2011年1月31日月曜日

日々反省です。

少し時間が経ってから、返事するのを忘れたままのメールに気づくことがあります。

「大切なことだから、ゆっくり考えて」などと思っていると、そのまま忘れてしまったり。こういう心のないことが続くと、信頼されなくなってしまいます。どうか、そういうことがあった時は、申し訳ありませんがメールをください。すぐに、ご奉公し直します。

10年以上前、誓ったことがあります。それは、とにかく、命を削ってでも、佛立教務としてのご奉公を全うするということ。この「佛立」ということを突き詰める。

当時、私は、いろいろな面で、佛立の、最も大切なところが失われていると思っていたのです。既成仏教を真似たり、他宗のお坊さんと同じようなことをしていたり、他宗と同じような本が次々に出されていたり、内向きで、縁故に囲まれ、志が低いのに群れて、小さな輪の中でグルグルして、教務さんと信者さんが本音と建て前で向き合っていたり、弘通成績も正確な数字が分からない、内容がボロボロなのに褒めちぎったり、素晴らしいのに重箱の隅を突いたり。末弟中の末弟ですが、こりゃあダメだ、と思っていました。

しかし、批判するだけなら誰でも出来る。評論家はそもそも大嫌い。弱い犬ほど良く吠える。とにかく、誠心誠意、素直正直に、お給仕の誠を尽くして、情熱を燃やして、報恩の思いを強くして、ご奉公させていただかなければならない。個々人の名誉や一族の繁栄など塵や芥に同じで、佛立が佛立らしくご弘通発展しなければ無用、むしろ害悪にすらなる。

佛立らしさを追求する。口唱の味わいを知る。現証の御利益を見る。佛立らしいご弘通をする。ご弘通は人。信心堅固な人々が集い、その一人ひとりが遺憾なく持てる力を発揮できるようなお寺を作れるように。講務主導のお寺づくりを。

その実を、積み重ねていく。どのようなご奉公も、花火では終わらせない。どれほど素晴らしい人物でも、論理でも、方法でも、「時間」という検証を経なければ真の評価は得られない。時間は容赦ないから。その時は燃えていた、あの時は元気だった、当時はよかった、では済まされない。普遍性を追求するのが宗教であり仏教なのだから、一過性のものに目を奪われてはならないし、自分たちの取る方策も一時的なカンフル剤ではいけない。

ご弘通ご奉公が、少し手応えを感じても、うぬぼれてはいけない。油断してはいけない。一日で全てを失う。なぜか。それは、信心で建ったのがお寺だからだ。信心を失えば倒れる、佛立寺院ではなくなる。

末法悪世の凡夫中の凡夫が集うお寺。だから、全ては良いことばかりではないが、それでも、凡夫を軸とせず御法さまを軸にして、お守りすること。実るほど頭を垂れる稲穂のように、油断なく、慢心なく、下種信行は寂光参拝の際まで続く。そう覚悟して、末法での菩薩行に臨まなければならない。

全身全霊、365日24時間をご弘通に使わせていただいても、まだ足りない。次の時代を開ける者、佛立らしさを取り戻すご奉公とは、あらゆるご奉公に懈倦無く、一人の人のために身を擲ってご奉公し、共に笑い、共に泣き、あらゆる人のために書き続け、発信し続け、誰の前でも歌い続け、誰に対しても説き続け、国内のみならず世界中を、走り続けなければならない。そういう者にならなければ、佛立の佛立らしいご弘通を取り戻せないのではないか、と考えた。

朝起きしても長い昼寝をする者、喋るのは上手だが現場のご奉公には逃げ腰、表現力に乏しい、そもそも伝えようとしていない、文章力がない、構想していない、いいことを書くが筆だけ、口だけ、言葉だけ、頭では分かっているが行動に移せない、学者、暗い、人気取り、慢心者、そもそも信心がない、欲が強い、品がない、センスがない、世間知らず、教化したことない、唐突な質問に弱い、というのでは、話にならん。そういう者は、佛立を佛立たるところから貶めていることになりはしないか。そういう緊張感、危機感はあるか。そうではいけない、そうではないのだから、本当の佛立は。どこを見てる?

まだまだ、まだまだ、信心を改良し、佛立らしいご奉公ができるように、精進してゆきたい。

日々反省。まだまだ、時間が足りない、気合いが足りない。自分はご信者さんではないのだから。自分は佛立教務なのだから、世の人よりも自分を厳しいところに追い込まなければならない。もっともっと、追い込まないと、勝負にならない。

もっと、ご奉公させていただかなければ。本山のご宝前にも、麩屋町のご宝前にも、お給仕が足りない。ご奉公が足りない。もっと、ご弘通ご奉公させていただかなければならないのに。

と、今日は、独り言。明日の原稿を書く前に。明日は2月1日、月始総講。いよいよ、2月です。早い!

地球は回る

代わり映えがしないと思うかもしれませんが、美しい横浜の夜明けです。

朝の7時前後は、オレンジ色の太陽の光が内陣を横切ってゆくのが見られます。お看経中に、地球の自転という壮大な営みを目の当たりにできるのも朝参詣の醍醐味です。

ご供養当番、ほぼ終わりました。日頃お給仕いただいている分を、少しでもお返しできたなら嬉しい。

ありがとうございます。

2011年1月30日日曜日

明日は1月最後の日

明日は1月最後の日。教務部と清和会がご供養当番の朝。寒参詣も最終盤。お参詣しないと後悔します(笑)。是非、お参詣くださいませ。

楽しい空気

今日の横浜の空も綺麗でした。

日曜日ですから家族参詣の日。一列目には、開門口唱リレーの方々と、家族みんなでズラッと並んでお看経する姿。妙深寺がずっと訴えてきた理想の家族の姿。本当に、夫婦だったり、親子だったり、お祖母ちゃんとお孫さんだったり、一緒にお参りしている姿、素敵でした。

そして、玉ちゃんの菩薩の記憶。もう、すごすぎて、本堂内が爆笑の渦に包まれたり、強いご信心前とご奉公の姿勢に圧倒されて静まったりと、本当に、ありがたかったです。

私はご面会の方々がいて参加できませんでしたが、本堂の「お助行スクール」から大きな笑い声が響いていました。

今回も、こうして楽しく、明るくご信心やご奉公を学ばせてくださる弘通部門はすごい。眉毛にシワを寄せたり、難しい雰囲気にしたり、コワイ雰囲気にしたりするのは、なんか、よくあるお寺の勉強会。でも、そうじゃないという、この「空気」を作るのが、大切なのですね。この「空気」が、今の弘通部門のご信心、ご奉公を表しています。

ありがとうございます。

玉ちゃん

菩薩の記憶。今日は玉ちゃん。さすが、お徳が高い。柔らかい声、お話の仕方。笑いと感動でした。

ご信心、強いなぁ。筋金入りです。まさに、菩薩の記憶。

妙清師と青空

ボーズバーも、岩崎家の皆さまにもお立ち寄りいただいて、盛況の内に閉店いたしました。私は、少し大切な電話が続き、遅れてしまいましたが、少しでもご挨拶できてよかったです。ありがとうございます。

小磯妙清師。妙深寺の誇り。いま、唯一の尼僧でおられる。日博上人のお弟子としてご奉公され、今日まで妙深寺でご奉公くださいました。

現在96才。実は先日転んでしまって、もう入院して過ごすしかないというところまで行ってしまったのですが、妙深寺教務の家内で構成する「清和会」のみんなが、「私たちがお世話します」と申し出てくださり、昼夜を問わぬ介護をしてくれています(涙)。これは、本当に、言葉に出来ません。母も、みんなも、妙清師も、泣いていました。

ボーズバーの後、妙清師のお部屋の寄らせていただいて、手を握り、お話をお聞きできました。本当に、憔悴しておられますが、ご挨拶すると、はっきりと、しっかりと、お応えくださいました。

日博上人のご弘通ご奉公のこと、箱根療養所でのご奉公のこと、ゆりかご園でのこと、御教歌や御指南を紡ぎながら、お話くださいます。「私は、かの、素晴らしいお師匠さまにお出会いできて、これほどの幸せ、これほどの果報はありません」と仰せになられていました。

昨年、安彦さんのご紹介で妙深寺を訪れた方が本を出版され、その中に妙清師が紹介されたことをお伝えするとお喜びになっていました。しかも、しっかりと、その方のことを覚えておられました。

そして、やはり野村秋介さんのこと。ゆっくり、細かくお話されていました。

「野村さんは、網走刑務所でのことを、私に話してくれました。拘置されていた場所は、北海道の一番北の方にあるのですが、本当に寒くて、寒くて、恐ろしい場所で、そこで、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、とお唱えしたんです、と、涙ながらに、野村さんはお話ししてくれました」と。

そして、「ある日、面会に行った時、そこは、とても面会が難しいところだそうで、私を見ますと、泣いて、よく来てくださいました、ここはとても面会が難しいのです、と言って、涙を流して、喜んでくださいました」
と。

生き証人、生きた菩薩行。妙清師の言葉は、すべてが重たいです。僕など、恥ずかしくなります。子どもの頃から、妙清師に育てていただいたような気持ちもあり、清和会のみんなが、必死でご奉公してくださっていることに、何とも言えず、何も言えず、ただただ、有難く思います。

妙深寺が青空をテーマにしているのは、妙清師がはじめて妙深寺を訪れた時のエピソードに由来しています。妙深寺を後にする時、はじめて、青空が見えた、と。ということは、それまで、苦しくて苦しくて、空が青いことを忘れていた、空を見上げることが出来ていなかった、と。お参詣して、青空が見えたんです、と。

妙深寺は、これからも、みんなに青空が見えるように、ご奉公してゆこうと思っています。

2011年1月29日土曜日

プロテア

岩崎さんの一周忌法要を、無事に奉修させていただきました。

プロテアの花、手作りの湯呑み。

2011年1月28日金曜日

ボーズバー

寒波が来るようです。インフルエンザが流行っているようですが、弘通部門の方々が「週末企画」を用意してくださっています。是非、間に合うようお参詣ください。

明日の夕方は、亮太郎さんの一周忌。早いものです。本当に。

夜はボーズバー。たくさんのご来店をお待ちします。明日の夜。

責任

今日は、極めて重要なご奉公。未来の宗門に対する責任、今日までご奉公くださった方々への責任を痛感する、大きなご奉公です。

西へ東へ。とにかく、精一杯ご奉公させていただきます。

2011年1月27日木曜日

人のせいにしない

人のせいにしない。それが仏教。仏教徒の生き方。

ふと、自分の今を見つめてみたら、人のせい、誰かのせい、世の中のせい、にしていたりする。そう思うのも無理ないけれど、それがイライラの原因、次に行けない理由だと教えていただく。

自分。とにかく。

他人を変えるのは大変。自分なら、まだ何とかなる。変わろう。やろう。してみよう。

あおいそら

あおいそら。そらがきれいです。

ガンバロウ

今年の成人式。青年会が成人を迎えた人たちに、20年前の出来事を綴ったパンフレットをプレゼントしてくれました。20年前のニュースが載せられていました。イタリアワールドカップ、バブル崩壊、日本人初の宇宙飛行士、湾岸戦争とドイツ統合など、いろいろな出来事があったのですが、その最後の行に「ご住職、プロテストに合格」とあり驚きました。そんなん、調べて載せてくれているんだ、妙深寺青年会。恥ずかし。 そう、もう20年前のことです。しかし、最近、感じることがあります。

大学在学中、マイナーなスポーツではありましたが、全日本のシリーズチャンピオンになることが出来ました。忘れられないのは琵琶湖での最終戦。全日本選手権ですが、この大会まで年間のタイトルは2位。ほぼ年間チャンピオンは決まっていました。しかし、一年間戦ってきたのですから、どうしても勝ちたい。そんな気持ちを抱いて、レースに出ました。しかし、スタートしてみると、やはり私は2位。周回数は約10周。周回を重ねてもなかなか抜くことが出来ません。体力も限界で、ずっと、後塵というか、引き波を受けながら2位に付けていました。
琵琶湖には魔物がいます。周回を重ねていくと琵琶湖の湖面は三角波が出て走りにくい。辛い。疲れた。もうダメだ。足がつり、腰は鉄板を入れたように動かなくなります。当時、右肩が脱けてしまう癖があって、その怪我を抱えてレースに出ていました。「もうダメかな」「二位でもいいかな」。そんな気持ちになっていました。
でも、その時、見えたのです。先頭を走る選手が、腰を伸ばす姿が。「あいつも、疲れている。負けてたまるか」と思いました。一瞬のことだったと思いますが、最終回の最終コーナーで、フラフラっと空いた内側をすり抜けて、ギリギリのところで1位になり、年間のポイントも逆転し、総合の1位となりました。フリースタイルでも年間チャンピオンになることが出来ました。
そうして、プロになってから、何か目標を見失いました。先住にプロテスト合格を報告した時、こちらを振り向くこともなく、「お前は、たかがジェットのプロか。俺は人間のプロだ。悔しかったらなってみろ」と言われました。庫裡の二階、階段の上の左側の部屋でした。忘れられません。そう、「プロ選手か、すごいな」と言って欲しかったのですが、こんな返答でした。
最近感じることというのは、私は、こうしてプロになり、いろいろな人と出会ってきました。厳しいビジネスという戦場で、不思議なほど人との縁に恵まれて、今日まで来ました。そして、その当時の方々が、この寒参詣にもお参詣してくださっている。こんな不思議な、こんな有難い、こんな素敵なことがありません。
先日、ある青年に昔からの先輩や仲間を紹介しようと声をかけさせていただき、平日というのにお時間をいただきました。匆匆たるメンバーで、日本の経済やメディア、ファッションや様々な流れを担い、作っておられるすごい方々だと、あらためて痛感しました。その方々が、ご家族と共に、妙深寺にお参詣くださっている。それが、どれほど、ありがたいか。ここまで、つながってきている、ほんとうに、何とも言えない、ありがたさ、あたたかさが、こみ上げてきました。

裏も表もなく、自分のすべてを見てきた、古くからの友人たちがお教化になり、いま、みんなで一緒にご信心、ご奉公できていることこそが、私自身の今日までの人生と信心を証明する、最高最大、うれしいことだと思っています。「教務として」「住職として」の前に、自分の友人たちにご信心をお伝えできるようでなければ、まずそのご信心はニセ物だと思いますから。幼なじみ、小学校時代、中学時代、高校時代、大学時代、スポーツの仲間、ビジネスの中で出会った方々。本当に、いま、みんなに感謝です。恩返ししないと。自分のできることを、精一杯しないと。
本当に、ありがとう。ナガマツ、もっと、頑張ります。

よしよし。

「撮って。ダディに送って」ということで、望ちゃんから送られてきました。

2人でポーズを作って、敬礼?いい子にしてます、という意味かな。よしよし。

2011年1月26日水曜日

はじめて。

宥清寺の教務会に出席させていただいて、午後から佛立研究所で3月の研究発表について打ち合わせ。17時から宥清寺の教務会・寺族御講にお参詣させていただきました。はじめて。

はじめて。ばかり。

スキー・スノボ&温泉ツアーと虹の日

妙深寺の教養七会。とても充実しています。いろいろと、自発的に考えてくださり、家族が一つになれるようなご奉公を考えてくださっています。

無縁社会を有縁社会にするのも、人と人との和と絆を取り戻し、安心して子どもを生み、育てられる、孤独死などの哀しい老いや死を無くし、安心して年を重ねられるのも、生きる力を溢れさせ、感謝の中で誰もが命を輝かせられるようにするのも、正しい仏教、正しいご信心が欠かせないと掲げています。生きたお寺・妙深寺として、本当に、この家族の和、人と人、老若男女の輪を、大切に結んでゆかなければなりませんから。

3月6日(日)は虹の日です。毎週日曜日が家族参詣の日ですが、虹の日は、特に選ばれたご家族がお看経係を勤めてくださいます。また、講演会や家族が幸せに過ごすためのヒントを語い合うなど、いろいろなってくださいます。しかし、「いい企画があるから、お参詣しようかな」というのはおかしいですね。お参詣は、とにかく家族ですべきです。ご家族に向けて大切なことを教養部は考えてくれています。前向きなご信心でお参詣されたら、得るものは何倍にもなります。とにかく、日曜日は家族で妙深寺にお参詣を。

そして、3月25日から28日まで、この期間であれば自分の都合のいい日程で参加できる、スキー&スノボ、温泉ツアーを企画しています。私もこの期間は志賀高原に張り付こうと思っています(笑)。

これは、本当に、すごいツアーになります。毎日毎晩、楽しいことを考えています。だって、ご宝前があります。昼間は温泉だけ楽しむために来られた方々との御講や茶話会をしたり、夜は薫化会お講や青年会お講や交流会が出来ます。そんなに堅苦しくしませんが、とにかく、ご宝前のあるホテルって、最高ですから。

ありがとうございます。楽しみです。本当に。はやく、志賀に行きたい。その前に、韓国にも、スリランカにも行かないといけないけど(汗)。

本山宥清寺の教務会

これより、本山宥清寺の教務会に出席させていただきます。はじめて。

先日来、出席するようにとご指導をいただいてきましたが、なかなか叶いませんでした。

ご奉公させていただきます。ありがとうございます。

2011年1月25日火曜日

睦子奥さまのスピーチ

先週末、妙深寺の寒参詣に於いて、韓国の姜ご住職に嫁いだ睦子奥さまにスピーチをいただきました。
妙深寺には強力なチカちゃんサポーターズがいてくれますから、出産のための里帰りも大歓迎。この日も、睦子奥さまの韓国でのご奉公や生活から学ばせていただこうと、たくさんのお参詣をいただきました。
そして、大感動。みんな、あまりに素晴らしいご奉公に、ただただ感激しました。特に、厳しいお折伏と受け止めて、韓国の方々や睦子さんのご奉公ぶりに学ばせていただこうと誓いました。
下記、その原稿をいただきましたので、全文掲載させていただきます。本当に、頑張ってくれていて、感激です(涙)。
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韓国で暮らしたこの数ヶ月は、あっという間だったようにも思う反面、もう何年も経っているのではないかと思う位、長かったようにも感じています。今回何からお話させて頂いたら良いか、色々な事がありすぎて迷ってしまいましたが、振り返ってみますと、「日本との違い」というものに毎日直面しながら、日々を過ごしてきたように思います。
韓国人と日本人は外見も似ていますし、国の様子も似ているのか、韓国に行っても海外旅行をしている感じがしないと良く聞く位ですが、実際に生活をしてみると、やっぱり色んな違いが見えてきました。
国の違いによる文化の違い、言葉の違い、食べ物の違い、気候の違い、習慣の違い。
そうした様々な違いが、楽しかったり驚きだったり、違和感を感じたり、時にはストレスにも感じたり。そういう事に忙しかったように思います。
そして、そうした国の違いの、ご信心への影響というものも、漠然とですが色々な形で感じてきました。
以前にお講席で、お寺の近隣宅に配るために、韓国仏立宗のパンフレットを作ろうという話が出た事がありました。私は妙深寺のパンフレットのようなものをイメージして楽しみにしていたのですが、どんなものを作るか話し合う中で、ご信者さん方が一番議論していたのが、「なぜナムミョウホウレンゲキョウと唱えるのか」という事を、どう説明するかという事でした。韓国も日本と同様、漢字のある国なので、お題目も韓国語読みすると全然違ってしまうんです。「ナムミョウポッビョンファギョン?」だったかな?だから、なぜ日本語読みなのか?なぜ日本の宗教をするのか?という風に、世間の人はまず疑問に思われるそうです。そこがまず、韓国仏立宗にとっては最初のハードルになるんですね。そして実際に、昔他寺院に居て退転された方で、韓国語でお題目を唱える方もいらっしゃいました。でもご利益を頂くどころか、生活にも本当に苦しんでいらっしゃったのですが、そんな状況でも、いくらお話しても韓国語でお題目を唱えることを止められなかったそうです。どうしても日本語だと思ってしまって抵抗があったのかも知れません。確かに、お経文の他の言葉は、日蓮聖人の読
み方でさえ韓国語読みするので、お題目だけ韓国語の読み方ではないというのは、不思議に感じるだろうと私も思ってしまいました。こうした日本には存在し得ないハードルがまずあるのだ、という事に、ここは異国、韓国なんだなぁと強く感じました。
また、日本と韓国では、世間の一般的な行事も色々と違っています。
例えば、韓国はキムチが食卓に欠かせない国だから、世間では白菜の美味しい12月くらいになると、キムジャンと言って家庭でキムチを漬ける日が年に一度あるんです。だから、お寺にもそのキムジャンという行事があって、その日に漬けたキムチは冷暗所で保管しながら大切にご供養として頂きます。また、韓国ではブッダの誕生日が休日で、その日は普段行かない人もお寺にお参りをします。だから私たちのお寺も蓮の花の飾りを付けて法要を行うのですが、この日はお正月の法要と同じくらい、一年で一番御参詣が多くなります。
逆に日本にあるお彼岸が韓国には無いので、春秋の総回向も韓国教区では行わないんですね。その代り、チュソクという旧暦のお盆に当る日に、韓国教区ではご回向の法要を行います。
ご回向と言えば、ちょっと困ってしまった事がありました。
韓国では旧暦が未だによく使われていて、特に昔の人は、ご命日や誕生日が旧暦なんです。お導師のご両親はもう亡くなられているので、私、今日命日にご回向をさせて頂きたいと思ったのですが、過去張に書いてあるご命日は旧暦のものなので、いつが今日命日かよく分からないんです。カレンダーで日にちを確認しておいても、その日の過去張には書いていないからつい忘れてしまったり…だから全然ご回向の言上が出来なくて困りました。聞くと、韓国の方は今日命日にお塔婆を建てるなどのご回向はあまりなさっていないそうで、祥月命日だけ年に一度ご回向の法要をする、という形を取っているようなんですね。
こういう風な小さな違いがたくさんあるので、直面する度に、ここは異国なんだから今までと比べたらストレスになるから比べちゃダメ!と自分に言い聞かせていました。柔軟な頭を持つことや、小さな事にこだわらない事の大切さを、学ばせていただいているのかも知れないです。
実際にこれからの事を考えると、韓国という国にしっかり根付いた、正しい仏教のお寺、宗派として弘めていく為にも、単純に日本流を当てはめようとするのではなく、韓国という国を良く知った上で、そこに住む人の生活に根付いたご奉公体制や行事を作り上げていくことが大切なのだと思います。もちろん、清い仏立宗の教えの筋は、絶対に曲げずに。
そう思うと、まだ韓国という国に慣れてもいない私が、何かさせて頂けるようになるのには、相当時間が掛かりそうですが、幸い今の私には、出産とか育児とか、目の前にやるべき事がたくさんありますので。それらにがんばって行く中で、少しずつ韓国という国、そこに暮らす人々への理解を深めて行けたら、きっといつか、私にさせて頂けることが見えてくる時が来るのでは無いかと、今は思っております。
それから、今の韓国仏立宗の現状も、少しお話させていただきたいと思います。と言っても、私はまだ言葉の問題などもあって、詳しいことまでは把握できていないのですが…。
現在のお寺はソウル近辺の鶴松寺と新清寺の二カ寺だけで、あとは地方にひとつ、新しく入信された方々の組があります。そのご奉公を姜御導師と清風寺から派遣された若いお教務さんのお二人だけでご奉公させて頂いております。ですから、寒参詣の今は毎朝御法門があるのですが、普段は朝の御法門はさせて頂けていないのが現状です。ましてや、新清寺はお教務さんが常駐していないので、朝参詣も日曜日に一度だけとなっています。
鶴松寺はご信者さんの数は多いけれどお年寄りの方が多く、新清寺は若くてご弘通意欲のあるご信者さんもいらっしゃいますが人数がとても少なく、婦人会や壮年会などの組織も、あるのかも知れませんが機能はしておりません。青年会、くんげ会も、少人数ながらつい先日発足したばかりで、まだまだこれからです。新しい動きを起こしてお寺を活発にして行きたいと思いながらも、まだまだお教務さんやご奉公者の人数が少なく、私も全然お役に立てていない為、昨年はやっと寺報というか韓国教区通信の発行を再開できたくらいで、本当に亀の歩み、中々進めさせて頂けないでおります。そんな歯がゆさに日々辛抱しながらも、お導きを頂いて少しずつ前に進んで行こうと、今は淡々と日々のご奉公を積み重ねさせて頂いている、というのが韓国教区の現状です。
でも、そうした中でも、特に新清寺のご信者さん方は、ご信心への有り難さを忘れず懈怠すること無く、お参詣やご奉公にお気張り下さっています。日本のお寺の整ったシステムやご奉公体制しか知らなかった私から見ると、それは本当に頭が下がることで、自分の信心の未熟さを改めて教えていただいております。
寒さや雪にも負けず、皆さん懈怠せずお寺参詣、お講参詣、お題目口唱にお気張りくださって、ご利益を頂かれていらっしゃいます。新清寺の局長さんは、11月頃にお嫁さんが出産されたのですが、4000g以上ある大きなお子さんだったのにスルっと産まれて大変安産だったそうです。また、ご主人が希望していたお仕事に採用されるというお計らいを頂いて、海外へ派遣される予定だったのですが、お嫁さんの出産が遅れて孫の顔が見れないかもと心配していたけれど、無事に派遣される前に産まれてきてくれた、との事でした。
それから、新清寺の若いご信者さんが、お教化の為に長時間の祈願口唱をされていながら、中々お教化できずに悩んでいたのですが、その当時あるご信者さんとケンカして異体同心のご奉公がさせて頂けずにいたことを、御法門聴聞して反省し、その方に謝って御懺悔させて頂いたら、その三日後にお教化が成就するご利益を頂かれた、という事もありました。本当に有り難いお話で、未熟な私は、妙深寺さんのような活発なお寺を羨んでしまってばかりいましたが、本当にそれじゃいけないのだと、どんな状況でも自分次第なのだと教えていただきました。
そうは言っても、今回お正月に日本へ帰ってきて、それから毎日、妙深寺の寒参詣に御参詣させて頂いていて、「すごい贅沢をしているなぁ」と感じております。
韓国と比べて、ここ妙深寺では、やっぱりとてもご信心がし易くて、ご信心中心の生活が送り易いんです。
よく、たくさんお看経の上がる家のご宝前は、お看経が上げやすいと聞きませんか?
それと同じなのかな?と思ったのですが、たくさん功徳を積んでいるお寺は、そのお寺の功徳でご信心がし易い、という事があるんじゃないかと。
だから妙深寺でご信心させて頂けるというのは、本当にすごく贅沢な事だと思います。
お寺に勢いがあって、ご弘通意欲の盛んなご信者さんがたくさんいらして、毎日大勢のお題目が上がっています。
毎日たくさん功徳を積んでいるお寺だから、お参詣すると、きっとその功徳でご利益を頂けるのだと思います。
実は、日本に帰ってくる前の検診で、お腹の子はさかごだったんです。なかなか直らなくて、御法様にお任せだ…と思いながらも心配していたのですが、日本に帰ってきて妙深寺にお参詣して検診に行ったら、直っちゃっていました。あんなに毎日心配していたのに、妙深寺に御参詣した途端にです。御導師も、妙深寺の功徳でさかごが直ったと大変喜んで下さり、安心して韓国にお帰り頂くことができました。その他にも妊娠のせいで顔がかぶれて赤くカサカサになっていたのですが、毎日御参詣を続けるうちに、今はこの通りほとんど治っています。
皆さんは、こんなに有り難い妙深寺でご信心が出来ていること、どのように感じていらっしゃいますか?
どうか、今の状況を当たり前と思わずに、これからもより一層ご信心に励んでください。でなきゃ勿体ないです。
韓国に嫁いでからまだ一年足らずですが、厳しいことや辛いことを学ばせて頂きながらも、周りの方々のお優しさに支えられて、私自身は本当に幸せに過ごして来ることが出来ました。毎日自分の未熟さや懈怠との戦いで、正直負けてしまう日々もありましたが、それでも御法様のお慈悲を頂いて、全部計ったかのように、お導きを頂いて参りました。
妊娠のタイミングも、風邪を引いたタイミングでさえも、後になってお計らいだったと分かった事もありました。
家族のように接して下さる温かいご信者さん方がいて、愛する人との子供を授かって、私自身のことは、こう言うのはちょっと恥ずかしいですが、幸せすぎて怖いくらい、有り難いこと尽くしです。
だからこそ、そのご恩返しができるように、今私がすべき事を懈怠なく励んで力を付けて、これから精一杯ご奉公させて頂けるようになりたいと思っています。
皆様、これからもどうか、韓国教区の応援を、よろしくお願い致します。
来年秋には、韓国仏立宗100周年の記念法要がありますので、是非お参詣いただけたら有り難いです。
大変長くなってしまって、すみませんでした。
ご清聴、ありがとうございました。

トロトロ

今日はクタクタ、トロトロに疲れましたぁ。でも、清々しい。

平日の昼間に、お忙しい方々にお集まりいただき、貴重なお時間をいただきました。また、未来が楽しみになりました。

本当に、有難いです。ありがとうございます。

やる気

おはようございます。

天井は応急処置でこの状態。

なんか、逆にやる気が出ます。

2011年1月24日月曜日

日晨上人と長松清涼師との対談

今日は、明日の御総講の御法門の勉強と、13時からはウェブ会議。本当は京都での会議でしたが、寒参詣中ということもあり横浜からウェブで参加させていただきました。有難い。

また、別のご奉公もあり、アナログ機器と格闘したり、水漏れで天井が切り刻まれたりと、今日はたくさんありました(汗)。

さて、ここに、佛立第15世講有日晨上人と長松清凉師(妙深寺先住松風院日爽上人)との対談テープが山のようにあります。これを、一本一本聴かせていただいているのですが、七諱の前の、昭和46年(1971年)から昭和51年(1976年)など、約40年前の対談です。

30代の長松清凉師、そのストレートな質問。その質問に真っ直ぐ応えられている日晨上人。本当に、丁々発止というか、真剣勝負の、胸襟を開いた、ちょっと考えられないような日晨上人のお慈悲というか、信頼というか、その対話に、ドキドキします。

宗門論、宗制論、宗制改正論、弘通運動論、住職論、教務道、正宗徒・宗徒、御講制度、信心観、佛立信心像、もう、語り尽くされて、ただただ、この時代の状況、問題と課題が、日晨上人のお口から、そのままのお声で、浮き彫りに伝えていただく。

青年教務・長松清凉師との、マンツーマンの、真剣なご指導だったのです(涙)。本当に、ぜいたくな時間をいただいていたのですね。有難いです。先住、泣けてきます。勉強します。

"御仏の慈悲" "Compaixão de Buda" 5/5


'御仏の慈悲' "Compaixão de Buda" 4/5


'御仏の慈悲' "Compaixão de Buda" 3/5


"御仏の慈悲" "Compaixão de Buda" 2/5


ニューシネマパラダイス

映像フィルムやオープンリールがテーブルに並べられましたが、こりゃあ、大変な作業です。

それにしても、カセットテープを開発したのは、すごい。だって、本当にオープンリールって大変です。

映写機 ELMO FP-F

古いフィルムを出してきて、門祖五百回御遠諱の時の映像を探しています。50年前の映像です。昭和30年代のプライベートフィルムの映像。貴重極まりない。

日峰上人がお撮りになっているはずなのですが、まだ見つかりません。その他の、膨大なテープの整理をしなければなりません。京都でも横浜でも、妙深寺の書斎と長松寺の蔵を掘り返して、探さないと。佛立アーカイブスとして亀ちゃんに編集してもらい、門祖550回御遠諱のご奉公に活かせればいいのですが。

それにしても、押し入れの奥から「ELMO FP-F」という映写機を出してきました。昭和40年(1965年)の製造です。グリスの臭いがして、レトロで、アナログで、いい感じです。

デジタルな二人ですが、清従師と一緒に感動していました。しかし、使い方が分からない(汗)。恐る恐るテープを入れて回してみます。調べてみると発売当時の価格は29,800円だそうです。高級品です。

映し出される動画、40年以上前の妙深寺の映像です。オープンリールも出してきてかけてみました。日博上人の声。すごい迫力です。

しかし、門祖五百回御遠諱の映像は見つからず。

水のトラブル

今朝、キッチンを見上げたら照明の中に水が溜まっていました(汗)。あ?え?母上、これは、なんでございましょう、と(笑)。

二階の床下にある水道管から漏水しているようです。本堂に出仕する前に、妙深寺の頼れるリフォーマー・岩崎さんに電話。

朝参詣が終わり、局長室でトキちゃんから臨死体験のお話を聞きました。すごいお話でした。庫裡に戻ると、すでに岩崎さんとイケメンの大工さんが見てくださっていました。いつもありがとうございます。

この庫裡は築三十五年くらい。妙深寺に隣接していた中古物件を求めて庫裡にしたのでした。

雨漏り、水漏れ。突然のトラブルで驚きました。天井に水が溜まってるなんて。

仕方ないです。丁寧に直してゆかないと。岩崎さん、よろしくお願いします。

2011年1月23日日曜日

横浜港

湾岸線を南下。横浜に戻ってきました。夕方の東京湾、横浜港。なぜか、心が落ち着く風景です。

サイド7

渋滞もなく、約1時間で横浜に戻ってきました。

深恭師の車には、遠方への運転が多いことを気づかい、長野のご信者さんからハイテク機器のご有志がセットされていました。運転情報端末(ナビじゃないんです)、ドライブレコーダーなど。お疲れ防止、居眠り防止などを気遣われています。まさに、お給仕。阿仏房のような、いたわり、敬い、配慮、気遣い。

とにかく、ご奉公いただいていることへの、お給仕、ご奉公なのですね。こちらが勉強させていただきます。本当に、ありがとうございます(涙)。

湾岸線の海底トンネルは、もはやSFです。スペースコロニーみたい。

寒さを感じない寒参詣

寒いはずの寒参詣ですが、たくさんのお参詣と確かなご信心の温もりで、寒さが感じられません。

お看経の開始時間。本堂の最前列は開門口唱リレーの方々で埋めつくされていました。

御法門に引き続いてお産のために里帰りされている姜ご住職の奥さま・睦子さまからスピーチをいただくことができました。さすが弘通部門、押しが強い。

ご供養当番は教養会の子どもたち。私が大広間に行くと、薫化会やガールスカウト、ボーイスカウトや青年会のみんなが入ってご奉公くださっていました。

寒さを感じない理由がたくさんありました。何よりも、今朝のお看経の声が、力強く背中に響いて、本当に温かく、熱く、有難かったです。

朝参詣終了後、私は千葉へ御講に出ました。

建っちゃった

東京スカイツリー。だいぶ高くなってきました。近くで見ても遠くから見ても大きいですね。

それにしても、スカイツリーなんて作る必要があったのかしら。この時代、違ったインフラ整備の方法があったのではないかと首を傾げます。そもそも地デジ化が短絡な経済政策とも言えるので仕方ないか。

発展途上にある国が威信をかけて電波塔を作った時代が随分前にありました。手法として古いように感じます。

世界第二位の経済大国という座を譲った日本。だからこそ、彼らとは違う視点で、トンチとパンチを効かせたことを発想し、実施して欲しいのですが。無理かな。もう、こんな大きくて高いものが建ってしまったし。

まあ、建てば建ったで、観光名所にはなります。ブタもおだてれば木に登ると言うし、やはり機会があれば登りたくなるのは心情か。

しかし、猿も木から落ちる、ということにはならないようにしていただきたいものです。

2011年1月22日土曜日

毒を吐く人と愛を語る人

この写真、夜ではなく早朝に撮ったものです。

明け方の綺麗な空の反対側、つまり西の空に浮かんでいた満月。そこに村雲がかかっていて、雲のない時より何とも風情があります。

開導聖人の御教歌
「てる月に さはるとすれど村雲の
ひまよりもるる かげのさやけき」

怨みや妬みが、却って利生をあらはす、と題されていますから、人生でもご信心ご奉公でも同じかもしれません。

毒を吐く人と愛を語る人。賢そうに正当な立場や見解を主張しても、いつも毒ばかり吐いている。これは、仏教の価値観からすると大謗法です。

毒を吐いている方が心地いいし、気が晴れるのかもしれません。噂話や陰口、両舌なども罪障を積み重ねる行為です。しかし多くの人がこれを止められません。本当に大好きなのです。

毒を吐く人と愛を語る人。とにかく、ご信心を心の根にして、自分の言葉によって、誰かの心に、信じる心や愛する心、許す心や改める心が生まれるようにと、願って、心掛けている人をお手本にしたいものです。

そして、怨嫉に直面したり、毒を吐かれたり、毒を吸い込んだりしても、その時こそ、「利生をあらはす」という御指南のとおり、ご信心と現証の御利益を顕していただきたいと思います。

時々、自分の言葉の成分を分析してみてください。毒と愛と、どちらが多いか。

可決

布教区の総会、無事に終了いたしました。

神奈川布教区の弘通参与として、平成23年度の神奈川布教区の弘通方針案を発表し、ご審議いただいた上で可決していただきました。ありがとうございました。

これから妙深寺に戻り、お通夜のご奉公をさせていただきます。

ブラジル本門佛立宗 (演劇)"御仏の大慈悲" "Compaixão de Buda"1/5 – 14.11.10

 ブラジルからメールが来ました。

 昨年11月、ブラジル本門佛立宗が開催した「佛立祭」の映像が届きました。特に、この中で上演された「御仏の大慈悲 "Compaixão de Buda"」の映像です。

 メールをくださった吉川淳省師によると、全員サンパウロ日教寺の青年会員だそうです。99%は初めて舞台に立ち、6ヶ月間の練習を重ねて、日教寺体育館満席(1000人)の前で立派に演技を行いました。すごい。

 このYou Tubeへは淳省師のお父さまがアップロードし、日本語の字幕は野崎清翔師が徹夜で付けてくれたそうです。

 素晴らしいですね、ブラジル本門佛立宗。約7年前、佛立研究所からIT活用についての論文を発表させていただきましたが、ほぼ、日本側では進んでいません。ウェブページの活用も、メールや映像配信についても。「開化第一」はどこに?ブラジルに見習いたい。大きさではなく志の問題だと思います。

菩薩の記憶

今朝は土曜日。平日より多いお参詣に向けて、第二座の御法門終了後に、鈴木光さんご夫婦にインタビューした映像、シリーズ「菩薩の記憶」が上演されました。

鈴木光さんご夫妻は、やはり妙深寺の誇る大先輩ご信者さん。私が佛立魂という本を書くきっかけをくださったのも、鈴木さんでした。

こうした妙深寺のレジェンドクラスにスポットを当てて、後輩の私たちに届けてゆこうというご奉公が「菩薩の記憶」です。昨晩も、いや今朝か、3時まで編集していたというのだから、有難い。何となく過ごす週末の寒参詣もあるのかもしれないが、こうして、一つ一つ、伝えたい、伝えなければ、と思ってご奉公が積み重ねられています。

私は、朝参詣とご面会の後、神奈川布教区の総会のため、大和の法深寺に向かっています。昨日、海外委員会の議事録を作っていて、定員となったインド団参の連絡や雑務をしていました。してもしても終わらない(涙)。本当に人が足りないのだが。

とにかく、張り切っていきましょう。菩薩の記憶を思い返して。

2011年1月21日金曜日

「お助行スクール 〜つながれ、思い~」

やはり、日本一の弘通部ではないかしら。すごいなぁ、そのご信心、ご奉公の実践、そして企画力も行動力もクオリティも。
本堂で弘通部や教養部のポスターを見て、ご信心の思いに溢れたクリエイティブ集団がいてくださることに感動を覚えます。ありがたい(涙)。

寒参詣中に行われる「お助行スクール」についてのポスター。1月30日(日)10:30〜12:30まで本堂で行われるそうです。「〜つながれ、思い〜」と副題を掲げ、「お助行のありがたさ、きっと見つかる」という吹き出し。直子さんが作ってくれたそうですが、分かりやすい。

プログラムは、�「感動ビデオ上映」として『お助行で弘がる喜びの輪』、�「楽しく学ぶ」として『巡回助行シュミレーション』が企画されています。

前回の班長スクールでも、素晴らしいビデオが上映され、ご本人の体験談を加えて、これまでなかった内容のご奉公になっています。

昨年、妙深寺みんなのご奉公で、正宗徒が約60ご家族も増え、新たに100名以上の方々が常講願主となられました。これは、先輩お役中のご奉公はもちろん、約60名の新班長に対して、弘通部門のみなさんが『班長スクール』等で丁寧にご信心とご奉公についてお伝えしてくれたからでしょう。

昨夜、この「班長スクール」や「お助行スクール」の内容やプログラムを集積して、一つの資料を作っていこうと話していました。楽しみです。

一人でも多く、「お助行スクール 〜つながれ、思い〜」「お助行のありがたさ、きっと見つかる」に参加して、功徳の積み方、誰にでも出来る菩薩行、明日からでも出来るご奉公の実践を学んでいただきたいです。

ありがとうございます。

ヤカン信心から水の信心へ

昨日の教区御講は、大先輩ご信者さんの小松嘉秋ご夫妻のお宅で奉修されました。

ご主人の嘉秋さんは87才。ご高齢ではありますが、ご信心が強く、本当にお元気です。身体でコツコツと実践してこられたご信心は、今でもご夫妻の人生を支え、輝かせ続けています。

ご高齢ながら、ふと気づくと誰も見ていない本堂裏の階段で、法城護持のお掃除をしてくださっています。一人で重たい掃除機を持ち、一段一段、丁寧に掃除機を当てられていて。そのご奉公の姿勢には、本当に頭が下がります。

今回の教区御講では、護持御本尊をお迎えになられてから50年を経過した御礼御講を併修させていただきました。昭和30年代、結婚したばかりの小松さん夫妻に、久子さんのお母さまが護持御本尊と御尊像をお迎えするようにお話されたそうです。ご主人はまだ何も分からなかったそうですが、その教えを素直にお受けしました。また、御講師方にご指導をいただきながら部長のお役を受けて、電電公社に勤めながら、帰宅したらすぐにお助行などのご奉公に出掛ける毎日。手探りながら、部長としてご弘通の最前線に立たれてご奉公くださったとのこと。

昭和30年代、乗泉寺で行われた日博上人のブラジル帰国報告会にお参詣され、直接そのご講演を聴かれた小松さんご夫妻。横浜に転居されて妙深寺の所属となり、ご主人は妙深寺の中央連合の連合長として、奥さまは永年上星川教区の名教区長としてご奉公くださいました。

人生には様々な日がありますが、今日まで、こうして健康で、心豊かに、ご夫婦共に過ごされてきたことを感謝したスピーチ。本当に、尊い。90才を目前にして、生涯通じてご信心をされてきた方が、「御法さま、ご信心のお陰です。ありがとうございます。」と仰せなのは、私のような若造の言葉と比べものにならないほど重たく、確かな響きを持っております。

本当に、お手本です。現在、上星川教区では黒崎さんの行動力によって「男助行」が盛んになりつつありますが、この中で往年のご奉公を為されてきた小松さんの教えや経験が輝いていると聞きました。後継の男性諸氏にとって、とても貴重なお話なのだそうです。黒崎さんや桑原さんがそう言ってくれるのを意気に感じて、また小松さんもご奉公の使命を感じてくださっている。有難い、功徳の循環です。

開導聖人は「信心用心抄」という御指南書に、次のようにご信心の仕方の間違い、悪い癖をご指摘です。

『「薬罐(やかん)信心」飛びたつように沸けども、冷えること早き信心を云ふ。
「雇はれ信心」御講も教化も一向にかまはぬ。雇はれ賃だけもらへばよしの信心を云ふ。
「居候信心」これ、教化する心なく、只御法にやしなはれて居るのみの信心。但し教化はでけずとも勧むる心あるは居候にあらず。
「中風(昔の脳卒中)信心」信心しびれ。幾度御利益をうけても其の時ばかりの信心を云ふ。
「高なぐれ信心」我よしの慢心。法門も知り顔して、売らず買はずの信心を云ふ。
「猫かん信心」有志参詣もだんだん後さがりの、猫に紙袋のようの信心を云ふ。
「め◇ら信心」相方かまはずの折伏、人を腹立たせ信心さますを云ふ。
「徳利信心」我が信心の腹は大きけれど、人に勧むる口小さき信心。二乗に近し。
「ぶう竹信心」声は大きく信者らしけれど、それ程に役だたぬ信者なり。
「ミミズ信心」折伏せざればのろのろと出るが、折伏すればびっくりして引っ込む。ミミズの如し。
右十条信者の悪癖。これをのがれて教化を心がけ、御法を敬ひ骨惜しみなく信行如才なき人、貴賎老若賢愚にかかはらず、必ず成仏す。誡むべし。』

お祖師さまは、南条時光さまに宛てられたお手紙で、次のように御妙判くだされています。

「抑今の時法華経を信ずる人あり。或は火のごとく信ずる人もあり、或は水のごとく信ずる人もあり。聴聞する時はもへたつ(燃立)ばかりをもへども、とほ(遠)ざかりぬればすつる心あり。水のごとくと申はいつもたい(退)せず信ずる也。此はいかなる時もつね(常)はたい(退)せずとわ(問)せ給ば、水のごとく信ぜさせ給へる歟。たうとし(貴)たうとし。」

とうとうと流れる、ゆるぎない、絶え間ない、大河のような「水の信心」を目指したいものです。

妙深寺の本堂

昨日、教区御講から戻って本堂にご挨拶に上がると、堂内に陽の光りが溢れていて、感激しました。一番好きな時間です。

2011年1月20日木曜日

また行っちゃうの?

慌ただしく御講へ向かいました。準備していたら次男が来て、「また行っちゃうの?」と言われ、不覚にも後ろ髪を引かれてしまった(涙)。

強く抱きしめて、キスをして、ご奉公に向かわせていただきました(汗)。

考え込んでいて

昨晩、「貪瞋癡慢の病」と書きましたが、ブラジルのナオミさんからメッセージをいただいたので、少し書き足します。確かに漢字も難しい。

カトリックの言葉に置き換えてみると、貪欲は強欲、ラテン語でAvaritia、英語でGreed。瞋恚は憤怒。ラテン語でIra、英語でWrath。慢心は傲慢。ラテン語でSuperbia、英語でPride。愚痴は、英語のstupidityか。少し訳に無理はありますが。

仏教では、こうした要素は毒のように人生を蝕む「三毒」、開導聖人は「貪瞋癡慢の病」などとお示しでした。

しかし、この病気についての認識が広がらず、持病を抱えながら治療も服薬もしない、処方箋には従わない、ではよくありませんから、注意して治療に向かうことが大切だと教えていただくのです。

天上界などと書いたことついてですが、これは、最近つくづく思うことです。同じ世界に住んでいるように見えて、みんな違う次元にいます。だから声も心も通じない。そして、ドラッグのような一過性の理屈で「分かった」と思ってしまう。

「宗教嫌いの神秘好き」「組織嫌いの占い好き」と。そして、悪循環を繰り返していて。実際は、孤独で、それを誤魔化すために様々なことを試し続けて生きている。いい基礎化粧品に出会えていないのと同じように、探し続けてる。どこかに、もっといいものがあるかもしれない、と。だから「信」がない。全て一時的なもの。天上界は六道輪廻の一つ。すぐに落ちてしまいます。

「幸せな人」と呆れて、諦めることもできる。でも、長い目で見たら、不幸過ぎる。そして、諦めるのは無慈悲すぎる。

つくづく、人間の重篤な病を思います。しかし、病気だからといって卑屈になったり、後ろ向きになることなんてない。ここから、本当に素晴らしい人生が送れると明言くださっているのだから。

そう考え込んでいました。

2011年1月19日水曜日

麩屋町の鯉

雪の積もった日に池の中の鯉を撮ったまま忘れていました。本当に、ジッと寒さに耐えています。

自覚症状がなく、発見が遅れて治療が出来ない人間の病気。これを「貪瞋癡慢の病」と呼びます。

早期発見、早期治療。なかなか難しいですが。

大切なことは、すぐに分からない。天上界の喜びは長続きしないから苦しみや悪循環の因にもなります。

海外弘通特別委員会

海外弘通特別委員会。

本年初会合。なんとか、終わりました。最前線で戦う方々との会議は常に有意義です。

2月初旬、急きょ韓国への出張ご奉公となりました。

2011年1月18日火曜日

和装

麩屋町に戻り、慌ただしく準備。

横浜の望ちゃんからメール。今日は学校の行事で着物で登校するらしい。

寒参詣のご供養、いつも梅干しを食べ過ぎているらしい。お恥ずかしい。

しばらく会えてない(涙)。しっかりお参詣してね。

The movie summary of Sri Lanka HBS activity in 2018.

The movie summary of Sri Lanka HBS activity in 2018. スリランカHBSが制作した2018年の活動をまとめた短編映像です。