2026年5月5日火曜日

日博上人の第60回忌にあたり

 













人としてこの世に生まれ、人間にしか出来ない、最も甲斐のある生き方が、仏の道と教えていただきます。


人は必ず死ぬ。その限られた時間の中で、「これだけは本当に尊かった」「これこそが生きた証」と言えるご奉公を「今生人界の思い出」と言います。


それは今世の成功や地位や名誉、毀誉褒貶とは隔絶し、自己愛の思い込みでも、仲間内のお世辞でもなく、御法の定規に照らした賞罰、時空を超えた信心の世界にある「思い出」です。


日蓮聖人は『持妙法華問答抄』の結びに、


「願くば、現世安穏、後生善処の妙法を持つのみこそ、今生の名聞、後世の弄引なるべけれ。すべからく心を一にして南無妙法蓮華経と、我も唱へ、他をも勧めんのみこそ、今生人界の思出なるべけれ。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。」


とお諭しになられています。


弘通低迷時代、「今生人界の思い出」を持つ人は少ないはずです。「これが今生人界の思い出だ」と思っても、お祖師さまや門祖聖人や開導聖人、先師上人方から眉をひそめられ、笑われ、退けられるのではないでしょうか。自戒を込めてそう思います。


昨日は妙深寺初代清水日博上人の第60回忌の祥月ご命日でした。


日博上人はご弘通に生命を捧げ、命にカンナをかけながら、ご奉公くださいました。短いご生涯の中で、乗泉寺、妙深寺、法正寺、サイパン、ブラジル、福祉活動、出版活動など、大変な足跡と功績を残されました。


第二次世界大戦の最中、日博上人がサイパンをはじめとする南洋諸島に出張された資料『南洋紀抄』が残されています。まだ現地の方々は衣服をつけず暮らしておられる中のこと。見送りの写真、現地の写真、日博上人の詠んだ和歌、日謙上人やお母さまの和歌もあります。


妙深寺は、日博上人がその礎を築かれ、先住松風院日爽上人が見事に発展くださった果報をいただいています。先住のご遷化から26年、果報を使わせていただき、すり減らしてきたばかりではないかと思います。


命は短いです。時間には限りがあります。楽しんで、喜んでいても、思い上がりや、思い込みであれば、夢や幻と大差なく、人間に生まれてきた甲斐もなく、現世安穏、後生善処どころか、御法さまと歴史は冷徹に審断を下すはずです。


さらなる改良と精進を、日博上人、日爽上人の御霊前にお誓い申し上げます。妙深寺門末のみんなで引き続きご本意に叶うようご奉公させていただきましょう。


南無妙法蓮華経。

ありがとうございます。

2026年5月1日金曜日

菩薩の誓いの方々へメッセージ

 



2026年の5月となりました。早いですねー。びっくりします。


4月の最終日も、FM横浜のスタジオで収録でした。ギリギリまでカツカツです(涙)。とにかく、生きているうちは何かができる。


世のため、人のためと言いながら、結局利己実現という哀れな人が多い中で、せめて仏教徒は利他実現を体現したいものです。


妙深寺を支える皆さまに毎月メッセージを送っています。役中テキストに掲載する「班長さん、ありがとうございます。」というものです。


今日の月始総講の御法門に重なる内容ですが、厳しい時代の心の柱、みんなの眼、みんなを乗せられる船として、生きられたなら、ありがたいと思います。


よろしくお願いいたします。

ありがとうございます。


『班長さん、ありがとうございます』


 ありがとうございます。

 開導会、先住松風院日爽上人御二十七回忌法要が迫って参りました。この大きなご奉公を勝縁(より良い人生へ向かう、力強く尊いご縁)にいたしましょう。


 数年前に「勝ち組」「負け組」という言葉が流行しましたが、今や社会全体で圧倒的な格差が開き、ほんの一握りの富裕層と若者を中心に生活の安定しない苦しい立場の方々に分かれてしまっているようです。日本だけではなく世界中がそうなっています。


 世界も日本も政治や経済、社会のリセットが行われている真っ最中で、今年から数年は大混乱、大波乱が続くと予想されています。


 断固として負けるわけにはいきませんし、むざむざ溺れるわけにはいきません。混沌とした悪世末法の中、人びとが、迷い、苦しみ、悩む時こそご信心です。そのために上行菩薩は御題目をお授けくださったのです。


 お祖師さま・日蓮聖人は『開目抄』に、

「我日本の柱とならむ。

 我日本の眼目とならむ。

 我日本の大船とならむ。」

と、ご自身の「三大誓願」をお記しです。


 混乱する世界の中で、誰もが心の柱を失い迷っている。誰もが何が正しくて何が間違っているか、正しい指標を見失って盲目になっている。誰もが時代の濁流に飲み込まれて、溺れそうになっている。現代では「日本」を「世界」と読み替えるべきでしょう。


 私は世界中の人びとの心の柱になろう。

 私は人びとの眼(まなこ)になろう。

 私は人びとを救う大きな船になろう。


 お祖師さまの大変なご覚悟、ご決心です。本化の菩薩として、何としても一切の衆生を救わなければならないという身命を賭した決意なのです。


 法華経の勧持品第十三、

「我、身命を愛せず、但だ無上道を惜しむ。」

というお経文のとおりです。立教開宗記念の一万遍口唱会で、お祖師さまの御意の一端を思い返しておりました。


御教歌

「思へ人 祖師御出世のなかりせば 御題目は誰が手よりきく」


 しかし、当然ながら、お祖師さまに比べて私たちはとても弱いです。お祖師さまほどのご覚悟も決心も持てず、私たち自身も心迷い、指標を見失い、溺れそうになっているかもしれません。


 だからこそ、この度の先住のご年回は大変重要な世界の曲がり角、大転換点に、ご信心やご奉公を見直す大チャンスをいただいたものと思うのです。油断していたら私たちも末法悪世の中で溺れてしまいます。


 御題目によってどれだけ心が救われるか、ご信心している者であれば、分かるはずです。


御教歌

「しるや人 しらぬやあはれ妙法に もたれ唱ふる心やすさを」


 御題目を唱えている人を見つける。御題目を唱えている人を、御法さまは見つけます。


御教歌

「一人来て 独(ひとり)帰らむ道なるを 妙法五字にともなはるとは」


 ご奉公の「不成就」とは「何もしないこと」。成就したと思ってもしていないことがあり、成就していないと思っても成就したと御法さまが褒めてくださることもあります。大切なことは真心を込めて積功累徳のご奉公に励むことしかありません。


 あと一ヶ月で開導会、先住松風院日爽上人御二十七回忌法要です。一人でも多くの方に声をかけ、ご信心の改良と増進ができるようお勧めいただきたいと思います。 

2026年4月29日水曜日

立教開宗記念日の虹



朝7時から12時まで一万遍口唱会でした。本当に、ありがたいです。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経とお唱えするだけ。これだけ。でも、これが本当に、ありがたい。言葉に代え難いです。


宮沢賢治さんの、菊池信一氏宛ての手紙の中にある言葉。


「南無妙法蓮華経と唱へることはいかにも古くさく迷信らしく見えますがいくら考へても調べてもさうではありません。 

どうにも行き道がなくなったら一心に念じ或はお唱ひなさい。こっちは私の肥料設計よりは何億倍たしかです。 」


御教歌

「しるや人 しらぬやあはれ妙法に もたれ唱ふる心やすさを」


一万遍口唱会の後、そのまま13時から大切なご面会、14時半に出発して15時にお助行、お寺に戻って準備をして、二人の息子と人生でこんなことがあるのかという、今生人界のありがたい会合に向かいました。お招きいただき、本当にありがたかったです。


普段ほとんど忙しくて話をしていないので、第三者の前では思いがけない心の内を聞けたりして驚きます。素敵な大人になってくれてうれしいです。


今日もとにかく過密で大切な一日、これ以上ないほど大切な立教開宗記念日に、得難いご奉公の一日でした。


先日、ESPN時代に大変親しくさせていただいていたDANさんが博くんのお墓参りに来てくれました。懐かしい話に花が咲きました。


DANさんを見送った直後、妙深寺の空にこれ以上ないほど大きな虹が出ました。虹が出たのはあれから2度目。そう、博くんの葬儀以来でした。


あのな、そんな演出いらんねん。つい頭に来ながらも、妙不可思議な生命と自然の力について感動しました。


ありがとうございます。

2026年4月28日火曜日

立教開宗記念日

 




4月28日、今日は立教開宗記念日でした。


建長5年(1253)、日蓮聖人は清澄山の頂から初めて「南無妙法蓮華経」と御題目をお唱えになられました。満773年、第774回の立教開宗記念日です。


その特別な日の朝、妙深寺に、佛立青年教務会の御講師方6名が激励のお助行にお越しくださいました。


会長の遣田信清御講師をはじめ、青年教務の皆さまが、心を込めて御題目をお唱えくださり、妙深寺の教講一同に大きな力を注いでくださいました。


遣田会長の御法門、ありがたかったです。昨日はお母さま、真里奥さまのご命日で言上させていただいたばかりでしたので、とてもありがたく胸がいっぱいになりました。


初心に立ち返り、心あらたにご奉公させていただきます。


明日は朝7時から立教開宗記念の一万遍口唱会です。一人でも多くの方々にお参詣いただき、お祖師さまの立教開宗の御意を感得させていただきましょう。


御教歌

「思へ人 祖師御出世のなかりせば 御題目は誰が手よりきく」


ありがとうございます。

2026年4月27日月曜日

100万人のクラシックライブについて

 






あらためて「100万人のクラシックライブ」についてお伝えしたいです。


土曜日、久しぶりに最初から最後まで、妙深寺で開催された100万人のクラシックライブに最前列で参加させていただきました。実はここ数ヶ月、着席してゆっくり聴けなかった。まして最前列は数年ぶりでした。


あまりに感動して、やっぱり涙が出ました。しかも何度も。


どうにも言葉に出来ません。近隣の方、ラジオのリスナーの方々、お寺のご信者さん、何度も感極まってくださって、演奏者との質疑応答の時にも泣いておられたくらいだから。


「これは何なのだろう」

「なぜこんなに胸がいっぱいになるんだろう」


素晴らしい演奏でした。それも間違いないです。選曲も「春」や「花」をテーマに構成くださっていて、同時にトークもクラシックの深さや広がり、その曲の背景を教えてくださり、素晴らしかったのです。


でも、きっともっと根本的なところにこの活動の素晴らしさがあります。それが、蓑田代表が名付けられた「ライブ」という言葉だと思いました。


ご存知のとおり、この活動の名前は「100万人のクラシックコンサート」ではなく「ライブ」です。


「コンサート」は比較的フォーマルで演奏を鑑賞する響きが強くなります。「ライブ」は「ライブ・パフォーマンス」が語源で、「生」の、その場で行われる生きた音楽に触れる時間ということになります。


「コンサート」が音楽を「聴かせる場」だとしたら、「ライブ」は音楽を「体験する場」。そう、みんなで体験してる、音楽の素晴らしさ、クラシック音楽の凄さを。もちろん、コンサートでも涙する人はいると思うけれど、ライブでは圧倒的にその頻度や確率が高い。「クラシックライブ」だからこそ、その感動が、もっと身近に、もっと直接に、人の心へ届いているように感じます。


少なくとも、土曜日は僕自身が久しぶりに震えるほど感動し、涙しました。


「100万人のクラシックライブ」は、あえてクラシック音楽の敷居を低くして、至近距離で演奏者と聴衆が一体になることを目指して、ここまで大きく活動が広がってきました。何よりも大切なのは、ここで生まれる一体感、心が共鳴したり、共振したりすることなんです。


やはり、これは単なる演奏会ではありません。生きた音楽に出会う時間です。人と人が、音楽を通して、同じ感動を分かち合う時間なのです。


演奏終了後、ボーズバーに場所を移して、演奏者と参加者に交流いただきました。皆さんが演奏者に直接感動を伝えているのが嬉しいし、最後は拍手喝采でお見送りするのもありがたいです。


どれだけAIが世界を変えても、生きている人間がそこにいる。生きている人間と人間が時間を共有し、感動を分け合う。AIがステキな演奏を流してくれても、それはライブじゃない。人間と人間に命の共鳴、心の共振こそライブなんだ!これだけはどれだけ時代が変わっても変わらない。


妙深寺では「株式会社M&Aベストパードナーズ」様のお力添えをいただいて毎月開催させていただくようになり、本当に定着することが出来ました。お寺で感動を共有できる。これほど尊く、ありがたいパッケージはありません。何としても続けてゆきます。


楠先生が「妙深寺の第二本堂は100万人のクラシックライブの会場の中でも最高の反響、素晴らしいホールだと思います。」と言ってくださいました。第二本堂を設計した先住のご満悦な表情が浮かびます。お寺がこうなる、お寺でこれをする、ということを先住は夢見ていました。


妙深寺では会社を経営されている方、近隣のお蕎麦屋さんなどにも声をかけ、毎月スポンサーをしていただいて、開催するようにしました。僕たちの力だけでは無理かもしれないけれど、みんなで力を合わせれば感動の場を作ることができるんです。


どうか、皆さんもこの活動の素晴らしさに気づいてもらいたい。世間は冷めたり、萎えたり、ブレたりしても、僕たちは燃えるような情熱でエントロピー増大の法則に逆らって、こころ一つになる機会を作ってゆこう!


今こそ、100万人のクラシックライブだ!と思った土曜日でした。あらためて文字にしてみました。


みなさん!「一度行ったからいいや」ではありません。毎月来てもらいたい。毎月通ってもらいたい。そうしないと分からないと思います。気持ちのいい涙を流してほしいです。


よろしくお願いいたします。来月もみなさまのご来場を心からお待ちしております。

さらに、是非「私のお寺でも開催したい!」という方がおられましたら、お問い合わせください。一つのお寺で出来なくても、近隣のお寺と力を合わせるとか、会社やお店を経営している方に力を貸していただくとか、地元の商店会の方々と協力して開催するのもいいと思います。


お寺が地域で必要とされるためにも、こうした機会を積極的に活用していただきたいです。100万人のクラシックライブは最高のクオリティが保証された素晴らしいパッケージです。


ここ一番、苦しみ、悩んだ時には、本堂でお参りするしかない。でも、その手前で、しっかりと心の中にあってほしい。暮らしの中にあるお寺。お寺と共にある暮らし。地域の中の心と心の寄港地、大切なステーションになれたらと思います。


本当に、土曜日は感動の100万人のクラシックライブでした。来場者の方々はきっと全員同じ気持ちだと思います。


ありがとうございました。

ありがとうございます。

日博上人の第60回忌にあたり

  人としてこの世に生まれ、人間にしか出来ない、最も甲斐のある生き方が、仏の道と教えていただきます。 人は必ず死ぬ。その限られた時間の中で、「これだけは本当に尊かった」「これこそが生きた証」と言えるご奉公を「今生人界の思い出」と言います。 それは今世の成功や地位や名誉、毀誉褒貶と...