2026年4月4日土曜日

8年ぶりの仙台

 




仙台に到着いたしました。明日、仙台 妙護寺の門祖会のご奉公をさせていただきます。


前回、妙護寺様でご奉公させていただいたのは8年前、2018年4月15日のことでした。


あの時のブログを開き、文章を読み、写真を見て、ひとり泣きそうです。ここに写っておられる方々の尊さ、ありがたさ、素晴らしさ、思い出で、胸がいっぱいになります。


僕の隣には高島さんと荒田さん、後ろには杉山さん。柴山局長もいる。藤村さんも元気そう。どなたも最高の笑顔です。全員が全員、みんながみんな、特別な方々です。胸がいっぱいです。


僕は、いい住職ではないと思います。横浜と、京都と、スリランカ、ネパールと、国内や海外を飛び回り、走り回って、それを支えてくださった御講師方、ご信者の方々。本当に感謝しかないです。


近藤御導師もご遷化になられました。さみしい限りです。今や近藤教要ご住職が全身全霊、誠心誠意、ご弘通ご奉公に力を尽くしておられます。


とにかく、明日も精一杯、今の僕ができる限りのことだけを考えて、御法さまにお縋りして、とにかく、わずかでも、妙護寺さまのご弘通の一助となるように、精一杯ご奉公させていただきます。


下記、8年前の記事です。

「一生分の一。仙台妙護寺でのご奉公。」

https://hbs-seijun.blogspot.com/2018/04/blog-post_75.html


「大切なことは、宗教家としての覚悟かもしれません。

今回の自分の一生で、ここでご奉公させていただける機会は二度とないという。


御法さまへのご挨拶、ご奉公いただいている方々との出逢い、ふれあい。語り合い。


そして、この一座に、お参りいただいている方々との、一生分の一のお看経、御法門。


今日も、全身全霊、精一杯ご奉公させていただきました。

ありがとうございます。


この二日間、雨も降らず、穏やかな中で40名近くの団参が出来ました。

遊覧船に乗っちゃったり、かまぼこ工場に行っちゃったり、青葉城城址に行っちゃったりしました(笑)。

気がつけば穏やかな最高のお天気。

でも、お天気であることより大切なことがあります。


それが、今日のご奉公に問われるところで、自分に厳しく突きつけているところ。


一生分の一の今日を切り取ってお参りくださった方々。


すでにご信心をしておられる方々が「あぁご信心をしてきてよかった」「佛立でよかった」と思ってくださり、さらにご信心を増進なさいますように。


はじめてお寺にお参りされた方が「ご信心してみよう!」と思ってくださいますように。


日々ご奉公くださっているお役中の皆さまがさらに随喜して、尊い菩薩行、お折伏、お教化のご奉公に進んでくださいますように。


南無妙法蓮華経ー。


近藤御導師には、こんな面倒な人間にご奉公の機会を与えていただき、心から感謝しております。


統合失調症で3ヶ月入院している方が病院から直接お参詣くださり、奉修後に手を握りながらお話させていただくことが出来ました。


妄想や幻聴に苦しんでいることを聞き、少しでも光が見えるように同じご病気で元気になられた方々のことをお話させていただきました。


たくさんの結縁の方々ともご挨拶でき、本当にありがたかったです。


一生分の一の、今日という日にご奉公させていただくことができて、本当にありがたく思っております。


東北、あの東日本大震災のすぐ後に入らせていただいた仙台のご弘通に、少しでも寄与できたなら、どれだけ嬉しいか言葉になりません。


震災後、妙深寺に避難してきてくれた、あの時は生後8ヶ月だった佐々木リキちゃんが仙台駅までお兄ちゃんとお迎えに来てくれて、本当に本当に嬉しかった(涙)。

大きくなって(涙)。

お衣の風呂敷を、300メートルくらい、丁寧に持って運んでくれたこと、一生忘れません。


妙護寺を出る時も、車の窓際までご挨拶してくださいました。

立派なお教務さんになってくださったらいいなー。

生きてきて、ご奉公させていただいて、未来を担うこんなに小さな子たちがいると思うことほど嬉しいことはありません(涙)。


ありがとうございます。


妙深寺からの大団参、いつもながらありがとうございます。


だいたい御住職が亡くなられた時には団参の記念写真を飾ったりするから、「この写真も僕が死んだ時にはきっと飾られるよー」とか「50年くらいして、子どもさんやお孫さんたちがこの写真を見て『あー、お祖母ちゃんがいる』『お父さんだー』と言ってくれるから、幸せな顔をしようねー」とか言いながら撮りました(笑)。


本当に、ありがたく思います。


明日の夜は京都で長松寺のご奉公ですが、少し横浜に戻ります(汗)。


本当に、今日お会いできた、お参りいただいた、ご奉公いただいた、全ての皆さま、ありがとうございました。」


以上のような記事でした。

いつもながら、長くて申し訳ございません。


今夜の京都 長松寺は淳慧師に奉修をお願いしております。また、4月13日より20日まではネパールのご奉公となりますので、再び長松寺は代行をお願いしております。何とぞよろしくお願い申し上げます。

2026年4月3日金曜日

4月3日は「佛立魂」の記念日

 











おはようございます。2026年4月3日の朝。


1993年4月3日、先住松風院日爽上人が6メートルほどの高所から転落し、意識不明の重体になられました。


頭蓋骨骨折、頭蓋底骨折、脳挫傷、脳内浮腫、自発呼吸も停止し、髄液が鼻から流れ、絶体絶命の状態となりました。


家族にとっては、悪夢というか、地獄というか、逃げられない現実に絶望するような、突如としてとんでもないことに直面してしまいました。


でも、その瞬間から、24時間のお助行を開始してくださいました。とにかく、皆さんの力をお借りして、お教えいただいているとおりにご宝前にお縋りして、祈り続けました。


そして、49日目、地震と共に目覚め、半年後には一つの後遺症もなく復帰されるという、結果的に一大現証の御利益を全員に見せ、体験させてくださいました。これを私たちは「佛立魂」と呼んでいます。


その日までの人生と、その日からの人生では何もかもが変わりました。何も考えず、考えの浅かった自分が、より大きな生き方に目覚めさせてもらえた出来事でした。


そんな記念日が4月3日です。生きていることは奇跡の連続で、目をこらし、耳を澄ませば、この世界が奇跡で溢れていることに気づきます。


忘れっぽいし、気づけなくなるほど現実は厳しいのだけど、だからこそ、忘れないように、時には立ち止まって、しっかりと「佛立魂」を思い出したいものです。


ありがとうございます。

2026年4月1日水曜日

ラジさん、また会える日を楽しみにしています。

 



明日はラジさんの49日忌、尽七日忌です。胸がいっぱいです。


圧倒的に聡明で、慈悲深く、前向きで、明るく、楽しく、同じ人間とは思えないほど不思議な魅力をまとっておられました。私にとってインドを象徴する人はラジさんでした。ラジさんのような方が法華経を編纂されたのではないかと思うほど特別な存在でした。


私は日号に「桜」をいただき、「日桜」とさせていただきました。ラジさんがそのことを聞いて送ってくれた言葉が、11年前のブログに載っています。彼女がどれだけ深い心を持っておられたか、今、満開の桜の下で、思い返すことが出来ます。


「桜は、その満開の美しさと散り際の潔さから命が短いと思われている。今の世界の状況や日本が置かれている状況、その中にある本門佛立宗のご弘通の状況を見ていたら、「細々と長生きして」なんて言っていられない。宇宙に衝撃を与えるような、沈滞した何かを変えられるような生き方をしなければならない。そのためには、誰かが命を削る必要がある。命を削っても、いいと思っているのでしょう。だから、あなたは桜という名前を選んだのでしょう」


僕の心を見透かしているかのような言葉、とても遠く離れた異国の方の言葉とは思えません。彼女は、僕にとって本当に特別な存在でした。彼女に会えて、よかったです。


明朝、ラジさんの尽七日忌のご回向をさせていただき、お見送りしたいと思います。生々世々、間違いなく、またお会いできると確信しています。また、一緒に、もっと一緒に、ご奉公できることを、楽しみにしています。


Namu Myo Ho Ren Ge Kyo


========================


「湖の畔にある思い出の木」

Seijun’s Blog 2015年3月28日(土)投稿

https://hbs-seijun.blogspot.com/2015/03/blog-post_28.html


2011年の12月でした。

長男を連れて、スリランカのご奉公に来ました。


あの時、最終日にラジさんのお宅へお助行に行き、長男を歓待してくれました。


「ラジ姉さんのプレゼント」 2011年12月27日

http://hbs-seijun.blogspot.com/2011/12/blog-post_9335.html?m=1


ラジさんとの出会いから、もう10年以上が経ちました。スリランカや日本はもちろん、インド各地を一緒に巡り、彼女の素晴らしい人間性や精神性に感動してきました。


そのラジさんが、長男との海外ご奉公の記念にと、玄関の前に植樹させてくださいました。


私は、ちょうど文能昇進ということになり、日号という、もう一つの僧侶の名前を「日桜」と選ばせていただいた直後でした。


私なりに「桜」を選んだ理由、「桜」しかなかった理由がありました。


桜満開の中、先住に教えていただいた佛立魂。


妙深寺の本化桜。


「咲く咲く常住、散る散る常住」


賑やかしという悪い意味もありますが、日本の国花でもあります。


その選定について、ラジさんは言いました。


「桜は、その満開の美しさと散り際の潔さから命が短いと思われている。今の世界の状況や日本が置かれている状況、その中にある本門佛立宗のご弘通の状況を見ていたら、「細々と長生きして」なんて言っていられない。宇宙に衝撃を与えるような、沈滞した何かを変えられるような生き方をしなければならない。そのためには、誰かが命を削る必要がある。命を削っても、いいと思っているのでしょう。だから、あなたは桜という名前を選んだのでしょう」


ここまで、思ってくださる方、ラジさんという方がいてくれて、本当に有難いです。


長男との思い出の樹。


立派に育っていました。


玄関に入る前に、しっかりとチェックして、写真を撮りました。


「この美しい国の、湖の畔に、息子さんとの思い出の木があることを、いつまでも覚えていて」


ラジさんの言葉どおりです。


大変な渋滞でしたが、福岡御導師と、コレイア御導師と一緒に、こうしてお助行に寄らせていただいて、本当によかった、有難かった。


翌日からインドに帰るとのことでした。

また、いろいろとお力添えをいただきたいと思っています。

8年ぶりの仙台

  仙台に到着いたしました。明日、仙台 妙護寺の門祖会のご奉公をさせていただきます。 前回、妙護寺様でご奉公させていただいたのは8年前、2018年4月15日のことでした。 あの時のブログを開き、文章を読み、写真を見て、ひとり泣きそうです。ここに写っておられる方々の尊さ、ありがたさ...