戦いは、ごく身近なところにあるよね。
そんな大きな話じゃなくて。
善意が、踏みにじられるようなことが、身近に溢れてるんだ。
沈んでいる相手を思いやって、声をかけて、力になろうと寄り添って。
でも、少し経つと、その思いを、踏みにじられてしまう。そんな言葉を聞いて、そんな行動を取られて、と。
そういうお話が、あまりにも多くて。
苦しんでいる方をお教化されて、その方もとっても喜んでおられたのに、少し時間が経ってみると、やはり善意を踏みにじるような言葉を言われてしまったり。
ほんとうに、かなしいことです。
こんなことなら、関わり合いにならなければよかった。
ことなことなら見過ごして、軽く優しい声でもかけて、それだけでよかったのかもしれない。
ましてや、お教化なんてしたばっかりに、自分も大変なのに、また重い荷物を背負いこんで、しかも相手に誤解されるなんて、こんなバカなことはない、残念なことはない、と。
苦しいです。
本当に、世は末法、人は三毒強盛の凡夫です。
ただ、あきらめの中に罪障消滅はないし、仏道もないんですよね。一人気持ちよくいるのは法華経ではない。
しかも、必ず、必ず、そんな風に踏みにじる、憎まれ口を言ってしまう相手が、心から感謝する日が来る、それが本当の道だと信じています。
現証。
だから、あきらめない。
だから、続けられる。
励まし、励まし、今日を迎えます。
いつも、いつも、何度も、何度も、こうしたことを、繰り返し、繰り返して、末法の、この世の中の、そこに生きる人びとへのご奉公は、成就するのだと思います。
支え合わないと、とても続かない。
励まし合わないと、とても続きません。
見てるからねー。
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