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佛立教務の男泣き

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力を振り絞って、書きます。
嬉しい男子信徒御講。
113名ー。
男子だけで、参詣目標を110%も上回るお参詣で、何と言葉を言っていいか、とにかく有難いの一言です。
気持ちが、詰まりまくっています。
なぜか、この数十年、男性はずっと女性の陰に隠れていたような気がしますが、妙深寺の男性信徒は「一途に生きる男の背中」と題して、すごい意気込みで、意気に応えて、頑張ってくれていました。
すごい勢いを感じて、未来が楽しみになりました。
ありがとうございます。
そして、先ほど、コレイア清行がネパールから帰国しました。
さらに、言葉になりません。
キスしました。
本当に、無事に帰国してくれて、ありがとう。
最前線に立つご弘通の戦士たちの帰還。
ありがとうございます。
彼は、旭の死を真近に受け止めて、苦しかっただろうに、頑張ってご弘通のミッションをやり遂げてきた。
まだまだ、続きます。
妙深寺の本堂で、旭の霊前に手を合わせ、清行はようやく男泣きしていました。
「男泣き」
まさに、「一途に生きる男の背中」です。
佛立教務の男泣き。
これからも、ご奉公に生きるということがどういうことなのか、まず教務から率先して、実行してゆきたいと思います。
ありがとうございます。

音楽のチカラ

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100万人のクラッシックライブ@妙深寺。
たくさんの方々にお越しいただき、大盛況で終了いたしました。
本当に、ありがとうございました。
素晴らしい演奏をしてくださった望月さまと宮園さまには心から感謝です。
先住が思いをこめて建設された第二本堂は、その当初から演奏会も出来るように設計されたものでした。
ですから、完成直後から本堂の中にピアノが置かれていました。
建設から約25年、なかなか先住の思いを受け継いで、演奏会を開催することは出来ませんでしたが、今日ついに実現したということになります。
プロフェッショナルなヴァイオリニスト、ピアニストの方々から、やはり素晴らしい音響施設であると言っていただき、先住もお喜びになっておられると思います。
長野から駆け足で戻り、何とか間に合いました。
つくづく、音楽のチカラを感じました。
胸の内に、いろいろな思いがあったのだと思いますが、演奏していただいた一曲目で、自然と涙がこみ上げて、流れました。
本当に、すごいです。
クラッシックなんて、私のような者には縁遠いと思っていたのに、こんなに身近にしていただいて、その素晴らしさを体験させていただいて、本当に100万人のクラッシックライブに感謝です。
そして、アンコール。
なんと、アンコールの曲は、『見上げてごらん夜の星を』でした。
何も、何も、お伝えしていないのに、この曲を演奏いただけるなんて。
演奏前に曲名を聞いた時、思わず叫んでしまいました。
財団代表の蓑田さま、そして片岡さまが、ブログを読んでくださって、演奏者の望月さま、宮園さまにお願いしてくださったそうです。
止めどなく涙が溢れました。
会場中から、すすり泣く声が聞こえました。
その、あたたかいお心、お気持ちに、感謝しかありません。
旭くんも、きっと喜んでくれているに違いない。
みんなが、彼を思ってる。
昨日、宗会議場で、議員のみなさまにネパールで発生した事故についてご報告させていただきました。
議事終了後、お礼のお看経の際、ご講有が自ら旭くんのご回向をさせていただきたいと仰せくださり、急きょ本山のご宝前で、宗会議員全員で、旭くんのご回向をしていただくことができました。
本当に、大変なことですし、ありがたいことだと思っております。
今日、日曜日は、旭くんの二・七日忌にあたります。
本堂にお焼香の台を用意させていただきます。お参りの際には、お焼香、ご回向くださいますようお願いいたし…

哀しみを乗り越えて

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哀しみを乗り越えて、ヌワコット郡のサムンドラデヴィ村での支援活動を終えて、清行をはじめ、各国のボランティアのメンバーがカトマンズのホテルまで無事に戻ってきたと連絡がありました。
学校の校舎の完成には、あと一歩ということですが、これからも継続します。
無事の帰国を心から願い、待っています。

今夜は妙深寺で100万人のクラッシックライブ

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いま、長野に向かっていますが、今夜はいよいよ横浜・妙深寺で初めて開催する100万人のクラッシックライブです。
近隣の音楽教室などにもチラシをお配りしましたが、何よりもクラッシックにあまり馴染みのない方々にお越しいただきたいと思っています。
クラッシックライブの後は恒例のボーズバーも開店いたします。
一人でも多くのご参加をお待ちしております。
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明日、28日(土)は、妙深寺オープンデーです。
今回は『100万人のクラシックライブ』を開催!
普段着で気軽にクラシック音楽に親しんで欲しい!と、一流の若手音楽家の方々が、企画運営されているイベントが妙深寺にやって来ます!
16時30分、開場、 17時00分、開演! 音響の良い、妙深寺第二本堂にて、行われます!
参加費、¥1000.
お気軽にご来場ください!
横浜市神奈川区三ツ沢上町22-1 ☎︎045(321)7682
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また、 18時からは、恒例の【ボーズバーLotus】がオープン!
こちらは、別棟の教養会館ガラスの間にて。 ワンプレート&3ドリンクまで、会費¥1000.です。
どなた様もお気軽にお越しください! お坊さんがホストとなって、お待ちいたしております!
在籍お坊さんは、 1、長松清潤(ご住職) 2、阿部信仰(しんごう) 3、岩沢清従(せいじゅう) 4、清水清康(せいこう) 5、兼子清顕(せいけん) 6、有馬清朋(せいほう) 7、橋本恒潤(こうじゅん) 8、清水法光(ほうこう) 9、北崎立耕(りゅうこう) 10、コレイア清行(せいぎょう)
(在籍なんて、初めて公開ですね!よろしくお願いいたします!)

この扉を押し続けなければ

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今夜、英介さんのお通夜が執り行われます。
京都佛立ミュージアムの理事会、明日は宗会があり、参列できないことを心から申し訳なく思います。
伊藤忠商事の二階、ジャパン・スポーツチャンネル、SPORTS-I ESPN、スポーツアイネットワーク。
英介さんの訃報に接し、言葉を失いました。
悲しいことが続きます。
誰からも愛される、かっこいい、すてきな方でした。
透きとおるような、無邪気な笑顔が浮かびます。
ずいぶん前に、電話でお話したのが最後になってしまいました。
残された者として、またみんなで再会して、語りあっておきたいと思いました。
宮沢賢治さんの『農民芸術概論綱要』を、読み返していました。
「まづもろともにかがやく宇宙の微塵となりて無方の空にちらばらう。 (中略) 巨きな人生劇場は時間の軸を移動して不滅の四次の芸術をなす。 おお朋だちよ 君は行くべく やがてはすべて行くであらう。 (中略) われらに要るものは銀河を包む透明な意志 巨きな力と熱である。 われらの前途は輝きながら嶮峻である。 嶮峻のその度ごとに四次芸術は巨大と深さとを加へる。 詩人は苦痛をも享楽する。 永久の未完成これ完成である。 」
ネパールは、マチュピチュが数百個あるような国なのですね。
飛行機から下を見ると分かります。
ヒマラヤは、本当に、頭が下がるほど、威厳がある。
ネパールでは、4000メートル以下の山を「ヒル(丘)」と呼び、4000メートル以上の山を「マウンテン(山)」と呼ぶのだそうです。
そうなると、富士山は「ヒル(丘)」になってしまいます(汗)。
遠くに、雲のように見えるヒマラヤ。
あの山を望む頂で、旭が亡くなったことを、思い返して、思い返して、思い返しています。
もちろん、前を向かなければならないけれど。
前を向くけれど。
この扉を、押し続けなければならない。
その扉は、人類の、意識的次元上昇へと続く扉です。
少なくとも、その扉を押し続けることが、私たち佛立仏教徒の使命であるのだから。
今日も、きっと明日も、押し続けます。

小原旭 告別式 歎読

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小原旭 告別式 歎読
 法華経常住一切三宝諸仏諸尊、茲に来臨し給い、一切の障礙を払い、哀愍救護を垂れ、即是道場にして知見照覧なさしめ給え。
謹んで蓮師相伝秘要の対境、本地本法本門法華経の御本尊の御前にて、恭しく壇を設け、礼をもって謹んで営み奉る処の告別式、法要の一座。
去る平成二十七年十一月十六日、仏陀 釈迦牟尼世尊御生誕の地、ネパール国の大地震支援活動、ご弘通ご奉公の最中(さなか)、此の娑婆を忍土の一期と定め、二十有六才の若きを以て寂光の本宮に赴(おもむ)く一霊。
本門佛立宗 清光山 妙深寺 所属信徒、通称、小原(おばら) 旭(あきら)。
霊や無始已来謗法罪障消滅 出離生死証大菩提。
 此処に故人生前の行軌を回顧せん。
 通称、小原 旭。父に青森青松寺 小原信(しん)盛(じょう)御住職、母に旭川寺(あさひかわでら)の強信の家庭にて薫育を受けたる智美女をいただき、また祖父には仙台妙法寺をはじめ三か寺の御住職たる小原日諭御導師と、まさに御法の為に身を捧ぐ佛立の一家、小原家の長男として、平成二年一月三日、その生を受く。 
当時、小原信盛師は盛岡広宣寺の八戸(はちのへ)別院の担当としてご奉公され、奇(く)しくも一月三日、広宣寺初総講の日に、母の実家、旭川にて誕生す。以来、一家が一月三日に広宣寺の初総講に参詣するや、決まって御総講の後、夜には誕生日会を開いていただきたりと聞く。
旭川の「旭(あさひ)」と、高祖立教開宗の地、旭ヶ森の「旭(あさひ)」よりいただき「旭(あきら)」と命名されたる。
 元来、体が弱く病弱なれども、年子で一つ違いの妹、芳(かおり)女と兄妹仲良く支え合い、八戸別院にてご信者方の愛情を一身に受けて養育せられたる。やがて誕生せし次女の富(さかえ)女、二人の兄として常に優しく温かく接し、一家は佛立信心を柱として、楽しく、和やかなる時を過ごしたる。
 八才の時、父、信盛師の文能昇進・叙任式あり。団参と共に一家は本山宥清寺へ参詣し、京都や大原に足を運び、夜は親戚、従兄弟と共に歌を歌い、楽しき思い出、最上の時を過ごせしと聞く。
 小学校ではサッカーや野球の部活に入り、また書道を習い、この頃より英語を学び始めたる。
お寺の中でお仏飯のお下がりを頂き、また祖父や父の姿を見て育ち、小学校の卒業アルバムには「十年後の自分は、得度して、立正大学に通っている」と、妙法弘通の使命感を既に帯び、中学一年の…

小原旭 通夜 歎読

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小原旭 通夜 歎読
平成二十七年十一月十六日、仏陀釈尊生誕の地、ネパール大地震の支援活動中、不慮の事故によりて此の娑婆を忍土の一期と定め二十有六才の若きを以て寂光の本宮に還帰せる一霊。
通称、小原 旭(あきら)
ここに謹んで言上いたします。
この数ヶ月、死の予感がしていました。
「死ぬなよ、殺すなよ」と自分にも、ご奉公している者にも言い聞かせていましたが、自分ではなく、自分を慕ってついてきてくれた青年を、先に、死なせてしまいました。
お懺悔いたします。本当に、申し訳ありません。
僕たちは最前線に立つ弘通の戦士だと話をしてきました。広宣流布、一天四海皆帰妙法を心底願い、その最前線に立とうと語り合ってきました。ここにこそ、命を賭ける価値があると、皆に話をしてきました。
小原旭くんは、仙台妙法寺 気仙沼清護寺の小原日諭御導師の孫、青森青松寺の小原信盛御住職のご子息。これまで特別の親交はありませんでしたが、彼は妙深寺の寺報やブログに感激してくれて、突然私を訪ねてきてくれました。
高祖立教開宗七五〇年の時、十三才だった旭くんは現在大本寺乗泉寺で活躍している野本信生師と共に、まるで神童として得度をしました。彼らのことは当時佛立新聞などで大々的に伝えられ、私もうっすらと記憶していました。しかし、旭くんは小学生や中学生の頃の嫌な思い出や、プライド、劣等感などに苦しみ、統合失調症と診断され、強い抗精神薬を飲み、この時はすでに教務の道をあきらめていました。いや、むしろ、いろいろなことから逃れたいと、周囲を憎み、恨んでいました。
たぶん、2度目、妙深寺の本堂の奥にあるお控えの間で彼に会いました。
長い間、病気で苦しんできたこと。強い薬を飲まなければならない生活を続けているということ。しかし、得意な英語を学ぶために、ロンドンに行って勉強したいと話してくれました。そして、いつか、僕と一緒に、海外でご奉公をさせていただきたいと、言ってくれていました。
あの時、「あなたの目を見ると、何故だか泣けてくる。涙が出て仕方ないんです。」といって、あの部屋で、ポロポロ、ポロポロと、涙を流して、泣いていました。その姿が今でも忘れられません。
病のこともあり、ロンドンでの留学生活をとても心配していましたが、それはホームステイ先にも話してあるとのことでした。そして、彼は半年間のイギリス留学を終えて、帰国しました。
帰国してすぐお土産を持…