2009年5月29日金曜日

現証の御利益!!!!!!

 私は、昨日は、うれしくて、うれしくて、仕方なかった。
 毎日あまりにも多すぎるので、このブログではあまり紹介してこなかったのだが(『妙深寺報』には詳しく紹介しているつもり。ただし、それでもプライバシーの問題もあって厳選し、ご本人の承諾をいただいた方のみ掲載させていただいている)、妙深寺のご信者さん、お一人お一人が現証の御利益を感得され、日々にご信心を増進されていることほど、嬉しいことはない。こうした現証の御利益が、妙深寺ご弘通発展の原動力。書けば、切りがない。しかし、昨日は、あまりにも嬉しい報告が相次いで、相次いで、嬉しすぎるから、書く。
 もう、本当に、このご信心は、ありがたい。佛立信心は妙不可思議な御利益が真髄。御本尊に向かって、御題目をお唱えする、願い、祈る、という信心の道を歩めるということが有難い。人それぞれ、抱えておられる問題は違う。しかし、どんな内容の方でも、このシンプルなプラクティスをしてゆくことによって乗り越えることができる。
 このライフスタイルを知っているのに出来なくて、不眠に悩んだり、ストレスで気が滅入る、疲れやすい、と世間の人と変わることを言っていては情けない。オアシスは、そんなに遠くにない。遠くに行って、高額な料金を払うよりも、自宅で、いつでも、できる。そして、大きな現証の御利益をいただく。それが、安心の、豊かな暮らしに欠かせない「佛立信心」=「心のトリートメント(治療)」「心のエクササイズ」だ。
 人間には宿命がある。それは、誰もが老い、病にあい、死を迎えるという圧倒的な現実。そして、何より、この不安定な世界で生きてゆかなければならない。競争や軋轢を繰り返す人生を生き抜いていかなければならない。これらは、誰もが背負っている宿命である。
 アンチエージングを試みても老いは確実に訪れるし、200才まで生きた人間もいない。そうした宿命を背負う人間に答えを示し、その人間に乗り越える方法を示されたのがブッダその人。私たち信心をする者にとっても、人間が背負う宿命からは逃れられない。しかし、その宿命を、御題目の力によってネガティブな暗闇からポジティブな光、幸せのきっかけにしていただける。乗り越えられる。
 今日、嬉しいお話をお聞きした方々。特に、兼子清顕師がご奉公している教区の方々のことで、清顕や教区の方々、青年会の子たちが、毎日毎日お助行に通うのを見ていた。その方々から立て続けに嬉しい報告をいただいて、飛び上がるほど嬉しくなった。
 お一人は妙深寺の幹部さん。4月末、奥さまから喉が腫れていることを指摘され、ご本人も食事の際に喉に違和感がある、ノドが詰まるということだったのだろうか、病院で検査をすることになった。5月11日に1回目の検査結果が出て、喉の腫れ物は問題ないと言うことだったが、エコー検査で反対側の甲状腺に腫瘍があることが分かった。通常30程度が基準値だという腫瘍マーカーが800もあると聞き、ご本人の心痛も大変なもので、本当に、降って湧いたような不安な日々がご家族を襲った。当然ながら、最悪の事態も想定されたと思う。
 先住の奥さまや瓜生さんからも、しっかりみんなからご祈願をしてもらうようにと話をされ、13日の夜に清顕がお助行に伺い、14日から21日まで教区と青年会の二つの時間帯で1時間ずつ詰め助行をさせていただいた。
 21日、エコーと腫瘍マーカー、細胞の検査があり、その日に腫瘍が2センチであることが分かった。細胞検査の結果は28日とのこと。22日は胃カメラ。23日からまたお助行が再開され、27日の夜まで詰め助行が続いた。
 お助行に通っている受持教務の清顕は、詰め助行の最中でいろいろなこともあり、動揺してしまったこともあったと言うが、逆に、「中だるみしてはいけない、今以上にご祈願を」と感得し、本当に鬼気迫るような思いで、改めてご祈願させていただいたという。
 スリランカからのディリーパ君も、他教区の末岡さんや壮年会の方々もお助行してくださったとのこと。本当に、あたたかい輪が不安を抱えるご家族を包んでくれていた。検査結果の出る前日に局長室でお話をしたのだが、ご本人も「ご信心がなかったら、こういう気持ちにはなりません。本当に、助けていただいています」と仰っていた。
 そして、一昨日。検査結果が出て、腫瘍は良性、経過観察をしてゆけば問題なし、との報告が飛び込んできた。本当に、あのマーカーの数値はいったい何だったのかというほど、うれしい知らせ。みんながお助行に通ってくださっていた分、こんなに有難いことはない。みんなが、御経力を感得させていただくことができたと思う。
 また、ディリーパ君もお助行に伺った方のお孫さん、赤ちゃんも無事に退院されたと御礼のお参詣に来てくださったという。まだ、原因はわかっていないそうだが、『皆さんのお助行のお陰で心強かったです』と話されていた。ここから本当におはからいをいただいて欲しいが、とにかく御礼参詣と、喜びの声が嬉しい。
 さらに、先日妙深寺の玄関で、暗い顔をされていたので声をかけさせていただいた方。お話を聞いてみると、お嬢さまのお義母さまが危篤だという。その場で、結婚式の時の写真を見せてくださり、ここまで御利益をいただいてきたのだから、何とか、また、おはからいを見せていただきたいと思い、ご祈願させていただいていた。酸素マスクをつけ、肺も真っ白とのこと。担当医から「時間の問題」と告げられ子どもたちも病院で待機していたというが、そこから持ち直して、酸素マスクを取っても平気な状態になり、みんなで九州から横浜に戻ってくることができた、と。必死にご祈願をされていた、みんなの御題目や思いが、お義母さんに届いたと確信する。清顕のブログにもあるが、私が玄関先でお会いしたご家族の方は、この方の名前が書いてあるご祈願カードをさすりながら夜中までずっと御題目を唱えられていたという。
 本当に、昨日は、うれしいことばかりで、「これでもか」という現証の御利益で、あぁ、本当にあらたかなご信心、「妙とは蘇生の義なり」と教えていただいたようで、喜び、感謝の一日だった。ありがたい。

2009年5月27日水曜日

Message of condolence

 昨日、スリランカのワッカラマシンガさんという方が亡くなった。
 9年前から病を抱えておられ、その病をきっかけにご信心をすることになった。ご家族、ご親族一同で法華経本門の信仰、御題目のご信心をスタートしたのである。スリランカの人々にとって、これは簡単なことではない。変な言い方だが、各村にはテーラワーダの寺院があって、その指導者によっては村八分になることもある。近所付き合いはもちろん、お葬式もしてもらえないということもある。日本でも、地域によっては未だこうした風習もあるが。
 しかし、彼は病院で余命半年と宣告を受け、占い僧(スリランカには、こうした僧侶がいる)にも同じように余命半年と言われた。そこで、彼ら家族は決心し、ご信者の家のドアを叩いた。どうせなら、いつも聞かせてくれるようなご信心を私たちもして、おはからいをいただきたい、と。
 家族一同でご信心を始められ、彼が現証の御利益をいただかれたことは言うまでもない。彼は九死に一生を得た。喜びに溢れたご信心を貫かれて、お教化もよくなされ、お参詣もされていた。心臓の病によって「余命半年」と言われたのが9年前。その病は癒えたものの、年齢から肝臓に持病を抱えておられた。
 そして、昨日。彼は帰寂された。スリランカの方からディリーパ君に連絡があった。もちろん、これだけの篤信の方だから、スリランカ様式(つまりは近隣のテーラワーダ僧による)ではなく最初から最後まで御題目で送りたいということで、前回から指導させていただいている法要式に基づいて執り行うようにとお伝えした。また、家族に何か伝えたいということで、「長松から一言メッセージが欲しい。それを通夜で家族に読み上げたい」と言われ、バタバタのスケジュールだったが手紙を書いた。相変わらず下手な英語だが、きっとガマゲさんが上手に通訳してくれるだろう。
 いつも、お参詣くださっていた彼を偲んで、メッセージを書いた。

Message of condolence, the occasion of Mr. Wickramasinghe's funeral,

I receive the news of his death, and am holding the attention of the sorrow of parting.
I want to declare to the Gohonzon, he was a person who believes and practices on the teaching of the Lotus Sutra from which Buddha preached in his latest years.
I want to send the merit of the Odaimoku to his soul.
I wrote a letter for restfully of his soul from Japan.
I know he had been holding the sickness for many years.
However, the Odaimoku treated his sickness many times.
He had a narrow escape from death many times by grace of Odaimoku.
He proved the power of the Odaimoku.
Nichiren Shonin was quoted from mahaaparinirvaaNasuutra, Mahaaparinibbaana-suttanta, and he wrote " Buddha was declare that the sick person sure to become the Buddha. Because the desire for truth is brought by the sickness."
I am convinced that Mr. Wickramasinghe obtained the belief of the truth by getting over a painful sickness.

Moreover, there were in the sutra "Because people become the sicknesses, the Bodhisattva becomes a sickness, too. "

We should learn to Mr. Wickramasinghe overcame the sickness by Odaimoku.
Nobody escapes aging, the sickness, and the death.
It is a road that cannot pass when everyone avoids it.
It is only the true buddhism and the Odaimoku are surmountable from that suffering.
Odaimoku certainly overcomes people's suffering.
Mr. Wickramasinghe taught us variety.
He washed bad karma at this life.
I hope to reproduce in this world as his body is healthy again.
And, I want to Bodhisattva work with him for the peace of the world.
I praise his distinguished services.
Please carry on his will.
That is True Bodhisattva way.

Namu Myoho Renge Kyo,,,,,
Namu Myoho Renge Kyo,,,,,
Namu Myoho Renge Kyo,,,,,

Seijun Nagamatsu,

2009年5月26日火曜日

希望

長男の時より、次男に向き合うと子煩悩になってるような気がする。久しぶりに会うと、じゃれてきてかわいい。思わず写真撮影。なんか、孫を見守るお爺ちゃんの気分。世の中がザワザワしたり、無常を痛感すると、小さな命に希望を抱くものなのかもしれない。

朝は、お祖師さまの御尊像のおかとうをお召し代え。もう夏への衣替え。続いて、トラベル・サライの方がわざわざご挨拶に来てくださり面談。6月30日までスリランカ航空が往復50000円という破格のキャンペーンをしているらしい。スリランカに行くなら今だなぁ。

2009年5月25日月曜日

香風寺の開導会

 神戸・香風寺での開導会から横浜へ。

 先週末からのご奉公は、精神的な重圧の大きなご奉公だった。名古屋で中浦さんにお会いできたので、少し救われた。本当に素晴らしい方で、不思議と心が通じてしまう。魅力に溢れた方だ。堀くんからのメールも嬉しかった。重たい気持ちをすくい上げてくれた。

 こうして、人は、人との結びつきによって、支えられているのだと思う。その絆の中心にご信心がある。世間の人間関係では得られない、打算も何もない、まごころでの縁をいただける。だから、ご信心の中での人間関係は、本来の、清らかなものでなければならない。ここが濁れば逃げ場がない。残念ながら、「古法華利益なし」ではないが、信心も長くなると、人間関係でもお寺とお寺の関係でも、教務と教務の関係でも、何か世間ずれしたものが生まれてしまう。それこそ、輝く真実の仏教のベネフィットを失わせる原因。救いから遠ざける要因。仲良しはいいが、それだけでは佛立本来の素晴らしさを体感できなくなる。救えなくなる。

 香風寺でのご奉公は、本当に有難かった。ご弘通とご信心だけでいける、ご奉公できる場として、緊張はしていたが有難かった。御法門は、少し時間オーバーしてしまったけど、海外弘通から学ばせていただいたことをお返しする気持ちをこめ、国内の佛立教講が改良すべき点もふくめて、拝見させていただいた。

 御教歌「やみ重み医者もすさめぬ貧乏人 いたくなわびそわれぞたすけん」

 佛立信心とは、佛立信者とは斯くあるべし。そのスピリット、魂を教えていただく御教歌。信心している、参詣していると言っても、分かっているようでも、本当の、本物の、佛立信心を知っているか、分かっているか、出来ているか、ということ。そこに気づかなければならない。

 佛立信者は、普通の人、世間の人なら相手にしない、遠ざける、遠ざかるような人にまで、御法の御力をいただいて、手を差し出す。手をさしのべる。「私がついている」「私がいるからね」と、どんな人に対してでも言えるような人間、信者になりなさい。その心構え、そういう人間性を教えていただく御教歌。
「やみ重み医者もすさめぬ貧乏人 いたくなわびそわれぞたすけん」

 現代の私たちには馴染みの薄い言葉が2、3入っている。それもそのはず、実はこの御歌は古今和歌集の歌を開導聖人が引用しつつ、ご信心的に詠んでくださっている。

 その古今和歌集の歌とは、「山たかみ人もすさめぬさくら花いたくなわびそ我見はやさむ」という歌。「山が高すぎて人もあまり見ない。近づこうとしない桜の花がある。桜の花よ、そんなにひどくしょんぼりするな。僕があなたを、桜を、観てあげるから」と。そういうことを詠んだ歌。この歌、素晴らしい情緒を詠んでくれているなぁ、と思う。この歌を感動聖人は引かれた。

「山たかみ」は「やみ重み」。病が重くて、お医者さんさえも診てくれない、近づこうともしない。そういう貧乏な方がいる。そんなにしょんぼりすることない、僕がついている、私があなたの支えになる、あなたを助ける、と。なんて暖かくて、有り難い。佛立信者ならではの心を教えてもらっているだろう。

 真実の仏教徒、佛立信徒には、何の壁もない。何の壁も作ってはならない。そこに手をさしのべ、立ち入り、ご奉公させていただくのが私たちなのだ。そこに壁を作るあらゆるものを恐れなければならない。私たち佛立信者の心の中に生まれる「古法華」、「甘え」「情実」だけがおそろしい。それ以外は、飛び込んでご奉公し、御法の御力をいただいて、必ずその人の支えになれる、救えるご信心をさせていただいているのだから。

 そういうことを、説かせていただいたつもり。福岡御導師の前で御法門させていただくのは、ヘビに睨まれたカエルというか、先生の前で説く生徒のようなものだから、困りに困ったが。

 でも、ご奉公させていただけて、本当にありがたかった。

2009年5月23日土曜日

横浜から神戸へ

 三都物語。京都、神戸、大阪。この3つの都市は「三都」と呼ばれて、観光を呼びかけている。
 神戸も港町。横浜も港町。昨日は、午前中は横浜で教区御講のご奉公。初めて伺うお席で、お母さまからのご信心を受け継ぎ、しっかりと御戒壇を建立された方。お孫さんと一緒に「折り鶴」を作ってご供養のお膳に乗せてくださっていた。そのお志が嬉しい。
 御講席から戻り、支度をして京都、大阪へ。大阪から20時過ぎに名古屋。そのまま名古屋に宿泊させていただいて翌日早朝に佛立寺へお参詣。今日は、朝から佛立研究所主催の公開講演会。新潟大学大学院の阿保徹教授に講師をお願いして、健康と免疫、人はなぜ病気になるか、どうすれば病を防げるか、病に打ち克つ方法とは、をお聞きし、私たちのご信心に照らして、学ばせていただこうという講演会を開催させていただいた。多くの方に参加をいただいて、大変盛況だった。
  講演会が終了すると在来線で名古屋駅へ。そこから神戸に向かう。明日は福岡御導師から神戸香風寺の奉修導師のご奉公を仰せつかっており、緊張の中ご奉公をさせていただかなければならぬ。慌ただしいスケジュールであるが、何とか精一杯ご奉公させていただきたい。新型インフルエンザの渦中、妙深寺からも団参者30名が神戸に向かっている。世間は神戸を避けるが、立正安国論上奏750年御正当の年、いろいろある。それに負けてはならぬ。
 一昨日、横浜の港の近くでご奉公だった。神戸の港もいいが、横浜の港で感慨深く、山下公園まで歩いてみた。
 横浜では、いま新型インフルエンザ発生の影響で集客が心配されているが、開港150周年の記念イベントが行われている。その一事業として進められていた「横浜マリンタワー」の改装工事が終わり、23日からの開業を目前に控えている。装い新たなマリンタワーは、外装を銀色とブラウンオリーブのシックな色合いに化粧直し。僕らが見て育った赤と白じゃないけど、まぁ、残ってくれたのだから文句は言うまい。
 このマリンタワーは、1959年(昭和34年)の開港100周年記念事業として建設された。61年にオープンして横浜港の名所の一つとなった。中学生だったか、高校生だったか、僕も上った。友だちと山下公園、マリンタワー、港の見える丘公園で遊んだ。元町は、ちょっと大人の雰囲気で、敷居が高かった。大学に入ってから、元町の裏側でたむろするようになったが。
 このマリンタワーは、みなとみらいが出来てからは観光客が遠のき、入場者が減少した。廃業、取り壊しの声もあったが2007年に横浜市が買い取り、昨年3月から改装を進めていた。きれいになってうれしい。横浜。
 この前、京都で過ごしている時、映画『蒲田行進曲』を観た。もう、大好きな映画。日本最高の映画じゃないかな。懐かしくて、懐かしくて、資料づくりを中断して思わず全部観てしまった。
 銀ちゃん、いいなぁ。やんちゃな頃の自分をフッと思い出す。いや、今でも、時々、あんな理不尽なこと言ってるかも。調子に乗りやすいし、孤独だし。
 ヤス。彼は、もう最高だ。「コレが、コレなもんでぇ。」このセリフは高校時代に流行った。あの田舎に小夏さんを連れて帰るシーン。忘れられない。
 その優しいヤスが結婚して変わっていって、階段落ちを受けることになって部屋で暴れる。理不尽に暴れ続けて、愛する小夏さんを泣かせる。泣かせて、自分も泣いて、ボロボロになって言うセリフ。
 「前はね 平気だったのよ。何言われてもね。ヘラヘラヘラヘラ笑ってやってきたのよ。それが どうしちまったんだろうね 俺・・。・・・お前の事をね…、好きになればなるほどね…、悲しいんだよなぁ、この心が・・・。お前とね、一緒に生きていこうと思えば思うほどね、切ないんだよなぁ、この胸が・・・。お前とね、離れられなくなればなるほどね、苦しいんだよなぁ、身体中が・・・。どうしちまったんだろうね、俺・・・。ほんとに・・・。」
 もう、永遠の名台詞。忘れられない。「わかぁるぅ」と叫び続けていた。変な住職だが、本当に大切な何かを言い得ている。松坂慶子さんも素敵。声が本当に素敵。この蒲田行進曲を観ていると、思わず小夏さんの姿に涙してしまう。
 で、この蒲田行進曲で使われていた曲が、桑田佳祐作詞・作曲の『恋人も濡れる街角』。そう、横浜をテーマにした歌。マリンタワーを見ながら、思わずその曲を口ずさんでいた。「横浜じゃいまぁ~」とか「港の街にぃ~」、「あぁ~、時折雨の降るぅ~、馬車道あたりで待っているぅ~」とか。ありがたい。

2009年5月21日木曜日

スリランカ ご弘通史 ⑤

● 2006(平成18)年 ~佛立開講150 年~
 スリランカでの弘通体制も整備が進み、この年から、福岡御導師と妙深寺ご住職で手分けをされ、3 ~ 4 ヶ月に一度のお講の奉修が定例化されました。ご住職もはじめて一人でのご奉公をされ、1日9 ~ 10 席のお助行、お講、奉安などのご奉公をされ、現地から、大いなる興奮と共に、さらに信心を新たにしたとお話くださいました。当時の交信の記録に次のようなメッセージが残っています。
 『一日9 席。さすがにもうクタクタ。でも、何が信心か分かった。気づいたよ。ピュアでなければ、現証は出ない。当たり前だが、それしかないと教えて頂いた。御宝前の前で、あるいはご奉公の現場で、どのくらいピュアか。教務、導師、指導者が。ご信心の本質は、み仏の「御本意」を果たすことなのだ。みんな、仏教は知っていたが、み仏の気持ちになって生きることは知らなかった。
 だから、いまスリランカの人たちはいきいきと生きているんだ。純粋に、み仏の目的を仏に代わって果たそうとしている。そこには、本門佛立宗も、妙深寺もないんだよ。上行所伝の御題目しかない。これは、分かっているし、いつも教えて頂いているんだけど、実感として、体感としてそう思えると、一線を越えるな』
◇ 2006 年11 月23 ~ 30 日「スリランカご奉公レポート」
                                  兼子清顕
 ご住職の随身としてスリランカのご奉公へ同行させていただきました。初日は夜にお助行を2軒。
 1軒は医師のプレマレチュナ氏宅に御本尊を奉安、息子さんがご病気とのことでご祈願のお看経。スリランカメンバーによるお助行も行われているとのことで世界共通のご奉公に感激。もう1 軒はミランダさん宅へ。夜の11 時を回っていましたが、自前の法鼓を叩き、大勢のお看経に喜ばれていた。
 25 日、アビサベラ村の学校(ブッダ・ダルマ・スクール)で英語教科書の授与式・一座の法要。大勢の子どもたちと一緒に御題目をお唱えし、ご住職が英語で御法門。この学校はスリランカ仏教の僧侶が尽力して創設したとのことで、社会的に活動している僧侶の姿が印象的。
 続いてシャンタ氏が自宅を開放しているコロンボの親会場にてお講。家から溢れるほどのお参詣。ここで約20 名が御本尊を拝受。1日目にお助行に伺ったプレマレチュナ氏が息子さんのためのお助行のお礼を涙ながらにされていました。スリランカのお講では、一人一人がご住職のもとへ行き、礼をしてお布施をお渡しします。思いのこもった姿に胸を打たれました。
 26 日、バンダラウェラでは初めてお講が奉修されるということで60 人を越える大勢のお参詣。地区世話役のアジット・ペレラ氏が現在に至るまでのご奉公記録を発表。まさに無から有を生じるご奉公に感激。お講の中で、一人の女性が「御題目が一体どういうものかよくわかりませんが、唱えるととにかくありがたいんです。周りにもそう伝えています」とスピーチをしていました。純粋に、素直に御題目をお唱えする姿に感動しました。
 27 日、ウィジェセケラ氏が自宅を開放している親会場にてお講。この親会場の大御本尊は元妙深寺局長の原正雄氏が護持されていた日博上人御染筆の御本尊。
 ご住職は、「日博上人は常々、ご信者さんに、どうしたら罪障消滅がさせられるか?功徳が積ませられるか? 御利益を頂かせられるか? この三つを常に考えよ、と教えられていました」とお話しされました。
 28 日、早朝よりコロンボから約250 キロ離れたカタラガマに出発。南スリランカの大寺院であるキリ・ヴィハーラにてお講を奉修。この日、お参詣を予定していたある女性がガラスの破片で足を切ってしまい、お参詣をやめようと思っていたところ、「それはあたなのカルマ(業)が良く転じる証拠ではないか。そういう魔に負けてはいけない」とお折伏をいただき、寝ながらもお講参詣をされたとのこと。真剣なご奉公姿勢に大変勉強させていただいた。
 29 日、ニュートン・ペレラ氏宅にてお助行、帰国。 スリランカの方々は、みんな本当に素直にご信心に取り組んでおられ、それがまた御利益を速やかにし、喜びに溢れています。
 「ただとにかく御題目をお伝えする」「このご信心の歓びを伝える」という、にじみ出るほどの喜びと前向きさで一生懸命ご奉公されている姿から、ご信心・ご弘通ご奉公の原点を学ばせていただきました。日本においても同じ佛立信心をしている私たち。この原点を忘れずに奉公に励みたいと思います。
――――― そして2008 年、スリランカ佛立宗は開教10 周年を迎えました
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スリランカ ご弘通史 ④

● 2005(平成17)年11 月 妙深寺高祖会にスリランカ信徒を招待

 佛立開講150 年を目前に控た2005 年、この一年は、スリランカ支援活動をはじめ、まさにスリランカ・イヤーと言える年でした。その年末の高祖会に、スリランカからご信者14 名が来日されたのです。交流会や同時通訳を介した生の体験談など、それはまさにこの年の集大成とも言える高祖会となりました。

 海外弘通の意義について、ご住職は妙深寺報11 月号で次のように述べられています。



『妙深寺に所属するご信者の中に、「なぜ妙深寺が海外弘通に積極的なのだろう」「海外弘通に時間やお金を使う必要はないのでは?」と疑問を持っている方がいるかもしれません。しかし、日博上人の海外弘通への情熱はもちろんですが、私は今の私たちのため、妙深寺のため、今の国内のご弘通、日本人のご信心増進に不可欠だと考えているのです。 法華経のご信者に対して「一代法華」という悪言があります。法華経の信仰に目覚め、燃え上がるようなご信心を体得しても、それが初代のご信者のみで尽きてしまい、後の二代目、三代目まで続かないという悪い事例を表した言葉です。この言葉は、昨今の私たちにも当てはまるのではないかと考えます。
 私たちの「心」は、本当に移ろいやすいものです。心の状態を、そのまま維持することなど至難の業です。喜怒哀楽、心は浮き沈み、熱しやすく冷めやすく、心を掴むことも、伝えることもまま成りません。ご信心も同じです。 時間の経過とともに、ご信心は心を失いがちになります。世代を経るごとに、ご信心の「形」は受け継がれても、「心」は受け継ぎにくくなります。しかも、時を重ねれば行儀作法が増えて、体面上は難しくなることも否めません。本来シンプルな佛立信心が、いつの間にか複雑で難しいものになってしまう。すると信心を、上辺の形式的なものだと勘違いをして、既成仏教化、檀家化が進むと。それは、開導聖人がご開講された時に批判していた他宗の寺院や僧侶、檀家と同じような状態に、気づかぬ間に私たち自身が堕してしまっているということです。
 妙深寺の方は、海外のご信者方が異口同音に私たちに送ってくれるメッセージの内容をご存知でしょう。昨年の門祖会、イタリアのご信者方からのビデオメッセージ、マッシミリアーノさんが本堂で語ってくれた「御題目のご信心で私たちがどれだけ救われたことか。あなたも救われるはずです。一緒に御題目のご信心に励みましょう」という言葉。インド開教の先鞭を担われたラジ女史は、「私は幼少の頃からサンスクリット語を勉強してきました。古代インド語であるサンスクリット語は世界中で最も美しい言語でしょう。ですから、私は法華経の原典も読むことができました。ただ、私は御題目をお唱えすることこそ法華経の真意、仏陀の真意であることを知っています。何というありがたいことでしょうか」と言われています。
 今年8 月、法深寺の清水御住職がブラジルに渡伯され、ご家族にインタビューして帰国されました。そのビデオでも「御題目をお唱えすることが、どれだけありがたいことか。みなさんで一緒に御題目をお唱えしましょう。必ず御利益を頂きます」と確信を持って、ポルトゲスで、日系三世の方たちが私たちに話してくれています。
 今の日本の私たちは、豊かすぎて見過ごしてしまうことが多すぎます。小さな土俵の中にいるから、気付けないことがあるかもしれません。もしかしたら、開講当時、安政年間の俗歌、「安政の眠りを覚ます上喜撰(蒸気船) たった四杯(隻)で夜も眠れず」のように、太平の世に慣れ果てて、ペリーの黒船来航によって眠りを覚ますことになる民衆と同じくらい、大切なものを見失っていて、海外の人から佛立信心の尊さ、御題目口唱の素晴らしさを教えられる、気づかされるのではないでしょうか。
 人生の幸不幸は、物質的な豊かさでも、知識の多さでもなく、本当に充実して、心豊かな生活を送れるか、否かです。それを得るためには、正しい信仰を正しく行ずること、その生活は欠かせないのです。そのことを、海外のご信者方との交流によって気付かせていただきたいと願っています。一天四海皆帰妙法の祖願を果たすためであることはもちろんのこと、高祖会に際して海外信徒の素直なご信心と、あの光り輝く瞳をご覧になって、佛立信心再発見、ご信心の改良をさせていただければと思います』

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スリランカ ご弘通史 ③

◇第二次支援活動
 その後、3 月4 日~ 9 日に、福岡御導師が再び現地への渡航を計画され、その際、「ご信者宅へのお助行と、活動をしている姿を前面に出せるよう、同行をお願いしたい」とのお誘いをいただいたことから、早速この行程に同行させていただき、本門佛立宗隆昌発展のため、現地スリランカの復興のため、そして犠牲者の供養のため、福祉に携わる者、妙深寺スカウト会(ガールスカウト・ボーイスカウト)、青年会などを中心に9 名を派遣し、その参加者の全員が、貴重な体験に大いなる感動を持ち帰りました。


◇スリランカ支援活動報告 ~未来の弘通を担うのは若者である~ 
                  妙深寺事務局次長 瓜生その子

 『妙深寺におけるスマトラ沖地震・津波災害に伴うスリランカ支援活動は、発生と同時に展開されました。ご住職は福岡御導師、現地のスリランカご信者さま方と電話やメール、ファックスを通じて連絡を取られ、被害状況を確認され、直ちに「津波被害緊急支援室」を設置されました。
 最初の活動として義捐募金の開始を妙深寺ホームページ及び寺内に募金箱を設置し呼びかけた。ちょうど元旦初総講であったことも手伝ってか、小さな子供がお年玉を募金する姿も見られ心温まる思いがしました。
 早期に現地にという動きもありましたが、マスコミによる報道の通り大変な混乱の中、現地支援はとても困難であり、福岡御導師が第一次支援活動として1月10 日~1月18 日まで現地にお入りになられるので、その結果を得てからと言うことで待機することとなりました。そして、福岡御導師より「第二次支援活動として、ご信者方、特に若者たちを同行させていただけないか」というお声掛けをいただき、当住より人選依頼を受けました。時期は3 月4 日~ 9 日までということであり、当山のお会式と重なり、また年度末でもあることから人選には苦慮しました。
 ここで、私が先ず感銘したのは、「未来のご弘通を担うのは若者である。このご奉公を通してさらに大きな力をつけてくれることを信じ、だから教養会からの人選でなければならない」とおっしゃっていただけたことです。また、若者を同行するということはかなりの決断が必要です。何かあったら責任問題にもなるし、中傷もされるでしょう。当住は「もし、何かが起るとしたら、みんなの心の隙間に魔が生じることである。そして、このことでご弘通が終ることもある。それだけ重大なご奉公である。参加者、妙深寺全体でご祈願、お助行をさせていただきましょう」と並々ならぬご決断をくださったことです。
 6 名のメンバーが決定し、総勢9 名による準備ご奉公が始まりました。メンバーは誰一人としてこのような経験があるわけではありません。いろいろ寄せられる情報にあれもこれもと準備をしました。仏具が喜ばれるということで、ご信者の皆様に声をかけると1 週間余りで大きなダンボール3箱にもなるお道具が集まりました。一つひとつ磨き、丁寧にお包みしました。このご奉公にもいろいろな方が手伝ってくださり、また一つの輪ができました。そして、これらは新入信者宅、地区の親会場設立時にと現地の方にお渡しさせていただきました。また、プリンターをということで、これも4 台ご提供いただいた。しかし、現地での調整が困難なものについてはお断りし、2 台持参しました。仏丸が喜ばれると聞くと、寺内に眠っていたシールや敷物を提供いただきました。これらをメンバーのアイデアから現地の人々に喜ばれるようにと工夫をし持参しまた。これらも大勢集まった子供たちやご信者さん方にお渡ししました。
 2 月、3 月はマラリアの最盛期です。蚊に刺されないようにと、みんなで時期はずれの蚊取り器を探しました。1、2 名は洒落た蚊取り器を購入できましたが、あとは渦巻き型の蚊取り線香を持参し煙ったい日々を送りました。これはレストランでは断られ、ホテルでは物珍しげに質問される羽目になりました。「百聞は一見にしかず」行ってみれば恐怖感も拭え、蚊はどうでもよくなりました。終ってみると笑いと反省ばかりが残る準備ご奉公でした。
 今回のご奉公で、私なりに若者たちには二つの目的をもっていました。一つ目はご信心とは何かを学ぶ。二つ目は人間にとって何が大切かを学び、これからの人生に役立ててほしい。自分にもできないことを願っていました。一つ目はスリランカという地で、大きな声でただひたすら御題目をお唱えすることで、御題目しかないということを参加者を通して、現地のご信者さんを通して皆が体感できました。
 最初のお助行での体全体が震えるようなお看経があがったことを忘れることはないと思います。透き通った瞳、素直な心、決して挫けることのない明るさ、瓦礫の中を素足で走り回る子供たちに接し、なんの戸惑いもなく子供たちと手をつなぎ輪の中に溶け込んでいく若者たちを見ていて、彼らは人としてかけがえのない大切なものを得ることができたと確信できました。それは「御題目しかない」「私は絶対に医者になる。物ばかりが増え、豊かになり、逆に心はどんどん貧しくなっている今の日本にこそ、もっとこの素晴しい教えが広まるべきだと思います。そして、少しでも苦しんでいる人がいたらこの御信心を素直にお勧めさせていただこうと改めて決心させていただきました」「素直な心、人間の強さを学んだ」という感想の中からも感じ取れました。このときほど長い間、薫化会のご奉公をさせていただき本当に良かったと思わずにはいられませんでした。
 福岡御導師とご一緒にお助行させていただくことで、御導師から多くのことを学べるはずだと当住は申されていました。「ただ御題目をお唱えさせていただくことしかない」…本当にそうだと思いました。津波に流され何もない家の壁に御本尊をおかけし、御題目を唱え終わった時、肩を叩かれ「ここは私の家」と言われたときに言葉ではない一緒に御題目を唱えることだと実感しました。
 当住の意をどれだけ汲むことができたかわかりませんが、今回のご奉公は行かせていただけたことだけでもでありがたいご奉公だったと思います。
 最後に誰一人として大病もせず、ケガもなく無事帰山できたことは、福岡御導師の細心のお心使いとご祈願、お助行くださったご住職はじめお講師・奥さま方、ご信者の皆さま方のおかげと随喜いたします。また、多大なる義捐金をご寄付くださった皆さまには、現地の様子、活動状況をできるだけ詳細にお伝えしなければなりませんが、参加者全員が一生懸命記録したものをホームページ、報告書としてまとめました。十分にお答えできなかったことを心からお詫び申し上げます。そして、素敵なことに既にスリランカの青年たちとのメール交換、手紙のやり取りがはじめられていることをご報告申し上げます。』

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スリランカ ご弘通史 ②

● 2004(平成16)年10 月、HBS インド開教ご奉公。妙深寺住職、教務も渡航
 インド出身で哲学博士のラジさんは、病院で乳癌との診断を受け、セカンドオピニオンを聞くために国立病院を訪れ、ご信者であるミランダ先生に出会いました。すると、開口一番、「あなた、仏教を学んだ?」とミランダさん。「ええ。でも何の関係があるの? 私はここに診察に来たのよ」「分かったわ。じゃあ、夕方6 時に迎えに行くから、私の家に来てゆっくり話をしましょう。そう、最初に仏教の詠唱をした方が良いと思うの。その後で放射線治療や病気の話をした方が良いわ」。ラジさんは、半信半疑のままで、ミランダさんの家を訪れ、一晩中一緒に御題目を唱えられました。
 数日後、再検査の結果、見事に腫瘍は消え、ラジさんは入信されました。まさに現証の御利益です。間髪入れず、ミランダさんは、「本門佛立宗は、病気治しの信仰ではありません。あなたには使命があります。それは出身国であるインドに真実の仏教を帰すことです」と告げ、ラジさんは素直にそれを受け入れました。
 そしてその願いが叶い、2004(平成16)年11 月、インドに初めて佛立宗の御題目が伝わることになりました。その行程の中で、福岡御導師に同行する形で当山ご住職と若手教務もスリランカとインドへ渡航し、ミランダ博士や現地の人々と交流しました。
●スマトラ沖地震・津波被害支援活動
 2004(平成16)年12 月26 日、世界中を震撼させた大災害が起きました。スマトラ沖で地震・津波が起こり、スリランカへも大変な被害を与えました。妙深寺では、メールやファックスによって現地と連絡し、本門佛立宗の宗務本庁とは独立した形でいち早く支援室を設置し、インターネットや妙深寺所属信徒へ義援金の協力を募りました。
◇ 2005(平成17)年1 月10 日~ 18 日 福岡御導師、第一次支援活動
 被災直後、福岡御導師は急遽スリランカへ奥さまと共に渡航を決行され、寺報2 月号には、福岡御導師からの報告が掲載されました。
 『1 月10 日スリランカに向け出発し、18 日に帰国いたしました。その間、寒修業中でございますのに、寒修業の参詣をご無礼し、皆様に勝手をいたしました。
 この時期に行かせていただいて良かったと思っております。テレビや新聞の報道で刻々と向こうの様子は報じられておりますので、皆さんも大体の様子はご存じだと思います。スリランカに関して申しますと、今のところ3 万1 千人の方が今回の津波で亡くなっておられますが、これは死亡が確認された方の数であり、さらに約4 万人の方がいまだ行方不明。7 万人以上の方がスリランカだけでも犠牲になっておられる。
 スリランカの東から南側に、スマトラから直接波が当たり、こちらの被害が大きかった。佛立宗が弘まっているコロンボからその一帯は、島の反対側にありますから、比較的被害は少なかったのですが、コロンボから南のカルタナというところまでは相当大きな波が押し寄せました。
 その佛立宗のご信者さんがいる地域のカルタナには、カルタナ組というグループがあります。その地域の市庁舎に知事を訪ね、その応接間で色々お話しをしました。そこには白板が掲げられており、カルタナ地区の各地区の被害状況の数字が並んでおりました。私の訪れた時点で1581 人の死亡、456 の家が津波で全壊という数字が出ておりました。また、その地域の被災の様子、津波が押し寄せた日から翌日にかけての状況が、地元の方が撮ったビデオで映し出され、それを見させていただきました。テレビで報道されているものとはまた生々しさが違います。海岸に遺体が累々と横たわっている。そういう状況でした。
 スリランカでは大変多くの方が漁業に従事されており、漁業は大打撃を受け、特に子どもが犠牲者になっていました。みんな津波という言葉は知っているが、津波というものがどういうものなのかを知らなかった。昔、スリランカの歴史の言い伝えでは、二千数百年前に大きな津波が一度あったということですから、それ以来津波という災害がなかった。あの地震があって津波が押し寄せて来るなんてことは夢想だにもしなかった。
 最初にカルタナ地区にも大きな波が押し寄せ、海岸地帯の家では床上ぐらいまで波がきたそうです。それが今度は引きましたら波打ち際から沖に向けて二キロ位ずっと海岸になったそうです。波が引き、子どもが喜んで、打ち上げられた魚を捕りにみな沖に出たわけです。そこへ第二波。これが大きくて、それに皆さらわれ、場所によっては、海岸から5 メートル位高いところに道路が走っているのですが、そこも冠水している。私が行きましたときはもちろん遺体は取り除かれておりましたが、舟が道路の真ん中に打ち上げられてそのままになっていました。
 現在スリランカには、佛立宗のご信者さん、御題目を唱えられている方が約6000 人ほどおられます。そういう方たちの状況が非常に心配でした。しかし、カルタナ地区で亡くなった方の中にご信者さんは入っておりませんでした。ご信者さんの死亡者はゼロということで、これは何よりも不幸中の幸いだと思います。ただカルタナ地区のご信者さんの中でも多くの方が自宅を失ったり、兄妹、親戚を無くしておられます。こういう方々にはもっと手厚い支援をしてあげなければいけないと思うのですが、取り急ぎ行きましたので、第一回目の支援として、ごく僅かな額ですが避難所を訪ね、励ましたり、慰めたりさせていただいて、共にお看経をさせていただいたりしながら、回ってまいった訳です。そういう中で、色々と聞くお話の中に、やはりご信心をなさっていたお陰で命拾いをした、助かったという御利益の体験談をたくさん聞かせていただきました。
 コロンボから内陸に80 キロ程入ったところにケーグルという町があり、そこにも佛立宗のグループがあります。学校の先生が多いのですが、リーダーのヘラスさんという、ご自身では日本文学を専攻されている学校の先生が、ご夫婦で子供さんと2 人ほどの親戚の方と一緒に、内陸部でなかなか海岸に行くことが少ない、それで南半球ですから夏休み休暇を利用してビーチに車でピクニックに行こうということになった。あの地震があった12 月26 日の朝早くゴールというコロンボから南に下ったスリランカの一番南にある町。ここはいわゆるリゾート地で、外国からも観光客がたくさん行っている地域。そこに向けて朝早く出発する予定だった。ところが出発する準備に手間取って、予定が一時間余り遅れてしまった。そして、そのゴールに向かっている途中のカルタナまで来ましたら、何だかただならぬ雰囲気。道が冠水して交通渋滞を起こして前に進めない。これは今日は何が起きているか分からないので、おかしいと思って引き返した。後で聞いたら大津波が押し寄せて、たくさんの方が亡くなっていると。ですから、予定通りヘラスさんがケーグルを出発してゴールに向かっていると、ちょうど津波が押し寄せた時にそのゴールの町に着いていたということで、海岸へのピクニックでしたから当然流されてしまっていた。事故の災害の時は自分が命拾いをしたからといって手放しで喜べないのですが、そういう御利益をいただかれた方がおられます。
 また、これもご信者さんで、そういう方向に向かって海岸線をドライブしておりましたら、ふと海岸のそばにあるブティックに寄って買い物をしようということになって、車を駐車し、2 ~ 3 メートル上にあって階段で上がるようになった所にある、そのブティックで買い物をしているときに、津波が押し寄せまして、乗っていた車は海に流されてしまった。しかし、たまたまその時に車を降りて高所に上がっていたので助かったという方がおられます。
 それからミランダさん。あの方の一番上のお姉さんが、カルタナの海辺でご商売をされている。このお姉さんもミランダさんの教化で3 年前からご本尊をお祀りして、朝夕の御題目口唱はずっとされている。この方のおうちも両隣の方が亡くなっておられます。ご自身は、第一波の波が来て、波が家の中まで入りそうだった。それで、これは逃げた方が良いということで、高台に避難された。隣は皆残った。その25 分後に第二波が来て、さらわれた。これも御宝前のお知らせ、と。家は中の物はみな流されて、全く着の身着のままになりましたが、命があったということ、これも御宝前のお計らいと非常に喜んでおられます。 それからもう一人。この方はご本人は佛立宗に入信されたのですが、ご主人はクリスチャンで、どうもやはり自分の奥さんが佛立宗に入ったことをあまり歓迎されていなかった。奥さんはご信者さんとして親会場にお参りされ、その日も日曜で日曜学校にお参詣され、それに子どもを連れていっていた。クリスチャンのご主人だけが家に残っておられて、この家も海岸縁で、津波がきてご主人だけが波にさらわれて亡くなってしまった。自分達は助かったのですが、そういう形でご主人を亡くされた方がおられました。
 とにかく色んな形でご信者さんに犠牲者、死亡者がなかったことが不幸中の幸いであった。しかし、全体には、非常に悲惨な深刻な状態にたっておりますので、さらに支援をさせていただかなければいかんと思っております。皆様には連絡がこちらから行っている間に取れませんで、いろいろご心配をおかけしました。
 また、MTVという有力なテレビ局が熱心な支援活動をしており、その局が取材をしたいということでインタビューを受けました。晩のニュースに報道され、そういう形で本門佛立宗という日本の宗教がスリランカに来て支援活動を行っているということが伝わったのはありがたかった。次回行く時には生の番組で放送するので、それに出演して欲しいという依頼を受けました。それは国際的な番組で、米国のCNNという局にも流されて世界的に報道されるということで、佛立宗の支援活動も非常に広く伝えられると思いました。
 やはり、今までの日本の色々な援助活動は、世界でも一番額が多いのですが、なかなか評価されない。それは、お金だけ送るからもう一つインパクトがない。顔がみえないんです。やはりこういう場合にも、ただ「お金集めて送る」というやり方より、やはり人が行ってその人たちと出会って、そして支援をする。まして私たちはご信心ですから。スリランカの被災者の方には「私は皆さんにただモノを持ってきたのではありません。何よりの支援はご信心です」と申しました。ということは、この信心を頂いたら、後々これから先にも何が起こるか分からない、そういう時に、色々な形でこのご信心のお陰で御利益を頂くのですから、どうぞ御題目を唱えてくださいと、行く先々で皆様にお勧めし、励まして帰ってきました。 
 昨日、1 月17 日は阪神淡路大震災の10 周年の日でありました。あのころ私たちは色々な方からご支援を受けた訳ですけれど、10 年後にこういう形でこちらから支援をさせていただく側に回ってご奉公させていただくことになり、ある意味では御礼のご恩返しがさせていただけたと思います。それに皆様も色々な形で協力をいただいておる訳でございますが、また宗門からの援助金、支援金をお預かりしたら、もう一度また行かせていただきたい。やはりこの時期に行った、しかも妻と共に行ったということが非常に大きな励ましになったようです。どうなることやらと心配でしたが、無事に帰山しホッとしています。これも大きな御利益だと思います。
 お陰で無事にご奉公させていただき帰ってまいりました。皆様のその間のご祈願に対し御礼申し上げまして、ご報告させていただきました』
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スリランカ ご弘通史 ①

 昨年のスリランカ開教10周年に当たり、妙深寺でまとめた弘通史がある。10周年記念の団参者にお配りをし、より充実したお参詣ができるように配慮したものである。あくまでも妙深寺から見たスリランカ弘通史ではあるが、ほぼこれを網羅していると思うので、スリランカ内戦難民支援をお願いするにあたり、ここに掲載させていただこうと思う。
 この資料は、妙深寺の教務部、特に岩澤清従師を中心にまとめてくれた。彼は、実に優秀な編者であり、ライターであり、デザイナーである。ほんと、私のこうしたブログや執筆のご奉公も、彼が大半を支えてくれていると言っても過言ではない(ほめ過ぎかな?)。
 とにかく、支援を呼びかける以上、責任を果たさなければならない。しかも、義援金とてお金をお預かりするのであるから、信頼していただかなければならないし、責任もある。こうして、過去の歴史を掲載することによって、そうした地道なご奉公を読んでいただく中から信頼を抱いていただけるようになれば嬉しい。
●新時代の海外弘通の幕開け
 まだ宗門をはじめとして、ホームページを持つ寺院も少なかった1997(平成9)年初頭、インターネットの活用による新時代のご弘通に対応すべく、妙深寺では、いち早くホームページ(HBS-Network)を立ち上げ、情報の発信や問い合わせへの対応を開始しました。同時に、当時海外弘通の先駆けとしてご奉公されていた福岡御導師のご協力をいただき、英語版のページを整え、日本国内にとどまらず、「一天四海皆帰妙法」の実現のため、世界に向けて教えを発信しました(この詳細は、福岡御導師が2004年3月6日、妙深寺での御法門「縁について」でお話くださっている。後に掲載する)。
 そうした中、イタリアやアメリカ、また、スリランカからのメールがHBSNetwork宛てに届き、福岡御導師に協力をお願いしながら対応を進めていきました。その後、「ぜひともスリランカに来て頂きたい」という依頼があり、この時スリランカは内戦状態であったにも関わらず、福岡御導師はスリランカへ渡航されました。現地の人々に佛立宗の教えが伝わったのが1998(平成10)年。それから福岡御導師は幾度となくスリランカへご奉公され、多くの方が入信し、純粋なご信心で次々と御利益を感得され、爆発的にご弘通が進展していきました。
● 2004(平成16)年3 月、妙深寺 門祖会に福岡御導師をお迎えする
 この年の妙深寺門祖会では、福岡御導師を奉修御導師にお迎えし、海外弘通、特にイタリア、スリランカのご弘通についてお話しいただきました。
『私は何とか世界に佛立宗の素晴らしさを発信したいということで、佛立宗の教えを英語に翻訳する作業をしておりました。なぜそういうこと始めたかといいますと、30 年くらい前に、アメリカの東海岸の方をウロウロしてたんですが、そのときに向こうの学校関係の方から「お前さん坊さんやったら、仏教の話しをしてくれ」と言われたんです。ところが私はそのとき英語で仏教のことを何一つまともに語ることができなかった。そのときの悔しさ、残念さ。これは何とか英語できちっと佛立宗のご信心をお伝えしなかったら「一天四海皆帰妙法」なんて言葉だけになってしまう。そうゆう思いで、10 年前にやっと英語のパンフレットを出したんですが、それでも中々世界の方に届きません。
 そのときに清潤師が来まして「インターネットやりましょう。御導師のパンフレットを載せさせてください」ということで、ホームページを開くことになったんです。そして翌年から世界中のあっちこっちから色んな問い合わせがあって、それが発端でイタリア、アメリカ、イギリス、あるいはスリランカにご弘通の種ができていきました。だけどインターネットは単なる切っ掛けですから、やっぱり実際に行って直に会わなければご弘通はできません。そういうことでそれ以来あっちこっち外国を走り回るようになったわけです。
 スリランカは仏教国ですが、同じ仏教でも「小乗仏教」なんです。小乗仏教というのはお坊さんは自分の修行のためには信心修行をしますが、人々を導くっていうことはないんですね。そういう国です。ところが、近年インターネットも普及して、色んな人たちが仏教を比較するということを始めた。すると、仏教にも大乗仏教というのがある。その大乗仏教の中でも法華経という教えがありがたい。で、この法華経は今どこに弘まっているかといったら、日本だと。それで法華経をよりどころにする宗派というものを探して、色々研究されたらしいんですけれども、その中で佛立宗のホームページを見て、一番我々の気持ち、求めてるものに合うてる、ということで一通の手紙が来たんです。
 この人たちは10 人程で法華経を信仰する会というのを作ってはったんですな。「我々“法華経を信仰する会”のメンバーは、この度“本門佛立宗・スリランカ支部”と名前を変えました」って(笑)、まだ許可得てないのに勝手にもう名前を変えてる。で、「支部ができた以上、あなたは来なければならない」って書いてあるんです(笑)。それで行きましたんですよ。
 その頃スリランカは内戦状態で、自爆テロが頻繁に起こってまして、「御導師ようそんなときに行きはりましたな」って言われるんですけど、ただ知らなかっただけの話なんです(笑)。向こうの人も「こんなときによう来てくださった」って、えらい随喜されましてね。それで佛立宗のお話しをさせていただきました。スリランカはイギリスの統治国でしたから、小学校の子でも英語を習っていて割りと通じる国なんです。
 そういうこともあって、ご弘通がどんどんできていきましてね。現在ご信者さんがだいたい1000 名を超えたと思います。日本に比べると貧しい国ですけれども、人々はすこぶる良い人たちですね。治安もいいです。
 あちらでは運転手付きでバンを2 台くらい借りまして、それにご信者さんを乗せてお助行やご奉公に回るんです。1 日に多いときで御本尊掛けを12 軒回ったこともありました。朝の8 時から遅いときは夜の11 時くらいまでですかな。それで、日本みたいな快適な道はありません。それに赤道の近くですから年中真夏です。それと、この国えらい色んな会社が日本から入ってんのやなぁ思ったら、日本で営業用に使ってた車をそのまま買い取って、整備も何もせんで乗ってますのや。だからもちろん冷房は入りません。窓開けなしょうがない。ところが整備不良の車ばっかり走ってますから、そりゃもう真っ黒な黒煙、排気ガスがウワァ~っと蔓延している訳ですわ。だからどっちを選ぶかや。暑さを選ぶか、排気ガスを選ぶかて(笑)。そういう状態で揺られながら移動して行くんですがね、とにかく飛ばすんですよ。でも何キロで走っているか分からないんです、メーターがダラーンて下がったままやから(笑)。そういうご奉公ですわ。
 そういう中で、なぜそれだけ弘まるか。まず仏教を求めてる。今までは、お坊さんはお寺にいて自分たちとは関係ない。布施・供養はするけど、教えを説いてくれたり、悩みを聞いてくれるわけでもない。そこへ私が行ったら「あっ、あれ何や。日本からお坊さん来てる」って言って、すぐ分かるんですよ。窓にガラスが無いから。それで、拍子木打ちまっしゃろ。ほんなもぉ近所に聞こえて、終わる頃にはみんな外に並んで覗いてるわ。ほんで「あんたんところ何やアレ?」って言われて、「いやぁ、日本からお坊さんが来て拝んでくれてる」って、「ほな僕も入る、私も入る」ってこうなってくるんです。
 かつて日本でもご弘通が何でできたかいいますとね。3 つの「縁」なんですな。何かいうたら、「地縁」…土地の縁。近所付き合い向こう3 軒両隣。それから「血縁」…血の縁、親戚。それからもう一つは、「社縁」…仕事の縁。商売で弘まっていく。昔は商売の主人が入信しますと使用人みんな教化したもんですわ。それで佛立宗は弘まったんです。今、日本はこれあらへんのですよ。ところがスリランカはこれらが全部残ってるわけですわ。だから一人が入信してお助行に行きますでしょ、こちら何とかペレラさんと紹介されて、その次の人も何とかペレラ。またペレラ。兄弟です言うてみんな教化。それからお医者さんが入信されるでしょ、そうするとその方が仲間を教化していってお医者さんのグループができる。学校の先生が入信すると先生のグループ。ある村の長老が佛立宗に入信して、「これはえぇから皆せぇ」言うたら、もう村がみんな佛立宗になるんです。
 そんな形で弘まっている。それで各地域にご弘通ができてきたんで、佛立結成5 周年記念のお講を合同でしましょうということで、この前コロンボに会場を借りましてお講を勤めたんです。
 それから「世界平和の塔」っていうのを2 年前に建てたんです。その前に、ひょんなことから私が向こうの人たちの集まりで講演をさせてもらいました。それは1948 年に、スリランカがセイロンっていう国から独立したんですよ。イギリスの統治下から。1951 年にサンフランシスコ講和条約っちゅうのがあったんですわ。そのとき日本は敗戦国で、アメリカ、ソビエト、フランス、イギリスという国が、日本に対して「戦争責任を取れ」と、世界中から賠償請求をされたときに、このスリランカの当時の大蔵大臣、後の首相は「私共スリランカの国は、日本に対して一切の戦争責任を問いません」という演説をしたんですよ。
 「我々は仏教国です。お釈迦様は“恨みを恨みで返してはならない、忍をもって行ずれば、恨みを沈めることができる”とおっしゃっている。であるから恨みを恨みで返すことはしない」といって、日本は賠償責任を免れたんです。だから日本はスリランカという国に大変恩義があるんですね。で、その話をした。そら向こうの人皆知ってますわ。でもこの話をお釈迦様がどういう状況で話されたかということは知らないわけですね。そこでその話をしたら、こらぁ凄い言うてね。「この方を世界平和の塔の開塔式典に呼ばなければならない」言うて、また勝手に決めてるんですよ(笑)。それで招待状が来て、私は参列の一員として呼ばれてると思って行ったんですよ。
 でも、空港に着くと何か様子が違うんですなぁ。まず「ここで正式な格好に着替えてくれ」言われて、何でこんな大層な格好すんのかな思ってたら、テレビ局が来てるんですわ。誰を撮ってるかと思ったら、あっ私や! で、歩いていくとその前を綺麗な女の子がずっと踊ってるんですよ、音楽鳴らしながら私を先導しとるわけや。それで、でかい傘を私に差してね。大臣か首相とかにしかせんことをしてくれとるわけ。もう私も成り切らなぁしゃあないわな(笑)。もう度胸。で、世界平和の塔に着いてお看経させてもらったんですわ。で、ふと見たら仏丸が入ってますのや、仏丸が!
  これは前に行ったとき、講演で仏丸の話をしたんです。これは日本語で二つの漢字を二つ組み合わせて、仏立と読むと。『仏』というのは、釈迦牟尼仏陀。『立』は、創立した。Founded by Shakyamuni-Buddha.… 釈迦牟尼仏陀によって立てられた宗旨、佛立宗であると説明した。それで仏丸をボーンって付けて、佛立宗の塔になってもうてますのや。
 こうして本門佛立宗のご信心が今あちらこちらに、こういう成果が少しずつ上がってきているわけです。
 この本門佛立宗のご信心は法華経です。法華経でも本門八品といって、全二十八品(章)の後半十四品(本門)の中の八品で、お釈迦様が、自分の本体は久遠本仏であるということを明かされて、上行菩薩という方に説かれた部分が本門八品。この教えが末法の法華経なんですね。その法華経本門八品の教えの中で何が一番大事かというと、「一念信解の功徳」が大事なんです。一念信解の功徳と言うのは、自分がこのご信心にお出会いさせていただいたこと、御題目を唱えていること、その御題目を弘めさせていただいて、またその方が御利益を頂いていく姿を見て喜ぶ、「あ~ありがたいなぁ、結構やな」という気持ち、この「ウブ」な気持ち、これが御宝前と感応するんです。
 私はスリランカのご信者さんからそうゆうことを逆に学ばせてもらいました。喜んでされているという「ウブ」ですわ。敬いの心というのも凄い。向こうの子は小学校一年生くらいの子でも誰に教えられるでもなく、みんな私のところへ来て座って、足袋の上に頭を付けてこう礼をするんです。僕もものすごう偉くなった気がしましてね(笑)。あれ法華経の中に「釈尊の御前に詣でて御足を礼しって書いてあります。その時代からのしきたりを守ってるんです。そうゆう敬いの心がありますからご利益頂くのも早いです。「喜び」と「敬いの心」があって「お看経」しましたら、昨日入った人でもご利益頂くんです。国は関係ないです。御題目さん唱えてたらええんですから。
 スリランカで、入信前に歩けなかった方がいたんですが、その人が入信して歩ける様になって、歩いて自分で参って来はったことがありました。それから自分の敷地に井戸を掘った人がいまして、職人を雇って掘ろうとしたら、雨が降り出したんですわ。雨が降ったらもう工事できない。でももうこれ外したら掘る日がないと。そや、今度入信した佛立宗の御宝前でご祈願しよ言うて「雨止んでいただきますように」ってご祈願した。そしたら雨が止みだした、止んだ止んだ、工事工事って言うたら、また降り出した。拝み方が足らん言うて、また一生懸命拝んだらね、雨が止んで工事がその日の内にできて水が出たという話。たまたま止んだって思うでしょ? ところがね、降ってなかったのは《この家だけ》だったんです。周りは降ってるのに何でここだけ降らんやったかなって不思議がってる訳ですよ。
 それからお医者さんが教化した人がね、非常に難しい血液の病気になった。「あんた、医学的には難しいから御題目を唱えなさい、お供水さん頂きなさい」って勧めて、それを一生懸命にやったら、日に日に良くなってくんです。そのカルテを他のお医者さんに見せても、これでは治るはずないって言うんですね。でも治ってる。 そうゆうような御利益が出てきてるんです。素直やから。「あ~、ありがたいなぁ」って、この思いがあるからですわ。「ウブな思い」がいかに大事か。私たちに今一番欠けているのは、そういうご信心の感性ですよ。ウブな感性。これを私たちやっぱり取り戻さなきゃいかんです。こちらが本家なんですから。そういう感動、喜びというものをなぜそんなに強調するのかと言うたら、それが御利益を生み出すエネルギーになるからなんですね』
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【 スリランカ内戦難民支援 義援金勧募のご案内 】
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今こそ、スリランカへの支援を

 あの、スマトラ沖地震・津波の支援活動では、私たちはいち早く行動を起こした。今、また行動を起こす時が来ていると思う。
 スマトラ沖の地震で起きた津波がスリランカを襲い、数万人の命を奪ったのは、私たちがスリランカから帰国したわずか1ヶ月後だった。スリランカで御講にお参詣し、インドではスリランカの人たちとご奉公した。そのスリランカが津波に襲われたと聞いて、居ても立ってもいられなくなった。妙深寺の高島さんはお寺に駆けつけ、福岡御導師にも連絡をとり、支援活動は数日後に広がりを見せた。
 津波被害から数日後、福岡御導師はスリランカに行かれ、各地を慰問し、人々を励まし、ご奉公くださった。4月には、福岡御導師や御講師方をはじめ、妙深寺や近隣の佛立寺院から数名の青年たちが、日本にいる私たちからの義援金を手にスリランカへ渡り、各地で支援活動を展開してくださった。義援金が避難民に渡らないことのないように、スリランカでご弘通を展開する佛立宗らしく、手から手に渡る「見える支援活動」だった。
 いま、また、その時が来たと思う。何度か紹介してきたが、スリランカの内戦が終結を迎えたと報じられた。そして、いま、苦しみの底にいた人たちが解放され、さらなる助けを求めている。
 スリランカのラジャパクサ大統領は19日、議会で「全土がテロから解放された」と述べた。タミル・イーラム解放の虎(LTTE)との間で約25年にわたり続いた内戦の終止符を宣言したのだった。大統領は「自由になったこの国で、皆平等に生きよう」と述べたという。大統領は、タミルとシンハラという人種をを越えて、一つになるべき時であると呼びかけた。
 18日、国営テレビはLTTEの指導者・プラバカラン議長の死亡を報じた。しかし、LTTEに近い「タミル・ネット」では、政府軍に殺害されたとするLTTEの指導者・プラバカラン議長が「生存しており無事だ」とする在外幹部の声明を掲載したとのこと。これに対して、軍は直後に議長の遺体の映像を公開した。真相は、まだ分からない点も多いが、LTTEの組織は壊滅的な状態になり、7万人以上が死亡したとされる25年間も続いたスリランカの内戦は、ほぼ終結したと言えるだろう。
 美しいスリランカを覆っていた恐ろしい暗雲は、ようやく晴れようとしているのかもしれない。ただ、沖の向こうには、まだ厚い雲がかかったままだ。LTTEはこれまでも洗脳によって兵士を教育し、自爆テロを実行させてきた。民族紛争の根は深い。本当の意味で人種間の問題、歴史を越えるためには、もっと普遍的な何か(それは、法華経本門のブッダの教えであると信じるが)が必要なはずだ。これからも、危険なゲリラが各地に分散し、テロを行う可能性が大いにある。一般的な人の中にも、今回の一連の戦いを、腑に落ちないまま眺め、反発の火種を抱えている人も多いだろう。
 それにしても、恐ろしい戦いだった。帝国主義的な植民地支配に端を発し、第二次世界大戦後のアジアの独立と、そこから生まれた反動によって生まれた哀しい戦争とも言える。LTTEは、ラーフル・ガンディーの父、ソニア・ガンディーの夫である、ラジーヴ・ラトナ・ガンディーを女性自爆者によって殺害したとされている。ラジーヴ・ラトナ・ガンディーは、インドの初代首相ジャワハルラール・ネルーの孫に当たる(マハトマ・ガンディーとの血縁はない)。南アジアの歴史が凝縮されているようにも思う。
 内戦は終結した。しかし、これからがスリランカでご弘通を展開する本門佛立宗の、本当の出番であると確信する。今こそ、とスリランカHBSの人たちも思っておられる。
 数万人の人々が「人間の盾」として囚われ、危険な状態にさらされ、実際に傷つき、家族を失い、現在もおぞましい状態にあることは間違いない。彼らの生活、心、あらゆるものを癒やすことが急務だ。
 「立正安国論」にある。真に平等で、真に国家の平和や人々の安穏をもたらすために、ブッダが法華経に説かれた教えは欠かせない。そのことを、広く、説くために、私たちはご奉公させていただいてきた。これからも、地道に、スリランカの各地でご奉公を続けていく。そして、今こそ、北部で苦しむ人のために、ご奉公させていただきたい。さらに、偏狭な価値観にとらわれ、怒りを抱える人々のためにも、ご奉公させていただきたいのだ。
 ここに、スリランカ内戦難民支援を提唱したい。津波の時と同様、苦しむ人の手に直接届くように、責任を持ってご奉公させていただきたいと思っている。どうか、一人でも多くの方に、ご協力を要請したい。実際に、またスリランカに行き、みなさまの「気持ち」「思い」を、直接お届けしたい。もちろん、「お金」ではなく、「ご信心」をお伝えするために。
 どうか、義援金へのご協力を宜しくお願いいたします。ご協力いただける方に、口座番号をお知らせします。
三菱東京UFJ銀行 新横浜支店 
普通預金  口座番号 0272810
口座名義  HBS NETWORK 
 お振り込みいただいた後、またメールにてご連絡をいただけましたら、氏名などを確認させていただいて、ご宝前に言上、ご連絡させていただきます。なにとぞ、よろしくお願いいたします。ありがとうございます。

リコちゃんの検査結果

 ありがとうございます。
 先ほど、リコちゃんのお父さまより連絡がありました。リコちゃんの検査の結果が出たとのこと。ドキドキしながら、毎日ご祈願させていただいてきました。
 1才の、小さな女の子のリコちゃん。その小さな瞳に癌が発見されたのは数ヶ月前。あれから今日まで、本当に大変な日々を乗り越えられ、これまでにも多くのおはからいを聞かせていただいてきた。
 そして、手術。その手術の内容も、聞くだけで痛そうで、かわいそうで、心がつぶれそうになった。でも、リコちゃんは耐えたのだ。術後経過良好を、みんなでご祈願させていただいてきた。
 今日のメールには、予定より早く術後の結果が出たということと、視神経には癌が出ていなかったということが書いてあった。この結果を受けて、抗がん剤の追加治療なしで、あと一週間くらいで退院できるとのこと。本当に、本当に、本当に、よかった。ご両親をはじめ、ご家族やご親族の心痛は、想像することもできなかった。献身的な看病、ご家族の愛情とご信心、そして、みなさんのお助行もあって、これほどの苦難を乗り越えて、暗闇の中でも素晴らしい光明をいただかれた。本当に、ありがたく思います。
 先日、私はブログでリコちゃんのご祈願をお願いした。そこには、当日の御講でお会いしたお父さんとお子さんを抱きかかえる写真を載せさせていただいた。お子さんの年が同じくらいで、きっと、ご祈願してくださるであろう方々が、共感してくださるだろうと思ったからだった。
 しかし、説明が足りなかったと反省した。あの写真をリコちゃんだと思われた方が多かったようで、本当に申し訳なかった。大阪に住んでおられる方とお話をして、そのことに気づいた。なんと、彼女は、自分の携帯電話の待ち受け画面に、その写真を貼り付けて、御祈願してくださっていたのだという。
 「私、携帯電話の待ち受けに、リコちゃんの写真にしているんです(涙)」と聞いた時、本当に、申し訳なく、ありがたく、胸が締め付けられた。「ごめんね。こういう風に思って御講の写真を載せたんです。リコちゃんの写真じゃないんだ。でも、本当に、うれしい(涙)。うれしいよ」とお話しした。彼女は、今でも、ずっとリコちゃんのご祈願を続けてくださっている。ご自身も、ご病気を抱えておられるのに。顔も知らない、遠くに住む、小さな命のために祈る、祈れるご信心。彼女は、まだご信心を始めて1年にも満たない。本当に、ありがたい。これが、佛立信心。菩薩の輪。
 リコちゃんのお父さまは、メールに書いておられた。
「皆様の御助行ご祈願のお陰です。ありがとうございました。一安心しました。皆様にどうぞよろしくお伝えくださいませ。ありがとうございました」
 本当に、よかった。妙深寺で毎朝ご祈願をくださったみなさん、こうした繋がりからご祈願をしてくださっていたみなさん、本当に、ありがとうございました。これからも、まだまだ治療が続きます。どうか、ご祈願のほど、よろしくお願いいたします。ありがとうございます。

2009年5月20日水曜日

スポンジのデニス

 朝のお参詣が終わり、しばし次男と。日に日に大きくなって、次々に言葉が出てきて喋り続けてる。

 ウルトラマンの人形をマイク〓にして歌う。振付けをしながら。懐かしいな。自分もやっていた。

 子どもの記憶力はすごい。大人のように聞き流すということがないし、それはしない、できない。こちらの発する一言一言、彼の心、頭の中に染み付いて、離れることがない。だから、いい加減なことは言えない。責任がある。乾いたスポンジのように、彼らは何でも吸収している。

2009年5月19日火曜日

人の上に立つこと

 今夜は、教講推進会議(教幹会)。この会議は、妙深寺が「生きたお寺」である最たる証明で、毎月一回お寺の各地域でご奉公をくださっている方々が集まって、いわば、「どうしたら、困っている方を支えられるか」ということを協議する。今回からディリーパも参加。熱い挨拶をしてくれた。

 これだけ多くの方が、思いを持って、無償で、集まってくださっていること。このことほど、私たちの背筋をピンと張らせるものはない。お寺というのは、何かを売って得たお金はない。境内地の石ころ一つとっても、ご信者からの「ご有志」で購入させていただいたもの。何に対して「お包み」をくださっているかといえば、「み仏の教え」である。このことを忘れたら、お坊さんなど「仏の法を売って食べている餓鬼」になると御経文にある。

 清い心で集まられた方々のトップ、中央にいるということは、本当に大変なことだと思う。おそろしいことだと思う。みなさんの思いを、背中に感じて、肩に感じて、何とかご奉公させていただいているのだが。

 世間でも、人の上に立つのは難しいと思う。学校でも会社でも、地域のサークルや団体でも、人が集まれば組織が出来て、社長でも委員長でもキャプテンでも、店長でもマネージャーでもいいが、それ相応に難しさがあるものだ。

 開導聖人は、
「上はすゝめ中は邪魔せず下(げ)はおこる 下々(げげ)の下(げ)かゝは しかりちらける」
と御教歌でお示しくださっている。

 「上」と「中」と「下」とは、読んで字の如くで、「一流」「二流」「三流」と受け取っていただいて良い。「下々の下かゝ」とは、もう三流以下、最低。「人の上に立つものは、『すすめ』で、その人の素質、やる気を伸ばしていく」のが「上」の一流。中くらいの人は、「その人のことを見守る、邪魔しない」。三流の「下」は「怒る。あれこれ、怒るだけ」。どうしようもない上司は、「しかりちらける」で、とにかく細かいことにも「あーでもない」「こーでもない」と叱りつける、叱り散らかす。叱られている方は、何に怒られているのかも分からない。「叱りちらけて」いるから。

 上に立つ者は、こういうことを学んだ上で、周りにいる人を幸せにしてあげてほしいもの。「下々の下かか」が多いんじゃない?細かいこと、重箱の隅をつつくようなことばっかり言って、それで自己満足している上司。そういう人は、上に立つ資格無し。自分を戒める意味も込めて、そう思う。

 もちろん、ただ優しいだけでは駄目だ。お祖師さまは、「日蓮御房は師匠にてはおはせども余にこはし(剛)」と佐渡御書に御妙判されておられる。師弟関係は厳しい。こわい面も大切。しかし、気まぐれでは、誰もついてこれない。「勝手な人」「わがままな人」ということになる。それではいけないし、「義」が大事になる。師弟共に、修行。それでも、「上に立つ」のだから、責任がある。師匠は弟子に、教務もご信者に対して。

手作りのご供養

 今日は片道2時間かかる遠方の御講。今は帰り道。混んでなければいいが。

 遠方なので少し御講の勤め方を変えている。ご供養も、横浜では御講の内容よりもご供養が華美になってしまい、その席主が御講中にキッチンに入りっぱなしになったり、あのお宅ではこれだけしたのだからウチはこのくらいしなきゃ、となって、新しい御席を受けたり信行相続をしてゆくのにマイナス面の方が強くなったので簡素化した。Aランチ、Bランチと、おにぎりかサンドイッチ。

 この遠方の教区では、まだ横浜のように簡素化していない。手作りのご供養。

 今日は、貴子ちゃんのお宅。まだ30前なのに、立派に、言い方は変だが、ハートのある信心、自意識や使命感、責任感を持った信心をしてくれている。お参詣は少なかったが、今日の御講も嬉しかった。

 彼女は、さすが若奥さま。最近は趣味のようだが自宅で料理教室をしているらしい。この御講では、まごころを込めた手料理のご供養を用意してくださっていた。ありがたい。もう、心がこもっていて、それが、ひしひしと伝わって、美味しいというか、こちらの心までいっぱいになった。

 簡素化も、目的がしっかりしていると信じているから迷いはないし、必要なことだと思っているが、ただ売っているものを買って出す、配る、というだけになると、功徳が積めない。御戒壇と同じように、手作りだった頃の大切さを忘れてはいけない。そう思い返していた。

 あ、渋滞が全くない。こんなこともあるんだなぁ。これも、まごころを込めた御講の功徳。ありがたい。

長松寺の庭

ブラジルとのウェブ会議から、京都佛立ミュージアムの運営委員会。 次から次へとご奉公が溢れ出てきて、ありがたいこと極まりないですが、途切れることなくひっきりなしで目が回ります。 海外には9教区。世界同時のコロナ禍。本年予定されていたブラジルとハワイへの特命巡教の件。ブラジル教区・日...