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スリランカの方との交流会

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ご奉公が詰まっており、ニュースも見れていないのでミャンマーで起きている悲劇について書けない。追って書きたいと思う。
 清顕師が10月1日に来日するスリランカのご信者さんについて神奈川布教区の管内寺院に案内文を作ってくれた。実は、昨日の夜から横浜・妙深寺の教務室は大変なことになっていた。今朝が寺報の出稿期限だったので、信仰師と清従師を中心に教務室は朝まで徹夜の作業が続いていた。私は昨夜巻頭言の原稿を書き終えることが出来たのだが、彼らは数多くのご信者さんの声をテープから起こし、体裁を整えてゆく。10時前、無事に出稿できたとのこと。10月号も世界最高の寺報になったと自負している。  そんな状況の中、いま信仰師は役中テキストを作っているというし、清顕もスリランカ信徒交流会のご案内を作ってくれたというわけである。ここに簡単に掲載してみたい。 ============================= スリランカ信徒交流会のお知らせ
 ありがとうございます。為法為宗の御奉公の段、随喜申し上げます。
 この度、10月1日から11日の日程で、スリランカ本門佛立宗よりアベイ氏とガマゲ氏の二人の信徒が本山の高祖会に合わせて来日されます。
 10月1日~4日まで縁あって横浜妙深寺で宿泊されることとなり、今、大変御弘通に勢いのあるスリランカ信徒と交流する場を設け、互いの信心増進の場とさせていただきたく、以下の日程で交流会を予定致しております。
 以前、管内寺院より「海外信徒が来日し、交流する機会があれば、是非とも管内寺院に声を掛けてほしい」とのご意見をいただきましたので、大変日程が迫っている中ですが、神奈川布教区管内寺院にご連絡差し上げた次第でございます。
 ご都合がつく方は是非ともご参加いただければ有り難いと思います。
・ スリランカ信徒交流会
10月2日(火) 12:30~14:00 妙深寺境内地
(10:00~ 月始総講)

参加される方はご供養の関係がございますので、お手数ですが、
妙深寺 兼子清顕までご連絡下さいませ。
ありがとうございます。
=============================  以上のようなご案内文。共にグランデ・ファミリアで世界と交流した神奈川布教区の方々には、ご都合がつけば参加していただきたい。

パリからの便り

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パリから嬉しい便りが届いた。

 ブラジルの高崎御導師がご信者さまと共にパリを訪問され、何と妙深寺の美穂さんのお宅にお助行に行ってくださったというのである。何と何と、有難いことだろう。

 地球は狭い。狭くなった。ブラジルの高崎御導師はモジ・ダスクールゼスの隆昌寺のご住職。何度かここにも書いたが、私がはじめてお会いしたのは11才の時。優しくて、格好の良い御導師である。今年の2月にブラジルでもお会いした。ニヒルな笑顔、ジョークのおもしろさ。

 コレイア御導師にパリにお助行に行っていただいたのは4月の初旬だっただろうか。その御縁が結ばれて、こうした展開になった。きっと、素晴らしい出会いだったに違いない。そう、パリからの便りには美穂さんの暖かい気持ちが伝わってくるから、素晴らしい出会いとなったことは疑いない。ありがたい。

 美穂さんからのメールをご紹介したいと思う。

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ご住職様

 ありがとうございます。
 大変ご無沙汰しておりますが、その後お変わりありませんか?
 本日は素敵なご報告をさせていただく為にメールを致しました。

 実はブラジルのコレイア師のお計らいで、パリを訪問中のブラジルの高崎お導師と奥様とご信者さん3人が昨日我家にいらっしゃいました。

 高崎お導師から22日(土)にお電話をいただき、24日(月)にはお帰りになるとの事でしたので、何とちょうど日本のお彼岸にあたる昨日23日(日)朝に皆さんで我家にいらしていただき父の回向をしていただきました!不思議なくらいありがたい仏縁だと思いました。ちょうど日曜でしたので子供達も同席することが出来ました!

 高崎お導師をはじめ奥様、ご信者の方々もとても優しい方々で素敵な出会い、ご回向になりました。

 皆さん遠くからパリに観光でいらしていたのに貴重なお時間を私共の為にさいていただきましたこと感謝しても仕切れません。
 又、今回の素敵なご縁を作っていただいたコレイア師にも大変感謝しております。皆さんのお陰でますますブラジルが近くなりました。

 これらの出会いも全てご法様からいただいたご利益のお陰だと思いあらためて感謝している次第です。

 ありがとうございました。

 美穂

PS:記念のお写真をお送りいたします。

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 暖かい気持ちが文面からひしひしと伝わって…

嬉しくて嬉しくて仕方ない

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嬉しくて嬉しくて仕方がない。

 何が嬉しいかというと、毎日の全ての出来事が嬉しい。ひろし君と、ずっとそうした話をしていた。もちろん、イライラすることもあり、仕事でも課題は山積していたり、困ったことも起こるし、実際に今でもそうだ。しかし、「うれしい」のだ。「ありがたい」のだ。それが私たちのご信心ではないか。

 占いなど、人々が列を為して、まさに「群がっている」ということも聞く。細木さんの本も売れているらしいし、京都にも彼女の豪邸があるようで「すごいなぁ」と思う。

 しかし、そこは「欲望」の世界。前回も書いたが経営者などが霊能者を頼るのも、全て「欲望」の世界。ひろし君も昔はそうしたものが好きだったという。しかし、本門佛立宗のご信心、本当の仏教に出会って、全てが変わった、生きている風景が変わった、眼に飛び込んでくるもの、耳に聞くものの質が変わったという。本当にそうだ。そうなのだ。

 欲を無くせというのではない。しかし、霊能者や占い師を信じ、通っている間は、きっと苦しみが増していくだろうなぁと思う。降りられないシーソーゲーム。結局、足が地についていない苦しさ。実際には、何も自分で判断できなくなり、「人生を奪われる」と言っても過言ではないのだから。依存心の根底には、エゴがあり、欲望があるのだ。

 私は、パチンコが嫌いなのと同じくらい占いが嫌い。テレビなどで占いが出てくる度にチャンネルを変える。「お前に言われたくない」と思う。何があったって構わない、良い日も悪い日もあるのは知ってる。それ以上に、それを含めて、ブレない、曲がらないものが腹の奥にある。一喜一憂したくない、ずっと誰かの幸せを自分の生きるエネルギーに変えていきたい。綺麗ごとのように聞こえるかも知れないが、これが自分の実感なのだから仕方ない。

 とはいえ、自分は日本一の大馬鹿だと思うし、エゴもあるし、ダメなのを知ってる。来世は人間に生まれてこられるか分からないほどのアホ。人を傷つけたこともあるし、今でも傷つけているかもしれない。愚かすぎて、わがまま過ぎて、自己嫌悪になることもある。

 でも、ご信心に出会えて、ご信心をいただいて、本当に幸せなのだ。ありがたいのだ。それだけ、それだけ書かせてもらいたい。ありがたいのです。毎日が嬉しくて嬉しくて仕方ないのだ。ひろし君と、そんな話をしていた。

『お葬式、0円』

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先日、13日の月始総講で御宝前に言上させていただいたのだが、妙深寺の古くからのご信者さんから大きな御有志をお預かりした。私は何と言葉にしていいか分からなかった。金額の大小ではない。その「志」に心から随喜させていただいた。
 14年前、先住のお怪我と現証の御利益。それは、妙深寺がいただいた御宝前からの最高のサインであり、目の前で御題目の御力を見せていただいた「現証の御利益」に違いないと痛感した。  2年後の1995年、私はその出来事をまとめ、「佛立魂」という本を出版させていただいた。この本は、今でも多くの方にお問い合わせをいただいている。多くの方の傍らで信行ご奉公の一助としていただいていると勝手に想像している。本当に有難いことだと思っている。  その「佛立魂」の執筆と出版に至った経緯。それが、実は先に書いた方の奥さまからお受けした御有志だった。当時、私は臨港教区という地域の受持講師だった。その臨港教区の中でご奉公させていただいていた寒参詣の折、本堂の地下から上がる階段の途中で、その奥さまからお声を掛けられたのだった。 「御講師、先住の事故。私たちはすぐ忘れちゃうでしょ。だから、書いてください。本にして出してください」  手に握らされたのは、本のような厚さの半紙に包まれたものだった。奥さまのお話を聞くと、数千冊の本を簡単に出版できるほどの金額、御有志。私は、階段の途中で呆然としながら、今まで持ったこともないお札の束を握りながら立ちつくした。  私は知っていた。受持講師として、いつもお宅に伺い、御講やお助行をさせていただいていたので、その方のお宅の佇まい、お暮らしぶりをしっていた。質素というか、小さな家の中で大切に暮らしておられるご主人と奥さま。当時、奥さまは63才、ご主人は66才だったと思う。ご長男とご長女は独立されてそれぞれ遠くに住んでおられ、随分前からお二人で暮らしておられた。本当に質素だったが、とても暖かく、優しく、幸せそうで、教区の方々を集めて楽しいお食事会をしたり、私も何度も呼んでいただいてみんなで楽しく過ごさせていただいていた。  その奥さまからの御有志をお預かりしなかったら、あの「佛立魂」は執筆も出版もできなかったと思う。結果、私たち妙深寺の教講がいただいた現証の御利益は、記憶の底に埋もれてしまっていたかも知れない。大広間から上がる奥の階段で立ちすくんでから、「何と…

お見舞い、

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昨日、ある方の病院に行かせていただいた。食道癌の末期、ステージはⅠでもⅡでもⅢでもⅣでもなく、さらにその上のステージ。71才になられるが、元船乗りで海の男。もの静かだが、とても親しみやすく、私は大好きな方だった。
 ほんの数年前に船から降りられた。そして、最近のことだが御講参詣などをしてくださるようになり、御講席ではお迎えのご奉公もしてくださるようになっていた。4月の御講。駅までお迎えに来てくださった際、その方がコンコンされている咳が気になり、至急病院に行ってくださいとお話をした。  6月、また駅までお迎えに来てくださった。「病院に行ってくれましたか?」と聞くと、「いや、町医者には行きました」と仰っていたので、「大きなところで見に行ってもらいたい」とお話しした。御講席でご供養をいただいている時、私がお席主の方とお話をしている横で、咳をしてむせておられたのが気になった。お見送りをいただいたのだが、やはり病院に行ってくださいとお話しして別れた。  8月末だっただろうか、9月に入ってからだろうか。深恭師から突然の報告があり、上記のように末期の進行性食道癌とのこと。やりきれなくなった。しかし、へこたれていても仕方がない。早速、御祈願を始めさせていただいた。  昨日、御講席の帰りに病院に寄らせていただいた。奥さまが玄関で待っていてくださり、二人で病室へ。ベッドの上に座って待っていてくださった。見たところ、病人とは思えないほど元気な様子だ。しかし、声は枯れていて、喉にはマジックで線が引かれていた。  悲壮な雰囲気など全くない。聞くと、『佛立魂』を病室で読み返したという。そして、「勇気をもらっています。がんばります」と仰った。ベッドの上には診断書。「ここまで告知して良いのか」と思うほど、全てを本人に説明している。ステージ、治療法、、、、。  冗談を交えて笑いながら、身体は病気になっても、心だけは決して負けることの無いようにとお話しする。決して諦めず、お供水をいただき、御題目をいただき、御法さまのお導きとお見守りといただけるように、と。  最後は抱き合いながら背中をさすり、御題目をお唱えして二人で泣いた。御祈願に気張らせていただこう。ご本人も、ご家族も、みんなが御祈願をされている。  一人で駅まで送っていただいて、電車まで時間があったのでコーヒーを飲んだ。そこでも泣けてきた。私は弱い。信心も弱…

宗教と政治 ラスプーチン

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安倍氏が辞任した。連日の報道が示しているように、日本は緊急事態を迎えていると言って良いだろう。

 平穏でいられることが日本という国や国民の資質の素晴らしさかもしれないが、平和ボケだとすると、この後がコワイ。(福田さんか麻生さんかということではなく、近々すごい独裁者が日本に生まれるかもしれないという意味。それは本当に恐ろしいこと。その予兆は十分にある)

 実際、国家の危機だろう。首相が所信表明を行った直後に突如として辞任を表明するとは。連日、自民党の次期総裁選についての報道やゴシップ的な話題は流されているが、この「タイミング」に「なぜ」という事実関係は曖昧なままなようだ。官房長官は健康問題を示唆し、事実安倍氏は入院したままだ。

 私は、政局や政策ではない面から、彼や、政治というもの、そして宗教、信仰を考えてみたいと思う。なぜなら、すでに一部の報道にあるように、安倍氏の信仰していたという人や団体、それに関連する不透明な人脈についてが見え隠れしているからである。

 お祖師さまは、
「佛法やうやく転倒しければ世間も又濁乱せり。佛法は体のごとし、世間はかげ(影)のごとし。体曲れば影なゝめなり」
とお諭しになられている。

 佛法、御仏の法、教えが正しく継承されず、逆に誤謬されてゆけば世間も濁り乱れていくとの教え。心と体の健康が密接に関係しているように、人類の心に正しい佛法をいただけば世界も世間も良くなるはず。佛法こそ身体であり、世間(社会)が影であるとすれば、佛法が曲がれば世間も曲がっていく。正しい信仰がなければ正しい世の治め方も、治まり方もないではないか、という。

 だからこそ、お祖師さまは立正安国論を幕府に上奏され、まずは国政を担う方々も含めて正しい佛法、正しい信仰を持つべきであるとお折伏をされた。それが無ければブレてしまう、曲がってしまう、壊れてしまうのではないか、と。

 週刊文春の9月20日号、9月13日に発売されたものを読むと、スクープとして上杉隆氏による『「錯乱」安倍晋三首相の「四人の神」』という記事が掲載されている。安倍氏の辞任会見が12日の14時からであったから、このゲラが官邸に廻って安部氏は辞任を決断したとも思える。そんなショッキングなタイトルと内容だった(そもそも、週刊誌の内容は発売前に様々なルートで関係各所を巡る。そこで様々なルートを通じて押さえられる記事や内容もある)…

長松寺でのお教化

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日曜日の午前、横浜地域での教区御講が無事に終了。声がガラガラで、言上している間にセキが出てしまうようで申し訳なかったが、何とかご奉公させていただくことが出来た。ありがたい。

 昨日、青葉教区での御講が終わってから、13時から寺報の編集会議をさせていただいた。寺報は今までも何とか「よっこいしょ」で出していたのだが、今回から広報部の黒崎さんにも加わっていただくこととなった。これは画期的なこと。全部をしていただくことは考えていないし、今まで通り教務部が必死になって編集していくことに変わりはないが、黒崎さんや広報部の方々、第二弘通部の方々がご奉公してくださることが有難い。まずは出来ることを探して、第一歩を踏み出せればと思う。

 そして、会議を途中で退席し、一人で京都へ。御総講ギリギリに長松寺に到着。18時から御総講が奉修され、やはりガラガラの声で申し訳なかった。連休の真ん中の日ということで、残念ながら記録的なお参詣の少なさ。しんみり、という感じだった。いやいや、京都近郊の遠いお寺からのお参詣もあるし、何よりこういう日は「本物」がたくさんお参詣してくれているはず。振り返ってさせていただいた御法門は燃えに燃えた。「お参詣が少ない方が良い」とは言わないが、私の性格上、こういう日の方が気合いが入る。ありがたーい。

 長松寺の御総講と、その後の交流会が終了した後、20時過ぎに横浜妙深寺からわざわざお友だちの力になろうと京都まで来てくださった方とお会いした。大親友のSOSに、いろいろな形でサポートしようと思っておられる毅さん。もちろん、非常に賢明な社会的なサポートやアドバイスをされているのだと思うが、いろいろなことを考えて長松寺にお友だちをお連れした。毅さんにとっては、お寺にお友だちをお連れすることなど、今まではなかったという。はじめてのことだ。

 お話をお聞きして、どれだけ苦しい状況か伝わってくる。ゆっくりとご本人からお話をお聞きした後に私から少しだけご信心のお話をし、そのまま長松寺の本堂で一緒に御題目をお唱えさせていただいた。はじめてのお看経。お唱えの仕方などをお伝えして、とても大きな声で一緒にお唱えいただくことが出来た。

 その後、毅さんにとっては初めてとなるお教化になった。ご本人も手探りながら長松寺にお参詣をし、ご信心していただくこととなった。本当にありがたい。

 毅さんは京都ご出身。…

『笑い過ぎてお腹が痛いわ』

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また、扁桃腺がパンパンに腫れてしまっている。喉の痛みで目が覚める。更新が滞ってしまったが、敬老松風大会についてご報告させてもらいたいと思う。

 今週の御講席で、たくさんのお年を召した方々、この敬老松風大会に参詣・参加された方々からお話をいただいた。嬉しいコメントばかり。一年に一度の大笑い、ご主人を亡くされたばかりの長谷川さん。緑教区の御講でご披露してくださったのだが、『笑い過ぎてお腹が痛かったわ。あんなに笑ったのは久しぶりだったわ』と話してくださった。そして、そのままお腹を押さえて、また笑っておられた。

 上星川教区の御講席でも、その話で盛り上がった。敬老会で久しぶりに河内音頭を踊った、と。笑った、楽しかった、嬉しかった、という声をお聞きして、また一生懸命ご奉公させていただきたいと思うし、何よりご奉公してくださった教養部の方々に対して有難いと思う。ほんとーに、ありがたい。

 喜寿、米寿、卒寿の方々に対して行われたインタビューでは、「ご信心に対する思いと家族へのメッセージ」と題してカメラを回させていただいた。しかし、みなさんには内に秘めた思いがたくさんあって、お話を遮ることも出来ず終了するタイミングをはかることが難しいほどだったという。本当にこの企画でご奉公をしてくださってよかった。私たちは人生の大先輩であるお年寄りの声を、もっとしっかりと受け止め、それを後世に伝えていかなければならないのだから。

 いま、私たちは世代間に大きな壁を作っているように思う。それで良いとしてきた時代、高度成長の風潮などもあったように思うが、お寺は全ての世代が集う場所、そして世代を超えた交流をするのに最適な場所といえる。だからこそ、教養部が旗を振りながら、こうしたご奉公をしてくださった。赤ちゃんから、ムメさんのように93才のお祖母ちゃんまでが元気にお参詣をし、楽しんでくださっている。特にムメさんが元気な声で歌を披露してくれたのだから、スゴイ。93才です。まだまだ頑張れる、僕たち。

 敬老松風大会の当日、午前には「長寿御礼御講」を奉修させていただく。これはお祝いをいただくご本人、一人一人が願主となって今日までの身体健全の御礼を御宝前に言上する。そして、高齢者の方々に御法門をさせていただく。今年は、「何時に死ぬやらしれぬからだして 覚悟なきをば凡夫とぞいふ」との御教歌を拝見し、先日93才の妙清師が私に…

The Gohonzon's Gifts to Me.

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どうしてもブログの更新が出来なかった。
 敬老松風大会のレポートもしたい。しかしながら、大盛り上がりで大爆笑の敬老松風大会が15時に終わった直後、15時と17時に面会の方がおられて、あっという間に時間が過ぎ、先週から教区御講が始まっているので朝から夜までご奉公。毎月の御講は、横浜と京都の総計で20席。どうしても更新が出来なかった。  それでも、昨日いただいたスリランカからのメールを紹介したい。メールからスリランカの宗教や民族事情が分かるし、その国の人々が御題目のご信心をどのように手にし、どのように随喜して下さっているかが分かる。  私はこの方の甥に当たる方にお会いし、御本尊を授与・奉安させていただいた。ロンドンでインターンとして勉強している息子さんが非常に悪性の大腸炎とお聞きして、そこで御祈願をさせていただいた。御講席でも、彼が自分の息子のことを発表され、それをみんなが聞いてお助行させていただこうということになった。  その一連の経緯の中で、叔父に当たるこの方も心から随喜し、上行所伝の御題目の御力を感得されたことが分かる。スリランカならではの宗教的事情、感性、そしてそこでの本門佛立宗のご信心と御利益について知ることが出来る。「Gohonson’s Gift to Me」と題された文章を、少しだけ割愛して掲載させていただこう。
============================= During the long 14/15 January, 06 weekend, I joined my family members to visit some of the ancient sacred sites in and around Anuradhapura. We stayed at a hotel in the outskirts of this sacred city. One evening we were heading back to the hotel, having visited the ruins of an ancient temple. We were about to pass the Sacred Bo Tree, the oldest tree recorded in history, when my daughter received a ca…

真心込めて 敬老松風大会

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今日は朝から暑い。それよりも、妙深寺が熱い!

 朝参詣の折には、今日開催される『敬老松風大会』の盛大開催と、ご高齢の方々が一路平穏に、そして災難もなくご参詣されるようにと御祈願をさせていただいた。

 昨夜は大勢の準備ご奉公の方々に出ていただき、なんと50分で準備が終わったとのこと。今朝もたくさんのご奉公者でご高齢の方々をお迎えしてくださっている。150人以上のご高齢の方々を150人以上のご奉公者がお迎えするのだ。300人を超す敬老松風大会。子どもから大人まで、お年寄りに敬意を表し、真心込めてご奉公してくださっているのが有難い。すごい盛り上がりで、私もビックリ。妙深寺にはエレベーターがないので、お足の悪い方には階段を上がらせてしまって申し訳ない。それでも、本当にたくさんの方々がお参詣下さっている。有難いことだ。それ以上に有難いのは、若い人たち。若い方々がお年寄りをお祝いしようと、大勢お参詣下さっている。これだ、これ。お寺は有難い。

 今年の敬老会から、より工夫を凝らしたご奉公になっている。というのは、「お寺は人生を預かる場」ということをテーマに、いろいろと考えているのである。「LIFE BANK」と呼んでも良いと思うのだが、それこそ生まれたばかりの赤ちゃんから、100才を越えるお年寄りまでが集い、何よりその人生の貴重な場面に全て立ち会うことが出来る。その思い出、その思いを全てお預かりしているのが本門佛立宗の「お寺」だと思うのである。

 だから、今年の敬老松風大会は考えた。お祝いをさせていただく喜寿の方々や、米寿、卒寿の方々からコメントをいただくことにしたのだ。ビデオを用意し、インタビューをして、様々なメッセージをいただく。私は、こうしたお寺でお預かりした「思い」を家族にも届けたいと考えている。こうしたものをお寺がずっと大切に保管していけば、たとえばお亡くなりになった際にご家族に思いを届けたり、メッセージを届けたりすることができる。それこそ、本門佛立宗のお寺ではないか、と。

 それにしても、今日カメラを回してくれたのは、何とスーパープロデューサーのひろし君と現役ディレクターのカメちゃん。幸せだー。こんなにご奉公をしてくださって、感謝感謝です。

 さて、これから様々な出し物です。何よりも楽しみなのは教務部によるスーパー・パフォーマンス。もう、この盛り上がりは異様なほど。なんと、清…

私には夢がある

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夢は大事。夢を持つことは大事だと思う。

 心はコロコロ。海の砂。握ればあるが、少しでも力を抜けばサラサラとこぼれ落ちて無くなってしまう。だから、しっかりと目標を持って、それに向かって努力することが大事だと思う。コロコロと心移りしているだけでは、何事も叶わないし、成就しないと思う。

 だからこそ、夢を持つことはとても大事だと思う。「志」という言葉があるが、この字を見ても分かるとおり、「心」の上に「士」という字が乗っている。まるで「心」が羅針盤を得たようなものだと思う。そのままではどっちに向かうやら分からないのだけれど、何らかの「夢」「目標」を持つことによって、「心」は「志」になるとも思う。それが間違っていれば悪い方向に突き進むことになるが、良い夢や目標であれば風浪・風雨のきつい私たちの人生だが、素晴らしい方向へと導いてくれることになると思う。

 そういう私も、昨年までは夢という夢はなかった。漠然としたものはあったが、公言するようなことはなかった。「世界中の人を救う」とか「死ぬ前に、佛立教務こそ世界で最も素敵な生き方、仕事であると思われるようにする」などという何とも分かりにくいものばかり。小学生の夢か!と恥ずかしいくらい。アホか。(しかし、今でも二つとも心の底では思い続けているのです、、、、。笑わないでぇー)

 しかしながら、昨年の佛立開講150年奉賛ご奉公を終えて、大きな夢を持ちたいと思った。そして、一年が経ち、それが確固たるものになった。それを公言し、若い人をつかまえてはお話しするようになった。そこで、ここでも発表することにした。夢というか、もう決めたので発表したい。

 笑わないでもらいたい。

 私は、佛立開講200年の大法要の奉修導師をすることにした。すでに日程も決定した。2056年7月14日(金)、15日(土)、16日(日)の3日間。場所は、49年後に沈んでいなかったらニューヨークのセントラル・パーク。全世界から30万人を超す菩薩方、本門佛立宗のご信者に参集していただいて、大法要を開催・奉修する。そして、あらゆる人々のために、世界のために御題目をお唱えし、苦悩する人々のために祈り、子どもたちの豊かな未来を願い、人類と自然との絆を取り戻し、あらゆる生命に対して感謝の御題目口唱を行う。

 どう?アホみたい?ばからしい?いや、私は本気なのです。「そこまで生きているはずはない」と…

教区御講と敬老松風大会

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今日から9月の教区御講が始まる。今日は台風一過にて、快晴の快晴。暑くなりそうだが、空が高く素晴らしい天気になった。ありがたい。
 午後は大和・法深寺にて神奈川布教区の「弘通教養実践会議」が開催され、夕方からは布教区参与会という会議。夜には明日の敬老会の準備ご奉公で、本堂内の会場作りが行われる予定だ。  昨年のグランデ・ファミリアから、神奈川県下のお寺では、教養会(世代毎に集まるご信者さんの会)を含めて一つになってご奉公を進めさせていただこうとしている。  特に、薫化(ファミリー)会を中心にして、家族全員でのご信心を奨励し、家族みんなが幸せになるためのご奉公、ご信心を奨励・サポート・展開しようと考えている。  今月の教区御講は、 「うれしさを 忘れぬ人ぞ 世の中の 人にすすめて 法を弘むる」 との御教歌をいただいて、勉強させていただいた。御法の御意に叶うように、説かせていただきたい。  敬老松風大会との題をいただいて開催される催しは、妙深寺に所属するご信者の中でも高齢の方々に対し、教養会のみんなで敬老の意を表し、協力して楽しんでいただこうとするもの。午前中は高齢の方々への一座が勤められ、午後には楽しいイベント。高齢の方ご本人の出し物もあり、ボーイスカウトやガールスカウトなど教養会からの出し物などがある。  中でも、妙深寺名物であり、傑作であるのが、若い教務さんのお笑いショー。もう40年近く前から、この日だけは教務さんが変装したりしてお参詣の方々に楽しんでいただこうというのである。いつもの雰囲気ではなく、まったく目を疑うほど面白く、笑いこける。教務室で、真剣に練習したりする。前回は「ヒロシ」が大変好評だったが、今回は『エンタの仏様』というテーマで「右から左に受け流す」という人や、小島よしおさんのコントをしてくれるのではないだろうか。  楽しみにしていただきたい。

ルチアーノ・パヴァロッティ

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ルチアーノ・パヴァロッティが亡くなったと聞いた。私のような者でも、彼の歌声だけは特別だと感じて、クラシックに興味を抱かせてもらった。若い頃、ハリウッドにあるヴァージン・レコードで彼のCDを買い漁ったことを覚えている。

 “キング・オブ・ハイC”と呼ばれた素晴らしい高音域の声。今でも車の中には三大テノールの共演、プラシド・ドミンゴ氏とホセ・カレーラス、そしてルチアーノの友情を感じながら聴けるCDを入れている。なぜなら、この3人の共演には物語があるからだ。

 3人の中の、カレーラスは白血病と闘っていた。彼としてはテノールとしてキャリアの絶頂にある時だった。医師から回復の可能性は10%と宣告を受けた。1987年のことである。全財産を投じた治療でも完全に回復することは出来ず、復活できない。失意の中、白血病患者を支援しているHERMOSA財団の援助を受け、治療・療養の結果、見事に回復し復活を果たした。

 後に、カレーラスはこの団体が政治的・芸術的ライバルであったプラシド・ドミンゴが創設したものであることを知る。ドミンゴは、特にカレーラスを支援するために、この団体を創立したのだった。深く感激したカレーラスは、ドミンゴの演奏会の舞台に上った。そして、ひざまづいて彼に許しを求めたという。ドミンゴはカレーラスを立たせると2人で抱きあい、それから特別な友情が始まったとのことである。1988年、カレーラスは白血病の研究と骨髄提供者の登録の支援事業に財政的支援を行う慈善活動のため「ホセ・カレーラス国際白血病財団」を設立した。

 このようなエピソードがあり、友情があって、世界の冠たる三大テノール、プラシド・ドミンゴ氏とホセ・カレーラス、そしてルチアーノ・パヴァロッティが加わり、三人の共演が実現したのだった。そして、その中でもパヴァロッティの歌声は他の二人を圧倒するように響いていた。その3人の中で、パヴァロッティが最初に亡くなるとは。世の無常を感じる。「会者定離は娑婆の習い」と。

 グランデ・ファミリアのエンディングを考えていた時、トリノオリンピックの開会式で見事な歌声を披露して、プッチーニ作『トゥーランドット』の「誰も寝てはならぬ」を歌いあげたルチアーノ・パヴァロッティの姿が目に飛び込んできた。この歌声を元にしてグランデ・ファミリアのエンディングとさせていただいた。地球に響く歌声、人々を一つにする…

小礒妙清師の手

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台風一過。深夜、横浜を巨大な台風が通過した。ものすごい轟音が鳴り響いていた。朝、境内地には木々が散乱していて、それは大変な強風が吹き荒れたことを物語っていた。

 「大風は一度吹いても家がとぶ
  つねの風では 百度吹いても」

 開導聖人の御教歌。改良の大事を教えてくださっている。これほどの台風が来れば、人間の弱さを誰もが痛感し、恐ろしくも思い、何らかの対策が必要であったり、災害に対する準備をするもの。日頃の生活についても考え直すことを迫られる。日頃、何とも思わない「風」であっても、今回のような台風が一度来ただけで何かに気づかされるということがある。その「気づき」の大事をお示しなのであろうか。

 まだ台風は日本を縦断中であるから予断を許さない。特に、東北地方や北海道で農業を営まれている方にとっては気が気ではないだろう。被害が最小限になることを心から祈念して止まない。

 この台風通過について、あるいは災害についての捉え方だが、Yaccoさんのブログに非常に感銘したので、是非ご覧いただきたいと思う。

 妙深寺には、93才になる小礒妙清師という尼さんがおられる。日博上人の御弟子であり、私などは幼い頃から養育していただいて、おしめまで替えていただいていたという。申し訳ない限り。

 その妙清師は、26才の頃、生きることに絶望していたという。そのような様子を見て、妙深寺のご信者さんがご信心をお勧めになった。何の希望も持てなかった小礒女史は、言われるままに岡野町にあった妙深寺を訪れた。

 お参詣の後、妙深寺の玄関を出た時に気づいたこと。それは「空が青い」ということだったとお話ししてくださった。それまで、死のう死のうと考えてきたので、ずっと下ばかりを見て歩いてきた。しかし、妙深寺の本堂で御法さまにはじめてお目にかかり、顔が上がったのだ。そのことだけ、それだけ、他人から見ればそうかもしれないが、絶望の果てに行き着いたお寺で、小礒女史は「空って青いんだなぁ」と感じた。感じたことを60年近く経っても忘れていない。御法さまが助けてくださった、と。

 妙深寺は地下鉄に看板を出したのだが、それは妙深寺の建物の写真を飾るのではなく、妙深寺の本堂から見た「青空」をモチーフとした。それはこの小礒女史、妙清師のエピソードによる。この厳しい世の中で、声に出せない悲鳴を上げながら生きている誰かに、妙深寺にお参詣して「青…

子どもの寝顔

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子どもたちは可愛い。シャンタさんからのメールもあって、子どもたちのことを考えていた。 数日間、家を留守にしていたわけだが、少しの間でも子どもたちは変わる。長男は大人びたことを言うし、次男は既に歩行器に入っている。
 長男は友だちと遊んでいる時にころんだということで、顔にいくつもの擦り傷。長男が2才の頃、私がアメリカに行っている間に、長男は家のベランダから落っこちた。4メートル近くあるのだが、正教師の家の前、植木鉢の上に落ちたらしい。少し擦りむいただけで、精密検査を受けたが何の異常もなかった。植木鉢がパッカリと割れていただけ。本当に助けていただいた。実は、私は帰国するまでこのことを知らなかった。心配をかけると思って、家族が私に隠していた。  子どもたちに何かあったら、親は自分が傷つくよりも苦しくなる。自分が代わって上げられたらと思う。この気持ちは、あらゆる慈愛の根本にあると思う。この我が子に対する気持ちを、もう少し広げて考えられたら、世界はもっと良くなる。吏絵ちゃんにしても、シャンタさんの息子マダワ君のことにしても、「かわいそう」ではなく、我が子と同じように思って苦悩を共有したい。実際の親の苦しみとは比べものにならないとしても、少しでも共有して、その人のために祈ることが出来たらと思う。  それにしても、二人とも可愛いなぁ。寝顔をずっと見てしまう。長男は私と寝ている。かー、かわいい。  ブッダは我が子を「ラーフラ」と名付けたという。「障礙」という意味で解釈されており、「真実の道へ向かう妨げ」という意味に近い。可哀想に、ラーフラ。  しかし、人間の情愛は、使い方や受け取り方、出し方によっては、単なるエゴや「狂い」となってしまう。「crazy for you」が「あなたに夢中だ」という意味であることはよく知られているが、まさに冷静さを欠いて、進むべき道を進ませてくれない「障り」「障礙」が子どもになってしまう。そうなったら、そうしてしまったら、何とも悲しいではないか。  開導聖人の御教歌にも、 「妻や子が 娑婆に帰れと とりすがり ゆくにゆかれぬ 寂光の道」 とある。「帰寂」すら、情愛深い家族が取りすがれば、なかなか踏ん切りが付かないものだ。  ラーフラ。それでもラーフラは、ブッダの側に仕え、出家得度の道を選んだという。「障礙」と言われたことを彼はどう感じていたのだろう。推し量ることはでき…

ブラジルでも、『ありがたーい』

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昨日、ブラジルとのウェブ会議が行われた。いつも書いていることだが、テクノロジーの進化によってブラジルと顔を見ながらこれほど簡単に会議が出来るなんて何と有難いことだろう。ブラジルに仏教を伝えた日水上人の頃は、船で数ヶ月をかけていたのに。私がはじめてブラジルに行った時、今から25年以上前、電話で話をするのも大変だった。高価であったことはもちろん、話をしていても数秒待たないと相手の返事が返ってこない。タイミングがずれてしまって会話が難しかった。
 ウェブ会議でびっくりしたこと。それは『ありがたーい』だった。ブラジルの御導師方、御講師方が、同じように『ありがたーい』と言ってくれていた。うわ~、流行っている。すっご。世界中で「有難い」が口々に語られるようになったら、それこそ「ありがたーい」なぁ。  みなさま、元気そうでうれしい。来年のブラジル本門佛立宗開教100周年(ブラジル仏教伝来100年)のご奉公成就に向けて皆さん頑張っておられる。会議の中で、このまたとない100年の盛儀に私もご奉公しなければならないという決定があった。もちろん、100年に一度のご奉公、日博上人以来大変なご縁を感じているブラジルのご奉公であるから、それこそ「ありがたーい」。  しかし、日本からの参詣団は、ほぼ15日間の渡航日程である。その1週間前から準備に来てくれというブラジル側からの発言。海外部はそれを了承。つまり、今年に引き続き20日以上もの間、日本を離れなければならないということになる。妙深寺、大丈夫かなぁ。お彼岸もあるのに、それもご奉公できなくなる。家族も、子どもたちも、僕のことを忘れるのではないかしら。マズイ。遠洋で操業する漁師さんの気分で、理解を求めるしかない。  しかし、これは本当に日博上人以来の、大切な大切なご奉公。外すわけにはいかない。

如蓮寺の大発展

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ブラジルのコレイア御導師からメールをいただいた。素晴らしい内容で、いつもながら頭が下がる。本当にコレイア師はご弘通を第一にして、身体を張ってご奉公されている。
 本当に、地球の一番遠い場所に、ご弘通ご奉公では絶対に負けたくないと思えるような御導師がいてくれるなんて、私は幸せ者だ。大信友であり、ライバルとも思える。地球を相手に、世界中の人を相手に、たとえ身体が滅びても、壊れても、上行所伝の御題目をお届けしたいと思える同志。コレイア御導師も若い頃はヤンチャだった。ボクサーでもあった。僕も同じようにヤンチャだったし、スポーツばかりしていた。しかし、コレイア御導師は人生を大転換し、誰にも負けないほど仏道修行に励み、勉学にも励まれ、日本人顔負けの日本語力も身につけられている。生きるエネルギーを御法さまに捧げて頑張るしかないとお互いに語り合った。ありがたい。佛立教務道のお手本だと思う。
 今年の2月、ブラジルに行かせていただいた時にコレイア御導師のお寺、クリチーバの如蓮寺にお参詣させていただいた。立派な本堂が建立されているのだが、ご弘通が進展して手狭になったため(本当にお参詣者が本堂からあふれ出ていた)、さらに隣接した建造物を改修して新本堂の建立に踏み出している。 =============================  ありがとうございます。  Sri Lankaのご奉公どうでしたか。大変なのにブラジルのこといつもありがとうございます。  松本お導師ら来られる時までに原稿を出さないといけませんので、毎日書き狂っています(三枚書くのに8時間掛かります)。絶対間に合います。すごく感動しながら一枚一枚づつ書いています。人の素晴らしさに触れることは自分を知ることです。どんなに自分がいたらないか。今日は31日、一日も欠かさず書き続けられたので、もうすぐ100ページに達します。これで三分の一かな。もうすぐ、日教上人がご遷化になるという場面まできています(1912年)。  今日は田中ご講有の祥月命日、23回忌の。ご本人には一度だけ、昭和58年に紹介されて、頑張れよ、声をかけられたのみで、二度と会うことがありませんででしたが、今日の今こそその大恩を感じている。今日はとり憑かれたい気分です。ものすごく沢山かいておられる。ある角度の7巻にも、いろいろな記事にも。  如蓮寺は今は工事中である、建物が工事…

Skypeでのお看経

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いま、私は京都にいる。京都で会議があり、ご奉公させていただいている。実は、昨晩中に京都に入ろうかと思っていた。身体がきついし、0時近くになるとしても長松寺まで行っておいた方が楽なのではないかと考えていた。しかし、昨晩は19時から始まった局長室会が20時過ぎに終わり、バタバタしている間に時間が過ぎて、結局は今朝新幹線に乗り、京都へ。

 熱海の御導師の次女、恭代さまとのご縁は非常に有難く、大切。彼女は英語も堪能に使いこなされ、何よりご信心のことを真剣に考えてくださっている。一度、妙深寺で熱海の御導師に御会式の奉修御導師をお願いした。その前後で奥さまともお話しさせていただいたのだが、この奥さまのご信心が実に素晴らしいもので、私も色々と勉強させていただいた。熱海の山村御導師は私の父、妙深寺の先代のご住職と東京乗泉寺で共に修行されていた。若いお二人の写ったお写真を見せていただいたり、在りし日の父を思い描くことが出来て、とても嬉しかった。とにかく素晴らしいご家族。是非、熱海に行かれる方は妙立寺にお参詣いただきたいと思う。

 恭代さん。御導師と同じくJazzへの造詣が深く、私も何枚かCDをいただいたり、紹介していただいたりした。私の父も音楽が好きで、特にJazzのレコードなどが家に置いてあった。若い頃の興味を持たずに過ごしてしまったのだが、父が逝ってしまった今となっては熱海の御導師や恭代さんにJazzの素晴らしさを教えていただこうと思っている。(今度一緒にBlue Noteに連れて行ってもらう)

 熱海の御導師のご長女、光子さんはオーストラリア人のAlastair氏と結婚されている。このAlastair氏が素晴らしい方で、その人間性、光子さんへの誠心誠意の愛、家族への慈しみ、ご信心への考え方など、本当に格好良い、素敵な「男」なのだ。

 私は何度かお会いしたり、それぞれ御会式に併せて熱海や横浜でお食事をさせていただいたりした。本当に「いい男」!見習いたいなぁ。グランデ・ファミリアにもAlastairご家族で参加してくれたし、二人の子どもたちは私の子どものお友だちになってくれそうである。ありがたい。

 一昨日、そのAlastairから久しぶりにメールがあり、嬉しかったのでどうしてもここに載せさせていただきたい。その内容は、何とSkypeでロンドンのヴァネッサと一緒にお看経したというのだ。ス…