2008年9月28日日曜日

涙のご回向

 急に涼しくなってきた。
 土曜日は、東北新幹線に乗って遠方のご奉公。駅に降りると横浜で感じていた以上の涼しさ、寒さまで感じた。秋はいい。秋は、空がとてもきれいだ。空気が澄んでいて、何ともいえない気持ちになる。
 来着を待ってくださっていたお宅は、天保年間から続く土地の名士で、藩政まで支えて名字帯刀を許された御家系で、当主は代々近在にある臨済宗の檀家総代を務めておられたという。しかし、その日ご回向をさせていただく方の代で、本門佛立宗のご信心をはじめられた。
 19才の時、事故をきっかけに体調を崩した。医者が手を離すほど永く続く重篤な病状を嘆き、生きていくことに絶望しておられたのだろう。ワラをも縋る気持ちでキリスト教に入信したが進展なく、さらに神仏に縋りたいと大滝不動尊に頼るも病状は好転しなかった。精神的に、生きていく気力も失い欠けていた時、ある方から本門佛立宗のご信心を薦められた。累代の檀家総代を務めるほどであったのだから、当然ながらご両親は猛反対した。しかし、本人の決心は固く、ご祈願を開始され、ほどなく現証の御利益を感得、そのご信心は生涯に亘る確信に満ちたものになった。
 そう、一生涯、こうしていただかれた現証の御利益、日々に感得する御利益を忘れず、この御題目を一人でも多くの苦悩する方々にお届けしようと、まさに菩薩としてご奉公くださった方。そのご家族からお招きをいただき、ご回向の一座を勤めさせていただいた。ご回向の席、今では家族親族の中にもご信心されていない方も多く、そうした方もいるので一言お話をいただきたいということで、させていただいた。
 私は、ご本人のご信心に対する思いを、少しでも分かっていただきたいとお話させていただいた。「なぜ、代々のお寺から離れてまで、このご信心をされたのでしょうか」「キリスト教、不動尊と、いろいろと試みて信心してみて、この御題目こそと思われた事実、その思いを、知ることが何よりのご回向と思います」とお話しした。
 このご信心、代を経て先代を想えば、「父さんは変わった信心に入ったものだ」程度に思ってしまうことが何より哀しい。そう思ってしまうのも仕方ないことかもしれないが、そう思って欲しくない。そこには、後代の私たちが想像するに余りある、想像も及ばない、壮絶な人生があり、現証の御利益があり、何とも言えぬ喜びがあり、秘して明かせない使命感があったと思える。これほどの方のご回向の席だからこそ、そのことに思いを馳せたい、と。
 私たちは、「○△鑑定団」のように、家に眠ったお宝の本当の価値を知らしめたい。価値のないものを大切にし、価値あるものを蔑ろにしていては勿体ないのだから。壺、掛け軸、書、額、贋物もあれば、本物もある。鑑定に見ていただいて、一喜一憂する姿を見て楽しむテレビ番組はいいが、ご信心に照らせば同じこともいえる。この御本尊、生きてまします御本尊、本門佛立宗のご信心は、言葉にすることも出来ないほど有難いもの。その一点、ご回向の席で知っていただきたい、と。
 しかし、最後に、ご家族・ご親戚に、深く頭を下げた。「また、今ひとつ、この場を借りて、みなさまに申し上げ、ご理解をいただきたいと思います。もしかすると、先代がこのご信心に励まれていたことで、ご家族の皆さんは淋しい思いをされたかもしれません。お父さんはお寺に行ったきり。なんで?淋しい、と。その点、私も幼い頃はそう思っていました。お寺にお父さんやお母さんを取られているような気持ちがしていました。しかし、皆さん、お父さんのお心を、どうか考えてください。ご家族には淋しい思いをさせたかもしれませんが、皆さんが知らない、たくさんの人たちが、きっとお父さんに助けられた、支えてもらった、病室にお供水を届けていただいた、お助行してくださった、感謝している、今あるのは、あの人のお陰、とまで頭を下げ、感謝しておられるはずです。お父さんは、御題目で自分が助けていただいた以上、いま苦しんでいる人を、放っておけなかった。苦しんだり、悩んだりしている人がいたら、どこにでも駆けつけていかれた。どうか、そのことを、ご理解いただきたいのです。それほど、このご信心は尊い。淋しい思いをさせてしまったかもしれません。しかし、どうか、今となって、ご理解していただきたい。そして、このご信心を、しっかりと受け継いでいただきたい」とお話しした。
 葬式仏教でも、法事を勤めるだけの宗旨でもない。そのお布施で生活するお坊さんでもない。生きている方、遺された方に、御仏の教えをお伝えしなければならない。その、生きた仏教に、お父さんは、言い方は悪いが、惚れて、心酔して、ご奉公くださったことを。
 涙、涙のご挨拶、ご回向となった。生前、本当に、かの方は、雪が降り積もる中でも、長グツを履いて病気の方のために歩きに歩いて、ご奉公されたという。苦しんでいる方、ご病気の方のために、ずっとご奉公されていたと。確かに、反発していた時期もあったが、いま、父の、その想いが、少し分かるようになったのです、と。涙、涙。
 有難いご奉公だった。

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