投稿

12月, 2017の投稿を表示しています

明日は大晦日

イメージ
いよいよ明日は大晦日、お正月がやってきます。
昨夜は大鏡もちつきの後、妙深寺の教務や家族の納会でした。
副ご住職はご欠席でしたが、総勢38名の納会は近年で一番多く、賑やかでしたー。
年末年始、ずっとご奉公は続きますが、ひとまず締めくくり。
来年も、副ご住職をはじめ、みんなが現証の御利益をいただいて、健康で、素晴らしい、価値ある、ご本意にかなう、妙深寺らしいご奉公が出来ますように、結束を深めました。
ずっとお正月の準備が続きます。
明日は17時から御礼のお看経、23時半から除夜法要。早めに年越しそばをいただかれてください。法要後は頂戴できません。
元旦は11時から新年初総講・祝盃式。
2日目は大本寺・乗泉寺にて祝盃式、信廣総会。
3日は長野本晨寺で新年初総講と祝盃式。
4日の夜は京都長松寺で新年の初総講。
そして、1月6日からは1ヶ月間の寒参詣が始まります。
今日は本堂のお花を活けて、ご宝前をお正月の装いに荘厳させていただきます。
ありがとうございます。

インターナショナル大鏡餅つき

イメージ
肋骨がいたーい!
今日の大鏡もちつき、たくさんご奉公いただいて、ありがとうございました。
無事に終了いたしましたー。
子どもたちも多くて、つき手も最大40人くらいいたのではないかな、本当に賑やかにご奉公いただきました。
妙深寺、法深寺、本晨寺、それぞれのご宝前、別院や納骨堂、庫裡や教務のご宝前、新年初総講でお配りする小餅などなど、全て準備することが出来ましたー。
今日は小餅を作ってくれていた子どもたちにもお餅つきを体験してもらって、みんないい思い出になったと思います。
インターナショナルお餅つき大会みたいになっていましたが、本当にみんな頑張りました。
僕は淳慧師とお鏡さんを作らせていただきましたが、この前のマグマアワードの夜に痛めた肋骨が痛かったー(笑)。
とにかく、お正月の準備が無事に進んでゆきます。
来年も、全員にとって素晴らしい年となりますように、しっかりご奉公させていただいています!
ありがとうございます!

西郷どんWalker

イメージ
西郷どんWalker。
明治維新150周年!西郷隆盛など幕末の志士ゆかりの地を巡る秀逸なガイド本に、京都佛立ミュージアムを取り上げていただきました。
「2018年は明治維新150周年!注目が集まる西郷隆盛を中心に、幕末の志士ゆかりの地をめぐるガイドブックが完成!九州や京都、東京など、ウォーカー編集部ならではの”使える”情報が満載です。」
「九州ウォーカー」さまの本だと思っていたのですが、NHKの大河ドラマ「西郷どん」にあわせた企画本のようです。
ありがとうございます。

其の後の海援隊士たち

イメージ
本当に、優しくて、あたたかい人ばかり。
高知県立歴史民俗資料館、梼原町立歴史民俗資料館、安田まちなみ交流館・和(なごみ)、創造広場アクトランド龍馬歴史館にお伺いしました。
安田まちなみ交流館・和では「志国高知幕末維新博関連企画第三弾」として「其の後の海援隊士たち~龍馬スピリットの行方」という展示をなさっていて、特に長岡謙吉の展示もあると聞き、訪問させていただきました。
フライトまでギリギリで、途中で諦めようかとも思いましたが、いつものとおり「行く」か「行かない」かで迷った時は「行く」です。
なんと、お伺いすると「京都佛立ミュージアム」と言っただけで知っていてくださいました(涙)。感動でしたー!
なぜ知っているのかお聞きすると、「一番最初はブラジルの件で聞きましたー。」とのこと!
一瞬動きが止まりました(笑)。
よくよく聞いてみると、水野龍さんの件で、吹田市立博物館の中牧先生からお聞きになったとのこと。
しかも、野球選手になるために来日したジョナタン君のことでも接点がありました。
まさかの、ブラジルつながり。
どうなってるのー(笑)!

四万十川の源流点

イメージ
四万十川の源流点まで登ってきました。
滔々と流れる196キロもの大河・四万十川。
梼原町からの帰り道、「源流点」という看板に引き寄せられ、もう次のチャンスはないと思って、ナビから外れて山道を走り上がりました。
雄大な川も、ここが原点、スタートの場所なんだ。
素晴らしい経験となりました。
その前に、高知佛立寺さまから「維新の門」のある梼原町まで走り切り、梼原町立歴史民俗資料館まで行き、ご挨拶しながら展示を拝見いたしました。
「志国(しこく)」の気概を感じる、美しく、工夫の凝らされた展示でした。
また、「維新の門(群像)」には梼原町にゆかりのある6人の志士と、脱藩後にこの町を通り、那須家に宿泊した坂本龍馬、沢村惣之丞の2人を合わせた8人の銅像が建立されています。
龍馬は文久2年(1862)3月24日に高知を出奔し、翌日の25日に梼原に到着しました。
そして、那須俊平、信吾親子の家に宿泊。彼らの道案内で土佐を脱藩したと言われます。
那須俊平は信吾の父。信吾は吉田東洋を斬った一人。
信吾は東洋暗殺後に脱藩し、吉村虎太郎と共に天誅組を組織して挙兵し、闘死しました。享年34才。
吉村虎太郎は信吾が逝った3日後に戦死。享年26才。

土佐の高知ぜよ

イメージ
土佐の高知ぜよー。
今朝、高知県立歴史民俗資料館さまに伺い、貴重な貴重な「大政奉還建白書草稿」とその「副署」、そして県外に出ることは初めてという「長岡謙吉書状伯父行蔵宛」などをお借りいたしました。
美術移送専門の日通の方々立会いの下、鈴木淳安師にご奉公いただいて、京都佛立ミュージアムまで移送させていただきます。
これらの歴史的に重要な意味を持つ展示品を、京都佛立ミュージアム「維新外伝」に加え、さらに他に類を見ない企画展とさせていただきます。
類推や、限りなく「フェイク」に近い新説が横行する中にあって、地道な研究結果と第一次資料を基とした考証を重ね、それを提示したいと思います。
鈴木淳安師は高知県立歴史民俗資料館の武政館長ともお知り合いで、本当にありがたかったです。
しかも、そのご縁は、ブラジル移民の父・水野龍さんの孫、ジョナタン君の関係でお会いしたというのですから、もはや奇跡というか、御法さまのご采配としか考えられません。
本当の本当に、全てはつながっているのですねー。
石畑学芸員にも細々とお世話になりました。
長宗我部元親の山城であった場所に建つ高知県立歴史民俗資料館。
せっかくですので、山の上に復元された岡豊城跡を登りました。