2026年8月24日月曜日

テーラワーダ仏教界を変えてゆく人

 












テーラワーダ(上座部)仏教の革新的な僧侶、ビビラーデニイェー・マハーナーマ師が主宰するサンダーラ音楽研究所を訪問しました。


良潤師と同じ1989年生まれ、10才で出家得度したそうです。


信徒がお寺に寄進した楽器を触るようになり、独学で全ての楽器を弾きこなすようになりました。


仏歯寺の対岸にあるスリランカの国立戒壇寺院、上座部仏教の中のシアム派の本山・マルワッタ寺院で受戒しました。


受戒した僧侶は楽器を触ることは破戒にあたりますが、彼の才能を見て大長老や師匠から特別許可されて、世界遺産・仏歯寺で開催される最大のイベントでも音楽を総括するなどしてきました。


初めてお会いしましたが、穏やかで、聡明で、深くて熱い、そんな方でした。芸術、音楽、仏教、私たち本化仏教にとっての音、声、口唱、ユニゾン。紅茶をいただきながら一気に話し込んでしまいました。楽しかったです。


彼はまったく上座部の枠内に収まらない存在で、上座部の僧侶であるにもかかわらず数多くの映画やイベント、アプリケーションに楽曲を提供しています。独自に戦争を止め、平和を促す動画をリリースもしています。壁一面にこれまでの作品やアワードが飾られていました。


すっかり意見交換で盛り上がった後、彼のスタジオに案内してもらいました。


びっくり仰天しました。言葉を失いました。


彼は自分の活動でお預かりした資金を全てこの研究所の設立に投じたそうです。約3年前設立したスタジオは最新の機材が整っており、とてつもないレベルのスタジオでした。こんな素晴らしいスタジオがスリランカにあるなんて、しかもお坊さんがオーナーなんて、考えられません。


とにかく、心から感心しました。上座部仏教界から多くの批判もあるそうですが、今の混沌とした世界を目の前にして、このままではいけないと決意し、活動を続けているそうです。


何もしない人たちにとってはコンサバティブに装うことが一番の生存戦略です。呆れながらやることをやるしかありません。


最新の動画も素晴らしいものでした。戦争によって廃墟になった街。争いを続ける人間たちを、どのように導いたらいいのか、そんな苦悩と希望が入り混じった映像・音楽作品でした。


やはり、自分一人の心の平穏を求めるだけでは平穏は訪れない。人や世界の平穏を求めて生きる中に、動的な平穏が訪れる。菩薩行が動的平衡、動的平穏をもたらす。生命活動そのもの。


それにしても、ジェラシーでいっぱいになってみんなで大笑いしました。高くて買えないジェネレックのスピーカーがあって、最高の音質でした。王道の音のリファレンス。うらやましくて変な顔になってました(笑)。


これからが楽しみです。次男もここをお借りしてレコーディングしたらいいのに(笑)。


後ほど書きますがテーラワーダ宗教界、上座部仏教界が震撼する大事件が起きています。矛盾が山積していました。


とにかく、革新的な活動を続けるビビラーデニイェー・マハーナーマ師に敬意を抱き、ご招待に心から感謝いたします。


ありがとうございます。

スリランカ、3世代のご信心

 











8月21日、朝のご供養を終えて向かったのはランガとラサンギが設立した新会社「ジェリー・ビーン・プロダクション」のスタジオでした。


ランガはミュージシャンとして活躍していますが、兄妹で設立したジェリー・ビーン・プロダクションはプロデュースやプロモーションやマーケティングまで行うとのこと。立派なスタジオでした。


この場所は二人の実家で、私も何度もお助行に伺ったことがあります。自宅の3階を学生のための寮にすると言っておられたお助行は忘れられません。


あの頃はご両親がご健在で、ご奉公くださっていました。ランガとラサンギは英国に留学中で会うことはなかったのです。


スタジオの外の部屋に、ご両親が護持しておられた立派なご宝前がご荘厳されていて、一座のお助行。会社設立とスタジオ完成の御礼、事業発展のご祈願を言上させていただきました。


お母さんはラミャ・シュリヤーニ・ガルコトゥワ。2019年11月5日に亡くなられました。法号は本響院妙恵日蘭大姉。お父さんはH. M. ラトナヤカさん。万感の想いでご回向させていただきました。


子どもたち二人が、完璧に法灯相続して、大白蓮寺の中心でご奉公くださっていることを、つくづく喜んでおられるはずです。


いつもながら、いきなりのリクエスト。「お看経の声を収録したい!」ということで、スタジオのマイクの前に立たされ、御題目をお唱えさせていただきました。ついでにネパール用の音源も収録させていただきました。


ランガの長男、リョウ君も来てくれていました。シャイだけどかわいい。ラミャとラトナヤカさんにとってはお孫さん。スリランカでも3世代のご奉公になってきました。本当に、ありがたいことです。


混沌とした時代だからこそ、次の世代のみんなの、ぐちゃぐちゃの情報に負けない強い信仰心と活躍を心から期待します。


ありがとうございます。

スリランカとアイルランドとオーストラリア

 



8月21日の金曜日の朝はウィジェートゥンガさんのご供養をいただきました。もう3日も前だけどー(汗)。


娘さんお二人とも外国に住んでいて、長女のマニーシャさんはオーストラリアのアデレードにご主人と住んでいて、次女のラリーシャさんはご主人とアイルランドのアスロンに住んでいます。


乳がんを患ったウィジェートゥンガさんの現証の御利益は担当のお医者さまをお教化したほどです。今回、重ねてドクターの女医さんもお参詣くださっていました。


3ヶ月ほどラリーシャのいるアイルランドに行っていました。大変な病気で御利益をいただいて、3ヶ月もスリランカを離れてお嬢さまと一緒に過ごせて、本当に幸せですね。アイルランドの写真を見せてもらいましたが、10才以上若返ってました!


アイルランドの自宅に御本尊さまをご奉安しているので、滞在中も朝夕のお看経を欠かさずさせていただいていました、とのことでした。


南無妙法蓮華経🙏

ありがたいです。


真心のこもった素晴らしいご供養でした。これはオーストラリアのマニーシャさんからのご供養と聞きました。ラリーシャ、親孝行もお給仕もご供養も、ありがとうございます。みんなでたゆまずご信心をさせていただいて、幸せになりましょう。


ありがとうございます。

アヌラーダプラへ向けて出発




午前7時、古都アヌラーダプラに向けて出発しました。今日と明日はスリランカHBSが行っている支援活動です。


自分なりにあらゆる手を尽くして何とか体調は回復しました。マイクロバスで片道5時間。前の席がリョウちゃんとシャナヤちゃんだから元気になります。


写真が届いたので、移動しながらアップさせていただきます。

ありがとうございます。


 

今回のスリランカのメインイベント

 

日曜日も20時近くになりました。あまりに過密な予定で、自分で写真は撮れないし、撮った人が送ってくれないからアップすることも難しい(涙)。


土曜日に朝から香風寺スリランカ別院、午後はゴールで御会式、大白蓮寺に戻るのが遅くなり、朝から晩までずっと着物を着ていたので大量の汗をかいていたろうし、大きなご奉公でなかなか水分が摂れず、失敗しました。


しかも、昨日の夜、部屋のエアコンが壊れてしまい、蒸し暑さで目が覚めて、メインイベントの朝を迎えました。


ということで、朝から微熱が出ていて、重い頭痛はするし、たぶん脱水症状。プロとしてあるまじきこと、朝から自己嫌悪、ガッカリしました。


しかし、スリランカで最も大切な法要、大白蓮寺の開導会、ゴール親会場の別院昇格の伝達式、ディリーパ良潤師の副住職任命式典ですから、倒れるわけにはいかないし、法要開始までヒヤヒヤしながら恐る恐る準備しました。


特別な法要ということで、ゴール別院からの参詣は制限しましたが、本当に大勢のお参りをいただいて、階下から大きな御題目の声が響き、元気をいただきました。


9時半からオープニングのビデオが放映され、10時に出座させていただきました。なんとか、予備電池のスイッチをONにしてエネルギーいっぱいにご奉公させていただくことが出来ました。心からホッとしました(汗)。


とにかく国際弘通に携わる人間が「脱水症状」なんて、赤ちゃんです。恥ずかしい。プロ失格。油断しないように、以後気をつけます。


スリランカの法要は長いです。9時半からスタートして、終わったのは午後1時前(汗)。


3時間半の法要を無事に勤めさせていただき、佛立教務として見事に成長したディリーパ良潤師に、スリランカ大白蓮寺の副住職となってもらいました。本当は、住職位を譲りたいと考えていましたが、三類の強敵が盛んなる故にまだ私が責任を取りたいと思います。福岡日雙上人も心からお喜びくださっていました。


とにかく、そのようにして、日曜日のご奉公を無事に終えることができました。奉修後、上座部の僧侶の方と懇談して、ご供養をいただいて、そこで電池が切れて、部屋に戻り休ませていただきました。少しずつ体調は回復しています。


ネパールも、スリランカも、新しい時代に入ります。当たり前ですが、御法さまの生命をお預かりするご弘通は生き物、常に動きながら、片時も手をゆるめることは出来ません。


良潤師に会ったのは、まだあどけない少年だった20年前のこと。いろいろな日があり、ここまで来ました。


ご両親にとっては一人息子、スリランカの最高学府のキャリアがあり、かわいいケネカという彼女もいて、将来を嘱望されていたディリーパ君が出家の道を選びました。決して、簡単な選択ではありません。極めて困難な道を選んでくれました。


この20年、妙深寺に留学し、日本語学校に通い、出家得度し、本山宥清寺での修行、佛立教育専門学校の卒業、日本語の読み書きもあり得ないほど上達し、誇りに思います。今日は、涙が出るほど、うれしい日です。


とにかく、よかったです。ホッとしています。


今日、妙深寺の末寺、スリランカ清涼山 大白蓮寺の副住職に、ディリーパ良潤が就任いたしました。ゴール親会場は正式な寺院と変わらない「別院」となりました。スリランカ、ネパール、それぞれご弘通の階段を一歩一歩上らせていただくことができました。


私たち一人ひとりの命は短いけれど、長い長い仏教の歴史、仏教者たちの壮大な旅の中で、私たちの挑戦は刻まれるでしょう。きっと彼らは頑張ってくれるでしょう。


慢心するな!とめちゃくちゃ僕に言われているから、きっと良潤は慢心しません(笑)。目の黒いうちは厳しいお折伏が待っています。とにかく、がんばってねー!


文章を書いていたら、もう21時。これから夕食。やっぱり何かスケジュールの組み方がおかしいと思うんですよねー(汗)。ずっと言ってるのに写真も来ないし(涙)。


南無妙法蓮華経

ありがとうございます。

2026年8月22日土曜日

自分で選んだ道ならば

いつも食べる時間や寝る時間を削ってご奉公の様子をアップしているのですが、もはやトイレの時間もないくらいのスケジュールでアップが追いつきません(涙)。


昨日は朝参詣から超過密に予定が入り、夜もカルパの自宅兼オフィスでお助行、社員のみんなと質疑応答大会になり、楽しく有意義なかけがえのない時間になったけれど、お寺に戻ったのは午前1時を回っていました。


そして、土曜日となった今朝はシャンタさんが迎えに来てくれて香風寺スリランカ別院で特別御講とへーマンティさんの一周忌法要、そこから大白蓮寺ゴール親会場で別院昇格の伝達式、ディリーパ良潤師の副住職任命式の開導会を奉修しました。


いま、ゴールから車でコロンボに向かっていますが、もう20時を回ります。これから夕食。


たぶん何らかの法律にひっかかる(笑)。でも、限られた日程を最大限スリランカのご弘通に使いたいのですから、願ったり叶ったり。ありがたいです。


法華経の「情存妙法故 身心無懈倦(こころ妙法に存するが故に身心に懈倦なかりき)」は、お釈迦さまが過去の自身の体験を振り返って語っておられるところ。


「むかし、私が修行をしていた時は、体も心も疲れて嫌になることなどなかった。」


きっと、人生は「目的」が大切だと教えてる。


「自分の心の中に、本当に大切にしたい目的や目標、ワクワクするような夢があれば、どんなに大変なことでも、疲れを忘れて生き生きと突き進むことができる」ということ。人間が持つ心のエネルギーについて教えてくださっているのだと思います。


疲れを感じない、というのは無理がありますが、誰が望んだ道だ、誰が選んだ生き方だ、と自問すると答えはハッキリしています。自分が選び、自分で求めた道。真実の仏教は最後の希望、世界中の人に伝えたい。その途上、前のめりで斃れたい。そう思って生きているのだから、ありがたいです。


明日はメインイベント、スリランカ大白蓮寺の開導会、副住職任命式典を奉修します。今日のゴール別院の参詣数はコロンボからのご奉公者を除いて65名。明日のコロンボへの参詣を禁止しているのがすごい。人数が多すぎるからとのこと。参詣制限って、すごいです(汗)。


ディリーパ良潤師が副ご住職になる法要ということで、今年まで大白蓮寺に所属していた青柳さんも日本からお参詣しています。ありがたいことです。ありがとうございます。


とにかく日本で留守を守ってくださっている方々にご報告させていただきたいし、時間を作ってご奉公の様子をアップしてゆきます。


ありがとうございます。

テーラワーダ仏教界を変えてゆく人

  テーラワーダ(上座部)仏教の革新的な僧侶、ビビラーデニイェー・マハーナーマ師が主宰するサンダーラ音楽研究所を訪問しました。 良潤師と同じ1989年生まれ、10才で出家得度したそうです。 信徒がお寺に寄進した楽器を触るようになり、独学で全ての楽器を弾きこなすようになりました。 ...