ページ

2024年6月20日木曜日

日帰り身延山

































昨日は身延山でした。日帰りする場所ではありませんが、昨夜は23時ごろギリギリに戻って参りました。清信師に随行していただきました。ありがとうございます。


この数年、日蓮聖人門下連合会の理事をさせていただいてきましたが、毎年どうしても身延理事会の日程が合わず失礼してきました。今年は高祖日蓮大菩薩750回御遠諱のこともあり、最後だと思って何とか出席させていただきました。


午前11時集合、祖廟、御草庵跡、本堂、祖師堂、御真骨堂(八角堂)などを巡り、午後は会議。お祖師さまの御真骨が収められている八角堂の中へと入らせていただき、上行所伝の御題目をお唱えさせていただきました。


残念ながら、御真骨堂、その中に護持されていた御真骨は、1875(明治8)年、身延の大火で焼失してしまいました。現在の八角堂は6年後に再建されたものです。


身延の美しい山々、峰々を流れる清流、せせらぎ、ありがたいです。


「誠に身延の栖は、ちはやふる神もめぐみ(恵)を垂れ、天下りましますらん。心無きしず(賤)の男、しずの女までも心を留めぬべし。哀れを催す秋の暮には、草の庵に露深く、檐にすだく(集多)さゝがに(蜘蛛)の糸玉を連き、峰の紅葉いつしか色深うしてたえだえ(断断)に伝ふ、懸樋の水に影を移(映)せば、名にしおふ龍田河の水上もかくやと疑はれぬ。又後ろには蛾蛾たる深山そびへ(聳)て、梢に一乗の果を結び、下枝に鳴く蝉の音滋く、前には湯湯たる流水湛えて、実相真如の月浮び、無明深重の闇晴て法性の空に雲もなし。かゝる砌なれば、庵の内には昼は終日に一乗妙典の御法を論談し、夜は竟夜要文誦持の声のみす。伝へ聞く釈尊の住み給ひけん鷲峰を我が朝此の砌に移し置きぬ。」


様々なお話をさせていただきながら帰路に着いたのは20時半を過ぎていました。


そう、なんと、第一支庁の御講師方とお会いしました。嘘でしょ〜!修学塾の野外研修で身延山へお越しになられたとのこと。1日ずれていたら会えないし、あり得ない奇跡のタイミングでした。こういうことが、すごいですー。


とにかく、日蓮ブディズム、世界に求められています。門下全体で、このことの意義や価値をしっかりと再認識しなければならない時だと思います。


ありがとうございます。

0 件のコメント:

コメントを投稿