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2008年6月29日日曜日

御講の前にルターの絵

 フィレンツェでの御講は、特別感慨の深いものとなった。
 フィレンツェに到着した日、ランチに福岡御導師とダニエレ・良誓師が加わってくださり、一同感激した。そう、このイタリア旅行のランチやディナーは、すべて麻樹ちゃんやフィレンツェのエンリーカが手配してくださった。普通のツアーでは食事が非常に高くて貧相になってしまうらしい。イタリアまで来て、美味しいイタリア料理が食べられないのはかわいそうというご助言を福岡御導師からいただいて、お言葉に甘えてしまった。さすが、地元の人たちが通うリストランテやピッツァリアで、美味しいこと極まりなかった。地元で味わうトスカーナ料理にお参詣者も大満足だった。ありがとうございます、麻樹ちゃん、エンリーカさん。
 翌日、フィレンツェは快晴。気温が高くなるということだったが、心地よい風が吹いていた。御講は15時から。ミラノやピサなど遠方からのお参詣者がおられるのでこの時間に設定されていた。
 お寺に向かう前にミケランジェロの丘というフィレンツェの街を一望できる展望台に寄らせていただいた。フィレンツェ5度目の私も初めて行かせていただいた(というか、いつも観光する時間が無く、ジョギング程度で終わってしまっているのだが)。
 なんと素晴らしい眺めだったことか。地元の人も誇りに思っている場所のようで、何組もの結婚式のカップルが記念写真やビデオを撮りにこの場所を訪れていた。こんな素敵な場所での記念写真は、一生の宝物になるに違いない。このカップルは私たちが到着した時、ちょうど記念撮影の真っ最中で、私たちは「コングラティオーネ!」とお祝いしながら図々しく写真を撮らせていただいた。暑そうなタキシードを着つつも、新郎は満面の笑顔で応えてくれたのだった。
 私たちも、この丘の上で記念写真を撮った。日本では見られないような青空の下、ローマ同様炎天下の中の記念写真。突然「そうだ!写真撮ろう」ということになったから全員揃っての写真ではないかもしれないが、思い出に残る一枚となった。
 実はこの日、はじめてウッフィツィ美術館を訪れた。この美術館の前は何度も通ったことがあり、そこに並んでいるダヴィンチやミケランジェロ、ラファエロやジョットの立像を何度も眺めていた。隣にあるパラッツォ・ヴェッキオにはマキアヴェッリの働いていた執務室が見たくて入ったことがあったのだが、いつも混んでいるウッフィツィ美術館に入って見学することはなかった。
 大変な混雑だったが、入ってみてさすがはフィレンツェを代表する美術館だと舌を巻いた。ルネサンスを代表する作品が所蔵されいる。時代の一翼を担ったメディチ家所有の美術作品は他からすれば群を抜いている。丁寧に現地のガイドさんの案内を聞きながら観ていくのだが、ヴァチカン美術館などより規模は格段に小さいが何か特別なものを感じた。
 仏教徒であろうと、キリスト教美術に対しては歴史的・美術的にも尊敬の念を抱く。しかし、「ルネサンス」という時代をキリストの「復活」「再生」と同義に説明されると興ざめする。そうではない、と聞いているし、事実そうだと思う。展示されている「ルネサンス」の美術を何でもかんでもキリスト教に結びつけ、「ダチョウの卵には復活の意味があり、円柱にもイエスさまの復活の意味があるのです」「ルネサンス、つまり、全てはイエスさまの再生、復活というキリストの教義、それがルネサンスなのです」などと日本人のガイドさんから言われると、アジア人の薄っぺらな理解はそんなものかと頭を抱えてしまう。「日本人の観光客の多くは、こうして説明を聞いているのだろうなぁ」と。私の理解が足りないのかなぁ。(ごめんなさい、フィレンツェを担当してくれたガイドさんではないです)。
 本来の「ルネサンス」という意味は、キリスト教を1000年信仰してきた旧ローマ帝国領とそこに生きる人々が、圧倒的なキリスト教文化の下で窒息しそうになったところから生まれたのではなかったか。それは教条的・儀礼的で人間性を失った社会が見出した世界、「人間性」に回帰する運動として生まれたのではなかったか。故に、ルネサンスを代表する中世の教皇すらアレッサンドロ6世をはじめとして限りなく俗っぽく、人間ぽかった(言い方は変だが)。
 本質的には、キリスト教信仰ではなく、圧倒的な人間への回帰から花開いたのがルネサンスという文化の本質だと思う。つまり、それはキリスト教が入る前の、ローマ時代、古典古代の文化への回帰、復興だった。その歴史的・文化的諸運動を「ルネサンス」と呼ぶのではないか。私はそういう視点でルネサンス期の美術を観ている。「人間」というものへの回帰。
 実は、このウッフィツィ美術館ではどうしても見たい絵があった。それは「ルターの(夫婦の)絵」であった。ルターといえば、まぎれもなくプロテスタント教会の源流を作った中心人物の一人。その他プロテスタント運動の巨人は多くいるが、誰より「95ヵ条の提題」を発表して宗教改革のさきがけを演じたのは彼である。現在、新大陸アメリカのプロテスタント信仰者の数と彼らの世界への影響力を考えれば、彼はキリスト教世界を理解するための重要人物の一人には違いない。
 そのルターの絵。実は塩野七生さんの「イタリア遺聞」という著作の第21話「容貌について」という部分を、私は非常に興味深く読んでいた。ルター自身の容貌とその妻について。興味がある方は是非本を買って読んでみてもらいたいと思う。抜粋させていただくと、こうあった。
 『ルターの妻は醜いが悪女の感じはしない。それどころか、模範的な家庭の女に見える。ただ、これが女というものであろうか。この絵を何回か通って眺めているうちに、あの、ぎくしゃくした、真面目かもしれないが、私には必要と思わなければ読む気になれない、人間的なゆとりの少しもない、「キリスト者の自由」を書いた男が、理解できるような気になったものである。書く私の立場が、寝取られ男にさえ守護聖人をつくってやる、ルネサンス風のカトリックに傾いたのも当然だ』
 さすが、塩野女史であって、その感性には敬服する。「寝取られ男に守護聖人」という部分についてはコメントを避けたいが、肖像画を見てルターの精神性、宗教性にまで思いを馳せ、キリスト教世界に於けるプロテスタント運動の中心人物を切るところがすごい。必要なことであったとはいえ、ルネサンスの気風に抗してあまりにも人間性を欠くガチガチの神学を展開するあたり、夫婦の顔、その在り方を見て垣間見れたのだという。さすが。
 そのルターが妻と共に並んでいるという絵を、どうしても見たいと思った。キリスト教世界の中心で上行所伝の御題目をご弘通する、広宣流布のご弘通に励もうとする仏教徒として、キリスト教世界の巨人を見てみることも、ウッフィツィ美術館に来たのなら必要だと感じて。
 なんと、ほとんどの人が素通りする場所に、その絵はあった。実は、見つけられなくて何度も部屋を行ったり来たりした。最後は、その部屋にいた警備の女性に聞いて、何とか見つけたのだった。
 うー、考え込んでしまった。うー。なるほど、そうか。うーん。この美術館はカメラの撮影が禁止されているので、その絵を直接紹介することはできない。インターネットでも見つからない。奥さんの絵も紹介したら気の毒だし。とにかく、その顔から、「暗黒の中世」という歴史も含めて考えてみた。当時の、退廃の極みにあったカトリック教会世界に生きたルターと妻。うーん、なるほど。
 キリスト教世界にとって宗教改革は必要であったといえるかもしれない。それは、プロテスタント運動側だけではなく、カトリック教会自身が「反・宗教改革」という動きの中から自浄的運動を起こしていったことからも明らかだと思う。
 宗教界の退廃はキリスト教世界に限ったことではないだろう。仏教ですら何度も「出家」「僧侶」や宗教団体のリーダーたちが特権化し、何らかの権益を独占した。その度に信仰者たちは「信仰」の大切さを説き、既得権益をかざしてブッダの教えを曲げることの誤りを説いた。
 佛立開導日扇聖人も、退廃した日本仏教界、江戸時代の檀家制度で骨抜きとなり、儀礼化した仏教界に疑義を唱え、真義を明らかにした。それは、江戸末期から明治期に於ける日本の宗教改革とも位置づけられ、そのさきがけとして本門佛立講、開導聖人は社会的に認識されている。
 もっと幅広い視点で本門佛立宗の御開講を見据えなければならないと思う。それにしても、当然ながら開導聖人はルターの比ではない。また、全世界の宗教者と比べて開導聖人ほど人間的な魅力に満ちている御方はおられないとも思う。私たちこそ開導聖人のご人格こそ、より深い認識を持つべきなのだ。そう認識できるように、私たちが開導聖人の御意、御開講の意義、その魅力溢れるご人格を伝えてゆかなければ。

2008年6月27日金曜日

不景気を前にして

 先日の朝、淳慧師の御法門で引用された御指南は、まさに現在の社会と人々にとって必要な御指南だと、有難く拝聴させていただいた。
 近頃、本当に良いニュースが少ない。社会不安は増す一方。世界的な経済には陰りというか作為的な原材料高、一握りの富裕層からの投機的な資金の動きが、世界中の人々の暮らしに影を落としているように感じられる。ヘビが自分の尾を食べているような開発ラッシュ。圧倒的に地球環境が人間界の影響によって破壊され、温暖化や天候不順、水不足によって人類存続の危機も見えてきているというのに。投資先から投資先へ。ヘビが自分の尾を食べてる。客観的に見ていると世界経済のシステムそのものが破綻していることに気づく。恐ろしいことだ。
 残忍な事件が後を絶たない。その背景にも政治の無責任さを感じる。しかし、それも結局は国民全員の選択ということだろう。新・個人主義、グローバリズムの中であえいでいる人たち、腐敗した国家システム、人間の欲望の強さの前に、人間のあるべき暮らしが壊れていく。今朝もまた、家族の間で殺し合い。「子どもを育てることが怖い。自信がない」とは親の声。恐ろしい世である。
 圧倒的な不景気も、ガソリン1リットル200円(本来はあり得ない。原油価格は80ドル前後が妥当なはず。投機的な資金が流入して原油高を煽っている。過去に金融が人々の暮らしをこんなにも変えたことはない。必ず何かが起こる)というのも見えてきてしまった。政治も役には立っていない。本物の政治家がいない。情けない状態だと思う。
 希望とは世界の状態ではなく心の状態である。そういう一文を眼にした時、「あぁ、そうだなぁ」と思った。不安が広がっている社会、一人一人厳しい生活を強いられている中だけれども、「希望」を捨ててはいけない。愚癡を言っている場合ではないのだから。それは本当の仏教徒ではないのだから。
 お祖師さまの御書、門祖聖人の御聖教、開導聖人の御指南を拝して、世を見て、世に棲む。
 開導聖人の御教歌から学ばせていただく。
「世の中をうらむはおろかかひもなし 苦楽はおのが報ひ也けり」
「世の中をうらやむ事は更になし 御法に値ひし我をよろこぶ」
 下に挙げさせていただくものが御法門で引用されていた御指南。まさに、今の社会に生きる私たちが拝読すべき御指南だと思う。ゆっくりと、我が身、我が心、我が生活に当てて、拝見していただきたい。
「宗祖大士の御弟子旦那となりて、あるにまかせて営めば、今日も面白おかしうくらすべし。酒も酔わぬ程にのみ、欲も信心をわすれぬ程にして、御法のためには布施・供養、それがでけねば身を労し、世間の欲と仏法の算盤(そろばん)はさかさまに持つが、第一の徳用なりと思しめすべし。長い浮世に短い命、一日の日も御奉公の日数に候。必ず必ず人はしらぬとて、すこい事して徳したとは思しめすなよ。善悪因果、むくひはのがるる道なし。正直程よきものはなし。正直にさへくらせば、世の中の不けいき(不景気)は苦にならぬものに候。却つて信行の秋入(とりいれ)どきに候。故に、一に信心、二に商法、三に正直。所願成就」
 あぁ、ありがたい。
 希望は信心である。
 未来への希望は人間にとっては「信」であり、人類にとっては「仏教」であろう。

2008年6月26日木曜日

ローマでの御講

 ローマのホテルに到着したのは22時を過ぎていたと思う。日本からイタリアへのフライトは非常に長い時間を要するので、参加者一同疲れもピークに達していたはずだが、空港からホテルに向かうバスの中で今回の団参の目的をあらためてお話させていただいた。バスの窓には美しい真ん丸の月が浮かんでいて、参加者を歓迎してくれているようにも思えた。
 今回の団参は、イタリアという海外弘通の最前線のご奉公、そこに生きる海外の佛立信者の姿、ご信心前から学ばせていただこうというもの。何度耳で聞いてもなかなか分からなかったことを、実際に自分の眼で見ていただきたい。耳で聞いていただきたい。そして、その新鮮な感動によって、自分の信行ご奉公の改良、ご弘通ご奉公の意欲に変えさせていただければ有難い。同時に、ここで得たことを日本に帰って大いにご披露していただきたいということを申し上げた。
 ローマに到着した翌日、マッシーと麻樹ちゃんのお宅で御講を奉修させていただいた。玄関まで御導師も出てきてくださり、温かく迎え入れてくださった。このローマでの御講、マッシーさんのお宅には二回目の訪問という参加者も多く、それぞれに再会を喜んでおられた。広い庭と美しい芝生。「ローマの住宅事情を考えると、こんなに素晴らしいお宅は珍しいのですよ」と、お参詣してくださったローマ在住のミホさんが教えてくださった。こうして御講が勤められるのが有難い。
 2月、ローマのご奉公に来させていただいた際に、ヴァレリオ君のお宅を訪問した。ヴァレリオ君は事故で身体の自由を失った青年。以前から日本文化に興味を持っていたらしいのだが、特に身体に障害を負ってから仏教を学ぶようになった。最初は同じ日蓮系でも違う宗派に属していた。しかし、その教え方に非常なストレスを感じて、「ナムミョウホウレンゲキョウ」と唱えるようになったが、身体も精神的にも以前より悪くなったという。そして、その宗派を退会した。
 しかし、ヴァレリオ君は日蓮聖人の教えは本来彼らのようなものではないはず、御題目を有難いと思う気持ちは変わらず、一人インターネットなどで本物の御題目の教えを伝える宗派を探した。そして、本門佛立宗と出会った。福岡御導師と面会し、決定して、あらためてご信心をはじめるようになった。
 その後、マッシーや麻樹ちゃん、時にはフィレンツェから良誓師も彼の家にお助行に通うようになり、ヴァレリオ君は見事に元気を取り戻していった。もちろん、彼の身体は首から下は動かず、実は言葉もなかなか声にならない。会話はすべてコンピューターに映る文字で行う。それでも、一生懸命に口を動かし、鼻で息をしながら、「ナムミョウホウレンゲキョウ」と声に出そうとしてくれる。
 私がお助行に行かせていただいた時には、マッシーと麻樹ちゃんに加えて、ゆりさんとアンナマリアが一緒にご奉公してくださった。私の言葉を真剣に、柔らかい笑顔を作りながら聞いてくれるヴァレリオ君。私も彼がパソコンに書く文字を追いながら、彼がどれほどご信心に出会えて喜んでいるかが分かった。これから、このご信心をたくさんの人に伝えるために自分なりに努力したい、自分のような身体でもご奉公をさがしている、広報係のように新聞などを作ってご奉公したいのだ、ということを話してくれた。
 そうした地道なご奉公、心と心のご奉公、お助行をしてくれているのがローマの皆さんである。日本の皆さんも当たり前のように日々にお助行してくださっていると思うが、ローマという大都会で、距離も離れ、お寺もない中でのご奉公は本当に大変だ。フィレンツェの御講ですら、日本の感覚でいえば数百キロ離れたところからバスや電車を乗り継いで毎月御講にお参詣しているのだから。その中でのお助行、ご奉公、そしてヴァレリオ君の身体の状態。絶望の中から希望を与え、見事に育成している姿に、「あぁ、ありがたいなぁ」と思う。事故で突然身体の自由を失うということ。それはどれだけの苦しみだろう。ヴァレリオ君の笑顔は、本当に素晴らしかった。
 ローマの御講では、まず私がご挨拶をさせていただき、続いて昨年学徒となって「良風」の名を拝受したマッシーさんからお参詣者にご挨拶をいただいた。そして、福岡御導師の御法門を聴聞させていただき、参詣者一同大いに感動させていただいた。今年はスリランカ開教10周年、御導師が体験されたシンガポールでの出来事、とにかく前向きに、ひたむきに前に進んでいくことの大事、その中で御法さまが必ずサポートをしてくれるということを、スリランカ・イタリア弘通での実体験を交えながらお話してくださった。
 その後、毎回のことながら麻樹ちゃんから手作りのご供養をふるまっていただいた。これだけの量を作るのは大変なことだったと思う。麻樹ちゃんはお料理学校で学んだプロ顔負けの腕前で、麻樹ちゃんから日本料理を学ぼうとする人たちもいる。今回はイタリア到着2日目ということで、「まだ日本料理は恋しくないですね」と気づかってくださり、美味しいイタリア料理でのご馳走となった。
 広い庭を散策する人たちもいて、涼やかな風の通るテラスでのご供養は気持ちの良い時間だった。ご供養の途中でローマのゆりさんも合流して、楽しい会話。ゆりさんも、毎日のお看経も欠かさずされていて、麻樹ちゃんとのご信心がとても有難いことを物語っていた。それにしても、ゆりさんの活躍を聞いていると数年前が嘘のように感じる。これも、ゆりさんがご両親のご回向をしっかりとはじめられて、日々にお看経を欠かさずにきたお計らいだと思う。
 ご供養の中で、直子さんからショートスピーチをいただいた。ご主人の病気、そこから学んだこと、感じたこと、いまのお寺のお助行の輪、人と人とのつながり、一人息子である進之介くんのことなど、楽しく、それでいて何か聞いていて涙が出そうになった。続いて、堀田さんのご主人もお話をしてくださった。ご信心は短期的に燃えるようなものではなく、とにかくずっと続けてさせていただくことが大事であると思っています、と。有難い、温かいお話だった。
 ご供養の前に、みんなで庭に出て記念写真を撮った。ローマの照りつける太陽の下、少し日焼けするのを我慢して「はい、チーズ」。撮ってくださったのは添乗員の小川さん。今回の楽しい旅はこの方によるところが大きい。添乗員の方のキャラクターでこれほど旅が楽しくなり、安全になるのかと、本当に頭が下がった。ありがたい。
 御導師はじめ、マッシー、麻樹ちゃん、ゆりさん、ミホさんのお見送りをいただきながら、御講席を後にした。バスは一路ローマ市内へ。既に夕方になっていたが、駆け足でローマを散策する方々もおられ、充実した時間を過ごしていた。

2008年6月25日水曜日

イタリアから帰国

 イタリア団参から無事に帰国。御礼の言上をさせていただいた。

 イタリア団参中は快晴。前日には雨が降っていたということだったのだか、ローマもフィレンツェも透き通った青空の下のご奉公となった。2月のイタリアご奉公などでは寒さに震える日もあったのだが、今回は暑さを心配したくらいだった。温暖化の影響もあると思う。観光バスに表示された温度が39度を指していたこともあったから、本当に心配になった。
 旅程は、ローマに到着して次の日にマッシーさんと麻樹ちゃんのお宅で御講席を勤めさせていただき、次の日にはフィレンツェに移動。土曜日の夕方からフィレンツェで御講を奉修させていただき、夕食をイタリアのご信者さんと共にして交流を深めた。
 フィレンツェに2泊した後はヴェネチア、ミラノと各1泊。参加者の方々と共に観光させていただいた。ご奉公をメインとして、その上で観光も入れるとなるとブラジル団参同様に大変ハードなスケジュールとなる。しかし、みなさん元気で、ご奉公も、観光も終え、無事に日本まで帰国することが出来た。
 取り急ぎ、そのご報告のみ。この写真は、御講の前に立ち寄ったフィレンツェを見下ろす丘、「ミケランジェロの丘」という展望台からの写真。

2008年6月24日火曜日

イタリアでのご奉公

 更新が出来なかった。18日よりイタリアでのご奉公をさせていただいている。今回は、妙深寺から26名の参詣者をいただき、イタリア・フィレンツェ・香風寺別院にお参詣をさせていただいた。
 約3年前にも妙深寺から大勢のお参詣をいただいた。3割くらいの方は前回もお参詣された方で、目覚ましい発展に感動しておられた。
 お講では、日本からの参詣者とイタリアのご信者さんがグループで座るのではなく、上手に、交互に座るようにした。そうすれば、インターナショナルな御講を実感できるからだ。実際、多くのお参詣者が、隣でお参詣しているイタリアのご信者さんの、綺麗な「無始已来」、丁寧な「南無久遠の文」を聞いて、感動しておられた。
 特に、妙深寺のご信者さんには何度も御法門などを通じてお話ししてきたつもりだが、実際に耳にし、目にするのとでは感じ方が違う。本当に、言葉も通じない方々と一つになれる瞬間、その実感。御仏の教えが、このイタリアでも全ての人の人生の、様々な問題や課題に対して浸透しているということを感じられるのだ。
 既に、26名との旅程は最終日の前夜となってしまった。インターネットの環境などの問題で更新ができなかったこと、本当に申し訳ない。振り返りながら、書いていきたいと思う。

2008年6月17日火曜日

長松寺の開導会

 14日は、妙深寺と長松寺の先住、僧名・長松清凉、松風院日爽上人の祥月ご命日だった。この日のために、いろいろなことが身の回りで起きていて、いろいろなことに気づかせていただいた。
 14日、6:30から12:00まで祥月ご命日の法要と一万遍口唱会のご奉公をさせていただいて、あの15年前の事故について振り返った。寺報でも取り上げてご披露してきたが、大勢のお参詣で、多くの方が先住が身を挺して教えてくださった御題目の御力のすごさ、お看経の大切さを噛みしめた。
 その後、新幹線に飛び乗って京都へ。15日は京都・長松寺の開導会を奉修させていただいた。実は、14日の夜は妙深寺の局長や瓜生さん、古森さんと、ゆっくり一緒に時間を過ごせた。先住のご遷化から8年、特にこの数年、これほどじっくり、ゆっくりと時間を一緒に過ごしたことがなく、これも先住の祥月ご命日の功徳だと、本当に有難く思えた。
 日曜日、晴天の下、名古屋建国寺の御高職・石川御導師をいただいて長松寺の開導会を厳修させていただき、これも先住にお喜びいただけるご奉公になったと有難く思えた。
 先住の御縁をいただいて、伏してお願いして御唱導いただいた開導会。石川御導師は、先住とご弘通の面で非常に深い御縁があった。その御縁をいただいて、先住ご遷化後からずっとご弘通面でご指導をいただいてきた。30才そこそこで住職となった私にご自身の体験をふまえて、いつも丁寧に、やさしく、具体的にご教導くださるのだった。
「清潤師、住職となって先代の七回忌が過ぎるまで私には記憶がありません。そのくらい、がむしゃらにご奉公させていただいたものです」
「住職はお寺の前歯です。前歯が欠けていたら格好が悪い」
「新しい方々に、とにかく住職が声を掛けることが大切です」
「寺の大小を比べるのはアホ。ご信者の人数も、教化の数も、あまり意味がない。大事なのは、そのお寺に、どこに出しても恥ずかしくない本物のご信者が何人いるか、です。そこが勝負ですよ」
「ご弘通は難しいことは無いと15世は仰ったと聞いています。いま、ご弘通の発展しているお寺に学べばいいだけだ、と仰ったそうです」
「毎年同じご奉公をしていてはいけません。一つでも工夫をしなさいと先住に教えていただきました」
 こうして、そういう具体的で分かりやすい、行いやすいことを教えていただいて、ご奉公させていただいてきた。どれほど有難かったか。いま、こうして長松寺の開導会をお勤めいただいたけたこと、言い尽くせない感謝がこみ上げる。
 実は、先住日爽上人も、生前石川御導師に長松寺の奉修導師を御願いしたと聞いている。しかし、石川御導師は恐縮され、固辞されたという。この度は、本当に思い深く、ご奉公をご承諾いただいたのだと、つくづく感じさせていただいた。
「尊像をいきていますとおもはねば 信心するも無益也けり」
との御教歌をいただいて、開導聖人の御指南、実例としての体験談を織り交ぜて御法門いただき、一同随喜させていただいた。「わたしらも信心改良しなければ」との声が、奉修後にあちこちで聞こえ、大変に有難かったと思う。
 とにかく、御法門の要旨は「お祖師さまにお喜びいただくことがご信心であり、ご奉公であること。それで合格。それ以外は不合格」と。開導聖人は、すべて「お祖師さまのおかげ」と仰っている。自分の手柄のようなことは一つもない。それが佛立である。お祖師さま、高祖御尊像に、お給仕のまことを尽くして、ご弘通が発展したのも、全てはそのお祖師さま、御尊像のおかげ、と。
開導聖人の御指南、
「宥清寺の繁昌も高祖さまにて群集する事をしるべし」
「清風いつも本堂に走り出て高祖御宝前へ親にもの申上候ように申上候て、唱題し御願い申上候て、皆々へはなしいたしおり候」
「御尊像の御気嫌直したる者は清風の外に天下に一人も無し云々。清風参る迄は御きげん大にわろし。参詣もなく、御利生もなし」
 大変に尊く、有難く、自分の信心を改良すべきと心から思わせていただくことが出来た。「走り出て」と。お祖師さまの御尊像の前に、小走りに近づかせていただいて、親にものを申し上げるように、ご相談する、御題目をお唱えする、ご祈願させていただく。その開導聖人の純粋なご信心を、再び学ばせていただいて、初心に帰ることが出来たように思う。
 また、「ご機嫌」が悪くならないように、ご奉公させていただかなければと思えた。御威光はいつまでもあるものではないということを知らなければならないのだ。こちらのご弘通ご奉公が御本意に叶っていなければ、「御きげん大にわろし。参詣もなく、御利生もなし」となりかねないのか、と。
 日曜日、祥月ご命日と長松寺の開導会を終えて、心の中が清々しく、不思議な気持ちで満たされた。本当に有難かった。

2008年6月12日木曜日

本心を取り戻す

 迷う心、心配する心、案じる心。グルグルと心の中、頭の中を思い巡ってしまう。そうした精神的な苦しみに喘いでいる方々が、驚くほど多い。
 昨今の「心の闇」を象徴するような事件。犯人は孤独の中で自分自答を繰り返していた。供述内容や報道を見聞きすると、「心の闇」に迷い込んでいく彼の道のりが見えてくる。
 「孤独」「孤立」した中で、彼の住んでいる世界、生きている世界は無機的なものになり、人の息吹も命も感じられなくなったのだろうか。行き着く先は、全ての責任を何者かに転嫁すること。両親、友人、同僚、近隣者、学校、会社、社会を恨み、それらを破壊して自分を止めることだと思い詰めているようだ。
 ある意味で身体の病気よりも心の病は恐ろしい。自分ではどうにもならないと自分でも思う。本人は救いを求める。しかし、自分自身の中にある、自分自身を「傷つけよう」「殺そう」という心に勝てない。仏教では、自分の心の中に自分を不幸に導こう導こうとする力、自分がいることを知っている。アルコール依存症など、本人は助かりたい気持ちがあるのに、自分の中にある自分に勝てなくなる。それは一体何か。
 仏教では、自分を「殺そう」というのは「自分」に違いないが、それを誘引する原因を「三毒」と言い、端的に「煩悩」という。一般的にも聞き慣れた言葉かも知れないが、「煩悩」とは実に恐ろしい。「三毒」とは、貪欲、瞋恚、愚癡という3つの要素を指し、簡単に言えば、この三毒は、私たち人間の感情に最も影響を与えながら、幸せとは逆の方向に自分を連れて行こうとする。
 感情に支配されて生きることの危険性を、ブッダは説かれた。無論、「愛すること」「喜び」など、「喜怒哀楽」と表現される「感情」の中でも素晴らしい「感情」はたくさんある。しかし、それとて無条件に素晴らしいとは言い難い。愛は「愛執」になれば苦しみを生み出すだけだし、「喜び」も人の不幸を喜んでいるようでは苦しみを増すばかりだろう。
 無味乾燥の人生を送れということを仏教は説いているのではない。三毒の影響を受けているままでは、必ず迷いの悪循環に入る、ということを説いている。しかも、世が世だ。感情に訴えて、煩悩を刺激して消費者に行動を、購買を、リピートを、アクションを促し続けている世の中だ。それを「誘惑」といえば少し言い過ぎかも知れない。しかし、たとえばアルコール依存にしても肥満の問題にしても、テレビやラジオ、POPで流されてくる情報に身も心も溺れてしまえば逃れることは非常に難しい。
 そこから逃れる道。苦悩から逃れる道。悪循環から逃れる道。三毒の影響を受けて永遠に一喜一憂、右往左往する感情から逃れる道はないか。いっそ物理的な病気の方が楽だと思える心の病から逃れる道。睡眠薬、抗うつ薬から逃れる道はないか。
 仏教では、それぞれの心に浮かび上がっている「苦しみ」「迷い」を、「本心」の上に降り積もった「罪障」「煩悩」の故だとする。では、「本心」とは何か?
 一般的に「本心」といえば、どんな時に使うか。「本心を明かせ」「本音を言えよ」と使うことが多いので、現代では、何か「普段は口に出せない個人個人が内側に秘めた思い」というように使われている。しかし、仏教的には本来個人的な思いを指す言葉ではないのだ。「本心」という言葉は個人レベルで語るものではない。
 お祖師さまは、「本心と申すは法華経を信ずる心なり(兄弟抄)」とお諭しくださっている。本心は、「信じる心」なのだ、と。また、「今日蓮等の類ひ、南無妙法蓮華経と唱へ奉るは本心を失はざるなり」とお諭しになられている。
 迷い苦しみのは、複雑怪奇になってしまった人間の心、「本心」の上に降り積もった重たいアクセサリー、付属品、オプションの部分。「本体」「本心」よりも、そっちの方が大きく、重たくなってしまって、苦しみや迷いから抜け出せなくなってしまう。恐ろしいまでの欲望、激しいまでの煩悩、感情。でも、それらが邪魔しても、根っこの部分は真っ直ぐで、迷っていない、曇っていない。それが私たちの本心なのだから。
 「本心は信じる心」「信心だ」と教えていただく。私たちの人生には色々なことが起こる。毎日が複雑な選択の連続。すべて簡単じゃない。不透明なことも多い。油断も出来ない。戸惑ったり、疑ったり、迷ったりもする。
 しかし、「本心」は信じる心、「疑い」「迷い」を捨てて、日々夜々に、「本心」に立ち返るところに迷いの森から抜け出る「現証の御利益」がある。
 アクセサリー、付属品、オプションを横に置いて、御宝前に据わって「南無妙法蓮華経」と唱え重ねていただきたい。特に、「本心」を失っている状態、自分でどうしようもない心の中の苦しみに喘いでいる人がいるとしたら、お祖師さまの「本心と申すは法華経を信ずる心」「今日蓮等の類ひ、南無妙法蓮華経と唱へ奉るは本心を失はざるなり」との御妙判を思い返して、とにかく御宝前に、泣いても、イヤでも、迷いや恐怖が出てきても、座っていられなくて何度も立ち上がっても、御題目をお唱えして、お唱えして、「本心」を取り戻す。
 いま、「本心」を取り戻すことの大切さを、思い返さなければならないと思う。連日の報道で、圧倒的な勢いで、孤独の中にいる人々に、心の闇が広がりつつあるように感じられてならないから。
 御教歌に「わたくしの迷ひを捨てまごゝろに 願へば妙ぞ顕れにける」

2008年6月10日火曜日

Believe

 何度か聴いたことがあったのだが、長男が幼稚園から帰ってきて歌うその曲に、感動した。きっと、秋葉原で起きたおぞましい事件などがあったからだと思うが。学校で音楽の授業などで取り上げられ、歌う曲だと聞いた。本当に、ここに書いてある歌詞の意味を、みんなが理解してくれたなら、素晴らしいと思う。

Believe(作詞・作曲 杉本竜一)

たとえば君が 傷ついて
くじけそうに なった時は
かならずぼくが そばにいて
ささえてあげるよ その肩を
世界中の 希望をのせて
この地球は まわってる
いま未来の 扉を開けるとき
悲しみや 苦しみが
いつの日か 喜びに変わるだろう
アイ ビリーブ イン フューチャー
信じてる


もしも誰かが 君のそばで
泣き出しそうに なった時は
だまって腕を とりながら
いっしょに歩いて くれるよね
世界中の やさしさで
この地球を つつみたい
いま素直な 気持ちになれるなら
憧れや 愛しさが
大空に はじけて耀(ひか)るだろう
アイ ビリーブ イン フューチャー
信じてる

いま未来の 扉を開けるとき
アイ ビリーブ イン フューチャー
信じてる 

2008年6月9日月曜日

苦しみて つとむる中に

 菩薩の誓いをさせていただくと、自分のことだけではなく、色々な人の苦しみや、迷われている姿が目に入るようになり、人生の辛酸や苦悩を目の当たりにするようになります。
 今、妙深寺の中では様々な方のために、日々お助行が続けられ、その輪が広がってきています。 お助行がある、続けられているということは、今そこに、悩み、苦しんでいる方がおられるということに他なりません。
 特に、戸塚教区の柴田裕一さんと朋美さんの次女、芽衣ちゃんは、先月の戸塚教区の教区御講のその日に、無事に産まれてきてくれたという喜びの知らせをもらったのですが、その後、心臓に病気があるということが分かり、そこからみんなでお助行を始めさせてもらいました。そして先日、四時間に及ぶ手術が行われ、たった二ヶ月目の小さな芽衣ちゃんは、無事、手術を乗り越えてくれました。
 こうした方々のご家族の苦しみはどれほどのものかと考えると、まさに、身を引き裂かれるような思いがし、お看経をしていても、涙が溢れてきます。
 他にも、人間関係での苦しみ、老いの苦しみ、病の苦しみ。ある人は、愛する我が子を、自分より先に見送らねばならない苦しみ。つくづく、これが「人間」というものなんだ、「人生」なんだと思うことがあります。
 開導聖人は御教歌に、
「苦しみてつとむる中におのづから  ありとし聞けり 御仏の道」
とお示しくだされています。
 私たちが「生きる」ということ。ご信心をさせていただき、罪障を消滅して、功徳を積むという道は、実はやはり苦しく辛いもの。でも、苦しいからこそ罪障が消滅できる。御利益に通じ、幸せに通じる道。それこそ御仏の道だと。楽な方に流され、道を踏み誤るな、勘違いするな、とお戒めです。
 ご信心をさせていただいたら、そこから全てがバラ色になるかといったら、そういうわけにはいきません。私たちは生身の人間。業や罪障の深い凡夫です。病になることもある。命にも限りがある。御仏ご自身でさえ、病を患われ、また、開導聖人も、たった一人のお子さまを、三ヶ月で亡くされている。それは、どれほど辛い別れだったか分かりません。
 しかし、それぞれ人間としての苦しみを抱え、そこから、それを乗り越え、力に変えて生きる姿をお示しくださっている。 私たちの「人生」というものは、やはり、楽なことは短く、苦しいことは長い。それがこの娑婆世界で人間が生きていくということだと教えていただく。 「苦しみ」は「ある」。ではその上で、私たちはどうすべきか。
 苦しみの世界を抜け出そうと、苦しみから逃げて楽を求め、最初に楽な方を取ったとしても、結局問題の先送りをしているだけで、後から苦しみは追いかけてくる。自分中心の考え、自分の楽や得を基準とする生き方は、結局、一生苦しみに追われる生き方になってしまうのです。
 しかし、最初にあえて苦しみを取り、今苦しい、というところをグッと受け入れて、辛抱して精進させていただくうちに、フッと苦しみから抜け出す時が来る。
 別の御教歌に、
「辛抱せよまことはつひにあらはれん  しれずにしまふ 悪はなき世に」
とお示しです。辛抱とは、辛さを抱くと書きます。普通なら避けるべき辛さを、グッと受け止める。どんなことがあっても、あなたが恥ずかしい生き方をしていないのなら、必ず真実は明らかになる。だから今は辛抱しなさい、と。
 先住の御法門帳を拝見すると、この御教歌の側に書き込まれて、
「生きる、修行。功徳、修行。苦しい、辛い。信心ご奉公、辛いこともある。その、勤める中に果報を頂く。辛抱、辛さの内にするが罪障消滅」
と書かれています。これは、ご信者に説くためというより、自分に向けて書かれているように思います。それは、上側に「姉の一周忌」と書かれており、先住は一番身近なお姉さまを五十代前半の若さで亡くされており、その悲しさ、苦しみと、それでもご奉公させていただかなくてはいけないという、まさに自分に言い聞かせるように書かれているのです。
 ある人は、「今は大丈夫」というかもしれません。しかし、「昨日は人の上、今日は身の上」で、世は無常、いつ自分に降りかかってくるか分かりません。ですから、この一生の細かい浮沈に一喜一憂することなく、信心を貫くことが大事です。「一生は苦しいことの方が多い」というなら、ここで信心決定して、み仏の道を貫いていくしかありません。
 ましてご信心をしているのなら、自分のためより人のため、と思えなければ、菩薩にはなれません。 苦労は自分に引き受けよう、お助行に行かせてもらおう、今、苦しんでいる方のご祈願をさせてもらおう。そう思ったら、欠かすことはできません。また、時間があるからご信心するというのではなく、無い中で精一杯させていただくから功徳になる。
 こう重ねていく中に、我が身を楽にする種があるのです。
 人生は苦しい。何もできない。でも、何もできない中でも、祈ることはできる。御題目を唱えることはできる。そうして、明確にお計らいを頂戴できる道を示していただいている。それが何より有り難いではないか。
 そして苦しみを乗り越えた時、「あの時があったからこそ」と、感謝できるようになるのです。
 法華経、化城喩品には、
「汝、今勤めて精進せば、まさに共に宝所に至るべし」
とお示しくだされています。今、苦しくても、勤めて精進したら、仏と共に素晴らしい所へ至ることができる。乗り越えられる。
 私たちは本当に弱い存在ですが、一人ではありません。《共に》と、お示しであります。
 今、苦しんでいる人がたくさんおられます。なお一層、お助行に気張らせていただこうではありませんか。

2008年6月8日日曜日

デジタルカメラ

 実は、先日の御講席で、元気のない私を見てご心配してくださった方がおられた。最近、ブログの更新が滞っているし、写真も少ないような気がする、と。本当に私や私のプログを気に掛けていただいていなければこういうお話しにもならなかったと思うのだが、何気なく「そうなんです、ごめんなさい」という風に、私も気軽にお話ししていた。
 その話の流れで、実はブログの写真用にずっと使っていたデジタルカメラが壊れてしまったことについてお話しをしてしまった。何気なく、である。「しまった」というのは、端的にいえば、次の6月1日の月始総講に、最新式のデジタルカメラを届けていただいてしまったのである。その方は頭の下がるほどの篤信のご信者で、私のそういう拙い話を聞いて、「それはご奉公に支障が出ているのではないか。では、御有志させていただこう」と思ってくださったのだろう。デジタルカメラの御有志をしてくださったのである。本当に、本当に申し訳ないことをしてしまった。そういうつもりはなかったのだが。
 こうして6月は最新式のデジタルカメラを常に肌身離さずご奉公しているのである。横浜も、御講も、京都も、どこでも、このデジタルカメラと一緒。御有志くださった方に喜んでいただくためにも、このカメラ君と一緒にご奉公させていただかなければ。特に、このブログは毎日何百人という方が見てくれているので、そういう方の目の保養やご信心増進のために、「カメラマン、長松」、頑張らないといけないと思う。
 とはいえ、こうして撮っているのは、花の写真や長男や次男の写真などであるのだから仕方ない。いや、最近の御講の写真などは全てこのデジタルカメラで撮ったものである。ご奉公してくださっている。本当に、ありがたい。今月中旬にはイタリア団参もあるので、しっかりとデジタルカメラを活用させていただいて、このブログにも紹介できるようにしなければならないと思う。
 とにかく、最近のデジカメはすごい。動画だって撮影できちゃう。ありがたいなぁ。

世にも恐ろしい事件

 世にも恐ろしい事件が起きている。なんという世の中か。
 「世の中がイヤになった。人を殺すために秋葉原に来た。誰でもよかった」と供述しているということだが、またしても多くの人が殺され、傷ついてしまった。なんという痛ましいことだろう。なんという恐ろしいことだろう。背筋が凍るとは、このようなことだろう。
 5月28日の「立正安国論 上奏750年」にも書いたが、ブラジルの御導師が仰ったとおりだ。この国の、人の、心の闇(病み)が噴き出している。今年、相次いで通り魔的な殺人事件、上記と同じような理由、無差別で全く関係のない人間を殺害したり、傷つけたりしようとする事件が相次いでいる。
 心の闇。心の闇が広がっている。
 心の中には、恐ろしい地獄の心、修羅・鬼の心、貪りの餓鬼、畜生がうごめき、誰の心にも巣くっている。それらを追い出そうとしても、取り除けるものではない。日々夜々に、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上・声聞・縁覚・菩薩・仏という十界の、特に恐ろしい世界の者たちを、御題目の信心によって教化し、調伏しておかなければならない。何も信じるものがなかったら、心の闇は広がっていく。
 いま、社会が信じられない、人が信じられない、ましては仏教など信じられないという人が増えていて、そういう「信じられるものがない」という状態こそ、人間にとって最も恐ろしい状態だと思う。あっという間に恐ろしい世界に食べられてしまう。堕ちていってしまう。
 裁判になれば、「心神喪失」などと、いろいろな精神鑑定の結果が取り上げられてたりするかもしれない。しかし、果たしてそうだろうか。
 人間は捨てたもんじゃない。人間は仏になれるのだから。その可能性があるのだから。人間だからこそ、だ。しかし、その人間は鬼にも、修羅にもなる。動物が動物であるのと比べて、この人間の素晴らしい可能性と恐ろしいまでの愚かさはどうだろう。だから、その人間に対して、ブッダは教えを垂れた。「信」を取り戻せと仰った。
 「信を以て入ることを得たり」「信は道の源、功徳の母」「信の一字を詮と為す」。あらゆる人に「信」を問うべき時なのだろうか。自分を省みながら、そう思う。いま、天が、泣いている。地が、吠えている。
 仏教的にいえば、世界はつながっている。人と人もつながっている。突然変異の変な人が事件を起こしているということではなく、人と人の輪の中で、心の闇が確実に広がっているということだと思う。だからこそ、心の闇を照らすための「光」に一人一人がならなければ。

2008年6月7日土曜日

6月は特別な月

 梅雨入りをしている六月だが、素晴らしいお天気となり、教区御講が奉修された。それぞれ土曜日ということもあり、午前中が69名、午後が48名のお参詣と、大変多くのお参詣をいただいた。有難いこと極まりなかった。
 今月は先住の祥月ご命日。忘れもしない8年前の6月14日早朝、先住はご遷化になられた。家族が枕頭を囲み、清康の剃髪をも行われ、先住(父でもあった)は私の腕に抱かれて息を引き取られた。今思えば、大変見事であり、羨ましくもある。自分が死を迎える時、息子に抱かれて死ぬことができたら、これほど嬉しいことはないと思うが、それはさておいても、今月は祥月ご命日なのである。あの日の私の慟哭は、病院からお寺を結ぶ道路に刻まれていると思う。そんな見事なご遷化であったにもかかわらず、あふれ出す涙を止めることも出来ず、お寺まで帰った。あれから8年。

 それにしても、今月、このタイミングで、つくづく、いま、お看経の有難さを感じさせていただいていることが有難い。やはり、御法さまのご采配、先住のご指導によるものだろうか。有難い。自分なりに考えるに、やはり先住の祥月ご命日ということと、あの「佛立魂」から15年目のご奉公をさせていただくからであろうと思う。今月、14日の先住祥月ご命日に併せて「佛立魂から15年 一万遍口唱会」を開催させていただく。その前に、このような「気づき」をたくさんいただいて、ありがたいと、謙虚に、素直に、思えた。妙深寺の教講は、あの現証を目の当たりに出来たのだから、本当に幸せだ。あの出来事を忘れてはならない、思い返そうというご奉公が一万遍口唱会。ありがたい。

 また、今日の御講では、青少年の一座のご披露を、それぞれの教区でしてくれていた。京浜では英ちゃん、湘南では綾ちゃんと川本さんがしてくれていて、とても立派なご披露に感動した。青少年の一座のご奉公では、将引のプロジェクトチームとして英ちゃんが大阪にもご披露に行ったと報告してくれていたのだが、ご奉公してくれた英ちゃん自身が大変に感動してくれている。ご奉公して感動するという、本当に純粋な思いと体験が、有難いなぁとつくづく思う。是非、若い人は特に、8月3日に渋谷の乗泉寺で奉修される青少年の一座にお参詣していただきたいと思う。ありがたい。
 6月は特別な月。しっかり、噛みしめて過ごしたい。

2008年6月6日金曜日

吏絵ちゃんからのプレゼント

 ご奉公させていただいて、何より有難いことは御利益をいただかれた方々の笑顔を見ることである。元気な姿を見ることである。楽しそうにしている姿を見ることである。それが現証の御利益そのものであり、御題目の御力の証だから。

 生きていて、ご信心させていただき、ご奉公させていただく中で、これほどまでに嬉しいことはない、楽しいことはない。生きて甲斐ある身の上だと、本当に有難く思える。

 御教歌に「くるしみを人ののがれしよろこびを きくばかりなるたのしみはなし」とある。

 それを「楽しみ」にして生き、ご奉公させていただかなければならない、とつくづく思う。自分の欲を満たすことだけを「楽しみ」にしているのとは、その味わいが違う。

 別の御教歌には、「煩悩のたのしむ程はしばしにて のちのくるしみながき世の中」とある。

 自分の「煩悩」を満たすことは楽しい、楽しいけれどもそれはほんの一瞬で、そのことをしてしまったがために、それを取ってしまったがために受けなければいけない苦しみが長く続いてしまう、そういうものが世の中ではないか、と教えていただいている。そのとおりだと痛感する。

 なるほど、そういうことが信心なのかと、「たのしみ」を変えてみる、「視点」を変えて味わえるようになると、人生の風景そのものが変わってくる。御教歌にあるとおり、「たのしみを かへてかしこのまねしたら あほのすることみないやになり」と、自分の生き方、過ごし方、人の愛し方、愛され方が変わってくるというものだろう。私などは、まだまだこの段階まで行けてはいないが、それでも先述の御教歌のように、ご奉公やご祈願をさせていただいてきた人やご家族が、苦しみの淵から逃れたという姿、その元気そうな姿、楽しそうな笑顔を見る度に、「あぁ、ご奉公させていただいてよかった」「これこそ、ご信心で教えていただく本当の喜びなのだなぁ」と気づかせていただくのである。

 6月4日、長松寺の御総講。お看経と御法門を終えると、吏絵ちゃんとお母さんがお参詣に来てくださっていた。昨年の夏以来、長松寺の御総講には、お父さまやお母さま、吏絵ちゃん、時々お兄ちゃんまでお参詣に来てくださっている。そんな御縁を、心から嬉しく思っている。

 今でも、私は毎日吏絵ちゃんの御祈願を続けさせていただいている。白血病を完全に克服し、すでに通常の学校生活に戻っていてテニス部の部活にも頑張っていると聞いたが、あれほどの病気をしたのだから御祈願を続けさせていただきたいと思い、「身体健全、学業成就」の御祈願を勝手ながら続けている。

 毎回の長松寺のお参詣を有難いと思っていた。今回も元気そうに、ちょっと大人っぽくなって、綺麗になった吏絵ちゃんに「おーっす、ありがとーございまーす」と声をかけた。すると、なんと今回は吏絵ちゃんからお手紙とプレゼントをいただいしまった。

 吏絵ちゃんは15才の誕生日を迎えたということで、その御礼のプレゼントだった。え?でも、本当なら僕が誕生日プレゼントをあげなければならないところなのに。佛立宗のご信心では「誕生自祝」という教えがあり、生きていること、生きてこられたことを誕生日を迎える自分が感謝して、むしろ祝われるのではなく周りの人に御礼をするということがある。吏絵ちゃんからお手紙をいただくまで、そのことも忘れていたなぁ。

 手紙には「ご住職へ。ありがとうございます。先日15才の誕生日を元気にむかえさせていただきました。子どもさんにあげてください」と書いてあった。本当にありがたい。ありがとう、吏絵ちゃん。

 御祈願をはじめた時、吏絵ちゃんは12才だったね。あっという間に時間は流れた。苦しいこともあったけれど、こうして元気に15才の誕生日を迎えられたこと、本当に御法さま、お父さま、お母さま、お兄さん、お祖父さま、お祖母さま、宥清寺のご信者みなさん、ご祈願してくれた方々全員に御礼させていただきたいね。ありがたいよ。本当にお手紙、ありがとう。大切にする。ご祈願も、続けさせていただきます。たくさんの人の力になれるような、素敵な大人になってもらいたいと思う。きっと、吏絵ちゃんならなれると思う。

 長男に「覚えてるか?吏絵ちゃんからのプレゼントだよ。お前にって。ありがとうしないとな」と言うと、彼はしっかりと覚えいたようで、「え~、ありがとー」と言っていた。ほんまに分かってるのかな(汗)?重ね重ね、ありがとう、吏絵ちゃん。元気が出ます。

御題目をお唱えすること

 妙深寺の本堂。内陣の手前にはお香炉が置いてあり、誰もがお線香を立ててお看経出来るようになっている。
 お看経とは、佛立宗のご信者さんであれば当たり前のようにしっていることだが、「南無妙法蓮華経(ナムミョウホウレンゲキョウ)と御題目をお唱えすること」である。この修行こそ、末法相応の根本行であるから、私たちは何はなくとも御題目をお唱えする機会をつくり、我が身のためはもちろん、他の人のためにまで御題目をお唱えさせていただこうとするのである。
 お香炉が置いてあるのは、たとえば百本祈願をしている方がいたら、自分のお線香を用意しておられるであろうから、その方が自宅でも、お寺の本堂でもお線香を立ててお看経できるようしているのである。妙深寺は、開門が午前6時半、夜は10時まで完全に開放されているので、誰彼と無くご信者であればお参詣をいただき、本堂で時間の許す限りお看経をしていただくことができる。
 このお看経。本当に有難いと、つくづく思える。いくら論理的に説明されても、人生の苦悩、心の葛藤は何ら解決しない。人間の浅知恵で心の深層に触れるような説を学んでも、自分自身の「心」というものは一向に何ともならない。虚しさ、恐ろしさ。もし、「信」がなければ、あっという間に過ぎ去っていく「時間」も、漠然と広がる「空間」も、これはちっぽけな存在の「私」にはどうしようもできない。自分の苦しみや悩み、家族の苦しみや悩み、友人をはじめ、見聞きする人々の苦しみや悩みに対して、具体的な行動、精一杯の努力や実際の支援は出来る限りするにしても、如何ともし難いことも多々ある。
 その私たちの苦悩を、御題目を口唱することによって、静かに、ゆっくりと、取り除かれていく。その御題目口唱のバイブレーションは、永遠の宇宙の中に広がり、満ちていって、我が身、我が心、あらゆる人々、生命に溶けていくのである。
 御題目をお唱えすることによってしか叶わないことがある。特に、「心の闇を照らす妙法」と教えてくださるとおり、心の闇は、ご信者であろうとなかろうと、「信心」を取り戻すことによってのみ果たされるのである。そして、「信とは口唱」という。「信心」とは「口唱」という「アクション」なのである。「口唱こそ信心」なのであるから、あらゆることはそのままに、御宝前に座って、まず御題目をお唱えするという「アクション」を起こすことしかないのである。
 ある方角を向いて、定まった時刻に礼拝せよというのではない。人知れぬ山中を駆けめぐれと言っているのでもない。智慧を使えと言っているのではなく、何かを学べと言っているのもない。それらはむしろ意味が無く、遠回りであるとさえ言う。そういうことが仏教であるわけがない。仏教は「癒し」ではなく、「安心(あんじん)」なのである。高価な壺や財布に入れるお守り、厄除けの札を求めろなどというのは、まじないや気休めでしかない。本当の人生の苦悩を知れば、それがどれだけ意味を為さないことであるか分かるだろう。
 御題目口唱は有難い。そのことの意味を、幼い頃から聞いてはいたが、私にも分からなかったのだ。今から15年前の、先住のお怪我の時に、少しだけ気づくことが出来た。気づかせていただいた。そのことを思い起こすために、今月14日、先住の祥月ご命日に併せて「佛立魂15年 一万遍口唱会」を開催させていただくこととなっている。あの時の事を思い返しながら、御題目を一万遍お唱えさせていただこうと思う。私も、あの時から、遠く心を置いてきてしまったように思うから。信心を改良させていただきたい。
 いま、柴田芽衣ちゃんや仁科富美子さんのお助行はもちろん、自分のご信心を見つめ直すためにもお看経をさせていただいているが、それに欠かせない「グッズ」がある。それは、お線香を入れる箱と、先住のお拍子木。お線香を入れる箱は、素敵なアジアンテイストの箱を寺務所の望ちゃんが買ってきてくれて百本のお線香を入れて使わせていただいている。お線香を持ち歩くなんて、とても素敵だし、有難いと思う。本山の御宝前、本庁の御宝前でも、長松寺でも、どこでもお看経出来るから。
 お拍子木には先住のお名前が彫られている。たぶんご自分で彫られたのだと思うが、感慨深く使わせていただいている。それに建国寺で作っていただいたお拍子木のカバーを付けさせていただいてケースに入れて持ち歩いている。
 少し気を休めながら、お看経をさせていただける嬉しさを噛み締めている。本当に「有難い」と御宝前に御礼しながら、御題目をお唱えしている。

2008年6月5日木曜日

BUDDHISTの原点

 少々疲れたら、考えずにBUDDHISTの原点に。お看経しかない。

 それにしても、変な言い方だが、「お看経」のある私たちのご信心というのはスゴイ。「お看経」があるんだから。誰にでも出来る、どこでも出来る、黙考するのではなくアクションであること、すごいなぁ。ありがたい。

2008年6月3日火曜日

梅雨入り

 梅雨入りした。あぁ、夏が来るのが待ち遠しい。

 お祖師さまは、「法華経を信ずる人は冬のごとし。冬は必ず春となる。いまだ昔よりきかずみず。冬の秋とかへれる事を」とお諭しくだされている。寒く厳しい冬も、それがずっと続くわけではない。鬱陶しい梅雨も、自然界にとっては必要不可欠なことなのだ。

 そう思えば、有難い。お祖師さまの教えも、心にしみてくる。