2026年4月23日木曜日

「米国十字軍」という言葉を聞いて

 

もはや、誰も読まないだろう。興味がないし、それどころではない。面白い話、もっと怖い話、娯楽、ゲーム、いろいろある。ネガティブな話なんて、聞きたくもない。落ちる。バイブスが下がる。


感覚が麻痺してゆく。


周到に準備された謀略や出まかせ、根回しや目くらましによって、ゴールラインが移動しても、スタートラインがバラバラでも、罪なき子どもたちが死んでいっても、何も言わず、何もできなくなっている。


世界最強の軍隊を率いる人物が「American Crusade(米国十字軍)」と題する本を書き、戦争の当事者となってる。


多くは小善を見て大善を知らず、小悪を糾弾して大悪を見ず。


人類は闘争の時代に入り、そこはアフリカのサバンナと大差ない。社会は「人間らしさの追求」とは真逆の方向へ舵を切っているように見える。


他の宗教を尊重し、みんなで手に手を取りたい。人間の可能性を信じたい。しかし、冷静に歴史の事実を、人間たちの習性を、知れば、小善と大善、小悪と大悪の本質が見えてくるだろう。


ユヴァル・ノア・ハラリが言うように、人間は「虚構」を信じることで大きな共同体をつくり、文明を築いてきた。しかし同時に人間はその虚構に呑み込まれてもきた。


自分たちが作った物語に支配され、そのために争い、憎み、殺し合い、人生を費やす。宗教もまたその例外ではない。人を慰め、支え、励まし、共同体を結びつけるはずの宗教が、時に排他性を強め、権威をまとい、政治と結びつき、人間の恐怖や欲望を増幅させてきた。


今や、その習性を巧みに利用して、一部の政治家や超富裕層、権力者は大衆をカゴの中へ誘い込んでいるように見える。AIがそれらを支える時代が来るだろう。


『仏教徒 坂本龍馬』 (長松清潤著 / 講談社・2012)は海援隊の公式出版物『閑愁録』を研究・解説した本。そこには「天竺の仏法とのみ云うべからず。皇国の仏法なり。」「独り仏法は無辺の鳥獣草木にいたるまで済度すべし。何ぞ況や有縁の衆生に於ておや。」とあり、坂本龍馬や海援隊が仏教による世界の平和を希求していたことが読み取れる。


この本の中に「危険な遺伝子」という小項目を設けた。それは『閑愁録』が西欧の「宗教」の危険性について触れていたからである。坂本龍馬ら海援隊は、幕末の志士たちのように植民地主義の列強に義憤したり、孝明天皇のように西欧人をアレルギーのように忌避したりしたのではなく、「なぜ危険なのか」を宗教的な側面から捉えていた。それを論じたのが海援隊蔵版『閑愁録』である。龍馬暗殺後、長らく時代の硝煙の中に忘れ去られた。


明治維新後、日本は日本で「神の国」となった。そこに自由主義的思想として西欧の宗教が入ってきた。封建的な日本人の思考より魅力的に感じた人びとが多くいた。ある意味、先取の気風に富んだ人たちが西欧の宗教に惹かれ信仰するようになった。自由民権運動の活動家や龍馬のご子孫もクリスチャンになったことも知られている。


ただ、あの幕末期、龍馬たちが『閑愁録』で指摘したことは現在の世界情勢を理解する上で大切な視点に違いない。


私にはクリスチャンの尊敬する先輩や友人がいる。敬虔なユダヤ教徒、明るく楽しいムスリムの友もいる。ただ、今の原理主義的なディスペンセーション主義や千年王国を待望する信仰に恐怖を感じている。このまま黙して語らないことは未来に対する怠慢であると思い、下記、『仏教徒 坂本龍馬』の160頁〜166頁の文章を掲載することとした。


このような長文に付き合う人は稀だと思う。少し訂正しながら掲載した。時間があればお読みいただきたい。



「危険な遺伝子」


なぜ、龍馬らはキリスト教をここまで危険視したのであろう。浦上の敬虔なクリスチャンたちに同情しなかったのであろうか。彼らは一人ひとりのキリスト者を忌み嫌ったのではない。仏教の慈悲深い教義を知らぬままキリスト教徒になることは無知なだけであり、危険な遺伝子を持つ彼らの教義を信じることは惑わされているに過ぎないと指摘したのである。


ここで言う『危険な遺伝子』とは人種や民族のことではなく、教義の内部に埋め込まれた、排他性・終末待望・暴力正当化へ接続し得る行動原理の比喩である。


実際、日本の隠れキリシタンの教義は本来のカトリック教義から外れ、日本の伝統的文化や思想の中で変容していたことが指摘されている。たとえば、キリスト教の骨格を為す「原罪」の教義を説かず、観音信仰のように解釈していることもあった。そこには、旧約聖書にあるような、明らかに偏り、怒り、時には殺戮まで求め、それを容認する神はいない。人間は誰しも偉大な何かに畏敬の念を抱いているものだ。彼らの多くは、それぞれが欲する温かさや慈愛を、「神」や「イエス」や「マリア」に投影していたとも言える。それを龍馬らは『閑愁録』に於いて「誑惑されている」と指摘した。


米国同時多発テロやその後のアフガニスタン、イラク戦争など、旧約聖書に端を発するユダヤ教、キリスト教、イスラム教同士の紛争や戦争は現代に於いても後を絶たない。それらの宗教は植民地化政策を推進していた欧州各国と共に世界に伝播し、中南米では先住民に対して恐ろしい虐殺を行った。これらは歴史的な事実であり、今なおそれらの宗教がもたらす災禍は個人の幸不幸の境界を超えて、世界全体を不幸に巻き込んでいると考えられる。


旧約聖書には「選民思想(神に選ばれた民が絶対正義であり、それ以外は絶対悪、もしくは従うべき民)」と、「戦争容認」の思想が隠されている。たとえば旧約聖書の第6書「ヨシュア記」では、神はモーゼから引き継いでイスラエルの民の王となったヨシュアに対して、約束の地を奪還するための戦争を開始するように命じている。

 

主はヨシュアに言われた。『恐れてはならない。おののいてはならない。全軍隊を引き連れてアイに攻め上りなさい。アイの王も民も町も周辺の土地もあなたの手に渡す。(後略)』(中略)その日の敵の死者は男女合わせて一万二千人、アイの全住民であった。ヨシュアはアイの住民をことごとく滅ぼし尽くすまで投げ槍を差し伸べた手を引っ込めなかった

(ヨシュア記 第八章第一、二十五、二十六節)

 

その後、神は戦争の方法を手引きし、ヨシュアは言われたとおりラッパを吹き鳴らしながら戦争を開始する。

 

七度目に、祭司が角笛を吹き鳴らすと、ヨシュアは民に命じた。『鬨(とき)の声をあげよ。主はあなたたちにこの町を与えられた。町とその中にあるものは、ことごとく滅ぼし尽くして主にささげよ。(中略)金、銀、銅器、鉄器はすべて主にささげる聖なるものであるから、主の宝物倉に納めよ。』角笛が鳴り渡ると、民は鬨の声をあげた。民が角笛の音(ね)を聞いて、一斉に鬨の声をあげると城壁が崩れ落ち、民はそれぞれ、その場から町に突入し、この町を占領した。彼らは、男も女も、若者も老人も、また牛、羊、ろばに至るまで町にあるものはことごとく剣にかけて滅ぼし尽くした

(ヨシュア記 第六章第十六、十七、十九~二十一節)

 

これらの町町の分捕り品と家畜はことごとく、イスラエルの人々が自分たちのために奪い取った。彼らはしかし、人間をことごとく剣にかけて撃って滅ぼし去り、息のある者は一人も残さなかった。主がその僕(しもべ)モーセに命じられたとおり、モーセはヨシュアに命じ、ヨシュアはそのとおりにした。主がモーセに命じられたことで行わなかったことは何一つなかった

(ヨシュア記 第十一章第十四、十五節)

 

ヨルダン川を渡りつつ、村々を焼き払い、女性や子供までをも殺戮しながら、ヨシュアは約束の土地を奪還することに成功する。ヨシュアがこのことを神に報告をすると、神は彼を褒め称える。


このように、「旧約聖書」には極端な思想を生み出すべき過激な行動原理が表されている。

 

主はヨシュアに言われた。『彼らを恐れてはならない。わたしは明日の今ごろ、彼らすべてをイスラエルに渡して殺させる。あなたは彼らの馬の足の筋を切り、戦車を焼き払え』

(ヨシュア記 第十一章第六節)

 

こうした教えが恐ろしい十字軍の遠征となり、植民地での虐殺を招いたのである。「約束の地」は現在のイスラエルの国歌にも反映され、イスラムのコーランの根底にも、「ゴッド・ブレス・アメリカ」を標榜する超大国・アメリカにも流れてしまっている。アメリカの唱える自由と平等は、普遍的な真理の下ではなく、この「神」の下にあることを前提にしている。


1095年、十字軍の遠征はビザンティン皇帝アレクシウス一世がカソリックの教皇ウルバヌス二世と謀議し、大規模な東方遠征を行ったことから始まった。二世紀にわたって繰り広げられた衝突は、宗教的な熱狂が生みだしたおぞましい殺戮と略奪の歴史である。まさに、キリスト教の危険な遺伝子を象徴するのが「十字軍遠征」であった。


米国同時多発テロの直後、アフガニスタンに侵攻する直前、2001年9月16日、ブッシュ米国前大統領は、

 

これは新たな十字軍である(「This crusade, this war on terrorism.)

 

と述べた。熱心なキリスト教徒であるブッシュ氏は、中東に攻め入る米国は「十字軍」と同じような正当性や使命があると信じていたのだろう。イスラム教徒たちの反発によって後に撤回したが、この言葉は彼の宗教や思想からすればむしろ自然な発言と言える。しかし、それが果てることのない憎悪の連鎖を生み出すことになると知っていただろうか。いや、知っていたとしても主が戦争を認めていると信じているのだから、何ら疑問に思わなかっただろう。


十字軍遠征の中で最も凄惨な出来事が、1098年のマアッラ、1099年のエルサレムの陥落である。十字軍側の年代記作者であるカーンが書き残したものを読むと、

 

マアッラで、われらが同志たちは大人の異教徒を鍋に入れて煮た上に、子どもたちを串焼きにしてむさぼりくらった。

 

とある。この事件を見聞きしたアラブ側の詩人ウサーマ・イブン・ムンキズは、

 

フランクに通じている者なら誰でも彼らをけだものと見なす。勇気と戦う熱意にはすぐれているが、それ以外は何もない。動物が力と攻撃性ですぐれているのと同様である。

 

と書き残している。約900年前の記録である。文中の「フランク」とは十字軍で中心的役割を担ったゲルマン系のカトリック教徒たちを指す。特に、1099年7月のエルサレムの陥落では、

 

多数の男女が殺された。フランクは一週間以上にわたってムスリムを虐殺した。ユダヤ人はシナゴーグに集まった所をフランクに焼き殺された。彼らはまた聖者の記念建造物やアブラハムの墓を破壊した。

 

とイブン・アル=カラーニシは記述を残している。アミン・マアルーフは次のように記した。

 

彼らは筆舌に尽くしがたい殺生を重ねて勝利を祝い、その上で口先では崇めているといいながら、その聖都を荒したのである。

 

21世紀に始まった新たな時代の新たな戦争。果たしてそうだろうか。文明の衝突やテロとの戦いと言われるが、十字軍の時と同じことの繰り返しではないか。「殉教」は「神話」となって英雄を生み出してしまう。子どもの頃に受けた心の傷や殉教の英雄伝は、その家族から民族へと伝承され、新たな殉教者を生み出す。


イエスの時代を記述したといわれる有名な「ヨセフス戦記」には、ユダヤ人たちが戦争に突入する様子を見て、冷静なアグリッパス王がエルサレムで行った長い演説が載せられている。

 

戦いに乗り出す者はみな、神の助けか人間の助けにより頼むものだ。しかし、その助けがどちらからも来なければ、戦いをする者たちは必ず滅びを選び取る。いったい何が、お前たちが自分自身の手で子や妻たちを殺め、このもっとも美しい祖国を焦土にしてしまうのを止めることができるのだ。お前たちがこのように狂気に突っ走れば、その得るものは敗北の不名誉だけだ。

 

王はこう語ると妹と共に涕泣した。しかし、ユダヤの民衆はこの王を追放して戦争へ突き進んだ。


仏教にも約3000年にわたる歴史がある。よほどヒンドゥー化した密教でない限り、武将が武運を仏に祈り、民衆が仏教の法力に期待して闘争を開始することはあっても、仏教の中に旧約聖書やイエスの言葉にあるような危険な遺伝子はない。


キング牧師やマザー・テレサなど、キリスト教徒には心から尊敬できる方々がいる。浦上のクリスチャンも同じく敬虔な人々だったに違いない。しかし、そうした徳高き人々の影に隠れて、その教えに危険な原理があることを忘れてはならないのである。それを龍馬らは指摘したのである。


マタイ伝福音書には、愛を説くイエスの言葉として次のような言葉がある。

 

わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣(つるぎ)をもたらすために来たのだ。私は敵対させるために来たからである。人をその父に、娘を母に、嫁をしゅうとめに。こうして、自分の家族の者が敵となる。わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのである。

(マタイによる福音書 第十章第三十四~四十節)

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