2010年3月3日水曜日

24時間 (3月30日~3月31日)

 3月に入り、あっという間に3日。今日は「上巳(じょうし/じょうみ)」の3月3日。旧暦の3月3日は桃の花が咲く季節で、桃の節句と呼ばれるようになりました。

 世間では「ひな祭り」を連想すると思います。起源は京の貴族階級の子女が、天皇の御所を模した御殿や飾り付けで遊んだ平安時代の「雛あそび」が始まりのようです。江戸時代になってから庶民の人形遊びと節句が結びついて年中行事のようになりました。民俗信仰のようになったのはこの頃のことでしょうか。

 私たちは、そうした民俗信仰の「身代わり人形」のようなことは嫌います。ですから、ひな祭りもしませんが、実は京都の長松寺には「ひな人形」があります。まさに京都生粋だと思うのですが、「子どもの遊び人形」と開導聖人のご自筆の箱書きがあります。変な信仰としてはノー、です。しかし、日本文化で土着の風習や信仰と結びついていないものを探すのも難しい。厳格に「謗法」を冒さぬよう仏教徒としてのプリンシプルを立てて、こうした日本の行事を考えられるようになるといいですね。

 今日は13時からウェブ会議、19時からもウェブ会議の予定です。明日は京都にて麩屋町・長松寺の御総講。翌日の5日は教区御講となっています。6日からは海外のご奉公が始まります。

 3月7日に韓国の鶴松寺・新清寺での門祖会、そして姜御導師と妙深寺の睦子(ちかこ)ちゃんの結婚式!こっちがメインになりそうでコワイ。妙深寺から40名規模の団参をいただいて、韓国に嫁ぐ睦子ちゃんを送り出し、応援します。ガンバレ、チカちゃん。
 翌日から台湾、香港、シンガポール経由でスリランカ。それぞれの国で、御本尊のご奉安、お助行等をさせていただく予定です。一つ一つが大切で、まごころ込めてご奉公させていただきたいと思っています。

 3月10日、スリランカで福岡御導師と合流し、久しぶりに御導師に随行してのご奉公。ワクワクです。たくさん勉強させていただけます。コロンボ市内でのご奉公はもちろん、今回は南部のゴールで2泊しながらのご奉公となります。日曜日の深夜にコロンボに戻り、福岡御導師は深夜のフライト、私は月曜日早朝のフライト。そのままシンガポールに移動します。

 15日、シンガポール国内で初めての御講。御講、奉修できるかなぁ。いま、齋藤さんが準備してくださっています。突如としてご信者さまが増えてきて、シンガポール国内だけでご信者さんのお参詣者が7名くらい?ジェッドは「会社を休みます」とメールをくれました(涙)。ゆかさんが、ご縁のある方もお呼びしてくれているし、お参詣が10名を越えるのではないでしょうか。うれしいことです(涙)、本当に。

 そして、各お宅にお助行に廻り、香風寺で局師がお話をしてくださり、お教化となった方への御本尊のご奉安にも伺います。ありがたい。突如として動き出すのがご弘通の醍醐味ですね。福岡御導師からも、シンガポールでのご弘通は本当に難しいとお聞きしていたのですが、こうして動き出す。

 さて、そして17日に帰国をする予定で、その後はまた国内で怒濤のご奉公が待っているわけですが、1月末にさせていただいた24時間のお看経を、もう一度させていただこうと思っています。何人かの方から、「なぜ、事前に教えてくれなかったのだ!」「もし知っていたら、ご一緒したかった」という声をいただきました。あの時は、どうしても、御宝前、藤本御導師、そして自分、ということだけを考えてさせていただきたかったので、妙深寺のお教務さんやご信者さんにも何も言わずにさせていただいてしまいました。それは、私自身にとって、とても大切なことだったと思っています。

 しかし、そうした声をいただいて、これほど有難いことはありませんから、是非、またさせていただこうと考えています。今月、3月30日の夕方(中央教員研修会が終わって)から3月31日の夕方まで、本山の御宝前で24時間のお看経をさせていただきます。本山宥清寺の中西執事長にもお許しをいただきました。翌日が4月1日、月始総講ですから、終わってから急いで自坊に帰らせていただきます。でも、この日程しか取れない(汗)。しかも、49日忌が過ぎて、最初の藤本御導師のご命日です(2月は28日までだったため)。これは本当に有難いと思います。如説院日修上人に、お喜びいただけるのではないか、私たちも、より深く、信心改良、ご奉公精進のためのお看経ができるのではないか、と思います。

 もう、それほど寒くはないと思いますが、このお看経に、一人でも多く加わっていただけたら幸いです。それぞれ準備をしていただいて、本山宥清寺の御宝前でお会いできたらと思います。

 ブラジルの吉川淳省師の奥さま、恭子さんからメールを送っていただきました。藤本御導師のご納骨の時のお写真です。吉川師は、現在ブラジルのリオデジャネイロにある法昌寺の担任としてご奉公されています。奥さまは日本から嫁がれ、ブラジルで、本当に一生懸命にご奉公くださっています。

 リオは、いま、50年ぶりの灼熱の暑い日々が続いているとのことでした。藤本御導師は、この法昌寺の御住職として3年間ご奉公されたのでした。「ブラジルでの3年間は、本当に勉強になった。あの経験がなければ、僕は教務としてはダメだったんだよ」と、藤本御導師は私に教えてくださいました。私はそんなことはないと思いましたが、ブラジルでのご奉公の前は、いろいろな意味で教務としてのご奉公がどんなものか分かっていなかったと仰っていました。

 ブラジルの広大な大地を、何百キロも走り回りながらのご奉公。御講やお助行はもちろん、泥にまみれて境内地を整備し、何から何までご自身でご奉公し、ご信者さんと共に泣き、ご信者さんと共に笑い、教務としてのご奉公が分かったんです、と。御導師は、ブラジルでのご奉公で、吉川師や恭子ちゃんがご奉公に当たっているリオで使命に目覚められた。笑顔で、少し照れたように、お話くださった藤本御導師のお姿が、今でも浮かびます。あ、あかん、涙が出てきた。

 とにかく、リオでは、藤本御導師のご納骨の法要が盛大に行われたのです。そのことを、吉川師と恭子ちゃんが教えてくれました。本当に、ありがとうございます。

 リオのご信者さんは、藤本御導師のことを思って、ご回向くださいました。そうですね、ほんの2年前、ブラジル100周年の団参で、みんなで一緒にリオの法昌寺にお参詣させていただいたのですから。まだ、その時の再会からもそれほど時間がたっていません。
 悦子さんは、20数年前のブラジルご奉公の中、ブラジルで生まれたのですよね。御導師の奥さまは、ブラジルのご奉公の中で、2人の男の子の子育て、そして出産。どれだけ大変だったことか。
 2年前、そのリオのお寺に、悦子さんは生まれた時からはじめて、初めてお父さんの藤本御導師と一緒に、訪れたことになりました。その時、私はそうした詳細を知らなかったのですが、藤本御導師が、悦子さんと一緒に、感慨無量で、リオのご信者さんとお話しされていたのを記憶しています。
 そういう藤本御導師のことを、思い出しながら、みなさんでご回向くださったのですね。ありがたいことです。こんなに遠くの国、遠くの町でも、藤本御導師を思い返して、心に刻んで、ご奉公くださっていることを。

 メールには、恭子ちゃんのいろいろな想いが記され、素敵な写真が添付されていました。その中でも、最後の文章で、思わず涙が出てしまいました。本当に、あたたかい、不思議な、本当に不思議な、美しいお話です。愛、慈悲、思いやり、ご信心にあふれています。こういう文章でした。

 「ご回向の写真の他に一枚、藤本御導師が居て下さる納骨堂の写真も送りました。藤本御導師がこの納骨堂に来て下さった後、納骨堂を覆うように綺麗な半円の虹が出ました。

 淳省師も私も、息を呑むくらいに綺麗で、直ぐにカメラを取りに戻りましたが、すでに消えていました。淳省師と、藤本御導師が法昌寺に戻られて喜んでくださっているのだろうかと話しておりました。

 お送りした納骨堂の写真は残念ながら虹の写真ではないのですが、藤本御導師のようにとても力強い空でしたので撮った写真です。」

 こんな素敵な空、見たことがないよ。リオデジャネイロの法昌寺に、藤本御導師は行かれてくださったのですね。この素晴らしい空の下、藤本御導師は淳省師や恭子ちゃん、ご信者の皆さんを見守ってくださっていると確信します。本当に、きれいな空。

 ありがとうございます。また、頑張ることができます。3月30日の夕方から、またお看経させていただきます。

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