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7月, 2008の投稿を表示しています

かわいい息子に旅をさせる

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息子は、当時アメリカに住んでおられたご信者さんのお宅で生まれた。太平洋を見下ろす大きなご宝前の間があり、先住日爽上人はその場所をこよなく愛された。御本尊・御尊像も先住が自らお供され、ご奉安していただいていた。ご宝前には、やはり日本から持って行かれた法鼓まで設置され、そこには「一天四海皆帰妙法」と祖願が大書されていた。
 妙深寺の90才になる尼僧、妙清師も先住がそのお宅にお連れした。妙清師はその風景をご覧になり、「お祖師さまが一天四海皆帰妙法と仰せになった意味が、この場所に来てよく分かりました」と仰ったという。先住から教えていただいたことは数え切れないほどあるが、それは難しい言葉ではなく、印象深い平易な言葉だった。頭で考えることではなく心で感じることを多く遺してくださった。「考える」ではなく「感じる」場所に誘ってくれるのが先住の教えではなかっただろうか。そこで感じられるか、感じられないか。今考えると、あの場所は、世界へ目を向けるために用意してくださった場所のように思える。そのお宅で、長男は生まれた。2002年のことだった。先住がご遷化になってから2年が経過していた。  アメリカには多くの友人がいるが、長男が生まれる時にもたくさんの方が協力してくれた。将来、ご弘通の器になれる日が来たら、何らかの役に立つようにとの配慮だった。2002年7月4日、長男は無事に生まれてくれた。先住のご遷化から2年。喪失感から来るさみしさを、長男の誕生がようやく晴らしてくれたように思えた。  今年、長男はやっと6才になった。いろいろな方からのお勧めもあって、生まれ故郷に滞在して勉強することになった。数ヶ月の滞在となるが、11才で私をブラジルに行かせた両親。あの経験があってこそ、今の自分があると思っている。少々脱線気味の人生だったが、それらもご弘通の役に少しは立っているようにも思うし、「かわいい子には旅をさせよ」という言葉もある。あれこれ考えて、私も息子を海外に行かせる決断をした。  そして、先日、息子は「子ども一人旅」という航空会社のプランを使って、6才になったばかりだが一人で飛行機に乗って留学した。こちらの方がドキドキして、戸惑って、哀しんで、どちらが親か子どもか分からない状態だったが。社会に不安が蔓延している中、こうした機会に恵まれることは贅沢なことであり、幸福なことだ。何としても実のあるもの…

ひろし君の誓願成就

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毎朝のお参詣については、先にも書かせていただいた。夏期参詣中、連日のお参詣、本当に有難い。

 妙深寺は朝は6時30分から8時までのお看経、御法門は第一座が7時、第二座が8時からあり、ご供養は大広間で平日は9時、休日は10時まで頂戴することができる。ご供養当番は泊まり込みのご奉公で、多くのお参詣者に喜んでいただいている。有難いことだ。

 明日は31日。この日は恒例の教務部による朝のご供養当番である。この日ばかりは教務部が本堂から食堂に下りて厨房でご奉公させていただく。「男子厨房に入らず」の言葉からすると大変外れているのだが、妙深寺でのご供養当番は子どもから大人、男女も関係なくご奉公させていただいているので、このようなご奉公になっている。明日は、教務部のご供養当番をめがけてお参詣いただけると有難い。

 先日、コレイア御導師の御唱導による開導会が晴天の下、盛大に奉修された。その前夜、ひろし君は9ヶ月で36人の教化誓願を成就された。これには本当に脱帽、頭が深く下がった。一週間に一人の方をお教化するという、とてつもない誓願だったのだが、青少年の一座のご奉公がスタートする会合で、ご奉公してくださる若者たちを前にして立てた誓願。その間、3回の百本祈願をされ、海外でのお教化も10人に上り、誓願を成就されたのであった。

 本当に、こんなに凄いご奉公をされるとは、私も思っていなかった。桐生・常薫寺の千局長のお話などお聞きして驚いていたのだが、こうしたご奉公を目の当たりにすると今までの在り方に自然と改良の心が湧いてくる。周りのご信者さんも大いに刺激され、お寺全体のご弘通の気運も高まった。

「み仏に たてし誓ひをやぶらずば いまより法の光りをぞ見る」

 御法さまに菩薩行のお誓いを立てて、ここまで励み、その誓いを破ることなく成就された。既に「法の光」を感じ、見ているからこそ、お教化にも励めるわけだが、これからさらに御法さまの光、輝きを見せていただけるに違いない。

雷鳴の響き

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自然は突如として牙をむき、人間の命さえ奪ってしまう。昨日、神戸市で幼い子どもやご親族の方々が鉄砲水に押し流され、尊い命を落とされてしまった。金沢でも浸水した家々がテレビに映し出され、途方に暮れるご家族の方々に心が痛くなる。
 遠い地方の話ではなく、今日のお昼過ぎ、横浜にも雷鳴が轟いた。恐ろしいほどの稲妻が天空を縦横無尽に走り、子どもたちも耳を覆うほどの重たい爆発音が地響きとともに家の中を揺らした。これほどの雷雨は久しぶりだ。先住のご病気の際、あれは1999年だっただろうか、三ツ沢墓地に次々と落ちる雷を見たことがあるが、ここ最近の全国規模の被害状況は異常としか思えない。  ジェットスキーでミシシッピ川を源流からメキシコ湾まで縦断したことがある。テレビ番組の撮影のためだったが、その際アメリカの中央付近、セントルイスの近くだったと思うが、恐ろしい雷を見た。まるで蜘蛛の巣のように空全体を稲妻が走っていた。あれは、「落ちる」というよりも、まさに「走る」だった。この世の終わりを感じさせるような雷雨。  同じように、ブッディスト・トランス・アメリカでL.A.からニューヨークまでアメリカを縦断した際、ダラスの手前で恐ろしい竜巻のような積乱雲を見た。日本で体験したことのないような大粒の雨がフロントガラスに落ちてきたかと思うと、車に平行して、真っ黒で、生き物のようにうごめく雲が走っていた。サイドミラーに映る空はまだ明るいのに、雲の下はまるで暗黒の世界。暗闇に吸い込まれていくように不気味だった。  先日、新聞に「なぜ、近年日本に大地震が続いているか」という記事があった。専門家が登場し、いろいろなことを述べていたが、結局は「それほど驚くべきことではない」「そういう時期なのだろう」とのこと。なんとも頼りない見解で、笑ってしまった。  仏教では、私たちが認識している「自」「他」の境界が無いことを教えてくださる。個人個人、人間だけに限らず、人間と動物、植物の境界、人間と自然界など、あらゆるものが「つながっている」ことを教えてくださっている。  そして、万物の霊長である人間の心が、他のものに与える影響について教えられ、人間の心が曲がれば自然界も曲がっていくという、とても現代の科学では捉えられない壮大な「心」のつながりを説くのである。人間の心がそれほどの影響力をもって自然界が反応しているなど、信じられない人…

フィレンツェの御講

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フィレンツェの御講について書かせてもらわなければ、開導会の話を書くことは出来ない。ほとんど、毎日がギュッと凝縮された内容で、ブログの更新が追いつかないから、記事がたまる一方。これでは申し訳ない。
 毎朝の夏期参詣も、10年前の2倍のお参詣があるのではないかと教務部では話をしていた。ありがたいことだ。連日、平日で300名前後のお参詣がある。これは本当に10年前と比べれば大変なものだ。しかも、その顔ぶれも真新しい。古くから頑張ってお参詣にご奉公に励んでこられた方々と、最近ご信心をはじめられた方々が同席し、老若男女が一つになって、朝のご供養場でもケラケラと笑い声が絶えない。本当に楽しく、有難いことだ。今朝はブラジルから留学し、これから妙深寺所属としてご奉公くださるギリアミ君もお参詣した。明日もお参詣するとのことだから、国際色も豊かで本当に有難いと思う。  フィレンツェでの御講から、早いもので一ヶ月以上が経ってしまった。本当に、あの素晴らしい御講席は記憶に新しいのに、次から次へと続くご奉公で遠い昔のようにも感じてしまうが…。  2008年6月、妙深寺イタリア団参に行かせていただいた。福岡御導師、マッシーと麻樹ちゃんとの御縁により、妙深寺にとっては二度目のイタリア団参となった。昨年の9月には名古屋の建国寺に於いてもイタリア団参が行われた。これからは定期的に日本からもお参詣できる機会が増えていくに違いない。しかし、そんな中、このタイミングで草創期のイタリアHBSに於けるご弘通のダイナミズムを感じられる団参は、またとない機会であっただろう。  前回、私のご奉公は2月だった。その時の様子はブログでも書かせていただいたが、イタリアのメンバーの方々のお宅を巡回してお助行に廻らせていただき、それぞれのふれあいの中でご信心の有難さを実感したご奉公となった。その中でも、印象的な出会いはフィレンツェでお仕事をされている向後さんとの出会いだった。  向後さんはイタリア・フィレンツェで伝統的な工芸の修行を4年間も続けていた。私たちが最初の団参をしたのが3年前だから、あの時すでに向後さんはフィレンツェに修行に来ていたことになるのだろうか。しかし、その時の向後さんはフィレンツェの親会場にお参詣していなかったし、私も彼女を知らなかった。彼女は、日本からの紹介で香風寺イタリア・フィレンツェ別院の存在を知り、ごく…

開導会 第一座 御法門

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この開導会、今日は私の夢の一つが叶いました。 今まで、世界中を飛び回っていたのは、こういう日のためだったのだなぁ、という実感、喜びがあります。

 イタリア系ブラジル人であるマルコス・コレイア・教伯師に、この日本の、妙深寺の開導会をお勤めいただく。これは本門佛立宗に限らず、日本の仏教界全体を考えても、全く画期的なこと、史上初のことです。「あぁ、この日のために、今まで海外でご奉公の勉強をさせていただいてきたのかなぁ」というくらい、感激しています。はるか50年前から海外弘通に注力されてきた妙深寺初代ご住職・日博上人、その日博上人と深い親交を暖められた、100年前にブラジルに渡り、まさにご弘通のお手本を示してくださった日水上人、両先師上人に対して、心から御礼を申し上げたい気持ちです。

 先日、NHKでも放送していましたが、ブラジルの日本人移民は水野龍さんという本門佛立宗のご信者さんがはじめられた。わずか九百名弱の方々の移民が最初でした。今や150万人、世界最大の海外日系人社会の創始者が、本門佛立宗のご信者ということだけでも大変なことです。

 6月18日、笠戸丸がはじめてサントス港に到着した日を記念して、皇太子殿下もブラジルに行かれました。こだけでも大変栄誉なことですが、さらに特筆すべきことは、この第一回移民の中に、一人の本門佛立宗の教務さん、若き22才の僧侶が乗っておられたということ。水野さんが開拓に正しい信仰、仏教が欠かせないと派遣を御願いしたのでした。

 この茨木現樹、後の日水上人が、艱難辛苦を乗り越えて、御題目のご信心をお伝えになった。最高の栄誉は、本門佛立宗が、南米大陸にはじめて仏教を伝えたということです。
 今や、本門佛立宗のお寺はブラジルに11ヶ寺を数えます。その教えは、日系人の日系人のための「仏教」ではなく、日系人という枠を超えて、すでに人種の坩堝といわれるブラジルのあらゆる人々に浸透しつつある。その代表者、先駆者、先導者が、今回の開導会でお迎えするコレイア御導師です。

 私は、常々、多くの日本人が仏教を誤解していると言っています。日本文化の一つということで、生活の外に置いてしまっている。それは灯台もと暗し、宝の持ち腐れだと。

 それは、仏教に携わるお坊さんやお寺も悪い。お坊さんたちが一番「仏教」を分かっていない、ある意味でフォーカスアウトしている、怠けてるとも言える。

ペレとの写真

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今年の3月、L.A.でのご奉公からシカゴ、そしてブラジルへと渡り、ご奉公させていただいた。ブラジルでは100周年のご奉公があり、帰りにパリに寄って帰国した。  ブラジルでのご奉公については、このブログでも書かせていただいてきたが、実は私たちと現薫師がブラジルに到着した日、空港にはブラジルの御導師や御講師が迎えに出てくださっていた。  久しぶりの再会を喜び合っていたところ、高崎御導師が興奮気味に話をしてくれた。「いや~、迎えに来させてもらって良いことがあったぁ。偶然ペレと会って、写真を撮ることが出来たよ!」と。「え~!」と驚き。なんとなんと、あのサッカーの神様と言われているペレと会えたなんて。「どこ?どこ?」と聞いてしまった。もちろん、もうとっくに彼はいなくなっていたのだが。  ブラジルはサッカーが盛んで、お寺にも体育館やグランドが併設されており、子どもたちはお寺の集会でもサッカーを楽しんでいる。教務会ですら、会議が終わったら教務部でサッカー大会をするくらいだ。  そのサッカー大国のヒーロー、ペレに出会えたなんて、100周年のご奉公は素晴らしいスタートを切れたのだなぁ。ほんと、ありがたい。
 今日、京都にはブラジルから高崎御導師も来られていて、その時の写真をいただいたので、ここに掲載させてもらおう。ありがたい、でしょ?

The Super Lotus

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晴天の下、平成20年度の妙深寺開導会が奉修された。奉修御導師は、遙かブラジルより御唱導の栄を賜ることとなったコレイア・教伯御導師である。
 傘のマークが付いていたが、天気予報は日を追う毎に変わり、当日は関東地方にも梅雨明け宣言が出された。土曜日は10時から第一座の奉修をさせていただき、夜は18時よりBose's Bar Special "The Super Lotus"と題して近隣の方にもお声を掛けて、結縁のための場を設けさせていただいた。  久しぶりに「エア・ストリーム」というキャンピングカーが境内地に牽引されてきて、エア・ストリームの入り口にカウンターを作って簡易の屋台のようにお食事や飲み物を提供した。もともとエア・ストリームは移動式の御講席をさせていただくために御有志をいただいたもので、その室内は広く、キッチンや冷蔵庫、シャワーまで整備されている。20名くらいのお参詣者であれば御講が出来るのである。  とにかく、このエア・ストリームと簡易のステージ、テーブルやイスを境内地に配置し、近隣の方へも朝日新聞や読売新聞に折り込みチラシを載せさせていただいて参加を呼びかけた。なんといっても、仏教界の奇跡ともいえるコレイア御導師が横浜に来ていただけるのである。日本人でも日系人でもない「御導師」が何を語るか。佛立宗のご信心をしていない人でも興味があるはずである。  18時過ぎ、まだ明るい境内地だったが、ほぼ満席の状態で、大変に有難かった。ご信心との縁を結ぶための催しであるから、寺内のご信者さんには逆にご信者でない人を連れてこなければ参加できないというルールを設置。実は、そういうことなので参加人数が少ないのではないかと心配していたのだが、まだ明るい時間から境内地は人で埋まっていった。  コレイア御導師の登場に場内は拍手喝采。プログラムは20時からのトークショーということで、それまでは各テーブルに座っておられる方々全員にコレイア御導師と私が二手に分かれて親しくご挨拶をさせていただくようにした。ほぼ一巡してステージに上がり、二人でのトークショー。「ショー」と呼べるかどうかは分からないが、次の日も二座・三座とお会式奉修があるのにもかかわらず、コレイア御導師にはパワー全開でご奉公いただいた。  トークショーの舞台の後ろにはブラジルに関する情報をパネル化してくださっ…

開導聖人の祥月ご命日

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今日はお母さんと共に貴子ちゃんのお席で御講席。わずか9ヶ月前にも御講を立てられていたのだが、その間に結婚式などがあり久しぶりに訪問させていただいたように感じた。
 相変わらず景色の良い部屋。御本尊を拝見していると後ろの窓から見下ろせる水面がキラキラとガラスに映って輝いていた。格別のお天気で気持ちが良い。お席主はご家族一同でお参詣、ご奉公くださっており、有難かった。  特に有難いのは、帰りの車の中で届いた彼女からのメールだった。彼女は何度かブログにも書いたが、グランデ・ファミリアで開導聖人伝の脚本を書いていただいた。あの時から、彼女は本当にご信心、ご奉公をくださるようになった。彼女が書いたのは、開導聖人が明治23年7月17日の早暁、麩屋町の法宅をお出ましになる前後の数日間。開導聖人の御遷化直前の物語だった。ご信心に偶然はないから必然だと思うが、誰がはかった訳でもなく佛立開導日扇聖人の祥月ご命日の、ちょうどその日に、彼女のお宅をお席とした御講席が奉修されるとは。ものすごい御縁。ありがたい。  長松寺での祥月ご命日の予修御総講を勤めて帰ってきたばかりだったので、本当にそれはそれは驚いた。開導聖人は、あの前夜、遅くまでご奉公して麩屋町に帰ってこられた現喜師(後の佛立第二世日聞上人)と弁了師(後の佛立第三世日随上人)を迎えられた。お二人とも御師匠のお身体をご心配になり、お側近くでお給仕されようと駆けつけられたのであった。翌日は朝早くから大阪へ下るご奉公に随行されることにもなっておられた。開導聖人は、そんなお二人に奥の部屋で食事をとるように優しいお言葉をかけられ、品尾さまがお二人のお食事のお給仕をされたと記録にある。  お具合がさぞ悪かろうと思っておられたお二人だったが、開導聖人は翌朝一番に起きられてお休みだったお二人の御弟子方を「はよ起きや」と起こされたとも記録にある。法宅前の麩屋町通りには、「もう大尊師(開導聖人)を見られるのは最後になるやもしれぬ」と今生のお別れを惜しむご信者方が集まり、まだ夜も明けきらぬというのに大勢が玄関前に集まってきておられた。開導聖人は、そうした篤信のご信者方に見送られ、一行は数台の人力車に乗り分けて麩屋町通りを下り、伏見の舟場に向かわれたのであった。  そして、御仏やお祖師さまと同様、ご奉公の旅の途中、開導聖人は淀川沿いの守口にてご遷化あそばされたのだ…

パリからのお参詣

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祇園祭の京都は、暑くて暑くて、大変だ。天候も不順で、熱帯雨林のようにスコールもある。  15日の夜、開導聖人の祥月ご命日の予修、長松寺の御総講を勤めさせていただいた。そこに、4月にパリでお助行をさせていただいた美穂さんご家族がお参詣してくださった。ありがたい!  ご主人のブルーノさん、長女のみゆきさん、長男のエンゾ君も、2時間に及ぶ御総講を席も立たずにお参詣してくださっていた。日本語は分からないので、御法門などは後でお母さんから聞いてね!とお願いしたが、御法門までジーッと聴聞してくださっていた。有難いことだ。  横浜から柴山局長も駆けつけて、彼らの案内などをしてくださっていた。暑い暑い京都だが、パリからのお客さまの爽やかな笑顔で心が清々しくなった。開導聖人が最もお喜びになられていると口々に話をしていた。昨年から今年にかけて、長松寺の御宝前にイタリア、スリランカ、ブラジル、韓国、台湾、フランスの方々にお参詣していただいて、上行所伝の御題目が世界に広がっていることをお喜びくださっているに違いない。何とも有難い祥月ご命日の御総講となった。

時間がないなぁ

フィレンツェの御講について、書きたいのですが、ちょっと時間がない。

 今日も二席の御講席。有難い。明日は、評議委員会議と御講と布教区参与会。ありがたい。

きゅうり

今日は横浜・妙深寺の御講。有難い話がたくさん。北海道から田中御導師が送ってくださったきゅうりと温かいお手紙に涙。頑張る気力が湧いてきます。

 ありがたい。

本当の、ブラジル移民100周年

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コレイア師からメールが届き、また有難く、感激させていただいた。今日はブラジルとのウェブ会議で、斉藤御導師や高崎御導師、コレイア御導師のお顔を見ることが出来た。みなさん、元気そうで何より。有難い。
 先日来、ブラジルへの日系移民100周年を祝うニュースが各メディアに取り上げられた。皇太子殿下も日本からブラジルに渡られ、 各地でセレモニーにご出席された。実は、今日のウェブ会議で教えていただいたのだが、ブラジル本門佛立宗の教務さんたち約20名は式典の中で皇太子殿下の前に進み出て、一人一人紹介を受けたという。有難い。彼らも感極まっていた。  2008年6月18日、笠戸丸はサントス港に到着した。それは、今や150万人にまでなった日系移民が最初にブラジルの地を踏んだ記念すべき日だった。その創始者は水野龍(これまで資料に基づいて「竜(りょう)」と書いてきたが、これを改める)、本門佛立宗清雄寺のご信者であった。何度も書いてきたが、その水野氏は「開拓事業に正しい信仰は欠かせないはず」との思いから佛立第4世講有・日教上人に本門佛立宗の僧侶一名の派遣を依頼。日教上人は沈思された後、22才の若き青年僧・茨木現樹(後の日水上人)師を選ばれ、笠戸丸に乗船させた。  先日来、NHKの人気番組「その時、歴史が動いた」でも水野氏が取り上げられ、ブラジル移民とそのルーツ、経緯について詳しく放映された。これを見た方々からの感銘の声が後を絶たない。理想を掲げ、多くの困難を乗り越えてブラジルへの移民は開始された。そして、ようやく100年前の6月18日に、彼らはブラジルへ足を踏み入れたのである。  今から100年前、上人らを乗せた笠戸丸はブラジル・サントス港に入港し、ブラジルは彼らを迎え入れたのである。それから100年。遙かな日々ではあるが、確実に日系移民はブラジル社会にとけ込み、今やブラジルという国家で欠くべからざる存在になっている。そのスタート、原点が、そのサントス港にあった。  私がコレイア御導師からいただいたメールに感激したのは、その明け方のサントス港に、1000キロをバイクで飛ばして、日水上人をお迎えに行ったというのである。ちょうど100年目のサントス港に人影はなかった。日系移民100年を祝う行事は溢れているが、サントス港に、「その時」を祝う人たちはいなかった。  上にアップした写真は、その時コレイア御導師…

『妙深寺報』 7月号

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妙深寺報の7月号は、13日よりはじまる夏期参詣、19日と20日の両日にわたって奉修される開導会の特集となった。
 妙深寺の夏期参詣は7月13日~8月13日までの32日間開催される。例年お参詣数は伸び、毎年「今年の夏期参詣は熱い!」という言葉が寺報に踊ってきた。さて、今年はどうなるか。遠方からのお参詣者も多いのだが、どこに住んでおられようと、この期間だけは「何としてもお寺にお参詣するぞ」と信心錬磨の気持ちを奮い立たせる。  朝は6時から夜は22時まで開いているのが妙深寺。この時間内であれば誰でもお参詣できる。観光寺院のように拝観料もいらない。暇つぶしでは困るが、お看経をさせていただきたいのであれば朝の6時から22時までいていただいても構わないのだから、有難いではないか。始発電車に乗って出勤前に三ツ沢のお寺までお参詣する方もいれば、暑い一日を仕事や学校で過ごした後、また頑張って頑張って後参詣(夕方以降のお参詣)に精を出される方もいる。いずれにしても、夏期参詣がはじまる。今年も、自分自身はもちろん、家族も、あるいは友人までも声を掛けて、夏期参詣に挑戦していただきたい。  夏期参詣は、一日では分からない。せめて一週間連続してお参詣しなければ、その醍醐味というか、妙味は分からないだろう。夏期参詣中は朝のご供養が出る。懈怠している人に、「朝のご供養(朝ご飯)が出るし、美味しいから行きましょう」と誘ったりしても、それだけで終わってしまったら果報を減らさせているだけになってしまう。俗に言う「ご供養泥棒」にしないためにも、せめて一週間連続のお参詣を勧めて、動機や誘い方はいろいろあるとしても、「あぁ、なるほど、こういうことか」「朝参詣とは、このように気持ちの良いものか」と感じさせていただきたい。  さて、妙深寺の、この夏の開導会は、『仏教史上初の開導会』ではないかと燃えに燃えている。というのは、日本の仏教団体は「葬式仏教」や「既成仏教」と皮肉を込めて呼ばれるように、形骸化していて本門佛立宗のような活動とは大きくことなっている。日本国内で完結したり、地域限定だったりする。最も多いのが自分のお寺で精一杯というスタイル。今は「単立法人」といって、どの宗派にも属さないお寺単体の宗教法人が多いらしい。なんか変。結構、恐ろしいビジネスのようなことをしているお寺がある。先日もそんなご相談を受けていたのだ…

本心を取り戻す (妙深寺報 巻頭言)

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「本心と申すは法華経を信ずる心なり」と、お祖師さまは御妙判をお残しくださっている。
 一般的に「本心」とは「本音」と混同され、普段は口に出せない、内側に秘めた思い、という意味で使われている。  しかし、仏教では、個人個人の思いや好き嫌いを表す言葉でなく、普遍的な真実に最も近い心を指すのだと説かれている。宇宙と心は実は一体不二であるから、「本心」こそ最も自然な状態で、尊い真理に近い心であるはずだ、と。  世間では「自分に正直でいたい」「自分に素直でいたい」等ということを言うが、未熟で、欲の深いまま「自分」に「正直」「素直」でいられたら大変なことになる。 「俺はアイツが嫌いだから刺した。自分の気持ちに素直になったよ」 「あの人にイヤなことを言われた。俺もイヤだから、もう行かない。自分の気持ちに素直に生きる」  そんなことを言い出して実際の行動に移していたら、人間関係も社会もうまくいくはずがない。  仏教では、感情で生きることの危険性を教えている。なぜなら、私たちの「感情」は、最も三毒の影響を受けてしまうからだ。三毒という貪欲(貪り)、瞋恚(怒り)、愚癡(無知)が終始感情を毒して、人生の浮沈を決定してしまう。  愛すること、喜ぶこと、哀しみ、憂いなど、私たちの感情は人生を豊かにする意味でも欠かせない。しかし、一方でその感情が、怒り、憎しみ、妬みという強烈な苦悩ももたらす。三毒の影響を受ければ、一層コントロールは効かなくなり、暴走をはじめてしまう。  昨今、世を騒がしている事件の本質は、人々が本心を失っていることに起因しているに違いない。秋葉原の無差別殺傷事件、大阪駅では女通り魔事件、土浦で起きた無差別殺傷事件も記憶に新しい。 ハンマーで四才の孫を撲殺する祖父もいる。老若男女を問わずに襲っている狂気の連鎖の本質とは何なのか。  発展を続ける科学文明社会は、人の生活を豊かに、便利に変えた。不十分で腐敗を問い糾されているとはいえ、社会保障制度もある。パソコンに携帯電話。人間の生活も劇的に変わった。  ほんの十五年前まで携帯電話を高校生が持ち歩く世の中など想像もつかなかった。ポケベルですら画期的だった。特殊なお金持ちが持つお弁当箱のような高価なもの、それが携帯電話だったが、今では小学生で持っている子すらいる。  1983年、任天堂からファミコンが発売された。ゲームボーイやパソコンも家庭の中に浸透して…