昨日、長野から帰ってきたのだが、そこで宿泊させていただいた場所は「山田温泉 風景館」という旅館だった。
この場所は、40年以上も前に日博上人もご宿泊された由緒ある旅館で、日博上人も大変に感激されたとのこと。そうしたご縁で、ご回向の弔主のご家族がわざわざ予約してくださっていた。
深い渓谷の中にある旅館で、私はこうした場所に泊まることは余りないので、日本の自然に痛く感激した。濃い緑が眼に優しく、心まで清々しくなる。渓谷の底を流れる水の音が深い緑の中から途切れることなく聞こえてくる。
お祖師さまの身延山御書の冒頭を思い出す。
「誠に身延の栖は、ちはやふる神もめぐみ(恵)を垂れ、天下りましますらん。心無きしず(賤)の男、しずの女までも心を留めぬべし。哀れを催す秋の暮には、草の庵に露深く、檐にすだく(集多)さゝがに(蜘蛛)の糸玉を連き、峰の紅葉いつしか色深うしてたえだえ(断断)に伝ふ、懸樋の水に影を移(映)せば、名にしおふ龍田河の水上もかくやと疑はれぬ。又後ろには蛾蛾たる深山そびへ(聳)て、梢に一乗の果を結び、下枝に鳴く蝉の音滋く、前には湯湯たる流水湛えて、実相真如の月浮び、無明深重の闇晴て法性の空に雲もなし。かゝる砌なれば、庵の内には昼は終日に一乗妙典の御法を論談し、夜は竟夜要文誦持の声のみす。伝へ聞く釈尊の住み給ひけん鷲峰を我が朝此の砌に移し置きぬ。霧立ち嵐はげし(烈)き折折も山に入りて薪をこり(伐)露深きにも草を分けて深谷に下りて芹をつみ、山河の流もはや(速)き巌瀬に菜をすゝぎ、袂しほれ(濡)て干わぶる思ひは、昔の人丸(麻呂)が詠じける、和歌の浦にもしほ(藻汐)垂つつ世を渡る海士もかくやとぞ思ひ遺る。つくづくと浮身の有様を案ずるに、佛の法を求め給ひしに異ならず」
まことにお祖師さまの文章は、流れるような文体にて、読ませていただくというよりも「詠む」という風に拝見しても有難い。自分の口から出る「音」が綺麗な「響き」、心地よい「波」を持っていることが不思議になる。
その山深い身延山にて認められた「身延山御書」の終わりには、
「此等をさまざま思ひつづけて観念のとこの上に夢を結べば、妻恋ふ鹿の音に目をさまし、我身の内に三諦即一、一心三観の月曇りなく澄みけるを、無明深重の雲引覆ひつつ昔より今に至るまで、生死の九界に輪廻すること、此の砌にしられつつ自らかくぞ思ひつづける」
とあり、その深い緑の庵の中で、御仏の教えに思いを巡らせておられたことを拝察できる。そして、その結びとして、一首を詠まれた。
「此等をさまざま思ひつづけて観念のとこの上に夢を結べば、妻恋ふ鹿の音に目をさまし、我身の内に三諦即一、一心三観の月曇りなく澄みけるを、無明深重の雲引覆ひつつ昔より今に至るまで、生死の九界に輪廻すること、此の砌にしられつつ自らかくぞ思ひつづける、、、、、
~立わたる身のうき雲も晴ぬべし たえぬ御法の鷲の山風~」
有難い。有難くて仕方がない。開導聖人はこの御歌を拝見しつつ詠まれたと思われる、
「うけがたき人の身だにもうれしきに けふきゝそむる鷲の山かぜ」
とお示しになられている。それらのことを思い巡らせていて、やはり夜は更けてしまった。
朝、朝食をいただく部屋に行くと、写真があった。そこには美空ひばりさんのお写真が置かれていた。美空ひばりさんも、この風景館にご宿泊になり、朝食をいただいた部屋は美空ひばりさんが宿泊された部屋ということだった。緑の渓谷を正面に見る、素晴らしいお部屋だった。それほど、知る人ぞ知る温泉であり、秘湯・名湯なのだろう。私の母も、孫の面倒を見過ぎてか、最近は腰が痛いと言っていたのだが、この温泉に入らせていただいてその痛みが取れたという(母も一緒に来させていただいていた)。すごい。
この風景館には、私は行けなかったが、「仙人露天岩風呂」という『仙人だけが知りえた秘湯』というものがあるそうだ。風景館から150もの階段を降りて、その絶景の「露天風呂」に行ける。
その昔、仙人だけが知り得たと伝えられる秘湯中の秘湯の為、別名「仙人風呂」とも言われるらしい。この露天風呂は信州高山温泉郷(森鴎外をはじめ多くの文人墨客が愛した開湯200年の歴史を持つ古湯)の山田温泉に存在する。風景館の地下から露天風呂に続く階段を下る。渓谷の自然に圧倒されながら、松川渓谷の谷底へ。落葉樹が多いので、冬は向かいの山肌を猿が行き来するのが見えるということだが、渓谷を流れる川の音と鳥たちのさえずりを聞きつつ、そこにたどり着けるというのである。
今度、機会があったら、また行かせていただきたいと思う。
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