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2023年3月12日日曜日

東日本大震災から2ヶ月間の妙深寺の支援活動について

2011年5月11日にYouTubeにアップした動画。東日本大震災の発生から2ヶ月間の妙深寺の支援活動を紹介しています。

妙深寺では東日本大震災の発生直後から支援活動を開始し、3月18日に支援物資をトラックに積載、茨城県水戸市から福島県いわき市を経由し、仙台、気仙沼へとお届けしました。

その後も交代で被災地へ支援物資をお届けし、特に陸前高田との御縁が深まりました。これは鹿島アントラーズの田代選手から小笠原選手の奥さまの実家が被災し、そのご実家に支援物資をお届けしたことから始まります。そのお宅で仮眠させていただくこととなり、サッカー部だった清顕師は小笠原選手のパジャマをお借りしたそうで、大変恐縮、感激したそうです。

陸前高田で初めて炊き出しをさせていただいたのは2011年4月29日。これは高寿園という施設に避難していた500名を超える被災者の方から「あたたかいものを口にできていない」という声を聞いたことに始まります。

妙深寺をあげて炊き出しの準備をしました。炊き出しは炭水化物が多いということも聞き、新鮮な魚介類、お肉、サラダもご用意しました。総勢90名。ゴミ一つ、自分たちの排泄物すら被災地には残さないことを決め、テントのトイレを3つ持って行きました。

みんな、泣きながら焼いていました。博さんがUSMEF(米国食肉輸出連合会)と交渉して大量の食材を確保してくださったことも特筆すべきことでした。妙深寺の参加者は本当に凄かったです。これまでの教養会活動の全てをここで見せてくださいました。さらに、毎日テレビで活躍なさっているヒロミさんも、マグマスパの小泉代表や得平くんも参加してくれました。

おじいさんから「あの津波も想定外だったが、この炊き出しも想定外だった!」という言葉、部活の子どもたちの明るい「ごちそうさまでした!」という声を聞き、みんなで泣きました。

あれから、12年が経ちました。ささやかでしたが、陸前高田で、妙深寺としての第13回忌法要を営むことが出来ました。

胸がいっぱいで、昨夜は泣きました。昨夜、この動画を見直したり、当時の写真を見ていたからです。花粉症もひどいですが、泣いて泣いて目が腫れています。

先ほど、動くお寺で横浜まで戻りました。
本当に、ありがとうございます。

あらためて、心から、去る平成23年3月11日 午後2時46分に発生した東日本大震災、その後の大津波によって命終せられし一切の諸精霊、殊には御縁を結ばせていただいた陸前高田市で亡くなられた全ての方々の安寧を願い、祈ります。

東日本大震災によりて命終せる一切の諸精霊、第13回忌、妙法経力追福作善証大菩提の為。南無妙法蓮華経。

重ねて、東日本大震災によって被災されたすべての方々の苦しみや悩みが取り除かれ、健康にて災難なく、真の復興が遂げられますよう、お願い、お祈り申し上げます。

さらに、行方不明の方々の発見が叶いますように。そして、原発事故の根本的な終息、廃炉作業の完了、余震や今般の新型コロナウイルス感染症の早期収束、トルコ・シリアの大地震、ウクライナで危機に瀕する全ての方々の安寧を、心の奥底から、お祈り申し上げます。

陸前高田の復興と繁栄が実現いたしますように。

これからも、この地球、この世界にあって、甲斐のあるお寺、甲斐のある私たちでありますように、御仏の教えである菩薩行、その実践と実現を心がけます。本来の仏教は宗教宗派の垣根を取り払い、人間性を追求し実現するものであると信じます。

ありがとうございます。
令和5年3月12日
長松清潤拝、

2023年2月10日金曜日

ブラジルから届く力に溢れたレポート

ありがとうございます。
ブラジルから届いた2023年1月のレポートムービーです。

各地で素晴らしいご奉公が展開されていて、菩提心が高まるというか、心に力をいただくことができます。

人は、ネガティブに触れればネガティブに、ポジティブに触れればポジティブになるもの。
世は末の世、人も人。
「不屈の精神」と言っても、やはり減速や衰退を余儀なくされることもあります。

そんな時、こうした思い切り前向きなご奉公の姿を見させていただくと、エネルギーが沸々と湧いてくるものです。
ありがたいです。ありがとうございます。

同時に、きっとブラジル社会の現在、日系人社会や仏教コミュニティを物語る一コマとして、貴重な資料にもなるはずですね。

貴重なレポート、毎月ありがとうございます。

ありがとうございます。

2022年10月5日水曜日

2022年9月 ブラジル教区のマンスリーレポート

ありがとうございます。
本門佛立宗ブラジル教区からのご奉公の報告が届きました。
2022年8月〜9月までのご奉公の様子ですが、イキイキとした活動に心が躍ります。
ブラジル教区のお寺には必ず体育館のような講堂があります。本堂よりも先に講堂を作ると言っても過言ではありません。その場所でご弘通をスタートさせ、縁を結び、そしてお教化がたくさん出来て、本堂を建立するというのです。
行動ではフットボール(サッカー)やフットサル、バザーや季節ごとのお祭りが開催されます。お祭りやバザーだけで1800名もの方々が来られたという報告ですから、すごいです。日本ももっと地域や社会に開かれたご奉公が必要だと感じました。
本当に、ありがたいです。是非、日本でももっともっとお寺をあげてお助行や、下種結縁のご奉公に気張らせていただきましょう。

ありがとうございます。
長松清潤拝、

信教の自由パレード@リオデジャネイロ


ありがとうございます。
本門佛立宗ブラジル教区から届いた信教の自由パレード@リオデジャネイロの模様です。
サンパウロ中央寺院 日教寺所属のビエイラ行運師が代表してご奉公なさいました。素晴らしいご奉公となりました。行運師の立派な姿に感激します。
いつも、ブラジルの佛立教講の前向きなご奉公の姿に励まされます。
私たちも負けてはいられません。もっと胸をはって、世のため、人のために、み仏の教えを世界中にお伝えしたいものです。
よろしくお願いいたします。
ありがとうございます。

Arigatou gozaimasu.
Monge Vieira Gyouun, Catedoral Budista Nikkyoji, Budismo Primordial HBS do Brasil (Honmon Butsuryu Shu) frequentou a Caminha liberdade religiosa no Rio de Janeiro.
Foi uma grande oportunidade. Ficamos impressionados com a bela aparência de Monge Vieira Gyouun.
Somos sempre encorajados pela atitude positiva dos membros brasileiros da HBS.
Não podemos perder para eles. Gostaríamos de nos orgulhar de divulgar o Dharma e ensinar o budismo ao mundo para a sociedade e as pessoas.
Namu Myo Ho Ren Ge Kyo
Arigatou gozaimasu.

2022年9月4日日曜日

2022年8月 ブラジル教区マンスリーレポート / Resumo de Agosto 2022


ブラジルから送られてきた動画をご紹介します。ブラジルとの月一回のウェブ会議で観せてくださるマンスリーレポートです。
後半には神奈川布教区の慶讃別修法要の模様も入っています。

ブラジル教区の老若男女、みんなで随喜してご奉公くださっている姿がありがたいです。ブラジルの土佐県人会が中心となって開催されている土佐まつりなどの催しもあります。

何より、法灯相続の若い世代がご宝前で明るお顔をしながら合掌している姿が印象的です。日本も負けていられません。

「アイ・アム・ブッディスト!」

もっともっと、自信と誇りをもって、大いに胸をはって、信行に精進したいものです。

ありがとうございます。

2022年8月12日金曜日

11年前の映像。東日本大震災支援活動_妙深寺

11年前の、2011年5月11日にアップしたYouTubeの映像。今朝、この映像がスマホの画面に出てきました。ありがたいです。

ずーっと同じ気持ちで、同じように、同じことをしているんだなーと思いますー。

生きている間は、とことん精一杯、毎日生き切って行きたいです。死んでから、ゆっくり休ませていただこうと思っています。

2022年6月25日土曜日

妙深寺の国際活動(スリランカ、インド、ネパール)


妙深寺の国際部が制作した「妙深寺の国際活動」についてご紹介する動画です。

平成16年10月、スリランカとインドへのご奉公があり、その直後の12月末、あのスマトラ沖地震・津波が発生。支援活動を開始。

こちらにも貴重な映像が含まれています。スマトラ沖地震・津波の支援活動。

これまでのご奉公、妙深寺の国際弘通の歴史です。

スリランカ弘通史(1998-2022)


スリランカ弘通史(1998-2022)

スリランカHBS、妙深寺スリランカ・コロンボ別院のメンバーが制作した貴重な歴史映像を含む「スリランカ弘通史」です。私も持っていない貴重な映像がたくさんありました。

1995年(平成7年)、阪神淡路大震災が発生した年の年末、私は神戸に行き、福岡御導師とお会いし、インターネットを使って英語での情報発信をさせていただきたいとお願いしました。

あれから、27年。

スリランカ、インド、ネパールへと広がった平和と安穏の教え。ありがたいです。

2011年1月24日月曜日

"御仏の慈悲" "Compaixão de Buda" 5/5


'御仏の慈悲' "Compaixão de Buda" 4/5


'御仏の慈悲' "Compaixão de Buda" 3/5


"御仏の慈悲" "Compaixão de Buda" 2/5


2011年1月22日土曜日

ブラジル本門佛立宗 (演劇)"御仏の大慈悲" "Compaixão de Buda"1/5 – 14.11.10

 ブラジルからメールが来ました。

 昨年11月、ブラジル本門佛立宗が開催した「佛立祭」の映像が届きました。特に、この中で上演された「御仏の大慈悲 "Compaixão de Buda"」の映像です。

 メールをくださった吉川淳省師によると、全員サンパウロ日教寺の青年会員だそうです。99%は初めて舞台に立ち、6ヶ月間の練習を重ねて、日教寺体育館満席(1000人)の前で立派に演技を行いました。すごい。

 このYou Tubeへは淳省師のお父さまがアップロードし、日本語の字幕は野崎清翔師が徹夜で付けてくれたそうです。

 素晴らしいですね、ブラジル本門佛立宗。約7年前、佛立研究所からIT活用についての論文を発表させていただきましたが、ほぼ、日本側では進んでいません。ウェブページの活用も、メールや映像配信についても。「開化第一」はどこに?ブラジルに見習いたい。大きさではなく志の問題だと思います。

2010年1月18日月曜日

妙深寺の成人式

 今日は、私もいろいろとビックリの成人式でした。これまでも素晴らしい成人式が行われてきましたが、それでも、今までで最高の成人式だったと思います。本当に、妙深寺のご信者みなさまが手作りで作ってくださった、心温まる成人式となりました。
 妙深寺には、「教養会」という世代毎の会があります。お寺のご信者さんは地域やその方の御縁によって「教区」や「部」「班」に分かれているのですが、それを世代毎、性別毎に分けて交流や活動をしてくださっているのが「教養会」。65才以上の「松風会」、男性信徒の「壮年会」、女性信徒の「婦人会」、青年層は「青年会」、子どもたちは「薫化会」、そして横浜第35団の「ボーイスカウト」、神奈川第24団の「ガールスカウト」という「教養7会」があります。まだ、婦人会の中に「つくし会」「みのり会」があり、最近は松風会にコーラス部など、自由な雰囲気のサークルもあります(笑)。事務局に「教養部」という部門が創設され、瓜生さんを中心としてご奉公に当たってくださっています。
 今回の成人式で、教養部が創設されたことで教養7会全体の力を結集して行ってくださるようになってきたことを痛感しました。また、これまでと同じように、成人式のご奉公を中心的に進めてきた青年会が、根本的にご奉公を見直し、新しい視点から成人式を組み立ててくれたことによって、準備ご奉公も、式のプログラムも、ご家族を中心としたサプライズも、美味しいご供養も、そして、感動的な教養7会混声合唱団の歌も実現しました。本当に、ありがとうございました。
 成人式終了後、瓜生さんからメールをいただき、今回の成人式がどのように企画され、進められていったか分かりました。そうだったのですね。本当に、ご奉公してくださった(森山)英ちゃんはじめ、全てのみなさまに感謝です。
「ありがとうございます。
 成人式のやり方を変更することについて、長年言い続けてきたことがやっと実ったと言う感じです。
 森山君に成人式変えようと申し入れたところ、別添の成人式資料が青年会として検討したと言うことで提案されました。これを元に実行委員会で検討し、今日の運びとなりました。
 また、数日後神崎さんから別添の招待状案が送られてきました。とても温かいものでした。全て森山君を中心とした青年会が行ってきたことでした。
 映像関係は山崎君と柳沢君どんなものができるのかとても楽しみでした。インタビューも事前に一生懸命取り組んでいました。式全体は小菅・柴田の2名が全て取り仕切ってくれました。来年は全て任せられると思います。混声合唱団は堀田さんが選曲、練習(今日1時間)をしてくれました。男性が入るととてもよいと始まる前にいってました。その通りで、素晴らしいものでした。
 今度は、敬老松風大会を変えていこうとみな張り切っています。
 それにしても篠さんはすごいです。いつも黙々と片付けをしてくださいます。今日も一人で下がってきたものを片付けてくれていました。終了後も気持ちがよいほど、全員でスピーディーに行われ見事なものでした。はじめは誰もいないのではないかと危機感を持っていました。青年会、壮年会に「誰もいなかったら?」とハッハ゜をかけたところ、電話を掛けまくってくれたそうです。
 本当に2~3人ではもったいない成人式です。森山君が全て終わって挨拶に来てくれました。リーダーの姿勢一つでいろいろな人が動き出すことの素晴らしさをつたえましたが、くれぐれも一人でするのではなく、みんなにふることを話しました。森山君はすごいです。
 余韻に浸りながら帰ってきて、良風寺の成人式のことを拝見し、涙が出てきました。悲しさを乗り越えながら成人式を迎えた成人者と青年会、きっと生涯忘れられないものでしょう。どれほどご住職にお会いしたかったことか。
 ありがとうございます。」
 こうして、素晴らしい式が行われ、妙深寺らしい、感動に溢れたご奉公となったのですね。本当に、まごころを込めていただいて、ありがとうございました。そう良風寺でも、あたたかい、素晴らしい成人式が行われました(涙)。

 英ちゃんが作ってくれた資料を拝見しました。英ちゃんは、最先端IT企業のエンジニアとして活躍していますが、社会で培った能力をご奉公で遺憾なく発揮してくださっていて、本当に感激です。他のご奉公でも参考になると思いますので、要点だけ少し紹介したいと思います。こうしてご披露を重ねて、多くのお寺やご奉公に当たる方々の参考になれば英ちゃんのご奉公の功徳が何倍にもなるはずですから。
 この提案は、パワーポイントファイルで作られており、図なども使われていて素晴らしいプレゼン資料のようなもの。ここまでしてくれていたなんて。分かっていただかなければ、いま進んでいる方向やこれまでやってきた流れは変えられません。口だけでは、誰も動けない。「分かっていただく」という努力を、真剣に、丁寧に、してくださっています。本当に、英ちゃん、うれしいです。真剣なご奉公の姿勢、本当に地道で、本当に実のあるご奉公とは、こういうものでなければならないということを、教えていただいたように思います。成人式の最後に挨拶をしていましたが、青年会の参与である清顕師、よく頑張ったし、えらかったと思います。彼は若いですが、よく意を体してご奉公してくれています。
 「これまでの成人式2部について種々の改良を加え、妙深寺らしい心のこもった成人式となるように青年会として検討をしましたので報告します。
これまでの問題点
☆成人者が舞台前の席で孤立してしまう
☆せっかく家族も来られているのに席は別。毎年恒例のインタビューもしにくい
☆青年会以外の人(例えば教区でお世話になった方)と成人者がface to faceで話す機会がない。
☆映像放映など本堂にある設備を生かしきれていない
☆各会および有志より出し物が多く時間が長くなりがち
 妙深寺だからできること
☆市の成人式とは全く異なる成人者が「主役」の成人式
☆両親始め家族も一緒の成人式!
☆産まれたときから20年間の様子を知っている家族同然のご信者さんの存在がある
☆スクリーンなどを用いてプロ顔負けの映像を作り放映することができる
これらの点を踏まえ2部の改良案を以下のように提案します!
 「ご家族タイム」を設けて家族にスポットを当て、成人者の生い立ちからを振り返れ、両親に感謝できる2部にしたい。また映像などを駆使し、成人者が結婚式の新郎新婦のような主役になる一生の想い出になる成人式としたい。
ご家族タイムとは?
 例年のインタビューに加え、成人者の幼いころの写真をスクリーンに映しながらこれまでのエピソードなどを会場全体で注目する時間。そして、成人者から両親への感謝の言葉などを言ってもらう時間にもする。即ち成人者家族に会場全体がスポットを当てる時間(1家族/5~10分程度)。(実現するには当日で構わないので幼い頃の写真を数枚もってきてもらう必要あり。1部の間スキャン予定)
映像の活用
 上記「ご家族タイム」もそうであるが、本堂のスクリーンをフル活用したい。昨年好評を頂いた妙深寺の紹介を始め、産まれた年の出来事、この20年間の出来事などを映像で振り返る時間を設ける(昨年の青年会の記念品も同様に作成し)。ただし、お講師に頼ると教務部への負担増となるので、青年会の柳沢君と山崎君が編集装置の使い方をマスターすることに着手(マスターすれば今後お会式などでもお手伝い可能)。
余興の再検討
 上位2項目を実現するとどうしても余興の時間を少なくする必要あり。各会同士でコラボするなど工夫をお願いしたい。」
 こうして出来上がったのが、昨日の成人式。本当に、素晴らしかった。いろいろな点で、改良点が参加した成人の方やご家族の心に響き、妙深寺ならでは、御宝前での成人式、お寺での成人式ならではの温かさ、おもいやり、感動をお届けできたと思います。
 何より素晴らしかったのは、やはり教養7会混声合唱団でした。まず、あの(?)壮年会さんが、コスチュームをそろえて、ヘンテコな蝶ネクタイを着けて登場してきたのには大爆笑しました。会場からも「え~!?」という声と拍手喝采。今日の日のために、一生懸命、やってくれたんだなぁ(涙)。だって、普段の姿や会社での役職を考えたらあり得ないような方々まで、蝶ネクタイ(笑)。かわいいし、あたたかい。  
 本当に、素晴らしかった。ありがとうございます。僕のデジカムで撮った映像ですので、あまり画質も音声もよくないけど、迫力のある混声合唱団の歌をお届けします。そして、あの、選曲してくれた、「I blieve (in future)」という素晴らしい歌詞も。

I bilieve (in future)
たとえば君が傷ついて くじけそうになったときは
かならず僕がそばにいて
ささえてあげるよ その肩を
世界中の希望のせて この地球はまわってる
いま 未来の扉をあけるとき
かなしみや 苦しみが いつの日か
喜びにかわるだろう
I believe in future  信じてる・・・

もしも誰かが君のそばで 泣き出しそうになったときは
だまって腕を とりながら
一緒に歩いてくれるよね
世界中のやさしさで この地球をつつみたい
今 素直な気持ちになれるなら
あこがれや 愛しさが
大空にはじけて ひかるだろう
I believe in future  信じてる

いま 未来の扉をあけるとき
I believe in future  信じてる

2009年10月3日土曜日

父母の恩を教えてくれる物語

「起きろ、おいぼれ。もう城門が閉まるぞ。都城(とじょう)の用があるのか、それとも城外へ出て行こうというのか」

 日が、西のかた竜山の丘のうねりを影濃く隈取(くまどっ)って落ちようとしていた時刻。ときは、中国、長安の都が、花のように匂っていたころの話である。

 都城の西の城門の外に、一人の老いた乞食僧が倒れていた。年は、八十はとうに過ぎていようか、眼はくぼみ、鼻は異様に高く、暗いシワが生気のない皮膚を縦横に刻んでいた。

「こいつ、死んでやァがるのか、返事しねえや」

 取り囲んでいる城門の衛士(えじ)の一人が、足で老人の胸をゆすぶった。

「おい、生きてるのなら、何とかものをいえ。さもなきゃ、素っ首をひねって、死人堀に片づけちまうぞ」

 鉾(ほこ)の石突(いしづき)で、痩せた脾腹(ひばら)を突つかれ、老人は、かすかに眼をひらいた。

「わしは、名もない天竺(印度)の男だよ」

「へえー。天竺の男?お前がか」

 五人の衛士が、一様に老人の顔をのぞきこんだ。

「十年まえ、天竺を発ってはるばるこの国に来たが、いま、用を果たして、再び天竺へ帰ろうとしているんだ。……少し腹が痛くなってな。休ませて貰ってるとこよ。あああ、弱くなったもんだ。十年前、国を出るときは、もっと若く元気だったんだが」

「この大嘘つきめ!いい気になってやがる。うろうろしてると、この鉾先でほんとの天竺にやっちまうぞ」

「出家は嘘をつかんよ。そう怒鳴らんで背中でもさすってくれ。老人はいたわるもんだ。お前達にも父親はあるだろう。うそじゃない証拠に、ここに白馬寺の長老が書いた受取書と感謝状がある。わしはな、天竺から、仏さまのありがたいお経を、たくさん持って来たのだよ」

「まだ吹いてるよ。天竺からお経を持ってくるようなお坊さまは、かしこくも天子の賓客だぞ。けっ、何をほざきやがる。乞食坊主のくせに」

「怒るんじゃない。わしはな、自分だけの願いでこっそり来たのだ。乞食をしながらな。死んだ母親の供養のために発願(ほつがん)して、十年の間、さまざまの苦労をかさねてやって来た。……そして、これから、また苦行をかさねて帰って行く。どこまで行けるか、寿命との相談だよ」

 落日のひととき、ひかりが見渡すかぎりの城壁を金色に染め、黄色い土の上にたたず六つの影が、長く向うの丘の頂きまでのびた。

「へえ、こいつァ驚きだ。天竺の連中は風変わりだね。死んだおふくろのために、何万里を歩いてお経を運ぶてのが流行ってるのかい」

「ははは、べつに流行っちゃいないが……
母親のためだけじゃない。苦行によって、わし自身の、み教(おしえ)の信念を固めるためだ。この尊いみ教を、お前たち黄河の流域に住む人達にも知らせてあげるためにもな」

 いい終わって、この年とった印度人は、急に元気づいたように起きあがった。

「おお、丁度よい機会だ。わしの長安への忘れ物をお前たちにことづかってもらおう。わしは、国を出るとき、ただ1つ大事なお経を行李(こうり)の中に入れるのを忘れて来た。それは、世尊が、なぜ父と母が尊いか、ということを教えられたお経だ。
 幸い、ここにお前たち十の耳がある。わしの口から、お前たちの耳に伝えよう。お前たちは、よく耳の底に残して、お前たちの民族に伝えてやってほしい」

 僧は、路傍の石をみつけて、その上に坐を組み、衛士たちは、さすがに、何か敬そんなものを感じてそのそばから、やや身後(みじろ)いだ。二人が立って鉾を脚にはさみ、三人が、何となく坐った。

 城壁の泥煉瓦の色が、金色の反射から、暗黄色に変わっていた。

 それから、僧は、長い間、西のほう天竺の空を見つめて何事かを念ずる風であったが、やがて眼をつむり、静かに唇をうごかした。

 かくのごとく、われきく。あるとき、

 仏、王舎城のギシャクツの山の中に、菩薩、声聞(しょうもん)の衆とともにましましければ、比丘(びく)、比丘尼(びくに)、優婆塞(うばそく)、優婆夷(うばい)、一切諸天の人民および竜鬼神など、法をきかんとて来たり集まり、一心に宝座をかこんで、瞬(またたき)もせで尊顔を仰ぎみたりき…

   ……………………

 このとき、仏すなわち法を説いてのたまわく。

   ……………………

 一切の善男子(ぜんなんし)、善女人(ぜんにょにん)よ…。 父に慈恩あり、母に悲恩あり。そのゆえは、人のこの世に生まるるは、宿業を因として、父母を縁とせり。父にあらざれば生れず、母にあらざれば育たず……その恩、未形におよぶ。

 はじめ、胎(たい)を受けしより、十月(とつき)を経るの間、行、住、坐、臥(が)、ともにもろもろの苦悩を受く。

 月満ち日足りて、産む時いたれば、業風(ごうふう)吹きてこれを促し、骨節、ことごとく痛み、汗、あぶらとともに流れて、その苦しみ堪えがたし。

 父も、心身おののきおそれて、母と子と優念し、諸親眷属(けんぞく)、みな、ことごとく苦悩す。 すでに生れて、草上に堕つれば、父母の喜び限りなきこと、なお、貧女の如意(にょい)の珠を得たるがごとし…。

 それより、母の父を食物となし、母の情(じょう)を生命(いのち)となす。飢えたるとき……母にあらざれば哺(くら)わず。乾きたるとき……母にあわざれば咽(の)まず。寒きとき……母にあらざれば着ず。

 母、東西の隣里(りんり)にやとわれて、あるいは水を汲み、あるいは火をたき、あるいは碓(うす)をつき、あるいは磨(うす)をひき、種々の事に従事して、家に帰るのとき、いまだ家に至らざるに、いまやわが児、家に哭きさけびて、われを恋慕わんと思い起せば、胸騒ぎ、心驚き、両乳流れ出でて忍び堪うることあたわず。

 すなわち家に帰るや、児、遙に母の来れるをみて、揺籃(ゆりかご)の中にあれば、頭(かしら)をうごかし、脳(あたま)を弄(うつ)し、外にあれば、腹這(はらば)いして出で来り、鳴呼して母に向う。母は児のために足を早め、身をまげ長く両手をのべて塵土(ちりつち)をはらい、わが口を児の口に接(つ)けつつ、乳を出だして飲ましむ。

   ……………………

 二歳、母の懐をはなれて、はじめて歩く。父にあらざれば、火の熱きことに知らず、母にあわざれば、刃物の指を落すを知らず。

 三歳、乳を離れて、始めて食(くら)う。父にあらざれば毒の命を落すことを知らず、母にあらざれば薬の病を救うことを知らず。

 父母、外に出でて、他の座席に往き、美味珍羞(ちんしゅう)を得ることあれば、自らこれを食うに忍びず。すなわち、懐に収めて持ちかえり、呼び来りて児に与う。得れば児、歓喜して、かつ笑いかつ食う。得ざればすなわち、佯(いつわ)り哭(さけ)びて、父を責め母に迫る。

 やがて成長して朋友(ほうゆう)と相交わるにいたれば、父は衣を求め、帯を求め、母は髪を梳(くしけず)り髻(もとどり)を摩(な)で、おのが美好(びこう)の衣服は、みな子に与えて着せしめ、おのれは古き衣、破れたる服を纏(まと)う。

   ……………………

 あたりは、ようやく昏(くら)くなって来た。ほんの先刻(さき)遠くで羊を呼ぶ笛の音が響き渡って来たのを最後に巨大な城壁と、限りない大地は死んだように静まりかえっている。衛士たちは、彼らの一番大きな務めである城門を閉めることすら忘れていた。一つの痩せた背の高い座像と、それを取巻く五つのシルエット、その中の二、三は、忍び哭(な)きの声すら洩らしていた……。背高い座像の声は、重く沈みつつも、大地のうねりととに地上の果までも置いて行くように思われた。

   ……………………

 すでに妻をめとらば、父母をば転(うた)た疎遠して、夫婦はとくに親近し、私房(へや)において妻とともに語らい楽しむ。

 父母、年高(とした)けて、気老い、力衰えぬれば、頼るところは唯(た)だ子のみ。頼む所は唯だ嫁のみ。しかるに夫婦、共に朝(あした)より暮にいたるまで、いまだ敢(あえ)て、ひとたびも父母の室に来り問わず。

   ……………………

 用ありて子を呼べば、子は眼を怒らせて怒り罵る。嫁もこれを見て頭(こうべ)を垂れて笑(わらい)を含む。

 あるいはまた、急の事ありて、疾く呼び命ぜんとすれば。十たび呼びて九たび違(たが)い、ついに来りて給仕せず。却って怒り罵りていわく、

「老い耄(ぼ)れて世に残るよりは、早く死なんには如(し)かず」と。

 父母、これを聞きて、怨念(うらみ)、胸にふさがり、涕涙(なみだ)、まぶたを衝(つ)きて、目瞑(くら)み、心惑い、悲しみ叫びていわく。

「ああ、なんじ、幼少の時、われにあらざれば養われざりき。われにあらざれば育てられざりき。しかして今にいられば則(すなわ)ち、却ってかくのごとし。ああ、われ、なんじを生みしは、本(もと)より無きに如かざりけり」

   ……………………

 突然、衛士の一人が起(た)ちあがって、石の上の僧に掴みかかった。

「止(や)めろ、止めろ、この……乞食坊主……止めろ……頼む……止めて下され……頼む……はらわた、が、ちぎれる……おら……」

と哭喚(なきわめ)き、ころげまわった。この男の狂態に、車座になった他の四人の口からも一様に嗚(お)えつの声がもれた。石上の座像は、かまわずなおも語り続ける。

   ……………………

 悲母、それ、初めて生みしときは、顔(かんばせ)、花の如くなりしに、子を養うこと数年なれば、容(かたち)すなわち憔悴す。

 水のごとき霜の夜にも、氷のごとき雪の暁(あした)にも、乾ける処に子を廻し、湿(うるお)える処におのれ臥(ふ)す。子、おのれが懐に屎(くそ)ひり、あるいは、その衣に尿(いばり)するも、手みずから洗いそそぎて、臭穢(しゅうえ)をいとうことなし。

 もし子、遠く行けば、帰りてその面(おもて)を見るまでは、出でても入りても、これを思い、寝(いね)ても寤(さ)めても、これを憂う。

 おのれ生(しょう)ある間は、子の身に代わらんことを念(おも)い、おのれ死に去りて後も、子の身を護らんことを願う。

 然るに……

 長じて人と成れる後は、

 声を坑げ、気を怒らして、父の言(ことば)に順(したが)わず。母の言に瞋(いかり)をふくむ。

 すでにして妻をめとれば、父母にそむき違うこと、恩無き人の如く、兄弟を憎み嫌うこと、怨(うらみ)ある者のごとし……

 妻の縁族来たれば、堂に昇(のぼ)せて饗応し、室に入れて歓晤(かんご)す……

   ……………………

 星が、一つ、桑畑の上に流れた。

 仏、のたまい終われば、梵天(ぼんてん)、帝釈(たいしゃく)、諸天の人民、一切の集会(しゅうえ)、この説法を聞いて、ことごとく菩提心を発し、五体を地に投じて涕涙(なみだ)、雨のごとく、進みて仏足を頂礼(ちょうらい)し、退きておのおの歓喜奉行したりき……

 読誦(どくじゅ)総時間、座像の声は、やがて絶えた。

 衛士たちは、夢から覚めた人のように石の上を仰いだ。衛士たちは次の言葉を待った。

 数分……。

 数時間……。

 ついに座像からは、一ことの言葉も発せられることがなかった。

 衛士たちが走り寄ったとき、彼等は、その印度人が永久に物をいわぬ人になり果ててしまっているのを発見した。

 長安の夜空を覆う数万の星宿が、西から東へ、暗黒の時間からようやく暁晨(ぎょうしん)へ、永劫の時を刻んでいた。

   ……………………

~吉川英治氏や司馬遼太郎氏が引用した「父母恩重経ものがたり」。現代に生きる人々の心にも、両親への尊い恩が湧き起こってきます~

2009年9月21日月曜日

妙深寺報 9月号

 妙深寺報の9月号について、紹介するのを忘れていた。
 あっという間に時間が経ってしまった。月始総講から京都、京都から戻って牧野さんのお通夜と告別式、敬老松風大会があったり。悪夢のような試験もあり、連日教区御講がはじまっており、龍ノ口の御法難記念日である12日には一万遍口唱会、正法帰入祈願、福岡、京都、横浜。昨日で9月の教区御講が全て終了し、今は京都で結婚式。明日横浜に戻り、秋季総回向、翌日はスリランカへ。寺報を紹介する時間がなかったという言い訳。同情を期待して書いてるかな(汗)?
 それでも、妙深寺の教務部、第二弘通部門の広報部の方々のご奉公によって、これほど素晴らしい『妙深寺報』が出来ていたのである。私など、何もしてない。素晴らしい。今回の寺報では、妙現寺の鈴江日原上人の特別御講での御法門が掲載されている。何度も何度も、拝見し直していただきたいと思う。永久保存版。
 表紙は、グランデ・ファミリア2009の最後に撮影した集合写真。圧巻。400名以上が一同に笑顔で写真に収まっている。すごいなぁ。今年の夏の、神奈川布教区だけの思い出。青少年の一座があって、圧倒されてしまったようにも思うが、神奈川布教区ではこれほどすごいご奉公がされていたのだ。
 裏表紙も、グランデ・ファミリア2009の時の子どもたちの笑顔。永久保存版というにふさわしい、永遠の時間の中の一瞬(この言葉、大好きです)。グランデ君とファミリアちゃんというキャラクターは4年前に生まれたが、今回も大活躍した。福岡の青少年の一座にも飛び入り参加したグランデ君とファミリアちゃん。子どもたちの人気キャラクターになった。及川くんと秦くんに感謝だなぁ。
 こうして、今月も内容の濃い妙深寺報はしっかりと出版されていたのだった。これを無料で配布しているのだから、太っ腹。これは、妙深寺の先代の御住職からの厳命であり、妙深寺信徒のご信心の柱となるように、内容の濃いフリーペーパーとして全信徒に配布しているのである。ありがたい(涙)。
 法灯相続や下種結縁を目指しているので、御有志名や金額などの情報も載せていない。とにかく、若い人や、お寺が何なのか、ご信心が何なのか分からないという人にまで読んでいただきたいと思っている。最近、他寺院の方からも求めていただけたり、御講師方からも「御法門で紹介させていただいている」と言っていただいたり、本当に嬉しい声も聞く。そうして、活用していただけたら本望で、とにかくみんなが元気になるために、やっていきたいと思う。

2009年9月7日月曜日

長松寺での国際交流

 長松寺は、佛立開導日扇聖人が晩年に住まれた御館。その御戒壇は、「三方開き」といわれる本門佛立宗独自の形式を開導聖人お自らデザインされたもの。明治16年11月26日、開導聖人は講有位はそのままであったが現喜師に後事を委嘱して、明治17年(1884)年2月11日に下京区麩屋町通り綾小路下ル俵屋町西側の借屋を法宅として引越された。今年で125年の間、「由緒寺院」となった長松寺を護持させていただいてきた。一口に「125年」と言っても簡単ではない。長松小千代お祖母さまのご奉公などを考えると、まさに「命がけ」の護持ご奉公だった。
 その長松寺で、8月25日の夜、地域代表者の方々と京都近郊の青年会、有縁の方々に呼びかけて、国際交流会を開催させていただいた。野崎淳慧師、松本現薫師を中心にして、企画をまとめ、ご奉公くださった。これまでも何度か開催されており、「長松寺カフェ」として下種結縁や法灯相続、信心増進の場としてご奉公させていただいている。こうしたご奉公は、絶対に未来を担う若い佛立菩薩を励ますご奉公だと思って。
 今回も、開導聖人護持の御宝前に於いて、一座の口唱会を開催させていただいた。前回から、海外にまで広がる佛立信心の姿、その中心となってご奉公されているリーダーの方々に「導師役」を勤めていただいて、開導聖人にお喜びいただこうという主旨の一座である。
 松本海外部長に導師座にお座りいただき、日本語にて総言上をしていただき、続いて私が鑒座で英語の言上。そこから、淳慧師や現薫師ならではの企画。「リレー祈願」のように、スリランカがブラジルを、ブラジルが韓国を、韓国がイタリアを、イタリアがブラジルを、というように、それぞれの国で特にお助行を続けているご病気の方や問題を抱えた方の名前を、別の国の代表者に、その国の言葉でご祈願言上していただいた。シンハラ語、ポルトゲス、ハングル、イタリア語。開導聖人は、目を丸くするどころか、「よし、ここまで来たか」と喜んでおられると確信する。
 それから、国ごとの国旗が置かれたテーブルに分かれて、日本の青年会たちと交流する。通訳も上手に入って、それぞれの思いや質問を彼らにぶつけていく。それを、楽しむかのように代表者たちが答えてくれている。本当に、嬉しい光景だった。
 まだまだ、書き足らないが、書いておかないと、あまりにも時間が早く経ってしまうので、書いておいた。長松寺のカフェは、特に博子姉さんのおかけで開催された。いつも、そうだが…。また、たくさんのご奉公をいただいた。本当に、ありがたい。
 いま、イタリアのヴァレリオからメール。嬉しいメールだ。真心の交流が、いつかきっと、もっともっと大きなうねりを起こしてくれると信じている。


2009年8月26日水曜日

第3回 青少年の一座の感動を

 もう、何から書いて良いやら、分からない。とにかく、走り回った夏の終わり。次のご奉公に向かう気力を養うには、少し時間が掛かりそうだ。いや、それでは意味がない。
 第3回 青少年の一座は、実行委員会のみんなのご奉公のおかげで、大成功だった。広報部の古川くんが言っておられたが、孫の代まで語り継がれるご奉公だったと思う。この3年間続いた「青少年の一座」のご奉公は、第2回も、そして第3回の今回も、多くの若いスタッフの思いが結集して、参加者全員の心を揺さぶり、動かしたと思う。これについて書かなければ、次に行けない。
 青少年の一座が終了して、慌ただしく京都に移動したので心の締め括りも出来ていない。みんなと喜びを分かち合いたかったのだが、ここにも携帯電話からアップしてきたが、京都での「海外地域代表者会議」のご奉公のために京都入り。この会議も、最重要のご奉公だったため、悔いることはないが、本当に走り回った。なにせ、メールをこれほど開かなかったのは久しぶり。海外でのご奉公でインターネットの環境が無くてPCを開けないということはあるが、日本国内で…。18日の夜から、まともに寝ていなかったので、今は、ボーッとしてる。
 とにかく、子どもたち、若い人たちの感動を伝えたい。第3回の青少年の一座は、本当に、本当に、みんな手作りで、東京で行われた第2回の成功というプレッシャーの中、何度も何度も会議を行い、何度も何度も激論を交わし、コンセプトを定め、どうしたら伝わるか、どうしたら伝えられるのか、ということを試行錯誤し、徹夜に次ぐ徹夜のご奉公を重ねて当日を迎えた。
 「今、あなたのためにできること」。このテーマを、再三再四、スタッフも、ご奉公者も、確認して、ご奉公を進めておられた(涙)。いま、このテーマを、もう一度、心の中で読み返して、噛みしめている。
 僕たちが、第1回から第2回の青少年の一座で見聞きした体験談。彼らのその後を追うことも、「伝えたい」という思いから出たプランだった。本門佛立宗だからこそ、その場だけのフィクションや上辺だけの、遠い奇跡のような話などではなく、「その後どうなったか」をしっかりと伝えたいと思った。第1回の体験談の時も、わざわざ「大御利益」というものを選ばなかった。それは、佛立信心では、数え切れないほどある。しかし、若い人たちが「驚く」のではなく、御利益をいただく途中でもいいから、身近に感じたり、「自分も」と思えるような方にお願いした。
 第1回の吏絵ちゃん、そして夕香菜ちゃん。第2回の遥ちゃん、木村君。4人のその後を、VTRにして紹介。ここですでに涙が出た。「お母さん、わたし死ぬの?」というテロップと、その言葉をお話になるお母さんのシーン。第1回の青少年の一座、本山の御法門台の横で、吏絵ちゃんのお母さん、明根さんが涙ながらに語られた言葉だ。親として、愛する子どもが、こんな言葉を口にしたら、どう思うだろう。「お母さん、わたし死ぬの?」。何と答えられるだろう。
 この言葉から、青少年の一座の体験談はスタートした。今回、世界中から集まった人たちも、みんな吏絵ちゃんのためにご祈願してくれた。スリランカでは、吏絵ちゃんのために青年会が24時間の口唱会をしてくれた。その吏絵ちゃんが、元気で、フットサルのサークルにまで入って、活き活きして学生生活を謳歌している。本当に、ここで泣いてしまった。参加者のみんなにも、伝わったと思う。
 時間は限られていたけれど、ロケまで行ってみんなのその後を追ったのだった。夕香菜ちゃんのその後。ロスへの留学、難関といわれたオーディションに合格し、いまプロダクションに所属して夢を追いかけていること。第2回で泣きながら体験談の発表をしてくれた遥ちゃんは、家庭環境の変化やいじめによって登校拒否、そして自殺未遂を繰り返した。その時、青年会のみなさんに出会い、100本祈願をして、現証の御利益をいただいた。泣きながら、ご信者のみんなに感謝し、「木更津の小さなお寺に、青薫会を作りたい」と言っていた。その後。彼女は見事に木更津の妙蓮寺に青薫会を発足させた。「同じような境遇にいる子どもたちを支えたい」と話した遥ちゃんは、頭が下がるほど本物の佛立信者、菩薩だ。
 木村君のその後。彼は、第2回の青少年の一座から、ひろし君の「ご奉公は断らない」という姿勢を貫いて、本当に全部がいい方向に行っていると語ってくれていた。「厳しいこともあるが、ご信心があるから迷わない」という彼の姿に、感動した。「そして、この九州で、どんなドラマが待っているのだろうか」というナレーションで、過去の青少年の一座を紹介するビデオは終えた。
 なぜ、九州の大会となったか。その深い意味についても分かりやすくビデオが作られていて、立正安国論の意味、その背景、その後に起きた出来事。これも時間の制約がありながら、内容がギュッと満載されていた。お祖師さまが立正安国論の中で示された国難の中でも最大の「元寇」。その元が責め寄せてきた場所、お祖師さまのご予言(実際には御経文のとおり)が的中した現場が、この九州、しかも、青少年の一座が開催された福岡国際会議場のある海岸であったこと。だからこそ、この大会が、ここで開催されることに意味があった。さらに、さらに、お祖師さまが、その立正安国論を執筆されることとなった最大のきかっけ、正嘉の大地震は、8月23日、開催の日。鳥肌が立つほどの符号を、参加者みんなにご披露されていた。
 さらに、世界中の本門佛立宗を紹介する映像。この青少年の一座に参加した海外のご信者さんのことを、少しでも分かってもらいたいと思って企画された。この紹介がなければ、「珍しい参加者がいる」で終わってしまうかもしれない。ステージに上がっていただき、紹介する前に、韓国、ブラジル、イタリア、スリランカのご奉公をレポート。こういう企画の一つ一つが、実行委員会の企画チームによって組み立てられている。さらに、大会テーマ「今、あなたのためにできること」について、最初の提案が為された。海外のご奉公を見て感心しているだけではなく、「僕たちが、彼らのためにできることはないのか」と提案させてもらうこと。それが、第2回の時に始めたブラジルのファベーラ(スラム街)に住む子どもたちにおもちゃをプレゼントし、同時に御題目をお届けしようというご奉公。そして、スリランカのご信者さんに、使わなくなったお数珠を届けようというご奉公。
 さらに、今大会を代表して、九州の青年たちが体験談を発表した。本田君と法恵ちゃん。本田君の体験談については、是非DVDで観ていただきたいと思う。青春時代からの葛藤、事故、そして仕事や金銭トラブルから、行き場を失っていた時、やはり御宝前におすがりし、真夜中に、御題目をお唱えし、唱え重ねて、死ぬしかないと思っていたところから助けていただいた。そして、次には、「あなたのためにできること」と、苦しんでいる友だちのために自分の出来ること、特に、一緒にご信心をさせていただくことを勧めた。そして、友だちは一緒にご祈願をし、現証の御利益を感得。
 その本田君が作った曲「Smile~「今」あなたのためにできること~」が、最高によかった。本当に感激した。歌、すごい。彼はラップ、そしてデュエットしてくれたプロのシンガー顔負けの花田さんと一緒に舞台に上がり、2分半のライブ。本当は、全部歌って欲しかったなぁ。でも、この歌こそ、青少年の一座の、帰りのバス、電車、飛行機、フェリーで、みんなに口ずさんでもらえると、実行委員会一押しで、私たちも大いに期待した歌だった。私は、本当に大好きになってしまい、サビの部分の「いざ、青少年の一座」というフレーズを、ご奉公の間、何度も口ずさんでいた。
 そして、法恵ちゃんの体験談。それは、とても赤裸々な、身近な思いを語ってくれたもの。生まれた時からご信心をされていたが、「信心している実感がなかった」という法恵ちゃん。「足を切断する」という突然の病と手術を克服し、ご信心の有難さを確信した。そこから、法恵ちゃんの素直なご信心がスタートした。若い世代ならではだと思うが、「彼氏をお教化したい」と彼氏にご信心のお話をした。ところが、最初は「なんで?」「そんなん別に」と言われて、あえなく撃沈。ところが、法恵ちゃんのご信心に打たれて彼氏と一緒にご信心をされるようになった。カメラの前で話した彼の言葉が忘れられない。「なんでこんなことが起きるんだろう」と思い、「偶然」と思うのだが、「半年なら半年でやってみると、これだけ偶然が重なるわけがないということが分かる。これが、御利益なんだ」と。その素直な言葉が、本当にありがたい。
 そして、今度は、その彼が、彼の友人をお教化。しかも、この青少年の一座の2日前にお教化になった。本当に、素晴らしいことだ。いま、法恵ちゃんは、学校で知った虐待された子どもたちのためにご祈願を続けている。
 こうして、どれほどこのご信心が尊いかご披露した後、お看経。御講有がお出ましになり、大口唱会。このお看経が、とにかくすごい迫力で、大御本尊の前で、完全に一つになった。
 大会最後のご挨拶で、委員長の河野くんが、思わず泣きながら今回のご奉公を振り返った時、私も涙がこぼれた。本当に、みんな素晴らしい。委員長、そして副委員長、一つ一つの部署で頑張った参与さん、幹事さん、部員のみなさま方、裏方の方、前夜祭のご奉公を支えた方、遠方から、影から支えた方々、弘通研究班のメンバー、当日汗だくになってサポートしてくださった壮年会の方々、朝2時半に起きてご奉公者のご供養を作ってくださった婦人会の方々、そして、司会の北崎くん、紀世ちゃん、本当にたくさんの方々のご信心が結集して、今回の大成功となった。
 書ききれないが、結局、書いてしまった。また、DVDが出る。出る、というか、作らなければならない。それを観ていただきたいと思う。何度でも、観て欲しい。孫の代まで語り継がれるご奉公だ。
 そして、ここに、最高の歌、本田君の作った「Smile~「今」あなたのためにできること~」の歌詞を載せさせて欲しいと思う。彼は、これから歌でご信心を伝えられるように頑張ってくれるはずだ。そう信じている。




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「Smile~「今」あなたのためにできること~」
 始めよう誰かの為に 君が今出来る事から
 ここが本当の近道さ
 いざ 青少年の一座
 集まろう自分の為に 光り輝く未来の為に
 ここが真実の入口さ
 いざ 青少年の一座
 海を越えて 時を越えて 愛をこめて 君に伝えよう
 「ありがとう」って 涙拭いて 空見上げて 心をこめて

 いつかこの星が ひとつになれたら
 溢れる想いちいさなこの手で 何ができるかな 届けて

 SMILE 声をあつめて
 (君の声、空に響かせて、聞かせておくれ、心の声)
 Nnn 想いを 光にのせて
 (届けよう、この想い)
 叶うはずさ  さあ、SMILE
 どこまで一体どこまで 届くかな?君の心まで
 昨日より今日 今日より明日 未来に向かって想いを飛ばす
 もういいよ終わった事 もういいよ顔上げてごらん
 ほら夜空のきれいな星 あんなふうに輝いてほしい
 いまどんなに苦しくても 諦めないで信じてみよう
 持ち続けよう夢と希望 雨のち晴れ掴め幸せ
 2009 俺達は佛立信心のもとに出会い
 世界中のかけがえのない 仲間と一生つながってたい
 SMILE 声をあつめて
 (君の声、空に響かせて、聞かせておくれ、心の声)
 Nnn 想いを 光にのせて
 (届けよう、この想い)
 叶うはずさ  さあ、SMILE
 始めよう誰かの為に 君が今出来る事から
 ここが本当の近道さ
 いざ 青少年の一座
 集まろう自分の為に 光り輝く未来の為に
 ここが真実の入口さ
 いざ 青少年の一座
 今、あなたのため なにができるの?
 いつの日か 輝く 笑顔を見せて
 一人で生きてるつもりでいた
 淋しいのに強がってきた
 一番苦しかったあの時 支えてくれる家族がいた
 夢を見失いかけた時 勇気づけてくれる仲間がいた
 心からありがとう 永遠に輝く七つのStar
 海を越えて 時を越えて 愛をこめて 君に伝えよう
 「ありがとう」って 涙拭いて 空見上げて 心をこめて
 SMILE 声をあつめて
 (君の声、空に響かせて、聞かせておくれ、心の声)
 想いを 光にのせて
 (届けよう、この想い、叶うはずさ、イロトリドリの未来)
 今 声をあつめて
 (君の声、空に響かせて、聞かせておくれ、心の声)
 Nnn 想いを 光にのせて
 (届けよう、この想い)
 叶うはずさ  さあ、SMILE
 始めよう あなたのために 今の自分にできることから
 ここが本当の近道さ
 いざ 青少年の一座
 届けよう あなたのために いつか羽ばたく未来のために
 ここが幸せのはじまりさ
 いざ 青少年の一座
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 写真が少なくて、申し訳ない。本当は、全く写真は撮れない。あまりに、ご奉公があり。それを、清顕師に撮ってもらった。とにかく、「伝えたい」というのがご奉公でいつも思っていること。写真も、みなさんに伝えるためだけに撮っている。少ないが、こうして撮れていてよかった。

2009年8月18日火曜日

いざ、青少年の一座

 青少年の一座が、直前に迫ってきている。いま、九州の実行委員会の方々は寝食を惜しんでご奉公くださっている。

 横浜でも、東京でも、全国で、この青少年の一座のご奉公を支えようとサポートスタッフがフル稼働。特に映像制作ではカメちゃんや清康師が徹夜でご奉公している。ひろし君がプロデューサーとしてナレーション原稿を書き、カメちゃんは千葉や鎌倉までロケに行き、清康師は信翠師や登光師の構想を忠実に映像化し、第3回 青少年の一座に参加する方々が、ご信心の尊さや有難さを実感し、『本当に来て良かった』と言ってくださるようにと頑張っている。

 本当に、ありがたいなぁ。いつも、このご奉公の姿に感動し、映像化されるものを見ては涙が出てくる。これまでのご奉公、これまでの体験談、吏絵ちゃん、夕香菜ちゃん、遙ちゃん、木村くん…、本当に、おはからいをいただいて、確かな未来を歩んでいるみんなを見て、感動する。

 今年、この時、再会できる喜び。「九州で会おう」「九州でまっとうばい!」と言ってくれている実行委員会の方々。本当に、ありがたい。

 徹夜で作っているオープニングの映像を見ながら、「今」ということについて考えさせられる。『今』は、永遠の時間の流れの中で奇跡的に巡ってきた『今』であり、永遠に戻ってくることのない貴重な『今』だ。『今』を共有していることが奇跡的な出来事であり、『今』から同じ方向を見て生きていけることの尊さははかりしれない。

 宇宙の誕生、星々の誕生、地球の誕生。その地球に命が生まれ、人類が生まれ…。生命は多くの困難を乗り越えて『今』にいたり、人類は多くの災禍に出値い、自らも災禍を巻き起こし、累々たる屍の上に「現代」という『今』の社会がある。その『今』に生きる人間たち、僕たち、私たち。何を思い、何を求め、何ができるのか。

 平成21年8月21日、22日。九州。私たちが、この場所に集まれることこそ、奇跡的な出来事。ここに参加し、同じ時間を共有できることこそ、奇跡的な出来事に違いない。そのことを痛いほど感じて、実行委員会の方々はご奉公してくださっている。遠く離れた私たちも、そのために、寝食を忘れてご奉公している。絶対に、参加した方々に、伝えたい、伝えたいことがある、と。

 この大会が開催できること。そこに参加できること。それは、本門佛立宗の、宗門を挙げての壮大な意志があり、全世界の地域、全国の支庁や布教区の支援があって、一人一人が参加させていただける。このことを、決して無駄にしないために、みんな、必死に頑張っている。参加する人たちも、その意義を確かめて欲しい。そのことを、考えて欲しい。感じて、参加して欲しい。それだけで、いい。

 先日、少し、青少年の一座について、評論めいた意見を聞いたが、そんなもんはいらん。みんなが評論家ぶって、偉そうに言うのを聞いていると、情けなくなる。未だ、こんなことを言っているのかと愕然とする。批評や評論する前に、あなたが何が出来ているかだ。そこで前向きに努力しなければ、信心でもご奉公でもないではないか。それを慢心という。喜びと謙虚さがなければ、仏教徒ですらない。

 貴重な命だということを、痛感していた。宇宙から地球を眺めると、そう思う。かぐやの映像を見ていて、またそう感じた。漆黒の宇宙。誰だったか、ある宇宙飛行士が、窓に映る地球を見て、生命のかけらも感じられない暗黒の宇宙の中で光り輝く青い星・地球を見て、涙があふれて仕方がなかったという。真っ暗闇の中で、唯一、命に満ちた星が地球だった。それは、繊細で、か弱くて、孤独に耐えて必死に輝く地球。

 その星の上で、生を受けた私たち。『今』を一緒に生きていける。本当に、奇跡だ。いつも、私は「ありがたい」と言う。何度も言うが、この「ありがたい」は英訳の「Thank you」ではないのだ。むしろ、英語に訳すなら「rare」だろう。あるいは、「unusual」「uncommon」「seldom」「exceptional」などでもいい。とにかく、「希有」なのだ、「有ることが難しい」から「有難う」なのだ。

 みんなで、九州で出会い、「有難う」と喜び合いたい。






9月2日のFMヨコハマ「横浜ラグーン」

  瞬く間に1週間が経過してしまいました。 ネパールの大規模土石流災害は8月26日の水曜日に発生しました。明日で2週間となります。 私は8月19日の水曜日までネパールにおりました。災害発生の1週間前です。実に、何が起こるか分からない無常の世を痛感いたしました。 この2週間、妙深寺...