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2013年12月31日火曜日

元旦は『クラウド・アトラス』を

悠長な時代は終わった。お前が、生ぬるい言葉を言っていて、どうする。創造のための破壊者になれ。

人生の大先輩に年末のご挨拶メールをしたら、そんな叱咤激励をいただく大晦日。本当に、そのとおりです。有難いです。やります。いきます。さすが、気合い入りました。

そして、明日、元旦早々、あれがやります。

『クラウド・アトラス』

WOWOWシネマで、21時からの放送とのこと。

因果は、冷酷なほど、巡り、報います。ご信心している者でさえ、油断ばかりが目につきます。

隠れることも、逃げることも、出来ないのです。

早めに、反省して、改良するしかないです。

真実で無ければ、何を学んでも時間の無駄です。おままごとです。

厳しいお折伏に気づけず、誤魔化していたら、大変なことになる。

このご信心の現証というのは、そんなに生易しいものではない。玉虫色は、終わります。

WOWOWを観られる方は是非ご覧ください。

もし、観れない方は、お正月を利用して、レンタルしてでも、観てくださいな。無始已来の意味が、少しだけ分かります。

厳しいですよー。

それにしても、元旦に放送って、有難いなー。

上が書いているシナリオは、本当にすごいです。

http://www.wowow.co.jp/pg_info/detail/104362/

大晦日

今年も終わりが近づいています。一年間、本当に、ありがとうございました。

藤本御導師がご遷化になられてから、今日で丸5年目の祥月ご命日となります。

まだまだ、何も出来ていないように思います。

来年は、さらに精進したいと思います。

みなさま、無事に越年迎春なさいますようにー。

重ね重ね、ありがとうございますー。

2013年12月30日月曜日

御本尊さまのご奉安で締めくくり

今朝の空。美しい空。今日も、特別な一日が始まりました。

午前中、南麻布にて御本尊さまのご奉安をさせていただきました。

感慨無量でした。

ゆるぎない確信は、人生の、二度と戻らない時間を共有してきた友人たちが与えてくれます。

こうして今年を締めくくり、来年は新たな次元の生き方に挑戦します。

本当に、ありがたいです。

ありがとうございますー。

シリーズ「愛する清翔師」

昨日の大鏡餅つき。殊勲賞は清翔師でした。

一年間、ために貯めた体力を、一気に放出すべく、いつになく自分から進んで臼の前に立ち、杵を握りしめ、静かに目標を見定めて打ち下ろす。

その立派な姿に、100名を超すご奉公者は、ただただ、圧倒されていました。

清翔師は男らしい汗っかき。何臼もお餅をつき続けて汗だくになっていました。僕はその汗がお鏡さんに入ってしまわないかとヒヤヒヤしていました。

本人に伝えようとしましたが、餅つきに一年間の全てをぶつけようとしている清翔師は鬼気迫る雰囲気で、言うに言えませんでした。

また、無視されても悲しいし。

でも、汗は着ていたトレーナーで拭いていましたので、大丈夫だと思います。

よく見ると、彼が着ているトレーナーは、岩城のお父さんがしていたブランド、K's Gameのトレーナー!なつかしー。

さすが、清翔師とK'sのブランドは、ピタリとマッチしていました。

いや、すいません、ここまで書いたらお父さんに叱られるかも(汗)。

きっと、僕のお古を大切に着てくれているのですね。そんな勝負服をお餅つきに持ってくるあたり、清翔師はやりますねー。

手のひらのマメがつぶれて、今日は大変みたいですが、本当に大活躍でした。

2013年12月29日日曜日

5年前の今日のブログ

 5年前とは平成21年、西暦でいえば2009年でした。

 昨日、ご回向をさせていただきながら、5年前のことを、思い出していました。

 幸い、この数年間はブログを書いてきたので、少し記憶が定かでないことがあると、それを見直すようにしています。

 あの年の、あの年末。

 立て続けに、いろいろなことが起こりました。

 平成21年は、特別な年であり、特別な終わり方をして、平成22年から、険しくも新しい、何幕目かの人生が始まったと思っています。

 平成21年12月29日、5年前の今日、書いたブログが残っています。

 やはり、僕は、こうしてご奉公させていただいてきて、有難いと思います。

 大親友たちが、一緒にお参りをしてくれていて、本当に有難いです。

 5年を経て、家族みんなで、新しい家族、ナオちゃんもいて、ご回向をさせていただいて、そして、希望を抱いて、明日に向かう。

 ありがたいです。

 ブログだろうと、何だろうと、振り返って恥ずかしくない生き方をしてゆきたいです。

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 年末、仕事を納められる人も多いと思います。愛する家族と、ゆっくりした時間を過ごしていただきたいと思います。もちろん、お寺に休日はありません。佛立教務にも休みはありません。先住が仰っていたとおり、年中無休365日24時間のご奉公です。

 昨日、朝のお看経の際、私個人のご祈願を言上させていただきました。高校時代からの友人の赤ちゃんのためのご祈願でした。

 友人に赤ちゃんが生まれたのは今月。12月のはじめのことでした。奥さまが出産のために里帰りされているということで少しだけ会ったのですが、赤ちゃんが生まる直前ということで嬉しそうでした。エコーの写真を見せてくれました。とにかく、無事に生まれて欲しいな、父親はそれだけだね、と話していました。

 赤ちゃんが誕生したと嬉しいメールをもらいました。本当にうれしかった。メールで写真も送ってもらって、目鼻立ちがはっきりした友人に似た美男子でした。本当に、生後数時間ということでしたが、不思議なくらい、清々しい、素敵な、穏やかな顔をした赤ちゃんでした。お祝いのメールを送りました。しかし、その後、少し肝臓の機能が悪いらしく、ちょっと安静にしなければならない、今も病院にいるんだ、と連絡あり、重ねて心配していました。大丈夫だと思う、ということだったので。

 12月22日、また少しだけ会いました。本当に親しい3人だけで。その時、やはり肝臓の状態が悪いので経過を見ているということを聞きました。しかし、友人自身も、僕も、会話しながら、それほど悪いとは思っていなかった。大丈夫、何があっても頑張っていくしかないよな、と話していました。

 そして、一昨日、短い電話。容態が悪く、京都で手術することになる、と。ヘリで移送する、と。二人で、男ながらに、泣きました。しかし、やるべきことをすべてやるしかない。そして、朝、ご祈願の言上。友人は、御縁は深かったのですが、ご信心はしていません。とにかく、ご祈願を、と。6時半、8時、そして、9時半。大掃除のご挨拶の際、妙深寺の方々にも、友人の赤ちゃんが、今日、これから、何時になるか分からないが、手術とのこと、みんなで思いをかけてほしいと、お話ししました。

 本堂での大掃除が終わり、庫裡に戻った午後。友人からの連絡。移送中のヘリの中で、生後3週間の赤ちゃんは、息を引き取った、と。友人を思い、奥さまを思うと、心をつぶされたような気持ちになりました。そして、彼は、とにかく、長松、頼む、と言いました。私は、現薫師に病院まで走ってくれと伝え、麩屋町の博子さんにお願いし、夕方、横浜から新幹線で京都に向かいました。

 麩屋町に到着すると、開導聖人の御戒壇の前に、小さな、小さな、赤ちゃんが、横たわっていました。生後3週間、この世に生を得て、生きた、赤ちゃん。みんなで一緒に御題目をお唱えしました。赤ちゃんの耳元で、眠れない夜に子守歌を聴かせるように、御題目をお唱えしました。赤ちゃんの小さな小さな手を両手で握りながら、御題目をお唱えしました。赤ちゃんの小さな小さな手に、小さなお数珠をかけ、また御題目をお唱えしました。友人、奥さま、私、現薫師、博子さんで、赤ちゃんが驚かないように、静かに、優しく、そして強く、心を込めて、御題目をお唱えしました。

 御題目をお唱えしている間、赤ちゃんが微笑んで、一緒に口ずさんでいるように見えました。友人も、赤ちゃんの側にある花が揺れて、動いていたと言い、奥さまも、お看経の後、赤ちゃんの顔を、泣きながら撫でてくれました。赤ちゃんの顔が、穏やかに変わっていると、感じてくれていました。本当に、綺麗な、綺麗な、お顔で、微笑みすらたたえています。御題目の、御力、その尊さを、赤ちゃんにも、両親である二人にも、お参詣したみんなにも、教えていただきました。

 全てに意味がある。誰にでも生まれてきた意味があります。しかし、あまりにも、短い生。嘆き、哀しむことは当たり前です。自分を責めたり、誰かのせいにしたくなったり、これほどまでに辛い経験、別れを通じて、なぜ、あなたは、此の世に生を受けたの、お父さんが間違っていたの、お母さんが悪かったの、痛かったでしょう、苦しかったでしょう、ごめんね、ごめんね、と。

 そうではない、そうではなく、お父さんでよかった、お母さんでよかった、ぼく、本当によかった、ありがとう、ありがとう、と思って、そう思ってもらって、見送ってあげること。そう思ってくれる。それしかできない。御題目に思いをのせて、それが叶う。これからの人生で、彼が世に生を受けてきた意味を、しっかりかみしめ、それを背負って生きていくこと。二人が、生まれてきてくれた赤ちゃんに対して、心から、ありがとう、と言えるように、その日が来るまで、二人が前を向いて生きていくこと。手に手をとって、生きていくこと。あらゆる、いのちには、意味がある。

 博子さんから、「娑婆の夢、三月、かりそめの父、清風」との、お話をしていただきました。本当に、涙、涙のご奉公となりました。年の瀬を控え、誰もが愛する家族の下に急いでいる時期に、こんな辛い別れを迎えている家族がおられます。そこで、ご奉公させていただくことも、私たちの使命であり、ここにも、尊い、かけがえのない意味があります。

 21時を過ぎて、京都から奈良に向かいました。野崎日丞御講尊がご遷化になられ、先住の御年回などをお勤めいただいた御恩から御霊前にご挨拶だけでもと思い。23時、無事に奈良本妙寺に着き、お看経をさせていただき棺中にご挨拶をさせていただき、ご住職にもご挨拶させていただきました。京都に戻り、麩屋町・長松寺の本堂で友人と過ごしました。彼は、赤ちゃんの側から離れたくないと言い、本堂で寝る準備をしていました。2時半くらいまで、話をしました。

 彼は本当にすごい人間であり、男であると思いました。友人であることを、本当に誇りに思います。私の、ご奉公が不出来で、不成就で、本当にごめん。本当に申し訳ない。本当に。

 朝、6時に起きて新幹線に乗り、いったん横浜に戻りました。29日は朝からお正月の御宝前にお上げする大鏡餅を作らせていただく日。このご奉公は、住職がしなければなりません。先住も、ずっとされてきました。淳慧師が奈良のご奉公ですから、本当に誰もおりません。ですから、横浜に戻ってご奉公させていただきました。

 今日は、清康師も手伝ってくれました。大鏡餅をつくりのは、先住がされていたのを見よう見まねでさせていただきます。つき上がってきたお餅を上の段と下の段に手で切って、独特のこね方で丸くしていきます。そして、出来上がる。出来上がったものを、待ってくださっているご奉公の方々が団扇で扇いでくれます。これは、あとで割れないようにするために、とても大切なのです。

 妙深寺本堂の御宝前、法深寺の本堂、歴代住職の御霊前、法宅の御宝前、各教務の家庭の御宝前の御鏡餅を、すべて今日つかせていただき、お作りします。昔から、京都の麩屋町でも、お祖母ちゃんを先頭に大鏡餅つきがされていたのです。横浜でも、こうして年末の恒例の行事として、ご奉公させていただきます。同時に、お正月にお配りする小餅を子どもたちがこねてくれます。少し、今日は、子どもを見ているのが辛かった。麩屋町の御宝前にいる赤ちゃんのことばかり考えていました。

 境内地では何十人もの方々が来てくださり、5つの臼を次々についてくれて、鏡餅、小餅、伸し餅、そしてご供養用のお餅が作られていきます。今回は、テントを出してくれて炊き方もよかったのか、本当に綺麗に仕上がっていました。

 いま、また京都に向かっています。今夜、しめやかに通夜を営み、明日告別式を奉修させていただきます。とにかく、とにかく、御題目で、しっかりとお送りしたいと思います。

 何を書いているのか、まとまりませんね。すいません。ありがとうございます。

http://hbs-seijun.blogspot.jp/2009/12/blog-post_29.html

2013年12月28日土曜日

吉兆

あっという間に年末が押し迫ってきましたー。

ここに来て、少し力尽きた感じもありましたが、今日は年末恒例の大掃除で、スッキリしましたー。

それにしても、いやらしいニュースばかり続きますね。

言いたいこと、書きたいこと山盛りです。

今日、ケイジとお参りしました。今日は、5年前に亡くなったご長男の祥月ご命日でした。

あの日のことを思い出しましたが、とても心が温まるご回向の一座でした。次男のナオくん、賢くて、キラキラ輝いていて、幸せを噛み締めました。うれしい。

明日は朝から大鏡餅つきです。進之介くんも来てくれると言っていたし、心強い。

そういえば、最近、男らしい男と出会ったんです。

彼は、20才。料理人になる夢を持って、東京に通っています。

初めて会ったのは、彼が高校生の頃でした。飯田市で奉修させていただいた御講席で、真っ直ぐな目が印象的でした。

恥ずかしがり屋で、言葉も少ない青年。でも、芯の強さを感じました。

あれから年月が経ちました。

夢を叶えたい。

高木さんの御講で、料理人になりたいという彼の夢を聞きました。わざわざ、東京から長野までお参りして、そのことを話してくれた彼に感動し、応援すると固い握手をして別れました。

そして、この12月、彼は、修業先が決まったことを僕に報告するためだけに、東京から高速バスに乗って、長野教区の教区御講にお参詣してくれました。

私は一度も行ったことがありませんが、日本有数の名店である東京の「吉兆」で修行することが決まったとのことでした。

もう、そのことも嬉しいけれど、彼の、真っ直ぐな気持ちが嬉しくて、感動しました。

報告を受けて、目を見ながら、また話をしました。

厳しい修行になる。叱られて、叱られて、叱られて、本物になる。耐えて、耐えて、耐えて、修行を成就してもらいたい。

そんなことを話していると、彼の目にいっぱいの涙がたまってゆきました。

その涙、忘れません。

御講が終わり、ご供養をいただくこともなく、彼はバス停に向かいました。またすぐ東京に戻らなければならないということで、本当に、報告のためだけに、わざわざ長野まで来てくれたことを知りました。

本当に、彼は、男です。

まだ、20才なのに、男の目をしてる。

彼の名は「大和」と言います。日本男児らしい、いい名前です。何としても、修行を成就してもらいたい。

来年、妙深寺の本堂で成人式をしてくれると聞きました。本当に、楽しみです。

2013年12月24日火曜日

銀座のイブのお坊さん

またまた場違いなのですが、イルミネーションに彩られた銀座の中に、お坊さんが一人。

今夜だけは、本当に場違いレベルが高いです。

しかし、今夜が会社の納会ということで、来年からのこともあり、どうしても参加してもらいたい、正装で来てもらいたい、みんなに伝えたい、と言われ、そのとおりに来させていただきました。

来てみると、久しぶりにヒロミ兄がいて大安心。田中律子さんともお会いできて、ゆっくりみんなでお話が出来て、よかったです。

マグマアワードを見ていて、もらい泣きしてしまいました。その想いが、心を一つにしたみんなの努力。経営者である正太の涙を見て、それを見て泣いている絹ちゃんの涙を見て、ポロポロと涙が溢れました。

最後は何ともムチャ振りで、締めくくりの正ちゃんの挨拶の最後に、スタッフやインストラクターの方々を前にして、このお坊さんがご挨拶させていただきました(汗)。西欧的な雰囲気が漂う今夜、お坊さんが登場してごめんなさい(笑)。

でも、絶対に忘れません。舞台の上で、正太がいて、中山会長がいて、山根オーナーがいて。

今夜は、本当に大きな節目となりました。

日本に、この街に、仏教が必要だと思うんです。会場に来ていた女性から、そんな言葉を聞いて、挑戦する覚悟を強くしました。

本当に、そうです。そのとおりです。

道がないなら、作ればいい。歩いてゆけば、道は出来る。道無き道を、最初に歩くのは、辛く、苦しいけれど、それをやるのが僕たちであるはずだ、と。

今日も、ありがとうございました。

涙の辞令

涙を流して、辞令をお受けくださった梶さん。

来年から上星川教区の部長としてご奉公くださいます。

お寺のお役を、涙を流して、喜んでお受けくださることは、いったい、どれだけ尊く、有難いことでしょう。

昨日、本年最後のお総講を奉修し、来年度の役中辞令を下附させていただきました。

その後、横浜駅東口に移動して年末の教講納会を開催いたしました。来年に向けて、決意の会となりました。

晴れの日も、雨の日もあると思いますが、一緒にご奉公できる喜びを噛み締めて、私も思い新たに頑張ります。

ありがとうございます。

2013年12月23日月曜日

京都佛立ミュージアムのお正月

2014.01.01〜2014/01/03
年末年始休館・お正月特別開館のお知らせ

お正月。

京都佛立ミュージアムは、スタッフやボランティアの方々の熱意をいただき、お正月に本山宥清寺へとお参詣される遠方の方が多いことや、北野界隈もたくさんの人で賑わうことを踏まえて、是非とも来館いただきたい、開館しましょう、との有難いお言葉をいただいて、何とお正月に開館することになりました。

本当に、有難いです。

こんな、発意の、有難いご奉公。お正月の三が日、本山のお参詣が多いことは分かっていましたが、まさか開館できるなんて。ご奉公いただくみなさまに、感謝しかありません。

以下、現薫師が書いてくださったご披露文です。

よろしくお願いいたします。

ありがとうございます。ミュージアムスタッフの現薫です。

いよいよ今年も半月をきりました。今年は、「坂本龍馬と仏教展」にはじまり、たくさんの方にご来館をいただきました。来館者のみなさんに支えられてこうして年末を迎えられることを心から感謝申し上げます。ありがとうございます。また、みなさんの無事越年迎春を心からお祈り申し上げます。

現在開催中の「宮沢賢治と法華経展」は来年2月末日まで開催をいたしますが、京都佛立ミュージアムも年末年始のお休みをいただきます。

【年末年始休館】
平成25年(2013)12月26日(木)〜平成26年(2014)1月6日(月)

ですが、大好評をいただいている「宮沢賢治と法華経展」。普段はなかなか京都にくることはできないけど、元旦には宥清寺に全国からお参詣される方がいらっしゃる!ぜひ展示をごらんいただきたい!というスタッフの声からお正月特別開館をすることになりました!

日程は下記の通りとなります。

【お正月特別開館】
平成26年(2104)
1月1日(水)9:00〜15:00
1月2日(木)休館
1月3日(金)9:00〜15:00

本山宥清寺にお参詣の後はぜひ、京都佛立ミュージアムにお立ち寄りください。スタッフ一同、こころよりお待ち申し上げます。

※お正月期間中、近辺は大変混雑いたします。お車での来館は控えていただきますようお願いいたします。また、お車の駐車は固くお断りしております。あしからず御了承ください。

※お正月期間中の来館についてのお問い合わせは12月26日までに下記の電話番号までお問い合わせください。

電話 075−288−3344

2013年12月22日日曜日

暴力の広がりに思うこと

暴力。

暴力の連鎖。

暴力が、世界中に広がっていることを感じます。

大自然の、大災害が人間を苦しめて、そんな哀しい出来事を、進化したメディアやデバイスを通じて、みんなが共有しているはずなのに、世界は、そこから学ぶこともなく、むしろ生存本能や、防衛本能で、暴力に傾倒してゆくのでしょうか。

そうではないと思いたいし、それを示したいです。

しかし、人間も、所詮はケダモノです。

そういう圧倒的な認識があります。

真実の仏教だけが、外に神や仏、鬼や悪魔を求めず、自身の中にそれを発見したのです。

人間は、オオカミに育てられたら、オオカミになります。

人間は、仏にもなれば、鬼にも、悪魔にもなります。

この圧倒的な事実、真実。

このことを認識して、自分を育て、人をも育てなければ、人間の、人間による、人間のための社会は、作り上げられないはずです。

人間に育てられたら人間になる。

こんな当たり前の出発点が、仏教であり、ご信心だと思います。

暴力。

王将の社長が射殺され、北九州でも射殺事件が起きました。

暗殺。

近代、この暗殺ということで、どれだけ人類の進化は頓挫し、否定されてきたでしょう。

処刑。

北朝鮮で起きた出来事。

どれが本当か、真実か、分かりません。

しかし、オブラートに守られた日本に生きる私たちにとっては、衝撃的な事実のはずです。

国家のトップ2が、即日結審の裁判で、死刑、機関銃で射殺、そのまま火炎放射器で燃やされる。

まさに、憎悪というか、暴力も、ここまで極まるかという状態です。

『仏教徒 坂本龍馬』の186頁にも紹介したサヴォナローラは、あの美しいフィレンツェのパラッツォ・ヴェッキオの広場で処刑され、そのまま火をつけられ、身体をすべて燃やし尽くされて、それでも飽きたらず、今は観光名所となっているポンテ・ヴェッキオの橋の上から、燃やされ尽くした遺骨や遺灰を投げ捨てられました

人間の狂気。

すぐそこにある、人間の狂気。

中央アフリカでは、宗教による対立、いや対立というか殺戮が行われています。

また、です。

間違いなく、何の罪もない子どもたちが巻き込まれ、命を落とし、あるいは親を殺され、路頭に迷っているでしょう。

このイスラムとキリスト教徒の殺し合いに、私たちに出来ることはないのでしょうか。

神比べ、仏比べをしている間は、解決できないはずです。

WOWOWで、『タイタニック』という映画が放送されているようです。

観る時間は取れませんが、素晴らしい映画でしたね。

主演女優の方もすてきだし、何よりレオナルド・ディカプリオの魅力は圧倒的でした。

あの愛の物語が生まれた、タイタニック沈没という悲劇。

実は、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』にタイタニックで亡くなった方々のことが出てきます。

もう一つの、タイタニックの物語。

かわいそうな、幼い姉弟。

ハレルヤ、ハレルヤ。十字架。

賢治は、タイタニック沈没という事件や、キリスト教を登場させて、物語を紡いでゆきました。

これを読んで、映画化した人たちもそうですが、何やら『銀河鉄道の夜』はキリスト教を賛嘆するような内容に描かれることが多いのです。

これは、賢治の信仰、法華経の思想を理解していないと分からないと思います。

なぜ、これらを登場させたのか。

それは、法華経の持つ使命と関係しています。

法華経は、世界中で、バラバラになり、永遠に、神比べをして、対立して、争い合う宗教や思想を、一つへと導く教えです。

少なくとも、仏陀、法華経を語り継ぎ、編纂した仏弟子たち、鳩摩羅什、天台、伝教、お祖師さま・日蓮聖人は、これを強く体し、これを願っていたのです。

またもや宗教に起因する殺戮が止まらず、背後でフランスなどが苦慮しながら介入を続けていますが、終わりは見えません。

私は、宗教者ですが、結局、暴力が連鎖してゆけば、暴力でしか止められなくなるのも分かります。

我が子を、目の前で殺されて、冷静に、穏やかに、いれる者などいるでしょうか。

欧米各国が、ソチ五輪への首脳の出席を取り止めています。

本当に、五輪嫌い。

そもそも、政治と経済効果の化け物のようなイベントです。

スポーツを政治利用するなと言いますが、どれだけ利用されてきたか分かりません。

本当のスポーツマンならば、よく分かっているはずです。

世界が、また大きく割れようとしています。

その序章を、私たちは見ています。

そうしてはいけないけど、そうしなければならないという論理が、妥当だと言われるでしょう。

そうではないのです。

政治は、そっちに行ってしまうかもしれません。

しかし、そうしてはいけないと思うのです。

人間も、所詮ケダモノ、動物です。

食べ物がなくなり、生存が脅かされれば、敵に向かってがむしゃらに飛びついていく。

その前に、そんなことの起こる前に、そうなってしまう前に、説いておくべきことがあります。

そうでなければ、全員が、オオカミに育てられ、オオカミになってしまうからです。

暴力の連鎖、暴力の広がりが、続きます。

そうなる前に、もっと、もっと、出来ることをしておきたいです。

2013年12月21日土曜日

ご奉公できず

昨日の神戸も、今日のアート市も、ご奉公できず申し訳ありません(涙)。

2013年12月19日木曜日

焦げ跡

今月の戸塚教区の御講席は、白川さんのお宅でした。

約2年9ヶ月前、2011年3月11日の、あの時、私はこの白川さんのお宅におりました。

三席目の14時から始まった教区御講で、ちょうどお看経の終わる45分過ぎのことでした。

お看経の次は日月の御文の言上となりますから、妙講一座のそのページを開いていました。

高層階にある白川さんのお宅は、本当に、激しい揺れに襲われました。

突き上げるような、身体が横に飛ぶような、そんな揺れが続きました。

御戒壇が倒れそうになり、立ち上がって押さえました。

ご宝前のお道具が落ちそうで、お下ろししました。

小さな吊り灯籠が揺れて、ガッチャンガッチャンと激しく両脇にぶつかっていました。

ふと、窓の外を見たのを、鮮明に覚えています。

身体を、縦に、横に、揺さぶられながら、この空の下で、同じようにこの大地震に遭っている方々がいるんだ、と思っていました。

恐ろしさ、何ともいえない、大自然の巨大さ、自分たちの無力さを、感じました。

今月、あの時からすれば初めて白川さんのお宅に入り、あの日のことを鮮明に思い出しました。

ご宝前。吊り灯籠が付けた傷。

妙講一座の、日月の御文についた、焼け跡。

あの時、お線香が倒れて、開いていた日月の御文のページに、焦げ跡を付けました。

あの日のことを忘れないように、ずっと同じ妙講一座を使わせていただいています。

御講の度に、日月の御文をお唱えするたびに、あの日のことを思い出します。

そして、白川さんのお宅の窓から見た景色。

何とも言えない気持ちでした。

御法さまは、本当にありがたく、時に恐ろしくもあります。

あの時のことを振り返りながら御講を勤め、御法門をさせていただいていた途中、大きく部屋が揺れたのです。

まさか。

そう、何と千葉県で震度4の地震。あの時と同じように、高層階にある白川さんのお宅がグラグラ、グラグラと揺れました。

背中に戦慄が走りました。

長く揺れました。

久しぶりに強く揺れました。

あの日の記憶が、恐怖が、ドバッと胸に浮かんできました。

仏教に偶然はない。必然。

この日、この場所、このタイミングで、見せるどころか、体験させていただけたということ。

2011年3月11日を、忘れるなと、倫理でも、道徳でもなく、観念でも、教義でもなく、体験で、現証で、教えてくださるから、有難いと思うのです。本物だと思うのです。

時が過ぎれば、忘れてしまうものです。

それが、正常性バイアスなのか、ゲシュタルト効果なのか分かりません。

しかし、多くの人が、時が経つにつれて、自分に都合よく、書き換え、置き換え、それで納得してしまう。

いいことは自分の手柄、悪いことは人のせいでは哀しいし、空しい。

「自然を恨む気持ちにはなれない」

そう教えてくれた人たちが、たくさんいました。

それでも、人は、人を恨んで、憎んで、また分裂し、中傷し、感謝すら忘れてしまう。

あの時、あの頃の気持ちを忘れて、次はないと思う。

それを、実体験させてくれた、ありがたい、あり得ない、白川さんのお宅の教区御講でした。

2013年12月18日水曜日

タウンニュースさま

明日の朝刊に折り込まれ、横浜市の中でも神奈川区に住んでおられる約4万軒の方々のお宅に配ってくださるそうですー。

東日本大震災から2年9ヶ月が過ぎ、あの日から片時も忘れず通い続けた東北。

思いがけず大船渡の来渡ハウスの坊主バーを岩手日報さまが取り上げてくださり、その記事を見てタウンニュースの方がわざわざ妙深寺まで取材に来てくださり、こうして記事にしてくださいました。

地域の情報を届けるフリーペーパーということで、新聞社に関係なく、朝日新聞であろうと、読売新聞であろうと、神奈川区に限って明日の朝刊には折り込んでくださるそうです。

思いがけないことばかり。本当に、有難いです。

本当に、ありがとうございますー。

マグマでチャンティング

一見、思い切っり場違いですが、昨年に引き続き、今年もマグマヨガスタジオの中で、セッションを行いましたー。

京都から横浜に戻り、慌ただしくシャワーを浴びて着物に着替え、まずは麻布十番店へ。

大人気店。大きなスタジオです。

スタッフの方々もインストラクターの方々も、美と健康のプロフェッショナル。みなさんレッスンの中から導き出された膨大な臨床結果を持っておられるし、スピリチュアリティー、いわゆる感度が高い。

大御本尊さまをご奉安させていただいて、御題目口唱の前に、少しお話をさせていただきました。

それにしても、とーっても暑いっ!

世界遺産・富士山から切り出された溶岩を敷き詰めたスタジオは、完璧な湿度と温度に保たれているのですが、ポカポカ、ホカホカで、汗がダラダラ流れてきます。

世界中の人を温めて、健康に、美しくするという思想。本当に、天地自然の理に適っているのですよねー。

昨年も経験していたので、「暑いぞー!」と言っていたのですが、愛する清翔師が冬物の羽二重のお衣を用意してくれていたので、さらにポカポカ、もうグシャグシャになりました(笑)。

そう、そういえば、僕のFacebookかブログで、「シリーズ・愛する清翔師」を見てくれているみたいで、黒ちゃんまで、「今日は、あのー、清翔師はいないんですかー?」とか聞いてくださるんです(笑)。

「あのー、助手席に座ってる方、ですよねー!」とか。

すごいなー。清翔師。人気だなー。

マグマスタジオでのチャンティングセッション。これは本当にすごいです。新たな世界。新しい体験。

彼女たちの美しい御題目がスタジオの中にリフレインして、重なってゆきます。

御題目の声、厳かな鐘の響き、すべてが、スーッと、心と身体に溶けて入ってくる、また汗と共に心身の老廃物が出てゆく感じでしたー。

麻布十番店でのセッションから車で少し移動して麻布十番アネックス店へ。21日にオープン予定の新店舗です。

すごいですねー。去年のことが嘘みたい。大発展の一年。きっと、来年はもっとすごい世界になってゆくと思います。天地自然の理に適っているから。

新店舗ということで、まだ内装工事などが行われていましたが、スタジオはほぼ完成。まだ火は入っていないので涼しかった。

いや、涼しいというよりも、恐ろしい、底冷え。

そもそも宇宙は冷たいんですよね。その冷たい宇宙の中に浮かぶ、生命に満ち溢れた星が地球。マグマとは地球の生命そのもの。だから熱い。

温めること。冷ますこと。それぞれに意味がありました。貴重な体験でした。

新たなメンバーも加わり、この店舗でもセッションを行いました。熱の入っていないスタジオの中でのお看経。彼女たちの御題目。また不思議な、貴重な体験でした。

その後、みんなとお食事をしながらゆっくりお話できました。いろいろな意味で、彼女たちはすごい。

親方にもお会いできて、泉さんともゆっくりお話できて、本当によかったです。

描いていた世界を、現実に作り上げてゆく道。目の前で見ています。

すごいことです。

彼はすごいなー。

僕も、がんばります。

来年から、また挑戦したいです。

ありがとうございますー。

2013年12月16日月曜日

乗り換え完了ー

無事に乗り換え完了ー。

京都は17時18分に着きます。

ギリギリやんー(涙)。

随喜の涙

白銀の雪国から、東京、そして京都へ。

乗り換え時間は8分。

頑張らないと。

今夜は、今年最後の長松寺のお総講。

しめくくり。

少し早い雪景色。

キラキラと舞うパウダースノー。

キュッ、キュッ、っと鳴る足音。

ありがとう。

今朝、長野別院のご宝前で、御礼のお看経をさせていただきました。

今年一年の御礼と、お懺悔を。

年末は、心も、大掃除。

すずしく、すがすがしく、一年をしめくくり、一年を始めるのです。

今日も、御講を勤めさせていただきました。

清和会の御講です。

清和会とは、教務の家内の会です。

その御講の御法門は、私の勤める御講の中で、最も厳しく、最も鬼気迫るものとしています。

大切なことは、いつだって、そう簡単に分からないのです。

真実は、いつだって、最後にならないと気づけない。

人間は、自惚れ屋で、いつだって、偏っています。

「本門佛立宗だけはコリゴリです。」

「本門佛立宗は、お金がかかる。」

「先祖を人質にされてるようなものだ。」

そんな言葉を、教務にはもちろんですが、教務の家内である清和会にも伝え、厳しい、厳しい、両祖、開導聖人の御教歌、御指南をいただきます。

今日も、そうした清和会の御講、年末の御礼御講でした。

御法門を説かせていただきながら、涙が溢れて、止まらなくなりました。

十巻抄の御教歌。

ゆっくり、静かに、拝唱させていただくと、開導聖人の状況、お気持ち、心中に触れて、涙が溢れます。

かたらはむ
友こそなけれ
わがあふぐ
みのりの道の
などて淋しき

だからこそ、異体同心が、大切なのです。

自惚れろという御教歌ではない。

孤立を促すものでもない。

さみしい道です。

末法で、凡夫だし。

本当に、出会えて、よかった。

茨の道だろうと、みんなと、一緒に、ご奉公させていただけることを、嬉しく思います。

何べん灼かれても構わない。

いま一人でないこと。

お寺は、御法さまからお預かりしている法城。

異体同心で、ご奉公に励むこと。

今日いただいた御指南を、心腑に染めて、刻み、銘じて、心の奥底から共感して、涙を流せたら、まず今生のご奉公の、半分は成就します。

共に、励もう。



「人間には生れ難く、


法華経には値難し。


正師にあひ難く、


正師に値ふとも信心起り難く、


喜んで聞難く、


みな過去の謗罪の障りなり。


懺悔すべし。


若し、此事を聴て、


さんげの心を起し、


随喜の涙を流すに至らば、


其なみだの雨にて、


謗罪のけがれを洗ひ、


すずしく、


信心のまなこをひらき、


二世の大願、


ここに成就するものなり。」

2013年12月15日日曜日

久しぶりに息をした

陽の光がつんつんと顔を照らす。

冬が深まってゆく。

太陽の導線が地平に傾いているのだ。

冬の方が眩しい。

軽井沢を通過した。

関東平野を北上し、高崎から信州の彼方を見上げる。

平原は隆起して山々を抱き、その山々に冠して、真っ白い雪を羽衣のように柔らかく纏った姿が際立つ。

浅間山だ。

浅間山はきっと女性だと思う。

久しぶりに息をした気がする。

年末の大渋滞もあって、上星川教区、戸塚教区、泉教区と、教区御講のご奉公から戻ったのは17時を回ってた。

18時から夜の住職御講、そしてボーズバー。

ボーズバーには遠方の方々や取材の申し出をいただいた記者の方が来店くださる予定と聞いていたが、翌日も朝からご奉公があり、そのまま長野に向かって教区御講、もはや他の選択肢がなかった。

身体を引き裂いてみることは出来ないか。

夜の住職御講が終わってから、車で東京に向かった。

もう、とっくにタケのお通夜は終わっていたけれど。

タケに、会えた。

みんなにも、会えた。

ご両親にも、妹さんにも、タケを支えてくれた菜摘子さんにも、お会いすることができた。

遅くなってしまったけれど、坊さんになった友人として、御題目をお唱えして、名前を呼び、あいつを見送った。

ようやく、息が出来た気がする。

大久保や河田に感謝だ。あいつらがいたから、出来たこと。

長野も寒い。でも、寒いのもいい。

陽の光がつんつんしてる。

冬の光は細くて眩しい。

-まづもろともに
かがやく宇宙の微塵と
なりて
無方の空にちらばらう-

-世界に対する
大なる希願をまづ起せ
強く正しく生活せよ
苦難を避けず直進せよ-

その人にとっての恩人が、他の人にとっての恩人と限らないのと同じように、あなたにとっての恩人が、天からして善き人とも限らない。

そういうものだ。

だから人生も、天の意志に適う生き方も、難しいんだ。

2013年12月13日金曜日

岩手日報さまー!

ありがたいー。

12月10日、事務局会議が終わってから、陸前高田・大船渡を目指して出発してくれた信仰師、佐藤さん、寺西さん。

大船渡の来渡ハウスで行われた坊主バー。岩手日報さまが大きく取り上げてくださいました。本当に、ありがたいー。

みんなの写真、すてきです。大きな写真でした。

先ほど問い合わせの電話があったそうです。ありがたいです。

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被災者癒やす坊主バー 大船渡で法話や語らい

 横浜市の僧侶が法話とバーに見立てた場所での語り合いから被災地を支援する「坊主バー」は11日、大船渡市盛町のアートスタジオ「来渡(らいと)ハウス」で開かれた。参加者は法話に耳を傾けるとともに、和やかに会話を重ね心をほぐした。

 「坊主バー」は、震災直後から陸前高田市で支援活動や月命日の法要を行う横浜市神奈川区の妙深寺の僧侶が法話やバーの「店員」を務める。今年3月の三回忌法要を機に、大船渡市にも足を運び、住民に寄り添う活動がしたいと、5月から毎月開催している。

 僧侶の阿部信仰(しんごう)さん(48)はこの日、当たり前のありがたさや、行動し一歩ずつ自分を磨く大切さを説いた。法話の後は阿部さんを囲み、キャンドルの光の中で飲み物を手に語らい、穏やかなひとときを過ごす。多い時には30人が集まるという。

 阿部さんは「話を聞いてほしい人もいれば、触れてほしくない人もいて、一人一人求めているものは違う。会話やお参りを通して、少しでも気持ちを吐き出す空間になれば」と願い、被災地に通う。

【写真=僧侶の阿部信仰さん(右)と語り合う参加者たち=11日午後8時20分すぎ、大船渡市盛町】

(2013/12/12)

2013年12月12日木曜日

ポインセチアって

あら、ポインセチアって、クリスマスと何か関係あるのですか?

クリスマス、本当に面倒。

お花の名前、ポインセチアってことも、全く知らなかったー。

はっきり分かったことは、ポインセチアってきれいだなー、ということでした。

紅い鉢植え

空がきれい。

お月さまは半分。

お花屋さんの店先で見かけた、鮮やかな、紅い鉢植えが気になったから、買ってミュージアムに持ってゆきました。