JOC臨界事故でも当時の小渕首相は現場へ決死の作業を勧告して突き放したと聞きます。作業員には多くの被爆者が出ました。近隣住民合わせて約600名だったでしょうか。
残念ながら今回も同様か、それ以上の要請で現場は決死の作業を続けている。青い光は出ていなくても、事故の規模は世界規模となりました。放射線量も桁外れに大きい中での作業です。
とにかく、早期収束を願うばかり。
今夜、横浜に戻ります。
この10年、サンマリノ共和国は私たちに貴重な機会を与えてくれました。その原点は裕子さんで、裕子さんが結んでくださったご縁はバチカンの教皇の心まで動かしました。 10年前、終戦70年を迎えるにあたり、私たちは「トランクの中の日本 戦争、平和、そして仏教」展を開催し、裕子さんから絶...
0 件のコメント:
コメントを投稿