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2011年5月4日水曜日

班長さんへの手紙 平成23年5月1日

ありがとうございます。

大震災後、皆さまの生活に変化は現れていませんか?お仕事、将来、生活のこと、様々な面で変更を余儀なくされたり、苦渋の決断を迫られたりすることがあるかもしれません。住職として、大震災の影響によって皆さまが苦しむことにならないか、とても心配しています。

被災地では、愛する人や穏やかな生活の全てを奪われてしまった方が苦しい毎日を過ごしています。そうした方々にお会いするたびに胸の詰まる思いがします。

今回の大災害は地震、津波、原発事故という大きな三つが同時に起こっています。被災者は全国民、全人類です。間接的影響ではなく、今後、直接的な影響が起こってくることは間違いありません。しっかりと心得て、準備して、立ち向かいましょう。その際、真実の信仰は、決して欠かせない。最も大切な柱です。疑いありません。

私は、今回の大震災を「宗教者」として受け止めています。大震災後、私は宗教者の自覚を強め、目を開き、耳をそばだててきました。宗教者とは、「経験的・合理的に理解し、制御することのできないような現象や存在に対し,積極的な意味と価値を与えようとする信念・行動・制度の体系」である「宗教」を伝える体現者のことです。まさに、「制御不能の事態」であり「災禍」に当たり、正確に理解を促し、行動すべきことを示してゆくのが宗教者の使命です。末法悪世の中、お祖師さまも、門祖聖人も開導聖人も、大難や国難の中でご奉公され、多くの人の苦しみや悩み、痛みを取り除き、希望を与え、生きる道標を示されました。いま、大震災後の私たちも、力を合わせて、本当の信心、本当のご奉公、本当の菩薩行を始めなければなりません。

ローマのベネディクト十六世は少女の「なぜこんな大災害に遭うのか?」という問いに「分かりません」と即答しました。ダライ・ラマも「哀しい」と表明するのみ。当たり前のことですが、大災害を前にしたお祖師さまのご奉公と比べると話になりません。お祖師さまは自ら行動を起こして苦悩する人々を教え導き、国や世界が進むべき道を示されたのでした。

古い書物に載る宇宙や世界の絵があります。私は、そんな図画を古代人の妄想と言って片付けることが出来ません。象の上に世界があったり、海の果てが滝になっていたり。確かに科学が発見した世界の姿とは異なりますが、そこには人間の謙虚さや自然への畏敬の念、宗教的な感性が溢れています。

今回の大震災は、この娑婆世界に於ける、末法最大の、地球上に住む全人類が被災し共有した「最終試験」「最終試練」のようです。大地を乗せた象が暴れ。地神が地下で身をよじっています。なぜ、象は暴れ、地神は憤るのでしょう。

善なる世界も悪の世界も、神々も、鬼も悪魔も、光りの世界も闇の世界も、一つに結びつけます。崩れた調和を取り戻します。それが出来るのは、「南無妙法蓮華経」の御題目しかありません。そのことを知る者が減り、その尊さや有難さを抱く者が弱り、御題目を唱える者が少なくなれば、歪みや偏りは増して、取り返しがつかない世界の状態になってしまうと思います。大震災は、私たちが気づく最後のチャンスかもしれません。人口増加も食物危機も自然破壊も社会形態も、ギリギリの状態にあった人類でした。便利さと豊かさを追求し、慢心と油断の状態が続いていました。

いま、本当の支援活動はお参詣であり、お助行であり、教化と折伏、菩薩行です。開門参詣して、まず信心を改良しましょう。

5 件のコメント:

  1. ありがとうございます。

    >今回の大震災は、この娑婆世界に於ける、末法最大の、地球上に住む全人類が被災し共有した「最終試験」「最終試練」のようです。

    なぜ、そうだと思われるのですか?
    例えば首都直下型地震、第三次世界大戦(つまり核戦争)などといった、さらに過酷なカタストロフィや悲劇が起こる可能性はないのでしょうか?

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  2. ありがとうございます。
    仰せのとおりです。大変な災害や悲劇的な出来事はこれからも起こり得ると思います。13世紀に起きた正嘉の大地震(鎌倉大地震)のような首都圏の直下型地震が起こったり、ビン・ラディン殺害の報復のための世界規模の同時テロ、核兵器の誤射、中国など新興国における原発事故など、破局的な事態もあり得るかもしれません。
    ただ、私はカルト的に破局が近いと言いたいのではなく、ここで気づけたら人類は次の段階へ上ってゆけるし、大災害を押しとどめ、過酷な運命が人類に迫っても乗り越えられると信じています。
    気づいて、行動を起こしてゆかなければならないという意味で、終わりの始まりであるかもしれないここが、試練の時、試験の時だと思いました。終末思想と似ているようで、仏教的な受け止め方は違うのですが、言葉足らずでごめんなさい。
    ありがとうございます。

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  3. なるほど。
    つまり、「まだ間に合う」ギリギリのレベルの法難であるからこそ、「最終試験」「最終試練」なのですね・・・
    確かに、世界が壊滅してしまう程の悲劇に見舞われてしまえばもう試練ですらなくなってしまう。受ける者がいなくなってしまうのだから。
    物事には全て関連性があります。
    今回の地震で首都直下型地震が誘発された可能性も決して否定できないし、このタイミングでビンラディンが殺害されたということも深いところで繋がっているのでしょう。
    その悪因縁を押しとどめ、悪鬼悪魔を娑婆世界から退散させていくのも、逆に、これ以上はびこらせ、世界の壊滅を引き起こしてしまうのも、私たちの信心次第なのですね。

    読み返してみると愚問でした。
    ご回答いただき、ありがとうございます。

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  4. ありがとうございます。
    愚問だなんて、とんでもありません。また、丁寧にご返信をいただいて、私こそ感激いたしました。拙い文章を、深く、しかもご信心で受け止め、ご理解いただくことができて、これほど嬉しいことはありません。書いていただいたとおり、全て、そのとおりのことをお伝えできればと思って書かせていただきました。本当に、ありがとうございます。
    こうして回答をいただき、素晴らしいご信者さまがいることを誇りに思えました。御講師や御導師であれば、さらに有難く、恐縮いたします。

    危機的、破局的なことが起こらないように、全身全霊でご奉公させていただきます。

    本当に、ありがとうございます。

    長松清潤拝、

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  5. ありがとうございます。

    教務ではありませんが長松御導師とお話させていただいたことはあります。ちなみにK寺です。
    またどこかでお会いしましょう。

    追記ですが、「世界が壊滅してしまえば試練を受ける者がいなくなる」と書きましたが、これは「誰もいなくなる」という意味でなく、世界人口の大多数が死滅してしまえば、もはや試練にはならないと考えているからです。異体同心できてこその御信心なので。

    たとえノアの方舟のように、ご信者さんやその周囲だけが生き残った世界であっても、「大乗仏教」の根本をなしていない。

    正しいのかわかりませんがこれが私の考えです。このようなことを説明しなくても、長松御導師は私のコメントの意図を理解なさっていたと思いますが、ロムされている方々に向けて追記いたしました。

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