昨日、ご家族と共に、また大勢のご参列者の方々と共に、博くんの一周忌を奉修させていただきました。100名以上の方々がお塔婆を建立くださいました。ありがとうございました。
あれから一年。やっと一年。なんとか一年を迎えました。遺族も必死に頑張って、崩れずに、耐えて、乗り越えてくださいました。
魅力ある男でしたが、だからこそ罪の意識なく罪深いことをする癖があり、男らしさと幼稚さ、純粋な不純、不純な純粋、才能があるのに鈍感で、器用なようで間の抜けた面もありました。
いずれにしても、友人でもあり、教化親でもあり、住職でもあった自分には、彼を導けなかった、彼を救えなかったという自責の念があります。
一年間、浮かんでは消える、悲しみ、苦しみ、寂しさ、虚しさ、悔しさ、怒りを、抱きながら過ごしました。ご縁のあった方々もそうであったことと思います。申し訳ありません。
最初に会ったのは六本木のオフィス。あり得ないほど小さな部屋、至近距離で真正面に向かい合い、話をしました。業界の表も裏も知り尽くしたプロデューサー、おもしろい大人でした。
お父さんの死をきっかけにお寺と縁ができました。世の中の酸いも甘いも見てきた人ですから、最初はいぶかしげに、しぶしぶ、ご奉公していました。しかし、徐々に、いや、彼が生きてきた世界にはない、むしろ真逆のような、お寺の中に集う人たちと触れ合って心の底から感激し、一気に、その中心に躍り出ていました。
お寺の中の博くんは本当に幸せそうで、みんなの輪の中で楽しそうに過ごしていました。何より子どもたちを心から愛して、みんなに声をかけて、それこそ元気のない子や壁に直面している子がいると、必ず出かけていって話をしてあげたり、起き上がれるよう、復帰できるようにサポートしていました。
世の中でも、そういう生き方を自分の生き方として確立し、一生懸命に人のために尽くそうとしていました。過去の博くんを知っているから、そうやって変貌を遂げてゆく姿が頼もしかったし、嬉しかったです。
でも、ある時、共通の先輩が一人で妙深寺に来て、「博がお寺が素晴らしいって言って回ってるけど、あいつが仕事でいい加減なことをしていると長松やお寺までおかしいと思われるよ。注意した方がいいよ。」と言われました。
そう言われてしまったことを、本人にも伝え、それは最もいけないことだから、裏も表もなく、み仏の教えに傷をつけないように生きなければならない、素直に、正直に、そこを目指して生きるから救いがある、と話し合いました。
結局、このことは最後まで語り続け、持ち続けた課題でした。亡くなる前夜、最後の電話でも、この話をしていました。
ご迷惑をおかけした方々がたくさんいたことを知り、申し訳なく思います。一方、彼が築いた友情や積み上げた善なること、彼のおかげで、彼に支えられた、彼に救われたと言ってくださっている方々が大勢いることも真実、事実です。申し訳ない気持ちと、感謝の気持ちが溢れます。
昨日のご挨拶でもお話しましたが、正面に出てきたら、僕たちの関係ですから、ひっぱたいてやりたい、怒鳴りつけてやりたい。言いたいことが山のようにあります。
ただ、一年前は、これほどみんなに迷惑をかけ、みんなを苦しめた彼とは、もう二度と会いたくない、と思っていましたが、変わりました。
私自身の慈悲のなさ、私自身の力不足、私自身の責任と反省に嫌というほど気づきましたので、もう一度、やはり会って、もう少しうまく生きられるように、お互いに責任を果たす生き方を最後まで貫けるように、もっと厳しく指導し、学び合い、やり直したいと思います。
友人であり、住職でもあった自分の人生に、彼がいたという事実は大切にしたいです。
彼の死がもたらした気づきを、かけがえのない教訓として、生きること、ご奉公することが大切だと思っています。
一年間、複雑な想いを抱いたまま過ごさざるを得なかった多くの方々に深くお詫び申し上げます。引き続き、彼を悼み、ご回向いただければありがたいです。
ありがとうございます。
長松清潤拝























