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母上の退院

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本日、無事に母上が退院して参りました!
長かったー(涙)!

大野御導師が解読くださった御指南

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今朝、京都佛立ミュージアムの「長松清風展」でお世話になった御導師がご遷化になったという知らせを聞き、愕然としました。
これまで、あまりお話したことはありませんでしたが、今回の展示で難解な開導聖人の御筆をいくつも丁寧に解読くださり、心から感謝しておりました。
会議で、御導師にミュージアムの顧問になっていただいて、これからもずっとご指導いただきたい、と話をしていました。
ご病気であることも、知りませんでした。申し訳ありませんでした。
下記、最後に大野御導師に読解していただいた、西村嘉津雄氏が護持されていた掛け軸の御指南です(現在ミュージアムで展示中)。
「此御題目の中に。仏法といふ仏法。御経といふ御経。仏といふ仏も。菩薩も。諸天善神も。日も。月も。星も。薬師も。弥陀も。地蔵も。大元も。聖天も。妙見も。観音も。不動も。愛染も。金毘羅も。鬼子母神も。二天も。四天も。
上行菩薩所伝の南無妙法蓮華経習ひ損ひの法は此肝心の御題目を。そしりかくす。法なれば。供養するはほうぼふなり。
八百万の神々も。みなこの五字の中を。住家として。外に一つも。漏たることなし。如来といふ如来も。此妙法なくば。如来となるいはれなし。故に本門の肝心は。此妙法五字にして。万法具足の大法なり。
仏のをしへ。祖師のをしへに。そむく人は。いかなる信者にても。習ひ違ひの罰あたるなり
経に背き。仏にそむき。祖師にそむきて。利益を。うけんと思ふは大なる心得違の。大罪人なり」「此五字の中に。一切経もあれば。法華経の勝たる本門十四品

ネパールから写真が届きましたー。

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たった一人、先発としてネパールに入り、奮闘しているコレイア清行師からメッセージが届きました。
ウトウトしていたのですが、フト起きたらメッセージが入りました。
よかった、寝ていたら、すぐに返事が出来なかった。
メッセージや写真のやりとりが出来て、本当によかったです。
ネパールのみんなを指揮して、一生懸命に頑張ってくれています(涙)。
HBS平和題目塔の前には、美しい芝生が敷かれました。
以前のひどい状態からすれば夢のように美しくなりました。
HBSハウスも整備が進み、おトイレも出来ましたし、もう何人でも泊まれそうです。
オープニングセレモニーの後は、HBSネパールリトリートセンターとして世界中の人を受け入れて、運営できればと考えています。
そして、ネパールと、インド、スリランカが連動、連携して、ご奉公を展開してゆく予定です。
本当に、立派に、美しくなりました。
11月、ネパールまで行ってくださる日本の皆さまにも、ご安心いただけると思いますし、目の当たりにすれば感動してくださると思います。
清行が無事で安心しました。これからも安全第一でと約束して、メッセージを終了しました。
少し安心して休めます。
南無妙法蓮華経ー。
ただ、イタリアで起き続けている強い地震が心配でなりません。

百年の歴史

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100年の歴史。つくづく勉強させていただきました。
戦後まもない頃は、お会式の参詣数が3人、その次がゼロ、その次のお会式も4人と、そんな日があっての、今日の盛大な開筵式。
ずっと以前、京都のフジタホテルのロビーで、石川御導師から新本堂に込める構想の一端をお聞きしたことを思い出しました。
未来を見据えた工夫が随所に見られる壮麗な新本堂となりました。本当に素晴らしいです。
福岡御導師の御法門に魅了され、本堂内は活気に溢れていました。
本当に、何から何まで勉強になった週末でした。
ありがとうございます。
京都では麩屋町に近い開智小学校を会場に、100万人のクラシックライブが盛大に開催されたとのこと。
蓑田さまご夫妻をはじめ、奏者のお二人も麩屋町の長松寺までお立ち寄りくださったそうで、本当にありがたかったです。
博子姉がアレンジャーとして一生懸命にご披露してくださり、開催の運びとなりました。
本当に、ありがたいです。
夕方、17時に妙深寺まで戻り、ディレクターの方が来られて打ち合わせをさせていただきました。
11月1日、10時から月始総講を奉修させていただきますが、是非とも一人でも多くお参りくださいませー。

感激の原稿

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名古屋は快晴ー。
今日は素晴らしい法要になること間違いありません。
昨夜、石川御導師とお会いすると、すぐに原稿用紙の束を頂戴しました。
「御改良御指南の弘通学」23枚、「佛立開導日扇(清風)聖人の書ー佛立ミュージアムの書を拝すー」10枚。
またとない法要にお招きいただき、宿泊までさせていただき、福岡御導師や石川御導師と歓談させていただき、しかもこのようなご信心に溢れた原稿まで頂戴するなんて、これを何と申し上げてよいか。
申し訳ない、もったいない、幸せです、果報が尽きてしまいます。
昨夜、お預かりした原稿をじっくりと拝読させていただきました。
開導聖人の御指南を丁寧に紐解き、そのご信心、ご教導に肉迫されています。
ミュージアムの展示が入り口だとすると、ここが結論、核心、終着点というご著述。
至らなさ、甘さ、勘違い、心得違いを明らかにし、信心改良するしかないと思わせていただきました。
ここにお示しいただいたことを「軸」として、これからのご奉公をしてゆかなければならないと決意させていただきました。
「法の勝劣邪正を論ずれども、現證なくば宗門衰微す。これ時刻相応の道を知らぬ失なり。」
「生涯折伏」
本当に、貴重な名古屋の夜となりました。
これから建國寺さまに向かわせていただきます。

一年後の想い

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もうすぐ11月。
11月はネパールへ向かいます。
一緒にネパールに行ってくださる方々。
日本から、関東、関西、そしてスリランカやインドから、約40名の方々が参加くださいました。
また、参加いただけない方から、日本各地、遠くブラジルからも、御有志をお預かりいたしました。
本当に、心から御礼申し上げます。
一年前の自分。
想像を絶する、いろいろなこと。
思い返して、お看経させていただいていると、涙が溢れてきます。
人生の、運命の、信心の、厳しさ、真実性。
法友・旭の死を看取り、如説修行の一端を、感得させていただいた一年前。
警察署の隣にある建物。
行政書士のような人と書類を作っていて、突然涙が止まらなくなったこと。
カトマンズの遺体安置所。
普通の人ならそこに入るだけで卒倒しそうな場所。
そんな場所で、お看経をし、打ち合わせをし、ご奉公していました。
ネパールのカトマンズ。
仏陀の生まれた特別な国は、本当に美しく、特別な国となりました。
そこに、一緒に行ってくださる皆さま。
本当に、生涯忘れません。ありがとうございます。

今日のニュースに

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清水から戻り、教務室では妙深寺報の出稿に向けて編集を続けてくれています。
今日、また恐ろしい事故が起こってしまいました。
しかも横浜で。
87才の男性が運転する車が小学生の列に突入し、小学校一年生6才のお子さまが亡くなったとのこと。
ニュースで亡くなられたお子さまの写真を見て、絶句、激しい動悸を覚えました。
なんということ。
その子はもちろんですが、ご両親、ご家族のご心中を想うと、言葉がありません。
本当に、あってはならないことです。
毎日、様々な方のご一生に触れ、その最期やお見送りに立ち会うことを重ねていますが、これほどまでにやるせないことはありません。
「もう、一生で、心から幸せを感じることはありません。」
この言葉を聞いたことを、思い出します。
心から離れない。
しかし、仏陀は、そんな絶望に打ちひしがれた方を支え、導き、救ったという。
私たち仏教徒は、そうしたご奉公をさせていただかなければならないと思い返します。
今はただただ、ご回向、ご祈願させていただくしかないけれど。
申し訳なく思います。
明日から名古屋に行かせていただきます。名古屋建國寺さまの高祖会・新本堂開筵式・創立百周年の大法要に参列させていただきます。

開導聖人と谷森善臣

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清啓寺での修学塾が終わり、今夜宿泊するホテルまで来させていただきました。
なかなかゆっくり勉強する時間が持てないので、とても贅沢に感じます。
開導聖人と明治天皇や三条家との接点はいろいろあるのですが、もっとハッキリと示したいと思っていました。
「谷森善臣(種松)」という人物がいます。この人物は幕末から明治期に活躍した国学者で、三条家(三条西家)の侍臣の家に生まれています。この三条西家の幕末の当主は三条西季知(すえとも)で「七卿落ち」の一人。三条実美とも極めて親しい間柄の人物でした。
この谷森種松が長松清風、開導聖人の下を訪れて、歌について談笑している様子が御指南に出てきます。
「谷森種松のきて鶯はきけりやわかやとにはなるるとすれどまたなきそめしなといへるをききて~」
鶯の歌を軽く詠み返しているあたり、完全に開導聖人が格上のようなやりとりの様子が「てこのかたま(扇全15巻13頁)」に出てきます。じっくりと研究したいものです。
開導聖人と明治天皇との接点は『仏教徒坂本龍馬』に書いたとおりです。「みのりの露壱(扇全7巻378頁)」にあります。
「一昨年東京御御師匠宅高崎氏へ歌一葉。同人いはく、三条公の方々予が短冊三、四葉あり。外に求め得ず。六、七首を得て書写せしめ、当今門人の手習いの手本とせりと。天皇に清風が短冊天覧に入りて御手習いの手本とす。天皇ののたまわく、かばかりむつかしき書はなしとて宮中御ならひ也。をかしきこと也と香谷方へ高崎義正来たりて話しと云々。玉田来て語る云々。玉田いはく、オヂサン、あまりたくさんそうにお書きなさるなといへり。清風いはく、わしは機嫌次第でゴザルと申したり。」
開導聖人、かっこいー。

「笑われて、笑われて、つよくなる」太宰治

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先日、河口湖から坂を登り、富士山が美しく見える場所を探していました。
たどり着いたら、御坂峠にある天下茶屋という小さなお店の前でした。
「富士には月見草がよく似合ふ」太宰治
この場所で、太宰治が書いた文章の一節。
私は、太宰治の作品をほとんど知らず、知っていることと言えば愛人と入水自殺してしまった文学者というくらいでした。
しかし、富士山が雲に覆われていて、その顔を見せてくれるのを待っている間、天下茶屋の二階に設けられた「太宰治文学記念館」を拝見させていただきました。
展示を拝見し、深く感じ入りました。
京都佛立ミュージアムの館長になってから、世界中のミュージアムで勉強させていただいています。
ブラジルのサントスでも、スリランカのキャンディでも、イタリアのフィレンツェでも。
『人間失格』だけではなく、太宰治さんの言葉に触れる、素晴らしい機会をいただきました。
「人間は、しばしば希望にあざむかれるが、しかし、また、絶望という観念にも同様にあざむかれる事がある。」太宰治
「人間のプライドの究極の立脚点は、あれにも、これにも死ぬほど苦しんだ事があります、と言い切れる自覚ではないか。」太宰治
「疑いながら、ためしに右へ曲るのも、信じて断乎として右へ曲るのも、その運命は同じ事です。どっちにしたって引き返すことは出来ないんだ。」太宰治
「あなたはさっきから、乙姫の居所を前方にばかり求めていらっしゃる。ここにあなたの重大なる誤謬が存在していたわけだ。なぜ、あなたは頭上を見ないのです。また、脚下を見ないのです。」太宰治
「幸福の便りというものは、待っている時には決して来ないものだ。」太宰治