2011年1月20日木曜日

考え込んでいて

昨晩、「貪瞋癡慢の病」と書きましたが、ブラジルのナオミさんからメッセージをいただいたので、少し書き足します。確かに漢字も難しい。

カトリックの言葉に置き換えてみると、貪欲は強欲、ラテン語でAvaritia、英語でGreed。瞋恚は憤怒。ラテン語でIra、英語でWrath。慢心は傲慢。ラテン語でSuperbia、英語でPride。愚痴は、英語のstupidityか。少し訳に無理はありますが。

仏教では、こうした要素は毒のように人生を蝕む「三毒」、開導聖人は「貪瞋癡慢の病」などとお示しでした。

しかし、この病気についての認識が広がらず、持病を抱えながら治療も服薬もしない、処方箋には従わない、ではよくありませんから、注意して治療に向かうことが大切だと教えていただくのです。

天上界などと書いたことついてですが、これは、最近つくづく思うことです。同じ世界に住んでいるように見えて、みんな違う次元にいます。だから声も心も通じない。そして、ドラッグのような一過性の理屈で「分かった」と思ってしまう。

「宗教嫌いの神秘好き」「組織嫌いの占い好き」と。そして、悪循環を繰り返していて。実際は、孤独で、それを誤魔化すために様々なことを試し続けて生きている。いい基礎化粧品に出会えていないのと同じように、探し続けてる。どこかに、もっといいものがあるかもしれない、と。だから「信」がない。全て一時的なもの。天上界は六道輪廻の一つ。すぐに落ちてしまいます。

「幸せな人」と呆れて、諦めることもできる。でも、長い目で見たら、不幸過ぎる。そして、諦めるのは無慈悲すぎる。

つくづく、人間の重篤な病を思います。しかし、病気だからといって卑屈になったり、後ろ向きになることなんてない。ここから、本当に素晴らしい人生が送れると明言くださっているのだから。

そう考え込んでいました。

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