京都での日々








京都での日々が過ぎてゆきます。


あっという間に。


毎日様々なご奉公があります。


弘通局が制作した映像をモニターに映し出すご奉公がありましたが、途中で音声が出なくなり、慌てました。


数分後に何とかリカバリーすることが出来ましたが、お待たせして申し訳ありませんでした。


出来て当たり前。出来ないことなど許されません。


今日は宗会第2日目、先ほど終了しました。


明日は最終日です。


昨夜は久しぶりに義天塾を開催しました。


教務が「弘通家」たることを軸として、勉強、意見交換しました。


みんな、互いに錬磨し、佛立教務として、資質、信心と人間性を向上させて、未来へ向かおうと志しています。


まず、私たちが変わり、成長しなければならないから。


日蓮聖人は次のようなお言葉を残されました。


「弟子、一佛の子と生まれ、諸経の王に仕う。何ぞ、仏法の衰微を見て心情の哀惜を起こさざらんや。」


「我等が慈父雙林最後の御遺言に云く、法に依りて人に依らざれ等云々。不依人とは初依二依三依台四依普賢文殊等の等覚の菩薩が法門を説き給ふとも、経を手に握らざらんをば用べからず。」


仏陀釈尊の涅槃経の御文。


「唯だ、諸の菩薩・摩訶薩等よ。能く是の経に於て、真実義を取って、文字に著せず、随順不逆にして衆生の為に説け。」


妙法蓮華経・如来神力品の御文。


「義に随いて実の如く説け。」


天台大師のお言葉。


「闇者は文を守り、智者は義を取る。文無く義無くんば信受すべからず。」


伝教大師のお言葉。


「仏説に依憑して、口伝を信ずることなかれ。」


お祖師さま(日蓮聖人)が「何ぞ、仏法の衰微を見て心情の哀惜を起こさざらんや。」と叱責されたことを忘れてはなりません。


いま、仏法衰微の兆候が少しでもあれば、そこに憂いを感じて動き出さなければならない。


奇妙な安全地帯に置かれ、流されていてはいけない。


そのままではいつしか幕末・維新の仏教改革者の系譜から外れ、長松清風が批判した「デモ坊主」や「タコ坊主」と大差なくなります。


その自戒は「長松清風展」の図録の中に散りばめられているはずです。


絶え間なく精進したいと思います。

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