』で、お経を読む声が良くなければならない、次に『二筆(にふで)』で書が上手くなければならない、そして『三姿(さんすがた)』で姿勢が正しくなければならないというものだという。禅宗や真言宗などのお坊さんを思い浮かべると想像がつく。古来からの『お坊さん』は字が上手い、そういうイメージらしい。「たしなみ」という言葉には「好きで親しむ芸事」とか「人前で失敗しないように日ごろ言動に気を配ること」という意味があるから、「それをやっておけば坊主としては大丈夫」という意味で受け取られているのだろう。

 佛立宗の場合は違うというのは、『芸事』として教えているのではないという意味であり、もっと菩薩行の手本としての意味で受け取らなければならないという言い伝えであるからだ。

 『一声』というのは、まず末法の仏道修行では基本中の基本である上行所伝の御題目を、しっかりとお唱えするということは勿論、教務としてどのようなことを語り、聞かせることが出来るか。何を声に出しているか。しっかりと自分の口から発する『声』に対して責任を持ち、重視して、それを磨いていかなければならないということだろう。

 『二筆』では、能書か乱筆かを言っているのではなく、簡単に言えば『筆まめ』にならなければならないという意味であろう。お祖師さまは実に細かく筆を執って、弟子やご信者方を教導された。御有志をいただいても御筆でお礼状を書き送り、お布施や御供養の御…

青年会サマー・セミナー

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昨日、19日の日曜日は、青年会のサマー・セミナーで葉山に行った。土曜日から青年会はお寺に宿泊し、お看経の後にテーマを設けたセミナーを開催。会長であるマサノブ君が作成したパワーポイントの資料をスクリーンに映して、そうしたテーマを元にしてディスカッションを行ったという。一人一人の実生活に即しているから、非常に充実したセミナーになったと思う。よく考えて、準備をしてくれた。

 翌日、つまり昨日だが、セミナーの参加者は朝参詣をされた後、葉山の海に向かった。葉山というのは江ノ島から見るとずっと三浦半島よりの場所。電車で行くとすれば逗子駅を使う。真夏の湘南の中でも比較的車の渋滞も少なく、海水浴客も少なく思う。葉山の海岸であれば、昔の仲間の協力で色々なものを楽しめる。

 本山での青少年の一座では台風の影響で終了ギリギリの到着となった。9時間もかけて本山までお参詣してくれた青年会に心から感謝していたのだが、会長のマサノブ君をはじめ青年会のみんなは「これは私たちの御祈願が足りなかった。しっかりと御祈願をして、サマー・セミナーを迎えたい」と、お懺悔とご信心の改良と増進に結びつけてくれていた。それから、青年会では準備ご奉公と共に御祈願を重ねてサマー・セミナーを迎えた。

 先週来、非常に強い台風が太平洋上を北上していたので、「やはり」と思って心配していたのだが、有難いことに大きく進路を北に取り、関東地方は快晴となった。これは青年会の方々の御祈願の賜だと思う。

 日頃のご奉公では見れない少年のような笑顔。青年会のみんなの笑顔と同様に若い教務の笑顔を眩しい。清顕はまだ23才なのだから、自分の若い頃と比較すればご奉公一筋に頑張ってくれていると思う。しかし、この葉山では、青年会の方々と一緒に子どものように海岸を走り回っていた。微笑ましい。

 友介も楽しそうだった。友介は今日8月20日が23才の誕生日。先ほどの朝参詣で誕生自祝の御礼を言上させていただいたが、「本当に早いものだなぁ。友介が23才なんて」とつくづく思う。最近は仕事が忙しいようで心配だったが、溜まりに溜まったストレスを発散しているかのように楽しそうに波と戯れていた。

 私が初めて葉山の海岸に来たのは20年前のこと。その頃と比べると海岸が痩せてきている。「痩せてきている」というのは、砂浜が浸食されているという意味だが、砂を入れないと近いうちに海岸が無…

いざという時こそ

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昨日は、鈴江御導師の特別御講第一日目。相模原・妙現寺まで御導師をお迎えに上がり、13時から奉修。先住亡き後、鈴江御導師には私の師匠となっていただき、毎年一度の御講奉修をお願いしている。一年間、妙深寺のご奉公がどのようであったか。改良点や成長した点など、親しくご覧いただき、ご教導をいただく。

 ちょうど6年前。その日も特別御講だった。相模原まで車を運転し、お迎えに上がっていた。その途中で、以前より入院治療されていた鈴江御導師の奥さま、富士子さまが亡くなったという連絡があった。何ということだろう。余りのことに一瞬思考が停止したが、とにかく妙現寺、そして御導師も駆けつけておられる病院へと向かわせていただいた。夏の日の病院の裏口、今でも忘れられない。

 富士子奥さまは、随分前にステージ3という癌を患われており、その後は大変な御利益をいただかれて、全く病気であることが分からないほどご奉公に復帰されていた。御導師は3年もの増益寿命だったのだと仰る。俄に入院治療することになった時には驚いたのだが、奥さまはちょうど6年前の8月9日に帰寂されたのだった。

 生涯を共にご奉公された奥さまの帰寂。鈴江御導師が御住職に就任された当時、わずか60軒のご信者さんしか相模原・妙現寺にはおられなかった。そこを、まさに御導師と奥さまのご弘通で切り開かれ、次々と御利益を感得される方が増え、ご弘通が進展し、飛び級のように寺院等級も現在のようになった。有名なのは次の日の朝まで続く御導師のお助行で、病気の方や苦しんでおられる方がおられると、役中さんには「休みなさい」と言われるがたった一人でその方の御宝前で朝までお看経を上げられた。そして、見事に御利益を頂戴し、ご弘通が進む。ある時、お助行を終えて日博上人とバスの中で会われた。日博上人は大変に喜ばれたという。

 その生涯連れ添った奥さま、戦友を失った日。私は御導師に奥さまの側についておられることは当たり前だと思い、「御導師、御講は先に延ばします。どうか奥さまの側で」と申し上げた。すると、御導師は、

「いや、御講に行くよ。大丈夫だ。富士子もそうした方が喜ぶだろう」

と仰って、鈴江御導師は横浜・妙深寺に向かってくださり、何事もなく御講を奉修してくださった。しかし、御法門の途中で言葉に詰まられたことを、私は忘れられない。御導師は御法門台で富士子奥さまの帰寂のご披露をし、御導…

横浜 35.6度

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暑い。暑い。信じられない。京都より横浜の方が暑い。う~。

 昨夜は長松寺の御総講。お盆の真っ最中だったので、遠方からのお参詣の方が多かった。有難い。

 しかし!それ以上に有難いことがあった。なんと、吏絵ちゃんがご両親とお祖父さまと一緒にお参詣してくれていた!いつものように吏絵ちゃんの御祈願をさせていただいて、御法門前にご信者さま方を見てみると、その中に吏絵ちゃん。嬉しかったなぁ。本当に元気になってくれて、嬉しいです。お参詣ありがとう、吏絵ちゃん。

 そして、京都から横浜に戻りホームに下りた途端、ムワっとした熱気が。「京都より暑い」と思わず言ってしまった。今年はエルニーニョと反対の現象、「ラニーニャ」と言われていたのに。ラニーニャとは、ペルー沖の海水の温度が低下する現象であり、この現象が起きると冷夏になると言われていた。

 ところが、この暑さ。酷暑。特に今日は日本国内の観測史上で最高気温を記録したという。岐阜県の多治見市と埼玉県熊谷市で40.9度。1933年(昭和8年)7月25日に山形市で40.8度を記録して以来、実に74年ぶりの記録更新になったという。海からの風に守られている横浜でも16日は35.6度を記録した。

 この熱波によって、関東では6人もの方が熱中症によって亡くなった。この事態、実に尋常ではない。何度も何度も書いてきたが、遂に「その日が来たか」と思ってしまうくらいだ。こうした異常気象や温暖化の原因は、はっきりしている。「人間」であり「人類」。それ以外に原因はない。

 人類の活動が地球環境にまで大きな影響を及ぼし、何万年もかけて行われる環境の変化と推移が極端に短い期間で行われているということ。科学的な数値の話ではない。「因果」で考えても分かる。短期間で変化を与えたのなら、短期間にもっと違う変化が起こってくる。多くの科学者も指摘しているように、生態系が崩れ、極端な気候変動によってある特定の種が絶滅の危機にさらされ、移動を余儀なくされたりする。

 「その時」というのは、私たちの社会が気づかざるを得なくなるような事態に陥る恐ろしい日のこと。そんな日を望んでいるわけではないが、仕事や生活も出来ないほど暑い日には、そんなことを考えてしまう。

 夏が過ぎれば涼しくなり、秋になったら忘れてしまうのが私たちだが、今年の夏の暑さは異常である。

 8月15日、海洋研究開発機構と宇宙航空研究開…

名古屋の御導師、

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名古屋の建国寺にお参詣させていただいた。その後、名古屋城にも寄らせていただいて、生まれて初めて「金のシャチホコ」を見た。感動!ありがたーい。
 つくづく、名古屋・建国寺に伺うと刺激を受ける。妙深寺の初代ご住職・日博上人は、名古屋・建国寺の先代のご住職・日建上人と深い親交を持っておられた。日建上人はお優しいお顔からも察することができるとおり、大変におおらかで慈悲心に満ちておられた御導師。日博上人も何度となく名古屋にてご奉公され、ご弘通談義に花を咲かせておられたと聞く。  ある時、日博上人が名古屋・建国寺の御会式のご奉公からお帰りになる際、その途中でご信者のお宅にお助行に寄られたというお話をお聞きした。遠方の御会式ご奉公は、大変にお疲れになるのに、その僅かな時間もご奉公されておられたというお話をお聞きした。名古屋の御導師も大変に随喜されておられたと聞く。  また、日建上人は15世日晨上人の下で親しくご教導を受けておられ、ある時日晨上人に「ご弘通を発展させるためには、どのようにすれば宜しいでしょうか?」とお伺いしたところ、「それは簡単だよ。ご弘通が発展しているお寺から学べばいい」とお答えになったという。そのお話を建国寺の現ご住職・石川日翠上人からお聞きした。本当に有難い教えである。  私は、先住の御遷化後に奇しくも妙深寺の住職としてご奉公することになった。海のものとも山のものともつかぬ愚息、清潤である。自分自身すら、妙深寺の住職としてご奉公出来るものかどうか、全く分かっていなかった。  そんな時、いつも手を差し伸べてくださったのが、石川御導師だった。先住が御遷化になられてから半年にも満たない秋、石川御導師は名古屋に私を呼んでくださった。そして、わざわざホテルまでお越しいただいて、優しく、親しく、ご教導くださった。ご自身が住職に就任した時のこと、御7回忌が済むまで思い出そうとしても何も思い浮かばないほどだったということ、とにかく頑張って精一杯のご奉公をするしかないということなど、言葉以上に若輩を気遣ってくださるお心が嬉しく、今だに感謝してもしきれない。「お寺の大小を比ぶるはアホ。自分のお寺にどこに出しても恥ずかしくない、本物の佛立信者が何人いるかが勝負です」と教えてくださったのは石川御導師である。一つ一つのお言葉を、私は実践しているに過ぎない。そうした尊い先輩のお言葉を、ここで書…

海外弘通はドサ回り?

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シンガポールから無事に帰国し、久しぶりに子どもたちと会えた。この一週間、横浜も大変な炎天下だったようで、長男はお寺のプールに1日2回も入っていたらしい。綺麗に日焼けしていた。  次男も、ほんの少しの間なのに成長した様子。しっかりと物を手で掴めるようになった。
 昨日、空港には姉の千延が迎えに来てくれていた。高速が気持ちいいくらい空いていて、あっという間にお寺に到着した。本堂の玄関に車が入っていくと、なんと30~40人の方々が待ってくださっているではないか。大勢の方にお迎えをいただいて、さらに拍手で迎えてくれるなんて、気恥ずかしかった。松風会の文化祭の準備や、子どもたちのプールもあるから大勢の方々がおられたのだと思うが、こうした暖かい出迎えをしてくれる妙深寺。本当に感謝、感謝。  夏期参詣も無事に終わった。特筆すべき方々がたくさんいて書ききれないが、是非とも書いておかなければならないと思うのはお参詣とご奉公に気張った根岸さん。本当に辛い病気を乗り越えて、よくぞよくぞお参詣とご奉公を続けてくれた。彼女を支え導いてくださった黒崎さんには感謝しか浮かばない。  Yaccoさんは、39日間の「サンキュー・参詣」を、一日も休むことなく続けられた。本当は40日間だということだが、なかなか出来ることではない。入信以来、ほんの数ヶ月の中で、あれよあれという間だったので大丈夫か心配していたこともあったが、やはり彼女は本物だった。今日は実家に戻られてご回向されていることと思うが、ご先祖の方々は本当に喜んでおられると思う。それこそ、彼女の39日間は、本物のご回向の日々だったのだから。ここには書ききれない方々がおられる。本当に頑張ってくださった。シンガポールから本堂にメッセージを送らせてもらったが、夏期参詣の最終日を「スタート」のような気持ちで迎えてもらいたい。今日からがスタート。また本当の勝負。お互いに支え合い、励まし合って頑張ろう。  飛行機の時間が迫る直前まで、セレモニーに出ていた。帰国便は23:30なのに、21:00まで会場にいた。ギリギリまでのご奉公になってしまった。そして、なんと私たちは会場が満員で着替えをする場所もなかったので、御衣のまま駐車場に下りた。  ステージの裏に着替えが出来る場所があったのだが、セレモニーの途中で会場を後にすることになっていたので、そこで着替えてしまうと飛行…

『三宝』の誤解について

アジアでのご奉公で耳にするのは、三宝帰依の詠唱である。『三宝を護持する』という修行は、仏教の原点の一つであり仏教徒であればまず間違いなく教えていただくから、これこそ全仏教徒の共通項であると言える。現に、この一点で、仏教諸宗は集うわけだし、大きな仏教徒の国際会議でも最後は「ブッダンサラナンガッチャーミ、ダンマンサラナンガッチャーミ、サンガンサラナンガッチャーミ」と唱えている。

 この三宝とは、日本に於いて「佛」「法」「僧」と訳されて、親しまれている。「ぶっぽうそう」という音を聞けば誰彼と無く「あぁ、聞いたことがある」と思われるのではないだろうか。身延山のケーブルカーなどに乗ると、鳥の名前として「ぶっぽうそう」が紹介され、同時に「三宝」についての説明がある。

 しかし、上記に書いた(正しいか分からないが)帰依の詠唱の三番目は(サンガン~の部分)、「僧」ではなく「僧伽(サンガ,ソウギャ,संघ, saMgha)」と詠んで、帰依を表明しているのが分かるだろうか。つまり、日本でお馴染みとなっている「三宝」の中の「僧」に当たる部分は、ただ一人の「僧侶」を差すのではなく、ブッダの教えを清く信奉する「集団」「僧伽」と、本来的に幅広い語彙を持っていた。

 この「三宝」の本来の意味を見失い、僧侶が完全にブッダの御本意から逸脱したり、「僧伽」を離れて独善の境地に立つだけであったりすれば、それは「三宝」の中の「僧」には当たらない。そうした「僧」が「三宝帰依」という仏教の原則を持ち出して、「私を敬うべきである」と言い出すから大きな問題となるのではないか。

 石原慎太郎氏が、「法華経を生きる」という著書で、三宝に帰依しろというが「仏」と「法」は分かる、しかし「僧」だけは分からない。今の世の中の坊主を見てみろ、あれを敬う気持ちになれるか、というようなことを書いていたが、三宝の中の一つとして「仏」「法」と並んで立てる「僧」がいるかといえば確かに難しい。一人一人を見れば、あくまでも凡夫でしかないのだから、簡単に「仏」と「法」に並び立てる「僧」を見つけ出すことはできないだろうと考える。

 原典は「僧伽」である。ブッダの御本意を守ろうとする「僧伽」「宗団」に対して、どれほど帰依の心を持ち、僧侶も信徒も一体となっているか。ここが大事なのではないか。「破和合僧(三逆罪の一つ)」という戒めもある。和合する僧伽から離…

『相似の謗法』について

明日、時間があれば、「相似の謗法」について書かせていただきたいと思う。

 というのは、私たち佛立信者は、非常に『謗法』について厳しく教えていただいている。私の記事を見たり、他宗の僧侶と一緒に映っている写真を見て、謗法観念が薄れてしまっては申し訳ない。

 私は今でも鳥居などはくぐらないし、それを避けようとしている。観光で他宗の寺院を訪れることもしないし、通常そうした場所に近づくこともしない。

 開導聖人は、『相似の謗法』についての御指南に指摘されているとおり、たとえ観光であっても他宗の神社や仏閣を訪ねることは「信じていない」から「謗法」ではないけれど「謗法に相似たり」で『相似の謗法』とする。しかしながら、「広宣流布(上行所伝の御題目を広く流布する)」の思いがあってする場合はこれに当たらないと仰っている。

 最後の段に於ける開導聖人の御指南は重い。このことを、少しだけご披露しておきたい。

仏教ルネサンス

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上座部仏教は、ある意味で変容を遂げようとしているし、遂げなければならないと思っているようである。

 近年、上座部仏教の中に、ある大きな流れを生み出しているのが、「社会行動仏教」と呼ばれる潮流であり、「開発僧」の存在である。私たち日本人が知っているように、「大乗仏教(大きな乗り物を意味し、大勢の人が救われるという意味で使われてきた)」に対して「小乗仏教(「大乗」に対して小さな乗り物を意味し、その教義が示すように特定の修行をしなければ救われることはないとする仏教の総称。特に南伝仏教にこれを当てていた)」と呼んできた「上座部仏教(仏教が「根本分裂」した原因とも言える僧侶への教えを信奉する集団に伝えられた仏教」は、その本来的な活動から脱皮しようとしているのであった。

 長い間、日本の私たちも含めて、上座部仏教はタイなどで見られる托鉢の僧侶をイメージして語られてきた。彼らの根本的な教えを紐解けば、出家剃髪した僧侶と在家信徒の間には大きな壁が横たわっており、在家信徒は僧侶に対して布施をし、外護することを修行とし、僧侶は自ら成仏の果報を得るために修行を重ねる、というものである。実際、根本的な教義として、僧侶は成仏の果報を得られるが、在家信徒はそこまでの果報は得られない、と規定する。僧侶の得る「利益(ベネフィット)」と在家信徒の得られる「利益」には完全な隔たりがあった。悪い言い方をすれば、僧侶は救われるべき存在であり、在家は俗世にまみれており僧侶に布施する「しか」功徳の積めない存在とされているのである。

 一方、ご存じの通り大乗仏教はその「壁」を本来的に持たない。「本来的に」とあえて使うのは、大乗仏教とて、功徳を積む修行として全人生を「御法」や「ブッダ」に捧げるという意味で「僧侶」となって修行することは大変に尊いことと説く。しかし、成仏の果報、ブッダの教えの下に得られる根本的な「利益」としてはその「差別」はなく、「同じ」とするのである。故に、本門佛立宗の佛立開導日扇聖人は私たち僧侶の出家得度を「便宜剃髪」とお示しになった。これは、はっきり言えば、「便宜上、髪を剃って教導職に就く。ただし、成仏の果報は同じである。うぬぼれるな」とお諭しになっているのである。

 このように、本来的な意味に於いては大きな隔たりのあった上座部と大衆部、小乗と大乗であったが、近年になってアジア各国で小乗仏教(上座…

佛立宗とは釈迦独尊の所立の宗

私たちは、本門佛立宗のご信心をさせていただいている。「本門」はブッダの説かれた「法華経」の、「本門(ブッダが普遍的な存在を自ら明らかにされた後に説かれた部分。法華経の後半)」の教えに基づいているという意味であり、「佛立宗」とはその名のとおり「久遠本仏によって建立された宗旨」であることを意味している。

 この名は、全世界の方々に説明するだけでその意義が会通してしまう本当に尊い、妙不可思議な名前である。しかも、後世の人間が勝手に付けた名前ではなく、約750年前に上行菩薩後身・高祖日蓮大菩薩(お祖師さま)が命名下さっているのだから、妙不可思議も極まっている。

「法華宗は釈迦所立の宗なり。其故は已説、今説、当説の中には法華経第一なりと説き給ふ。これ釈迦佛の立て給ふ所の御語なり。故に法華経をば佛立宗と云ひ又は法華宗とも云ふ。又は天台宗とも云ふなり。故に伝教大師の釈に云く「天台所釈の法華宗は釈迦世尊所立の宗」と云へり」

「当に知るべし、今の法華宗とは諸経中王の文に依つて、之を建立す。佛立宗とは釈迦独尊の所立の宗なる故なり」

「天台法華宗は佛立宗と申て佛より立られて候」

「経に云く「於諸経中最在其上」。又云く「法華最第一」。伝教大師の云く「佛立宗」云云」

「佛立宗 世尊法久後要当説真実」

 英語に翻訳しつつ、この名前とその説明を聞いただけで、私たちの信仰の意義を多くの海外の、仏教に精通する方々に分かっていただける。極東の仏教では、実在のブッダを軽んじて独特の教義を展開した故に、南伝の上座部仏教とは決して相容れないものもある。ブッダそのものの存在を否定したり、あり得ない教義になっていることが明白なものもある。

 もちろん、「仏教」という大枠で一括りにすることは、出来ないこともないし、世界平和への協調のために日本にある新興教団が仏教の名の下に集うこともある。しかし、世界情勢に対して「仏教」の名の下に集うことは大切かも知れないが、「ブッダの本意がどこにあるか」「ブッダの希求する平和を実現するためには、どのような方法が適しているか」ということについて、教義として本当の交流をすることは出来ないのではないか。

 単に、排他的な新興宗教のグループでもなく、完全に仏教3000年の伝統と決別したグループでもなく、宗旨や教義を蚊帳の外に置いて平和活動を提唱する新興宗教でもない。それが、本門佛立宗であることを、私は…

仏教の新しい夜明け

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シンガポールでのご奉公も、残すところ後1日となった。

 昨日の昼には、Ven. Dr. Galle師と、八王子に住んでおられるダンミッサラ師と大石師、現地のご信者らとお会いして昼食を共にした。また、どうしても夕食を御供養したいとのことで20:30にホテルに迎えに来られる言われ、ホテルのロビーでお待ちしているとシンガポール・エアラインでキャビン・アテンダントをしておられる女性信徒、Kamani女史が迎えに来てくださった。

 案内されるがままに、どのような場所で食事するのか分からなかったのだが、「現地で最も美味しい食事です」とイースト・コーストの海岸近くに林立する屋台村のような場所に連れて行ってくださった。

 そこに、現地の壮年信徒であるVaruna氏と大石師が合流して、夕食を共にさせていただいた。屋台で席に座る前、イースト・コーストの海を見せてもらった。昼間はインドネシアの島々が見えるという。「シンガポールの夜の海が明るいのです」という彼女の言葉どおり、夜は暗いはずの海がシャンデリアのように明るい。タンカーが停泊し、その明かりが点々と灯っている。

 Varuna氏はレストランを経営していたが、スマトラ沖大地震と津波被害をサポートしようと、年に3回くらい支援活動のためにスリランカに行ったという。シンガポールで育ったために、スリランカの暗い海が怖かったと言っていた。

 彼らは御供養を大変大切に考えており、私たちに屋台で食事を買うことを許さなかった。自分たちで走り回って、シンガポール特別の料理を選んで運んできてくださった。

 それは、東南アジア特有のスパイスが効いていて、とても美味しいネイティブの料理。本当に、不思議と美味しかった。特に、私はタイ料理などに入れられる「パクチー」という香草が苦手だった。タイに行った時も、最初に覚えた言葉は「マイサイ・パクチー(パクチーを入れないで)」というものだった。しかし、このシンガポールの現地料理で驚いた。パクチーが食べられる。美味しい。不思議だ。あれだけ苦手だったのに。

 嬉しいことは、本当の意味での仏教による東西交流が始まっていると実感できることだ。夕食の話も、北伝仏教と南伝仏教といわれるものの融合を考える貴重な機会になる。この融合は、ほんの数十年前に始まり、いま頂点を迎えていると言っても過言ではない。まだ始まったばかりなのだ。

 そして、多くの…

佐野富雄氏のブラジルでのスピーチ

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~佐野富雄氏の著述 「私のあゆみ」から抜粋~

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 小田原・法正寺の佐野氏は、当時御住職をされていた日博上人の強信者として、法正寺創立以来ご奉公された方である。

 横浜・妙深寺、小田原・法正寺、相模原・妙現寺の御住職をされていた日博上人は、体調を壊しておられたにもかかわらず、生涯もう一度ブラジルのご奉公をさせていただたいと決定(けつじょう:決意されること)された。日博上人の御師匠でもある当時の御講有・15世日晨上人に、遠いブラジルでご奉公している佛立教講をご覧いただくことと、臨終を前にご自身が現地のご信者に生涯の御礼を申し上げるためにブラジル行きを決断されたのだった。その際、強信者であった佐野氏も、身命財を投じて御導師に随行すると申し出た。

 佐野氏は、鈴木製餡所という神奈川県では大手の製餡業を営まれており、その社長を勤めつつ神奈川県製餡協同組合の理事長も歴任した。しかし、このご奉公のために家業を休み、ブラジル行きを決断したのである。

 案の定、日博上人は生涯最後のご奉公となり、時を経ずして帰寂された。しかし、こうしたご奉公によって、15世に同行した18世日地上人とブラジルのご縁がはじまり、ブラジルの今日までに至る礎を築くことが出来たとお喜びになっていると確信する。日博上人は常々、18世にブラジル弘通への支援について期待を寄せておられたということが文中にも明記されている。

 ここに掲載された文章は、佐野氏自身が出版した自分史「私のあゆみ」の中に所収されていたものである。文中にもあるが、当時のブラジルは大変なインフレであった。講有巡教であるというのに予定も決まらず、御有志も集まっていなかったという。日博上人の思いとは裏腹に、ブラジルの教講はインフレの前にご信心を鼓舞できていなかった。第二回目となる講有巡教そのものの計画経緯も理由の一つだったと思われるが、それにしてもご信心が立っておらず、ある意味ではブラジル第一回巡教前後の「勝ち組、負け組」の問題よりも重大な局面であった。

 そのような状況の中、佐野氏が日本の信徒を代表して、ブラジル信徒に呼びかけている姿は、涙無しでは読めない。ご自身が御導師を思う気持ちと、ご信者として御導師を外護しようとする気持ちが、全て表れている。ここまでご信者がお話くださるということに、後世の私たち佛立信者は驚きすら感…

国際仏教徒会議にて

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独立記念日に併せて開催された国際仏教徒会議は、スリランカ出身の僧であるVen. Dr. Golleの提唱によって開催された。

 規模としては決して大きくはない。しかし、タイやマレーシアなどアジアを中心として、様々な仏教団体が招待されていた。ブッダの教えが現代社会に必要不可欠であるという確信から、仏教諸宗の教えを交換し、混迷の度を深める世界に生きる一人一人の心の安らぎ、豊かさを与えるブッダの教えとは何か、平和を希求するブッダの教え、青少年の育成についてのアイデアを交換した。

 基調講演として冒頭に福岡御導師からのスピーチがあった。御導師は冒頭から、「世界各国でHBSの僧侶としてブッダの教えを伝えている中で感じたことは、何より大切なのはブッダの示された『修行』を世界に伝えるということである。仏教は単なる哲学ではない。研究室や図書館の中だけで語られるのが『仏教』ではない。『修行』があってこそブッダの教えであり、その『修行』によって世界中の人々を幸福へ導き、世界に平和を築くことが出来ると考える」と話された。

 続いて、「その『修行』とは何か。大きく分けて『瞑想』と『口唱』があるだろう。ただし、『瞑想』は主に脳(ブレイン)や心(マインド)を使い、個人の修行になることに対して、『口唱』は五体を使い、多くの人と共にすることができる。しかも、『口唱』を何のためにするかといえば、人のために祈ることが出来るのである」と話された。

 御導師は、私たちが良く御法門聴聞させていただくお話を、分かりやすく約20分程度お話になった。

 「一念三千」の意味について、私たちの身体の中に収まる細胞、そしてDNA。それは即ち宇宙そのものではないか。その宇宙と私たちは一体であることは、科学でも証明されようとしているし、既にブッダが説かれていたことではないか。そして、私たちの『思い』は、必ず他のものに影響を与える。

 筑波大学の村上教授は、『笑い』による糖尿病患者への実験を行った。日本で著名なコメディ・デュオを呼び、笑う前後で血糖値を計ると圧倒的に大笑いした後の方が数値が良かったのである。このように笑うということだけでも、身体に良い影響を与える。しかし、それだけではなく、村上教授は「実は、もっと可能性があるのは『祈り』ではないか」と仰った。人間の心の働きの中で最も尊く、強い『祈り』を題材にして実験したならば、もっと…