昨日、朝のお看経の際、私個人のご祈願を言上させていただきました。高校時代からの友人の赤ちゃんのためのご祈願でした。
友人に赤ちゃんが生まれたのは今月。12月のはじめのことでした。奥さまが出産のために里帰りされているということで少しだけ会ったのですが、赤ちゃんが生まる直前ということで嬉しそうでした。エコーの写真を見せてくれました。とにかく、無事に生まれて欲しいな、父親はそれだけだね、と話していました。
赤ちゃんが誕生したと嬉しいメールをもらいました。本当にうれしかった。メールで写真も送ってもらって、目鼻立ちがはっきりした友人に似た美男子でした。本当に、生後数時間ということでしたが、不思議なくらい、清々しい、素敵な、穏やかな顔をした赤ちゃんでした。お祝いのメールを送りました。しかし、その後、少し肝臓の機能が悪いらしく、ちょっと安静にしなければならない、今も病院にいるんだ、と連絡あり、重ねて心配していました。大丈夫だと思う、ということだったので。
12月22日、また少しだけ会いました。本当に親しい3人だけで。その時、やはり肝臓の状態が悪いので経過を見ているということを聞きました。しかし、友人自身も、僕も、会話しながら、それほど悪いとは思っていなかった。大丈夫、何があっても頑張っていくしかないよな、と話していました。
そして、一昨日、短い電話。容態が悪く、京都で手術することになる、と。ヘリで移送する、と。二人で、男ながらに、泣きました。しかし、やるべきことをすべてやるしかない。そして、朝、ご祈願の言上。友人は、御縁は深かったのですが、ご信心はしていません。とにかく、ご祈願を、と。6時半、8時、そして、9時半。大掃除のご挨拶の際、妙深寺の方々にも、友人の赤ちゃんが、今日、これから、何時になるか分からないが、手術とのこと、みんなで思いをかけてほしいと、お話ししました。
麩屋町に到着すると、開導聖人の御戒壇の前に、小さな、小さな、赤ちゃんが、横たわっていました。生後3週間、この世に生を得て、生きた、赤ちゃん。みんなで一緒に御題目をお唱えしました。赤ちゃんの耳元で、眠れない夜に子守歌を聴かせるように、御題目をお唱えしました。赤ちゃんの小さな小さな手を両手で握りながら、御題目をお唱えしました。赤ちゃんの小さな小さな手に、小さなお数珠をかけ、また御題目をお唱えしました。友人、奥さま、私、現薫師、博子さんで、赤ちゃんが驚かないように、静かに、優しく、そして強く、心を込めて、御題目をお唱えしました。
御題目をお唱えしている間、赤ちゃんが微笑んで、一緒に口ずさんでいるように見えました。友人も、赤ちゃんの側にある花が揺れて、動いていたと言い、奥さまも、お看経の後、赤ちゃんの顔を、泣きながら撫でてくれました。赤ちゃんの顔が、穏やかに変わっていると、感じてくれていました。本当に、綺麗な、綺麗な、お顔で、微笑みすらたたえています。御題目の、御力、その尊さを、赤ちゃんにも、両親である二人にも、お参詣したみんなにも、教えていただきました。
そうではない、そうではなく、お父さんでよかった、お母さんでよかった、ぼく、本当によかった、ありがとう、ありがとう、と思って、そう思ってもらって、見送ってあげること。そう思ってくれる。それしかできない。御題目に思いをのせて、それが叶う。これからの人生で、彼が世に生を受けてきた意味を、しっかりかみしめ、それを背負って生きていくこと。二人が、生まれてきてくれた赤ちゃんに対して、心から、ありがとう、と言えるように、その日が来るまで、二人が前を向いて生きていくこと。手に手をとって、生きていくこと。あらゆる、いのちには、意味がある。
博子さんから、「娑婆の夢、三月、かりそめの父、清風」との、お話をしていただきました。本当に、涙、涙のご奉公となりました。年の瀬を控え、誰もが愛する家族の下に急いでいる時期に、こんな辛い別れを迎えている家族がおられます。そこで、ご奉公させていただくことも、私たちの使命であり、ここにも、尊い、かけがえのない意味があります。
彼は本当にすごい人間であり、男であると思いました。友人であることを、本当に誇りに思います。私の、ご奉公が不出来で、不成就で、本当にごめん。本当に申し訳ない。本当に。
今日は、清康師も手伝ってくれました。大鏡餅をつくりのは、先住がされていたのを見よう見まねでさせていただきます。つき上がってきたお餅を上の段と下の段に手で切って、独特のこね方で丸くしていきます。そして、出来上がる。出来上がったものを、待ってくださっているご奉公の方々が団扇で扇いでくれます。これは、あとで割れないようにするために、とても大切なのです。
境内地では何十人もの方々が来てくださり、5つの臼を次々についてくれて、鏡餅、小餅、伸し餅、そしてご供養用のお餅が作られていきます。今回は、テントを出してくれて炊き方もよかったのか、本当に綺麗に仕上がっていました。
いま、また京都に向かっています。今夜、しめやかに通夜を営み、明日告別式を奉修させていただきます。とにかく、とにかく、御題目で、しっかりとお送りしたいと思います。
何を書いているのか、まとまりませんね。すいません。ありがとうございます。
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