歎徳








妙深寺でお葬式をさせていただく時、私たちは「歎徳」を作らせていただきます。


亡くなられた方がどこで生まれ、どんなご一生を送られたか、そしてどのような功徳を積まれてきたか、ご宝前に言上させていただくのです。


一昨日はお通夜のご奉公、昨日は午前中に告別式のご奉公をさせていただきました。


昭和16年に満州の奉天でお生まれになり、5才の時に大混乱の中で満州から引き揚げ、その途中で妹さんが亡くなり、苦労の果てに鶴ヶ峰の引揚者住宅に住まわれました。


その住宅で妙深寺の副ご住職、同じく満州から引き揚げてきた坂本正教師のご家族と近所になられました。


戦争の傷痕が色濃く残る中で妙深寺を訪ね、日博上人にお会いになりました。


お母さまは心から随喜し、その後は正教師のお母さま、後の妙正師と共に、下駄が擦り切れるまで、鼻緒が切れるまで、苦しみ悩む方々のためにお助行に廻られたのでした。


故人は「貧しくてお金のご有志は出来なくても、身体のご有志は出来る」というお母さまの言葉を繰り返し聞かされていたと言います。


電車賃を握りしめ、お兄さまと二人で家から妙深寺までお参りされていました。


その後、こうした大変なご苦労を糧として、実業家として大成功を収められ、中国や韓国にも支社を設けるまでになられました。


妙深寺の建財ご有志、国際貢献のためのご有志など、重ねてご奉公くださいました。


歎徳を作成させていただくにあたり、そのご一生を振り返り、いつも、初代日博上人や先住松風院日爽上人、それぞれの時代のご奉公やご苦労を思い浮かべ、深い想いを抱きながら葬儀のご奉公をさせていただくことが出来ます。


一昨日、昨日も、ご遺族とともに精一杯お見送りのご奉公をさせていただきました。


そうしたお見送りのご奉公を終えてから、東京でした。


今日も朝の門祖総講を終えてから、六本木ヒルズクラブにお招きいただいてある方とご面談し、この後15時から大原先生、16時半から駐日サンマリノ共和国大使館で打ち合わせさせていただきます。


明日11時のフライトでスリランカです。

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