2022年12月24日土曜日
戦争は終わる。あなたが願えば。
2011年1月1日土曜日
『ここに、仏教があります』
狂気の中で生まれる宗教や信仰があるように、多くの場合、思想とは、ある種の緊張状態、反逆や反骨の中から誕生します。
二つの時代の誕生には、壮絶な産みの苦しみが伴いました。前者には日本人同士の殺し合い、暗殺の連鎖、戊辰(ぼしん)戦争がありました。後者では凄惨(せいさん)極まりない世界大戦、全国民が決定的な災禍を味わった敗戦がありました。これら壮絶な出来事を数行で語り尽くすには、失われた命が重すぎて出来ません。しかし、この二つの時代の思想は、誕生の経緯に決定的な影響を受けて成立しています。
明治維新は、その内実は「尊皇(そんのう)攘夷(じょうい)」という、ある種の「宗教」を原動力とした革命でした。それは維新後の政策を見れば明らかです。
この「尊皇攘夷」という思想は、「宋(そう)」という特殊な事情を抱えた中国の王朝に誕生した学問体系で、後には朱子学(しゅしがく)となって江戸幕府の正学となりました。宋は、女真族(じょしんぞく)の侵略とそれに内通する家臣らによって危機的な状況に陥り、臣下の道義を説く大義名分(たいぎめいぶん)論、尊皇(そんのう)論や攘夷(じょうい)論を発展させました。「夷(い)」とは「女真族」を指していました。
日本は天平飛鳥(てんぴょうあすか)の時代から独特の精神思想文化を培っていました。しかし、この朱子学は鎌倉幕府が誕生した頃に来日し、その底流で生き続け、江戸期には国学と結びついて日本の思想を一変させます。「神仏(しんぶつ)」は「神儒(しんじゅ)」となり、「国学(こくがく)」は「神道(しんとう)」となってゆきました。過激に変容した思想は、幕末期の人々が信奉するものとなりました。
明治新政府は、頑迷な「攘夷」については早々に破棄しましたが、残された「尊皇」「神道」については国家として実現してゆきます。
半蔵が信じた平田篤胤の国学は、儒教や仏教と習合した当時の神道を批判し、独善的で排他的な復古神道を唱えました。膨大な著書の多くは、実際は奇っ怪(き かい)で、滑稽(こっけい)な内容ですが、江戸末期の飽和した社会の中、ついに人々が信奉する思想にまでなってしまいました。極端な思想は後期水戸学と合体し、庶民層にまで爆発的な普及を遂げ、倒幕の原動力となりました。
慶応四年三月、復古神道は神仏判然(はんぜん)(分離)令として政府の政策となり、日本史上類を見ない廃仏(はいぶつ)毀釈(きしゃく)という破壊運動に発展。この短期間に、日本の国宝級の文化財の約半数が破壊されたといいます。
維新を主導した薩摩では、藩主島津家の菩提寺までが廃寺となり、鹿児島から仏教寺院は一掃され、土佐藩でも高知市内の寺院を壊滅させました。これが行われたのは明治元年から僅か数年のことです。
開導聖人や坂本龍馬らが唱えた仏教による日本の平穏は、維新後の七十七年間は公に語られることがなく、むしろ隠されていました。
そして、敗戦後の日本は、全体主義に辟易(へきえき)した国民の多くが宗教を怖れ、共産主義に惹かれ、資本主義に没頭して、その心は今なお漂流したままとなっています。
二つの時代に呪縛され、多くの人が本当の日本人の誇りを知りません。天下の乱れも心の乱れも、仏教によって取り除くべきです。ここに、仏教があります。いま、生きたお寺が仏教を再興します。
2010年10月30日土曜日
長岡謙吉がいない
2010年8月3日火曜日
慰問演奏
私たちは、一人ご病気の人が家にいたら、家族全員が同じ病気だと思ってご奉公しなさい、と教えられるのです。自他彼此の心なく、自分や他人という境界線を低くしてするのがご奉公だと教えていただきますが、それが実践できている人は少ないものです。でも、これは難しいことです。
年金受給者への管理を担当する方々が記者会見をしておられましたが、申し訳ない言い方を率直にすれば、その発言内容、態度、緊張感、危機感を含めて、いかにも無能そうに見えました。彼らは、社会を健全に保つことに情熱を感じているでしょうか。
「一人信心でよしと思ふは、給銀メ当の実意なき臣下と云もの也。かやうの人々なれば不忠もの也。法に取りては大謗法となりて、仏祖の冥加にはずれたる人とならん事、疑ひなし。慎み給ふべし」隆師年譜(下)
全国で同じ案件がないかチェックすると同時に、その背後にある一人ひとりの心の問題、社会問題を発見し、何とかしてゆかなければらないと思います。
2010年7月9日金曜日
甘すぎる本人確認です、憚りながら
そして、帰り道に少しコーヒーを飲んで帰ってきました。何となく、選挙と投票に限定して、この国を案じていました。
何度目かの期日前投票ですが、なぜ、こんなに本人確認が甘いのか、毎回不安に思います。そんな気持ちを、今回は直接聞いてみました。
投票所の入り口で案内してくださっている女性に、「本人確認はしなくていいのですか?」と聞いてみると、「ええ、大丈夫ですよ(笑顔)。裏側に書いていただくだけでいいんです(笑)」と。
その裏側とは、名前と生年月日と住所を書くだけ。後は、何にもなし、です。
「いや、でも、これだけだと不正できてしまうのでは?」と言うと、キョトンとして「え?」と。今回は、ずっと疑問に思っていたので、投票所の中の監視員の方にもお聞きいただいて、「いえ、そんな不正を行う人はいないと思いますが、怖い団体や宗教団体は悪用する可能性があると思います」と言いました。すると、案内の女性から「こわーい」と答えられたので、ガクッとして、それ以上は突っ込まず、投票しました。
さて、みなさんはどう思いますか?別のウェブサイトを見てみると、本人確認のずさんさを指摘する声が溢れています。国民から溢れているのに、10年ほど前に緩和されたというのだから驚きですね。本当に、ブッシュが大統領に選ばれた時の選管が糾弾されていましたが、当然。いくら人間が見たいものしか見ないと言っても、あの時は現実に少し気づいたのでしょう。民主主義って、どこで担保されているのか分からない、危うい幻想的なシステムだということに。
期日前投票。投票日当日も危ないけど、名前と住所を確認して、パソコンで紹介して終わり。宣誓書を書いた人物と登録されている本人かの確認なんてしない。もし他人が、自分の代わりに勝手に不在者投票を行おうとしたら、その人物の氏名と住所と生年月日を調べておけば、簡単に「成り代わる」ことができてしまうシステムなのです。以前は、身分証明書の提示が義務づけられていたそうですが、それが1998年か、1999年に緩和された(涙)。
躍起になって票を集めようとする団体が、ギリギリのところで、こういう「穴」を利用しないとも限りません。というか、そういう「穴」を事前にふさぐのが立法府の使命。シートベルトやら何やら、法律が次々に作られていくのに、選挙や投票という民主主義の根幹を為すシステムについては、「穴」を用意してくれているなんて。
『憚りながら』言わせていただくと、公明党の党首が富士宮で元気に演説している姿が映っていましたが、よくここでできるなぁと、逆に感心してしまいました。大相撲の野球賭博どころか、ここまで暴力団との結びつきを暴力団の元組長本人から暴露されているのに(涙)。『憚りながら』、すごいと思いました。
ま、とにかく、一人ひとりがしっかりするしかない。つまり、投票に行くことです。個人、個人が。一人、一人が。
2010年6月25日金曜日
『憚りながら』
『憚りながら』。すごい本ですね。純粋な方々もいると思いますので、その方の未来を考えると恐ろしく、哀れです。しかし、そう言っているだけでは済みません。何とか、一人でも多くの方々に、目を覚ましていただかなければなりません。
選挙となれば800万票を集めるという団体の実態です。暴力団やこうした闇の活動によって、これだけの票を積み重ねてきたと考えれば、国家の危機です。
お祖師さま(日蓮聖人)は御妙判。
「かゝる日蓮を用ひぬるとも、あしくうやま(敬)はば国亡ぶべし。」
政治力や資金力を利用して、海外にも広く布教している団体ですから、もはや「悪く敬ったら、国が亡ぶ」では済みません。「世界が亡ぶ」ことになりかねない。
この本には、暴力が溢れていますから気分を悪くされる方もおられると思いますが、『憚りながら』、一読して世界中に伝えるべきことがあると思います。
圧力のために書店から消えているとも聞きますが、是非お読みいただきたいと思います。佛立とは、全く異なる価値観です。amazonで、買うのがいいかもしれません。
それにしても、暴力団の元組長だけではなく、過去の公明党委員長らが次々に告発本を出しているのは異常な事態です。矢野 絢也氏の著書「黒い手帖 創価学会「日本占領計画」の全記録」なども、壮絶な内容です。
世界各地に信徒を擁する宗教団体です。法華経とお祖師さまの教えをいただき、御題目を唱える宗旨です。「悪しく敬って」いることに、ほとんどの信徒が気づいていません。
その実態を知り、私たちの為すべきことにも気づかなければなりません。
御教歌
「わが店のはやらぬ故によその邪魔 むだに暮して棒を折る也」
2010年1月27日水曜日
未来宅急便
10年前に出した宅急便が昨日届いたということです。小さかったご長男の宗之くんが書いたものや作ったもの、お祖母さまやお母さんが書いたお手紙が届くなんて、あまりに素敵です。
宗之くん、感激しただろうなぁ。照れていたかなぁ。それでも、なにか、あったかいものが心に生まれたんじゃないかなぁ。園美さんは、素晴らしいお母さんですね。
時間は、素晴らしい薬です。時間は、素晴らしい先生にもなります。取り戻せないから、時間は、圧倒的な力を持って、私たちに教えてくれることがあります。
最近、人間とは、つくづく、「今」が、見えないものだ、と思います。「今」とは、感情や立場や状況によって影響を受け、左右され、情報も限られていて、「真実」や「真理」「真相」が見えなくなるものです。時間が経たなければ、「真実」は見えません。それこそ、人間の、最も愚かで、哀れなことだと思います。私たちが、「仏」と最も遠くなってしまうのは、こうしたことが理由ではないでしょうか。
今、政治の世界で大変な騒動が起きていますが、誰にも真実や真相が分かりません。真実を明らかにするはずの検察も、政治的な意図が見え隠れして、情けなくなります。小沢一郎氏も、断片的な説明に終始していますから、何らかの問題があったに違いありません。
しかし、今回の騒動で、「国民の知る権利」を果たそうとする記者の存在やその取材が、真相を明らかにするどころか、世論を操作するためだけに機能しているようで、また情けなくなります。「記者クラブ」というシステムの悪弊か、過熱する視聴率競争の結果でしょうか。明らかに、取材ではなく、意図的な情報のリーク、つまりメディアを使った世論の操作が、平然と、公然と、行われているようです。なぜでしょうか。
小沢氏をかばうつもりなど毛頭ありません。彼に限らず、今はまだ、政治がそれほどクリーンに行われているとは思えません。しかし、こうした政争や権力闘争の中で、政治的な意図によって、「今」を操作しようとする、操作しようとするだけではなく操作できてしまうこの国に、危機感を持つのです。恐ろしいし、愚かで、情けない。今回の騒動は、日本という国の断末魔のように感じます。
新聞は、また信じられないレベルまで堕ちてしまいました。テレビは言うに及びません。報道番組は観るに耐えない。メディアシンジケートの悪循環、巨大化した複合メディア企業の政治的な偏りは一層顕著です。そこから配信される情報は劣化し、信じるに値もしない。情けない限りです。
「ブッシュの戦争」で経験した悪夢のようなメディア戦略や世論操作で、誰もが気づき、反省したと思っていましたが、違うのでしょうか。「小泉劇場」のように、またヒステリーか一時的な熱狂か、幕末の「ええじゃないか」と踊り狂う不安に満ちた民衆のように、一方に走り出しかねないと心配です。
「今」を見ようと思っても見えない。見えないようにしている、いや、政治的な意図によって、あるいはメディアのマネジメントにある人、資金や権力を持つ人や団体の、思想や信条によって、一方しか見せなくする。こうしたことによって、私たちは混乱を深めます。もちろん、見なくてもいいこと、知らなくてもいいこともあります。しかし、メディアの立場、国家権力とメディアの関係において、こうした意図的な操作があるとしたら、本当に不幸なことです。「狂人走、不狂人走」となるのも容易になります。
国家の繁栄と人々の幸せを希求するのは誰しも同じです。しかし、そこに保守と呼ばれる方々や団体、右翼の方々も、社会主義と呼ばれる方々も、左翼の方々もいます。在日と呼ばれる方々もいます。日本は、いま、大きく二極化しながら闘争を激化させているのでしょうか。その裏舞台は分かりません。しかし、表舞台で、正々堂々と議論を重ねていただきたい。意図的な情報のリーク、世論の操作なと、暗澹たる気持ちになります。こうしたことが国民の精神を蝕んでいると思います。
いずれにしても、つくづく、私たちには「今」を見る力が欠落していると痛感します。テレビに出ているコメンテーターも、雇われの身。何かを期待しても無理なように思います。本当のジャーナリストは、独立系メディアの中にしかいないのではないか。記者クラブから追放されたり、省庁出入り禁止措置を受ければ取材できませんが、本当のジャーナリズムを追求するなら覚悟しなければならないのではないかと思います。
つまり、私たちは、時間が経たなければ、真実が分からないと思うのです。「いつか、真実は明らかになる」とは、こうした意味ではないでしょうか。
過去ばかり見ているのは良くありませんが、そこから見渡せば、きっと真実が見えてきます。「今」だけで生きている人は、どこか薄くなります。「今」を、どうにかして誤魔化しても、必ず真実は明らかになる、明らかになってしまうことを知らなければなりません。
開導聖人は、「辛抱せよ まことはつひにあらはれん しれずにしまふ 悪はなき世に」と御教歌をお遺しくださっていますし、日聞上人は「置いて見よ」とお示しです。一度、置いてからでないと、分からないことがあります。いろいろな物事を、「置いてから見てごらんなさい」と教えてくださっています。「御利益は三年経って振り返れ」とも言います。「今」は、分からない。まだ、分からないことがある、と。
未来宅急便、いいですね。僕も、子どもたちに手紙とプレゼントを送っておこうかな。大切なことを伝えたいし。自分に何かあって、10年後にこの世にいなくなっていても、未来宅急便が父親から届くなんて、本当に素敵です。ご信心のことやご奉公のことを教えたいし、父の思いを伝えておきたい。未来宅急便なら、伝えられるし、伝わりそうです。
妙深寺にも、未来宅急便を送ってみたいです。どこまでご弘通が進みましたか?異体同心でご奉公できていますか?とか。でも、僕がいなくなって次のご住職がご奉公されていたら、ちょっとご迷惑かもしれません(汗)。そんなことを、園美さんの掲示板を読んで考えさせていただきました。
とにかく、「未来からの眼」、「過去からの真実」を意識して、「今」を、精一杯、生きてゆきたいものです。未来の人に、誤魔化しはきかないでしょうから。宗門のご弘通が衰えていれば、未来の人から、「あの時代は暗黒の時代」と言われたり、今はおだてられていても「暗黒の時代の教務さん」と責任を問われるかもしれません。未来が楽しみです(笑)。
未来宅急便、本当に素敵です。私は、今から約20年前、開導聖人100回御遠忌の時、「未来へのメッセージを残そう!」という企画で、父が書いてくれた小さな石のプレートを大切にしています。
そこには、「息子よ、頼むぞ!未来に輝く佛立のために」と書いてありました。大切な、父からの未来宅急便です。そこに書かれた父からのメッセージを胸に刻んで、生きていきたいです。
さて、今度は私から息子たちへのメッセージ。何を書こうかな。
2009年11月28日土曜日
明日は妙深寺の朝市
2009年8月6日木曜日
クスリに冒された世界
ゆっくりテレビを観ていないから分からないのだが、大きな芸能ニュースが2つある。それぞれ、関連しているのは「麻薬」「クスリ」による逮捕などだという。マイケル・ジャクソンの突然の死についても「薬物」の影響などが取りざたされており、もはや「クスリに冒された世界」ではないか、と恐ろしくなる。
私たちからすれば、彼を弁護しようにも弁護のしようがないほど、その生活は荒み、一貫性がない。彼は特異稀な才能を持って生まれた。しかし、その才能によって、その他の人には理解も共感もできない孤高の頂に、たった一人で立ち続けなければならなかった。マイケル・ジャクソンの死に相通じるものがあり、私はマイケルの訃報に接して、なぜかチェットを思い浮かべた。その孤独も、専属の医師がいたことも、その医師から強いクスリを処方してもらっていたことも、チェットと共通することだったから。2009年8月5日水曜日
CITY OF GOD
ブラジルにおもちゃを送るご奉公について、佛立新聞や大放光等でご紹介をいただいた。昨年、第2回 青少年の一座に於いて開始されたのが、ブラジルのスラム街(ファベーラ)へ「おもちゃ」をプレゼントするご奉公。私たちの家に眠っていて、そのままであれば捨てられてしまう「おもちゃ」を、最も苦しんでいるであろう方々に対して、結縁とご弘通のために送ろうじゃないか、と始まった。ご信心をさせていただいていると、世界中の人とつながり、実際に結ばれていく。
また、9月28日付けの「スラム街でのご奉公(動画)」では、その様子が動画によって見ていただけるようにした。私たちの「おもちゃ」が、確かに、「届いたんだ」「届くんだ」と感じていただけると思う。
暴力が支配し、警察ですらギャングのボスの許可をもらわないと入れないという話が、「真実」であると実感できる。こんな世界があるのか、と思い知る。サンパウロの警察は本当に協力的で、誠意に満ちた人たちだったとひろし君のレポートにはあるが、ここで描かれているのは頼るべき警察の腐敗。明るい日差しや観光都市のイメージとはかけ離れた、麻薬に汚染された若者たち。これらの作品群では、ブラジルの数あるファベーラの中で最も危険とされるリオ・デジャネイロの地域、特に「CITY OF GOD(神の都市、山)」を舞台にしている。ラテンの気風なのか、絶望的なのか明るいのか、分からなくなる。しかし、これも「実話」というから恐ろしい。
以前も書いたかも知れないが、アルビン・トフラー氏は著書「パワーシフト―21世紀へと変容する知識と富と暴力」で、人類が「暴力」→「富(金)」→「知識」と、その「パワー(力・効力)」が移行してきたと説いた。暴力、財力、権力を中心に回っていた世界は終わり、これからは知識や情報力を持つ者が「パワー」を持つ、と。20世紀から21世紀に切り替わるのは、ここだ、と。大きく頷ける点ばかりなのだが、それが全く通用しない世界を目の当たりにして、一瞬戸惑うのだ。圧倒的に、暴力が支配する世界。金がものを言う世界が、そこにある、と。下記に動画もアップしたのだが、「ファベーラの丘(Favela Rising)」というドキュメントは、最も凶悪なリオのヴィガリオ・ジェラウというファベーラで、絶望的な状況でも希望ある未来を子供たちに示そうと立ち上がった男を追ったドキュメンタリー。音楽やダンスを通じて、世界的に評価を受けようとしてきている。たくさんの人が、いま、立ち上がろうとしている。本当に、ありがたい。
2009年7月25日土曜日
ロッコ・ブランディ君からのメッセージ
ロッコ ブランディ(イタリア在住) 34歳です。私はちょうど20歳の時に日蓮聖人の教えに出会い、3年前にイタリアで本門佛立宗に入信させていただきました。御題目口唱と御講に参加させていただいたおかげで現実に向き合う勇気をいただきました。2009年7月24日金曜日
ゲリラ豪雨
先日、恐ろしい土石流がお年寄りの施設を直撃し、不幸にも多くの方々が命を落とされた。「ゲリラ豪雨」とは聞いていたが、本当にどこで起こるか分からない。映像で見る限り、非常に綺麗な施設と濁流のコントラストが何とも不自然で、言葉にならない恐怖を感じる。近代的な施設に押し寄せる自然の猛威とでも言うのだろうか。
今日、被災した防府市では「1時間に30ミリの雨が降る恐れがある」ということで避難勧告を出していた。21日の記録的な豪雨も1時間に70.5ミリとのことだから、九州北部は先日を上回るゲリラ豪雨に見舞われたことになる。2009年7月22日水曜日
日蝕、見ました?
京都からも、雲の切れ間から日蝕が見れた。2009年7月14日火曜日
夏期参詣が始まった!
13日から夏期参詣が始まった。今年も、一番暑い季節に行われる夏期参詣。毎朝、たくさんのお参詣者と一緒にお看経できるなんて、なんて嬉しいことだろう。
ここまでくると、昨年の9月に解散前提で誕生した麻生政権や自民党や官僚トップらは、合意の上でないにしても、一度民主党に政権を渡すことを前提に「バラマキ」をしたのではないかとさえ思ってしまう。つまり、民主党に政権を譲らざるを得ないことは自明のことで、それならば民主党政権になって、1年弱で世論が沸騰して民主党が政権を投げ出さざるを得なくなるように、時限爆弾をセットしたのではないかとすら疑ってしまう。そのくらい、これまでの政策は、来年には効力を失う、あるいは延命や先延ばしによって様々な指標の悪化は来年度にずれこむ。はたしてどうなるか。
日曜日の夜には野崎家のお通夜のご奉公があり、月曜日には告別式となった。月曜日の朝から夏期参詣がはじまった。この厳しい修行により、おはからいをいただかれる方々が大勢おられるはずだ。月曜日には各教区から上半期のご奉公報告もお聞きした。各教区丁寧にご報告くださった。御正当年でもあり、一つの教区で7~8のお教化が成就したとのご報告が有難かった。2009年7月5日日曜日
7月4日に生まれて
今日は、ガッツのいる一日だったぁ。御講席が3席。10時、12時、14時半。御講のご奉公が終わってから三ツ沢に戻り、それから相模原の妙現寺へ。日曜日の夕方ということもあり、保土ヶ谷バイパスはちょっと渋滞していて、18時半ちかくになってしまった。
この映画を観ていると、アメリカという国を愛して、信じていた若者たちが、「ベトナム」でどれだけ傷つき、その傷を抱えて生きてきたかを見せつけられる。「地獄の黙示録」や「プラトーン」や「キリングフィールド」や「フルメタルジャケット」など、その他いろいろな映画でもベトナムやカンボジアで体験した世界やそこにいた人々の苦悩、感じた矛盾を見せつけられるが、この映画は、一人の青年を通じて身近に見せつけられる。何よりおぞましいのは、愛国心に燃えて海兵隊に志願する青年と冷めた青年との対比。ベトナムで負傷し、下半身不随となる主人公を迎える病院のおぞましさ。命を捧げた国に裏切られた、騙されたと感じる主人公。確かに、国はずっと青年にウソをついてきたと描かれている。負傷兵にあびせられる反戦者からの言葉。国民の多くがこの戦争を支持していないという現実。傷ついていく。生きる道を見いだせずにもがく。最後は、政府を非難することに立ち上がるのだが…。2009年4月30日木曜日
タミフルとギリアド・サイエンシズ社か…
世界保健機関(WHO)は、メキシコで159人が死亡し、米国でもメキシコ人の幼児が死亡したほか、ドイツ、オーストラリアなど9ヶ国で感染者が出ていることを受けて、29日、豚インフルエンザ(H1N1型)の世界的大流行(パンデミック)のリスクが差し迫っていると、警戒水準を「フェーズ5」に引き上げた。「フェーズ5」とは「パンデミック」を意味する「フェーズ6」の1つ手前である。
情報が曖昧なまま広がっていくと、復調を見せ始めた経済も大打撃を受けかねない。既にメキシコ政府は、豚インフルエンザの感染拡大を防止するため、5月1~5日までの間、食品、医療、輸送、金融サービスなどを除く経済活動を停止するよう求めている。各国の大手企業が工場などを閉鎖してゆけば、それこそ大きな経済的な損失は回避できなくなる。人命か経済か。いずれにしても、重要な選択を迫られるが、今回は「弱毒性」のH1N1型でよかったと思うしかないし、これがH5N1型であったことを想像すると背筋が寒くなる。正確な情報に従って正確に対応してゆくことしか、今のところ私たちの取る術はない。
カリフォルニア州に本拠を構えるバイオテック企業ギリアド社は、インフルエンザ治療薬として現在世界中から注目されている『タミフル』の特許を所有している。ラムズフェルド国防長官は、ギリアド・サイエンシズ社の株の多くを所有している。1997年からブッシュ政権入閣までの2001年の間、ラムズフェルド国防長官はギリアド社の会長を務めていた。ジョージ・シュルツ元国務長官や前カリフォルニア州知事の妻ピート・ウィルソンもギリアド社役員で多くの株を所有していた。サンフランシスコのシンク・イクイティ・パートナーズ社のアナリスト、アンドリュー・マクドナルド氏は「政界とこれほど繋がりの深いバイオ企業は他に類を見ない」と評している。
世界の人々の命を助ける医薬品企業が責任を果たし、人命を救うのは願っても止まない話で、どれほどの売上を上げようとも良いのだが、こういう政界との結びつき、しかも、近年災いをもたらしてきたであろう人々との癒着が明るみになると、「ホント?」という気持ちが湧き起こってしまう。イラクの時の、人命を軽視した政策や戦略を、見てきたから。まさか、政権を失って、金融危機に際して、「こんな手もあります」では、ないですよね?と聞きたくなってしまう。あ、お坊さんらしくないか。話題が。2009年4月28日火曜日
パンデミックに思う
豚インフルエンザ(新型インフルエンザ)が世界を怯えさせている。警戒レベルの「4」とは、極めて深刻な事態を想定して出されたものだと思う。「パンデミック」。サーズや鳥インフルエンザの時に懸念していた事態が、今年、このタイミングで訪れようとは。いま、妙深寺では立正安国論の上奏750年を記念して、「立正安国論」の素読を開始している。老若男女が集って、何とか一度でも立正安国論を通読していただきたいと思って開始した。毎回、原文の書き下しと現代語訳をプリントして配り、9~10回の講座として続けていこうと思っている。今月は第2段の拝読だった。
天下が乱れていく原因、自然界と人間界のバランスが失われ、人々が苦しんでいる原因について明らかにされて行くのだが、あらためて拝読していくと、お祖師さまは努めて「自説」を控え、そこに展開せず、とにかく御仏の御経文を出して、文証を尊んでおられる姿勢を学ばせていただく。「私はこう思う」ということを控えておられるのだ。空海・弘法大師の姿勢と全く異なると思う。これが、「ザ・仏教」といわれる原点。お祖師さまほど、御仏のお経文の全てを尊び、そこをしっかりといただいた上で、御仏の御本意を導き出された。それも、能所・勝劣に迷って経文の山に埋もれてしまった人々に御仏の真意を届け明らかにする、上行菩薩としての使命であられたのだが。
今回の段は、特に文証としての御経文が引かれている。ほぼ、今回通読した部分すべてが御経文であり、お祖師さまのコメントは最後の数行である。そこに挙げられた御経文は、明確に世相が悪化する原因を述べられている。よく、他宗から批判されるが、これは日蓮聖人(お祖師さま)の個人的な見解ではない。御経文に説かれるところなのである。「客(きゃく)の曰(いわ)く、天下(てんか)の災(わざわい)、国中(こくちゅう)の難(なん)、余(よ)独(ひと)り歎(なげ)くに非(あら)ず、衆(しゅ)、皆(みな)悲(かな)しむ。今(いま)、蘭室(らんしつ)に入(いり)て初(はじ)めて芳詞(ほうし)を承(うけたまわ)るに、神聖(しんせい)去(さ)り辞(じ)し災難(さいなん)並(なら)び起(おこ)るとは何(いずれ)の経(きょう)に出(い)でたるや、その証拠(しょうこ)を聞(き)かん。
主人(しゅじん)の曰(いわ)く、その文(もん)、繁多(はんた)にしてその証(しょう)、弘博(こうはく)なり。」
ここから、御経文が引かれていくのだが、今回拝読した人たちの多くが感じたように、いま報道されているパンデミックが、やはり750年正当の年にあたって「正法を護持しないために、守護の諸天善神がこの世界を離れて、三災七難が起こる」という部分に符合して捉えられる。
薬師経「国民の間に疫病が流行する難、外国からの侵略されるという難、国内に戦乱が起こる難、星の運行が変異する難、日蝕や月蝕で太陽や月の光が失われる難、時ならぬ暴風雨が起こる難、旱魃(かんばつ)が起こる難の七つの災難があるであろう」大集経「一つには飢饉、二つには国の内外に起こる戦乱、三つには疫病が広く国内に蔓延することである。そして、一切の善神はその国を捨て去り、その国の人民は国王の命令に従わず、国の秩序は乱れ、常に隣国から侵略され続けるであろう。」
あくまで、これらは御経の中にある御文である。再々度になるが、これはお祖師さまの個人的な見解ではない。いま、さまざまな懸念すべき事態の中で、やはり一人一人の心を、正法に沿って正してゆくことが求められていると思う。対処療法ではなく、それが失われた世の秩序を取り戻すために欠かせない本質的な療法であると思う。
不幸中の幸いと言えるか分からないが、未だメキシコ以外での死者は出ていない。弱毒性との見解も出ており、極端な反応は控えるべき。正しい情報の下に、うがいや手洗いをしっかりとする以外にない。
しかし、このタイミングで起きていることに、気づくべきだ。サインに違いない。
2009年4月6日月曜日
他国侵逼難について考える
あまり、不穏なことを言い過ぎると、カルト宗教みたいと揶揄されてしまいそうだが、立正安国論上奏750年御正当の年に、実際日本の上空を、「人工衛星打ち上げ」名目で他国が長距離弾道ミサイルを飛ばした。これによって、近年まれに見るほどアジアを中心とした国際社会の緊張が高まり、特に北朝鮮と日本の関係は危機的な状況を迎えている。これは紛れもない事実。お祖師さまが「立正安国論」で仰せになったことを振り返るべき機会ではなかろうか。今から遡ること750年前、1260年(文応元年)7月16日、前執権で幕府最高実力者の北条時頼に上奏された「立正安国論」。時にお祖師さまは39才。この「立正安国論」はその後もお祖師さまご自身の手によって加筆されている。これは、「立正安国論」が、時の権力者・政治家に対してのみの書物ではないということを明らかにされたのである。身延に居を移された中の1278年(建治・弘安の交)聖寿57歳の御時に、この「立正安国論」は「広本」として後世の者に対して宣揚されている。このことの意義は大きい。
新潟でジェンキンス氏とお会いした時にも書いたが、北朝鮮という国家の恐ろしさ、異常さは枚挙に暇がない。思想がもたらく国家、つまりは国民生活を、著しく危険な方向に導いている。大統領よりも権力のある一宗教者が国家を左右するイスラム国家、イランなどは現在もそうだ。選挙もあり、民主的な国家の体裁を整えているものの、これはこれで課題も多い。しかし、いずれにしても、事前に報告(警告?コンセンサスもなく一方的であったため)をしていたとしても、今回の発射によって緊張が高まっている。宗教と思想が国家にどれほどの影響を与えるかも考えさせられる。
今回この時、今年に当たって、長距離弾道ミサイルの発射と他国との緊張の高まりの中で、いろいろと感じることがあるのではないか。少しでも、お祖師さまの立正安国論の中のお言葉に思いを馳せ、他国侵逼難をはじめとする自然界や社会の混乱や危機について考えるべきであろうと思う。
恐れながら、何度もその御意を書かせていただいてきたが、つまり社会に満ちる「人の心」の間違い、誤りを、正しい御仏の教えに沿いながら生きれるように気づいていかなければならないということ。「信仰の寸心を改めて」と。
2009年1月31日土曜日
失業率10%へ
失業率の悪化について報道された。2009年1月21日水曜日
オバマ氏の就任演説
1月20日、アメリカに新大統領が誕生した。
選挙戦に於いて既に約600億円以上も出費し、就任式に41億円もの資金を使うアメリカ。それは、国威の高揚を目指し、危機を乗り越えるために必要な国家的なマーケティング・プロセスとも受け取れる。その背後に、やはり大企業からの献金と思惑がうごめいていることを注視しなければならない。国威を高揚させ、世界にアメリカのメッセージを発信し、国民に団結と義務を呼びかけた背後に、である。政治が、国民や大統領によって動かされているものではなく、金の掛かる政治という世界の背後で献金を続ける企業によって動かされている、動かされざるを得ないということにも、監視の目を光らせて欲しい。9月2日のFMヨコハマ「横浜ラグーン」
瞬く間に1週間が経過してしまいました。 ネパールの大規模土石流災害は8月26日の水曜日に発生しました。明日で2週間となります。 私は8月19日の水曜日までネパールにおりました。災害発生の1週間前です。実に、何が起こるか分からない無常の世を痛感いたしました。 この2週間、妙深寺...
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6月が終わった。本当にありがとう。感謝しかない。終わりそうもなかった。でも無事にご奉公させていただくことが出来た。 去年から今に至るまで、人生で最も深く思考した。これまでの人生を振り返り、いくつもの分岐点、愛する人、大切な友人、恩ある方々を想い返し、今まで見たことのない景色が...
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ありがとうございます。 極めて残念なお知らせをしなければなりません。 11月4日未明、小泉博さんが他界されてしまいました。あまりにも突然の別れに言葉が見つかりません。みなさまもご同様のことと思います。受け入れ難いことをお伝えしなければならないことを心苦しく思います。 昨日から...
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妙深寺の「本化桜」が満開を迎えようとしていた。 実は、老いたのか、衰えたのか、最近の気候のせいなのか、大きな枝振りなので上の蕾が花開く頃は地面に近い枝の桜の花びらは散ってしまっていることも多い。今年もそうなりそうだ。しかし、見事に咲き誇る桜を見ることができて、本当に嬉しい。嬉...







