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8月, 2008の投稿を表示しています

スクールバス

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「教務の覚悟」と書かせていただいた後で恐縮なのだが、自分の家族の話。  昨日は長男とウェブで交信。日本にいる弟と久しぶりに話をしていた。次男はまだ喋れないのだが、「にーに、にーに」と写真を見ては懐かしがっていて、離れている分、二人とも兄弟愛が強くなったらしい。  ウェブでの長男。「良い子にしてるんだよ、僕は頑張ってるからね。大人になって(?)帰ったら、遊んであげるからね、良い子に待っているんだよ」と。聞いていて泣けてきた。  彼は毎日スクールバスで学校に通っている。みんなの協力があってこそ出来ることなのだが、頑張って頑張って、寂しいのを我慢して、やっているらしい。  今日は、はじめて学校から電話があった。「家に早く帰りたい」と泣いたらしい。いつもは元気なので、学校の先生が驚いて電話をかけてきた。「なにかあったのですか?」と。

 本人も、知らない国で、なかなか言葉も通じない中で、友だちもいない中で、頑張っているんだろう。たくましくなった。身長も伸びた。  ありがたい。

海外弘通を支えるお寺

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昨日と本日、鈴江御導師の御唱導による特別御講が奉修された。連日の猛暑はどこへやら?両日ともに不思議なほど涼やかな天候で、お参詣しやすい日となった。

 鈴江御導師は一日ごとに別の御教歌をいただいて御法門をお説きくださり、有難く聴聞させていただいた。

 つくづくご奉公の上で感じることだが、心に「師」のいない人ほど不幸な人はいない。正しく仏道修行をさせていただくため、正しいご信心をさせていただくために、師に仕えることは欠かせない。「実に佛になる道は師に仕ふるには過ぎず」とお祖師さまは身延山御書にお諭しになれている。

 結局、自分にとって教えをいただける「師」のいない人は、迷いを深めて右往左往してしまう。ご信心をしていても、迷いを深め、自身の過ちにも気づかない、気づけない人、答えが見えない、見つけられない人は、残念ながら心の中から「師」を失ってしまっている。師を失うことこそが恐ろしいことなのだと思う。そう考えさせていただくにつけても、この特別御講は意義深い。ありがたい。まさに、「師」からの御法門、ご教導であるから。

 御導師の御法門は、後に寺報で詳しく掲載されると思うのでお読みいただきたいと思うが、初日は「御初穂のご信心」を教えていただき、本日は「易行宗」「易しい修行である御題目口唱すら嫌がるとは最も愚かなことである」という点を教えていただいた。それぞれ、深く心に思うところがあり、有難く拝聴させていただいた。お参詣し、御法門聴聞できた人は幸せである。

 私が、特に心に深く感じた御導師のお話は、「海外弘通を支えるお寺、教務、ご信者」という点についてであった。御導師は、海外弘通に力を入れてご奉公していることをお喜びくださった。同時に、長い間お寺を留守にするのであるから、留守を守る妙深寺の御講師やご信者が偉いのだとお褒めくださった。有難いことだ。そして、同時に、ご自身が日博上人の海外弘通に出られている間のご奉公についてお話くださったのである。

 終戦から約10年。日博上人は、時の御講有・梶本日颯上人と共にブラジルへとご奉公に赴かれた。プロペラ機を利用したそのご奉公は、約3ヶ月間にわたった。その3ヶ月もの間、鈴江御導師は横浜妙深寺の留守を守られていた。

 鈴江御導師は仰った。

 「当時の妙深寺では、私たちの御導師が留守の間こそ、お教化のご奉公に気張らせていただこうではないか、と声を掛け合ってご…

教務の覚悟

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明日、特別御講。今日は13時からその準備ご奉公として「前助行」をさせていただいた。住職と受持教務全師、各教区長と全お役中が本堂に参集し、明日と明後日に奉修される鈴江日原上人御唱導の特別御講に、遺漏無きようにご奉公してくださっていた。
 先住ご遷化から鈴江御導師には毎年一度の御講奉修を御願いさせていただいてきた。私は30才を少し過ぎた程度で住職となってしまった。先住ご遷化直後、住職に就任したものの「佛立の生命」である御講、特に住職として奉修する「教区御講」を勤めさせていただくには果報も備わっておらず、あまりに未熟すぎた。鈴江御導師は、毎月横浜までお越しくださり、私を横に据えて御講を奉修くださり、私にも所属のご信者みなさまにも、丁寧に、細やかにご教導してくださった。  一年が過ぎた頃、「もう、清潤師が勤めたらよろしい」とのお話しがあり、そのようにさせていただくようになった。しかし、一年に一度は妙深寺のご弘通を見ていただき、以前のようにご教導いただけるようにと、「特別御講」を奉修させていただきたいと御願い申し上げているのである。  その間、鈴江御導師の妙深寺、そしてこの特別御講に対するご奉公の姿勢から学ばせていただくことが数え切れないほどあった。御法さまのお導きとは、このようにピタッとしたタイミングで、私たちに教えてくださるのかと、本当に恐ろしくなったのだが、一年に一度の特別御講のその日、鈴江御導師の奥さまが帰寂遊ばされたのだった。かねてからご病気で入院されており、何度かお見舞いにも行かせていただいていた御導師の奥さまが、私が例年のように相模原に御導師をお迎えにあがっている途中で危篤、そのままご家族に見守られて息を引き取られたのだった。  これ以上ない哀しい日。私は病院に向かわせていただいた。病院の裏口で御導師をお迎えした。「御導師、今日はこのようなことですので、妙深寺の特別御講は延期させていただきます」と申し上げた。すると、「行くよ。ご奉公を断ったら富士子に怒られてしまうよ。清潤師、行くよ」と仰った。涙が溢れた。御導師をお乗せして、横浜に向かった。御導師は、車の中で何度か涙を流されていたと思う。御法門の途中でも、経緯をお参詣者に説明されながら言葉に詰まられていた。  赴任された昭和30年代の後半、相模原は現在のような住宅街や国道沿いに並ぶ賑やかなレストランや店舗などなく、一面…

御法さま、御法さま、

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自分の愚かさに気づけることは、本当にありがたい。御法さまの前に進ませていただければ、それが出来る。本当に、これは大切なこと。それは、ごく自然な人間の営み、人生に欠かせない要素だと思う。  家族全員が向かうことのできる御宝前。一家の主を含めた家族全員が頭を下げ、祈り、謝り(お懺悔し)、相談できる場所があること。これが何より有難い。御法さま、本当にありがたい。  弘宣くん(清翔師)は大変な御利益をいただいて手術、退院をしてきた。手術を開始してみて、一番簡単な方法での手術となり、激痛の原因も分かり、処置が施された。2週間以上の入院といわれていたのだが、すぐに退院してきた。見ると松葉杖もなく歩いているのだから、あぁ御法さま、ありがたい、とつくづく感得させていただいた。  ご信心をはじめられたばかりの方がお教化をされ、お教化をされた方が驚きと随喜の体験を語ってくださった。ALSという恐ろしい病を抱えておられ、その義父のために祈りたいと、お参詣を続けておられる方に連れられてお教化となった。ALSで痛みを訴えるお義父さまに、「おかがみさん」を貼らせていただいてはと教えていただき、それを素直に実践してみたところ、痛い部分だけがカラカラに乾いて、その痛みが和らいでいる、と。本当に、本当に、有難い。御法さま、御法さま、と思う。その喜びを、語ってくださる方。まだお参詣をはじめられてから1週間ちょっとだと思う。有難い。御法さま、御法さま、本当に、ありがとうございます。  今週は、金曜日、土曜日と特別御講が奉修される。日曜日は神奈川布教区の壮年会の錬成会で講演させていただくことになっている。準備をしっかりしないと。

タイミングの悪さ?

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京都の弘宣(13才で私の弟子として得度し「清翔」)を、この夏休みを利用して妙深寺で修行させようと思っていた。
 ところが、横浜に来る直前になって膝の調子が悪いという。確かに痛そうで、病院に行くと半月板が割れているとのこと。手術が必要で、削るか、縫合するかしなければならないと聞いた。怪我をしたわけでもなく、何が原因か本人にも思い当たることがないらしい。どこかにぶつけたか、事故にでも遭ったのか、それも分からない。疲労骨折に似たようなものかと思うが、それほどのハードなスポーツやトレーニングをしていたわけでもない。身体が壊れるほどスポーツをした私だったが、彼のような怪我も、ましてや手術も受けたことはない。なんということだろう、と頭を抱えた。  なんとタイミングの悪い。これからのために人間的に成長させようと期待していたのに、そのタイミングで手術とは。青少年の一座の前後に横浜に来てご奉公させていただいたのだが、手術のために京都に帰って診察を受け、今日13時から手術が行われた。  このタイミングの悪さは普通じゃない。御法さまがお見捨てになっていない証拠だから嘆くこともないが、弘宣を成長させようとしてくださっているのだろう。「もっとスポーツしろ」「大学は横浜にしろ」「頭でっかちになるな」などなど、挙げれば切りがないことを彼には話をしてきたが、結構本人は頑固で(誰ゆづりだかは書かないが)今まで私が言ったことを実行に移したことはないと思う。困ったお弟子さん。 
 そんな彼が、ここで成長しなければならないというタイミングで、御法さまからのサイン。膝の故障もそうであろうし、手術もそう。「全ては完璧なタイミングで進行している」のだから。仏教に「偶然」はないのだから。  弘宣が横浜から京都に帰る新幹線は大幅に遅れた。大雨によるということだったが、これも不思議だ。私は月に何度も往復しているが、そんなことは起きない。ギリギリで事故を回避したり、次の列車から遅れていたり。弘宣に「気づけ」「気づけ」と教えていただいているようにも思えた。  本人は、知識が豊富で、2ちゃんねるなどの掲示板でいろいろな会話を交わして物事にも通じているように思っているのだが、人間づきあいが苦手のようで、すべてのことに視界が狭い。若いから仕方がないのだが、これからのために良い環境を探して与えてあげたかった。  この手術は、彼にとって最大…

プールで遊ぶ子どもたち

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妙深寺に帰ってくると穴が開いていて修理中だったプールに水が入っている。「あれ?直してくれたのかな?」と嬉しくなって聞いてみると、前のものは修理不可能で瓜生さんのご主人が新しいものを購入して御有志してくださったとのこと。暑い日が続いているので、本当に有難い。  今朝、憲史くんがお連れした方、またイタリアのローマからお参詣してくださった方とお話しをして玄関を出てみると、うわー、もうすごい子どもたちのはしゃぐ声!ありがたーい。  夏は暑いもんね。お参詣して、お父さんやお母さんを良い子に待ってくれていたんだから、こうしてプールではしゃぐくらいいいじゃない。今日は松風会の納涼会もあり、境内地では流しそうめんやかき氷もあるし、お腹が空いても大丈夫。よかった。ありがたい。

結婚式から名古屋へ

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土曜日は朝から何人かの方と面会をさせていただいて、13時から結婚式。結婚式が終わると新幹線に乗って名古屋へご奉公に来させていただいた。
 4日から7日まで京都でのご奉公、8日は朝から長野新幹線に乗って長野でご奉公させていただき、夜は東京でブラジルに関するNPO法人の理事長を交えて会食させていただいた。御縁がめまぐるしく動いていて、有難い。ご弘通の端緒となる御縁ばかり。貴重な時間を過ごさせていただいていた。
 結婚式は、ご両親と新郎・新婦のみの小さな法要となったが、真心がこもっていて有難いご奉公となった。今年、お父さんは前立腺癌を患っていて、そうした思いがお二人を御宝前での結婚言上となったのだと思う。二人の、末永い幸せを祈ってのことだった。
 あの、感動の青少年の一座から一週間。あっという間の一週間だった。新幹線の窓から見える夏の緑を眺めながら、思い返していた。
 日曜日の今日は、朝から森山くんの体験談があり、妙深寺は感動に包まれたことだろう。同時に、ひろし君や山崎先生が法灯相続相談デスクを開設して、若い方々への信行相続に悩む親御さんたちにいろいろなヒントを与えてくれているはずである。
 毎日、有難いことだ。ご奉公させていただこうという具体的な行動に、頭が下がる。

コレイア御導師の御法門

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皆さんお参詣、ありがとうございます。
 今日は、大変暑い中に、皆さんがお参詣してくださいましたことは、非常に喜ばしい限りでございます。  先日、NHKの「その時、歴史は動いた」という番組でブラジルの特集をやっておりましたが、今日も動いております(笑)。  100年に1度しかない機会だと思って、1年と4ヶ月も前から楽しみさせていただいておりました。3日前からゆっくり眠れませんで(笑)、緊張して、家内もびっくりしてました。今日は家族全員でお参詣させていただきました。10年に1回しか家族全員で参詣させていただくことはできません。ですからなお、今回は思い出深い参詣になっております。これもひとえに先師上人、日博上人、お参詣のお教務さん方、お参詣の皆さまのおかげでございます。  特にこの前のブラジル団参では長松ご住職に大変ご活躍いただいただきましたおかげで、ブラジルの100周年も無事に勤めることができました。この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。そのおかげで、有り難く、新時代の大スタートを切らせていただくことができました。  実は、100周年というのは、大きな目標がであったけれども、大きな壁でもあったのです。是が非でも100周年を成就させていただかなければならなかったので、他のことが何もできておりませんでした。しかしこの100周年のご奉公が無事に終った以上、今度は恩返しです。200周年に向けての新時代のご奉公をブラジルで切らさせていただきましたし、今日ここで、歴史が動いていることを感じて、更なるご奉公への精進を誓わせていただきます。  全然遠い日本だとは思っておりません。だからこそ心を一つにして。皆さんのエネルギー、支援を向こうでも感じさせていただきながら、きっとご奉公に倍の精進・エネルギーが湧いてくるものと大変喜んでおります。  本当に皆さん、この度のお会式の機会を与えてくださってありがとうございました。また局長さんもブラジルまでご信者さんと共に来てくださって、本当にありがとうございました。  それでは御法門を拝まさせていただきます。  佛立開導日扇聖人の御教歌に、 「ほしいまゝに 身をな持ぞや 妙法の 修行は娑婆の いのちなりけり」  二つと無い命を、特にこの娑婆世界における命を、妙法の修行、つまり、人助けのために思う存分使いなさいということを、お教えいただく御教歌です。  …

大感動の『青少年の一座』

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昨日、晴天の下、第2回 青少年の一座 HBS東京シンポジウムが盛大に奉修された。「生かす、生かされる命、ありがとう」をテーマに、関東近郊の青年会の方々のご奉公が結実したのを目の当たりにして、本当に有難く、胸をゆさぶられ、大変な感激をさせていただいた。
 このご奉公は、本当に素晴らしいものだった。実行委員会が組織されたのは昨秋。千葉・唱題寺の塩田くんを委員長に選出し、彼を中心にして各部署が設置され、まさに彼らによる企画、彼らによるご奉公がスタートした。塩田委員長には、とにかく頭の下がる姿勢、取り組みを見せていただいて、ご信心をしている青年とは、これほど素晴らしいものかと感激したり、反省したり、いろいろと勉強させていただいた。もちろん、他の実行委員会で役務を拝命した青年会の方々、PRに全国を駆けめぐった広報の方々、会場寺院となる乗泉寺や法要全般を組み立ててくださった方々、数ヶ月間相当量の情報を整理して裏方としてご奉公くださった総務の方々や財務の方々、全員の部署やお名前を挙げたいくらいなのだが、本当に大変なご奉公の積み重ねで、大成功を収めたといえる。
 全国からお参詣された青少年は1800名を超えた。ここに集まった青少年こそ未来の青少年に責任がある。この子たちが御仏の教えを真摯に受け止め、菩薩の生き方を志せば世界はより良く変わる。そのために企画を練りに練って開催されたのが第2回の青少年の一座だった。  いまの世界の状況、その世界の中で日本に生まれ、そこに生きる私たちはどれだけ恵まれているか。しかし、同時にどれほどの歪みを抱えているか。だとすれば、私たちはどのように生きるべきなのか。スリランカ、ブラジル、イタリア、韓国、台湾など、世界各地で生きる同世代の佛立信者たちを映像で紹介し、彼らからのメッセージに耳を傾けた。ブラジルから駆けつけた高崎御導師、コレイア御導師からメッセージをいただき、世界に広がる佛立信仰、御題目を感じ、世界の中における本門佛立宗の位置と意義を知り、では日本で生まれ、御題目に出会い、ご信心する私たちはどのように生きていけばいいかを考えていただいた。  体験談は、木村君と遙ちゃんとひろし君。木村君は暴走族に入り、親の反対を押し切って20才で起業し店舗を経営。3年後に多くの負債を抱えて職を失い、心身共に追い込まれた。家族と絶縁し、当てつけのように「本門佛立宗とも絶…