2009年7月31日金曜日

どこにでも

 一昨日になってしまったが、その日の朝から、相談員のご奉公をさせていただいた。

 今年からはじまった「相談員」というご奉公は、とにかくお参詣されているご信者の方々と身近にお話をさせていただきたいということでスタートした。お教化の相談をはじめ、自分自身の悩みでもいい、日頃思っていることを私に伝えていただきたい、何でもお話してください、とスタートしたのだった。やってみなけりゃ分からない、はじめなければ時間も作れない、ということで、スタート。

 今日(31日)まで、住職の担当。ありがたい。時間の隙を作ることは許されない。教務部は本当に厳しいのだ。今月の教務会で話し合っていたら、「とにかく住職の空いている時間を出せぃ」ということになり、ご奉公させていただくことになった(汗)。きびしー(涙)。でも、ありがたい。

 まるで、病院の診察のように、受付で申し込んでいただいて、順番にお話をさせていただいた。

 一昨日は、自律神経失調症、パニック障害から広場恐怖、うつ病を併発された(そう、病院では診断するだろう)方とお話をさせていただいた。この方はご信心をされて間もない。苦しんで、苦しんで、怖くて、怖くて、ご信心で救っていただきたいと願って、入信された。

 今月の教区御講。御法門中に、ご信者方の席はざわついた。ザワザワ、バタバタ、と。御法門を説かせていただきながら、「どなたかが倒れたのではないか」と思っていた。しかし、途中で辞める訳もいかず、そのまま説かせていただいた。そして、御法門終了後、一人のご婦人が紹介されて前に出てこられた。その方は、御法門を聴聞しておられて、涙が溢れて涙が溢れて、ずっと泣き続けておられて、それを周りの人が心配して、介抱していたのだという。前に進み出てこられたその方と、そのままお話をさせていただいた。その苦しみ、その悩み、今の状況、すべて、痛いほどよく分かった。

 そして、進むべき方向、ご信心の仕方についてお話をさせていただいた。彼女は、トイレにも入れない、恐ろしくて、恐ろしくて、ドアノブを握っている、と仰った。パニック障害になれば、寝ることも出来ない、起きることも出来ない、苦しい、怖い、それは良く分かる。「身体の病気の方がマシだ」と思い、「この怖さから抜け出るには、死ぬしかないのでは」と思ってしまうほど、想像を絶するほど恐ろしい、苦しいものなのだ。

 私は、心の薬は御題目しかない、お看経しかない、ご宝前の前でお看経している、でもお看経も怖くてできないだろうと思う、立ち上がる、部屋をグルグル回る、でも、でも、それでも、またご宝前に戻って、お縋りする以外にない、お縋りして、ジタバタしても、御題目をお唱えしてください、必ずよくなります、電車にも乗れるようになる、バスにも乗れるようになる、とお話をさせていただいた。

 この方とお会いするのは二度目。一昨日の朝お会いしたら、本当に元気そうで、ビックリした。あの御講から家に帰ってからの会話を教えてくださった。「うれしい、うれしい、うれしい、と家に帰って言っていたら、息子が『一体、何がそんなにうれしいの?』と聞くから、『今日はお寺の御住職さんと話して、本当にうれしいのよ』と言ったんですよ」。本当に、ありがたい。しかも、今は毎朝5時半にお看経をされているとのこと。家から出られないので、せめて朝一番のお看経をさせていただいている、と。いや、でも、今日、こうしてお寺に来れたんです、と喜んでくださっていた。なお、ありがたい。

 とにかく、こうしたお話はゆっくりとさせていただいて、もう一度、あの恐ろしい波、暗闇、パニックが起こってきている時こそ、SOSの電話をしていただいて、お助行に駆けつけるからね、とお伝えし、必ずよくなる、バスにも、電車にも、乗れるようにならなければとお話しした。そして、いつものように、「何より大切なのは、目的と意志、purposeとwillです。何のためによくなりたいか、どうしたいのか、ということ。健康になったら好きなことして遊びたい、ではなくて、どうせならば、お教化親の上村さんのように、苦しんでいる人を助ける、上村さんにくっついて、誰かのために動けるように、そのために、健康になりたい、治していただきたい、と思ってくださいね。目的と意志を、大切にして」とお話をした。残念ながら、いま、目的と意志に迷って、生きているのに、死んでいるような人が多いから。それじゃ、生きていないから。生きていけないから。

 とにかく、毎日、寺報の原稿もあり、お助行、ご祈願、たくさんご奉公があるが、このような機会を持てたことに、感謝している。最初こそ、「相談する方、いるかしら?」と思っていたが、思わぬ方からお話をお聞きできたり、近況の確認、新しいお教化のお話もあって、本当にありがたい。

 そのまま、一昨日の夕方は、清顕とお助行へ。これは、言葉にならぬ。ずっと、行かせていただきたかった方のところへ。以前の清顕のブログで詳しく書いてあるが、彼は、事故で、今から約15年前から首から下が動かなくなってしまっている。ずっと、ベッドの上での生活を余儀なくされている。

 お母さまはご信心をされているが、彼は若い頃からキリスト教を信じ、本門佛立宗のご信心には一分の理解も示さなかった。拒絶すらしていた。事故の後も、牧師が彼の家にたびたび来て、毎月のように話をしていたという。その姿を、母は、見なければならなかった。

 お母さまは、そんな彼を何とかしたいと思っておられた。彼も苦しいだろう。しかし、その母親の気持ちを考えてみて欲しい。想像を絶する。言葉にもならない。身体も、彼を支えるために酷使し、心も晴れることなどありはしない。ずっと心に重荷を抱えて生きてこられており、キリスト教を信じて、なお苦しみから逃れられない彼を、何とか救っていただきたい、と何度も、何度も、お話しされていた。

 黒崎さんの支えもあり、清顕がお助行に行ってくれた。私も、念願が叶って、ようやく彼の部屋に入ることができた。彼は、いま、猛烈に、私たちが想像もつかないほど、苦しんでいた。15年間の中でも、最も苦しい中に、彼はいた。

 薄暗い部屋。そこに入り、彼にはじめてご挨拶をした。ようやく会えた。しかし、はじめて会う感覚ではなかった。彼にとって、音は恐怖だった。身体が動かないのだから、恐怖を感じて当たり前だ。家の外を走る郵便局のバイクの音でも、怖い。何かあっても、動けない、逃げられないのだから。首を、ほんの数センチ、上げて、表情で語ってくれるが、その彼は、小さな、ささやくような声で、会話をする。彼は、うすく眼を開いて、私の顔を見てくれた。そして、二人きりにしていただき、彼と話をした。私は、彼の世界に下りていった。

 細かいことは書けないが、彼は、ささやくように、しぼり出すように、私にお話ししてくれた。死ぬこともこわい、生きるのもこわい、過去もこわい、未来もこわい、夜がこわい、朝もこわい、と、そう、話してくれた。痛いほど、彼の気持ちが分かった。私は、彼がいる世界から、彼と一緒に出てこようと決めた。とにかく、そうご奉公させていただきたい。ささやくように、言葉を交わして、私から、今日は、説教じみたことは、言わないです、また、来させてください、とお伝えして、家を後にした。最後に、彼の見せてくれた笑顔が、忘れられない。本当に、忘れれないし、忘れない。

 今日の朝も、相談員としてのご奉公で、ありがたかった。

 午後からは警察に行き、留置場で、ある青年をたずねて、面会に行った。先週、御本尊をご奉安されたご家族。何とか、このご家族のお力になりたい。彼と会い、15分間、話をした。眼を見て、話を。留置場の面会室。ご両親が両脇に、私は真ん中に座って、真っ正面の彼と話した。刑務官のように面会の様子を聞く方が彼の背後にいるが、何度か留置場での面会をしてきて私は慣れてしまった。以前は、面会室で、無始已来を大きな声で唱えさせていただいたこともある。

 短い時間なので、彼に、真っ直ぐに、話をさせてもらった。彼は、明日17時に出てくる。そのまま、お寺に。そこから、立て直す、と約束をした。そのために、またご奉公させていただく。

 生きた、お寺。本物のお寺、それは普通のお寺であり、本来のお寺。佛立寺院の存在価値、教務の存在価値は、そこにしかない。力不足だが、本当に、教務にならせていただいて、よかった、と思う。どこにでも、いつでも、あなたが、立ち上がるためなら、はい上がるためなら、恐ろしい、こわい、苦しい世界から、抜け出すためなら、どこにでも。自分のような人間に生きる価値があるとすれば、こういう場所しかない。命が、すり切れるまで、こうしたご奉公が続けていければと思う。

 警察から渋谷まで。渋谷からの帰り道、ゆたかなビレッジに寄らせていただいて、末岡さんを表敬訪問。ありがたかった。

 ありがたい。明日、早いので、寝ます。

2009年7月30日木曜日

明日は教務部のご供養当番

 明日の朝は、教務部のご供養当番。
 現在、準備ご奉公中。ディリーパが、タマネギを切って涙を流していると信仰師からメール。ありがたい。明日、ぜひぜひ、お参詣を。妙深寺の恒例、教務部のご供養当番!!
 山ほど、書きたいことがあるが、またにする。もう、連日、ありがたいことだらけだ。毎朝のご相談はもちろん、昨日と今日は清顕師とお助行。本当に、本当に、ありがたかった。
 明日は、芽衣ちゃんがカテーテルの検査。15時から約2時間~3時間。ご祈願、よろしくお願いいたします。
 ありがとうございます。

2009年7月28日火曜日

手づくりブーケとお母さんの涙

 ブーケも手づくり。これ、本当に、薫化会って、どんだけアイデアがあんの?というくらい。エライ。こういうの、考えられるの、スゴイ。人間、トンチとパンチが効いてないと(笑)。トンチが効いている。
 このブーケ、もちろん手づくりで、最初はレースだけ。その後で、子どもたちがめぐちゃんのために白と青のお花を付けてゆくという趣向。座っている新婦にみんなが競って近づいて、ブーケに花を付けていく。これだけでも、微笑ましくて、涙ですよ(涙)。鳥羽ちゃんにも手づくりの素敵な胸花が渡されていたのだが、 子どもたちはクラッカーから飛び出た紙テープの束を新郎の頭に乗せて遊んでいた。そうして近づいてお祝いしているのも、お兄さんである鳥羽さんが優しいからだろう。
 また、薫化会からのプレゼントでは、みんなからのメッセージカードを集めたアルバムが手渡された。笑いあり、涙ありの感動的な結婚式だった。
 何よりも、最後のお母さんからの言葉にはみんながもらいなき。お母さんである佐々木さんは、「今日は絶対に泣かないと決めていたけど」とお話になりながら、ポロポロと涙を流されて、こうして手づくりでお祝いしてくれたことへの御礼や、恵ちゃんへのメッセージ、鳥羽ちゃん、よろしくお願いします」と。
 二人で、手に手を取って、幸せになって欲しい。「どうか、幸せにしてあげてください。御願いします」と最後に私からも新郎にお話をさせていただいた。本当に、有難かった。妙深寺の、歴史の1ページ。妙深寺の薫化会のお姉さんが結婚した。感動的な結婚式だった。

ケーキカットぉ

 「お二人の、最初の、共同作業です」って、パーティーの司会をしてくれていた箕輪さん(笑)。さすが、名司会だなぁ(笑)。
 子どもたちの手づくりケーキのケーキカット。 ウェディングドレスから着替えて、二人をロビーへ。大きな拍手とクラッカーでお迎えして、乾杯、手づくりのサンドイッチや唐揚げなどの食事をさせていただいた。そして、ケーキカット。もう、子どもたちが恵ちゃんと鳥羽ちゃんに、からんで、からんで、まぁ、本当に幼稚園の先生が幼稚園の中で結婚式をしているような状態。でも、幼稚園と違うのは、この妙深寺では卒園や卒業がないんだ。ずーっと、ここで、みんないる。幼稚園の先生のお祝いをして、卒園した後はずっと会わないということがないから。この温かい絆は、ずっと続く。
 とにかく、手づくりのケーキをカットしていただいて、子どもたちは大満足。結婚式に参列し慣れている人だって、この「まごころ」に触れたら、感動するはず。違うんだ。どんなに、スムースに式やパーティーが運んでも、この「まごころ」がなかったら何にもならない。それは、お寺での結婚式にはあったらから、誰もが心をゆさぶられた。
 お約束のように、新郎から新婦の口へケーキを運ぶ。おいおい、そんな大きいの入らないよ、というくらいのケーキを鳥羽ちゃんが恵ちゃんへ(笑)。今度は、恵ちゃんが鳥羽ちゃんの口へ。口の周りにケーキがくっついて、子どもたちは大喜び。
 この後、お食事をしながらゲームをやったりしていたが、最後の最後は、涙、涙、だった。


ここで、いい。これで、いい。

 第二本堂のご宝前で結婚式を挙行して、そのまま一階のロビーに於いて、これも手づくりのパーティーが行われた。部屋のデコレーションも、薫化会のみんなでしてくれていた。カウンターが設置された新しいロビー。こんな素敵なパーティーが行えるようになるなんて。これも、先住は大満足のはず。僕のリフォーム人生でも成功した部類に入るなぁ(笑)。
 手づくりのパーティーでは、やはり手づくりのケーキが用意されていた(涙)。「めぐちゃん、とばちゃん、おめでとう」と書かれてある(涙)。子どもたちの気持ちが込められている。本当に、ありがたい。
 それにしても、それもこれも、ここまで出来るというのは、薫化会のお世話係のお母さんやご奉公してくださる方々がすごい(涙)。こうやって、子どもたちの気持ちをカタチにしてくれているのだから。後ろで、陰で、子どもたちを支えてくれている。きっと、恵ちゃんのお母さんである佐々木さんのことも思いながら、みんながご奉公してくださっていたのだ(涙)。このケーキだって、子どもたちと一緒に、作ってくれていたのだろう。
 この日、結婚式からパーティーまでプロのビデオカメラマンである橋本さんのご主人が撮影してくださっていた。直子さんのお誘いで4月の開導まつりで始めて妙深寺に来られた橋本さん。そして、ご信心を始められた。お子さんの陸くんと一緒に、毎日お寺にお参詣してくださっている。ありがたーい(涙)。その橋本さんのご主人のお仕事はカメラマン。金曜日の夜に瓜生さんが思い立って、「ぜひ、橋本さんにビデオを撮ってもらえないかしら」と直子さんにお願いし、橋本さんは予定を変更して快くご奉公してくださった。今朝、御礼をしていたら、なんと編集してくださっているとのこと。重ねて、ありがたーい(涙)。
 もう、ありがたいな。あたたかいな。うれしいな。人間の、本当の暮らし、その原点は、お寺の中にあるんだな。ここで、いいんだ。これで、いいんだ、と思う。これ以上、何がいるの?と思う。背伸びして、生きることないな。ここで、いい。これで、いい。ありがたい。

さらに、結婚式

 さらに、結婚式。もったいないから、写真を載せたいのだ。
 綺麗な新婦に、格好良い新郎。その二人が、このガラスのご宝前で結婚式を挙げてくださった。手づくりのウェディングドレスで、手を合わせて、御題目をお唱えしてくれていた。本当に、有難かった。
 この後、三三九度、誓いの言葉を読み上げ(誓詞言上)、記名帳に二人の名前を書き、お数珠の授与式。一つ、一つ、丁寧に、ご宝前にご報告し、お誓いし、お願いさせていただいた。
 教養会、薫化会からの参列者、子どもたちも一生懸命にお参りしていた。本当に、有難い。お姉ちゃんが、お手本を示してくれている。薫化会の女の子たちにとってみると、憧れのお姉ちゃんが、こんなに綺麗に、素晴らしい結婚式をしたということは、忘れられない思い出になると思う。「私もいつか」と思うのではないだろうか。このご宝前で、お姉ちゃんみたいに、と思ってくれたら嬉しい。
 三三九度は、奈々ちゃんとロムくん。かわいい雄蝶と雌蝶で、このご奉公も薫化会の子どもたちの目標になっているようだ。麻衣ちゃんは田舎に帰っているのだが、「雌蝶がやりたい!結婚式に出たい!」とごねていたと聞いた(笑)。果穂ちゃんも、家族でどこかに行く予定だったのに、「メグミちゃんの結婚式に出たい!」とお母さんに言って、予定を変更しての出席ということだった。
 とにかく、幸せになって欲しい。「愛」の上に「信」を置いて、幸せな家庭を築いて欲しい。

まごころの結婚式 続編

 今日は火曜日だが、まだまだ感動さめやらぬ。朝のお参詣でも、恵ちゃんの結婚式でご奉公くださった方々から、「本当に、素晴らしい結婚式でしたね~」と感動の言葉が聞こえる。
 恵ちゃんは、本当に小さな頃からお母さんと一緒に妙深寺の薫化会でご奉公して、大きくなってからはリーダーとして子どもたちをかわいがって、思いやって、お世話してきてくれた。そのご奉公の積み重ねで、こんなに素敵な、手づくりの、まごころの結婚式ができたのだなぁと思う。
 薫化会の会長だった瓜生さんと一緒に、恵ちゃんのお母さんである佐々木さんはご奉公してこられた。瓜生さんが会長のご奉公をバトンタッチするのに、迷いもなく佐々木さんに御願いしたいと言っておられた。
 そして、恵ちゃんは、お母さんといつも一緒に、お寺を愛し、子どもたちを愛して、ご奉公してきてくれた。そんな恵お姉さんに育ててもらった子どもたちがたくさんいる。その子たちが、今回は恵お姉さんの結婚式だからと、遊びに行くのもキャンセルしたりして、お祝いに駆けつけてくれたのだ。もう、今までのご奉公の賜だと思う。
 佐々木さんのご家族。先日の寺報でもご紹介させていただいたが、今年ご戒壇を新たに建立され、ご家族みんなで心を一つにご信心に向かってくださっている。こんなに嬉しいことはない。嬉しいことが続いて、本当に有難い。
 お父さんも、弟くんたちも、みんなでお祝い。妙深寺の教養会、清和会総出で、恵ちゃんの結婚式のお祝いをした。何度も書くが、本当に手づくりだった。まごころだった。ありがたかった。
 新郎の幸太郎さんも、恵ちゃんと一緒に薫化会御講にはお参詣してくださっていたり、薫化会のスキー 教室には一緒に参加してくださって、ヤンチャな子どもたちの面倒を見てくださっていた。だから、子どもたちも「鳥羽ちゃん(幸太郎さんの名字)、鳥羽ちゃん」と親しそうに呼び、じゃれついて、結婚式の温かさが増した。本当に、今までのご奉公があればこそ、なのだ。
 そんな二人。温かい、やさしい、思いやりのある二人。しかも、スーパーモデルのカップルのように、素敵な二人だから、すごいなぁ。かっこよくて、やさしい。これぞ、佛立だ。ありがたい。

2009年7月27日月曜日

吏絵ちゃんが来てくれて!!

 もう火曜日?あっという間。書きたいことがたくさんあるが、すでに『妙深寺報』の期限が迫っている。毎日毎日、うれしいことばかりで、はやく書かないと追いつかない。
 日曜日の朝、京都から吏絵ちゃんとお父さまが妙深寺の夏期参詣にお参詣してくださった。うわ~、3年連続で横浜に来ていただいている。ありがた~い。元気に日焼けしていて、今回はお父さんのお仕事と一緒に連れてきていただいたとのこと。関東に住んでおられるお父さんのお兄さんご家族と一緒に、隅田川の花火大会を見たとのこと。僕は隅田川の花火大会を見たことがない。写真を見せてもらうと、お兄さんはVIP席のような場所を用意してくれていたみたい。高いビルの上にある素晴らしい場所からから花火を観られたみたい。吏絵ちゃんの一生の思い出になったに違いない。
 花火大会の後だから夜は遅くなったというのに、朝の5時過ぎに起きて妙深寺の夏期参詣にお参詣してくださった。とにかく、うれしいなぁ。最初に来てくれた時には、一緒にランドマークに行ってSizzerでランチして、Cold Stoneでアイスクリームを食べたなぁ。昨日のように覚えてる。妙深寺のみんな、涙、涙のお参詣だった。今では吏絵ちゃんも16才の高校生。本当に、大人になった。白血病という重い病と闘っていた時は12才だったのだから。
 あの時のことを、また思い返して。抗ガン剤の治療は、まつ毛までが抜けてしまうほど強い薬であり、治療だった。吏絵ちゃんは、その苦しい治療を全て耐え抜いた。スリランカ、ブラジルなど、世界中のみんなのご祈願のおかげで、吏絵ちゃんは元気になってくれた(涙)。
 いま、高校ではフットサルのサークルに入っていて、元気に日焼けしてるくらい。病院にも、学校の大きな休み毎に検査に行くだけということだから、夏休み、冬休み、春休みだけなんだ。そうか、ありがたい。いつまでも、元気でいてくれるように、ご祈願を続けてる。
 吏絵ちゃんは、長男にもおみやげを持ってきてくれた。最初に妙深寺に来てくれた時に、ごあいさつしたから覚えていてくれたんだ。残念ながら、長男はまだ京都に行っているので会えなかったのだが、今回は暴れん坊の次男がごあいさつ。吏絵ちゃんに抱っこしてもらって、よろこんでいた。照れてたけど(汗)。ありがたい。
 第1回の青少年の一座で、病気のことや病気から元気になったことをご披露してくれた吏絵ちゃん。もう、第3回の青少年の一座が近づいている。第1回でご披露した吏絵ちゃんが、今も変わらず、こんなに元気で学校に通っていることをご披露できたらいいなぁ。
 そうそう、あの時は、俳優の溝端淳平くんからも吏絵ちゃんに色紙をもらったんだ。「吏絵ちゃん、がんばってね」と。吏絵ちゃんに「誰か好きなタレントさんとかいないの?」と聞いたら教えてくれたから。
 みんなで、喜びを噛みしめながらの、有難い朝。

まごころの結婚式

 時間がないので、まだ詳しくアップできないが、昨日は、本当にまごころのこもった結婚式が挙行された。素晴らしい天気の下で、妙深寺で育った、薫化会みんなのお姉さんである恵ちゃんの結婚式。それをお祝いする子どもたち、薫化会のお母さんたち、もう、笑いあり、涙あり、手づくりの、まごころのこもった結婚式で、本当に、ありがたかった。

  スーパーモデルも真っ青の恵ちゃん。本当に綺麗だった。ご主人の幸太郎さんも、なんと素敵な男性だろうと思うくらい素敵な新郎。恵ちゃんは、この素晴らしいウェディングドレスを自分で作ったのだという。本当に、綺麗だった。
 先住は、お喜びだろうなぁ(涙)。だって、先住は20年前に、「ウェディングドレスで、素敵な結婚式もできるように」とガラスのご宝前をお作りになったのだから。恵ちゃんのウェディングドレスは、ご宝前の前で一段と映えた。さすが、妙深寺で大きくなった恵ちゃんだね(涙)。先住の気持ちを一番叶えてくれたみたい。
 この式の後、みんなで手づくりのパーティーをしたのだが、その模様は後で掲載したい。写真満載で(笑)。ありがたい。

2009年7月26日日曜日

蝉の脱皮は、命の神秘

 昨日のバーは、この蝉の脱皮によって、さらに感動的なものになった。僕は、目の前でこんな神秘的な生命の営みを見たのははじめてと言っていいくらい。すごい、すごいなぁ、と、ただただ感動。
 清従師が、連続写真を撮ってくれていた。さっき、それを簡単にビデオにまとめてみた。You tubeにアップしてみた。写真にあわせて勝手に乗っけてしまったRed Hot Chili Peppersの「Otherside」という曲は著作権があるから聴けない。当たり前だ。申し訳ない。
でも、この生命のすごさを感じていただきたい。このタイミングで、こうしたことを、わざわざ目の前で見せてくださるのも、私にはサインだと感じる。教えてくださっているのだなぁ、と感じた。
 蝉の命は一週間といわれる。ところが、この誕生、この脱皮は、本当に、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと進んでいった。こんなに、生命はすごいんだ、生まれるって、すごいんだ、と思った。ありがたい。
 彼の誕生に出会えて良かった。本当に、永遠の時間の中で、奇跡の出会いなんだ。こんなに、貴重な、わずかな生命の時間が重なった。彼の、誕生の時に、立ち会えたこと、感謝、感謝。


立正安国論の素読です

 今月は、立正安国論の750年御正当の月。一年間掛けて拝見してきた立正安国論の素読にも力が入る。とはいえ、あまりにも難し過ぎて、参加者が減ってしまうのではないかと心配していたのだが、なんとなんと、全く逆。これは、本当に、不思議だなぁ、と思った。
 朝も、そして、夜の補講も、いつも以上にお参詣者が多い。実は、私は、「今日は立正安国論の素読は難しすぎるのではないか。昨年のように、教区御講の御法門を再度説かせていただく方がお参詣者には良いのではないか」と思った。
 しかし、それは全く違った。素読の後、何人かの方とお話をしたのだが、違ったのだ。
 「実は、あの鬱病の方からの御利益のいただき方などを説かれた御法門だと思ってきたのですが、でも、この立正安国論の講義でよかったんだなぁ、と思いました。本当に、不思議で、有難かったです。お導きを感じます」
 このようにお話をされていた方がおられた。そして、その日の夜のご奉安のお教化になった。昨夜のことである。本当に、有難いではないか。
 有難い。有難い。これは、自分の智恵で考えるのではなく、当たり前のことだが、お祖師さまの説かれた御法門をそのままいただくことの大切さを教えていただいているようだ。本当に、ありがたい。
 昨夜は、蝉の脱皮について書いた。ボーズ・バーが終わったのは23時頃だっただろうか。ご奉公をしてくれている教務さんや清和会の方々は1時半過ぎまで後片付けをしていた。ありがたいことだ。
 しかし、昨夜のバーでは、多くの方との新しい出会いがあり、あらためて、ご信心の尊さを感じられる、一緒にご信心しましょう、という思いに溢れた時間を過ごすことが出来た。これも、お祖師さまのおかげだと思う。ありがたい。

2009年7月25日土曜日

脱皮

今日は、とんでもなくびっしりと予定のある日だった。

昨日、新横浜駅に清顕が迎えに来てくれたのだが、翌朝7時が御法門、8時が信行講座で「お釈迦さまの御一生」、9時が立正安国論の講義。慌ただしくご奉公が続くことを確認。3時過ぎまで資料作りに追われた。眠かったぁ。

5時半に起きて、朝参詣。お参詣も多く、ありがたかった。13時から8月9日に行われる神奈川布教区のグランデ・ファミリア2009というご奉公の会議、そして面会、面会、面会、19時から補講、面会、20時からボーズ・バー。

52名もの来店をいただいて、本当に、本当に、ありがたかった。いま、皆さんお帰りになり、戻ってきた。

あー、ありがたい。お教化、今夜は5人もの方々からいいお話をいただき、新しい出会い、新しい未来に、疲れも吹っ飛ぶ。みんなでご信心できることがうれしい。

バーが終わりに近づいて、出入口の外にあるプランテーションを見て驚いた。蝉が、脱皮していた。ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり。みんなで、見守っていた。すごいな、生命は。

明日にでも、もっと綺麗な画質で、脱皮の模様をお伝えしたい。

ありがたい。

ロッコ・ブランディ君からのメッセージ

 青少年の一座に、各国からメッセージが寄せられ、実行委員会の広報部が作成してくださっているウェブに次々紹介されている。ぜひ、ご覧いただきたい。
 ホスト支庁である九州の御導師方をはじめ、ブラジル、スリランカ、韓国、イタリアの佛立青年からのメッセージが並べられている。一つ一つの文章から、何とも言えない彼らの気持ちや情熱、ご信心やご弘通への熱い思いが伝わってくる。
 イタリア本門佛立宗からは、ロッコ氏がメッセージを寄せてくださった。フィレンツェの良誓師から送っていただいたのだが、私がご奉公させていただいた時の記憶では、彼はとても明るい青年。文章を拝見して、こんなに深くご信心を捉えておられたのかと、あらためて感心した。有難い。
 青少年の一座のウェブページを是非ご覧いただきたいと思うが、どうせなのでここでも紹介させていただきたいと思う。
=====================
 ロッコ ブランディ(イタリア在住) 34歳です。私はちょうど20歳の時に日蓮聖人の教えに出会い、3年前にイタリアで本門佛立宗に入信させていただきました。御題目口唱と御講に参加させていただいたおかげで現実に向き合う勇気をいただきました。
 青年時代、人はそれまで味わったことのない様々な問題に直面してゆきます。誰もが困難を乗り越える強さを持ち、それを堪え忍べるとは限りません。そんな時、多くの人は最も簡単な方法として、目の前にある苦しみや困難に背を向け、一瞬の喜びや快楽に、逃避できる場所を探してしまうでしょう。隣に苦しむ人々や問題を抱えた人々がいても無視してしまうこともあります。
 これらは深い罪障です。なぜなら、もし現実を理解することなく、困難から逃げる癖がついてしまえば、幸せになれるチャンスを遠ざけていることになります。人生が私たちにもたらす出来事を認識し、把握することは難しいものです。御仏は、現実を理解する力が欠けているか間違った認識をする“無知(愚癡)”こそ第一の苦しみの原因であると教えておられます。
 しかし、私たちは勇敢に現実を直視できるはずです。そのためには多くの勇気が必要ですが、それもいつもあるとは限りません。ありがたいことに、私たちには御本尊さまがあります。御法さまは、全てをはっきりと見せてくださり、私たちに強さを与え、あらゆる場面でサポートをくださり、私たちを苦しめるものを変え、困難を通じて心を磨き、どうしたら人を助けることができるかを教えてくださいます。
 良誓師から教えていただいたお陰で、私は人生で遭遇する様々な場面に現証の御利益、幸せの種が隠されていることを知りました。勉強や仕事をしっかりする、自らの責任を果たす、信行の実践に努める、私たちの家族や友人を大切にする、私たちの身の回りにある職場や環境、そこにいる全ての人々を大切にする中に、幸せの種があることを体感しました。
 私たちがご信心によって生き方や見方を変えてゆけば、夢は日を追う毎に実現に近づいてゆきます。信行ご奉公をさせていただく人生であれば未来に起こる(現時点では起こっていない)事を案じることもなく、また過去に起こったことを悔やむ事もなく、「現世」をありがたく、感謝して生きていけるのです。若い人たちにとって、信心増進に踏み出す勇気を見出すこと、日々絶えず心から願うこと、人生の中で出会う人々を助けることは大変大切なことです。私たちが“もうこれ以上前には進めない”という困難に遭遇した時、自らの弱さを感じた時こそ、自分考えや我を捨てて御題目を唱えさせていただきましょう。本門佛立宗に関わるすべての方々とともに支え合い、ご本尊にいらっしゃる御仏(御法さま)の御力によって必ず助けてくださいます。
 今日、世界中の人々の暮らしの中で急進的な変化が必要とされていると懸念されています。そうした中、人々は様々なかたちで互いに影響を受けています。しかし、真の安定と恒久性を持った変化とは、政治的な活動や経済政策から生まれて来るものではありません。「世界の平和(Global peace)」とは、外から押し付けられるものではなく、“人間”によってもたらされなければなりません。なぜなら、あらゆる不安の始まりは人間の心の中に存在するからなのです。「世界の平和(Global peace)」は、多くの「個の平和(local peace)」が積み重なってこそ、ゆるぎないものとなります。
 「個の平和(local peace)」とは、真っ直ぐに人生を見つめ、心と魂を磨き、他の人々を大切にして生きる、と決めた一人の人間によってもたらされます。世界中のどこであろうと、そこに法華経(Lotus Sutra)のご信心をされる男女がいて、御題目を唱えていれば、そこに「個の平和」があります。御法(Dharma)が流布によって、尊い光明が世界全体を覆ってゆきます。これこそ人類を救済するために必要な唯一無二の進むべき道です。
◇原文英語によるメッセージ
My name is Rocco Brandi and I’m 34 years old. I met the Buddhism of Nichiren Daibosatsu when I was 20 and 3 years ago I joined HBS Italy.
Thanks to the practice of Odaimoku and the attendance of the Oko-meeting I’ve found the courage to see the reality for what it really is. During the youth-time happen to face up to several problems for the very first time. Not always one feels to be able to deal with the difficulties, to have the strength to get over them and to handle the suffering that they carry on. In this case the simplest way that one can act is to turn the head to the other side, seeking refuge in ephemeral and transient pleasure. Otherwise we ignore the sufferings and the troubles of the people next to us. This is an hard sin, because if we make the habit of escaping from problems, without realizing it, we start to avoid also what could be an opportunity to be happy. We couldn’t be able to recognize and catch the occasions that life offers us.
The Buddha teaches us that the very first cause for suffering is “ignorance”, meaning the lack of knowledge (or wrong knowledge) of reality. But we would be very brave to see reality straight in the eyes, it requires a lot of courage and we not always have it. But luckily we have the Gohonzon that allow us to see clearily and give us strength and support in every occasion and allow us to transform what make us suffer and to forge our souls through difficulties, so we can learn how help other people .
Thanks to the lessons of rev. Ryoseishi I’ve learn that the secret for happiness is TAKE CARE of the various aspects of our life: take care of studies or work; take care of our own responsibilities; take care of our own practice and faith ; take care of our family and friends; take care of the member of our community and the the environment in which we live. If we develop this attitude we’ll be able to build day by day a future where all our dreams will be accomplished. If we learn to take care of life, we’ll be able to fully live the present moment, the “here and now”, with no regret for what happened in the past and without anxiety for what could happen in the future.
It’s very important that young people find the courage and the constancy to realize every day their dreams and to support their friends in their path. When we feel that we can’t go ahead, or we lack of strength, then don’t hesitate to abandon ourselves in the sound of Odaimoku, to take refuge in the arms of the spirit of the Buddha that lay in the Gohonzon and to support each other with the member of our community
In all the world it is warned the need of a radical change in the way of live of people, in the way they interact between them and with the environment. But a change that could be stable and lasting can’t come out from policy or economic choices. Peace can’t be imposed, it must be conquered by every single human being, because first of all darkness lays in the heart of people. “Global peace “ could be stable only if it will be the sum of many “local peace”.
A “local peace” is made by a single person who decide to adopt a straight vision of life, to purify his heart and to take care of the people around him. Everywhere there is a man or woman that embrace the Lotus Sutra and invoke the Odaimoku, there can exist a “local peace”. Through the spread of the Dharma this areas of light (the light of Buddha), will cover the entire globe. This is the only concrete path for the salvation of the humankind.

みなさん、ありがとうございます

先ほど、ご祈願をお願いしていた方、意識不明だったクボヨウコさんについて、メールが届きました!
「長松ご住職、はじめ皆さんに感謝」とのことで、泣けます。今朝も、ご祈願させていただきながら、この週末の動きを、期待していたので。


今朝、大きな変化があったようです。ドクターがカテーテルの外しと頭の抜糸をしたところ、眼を見開き、話しかけにも頷き質問にも完全に反応したとのことです(涙)。

『テレビ〓は見えますか?』という問いかけにも大きく頷き、ドクターは「眼も見えて、意識が戻った」と確認してくださったとのこと。ありがたい(涙)。父の時を思い出します。

まだまだ、大変な状況は続きますが、ひとまず大きな節目、ありがたい節目を迎えられました。みなさま、ありがとうございます。本当に、ありがとうございました(涙)。

あとは、起死回生から、本当に元気になってもらって、また、みんなで会いたいです。その時に、全国に、ご祈願してくださっていた方々がいたことを、お伝えします。

本当に、ありがとうございました(涙)。

2009年7月24日金曜日

ゲリラ豪雨

 先日、恐ろしい土石流がお年寄りの施設を直撃し、不幸にも多くの方々が命を落とされた。「ゲリラ豪雨」とは聞いていたが、本当にどこで起こるか分からない。映像で見る限り、非常に綺麗な施設と濁流のコントラストが何とも不自然で、言葉にならない恐怖を感じる。近代的な施設に押し寄せる自然の猛威とでも言うのだろうか。
 防府市に別院のある呉・妙泉寺の藤本御導師にお伺いしたところ、何とかご信者の方々は大丈夫であったとのこと。詳しい情報は追ってお聞きしなければならないと思うが、別院は被災地域からは離れているとのこと。後は引き続きご信者の皆さまの安全の確認をされるとのこと。ご信者さんに限らず、被災した地域では不安な夜を過ごされている方々がたくさんおらえると思う。本当に、お見舞い申し上げたい。
 そうしたニュースを聞いていると、新幹線が遅れているとのこと。青少年の一座が行われる九州北部を、なんと1時間に100ミリを越す豪雨が襲ったという。すでに、長崎市などで亡くなられた方が出ているようだし、大分でも小学生が増水した川で溺れてしまったというが、何とも恐ろしい。まさに、青少年の一座が開催される福岡市でも1時間に120ミリの雨というから、本当に心配だ。ライトをつけたまま水没したの写真も配信されていた。大丈夫か。
 今日、被災した防府市では「1時間に30ミリの雨が降る恐れがある」ということで避難勧告を出していた。21日の記録的な豪雨も1時間に70.5ミリとのことだから、九州北部は先日を上回るゲリラ豪雨に見舞われたことになる。
 立正安国論上奏750年の御正当。本当に、いろいろなことが起きる。十分に注意して過ごしていただきたい。防府市の被災した方の家に空き巣が入って、ノートパソコンなどが盗まれたという事件があったようだが、これを聞いて、憤るというか、本当に、世にも恐ろしい犯罪、そういう社会になっていると痛感した。

境内地の砂利

 妙深寺の境内地に新しい砂利が敷かれた。
 昨日、信仰師からメールが届いた。小さな、細かな砂利で、綺麗だとのこと。早く見たい。砂利の大きさなど素人では分からないからプロにお任せしたのだが、小さめの砂利を選んでくださったようだ。まだ写真でしか見ていないが、きっと綺麗だろう。ずいぶん境内地が痩せていたから。
 奈良に行った際、法隆寺などとはじめ、代表的な寺院は細かな砂利が敷き詰められていた。少し茶色がかったもので、「これは、どのくらい昔から敷かれていたのだろう」と考えていた。江戸から明治に変わり、明治元年に出された「神仏分離令」で興福寺などは荒廃してしまったと聞く。その当時の写真を見たことがあるが、興福寺だけではなく法隆寺などもボロボロな壁で参拝者もいなかったようである。今や修学旅行の学生の多くが訪れ、観光客もたくさんいるが、100年以上前はそんな状態だった。
 いま、法隆寺は「聖徳宗」という宗派となっている。どんな宗か、私は知らない。奈良のお寺は、近代になって修復が行われて、今や絢爛豪華な建物を復元したり、綺麗に整備されたりしている。となると、綺麗な砂利も、最近になってから入れたのか、それとも歴史的にこうして整備してきたのか…と考えていたのである。
 つまらないことかな。でも、あまりに綺麗なので、写真まで撮った。「妙深寺は車が入るし、あまり小さな砂利ではいけないのかなぁ」「ローマのフォロ・ロマーノには2000年前の石畳が残っていたなぁ…」とか。いろいろと考えていたのだが、とにかく、妙深寺も、綺麗な砂利が敷き詰められたと言うことで嬉しい。ぜひ、夏期参詣中にお参詣をいただき、ご覧いただきたい。

急いで往復

今朝の本山は夏期参詣に、門祖総講。夏期参詣中は、通常の朝参詣に、30分の口唱会。また、そのあとで法悦殿の四階に安直されている高祖手自開眼の御尊像や他の御尊体の御前にてお看経。ご挨拶が終わると、もう9時。

急いで麸屋町に戻って、またご奉公に出なければ。

横浜の夏期参詣も頑張ってくださっているだろうか。今夜、ようやく横浜に。

2009年7月23日木曜日

お参詣、1448名でした!

 昨日は19時から京都と横浜を結んで、ウェブ会議。教講推進会議に参加。
 そこで、先日の開導会のお参詣報告をいただいた。妙深寺の地元参詣は1333名。昨年の開導会が1303名だったので、近年では最高のお参詣数をいただいた。本当に、有難い。
 また、他寺院からは12ヶ寺115名のお参詣をいただき(その中で52名が団参者ではなく、随意でお参詣くださったとのこと)、総合計1448名のお参詣となった。ご供養が足りなくなったのも致し方ない。本当に、ありがたいご奉公となった。
 秋の高祖会に向けて、さらに喜びをもってご奉公させていただきたいと思う。

真夜中のお助行

 妙深寺の兼子清顕のブログを読み、本当に、「良いご奉公をしてくれている」と、涙が出る思いがした。
 清顕は、青山学院大学の在学中に、佛立教務になることを志して得度した。佛立教務の家族でも親戚でもなく「在家(ご信者さん)」からの得度者で、本当に有難いと期待している。
 その清顕は、開導会の夜に、お助行で朝方までご奉公していた。開導会の後といえば、朝から真夜中までのご奉公が続き、心も身体もクタクタになる時。その夜に、ご信者さんからのSOS、本当に苦しんでいる声に対して、迷うことなくご奉公に出掛けた。その信心、その姿勢、行動力、ご奉公ぶり。それを、丁寧に文章にまとめていること。それが、有難い。佛立教務とはこうであらねばならぬ。いつも、怒ってばかりいるが、褒めてつかわす(笑)。
 下記に、清顕の文章を載せさせてもらいたい。
=====================
 ありがとうございます。
 20日の夜、御会式の片付けなども終わり、ほっくりしていると23時頃にお電話がありました。
 このご家庭はご信心をされて一年。お母さんと娘さんの二人暮らし。ちょうど昨年の開導会の時にお参りされ、奉安の教化になりました。このお母さんがもう30年も前から精神的な病で苦しんでいて、いろいろな宗旨にも行ったということですが、何とか良くなりたいということで妙深寺にお参りされました。
 実は娘さんも成人になっておりますが、中学から登校拒否をしており、現在、高校卒業の資格のとれる学校に通学をしております。
 娘さんとも話をする機会があるのですが、娘さんとしてご信心には抵抗のある様子。それでもお母さんが少しずつでも良くなっているということを喜んでおりました。
 いつもはお母さんから連絡があるのですが、この日は娘さんからの着信。ただごとではないなと思って出たら、大泣きをしながら叫んでいました。
 話を聞くと「ひとつの収入源がなくなってしまう、生活ができない、もう生きてられないとお母さんが言っている、お母さんが怖い」と泣き叫んでいました。
 よっぽどのことだなと思い、すぐに行きから待っててと行ったのですが、少し落ち着いて、このお母さんと電話口でお話をしました。事情を伺い、「落ち着きました」ということなので「じゃあ、今日は遅いので明日、お助行に伺います」と電話を切りました。
 そうしていると、0時30分にまた娘さんが連絡があり、お礼の電話かな?なんて思っていたら、先ほどと同じように泣きながらの電話。さきほどとまったく状況は変わっていないということでした。
 お母さんは「来ないでください」と言ってましたが、「行きます」と押し通して、とりあえずお数珠だけ持って、シャツとジーパンという格好でしたが、ずっと娘さんと電話で話しながら向かいました。
 家に着き、お参りさせていただき、お話を伺い、私からもお話をさせていただきました。最近はお寺参詣も無く、お看経も上がらない、御宝前は埃をかぶってしまっている。ちょうど娘さんの手術があったので、そのことも影響をしたのだと思います。
 むしろ収入が減ったことがお計らい、浪費してしまっている今の生活が改められます、自立への第一歩になりますとお話し、また一からご信心をすることをお約束しました。
 娘さんからも「お母さん、ちゃんと信心するって言っても、してないじゃん!」と。内心は「娘さんも信心しないと…」と思いましたが、拒否をしていた娘さんにしては前向きな言葉があり、有り難かったです。
帰りは3時頃になりましたが、よく考えてみると同じように苦しんでいる家庭が一体どれほどあるか。ましてやそこに御本尊もなく、ご信心もなく、お寺との繋がりもなければ、「人生に諦める」という選択になりかねない。
 ご信心こそ最後の砦であり、最良の方法。根本を良くしなければ、本当の意味で良くはなりません。
私たち家族が、祖父が行方不明の時に、同じようにご住職に助けていただき、その姿を見ていますので、こうやってご奉公させていただけることが大変に有り難いです。
 今日も伺ったら、さっそくこのお母さんが料理を作り、娘さんと一緒に食べておりました。娘さんの将来もあるので、何とか幸せになってもらいたいです。いや、ご信心があれば、必ず幸せになれる、乗り越えられる。
 本当にご信心の必要性を痛感します。
 清顕、
=====================
 ありがたい。いいご奉公をしてくれている。
 佛立第八世講有・日歓上人のお話を思い出す。日歓上人の伝記は、50年以上前に妙深寺初代御住職・日博上人が書かれているので、そちらを読ませていただいたことがある。そこには、日歓上人が青年教務だった頃のことが書かれている。
 日博上人は、世田谷別院にお住まいになっておられた日歓上人のお側にお給仕され、さまざまなことを教えていただいたという。その当時のノートが残っていて、そこにはビッシリと佛立教務道、若い頃のお話、ご奉公体験談、御利益談などが記されていた。それを、文章にまとめて伝記とされたのである。
 日歓上人とお師匠であられる四世日教上人とのお話。そこから、関東開教草創期の仲むつまじい師弟関係や、後に「日本第一の弘通家」と呼ばれるようになった巨人としての日歓上人の片鱗が伺えるエピソードがある。
 日歓上人がお若い頃のある朝、朝の勤行に出てこない日歓上人を四世日教上人が起こすシーン。日教上人が起こしに行く。日教上人は寝ている弟子の布団に冷たい一升瓶を突っ込んで起こされていた(笑)。珍しく日歓上人が寝坊した朝、日教上人が起こしに行き、一升瓶を布団に突っ込むと日歓上人が寝ぼけて日教上人をぶってしまったというのだ(汗)。
 きっと、こんなお話を、日歓上人は「こんなことをしてしまってね…」と若い教務であった日博上人たちにお話になったのだろう。しかし、日教上人は、日歓上人のこの失敗の後で、「清歓(日歓上人の僧名)は仕方ない。朝一番から真夜中までご奉公をしておるからのぅ。」と言ってくださったという。
 このようなお話を聞いて、朝寝坊が許されると思ったら大間違いだが、それでも朝だけ起きて午前中は昼寝して、夜も早くから寝るというだけなら、きっとご弘通は出来ないだろうし、ご信者さんも助けていないのではないかと思わなければならないと思う。
 佛立教務の真髄とは、「いざ」という時、ご信者さんがSOSを出されている時に、飛んで出て行って助けるところにあると思う。少なくとも、「日本第一の弘通家」といわれた日歓上人のご奉公の姿や日博上人のご奉公の姿勢をお聞きしてゆくと、そのように思う。
 清顕が、こうして夜中に飛び出してご信者さんのために動く、お助行させていただく、ということの有難さを、私たちが住むこの世知辛い世の中で、「こんな場所がある」「こんな人がいる」ということを知っていただきたい。佛立信心、佛立宗のお寺、佛立宗の教務とは、何とありがたいことだろうか。ミッション系の大学を卒業して得度した、清顕のご奉公から、佛立教務のご奉公を、あらためて感じて嬉しくなった。
 ありがたい。妙深寺では、こうしたご奉公を目指している。

2009年7月22日水曜日

日蝕、見ました?

 京都からも、雲の切れ間から日蝕が見れた。
 すごいなぁ。天文少年の血が騒ぐ。少しだけ、気持ちがやわらぐ。地球、月、太陽。想像を絶する、壮大な営み。生かされていることに気づけば、今目の前にある問題も小さくかすんでしまう。
 宇宙に。太陽に。本当に、すごいなぁ、ありがたいなぁ、と感謝の言葉を伝えたくなる。
 漆黒の宇宙に浮かぶ、地球を感じられる、素晴らしい機会。戦場で戦っていた兵士たちが、日蝕を見て戦うのを止めたという故事を思い出す。
 人間が、その存在の小ささ、命の貴重なること、生きとし生けるものとの尊い絆を思い返したら、謙虚になれるのに。もっと、いい生き方ができるのに。御宝前に、御本尊に向き合う私たちは、いつも、こうした壮大なものに頭をひれ伏す大切さを知っているはず。
 それにしても、今年は、いろいろあるな。立正安国論上奏750年、人類月に到達して40年、ダーウィン誕生200周年と『種の起源』出版150周年。いろいろ、あるなぁ。

2009年7月21日火曜日

妙深寺のお見送り

 妙深寺の開導会が、無事に、そして盛大に奉修されたことは何度も書かせていただいた。藤本御導師には、本当に感謝してもしきれない。

 妙深寺には恒例のお見送りがある。庫裡でご供養をさせていただいてから、お帰りの際に庫裡の前にご奉公者一同が集まる。ボーイスカウトもガールスカウトも集まって、全員で奉修御導師や出座御導師、御講師方をお見送りする。そこでは、「ありがとうございましたぁ!」という元気な声があふれて、車が動き出す頃には「拍手」!拍手でお見送りするお寺も珍しい。そして、ボーイとガールはスカウトの敬礼を以てお車が見えなくなるまでお見送りする。

 団参の方々に対しても同様で、遠くから妙深寺にお参詣くださった方々に対して、心の底からの感謝を表してお見送りする。団参のバスまで、境内地からお出になるまで、ずっとお見送りして、手を振り、感謝を述べて。

 実際、こういうご奉公がはじまったのは、会議か何かで決めたわけではない。だから、私は有難いと思っている。恥ずかしながら、私から、そう指導したわけでもない。一生懸命に「感動あるお会式を作ろう」と声を掛けて、ご奉公を進めてきた中で、自然とお見送りで拍手が湧き起こるようになった。団参の方々へのお見送りも、ご奉公をしてくださる皆さまの気持ちから、こういう形になってきた。本当に、ありがたい。

 実は、お会式の最後、無始已来が終わった後でも、本堂内でお参詣の方々から拍手が起こるのが妙深寺。明るく、楽しい。この拍手、一番の宝物、一生懸命にご奉公してくださった方々へのご褒美だと思う。本当に嬉しいし、ありがたい。いつも、こうして感謝や感動を表してくださることに励まされる。

 本当に、ありがたい。

解散しましたね

 すでに、今日から京都でのご奉公。雨が激しく降っている。山口県では大雨の被害が出ているようだ。新幹線も運転を見合わせているらしい。
 今日は、天候だけではなく、政治の世界、日本という国家も荒れているようだ。いや、荒れているかは分からないが、とにかく衆議院が解散された。これから、「センセイ」は「普通の人」になり、国民が責任を果たすべき時が来る。
 それにしても、解散直前の政治家の方々の動きや発言には、驚いたり、感心したり、「はぁ~」とあきれたり、あまり楽しんではいけないのだろうが、「政治ショー」と言ってもいいくらい次に何が起こるか分からないから注目を集めただろうと思う。ピントのズレた人やら、やや良いこと言っているような人やら、パンチの強い人、トンチの強い人、どっちもない人など、いろいろな御方がおられるのだと、改めて実感した。
 メディアの責任は重大だ。「本当のジャーナリズム」について、私は懐疑的で悲観的だが、メディアが負う責任の重さは変わりない。政治家の方々の発言や街頭インタビュー、コメンテーターの発言など、いろいろなことに対しても、ある程度の指標をもっておかなければ迷ってしまう。右往左往してしまう。
 押しの強い人、賢そうな人、しっかり政治的な計算をして喋る人、全く計算なしで喋る人などがいると思うが、とかく「人」で判断すると間違う。「人間性」は、とても大切な要素だが、もっと深いところを見て、判断していかなければならないと思う。
 私たちのご信心でも、「法面人裏」と「人面法裏」ということがある。「御法」を表にして「人」は後ろに。「人」が表に出て「法」が後ろの時代じゃない。しっかりと、「法」で、いかないと。「自灯明」「法灯明」という御仏の御遺言もある。
 人気のある人が出てくると、全てがチャラになるような部分があるから怖い。そうじゃなくて、今回はもっと冷静に、と思う。私たちは、長い目で、問題の本質を見据えて、これから出てくる「法」を見据えて、選んでいかないと。
 私は、支持政党は全くないが、今の日本にとって必要なのは「変える」「変われる」ということなんじゃないかとは思う。
 とにかく、これから政治的な駆け引きよりも、それぞれの地元で天下分け目の選挙戦が始まる。私たちも、しっかりしなければ。

2009年7月20日月曜日

さらに、御利益は続く…

 さらに、さらに、この開導会では、「現証の御利益」が続くわけで、本当に有難いと感じている次第。
 藤本御導師をお迎えし、ご供養のご接待、交流会をして妙深寺に帰ってきたところ、望ちゃんが報告してくれた。土曜日の第一座にお参詣された方(名前は伏せますね)から電話があったとのこと。本当に、御法門でお聞きしたとおり、現証の御利益をいただいた!と。
 第一座の御法門の詳細は8月号の妙深寺報に掲載することになるので内容は書かないが、御法門の最後に「この開導会の帰りの道から現証の御利益、サインは出ます。それに気づいて欲しい」と説かせていただいた。実際、今まで数え切れない方々が妙深寺から帰る道、その日、その時から、妙不可思議な体験をされている。私の経験上、特に、「初回限定御利益」と言って笑っているのだが、新しくご信心を始められた方が、圧倒的な確率で、この体験をする。
 逆に、「うそぉ、毎回お参詣しても、そんな経験ないわ」という方がいたら、そのサインが無いというのもサインなのである。もっと感受性を高めて、耳を澄まして、心を素直にしなければ。ご信心が落ちているかな?マンネリかな?そういう方は、「ご信心を改良しなさい」というサインであり、「今の信心の仕方は間違っていますよ」というサインなのである。
 御法門の最後でご紹介した御教歌。
「祈りても しるしなきこそ しるしなれ 祈る心に まことなければ」
 「しるし」というのは、私が言う「サイン」であると現代では捉えた方が分かりやすいと思う。「サインの無いのがサインだ」という。この御教歌では、「祈る心が本当じゃない」「祈る心に真実がない」と、素直に、御宝前に向かっていないじゃないか、真っ直ぐに御題目を唱えていないではないか、と教えてくださっている。
 いずれにしても、現証の御利益が速やかに顕れることこそ、佛立信心の真骨頂である。こちらの在り方次第で、御法さまは即座に応えてくださるということは間違いない。改良さえすれば、素直でありさえすれば、現証の御利益はお寺からの帰り道でいただける。
 お寺に連絡をいただいた内容は、帰り道で商店街の抽選をした、そうしたら何と「自転車が当たったんです!!」とのことだった。しかも、「8万円の自転車!」と。もう、本当にありがたい。「お忙しいと思ったのだけど、どうしてもお伝えしたくて」と仰っていたという。忙しいなんて、とんでもない。教えてくださって、元気出ました!本当に、ありがたい。
 この有難いお話は、ご奉公者のみなさんにお話しした。本当に、みんなで随喜させていただいた。
 そして、今日の朝。またまた、有難いことが。上星川教区の前田さんが朝参詣後のご供養場で声をかけてくださった。
 「御住職、昨日のお話ですけど、あの、自転車の。実は、私も昨日のご奉公の帰り、団地の抽選があったんですよ。それで、まさかなぁと思って、やってみたんだけど、なんと、三等賞が当たったんです。こんなこと、初めてで…。もう、本当にありがたいなぁって」
 いやはや、まいった。本当に、ありがたい。こんなに、続くなんて。あり得ない。
 しかし、ちょっと待って。確かに、続けて二人のお参詣者が抽選に当たったからといって、サマージャンボ宝くじの販売所に走らないでね(笑)。御利益は、書いたように「いいこと(僕らが考える)」だけじゃない。サインは、サインがあるのも、サインがないのも、サイン(汗)。とにかく、何よりも「大切なこと」に「気づく」ための「サイン」なのだから。こうして、私たちに分かりやすいように、御法さまが二人の方を通じて、御法のお力の尊さを教えてくださったのだと思う。だから、お二人が得たことによって、「信心してりゃ、抽選に当たる」と思うのは、やや短絡的(笑)。それだけじゃない。
 とにかく、開導会を通じて、本当に「現証の御利益」を知って、見て、感じられたことが、何よりの「現証の御利益」「サイン」「おはからい」だった。ありがたい。

開導会でお教化が出来ました!ありがたい!

 開導会、昨日の夜は、もう一気に書いてしまった。もっと書きたかったのだが、そのまま書いていると朝からのご奉公に支障をきたすと思って無理矢理ストップ。本当に有難かったので、ベッドに入っても、いろいろと思い返し、考えていた。
 お天気のことを書いたが、私はあまり天気にはこだわっていない。関西生まれで関東育ちというのが理由か、日颯上人のお言葉や日晨上人のお言葉が印象にあるのか分からないが、「どっちゃでもえーやん。お百姓さんが喜ばはる」と思って。でも、さすがに昨日は有難かった。
 泉洋師が「ここだけ雨が降ってないんじゃない?」と言ってくださっていた。大和はどしゃ降りだったというのだから。大和市と横浜市は隣同士で、16キロしか離れていないから。本当に、この点でも「現証の御利益」を見せていただいた、感じさせていただいたと思っている。
 この開導会に、清水の清啓寺に所属されている斉藤さんご家族がスリランカ人の知り合いの方をお連れになった。斉藤さんのお嬢さまは、一緒にスリランカ10周年の団参にもご奉公させていただいた。このブログでもサリー姿の写真を紹介した。将来が心配になるほど可愛い子。実は、そのお母さんは清啓寺の鵜飼師のお姉さんで、彼女は姪っ子さん。似てないなぁ~(笑)。でも、顔はともかく(笑)、鵜飼師は私が尊敬する御講師の一人。そのご信心のDNAが流れているに違いない。
 今回、「妙深寺にはディリーパ君がいる」ということで、知り合ったスリランカのご夫婦に是非ご信心をお勧めしたいということで、お連れになったのだ。その斉藤家のご信心前、熱意に頭が下がる。開導会のご奉公の最中、ディリーパ君に紹介し、ずっとお話しをしてくれていたようだ。聞いてみるとスリランカの家はディリーパ君の家の近所だという。すごい。御縁が深い。
 さすがのディリーパ君は、いとも簡単に(汗)ご信心の尊さをお伝えし、「是非、御本尊をいただけないでしょうか」と相手のご夫婦は申し出られ、お教化となった。すごい、ディリーパ!えらい。月末に一時帰国する前だったので、今回の日本滞在でお教化ができたらと思ってきた。それでこそ、飛躍的にご弘通が発展するスリランカ本門佛立宗の代表。ありがたい。
 不安の多い日本での生活。ご主人は日本に来て6年目ということだが、ご夫妻でご信心をはじられ、素直にお参詣し、御題目をお唱えする中で、現証の御利益を体感、体得していただきたい。きっと、御法さまのお見守りとお導きをいただける。そう、斉藤さんご夫妻がいるから大丈夫のはずだ。ありがたい。

階段昇降機での涙

 階段昇降機を付けて、よかった(涙)。足の悪い方、お身体の弱っておられる方が、お参詣くださり、ご活用くださった。今まで、これほど、辛い思いというか、ご迷惑をかけていたのだと、痛感した。
 妙深寺は、エレベーターが設置できない。設置するとなると構造上たいへんな金額となる。苦渋の決断で、昇降機を設置することとした。何としても、今まで妙深寺を支えてこられた方々、今はお年を召した方々に報いなければ。エレベーターではなくてもいい。時間がない、と。
 今日、お参詣くださり、昇降機を使ってくださった方々。久しぶりのお参詣。お参詣してくださったのだね。ありがとう、ありがとう、と声を掛けると、涙を流して、顔をクシャクシャにされながら、ご挨拶をくださった(涙)。こちらの方が泣けます。申し訳ありません。泣かないで、おばあちゃん。本当に、ありがとうございます。ご挨拶できて、会えて、よかった。お参詣、できて、よかった(涙)。
 安全に使用できるようにと、昇降機のご奉公をしてくださったみんなも、ありがとうございます。

今日は飛行機、明日は電車

今日は飛行機を使わせていただいて、明日は小倉駅から新幹線、京都駅でサンダーバードに乗り換えて敦賀、敦賀で北陸新幹線に乗り換えて長野へ向かう予定です。 小倉から京都は591キロで148分、京都から敦賀は94キロで52分、敦賀から長野は353キロで110分だそうです(乗換案内さんが教...