2026年6月6日土曜日

報恩の一座、報恩の得度式

 













本日、無事に開導会併せて先住松風院日爽上人御27回忌法要の第一座を奉修させていただきました。師匠のご年回を勤めるので、長松家の墨染のお衣を着け、謹んで勤めさせていただきました。


お参詣、ご奉公いただいた皆さま、ありがとうございました。 


今回の御27回忌に合わせて、妙深寺創立80周年の記念誌や映像、展示のために、先住が遺された写真をずっと見返して臨んだ第一座。住職となってから、一番じっくり先住のことを思い返す時間となりました。


また第一座に於いて、学徒としてご奉公していたビカス・タパ、見習いとしてご奉公を重ねてきたウッタン・タマンの得度式を執り行いました。


ビカス改めタパ清護、ウッタン改めタマン清伴。2人のネパール人教務が誕生いたしました。 末永くよろしくお願い申し上げます。


万が一僕がいなくなっても、日本からの支援が途絶えても、ネパールの法灯が受け継がれるように。コレイア清行師、カドゥカ清地師のもと、異体同心でご弘通ご奉公に励んでもらいたい。


明日は午前11時より、第二座を、現代国際弘通の第一人者、心技体、行学二道の両道を極めた本物中の本物の御導師、福岡日雙上人にお勤めいただきます。


予定を繰り合わせてお参りし、直接福岡御導師の謦咳を聴聞していただきたい。国内外のご弘通を牽引してこられた福岡御導師の御法門は人びとを歓喜踊躍させ、速やかに現証の御利益が顕れます。


ぜひ明日第二座でお会いいたしましょう。ありがとうございます。

いよいよ本日





いよいよ本日は開導会、先住松風院日爽上人御27回忌法要です。


第一座は本日13時から、第二座は明日午前11時からの奉修となります。妙深寺に縁のある方々は万難を排して是非ご家族みんなでお参詣ください。


<第一座>

6/6(土)13時より

奉修御導師:当山御住職

<第二座>

6/7(日)11時より

奉修御導師:神戸香風寺 福岡日雙上人

<会場>

#妙深寺 本堂


2026年6月4日木曜日

大切な写真

 









いよいよ今週末は妙深寺の開導会、先住松風院日爽上人御27回忌法要です。


今日は妙深寺でご回向の一座を勤め、午後に京都まで帰り長松寺の夜のお総講を勤めさせていただきました。明日は横浜で午前9時半から準備ご奉公。


先住のお写真を拝見しながら、今生人界かけがえのない方々への感謝を深めていました。AIが生成する画像ではなく、本物の時間を切り取った本物の写真。ありがたいです。


明日には新しい出版物、180ページの『妙深寺80年記念誌』が到着します。


どうか無事にご奉公させていただけますように。よろしくお願いいたします。


ありがとうございます。

台風の過ぎた後

 





台風の影響か頭が痛い。喉に違和感、要注意。風邪を引くわけにはいかない。


収録のためランドマークタワースタジオへ。すでに台風は通り過ぎて青空。雲が早い。


スタジオから妙深寺に戻ると本堂では得度式の御法門の練習。第二本堂では先住の展示をしてくださっていました。これはすごい。プロの展示。横浜佛立ミュージアムです。


台風一過だから、妙深寺から見た空が美しい。雲の模様、空の地図。


台風の影響はどんな風に出るか分からないのでまだまだお気をつけいただきたいです。


頭、痛い。

南無妙法蓮華経

2026年6月2日火曜日

ネパールから到着

 













ついに6月、先住のご祥月を迎えました。全身全霊、全力でご奉公させていただきます。


昨日の早朝、ネパールから清地師、ビカス、ウッタン、蓮くんが到着しました。ついに、この時が来て、無事に妙深寺まで到着できました。


いきなり月始総講でご挨拶、日本語も頑張りました。みんな感動してくださいました。平日のお総講なのに、たくさんのお参詣、ありがとうございました。


6月6日、開導会の中で得度式を奉修します。彼らのご信心と、可能性を信じます。どうなるかは、分かりません。とにかく、ネパールの法灯が消えないように、ご弘通の器を育てるしか道はありません。


ネパールでは清行師が題目行列のご奉公をしてくれていました。


南無妙法蓮華経

何とぞよろしくお願いいたします。

2026年5月31日日曜日

佛立スカウト、秋山貞子姉

 



















本門佛立宗がスカウト活動に取り組み始めたのは大正14年(1925)3月のこと。翌年には正式に発団しました。創設にあたり中心的にご奉公していたのが祖父・長松現延師(大僧正日峰上人)であったことを知りました。これほどとは知りませんでした。


昭和8年1月1日発刊の機関誌『佛立健児』に、長松現延師が草創期からのご奉公を振り返って一文を寄せ、設立から8年間を回顧されています。当時は「スカウト」を「少年団」や「義勇軍」と呼んでいました。


戦争で解散させられましたが、昭和 31 年(1956)3 月 22 日、本山宥清寺にボーイスカウト京都第 29 団が結成され15 年ぶりに活動を再開、4 年後の昭和 35 年 7 月 13 日にはガールスカウト京都府第 29 団も発足しました。


この時の中心的なリーダーは長松現延師の四女・秋山貞子姉でした。本山宥清寺の一の間で撮られた発足式の記念写真を見ると、後のガールスカウト京都支部長の長松千鶴子姉をはじめファミリーが勢ぞろいしています。なんと、そこに長松清涼師と結婚する前の、母・寿美江も写っていました。不思議です。


ボーイスカウト、ガールスカウトの生みの親、創始者ベーデン=パウエル。そのベーデン=パウエル卿の妻、オレブ女史が来日した際、秋山貞子姉や田中妙子姉が握手している写真もありました。すごすぎ。


昭和 37 年(1962)11 月、オレブ夫人の来日を記念して「ガールスカウト大会」が開催された時には美智子妃殿下もご臨席になられました。この時も貞子姉は代表して出席しています。後の戸隠などでも、妃殿下のご接待係をなさったそうです。


「佛立スカウトのうた」や「佛立スカウトラリーの歌」の歌詞はこの秋山貞子姉が書いたもの。今でも佛立スカウトの集会で歌い継がれている曲です。


生前、青少年教育への永年の功績を認められて文部大臣賞を受賞されてました。佛立スカウトを代表するお一人が秋山貞子姉でした。


こうした史実もご紹介しています。よろしくお願いいたします。


下記は昭和8年1月1日発刊の機関誌『佛立健児』、長松現延師(大僧正日峰上人)の寄稿文です。


「『佛立健児』発刊に際して 長松現延


一望目の遮るものとてもなき外海の色は、真面に映ずる太陽の反射に何時しか拭うが如く瞭りした深緑の水の面へいとしめやかに新春の空気は世界に誇る我が大日本帝国の地上に漲っている。


我等同志の機関雑誌『佛立健児』は東天の旭日の如く昭和八年の新春に魁して茲に其の初産(うぶ)の聲を高らかに挙げて佛立健児の頭上に光々と輝かんとするものである。


同志よ。我が佛立健児よ。よくこの誌を愛読し、援助御鞭撻在らんことを希ふ。回顧するに去る大正十四年の春三月、少年団の組織を我が佛立講内に志して茲に八星霜、今々聯盟組織の確立と共に兄弟相和し、信念教養に盡力し今日に至る。然るに今我等の為に『佛立健児』の発刊を観て、益々発展し外に流れずに内に能く学びを得て、両翼相待って世上の模範となる佛立健児の向上努力を切望す。


日扇上人の御教歌に。

友達の遊ぶにつれず精出して 学ぶを我の楽しみとせよ」

報恩の一座、報恩の得度式

  本日、無事に開導会併せて先住松風院日爽上人御27回忌法要の第一座を奉修させていただきました。師匠のご年回を勤めるので、長松家の墨染のお衣を着け、謹んで勤めさせていただきました。 お参詣、ご奉公いただいた皆さま、ありがとうございました。  今回の御27回忌に合わせて、妙深寺創立...