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2022年11月24日木曜日

CEATEC 2022 第18回 JEITAデザインフォーラム「不確実な未来に備え、社会へ貢献するデザインのチカラとは」

限定公開‼️

CEATEC 2022のトークイベントの動画が、JEITAデザイン委員会による許可がリリースされ、限定公開されました。

是非、お時間のある方は、こちらからオンラインイベントの模様をご覧いただければと思います。

貴重な機会、期間限定です!

第18回 JEITAデザインフォーラム「不確実な未来に備え、社会へ貢献するデザインのチカラとは」

・配信場所:デザイン委員会YouTubeアカウント

本編
https://youtu.be/RxndWev2uxs

アフタートーク
https://youtu.be/ihW2peof5XA

・配信期間:2022年11月16(水)〜2022年12月26日(月)

■概要
より良い社会と持続可能な人々の暮らしの実現に向け、 企業のデザイン組織が、急速に変化し複雑化する社会課題、より不確実性が高まる未来へ、どのように向き合い何をすべきか?
本セッションでは、様々な立場と視点から、社会へ貢献し企業価値を高める為に、今必要とされるデザインのチカラとは何かを議論していきます。

■登壇者
・ファシリテーター
  緒方壽人
   Takram Japan株式会社 デザインエンジニア, ディレクター
・登壇者
  渡邊 和久
   パナソニック株式会社 デザイン本部 未来創造研究所所長
  長谷川 敦士
   株式会社コンセント代表取締役 
   武蔵野美術大学造形構想学部
   クリエイティブイノベーション学科主任教授
  長松 清潤
   本門佛立宗 横浜妙深寺
   京都長松寺 住職

2011年10月6日木曜日

スティーブ・ジョブズ氏のスピーチ(再掲)

 スティーブ・ジョブズ氏は、世界中の誰もが尊敬してやまないリーダーの一人。アップル社の創設者、世界を変えたパーソナルコンピューターの開発者の一人である。

 現代の最前線で生き、時代をリードしてきた彼が語った言葉は、実に説得力があり、世代を超えて人々の心に響くと思う。

 特に、ここに紹介するスピーチは、永らく人々に語り継がれてきたほど感動的なもので、私自身も数年前に友人たちにメールして語り合ったことがある。2005年6月12日に行われた米国スタンフォード大学の卒業式でスティーブ・ジョブス氏が行った祝賀スピーチ。彼自身の人生を率直に振り返る彼のスタンス、飾らない生き方と、そこで気づいた軋轢や反省も含めて、聞く者、読む者を感動させる。

 中高年はもちろん、オタクやアキバ系と言われる人たちも、デジタル世代も、彼の功績には文句はないはずだ。i podの開発者、世界的なムーブメントの立役者。世界初のフルCGのアニメーション映画「トイ・ストーリー」を発表したピクサーを率いた。もうじき6才になる私の長男も「トイ・ストーリー」の大ファンだ。近年における彼の影響力の大きさは桁外れだ。時代をリードするカリスマと言っていいと思う。

 その彼のスピーチ。それは誰の心にも響く内容だ。これから社会に飛び出そうとしている卒業生に語った言葉だから、読む人の心にはやる気や希望が湧いてくる。また、もしいま逆境に陥っている人が聞いたとしても、心に希望が湧いてくるに違いない。

 私は、このスピーチは、人生観、死生観など、非常に仏教的であると感じている。彼自身がスピーチの中で、「自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること」と言っていることからも分かる。時代の最先端をいく起業家・実業家の彼は、西欧的な考え方にとらわれているのではなく、非常に東洋的な考え方を持つ人間だということが分かる。彼のスピーチから、仏教的な「カルマ」「因果」という視座を持っているということを感じる。「信じることの大切さ」「点」と「点」は、結果的に後で必ず報われる、と。

 ただ、「下手が名人のマネをするな」という言葉がある。彼は自分の直感のままに生きろと言っているが、その大前提は責任を果たすことであり、自己満足の、欲の世界に閉じこもるということではない。彼はその生い立ちから、本来的に「不屈の闘志」や「世界をより良く変えていく希望」を持っていたように思える。決して、自己満足の世界で完結せよと言っているのではない。スピーチを紹介する前に、無粋は承知の上で指摘しておきたくなる。仏教では、先述したように三毒の影響を受ける感情のままに生きる危険性を説いているから。「感情」と「サイン」や「直感」は違う。スティーブのように稀なる天才的な人はいいが、「信」のない多くの人は迷いを深めることもあるから。無粋だが、許してほしい。

 私も、いつも「Stay hungry, stay foolish」と、息のある間は生きるべきだと思ってる。変な世間の常識に縛られていることよりも、大切なことがあるから。とにかく、何を感じるかは読む人に任せた方がいい。私は、ここから学ぶことがたくさんあると思う。いつか、彼にも本当の仏教を伝えられたらな。世界中の人が救われるために。宿世の果報ある天才だけではなく。


スティーブ・ジョブスのスタンフォード大学卒業祝賀スピーチ(日本語訳)

 ありがとう。世界有数の最高学府を卒業される皆さんと、本日こうして晴れの門出に同席でき大変光栄です。実を言うと私は大学を出たことがないので、これが今までで最も大学卒業に近い経験ということになります。
 本日は皆さんに私自身の人生から得たストーリーを3つ紹介します。それだけです。どうってことないですよね、たった3つです。

 最初の話は、点と点を繋ぐというお話です。
 私はリード大学を半年で退学しました。が、本当にやめてしまうまで18ヶ月かそこらはまだ大学に居残って授業を聴講していました。じゃあ、なぜ辞めたんだ?ということになるんですけども、それは私が生まれる前の話に遡ります。
 私の生みの母親は若い未婚の院生で、私のことは生まれたらすぐ養子に出すと決めていました。育ての親は大卒でなくては、そう彼女は固く思い定めていたので、ある弁護士の夫婦が出産と同時に私を養子として引き取ることで手筈はすべて整っていたんですね。ところがいざ私がポンと出てしまうと最後のギリギリの土壇場になってやっぱり女の子が欲しいということになってしまった。で、養子縁組待ちのリストに名前が載っていた今の両親のところに夜も遅い時間に電話が行ったんです。「予定外の男の赤ちゃんが生まれてしまったんですけど、欲しいですか?」。彼らは「もちろん」と答えました。
 しかし、これは生みの母親も後で知ったことなんですが、二人のうち母親の方は大学なんか一度だって出ていないし父親に至っては高校もロクに出ていないわけです。そうと知った生みの母親は養子縁組の最終書類にサインを拒みました。そうして何ヶ月かが経って今の親が将来私を大学に行かせると約束したので、さすがの母親も態度を和らげた、といういきさつがありました。

 こうして私の人生はスタートしました。やがて17年後、私は本当に大学に入るわけなんだけど、何も考えずにスタンフォード並みに学費の高いカレッジを選んでしまったもんだから労働者階級の親の稼ぎはすべて大学の学費に消えていくんですね。そうして6ヶ月も過ぎた頃には、私はもうそこに何の価値も見出せなくなっていた。自分が人生で何がやりたいのか私には全く分からなかったし、それを見つける手助けをどう大学がしてくれるのかも全く分からない。なのに自分はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を残らず使い果たしている。だから退学を決めた。全てのことはうまく行くと信じてね。
 そりゃ当時はかなり怖かったですよ。ただ、今こうして振り返ってみると、あれは人生最良の決断だったと思えます。だって退学した瞬間から興味のない必修科目はもう採る必要がないから、そういうのは止めてしまって、その分もっともっと面白そうなクラスを聴講しにいけるんですからね。
 夢物語とは無縁の暮らしでした。寮に自分の持ち部屋がないから夜は友達の部屋の床に寝泊りさせてもらってたし、コーラの瓶を店に返すと5セント玉がもらえるんだけど、あれを貯めて食費に充てたりね。日曜の夜はいつも7マイル(11.2km)歩いて街を抜けると、ハーレクリシュナ寺院でやっとまともなメシにありつける、これが無茶苦茶旨くてね。
 しかし、こうして自分の興味と直感の赴くまま当時身につけたことの多くは、あとになって値札がつけられないぐらい価値のあるものだって分かってきたんだね。
 ひとつ具体的な話をしてみましょう。

 リード大学は、当時としてはおそらく国内最高水準のカリグラフィ教育を提供する大学でした。キャンパスのそれこそ至るところ、ポスター1枚から戸棚のひとつひとつに貼るラベルの1枚1枚まで美しい手書きのカリグラフィ(飾り文字)が施されていました。私は退学した身。もう普通のクラスには出なくていい。そこでとりあえずカリグラフィのクラスを採って、どうやったらそれができるのか勉強してみることに決めたんです。
 セリフをやってサンセリフの書体もやって、あとは活字の組み合わせに応じて字間を調整する手法を学んだり、素晴らしいフォントを実現するためには何が必要かを学んだり。それは美しく、歴史があり、科学では判別できない微妙なアートの要素を持つ世界で、いざ始めてみると私はすっかり夢中になってしまったんですね。
 こういったことは、どれも生きていく上で何ら実践の役に立ちそうのないものばかりです。だけど、それから10年経って最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する段になって、この時の経験が丸ごと私の中に蘇ってきたんですね。で、僕たちはその全てをマックの設計に組み込んだ。そうして完成したのは、美しいフォント機能を備えた世界初のコンピュータでした。
 もし私が大学であのコースひとつ寄り道していなかったら、マックには複数書体も字間調整フォントも入っていなかっただろうし、ウィンドウズはマックの単なるパクりに過ぎないので、パソコン全体で見回してもそうした機能を備えたパソコンは地上に1台として存在しなかったことになります。
 もし私がドロップアウト(退学)していなかったら、あのカリグラフィのクラスにはドロップイン(寄り道)していなかった。

 そして、パソコンには今あるような素晴らしいフォントが搭載されていなかった。
 もちろん大学にいた頃の私には、まだそんな先々のことまで読んで点と点を繋げてみることなんてできませんでしたよ。だけど10年後振り返ってみると、これほどまたハッキリクッキリ見えることもないわけで、そこなんだよね。もう一度言います。未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること。点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、そう信じることで君たちは確信を持って己の心の赴くまま生きていくことができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。

 2番目の話は、愛と敗北にまつわるお話です。
 私は幸運でした。自分が何をしたいのか、人生の早い段階で見つけることができた。実家のガレージでウォズとアップルを始めたのは、私が二十歳の時でした。がむしゃらに働いて10年後、アップルはガレージの我々たった二人の会社から従業員4千人以上の20億ドル企業になりました。そうして自分たちが出しうる最高の作品、マッキントッシュを発表してたった1年後、30回目の誕生日を迎えたその矢先に私は会社を、クビになったんです。
 自分が始めた会社だろ?どうしたらクビになるんだ?と思われるかもしれませんが、要するにこういうことです。アップルが大きくなったので私の右腕として会社を動かせる非常に有能な人間を雇った。そして最初の1年かそこらはうまく行った。けど互いの将来ビジョンにやがて亀裂が生じ始め、最後は物別れに終わってしまった。いざ決裂する段階になって取締役会議が彼に味方したので、齢30にして会社を追い出されたと、そういうことです。しかも私が会社を放逐されたことは当時大分騒がれたので、世の中の誰もが知っていた。
 自分が社会人生命の全てをかけて打ち込んできたものが消えたんですから、私はもうズタズタでした。数ヶ月はどうしたらいいのか本当に分からなかった。自分のせいで前の世代から受け継いだ起業家たちの業績が地に落ちた、自分は自分に渡されたバトンを落としてしまったんだ、そう感じました。このように最悪のかたちで全てを台無しにしてしまったことを詫びようと、デイヴィッド・パッカードとボブ・ノイスにも会いました。知る人ぞ知る著名な落伍者となったことで一時はシリコンヴァレーを離れることも考えたほどです。

 ところが、そうこうしているうちに少しずつ私の中で何かが見え始めてきたんです。私はまだ自分のやった仕事が好きでした。アップルでのイザコザはその気持ちをいささかも変えなかった。振られても、まだ好きなんですね。だからもう一度、一から出直してみることに決めたんです。
 その時は分からなかったのですが、やがてアップルをクビになったことは自分の人生最良の出来事だったのだ、ということが分かってきました。成功者であることの重み、それがビギナーであることの軽さに代わった。そして、あらゆる物事に対して前ほど自信も持てなくなった代わりに、自由になれたことで私はまた一つ、自分の人生で最もクリエイティブな時代の絶頂期に足を踏み出すことができたんですね。
 それに続く5年のうちに私はNeXTという会社を始め、ピクサーという会社を作り、素晴らしい女性と恋に落ち、彼女は私の妻になりました。
 ピクサーはやがてコンピュータ・アニメーションによる世界初の映画「トイ・ストーリー」を創り、今では世界で最も成功しているアニメーション・スタジオです。
 思いがけない方向に物事が運び、NeXTはアップルが買収し、私はアップルに復帰。NeXTで開発した技術は現在アップルが進める企業再生努力の中心にあります。ロレーヌと私は一緒に素晴らしい家庭を築いてきました。
 アップルをクビになっていなかったらこうした事は何ひとつ起こらなかった、私にはそう断言できます。そりゃひどい味の薬でしたよ。でも患者にはそれが必要なんだろうね。人生には時としてレンガで頭をぶん殴られるようなひどいことも起こるものなのです。だけど、信念を放り投げちゃいけない。私が挫けずにやってこれたのはただ一つ、自分のやっている仕事が好きだという、その気持ちがあったからです。皆さんも自分がやって好きなことを見つけなきゃいけない。それは仕事も恋愛も根本は同じで、君たちもこれから仕事が人生の大きなパートを占めていくだろうけど自分が本当に心の底から満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら進むべき道はただ一つ、好きなことを仕事にすることなんですね。まだ見つかってないなら探し続ければいい。落ち着いてしまっちゃ駄目です。心の問題と一緒でそういうのは見つかるとすぐピンとくるものだし、素晴らしい恋愛と同じで年を重ねるごとにどんどんどんどん良くなっていく。だから探し続けること。落ち着いてしまってはいけない。

 3つ目は、死に関するお話です。
 私は17の時、こんなような言葉をどこかで読みました。確かこうです。「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。それは私にとって強烈な印象を与える言葉でした。そしてそれから現在に至るまで33年間、私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」。それに対する答えが"NO"の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。
 自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限り最善の防御策です。
 君たちはもう素っ裸なんです。自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。

 今から1年ほど前、私は癌と診断されました。 朝の7時半にスキャンを受けたところ、私のすい臓にクッキリと腫瘍が映っていたんですね。私はその時まで、すい臓が何かも知らなかった。
 医師たちは私に言いました。これは治療不能な癌の種別である、ほぼ断定していいと。生きて3ヶ月から6ヶ月、それ以上の寿命は望めないだろう、と。主治医は家に帰って仕事を片付けるよう、私に助言しました。これは医師の世界では「死に支度をしろ」という意味のコード(符牒)です。
 それはつまり、子どもたちに今後10年の間に言っておきたいことがあるのなら思いつく限り全て、なんとか今のうちに伝えておけ、ということです。たった数ヶ月でね。それはつまり自分の家族がなるべく楽な気持ちで対処できるよう万事しっかりケリをつけろ、ということです。それはつまり、さよならを告げる、ということです。
 私はその診断結果を丸1日抱えて過ごしました。そしてその日の夕方遅く、バイオプシー(生検)を受け、喉から内視鏡を突っ込んで中を診てもらったんですね。内視鏡は胃を通って腸内に入り、そこから医師たちはすい臓に針で穴を開け腫瘍の細胞を幾つか採取しました。私は鎮静剤を服用していたのでよく分からなかったんですが、その場に立ち会った妻から後で聞いた話によると、顕微鏡を覗いた医師が私の細胞を見た途端、急に泣き出したんだそうです。何故ならそれは、すい臓癌としては極めて稀な形状の腫瘍で、手術で直せる、そう分かったからなんです。こうして私は手術を受け、ありがたいことに今も元気です。
 これは私がこれまで生きてきた中で最も、死に際に近づいた経験ということになります。この先何十年かは、これ以上近い経験はないものと願いたいですけどね。
 以前の私にとって死は、意識すると役に立つことは立つんだけど純粋に頭の中の概念に過ぎませんでした。でも、あれを経験した今だから前より多少は確信を持って君たちに言えることなんだが、誰も死にたい人なんていないんだよね。天国に行きたいと願う人ですら、まさかそこに行くために死にたいとは思わない。にも関わらず死は我々みんなが共有する終着点なんだ。かつてそこから逃れられた人は誰一人としていない。そしてそれは、そうあるべきことだとしたら、そういうことになっているんですよ。何故と言うなら、死はおそらく生が生んだ唯一無比の、最高の発明品だからです。それは生のチェンジエージェント、要するに古きものを一掃して新しきものに道筋を作っていく働きのあるものなんです。今この瞬間、新しきものと言ったらそれは他ならぬ君たちのことだ。しかしいつか遠くない将来、その君たちもだんだん古きものになっていって一掃される日が来る。とてもドラマチックな言い草で済まんけど、でもそれが紛れもない真実なんです。
 君たちの時間は限られている。だから自分以外の他の誰かの人生を生きて無駄にする暇なんかない。ドグマという罠に、絡め取られてはいけない。それは他の人たちの考え方が生んだ結果とともに生きていくということだからね。その他大勢の意見の雑音に自分の内なる声、心、直感を掻き消されないことです。自分の内なる声、心、直感というのは、どうしたわけか君が本当になりたいことが何か、もうとっくの昔に知っているんだ。だからそれ以外のことは全て、二の次でいい。

 私が若い頃、"The Whole Earth Catalogue(全地球カタログ)"というとんでもない出版物があって、同世代の間ではバイブルの一つになっていました。
 それはスチュアート・ブランドという男がここからそう遠くないメンローパークで製作したもので、彼の詩的なタッチが誌面を実に生き生きしたものに仕上げていました。時代は60年代後半。パソコンやデスクトップ印刷がまだ普及する前の話ですから、媒体は全てタイプライターとはさみ、ポラロイドカメラで作っていた。だけど、それはまるでグーグルが出る35年前の時代に遡って出されたグーグルのペーパーバック版とも言うべきもので、理想に輝き、使えるツールと偉大な概念がそれこそページの端から溢れ返っている、そんな印刷物でした。
 スチュアートと彼のチームはこの"The Whole Earth Catalogue"の発行を何度か重ね、コースを一通り走り切ってしまうと最終号を出した。それが70年代半ば。私はちょうど今の君たちと同じ年頃でした。
 最終号の背表紙には、まだ朝早い田舎道の写真が1枚ありました。君が冒険の好きなタイプならヒッチハイクの途上で一度は出会う、そんな田舎道の写真です。写真の下にはこんな言葉が書かれていました。「Stay hungry, stay foolish.(ハングリーであれ。馬鹿であれ)」。それが断筆する彼らが最後に残した、お別れのメッセージでした。「Stay hungry, stay foolish.」
 それからというもの私は常に自分自身そうありたいと願い続けてきた。そして今、卒業して新たな人生に踏み出す君たちに、それを願って止みません。

 Stay hungry, stay foolish.

 ご清聴ありがとうございました。

2011年4月4日月曜日

無限や永遠に関する仕事 【孫正義氏】

孫正義氏が東日本大震災で被災した地域に個人で100億円の義援・支援金を寄付すると発表した。ソフトバンクも企業として10億円以上を寄付するという。さらに、孫氏は今年から引退するまで個人の報酬をすべて寄付すると発表した。被災された子どもたちが18才になるまでは支援を続けなければならない、長期戦になるのだ、と。
大震災後、政財界人さまざまな人がいろいろなことを言い、いろいろな動きをしてきた。傍観者、評論家、保身に躍起の人、にわか学者、重機や防護服やホウ酸を取り扱う企業に投資する者、関西圏の不動産投資で一儲けしようと企てる資産家。
それらを半ば呆れて眺めていた。
国士がいない。この国には。豊かさを享受するのみで、言葉で遊び、駒を転がすのみで、何も感じなかった。
しかし、その中で、やはり孫氏は次元が違った。金額の大小ではない。孫氏は首尾一貫して人間愛を語り、世の中をよりよく変えるという夢を語り、それを実践してきた。敢えて批判や口汚い言葉を受け止め、それを聞く場所に厭わず立ち続けてきた。そんな孫氏を、私は小僧ながら遠くから尊敬してきた。
今回の大難に当たって、人間性が問われ、新たな人の「つながり」が生まれ、人間が変容していく中で、孫氏はその生命を昇華されたのだと思う。私もまたそのように感じているし、考えている。
人間にとって決定的な問いは、「お前は無限という状況にかかわっているか」である。それが人間にとっての基準となる。無限の重要さを知っている時、人は自分の関心を不毛で無意味な事物に向けることが出来ない。人間は、ただ人生にとって本質的なるものを把握した時にのみ有効な生活を送れる。そして、もし本質的なるものを持っていない時、その人の生涯は台無しになる。
孫氏は次元が違った。同じ時代に生きていることを誇りに思う。世界は捨てたものではなかった。私は、坂本龍馬のことを書いているが、龍馬を敬愛する孫氏は、やはり龍馬と同じように、民の心に寄り添い、同時代人の誰とも異なる次元の理想を抱いて生きていたのだ。志が違う。それが分かり、救われた気持ちだ。
龍馬も、西郷や大久保や桂など次の時代の権力者と肩を並べ、語り合っていたが、その国家観は完全に独立したもので、結局理解されたことはなかった。龍馬以外は、結局小さな「とっくり社会」から抜け出せなかった。龍馬が欠けた新しい国づくりが、龍馬の夢とかけ離れて行われたことを残念に思ってきた。
大震災後、首尾一貫した孫氏の言動を見聞きし、今回このような生涯を賭した発表を聞いて、新しい国や世界が始まるのを実感した。同じ時代に生きていることを、心から嬉しく思えた。
本質的な、無限や永遠に関する仕事を始めた孫氏を、心から誇りに思う。

2011年4月1日金曜日

班長さんへの手紙 平成23年4月1日

ありがとうございます。
東北関東大震災が発生してから二十日が過ぎました。桜の開花の声を聞くようになっても、被災地では厳しい寒さが続いています。
千年に一度の大災害と言われています。覚悟していたとはいえ、まさに末法万年の中で最も厳しい時代に直面していることを痛感しました。巨大地震だけではなく、最大二十三.六メートルの大津波が人々や家々を呑み込みました。さらに、福島第一原子力発電所の原子炉が制御不能に陥り、炉心溶融から放射性物質の拡散を続けるという負の連鎖が今なお続いています。

数え切れない方々が亡くなり、家を失い、避難生活を余儀なくされています。豊かで穏やかな生活を、一瞬にして奪われた方々。原発事故は国家的、世界的な大問題となり、誰もがこの大災害の被災者であることを突きつけました。日本経済は大きく変わり、それは全ての日本人の生き方、暮らし方を一変させるに違いありません。

私は「日本人は強い」「日本人の団結力は素晴らしい」という言葉を聞いて嬉しく思いますが、果たしてそうだろうかという疑問も浮かびます。つい先日まで無縁社会を危惧し、親の遺骨を捨てる者が続出し、介護放棄された高齢者、孤独死や自殺率の増加が懸念されていた日本です。経済でも政治でも、行き詰まりと迷走や錯綜が続き、社会の生命がギリギリの状態であることを感じていたのではないでしょうか。
未だその傷痕は被災地に残っていると感じます。行政を過信してはいけません。人と人のつながり、絆が大切だったのです。行政だけを頼りにしていても必要な物資が届くか分からない。日頃からどのような輪を持って生きているか。考えるべきです。「一人でも生きていける」という考え方は、これ以上ない大きな慢心なのです。

今回の大災害で、日本人は本来持つべき輪が失われていたこと、最も必要であったことに気づきました。不幸の後に気づくのは哀しい。しかし、それでもいい。

御教歌
「世の中をうらむはおろかかひもなし 苦楽はおのが 報ひ也けり」

原発事故に関しては天災よりも人災の懸念があると言います。残念ながら原発を推進してきた政治も勢力も、豊かな生活を享受しつつ認めてきた全国民の問題です。人を批判するのは簡単ですが、自分に非があることを受け容れなければなりません。「知らなかった」というだけでは「無智宗」というより「浅識」という謗法になります。
全世界が被災者となった今回の大災害には、人類全体が受け止めるべき「サイン」「メッセージ」が隠されていると確信しています。今回の出来事から何を学ぶべきか、これは私の生涯を通じて一人でも多くの人にお伝えしていきたいと思っています。
妙深寺のご信者の皆さまにお願いです。不安定な時代となりました。今まで以上にご信心を改良して、堅固にしてください。「火不能焼」「水不能漂」の御文のとおり、地震や火事や津波にも、放射性物質からも、必ずお守りいただけるのが妙不可思議の御題目です。自分だけではなく、こうした時代となったからこそ、お互いにご信心の大切さを語り合い、励まし合ってください。口唱行、お助行、御講参詣に励みましょう。中途半端なご信心では、もうダメなのです。
私は、命を削り、捨てても、みなさんの先頭に立ってご奉公させていただきたいと思っております。生きたお寺の真骨頂、苦難の時代だからこそ、人を救い続ける、佛立寺院の真価を発揮したいと思います。みなさま、どうか、お力をお借しください。

2011年2月24日木曜日

サバイブ

駆け足になりましたが、予定されていた香港でのご奉公を無事に終えることができました。本当に、有難く思います。
泰輔さんと真裕子さんがご尊像の奉迎されたこと。あれよあれよという間に、今日の日を迎えました。京都の全日空ホテルのロビーでお会いした日、香港から麩屋町に訪ねてくださった日、横浜までお参詣くださった日、思い出します。麩屋町に来てくださった際、「ご信心について、いくつか質問がありまして」と言われた泰輔さん。ご信者さんの息子さんではない泰輔さんは、奥さまのご縁で佛立信心と出会われました。質問を持たれているのは当たり前です。全日空の時も、あの日も、私なりに必死になってお話したように思います。
しかし、あの日から今日まで、真剣にご信心を考えて、大切なことだと思ってくださり、一歩一歩、確実に前に進んできてくださいました。そして、誰よりも、この一年のおはからいを感じてくださっていたと思い、それが有難かったです。
お二人で、一日の中に、お看経の時間を設けて、二人で唱えられる、祈れる、願えることを、素直に大切にしていただきたいです。
ご戒壇を香港にお供するのは、大変な苦労がいったようです。60キロを越す手荷物ですから。大きい。普通の赤外線のセキュリティゲートを通れないのですから、苦労したそうです。でも、なんとか、思いを込めて、しかも、ご主人が運んでくださったのだから、うれしさ百倍。まさに、一家の柱としてご信心的な責務を果たされました。
香港の海を見下ろすリビングに、お戒壇をご安置しました。他にもお部屋があり、聖なる静謐な部屋としてご安置しようかとも思いましたが、ご挨拶したりお看経をしたら閉め切ってしまう部屋ではなく、朝から晩まで、共に拝見できる場所、お看経出来る場所に、ご戒壇をいただきました。御法さまと共にある暮らし。有難いです。
今まで、香港の街でご供養を頂戴しました。また、たくさんお話が出来て、本当によかった。楽しかったです。この厳しい香港で、5年間もの生活。私も勉強になりました。特に、ここにいる若者たちの優秀さについては、私も同感です。4ヶ国語を話せて、苦学の末に大学も飛び級で卒業し、やる気もあり、根性もあるのに、仕事がない、チャンスに恵まれない、という青年たちがいる。日本人は、この苦労というか、この恐ろしいまでの厳しさの中では、きっと生きていけない。戦えない、立ち向かうことも出来ないのではないか、と。
確かに、そうです。甘い。本当に、甘い。世界の過酷な生存競争の中でサバイブする覚悟を、いまの日本の若者たちは持っているでしょうか。「持っている」と言うなら、勝負すべきです。甘いのです。
日本人は、なぜかネガティブなエネルギーを発しやすい。頑張っている人を見るとすぐに「自惚れるな」というようなことを言います。しかし、それは逆です。
「自惚れ」というのは、あなたです。「これで自分はいい。自分は頑張っている」と思うから、成長がない。成長する人は、自分の中で常に勝負していて、満足することがありません。つまり、永遠に、満足できていない。満足しないから、研鑽できる。むしろ、内向きな人が自惚れています。そう、自惚れている人は、必ず足下をすくわれ、自滅してしまう。そうならないように気をつけてください。
青年たちの向上心。負けてはいられません。がんばれ、日本。まず、アジアの中で修行しましょう。このままでは勝ち目はない。「日本が生き残るためには、鎖国するしかありません。」という案にも納得するしかない。このままでは。
明日、朝に香港を出発します。LCCでバンコク、そしてシンガポール。飛ぶかな。

2011年1月27日木曜日

ガンバロウ

今年の成人式。青年会が成人を迎えた人たちに、20年前の出来事を綴ったパンフレットをプレゼントしてくれました。20年前のニュースが載せられていました。イタリアワールドカップ、バブル崩壊、日本人初の宇宙飛行士、湾岸戦争とドイツ統合など、いろいろな出来事があったのですが、その最後の行に「ご住職、プロテストに合格」とあり驚きました。そんなん、調べて載せてくれているんだ、妙深寺青年会。恥ずかし。 そう、もう20年前のことです。しかし、最近、感じることがあります。

大学在学中、マイナーなスポーツではありましたが、全日本のシリーズチャンピオンになることが出来ました。忘れられないのは琵琶湖での最終戦。全日本選手権ですが、この大会まで年間のタイトルは2位。ほぼ年間チャンピオンは決まっていました。しかし、一年間戦ってきたのですから、どうしても勝ちたい。そんな気持ちを抱いて、レースに出ました。しかし、スタートしてみると、やはり私は2位。周回数は約10周。周回を重ねてもなかなか抜くことが出来ません。体力も限界で、ずっと、後塵というか、引き波を受けながら2位に付けていました。
琵琶湖には魔物がいます。周回を重ねていくと琵琶湖の湖面は三角波が出て走りにくい。辛い。疲れた。もうダメだ。足がつり、腰は鉄板を入れたように動かなくなります。当時、右肩が脱けてしまう癖があって、その怪我を抱えてレースに出ていました。「もうダメかな」「二位でもいいかな」。そんな気持ちになっていました。
でも、その時、見えたのです。先頭を走る選手が、腰を伸ばす姿が。「あいつも、疲れている。負けてたまるか」と思いました。一瞬のことだったと思いますが、最終回の最終コーナーで、フラフラっと空いた内側をすり抜けて、ギリギリのところで1位になり、年間のポイントも逆転し、総合の1位となりました。フリースタイルでも年間チャンピオンになることが出来ました。
そうして、プロになってから、何か目標を見失いました。先住にプロテスト合格を報告した時、こちらを振り向くこともなく、「お前は、たかがジェットのプロか。俺は人間のプロだ。悔しかったらなってみろ」と言われました。庫裡の二階、階段の上の左側の部屋でした。忘れられません。そう、「プロ選手か、すごいな」と言って欲しかったのですが、こんな返答でした。
最近感じることというのは、私は、こうしてプロになり、いろいろな人と出会ってきました。厳しいビジネスという戦場で、不思議なほど人との縁に恵まれて、今日まで来ました。そして、その当時の方々が、この寒参詣にもお参詣してくださっている。こんな不思議な、こんな有難い、こんな素敵なことがありません。
先日、ある青年に昔からの先輩や仲間を紹介しようと声をかけさせていただき、平日というのにお時間をいただきました。匆匆たるメンバーで、日本の経済やメディア、ファッションや様々な流れを担い、作っておられるすごい方々だと、あらためて痛感しました。その方々が、ご家族と共に、妙深寺にお参詣くださっている。それが、どれほど、ありがたいか。ここまで、つながってきている、ほんとうに、何とも言えない、ありがたさ、あたたかさが、こみ上げてきました。

裏も表もなく、自分のすべてを見てきた、古くからの友人たちがお教化になり、いま、みんなで一緒にご信心、ご奉公できていることこそが、私自身の今日までの人生と信心を証明する、最高最大、うれしいことだと思っています。「教務として」「住職として」の前に、自分の友人たちにご信心をお伝えできるようでなければ、まずそのご信心はニセ物だと思いますから。幼なじみ、小学校時代、中学時代、高校時代、大学時代、スポーツの仲間、ビジネスの中で出会った方々。本当に、いま、みんなに感謝です。恩返ししないと。自分のできることを、精一杯しないと。
本当に、ありがとう。ナガマツ、もっと、頑張ります。

2011年1月22日土曜日

ブラジル本門佛立宗 (演劇)"御仏の大慈悲" "Compaixão de Buda"1/5 – 14.11.10

 ブラジルからメールが来ました。

 昨年11月、ブラジル本門佛立宗が開催した「佛立祭」の映像が届きました。特に、この中で上演された「御仏の大慈悲 "Compaixão de Buda"」の映像です。

 メールをくださった吉川淳省師によると、全員サンパウロ日教寺の青年会員だそうです。99%は初めて舞台に立ち、6ヶ月間の練習を重ねて、日教寺体育館満席(1000人)の前で立派に演技を行いました。すごい。

 このYou Tubeへは淳省師のお父さまがアップロードし、日本語の字幕は野崎清翔師が徹夜で付けてくれたそうです。

 素晴らしいですね、ブラジル本門佛立宗。約7年前、佛立研究所からIT活用についての論文を発表させていただきましたが、ほぼ、日本側では進んでいません。ウェブページの活用も、メールや映像配信についても。「開化第一」はどこに?ブラジルに見習いたい。大きさではなく志の問題だと思います。

2011年1月15日土曜日

世界ゲーム革命

世界ゲーム革命、いや、人類ゲーム革命が、起きていると言われています。
これは、決して遠い世界の話ではありません。圧倒的なパワーで、世界を変えており、ビジネスの話ではなく、人間そのものを変えています。

何度か書いたことがありますが、私は大学で教育学を専攻していました。あまり勉強したと言えませんが、教育学上、「家庭用ゲーム機」の存在がどれだけ重要視されているかについてはよく覚えています。
1983年に「Nintendo」が発売した「ファミリー・コンピュータ(HVC-001:Home Video Computer-001)」、通称「ファミコン(FC)」は、人間や子どもたちに計り知れない影響を与えていると考えられてきました。事実、私も含めて、ファミコンに大変な影響を受けて育ちました。今でも、私の子どもたちもゲームが大好きです。そして、近年の家庭用ゲーム機器の進化は、インターネットと同じか、むしろ、それ以上に、人間の性質や人間の存在、生活の在り方そのものを変えようとしています。
私は、こうした変化に、危機感を抱いています。
ビジネスも、「ゲーム」を中心に回り始めています。全世界のビジネスの規模として、ゲーム関連事業はすでに映画産業を抜きました。これも革命が進行している象徴だと言われています。ゲームソフトの製作は、映画を製作するのと同じ規模のコストがかけられるようになりました。「コンテンツ・ビジネス」という一言では語り尽くせない、恐ろしいほどの技術革新とソフトの開発が、膨大な金額を投じて行われ、圧倒的な力で私たちの生活、脳の中身、精神性、性格、家庭を、変えていっています。

確かに、個々人が楽しむ「ゲーム」から、個々人が参加する「映画」が生まれ、そのゲームと映画からマーチャンダイズと呼ばれる関連グッズの商品群が生まれてくるというのは自然です。「参加」というキーワードは、極めて近代的です。そして、参加することによって感情移入は異常なほど高まります。子どもから大人まで、もう、これに太刀打ちできるコンテンツ・ビジネスはないと思われるほど、すごいパワーを持って迫ってくるように思います。

映像も音楽も、買う人が少なくなっているボーダーレスの時代。デバイスの進化にルールが追いつきません。CDも買わず、DVDも買わず、本も買わないと。淋しい気持ちがしますが、パソコンとインターネットに続き、iphoneに代表されるスマートフォンの普及やipadやkindleなどに代表される電子書籍端末の普及は、3D関連商品よりも重要な意味を持って世界を変えていることに間違いはありません。無声映画からトーキー映画の登場は、映画「雨に唄えば(Singin' in the Rain)」がテーマにしたような大胆な変化をもたらしましたが、それ以上の、まさに、世界ゲーム革命、人類ゲーム革命と呼べることが進行しているようです。
しかし、では、人間の心は?人間の資質は?

いま、人々は孤独を深めています。今ほど、人間が孤独になった時代はありません。
バーチャルの世界とリアルな世界。夢とうつつ(現実)。境界が失われて人が、狭い世界、閉じた世界に閉じこもり、現実世界での人との関係を断ち、その中から経験的に学ぶことを軽視してゆくことに危うさや脆さを感じます。

人間は、70年前後の人生だとしたら、23年間は寝ていることになります。同じように、23年間は仕事や勉強に費やされていると考えられます。そして、約9年間は何かを食べてる。いや、約9年間はテレビの前に座り、同じく9年間はパソコンの前に座り、さらに9年間は携帯電話を眺めているだけかもしれません。

こうして計算してゆくと、私たちの限られた命が、何に使われているか、実は、どれだけ時間が貴重かが分かります。

欧米が進めている、リアリティを追求した「戦争参加型ゲーム」の普及は、それこそ人類に何をもたらすか。脳にどんな影響を与えるか。語るべくもありません。

いま、スタジオ・ジブリとゲームクリエイターが結びついて、壮大な「二ノ国」という「ソフト」が開発されているようです。ジブリ映画が、ついにゲームと結びつく。その果てに何があるか、まだ、分かりません。平和があるか、教育があるか、さらなる現実逃避の、閉じた世界への誘惑が待ち受けているのか。

この分野での活躍を期待します。そして、私たち仏教徒も、この世界の動向を注視して、そして、人々の生き方、生きるべき道について、その使命を再考します。

2011年1月6日木曜日

班長さんへの手紙 平成23年1月「役中テキスト」

 新年、あけましておめでとうございます。
 本年も、どうかご家族一同が、ご健康で、大過なく、幸多き一年となりますように、心から祈念しております。
 ご信心をしている人、ご信心していない人に限らず、幸せになるためには黄金則があります。それは、問題の種を取り除き、幸せの種を蒔いていくことです。徹頭徹尾、因果の道理ということですが、これが中々難しく、問題に気づかなかったり、問題の先送りをしたりしてしまう。幸せの種まきよりも不幸の種まきの方に快感を覚える。凡夫の性とは哀れなものです。何とかこの性質を乗り越えてなければなりません。
 ですから「罪障消滅」と「積功累徳」の二つを、これから一年を過ごす生活の規範に据えていただきたいと思います。罪障を消滅することと、功徳を積むということを、毎日絶対に忘れない。そうすれば、問題の種を取り除き、幸せの種を蒔く生き方が身につきます。

 佛立信者の生活の基本は、朝夕のお看経です。このお看経が「朝だけ」や「夜だけ」になっていたら、改良していただきたい。調査すると、毎朝お初水のお取り替えをしても、お灯りやお線香を点してお看経している家庭は少ないのです。どんなに忙しくても、旅先でも、朝夕お看経を欠かさないようにする。これが、佛立信心の基本です。是非、原点に立ち返りましょう。
 言い足しますと、お宅のご宝前はお寺のご宝前と結ばれています。朝参詣した日は、お家のご宝前でお看経したのと同じです。覚えておいていただきたいです。

 もう一つ、一年間、忘れずに覚えておいていただきたい言葉があります。

 世間では「それにつけても金の欲しさよ」という言葉があるそうです。上の句にどんな言葉が来ても「それにつけても金の欲しさよ」と下の句を付ける。様々な出来事やお仕事を通じて、感謝や感動を口にしますが、「それにつけても金の欲しさよ」と。世知辛い世の中です。最後はお金ということでしょうか。昔のドラマにも「同情するなら金をくれ」という名ゼリフがありました(笑)。全く何とも言えない気持ちがしますが、これが社会の真相だと言うことも出来ます。
 私たち佛立信徒の場合、この言葉をどのように捉えればいいでしょうか。

 私たちは、この言葉を、

「○○○○。それにつけても、教化折伏」

と代えてご覧なさい、と教えていただきます。それは、もちろん「お金」などではない。でも、あなたが感じた感動や感謝、喜びを、どのようにお返ししたらいいかを考えておかなければならないのです。御法さまからいただく御利益、おはからい、御講師やお役中の有難いご奉公に対して、どのようにお返ししたらいいか。
 その全てに対して、
「○○○○。それにつけても、教化折伏」

と考えてゆくことが大切だと思うのです。

 「家族が健康です。それにつけても、教化折伏」「病気が治った。それにつけても、教化折伏」「災難除滅させていただいた。それにつけても教化折伏」「温かいお葬式でした。それにつけても教化折伏」
 御法さまが、なぜ、罪障の深い私たちを助けてくださるのかといえば、それは凡夫が菩薩となり、苦しみ悩む人々をお教化、お折伏できるようになるためです。これに尽きます。ですから、ご宝前への感謝は、そのままで終わりにせずに、
「○○○○。それにつけても、教化折伏」

と口癖のように言い合うことが大切です。悪いことをするために助けてくださったのではないのですから、これが御本意です。 こうした気持ちとご信心で過ごせたら、御利益に溢れた一年になることは間違いありません。朝夕のお看経を誓い、すべての感謝をお教化とお折伏の菩薩行に結びます。一人でも多くの方が実践したなら、必ず報恩ご奉公は成就します。

 この一年を良くするか悪くするかは、自分次第だと思い、お互いに精進いたしましょう。

2011年1月1日土曜日

妙深寺報 平成23年1月号

 平成23年度1月号、妙深寺報です。
 今年の干支は「うさぎ」なのですね。先住松風院日爽上人は卯年のお生まれで、私たち家族や親しい者はウサギを見ると先住を思い出すほどです。家の中にも、うさぎの描かれたお皿や置物があります。
 ピンク色の寺報の表紙。とっても素敵です。先の見えない不安が広がる社会の中で、ピンク色の妙深寺報を見て、少しでも安心し、あたたかい気持ちになっていただけたらと思います。そして、本当に不安の少ない、ゆるぎないご信心で困難な時代を乗り越えて欲しいと思います。

 つくづく、私たちは右肩下がりの『下り坂社会』を生きていると痛感します。大学を卒業したのが平成4年(1992年)でした。バブルが崩壊した後の社会。「失われた10年(lost decade)」として知られています。バブル崩壊後、1990年代の日本が政治的にも経済的にも改革に対しても停滞した時代に社会に出たことになります。
 いま、バブル期の感覚から抜け切れていない方々との感覚に決定的な違和感を覚えます。

 その世代の方々は、「右肩上がり」の社会の中で、人生の多くを過ごしてこられました。日本という国家も、人々も、宗門も、この時代に於いて成し遂げたもの、得られたもの、挙げられた成果があります。その恩恵の中に今があります。
 しかし、追い風を受けた為された施策には無駄も多く、追い風を受けていたからこそ成功した、何とか成果が上がった、という側面があることは忘れてはいけません。時代は厳しく変化しているのです。
 危機感のない漠然とした感覚、奇妙な余裕や珍妙な自信をもった発言を聞いていると、その時代錯誤というか、ずれた感覚に愕然とすることがあります。「いい時代に育ったのだな」と閨房に育った人に呆れたり、哀れんだりする感覚が浮かびます。

 そうした施策について、実は全く理解できません。社会的な面でもそうですが、ご奉公の上で浄財を投じる大きな事業についても、宗務員として施策に従ってご奉公を進める外ありませんが、実際には違和感を抱きながらご奉公することになります。「下り坂社会」で生きる私たちの感覚からは想像もつかない「緩いこと」が多いです。

 とにかく、今年は、様々な分野で大きな分水嶺を迎えるでしょう。

 若者だけが愚かで浅慮だと批判することは出来ません。むしろ「あほの長生き娑婆ふさげ」という御指南の意味を掘り下げるべきです。将来に問題を先送りする施策、浅はかで拙速な施策に、年齢や地位は関係ない。もっと、こうしたことが客観的に論じられるべきでしょう。

 いずれにしても、未来の幸福のために、今年はそれぞれが自分の眼で見て、自分の耳で聞いて、自分の心で、自分の信心で、判断すべき時でしょう。誰かのせいにして済む時代ではないのです。そういう余裕ある時代は終わったのです。

 分水嶺にある覚悟を。本気でいきましょう。

A New Year’s card From Seijun Nagamatsu 2011

2010年12月21日火曜日

「怠薬」と「断薬」

 心の病について、佛立教務として書きたいと思います。

 私は、統合失調症やうつ病、自律神経失調症の方々へのご奉公を重ねさせていただき、この中で、たくさんのご利益を見て、本人同様に、私も感激し、本当に嬉しく、有難い体験をしてきました。

 ただ、この中で感じたことや体験的にお伝えしていることがあるので、「罪障」や「障礙」というご信心の用語や難しい理論を使わずに、少し書いておきたいと思います。

 特に、今回は、「怠薬」と「断薬」の危険性について書きます。

 こうした心の病気には、お医者さんで様々なお薬が出ます。この「お薬」を飲むということは病気の症状があるということで、出来るならば「お薬」を飲まないようにできれば一番です。お医者さまにも、「薬を出すのが仕事」と「薬を減らすのが仕事」という2つのタイプがおられます。というか、その一方ではなく、その両方を医療の目的とするのが本当のお医者さまです。

 特に、抗うつ剤や安定剤や眠剤は、とてもだるくなるお薬です。病気を持っておられる方でも、このお薬のもたらす作用と精神的な安心感に依存する方と、このお薬を忌み嫌う方に大きく分かれます。これは、どちらも正しくありません。

 ご信心では、精神的な病気に限りませんが、こうした強いお薬を、できる限り減らして、自分自身に与えられた免疫や大自然の理をもって生きてゆけるようになるのが目標です。御題目という薬と同列に医学的な薬を並べて考えたり、そうした比べ方をして御題目を軽んじたりすることは御利益の妨げです。しかし、「宗教と科学はあざなえる縄の如し」「信仰と医療はあざなえる縄の如し」と言うように、この両方を、丁寧に結んでご奉公させていただかなければなりません。極端から極端は、下手が名人の真似をするようなもので、結果的に現証の御利益も、ご弘通のご奉公も叶いません。
 いずれにしても、まず大事なのは、御題目のお薬をいただくこと。これが大前提で、すべての基本。「信じる」という心の機能を取り戻さないかぎり、心の闇からは抜け出せません。しかも、インチキな「モノ」や「人」を信じても仕方ない。あとで「裏切られた」となれば、さらに以前より心の状態は悪くなり、回復不能になります。だから、「人」でも「理屈」でもなく、「南無妙法蓮華経」という万法具足の御題目を信じることで、まず、心の病気と戦う最低限の準備が整うと考えます。

 その上で、お医者さまからいただいたお薬を飲み、それをお医者さまと相談しながら、症状を見て、しっかりと先生の言うことを聞いて、減らしていくことができれば道は開けてゆきます。そうした病院や先生と出会うことも、大切です。心の病は、身体の癌や重篤な病気と同じくらい、恐ろしい病気です。簡単に済ます、ということは出来ません。

 しかし、問題なのは、「心」に闇を抱えているということは、「疑い」に心が支配されている場合が多く、自分自身で正確に、客観的に判断する能力が、本人から奪われている場合が多いことです。つまり、そのお医者さまが、「いいのか」「悪いのか」を、客観的に判断することが出来ません。そして、多くの場合、自分自身で、「このお医者さんは駄目だ」「分かっていない」と決めてつけてしまいます。もちろん、先ほど書いたように、本当に強い薬を出すだけのお医者さまもいて、違う病院を探した方がいいこともあります。しかし、この病気の場合、本人だけで決められるものではないのです。こうして、次から次へと、「信じられる先生に出会えない」と言い続けて、病院を巡っている方が多くいます。

 お医者さまも、まず、信頼関係を作る努力をされており、その苦心は窺えます。きついことを言わず、理解を深めようと努力してくださいます。しかし、圧倒的に患者さんが多く、本人が転院したり、違う病院に行き始めれば、それ以上は何もできません。こんな風に、悪循環が続いてしまいます。だからこそ、ここで、ご家族や、私たちのようなお寺の住職や教務が寄り添って、ご奉公させていただくことになるのです。

 ご奉公していて一番こわいことに、薬をのむのをサボってしまう「怠薬」と、何らかの理由をつけて意図的に服薬を中止する「断薬」があります。どちらもよくないこと、いけないことで、抗うつ剤等は、自分勝手に止めたり出来るような簡単な薬ではないのです。飲み始めて、数日であれば何とかなりますが、何ヶ月、何年間も飲んでいるなら、なおさら、絶対に途中で、勝手に止めてはいけません。先生の指導を受けながら調整しないと、「薬を減らす」「健康になる」どころか、元に戻ってしまいます。

 一生懸命に治療してある程度まで来ると、多くの人は「よくなったから薬を止めてみたい」と考えます。たしかに、薬が強いですから、飲んだら身体がだるくなるのです。本人が一番知っています。そして、その薬を止めたらシャキッとする。だから勝手に止めてしまう。そして、バラバラ、ドタドタ、ドカン、と来て、元に戻ってしまう。これが「怠薬」や「断薬」の怖さです。

 そういうことを、何度も何度も見てきました。もちろん、お看経とご信心があれば、いつか薬も止められる。でも、薬が止められるほど、固くて、強いご信心を持てたかどうか、教務も本当にチェックしなければならないのです。先ほど書いたように、下手が名人の真似をしてケガをしたら大変です。私は、こうしたご奉公の中で寄り添いながら、本当に、こうした状態から、完全に良くなっていく方々を見てきました。御題目があって、しっかり指導をいただけば、必ずよくなります。勝手にしていたら駄目。

 お助行は、御題目の「怠薬」や「断薬」が起きないようにする最高のご奉公です。こうしたご病気の方に限らず、末法の私たちは全員が病気を抱えているようなもので、御題目の「怠薬」や「断薬」を常に起こしています。お看経も、なかなか一人ではできません。言うまでもなく、お看経は心のお薬です。しかし、やはり、みんな薬は好きじゃない。一人では出来ない。一人ではしない。

 それを、自分の家までお講師やご信者さんが来てくださり、横に座ってお薬を飲ませてくださる。こんなに有難いことはありません。

 御題目やお助行も、病気のお薬も、自分勝手な「怠薬」や「断薬」は、本当によくありません。三毒の病気も、不安も、薬が切れて出てくる、元に戻る。だから、自分で決めて止めてはいけません。飲みにくいかもしれないけど飲んでくださいね、一人で飲めないなら、隣に行って飲めるようにしてあげます。それがお助行。

 そうして、いつか、御題目は「心の薬」「心のサプリメント」だから飲み続けるとしても、副作用の強い科学薬は止められる日が来る。こうした科学薬を止めても、心豊かに、心晴れやかに、生きてる日が来ます。

 そこを目指して、ご奉公させていただきます。それが佛立信心、仏教のメソッドです。

 ここに、仏教があります。

2010年12月4日土曜日

佛立祭の映像!!

ブラジルで行われた「佛立祭」の映像が送られてきました。素晴らしいご奉公です。内側ではなく、みんなで外側を向いていて、しかも、ラテンの明るさがあって自然体。

これからのご弘通を考える上で、とても大切だと思います。日本の私たちも、こういう姿勢と明るさでご弘通に臨みたいですね。日本ですると、宗教への偏見や新宗教の奇怪な行動からか上手に受け止めてくれないし、なにか外に出るとしても「悲痛な覚悟」などが前面に出て暗い(笑)。暗くなる。

でも、そうじゃないですね。ブラジルの明るさ、宗教が当たり前に身近にある文化、その中で「仏教」を紹介するという気概。「Buddhismo primordial」とは、「根本の仏教」という意味で、本門佛立宗を標榜するタイトルです。

すごいな。やりましたね。

Monges Primordiais(Kyoujyu Pires) - Festival Primordial - HBS do Brasil

そして、何と言っても歌が良い!!元シンガーソングライターのピレス教樹師が作った歌です。海外青年協力隊でブラジルに渡った雪菜ちゃんが出会い、お教化して、そして得度したご主人。まさに、雪菜ちゃんはすごい。苦しいこともあると思いますが、ご祈願の通りに人生を歩んでいるのだから。

久しぶりに、元気になりました。さすが、ブラジル。



2010年11月17日水曜日

ブラジルのメールから、思うことを長々と

野崎清翔師、無事にブラジルに到着し、元気にご奉公をスタートしているようです。ご祈願、ありがとうございます。
到着してすぐコレイア師から電話をいただき、本人から14日に初めての報告メールが届きました。
「すみません、昨日、夜にお通夜のご奉公が入ってしまい、報告を書くことが出来ませんでした。深夜の報告になってしまって申し訳ないです。
こちらへ来て、まだ三日目では御座いますが、コレイア御導師や、淳省師、ブラジルの御教務様方、皆よくしてくださり、何とか言葉が通じないながらもご奉公させていただいております。
朝参詣の時間が、妙深寺よりも早く、二日目の朝のお給仕は4:30からの開始で、三十分のお看経を挟んでから、朝のお給仕が始まるというスタイルで、御法門はお看経の途中に、御教歌を除き、全てポルトガル語での御法門で、恥ずかしながら全く理解することが出来ませんでした。
初日、二日目と、佛立祭に向けての掃除、片付けのご奉公を中心にさせていただきました。
お花で門の上や、お寺の正面入り口を飾り付け、御宝前は、山に見立てて花を生けて、非常に綺麗にできあがっております。
高崎御導師も準備にいらっしゃり、ドリルを片手に、看板の取り付け等をされておられました。
二日目の夜には葬儀があり、コレイア御導師に言われまして、田所師と、山田さんに随伴して、お通夜のご奉公に、お墓の方まで行って参りました。
キリスト教圏の国だけあり、十字架が亡くなった方の祭壇に飾り付けてあり、それをどけて御本尊をお奉りしてのご奉公でした。
また三日目の、今日のご奉公は、先ほどまで、佛立祭のビラを、町中で配っておりました。淳省師の妹さんも一緒にご奉公され、かなりの量を配り終えました。
また本日のご奉公には、日教寺のご信者も多数来て下さりまして、非常に賑やかなご奉公となっています。
ありがとうございます
清翔拝、」

ブラジルでのご弘通ご奉公の息吹、詳細が感じられて、うれしい。こうして、ブラジルのみんなは、必死にご弘通ご奉公してくれているのですね。キリスト教圏でのご奉公、十字架を外してのお葬式など、貴重な経験をさせてくれています。うやらましい。本当に、素晴らしい機会をいただいて、清翔は幸せ者です(涙)。
そして、今朝、第二弾の報告メール。ご弘通のため、宗名宣揚のため、下種結縁のための「佛立祭」が、盛大に開催されたようです。
「昨日一昨日と、佛立祭りのご奉公をさせていただきました。
この二日間で合わせて2400名のご信者さんがいらっしゃり、非常に盛大に奉修されました。
お天気にも恵まれまして、暑過ぎも、寒すぎもせず、前日の昼からと、本日雨が降ったことを考えると、本当にお計らいだなあと実感致しました。
佛立祭では、お寺の前の道路を封鎖し、そこに出店を出したり、体育館を使い、ご信心の説明や、夜は劇をしたりと、日本では見られないタイプの奉修形式でした。
出店では、日教寺の前局長さんがされている、自閉症の自立支援団体がお店を出したりと、本当に対外的にも大きな行事で御座いました。
初日には、御法門の後に講演会があり、その後、お昼からは、御題目を唱えながら、又、こちらで制作された佛立宗の歌を流しながら、町中を行進してお寺に戻ってきまして、高祖会を奉修させていただき、夜は体育館で、仏様と日水上人を題材にした、御仏の大慈悲という題の劇を上演致しました。
あいにくポルトガル語が分からないので、劇の詳しい内容が分からなかったのですが、どうもブラジルに渡航する際の話と、仏様のエピソードを交えた劇の様でした。
二日目には高祖会併得度式が御座いまして、こちらで見習いをされておられましたお二人の内、お一人が得度され、行法師と新たに僧名を頂かれ、得度なされました。
高祖会には、仏教連盟なる所からお坊さんも参列され、又日本では見られない珍しい光景でした。
その後は、本日、明日は片付けのご奉公になり、明後日、もしくは明明後日、蓮徳寺へご奉公に向かわせていただく事と成ります。
添付させていただいた写真は、前日までのご奉公のモノと、劇の写真。それにブラジル弘通の際、日水上人がお供された御本尊の写真で御座います。
残りの写真は重くなります為、後で又送信させていただきます。
ありがとうございました。
清翔拝、」

ブラジル本門佛立宗が開催した「佛立祭」、完全に、その目的を達成していますね。すごい。参加者2日間で2400名とは、素晴らしい。コレイア教区長を先頭に、本当にピタッと同じ方向を見て、ご奉公が進んでいるのを感じます(日本も見習わないと、置いてかれますぞ!)。ご弘通ごっこ、評論家きどり、ブリッ子の信心には辟易です(汗)。「志が低すぎる!」と悲憤したくなる時があるし(涙)。負けていられません。
この佛立祭では、本格的な劇もあったようだし、いろいろな要素がグーッと一つの目的に吸い寄せられて、調和している感じがします。この前も書きましたが、「凡なる一将は、非凡なる二将に優る」「船頭多くて船が丘に上がる」という感慨を抱かざるを得ない日本の状況とは違います。「賢そうな人はいるけど異体同心でない」ということを、お祖師さまは最も嫌われた。「それでは勝てないぞ」「負けるぞ」と。「異体同心は基本中の基本」のはず。
しかし、今の日本は、その悪循環に陥っている。「サイレント・マジョリティ(Silent Majority)」「静かなる多数派」の反対側には「ノイズィー・マイノリティー(Noisy Minority)」「うるさい少数派」がいます。新聞やテレビを観ていても、この「うるさい少数派」「賢がり」ばかりが目立ちます。それを、メディアが拡大しているのですから哀しい。
私が政治家だったら、まず「街頭インタビュー法」や「世論調査法」を成立させたい(笑)。ディレクターや制作者の意図が入らないように、「街頭インタビューを収録して撮る際には、無作為撮り始めてから順番に紹介すること(ちょっと説明が乱暴ですが)」のような規定を作らないと。ディレクター次第で、何とでも編集できます。
門倉貴史氏の「統計数字を疑う なぜ実感とズレるのか?」や谷岡一郎氏の「「社会調査」のウソ―リサーチ・リテラシーのすすめ」を読んでみてもいいですが。何度もいいますが、日本はロビーが小さいから、なんとでもなる。いろいろなところで理想や中立性や論理性を求めても、結局は欲深な権力闘争や偏った宗教や思想の恣意が働きやすかったり。人心収攬やガス抜きのための委員会や会議が増えても、それに誤魔化されないような免疫や感覚が必要かもしれません。結局、ある方向に突き進んでいくようなことが、国も、組織も、ないようにしないと。そもそも間違っている問題に対して一生懸命正確な答えを出そうとするのは、虚しい。
閑話休題ばかり。
この清翔師のメールに対して、兄弟子の清従師から返信がありました。間違って僕にも送られてきて、それを読むことが出来ました。清従師、やさしいなぁ。間違って送ってくれてよかった。
「ありがとうございます。
清従です。
興味深い報告ありがとう。
ちょっとあっさりしてて、もっと教えて!という感じですが。
これでも同じ佛立宗なの?というくらい、日本と全く違うご奉公が展開されていると思います。
い~~~っぱい見てきて、日本でのご奉公の参考にさせていただきたい。
細かく見てきて、こっちでできるようにしておいてね。
本当は、報告書は、それを見た人が、報告した人と、全く同じことが実行できるように作るもの、と教わったことがあります。
メールでの随時報告は簡単でもいいですが、手元にはちゃんと記録をしておいて、最後はシッカリとした報告書が出せるように準備しておいてください。
あと、配布された資料や要項なんかがあれば、シッカリ保存しておいてね。
それと、機会があったら聞いてほしいんですが、ブラジルでは、正宗徒・宗徒・準宗徒とかの、信徒区分とその条件はどうなってるか聞いてほしいんです。
特に正宗徒の条件。
日本では、「御講願主」で、「奉安して三年」ですが、特に「御講願主」の仕組みと、お布施ご供養の授受の仕方。日本では毎月包むが、関西は、お席主だけ包んで、あとは包まないとか。
基本は関西流かな、とも思うんですが。
どうやって、毎月お布施を預かっているのか。
こちらのように部御講と教区御講があるのか、とか。
そこら辺が知りたいのです。
きっとこちらでのこれからのご奉公の仕方に大きなヒントをもらえると思うので。
よろしく。」
素晴らしい内容です。さすが、清従師。清翔師にとっては頼りになる兄弟子。妙深寺にとっても、極めて重要な視点でご奉公を進めてくれています。
そうです、佛立宗の命でもある「御講」の在り方を、全世界から学び、教務がお預かりするお布施やご供養について率先して研究することは大切です。期待しています。

私は、一応の原稿のリミットが25日にとなり、それまでに重要なご奉公も山積していますが、没入したいと思っています。実は、今週末は本山宥清寺で「本山奉仕会」というご奉公があります。今回は、全国から最小菩薩行単位である「班長さん」の代表者にお集まりいただいて開催されます。結構、朝から晩までびっしり張り付くご奉公で大変。当初、スリランカに出張する予定を立てており、この本山奉仕会は欠仕のご許可をいただきました。スリランカへの出張は事情があって中止となり、この期間に妙深寺での重要不可欠なご奉公をさせていただくこととなりました。申し訳ありませんが、本当に過密スケジュールで甲乙の付けられないご奉公の連続。となると、代わりのいない妙深寺住職というご奉公を優先しなければならなくなる(涙)。淳鷲師と一緒に応接間の床で寝たかったんですが、本当に申し訳ないです。
昨夜は京都長松寺の御総講、今日の夜は妙深寺本堂で住職御講、明後日は10時から御総講です。香港から稔子さんがお参詣くださっており、今夜お会いできると思います。有難いです。
23日には第5支庁の4布教区青年会合同リーダー研修会でお話をする予定です。プログラムが詳細に立てられていて、本当に頭が下がります。すごいです、4布教区の青年会は。
こちらでは以前も講演をさせていただいたことがあるのですが、この4布教区合同青年会を動かしている方々のご信心はすごい。清雄寺の江原師等の指導も行き届いているからだと思いますが、異体同心でご奉公されています。この姿を見聞きしていたからこそ、「第2回 青少年の一座は東京で」という流れになったのだと思います。
本当に、ギリギリの日程で、あっちに行ったりこっちに来たりが続きますが、ご奉公を懈倦なく、御本意に適うように、させていただきたい。
「ご奉公」と思っていることが、実は「ご奉私」になってしまっている人がいます。ご奉公が目先のこと、自分の価値観に限定されていて、「御法」のことを考えていないと、それは「私に奉ってるだけ」の「ご奉私」です。せっかくご信心していて、時間も使っているのに、罪障を積んでいることに当人だけ気づかないなんて、なんと哀しいことか。多いです、そういう方。妙深寺では、お互いにお折伏し合うようにしましょう。「ご奉公です」と良い子のフリをしていても、私欲や自分の立場を守っているだけというならご奉公ではありませんよ。御法さまは、すべてご覧になっておいでです。

今夜、19時からの夜の住職御講。自分の罪障を忘れ、油断と慢心の中にいる者へのお折伏という厳しい御法門を頂戴いたします。昨夜も長松寺で拝見させていただきましたが。高祖会でいただいた御法門の復習です。決して、習い損じをしないように。「一度御法門を聴き逃したら、一生損をする」と思っていただけるように、御法門に挑む。「事実、そうである」と開導聖人がお示しなのだから。
ご弘通が停滞し、お教化もできないのは、信心が曲がっているからだと思います。いつしか、曲がったのです。それを、断ち切る、断固として切り替えることが大事です。そのきっかけを、作らないと。いや、なかなか、作れないのです、わかってもて、避けたり、後回しにしたり。禁煙日を延期し続ける人みたいに、難しいものですが。
何を書いているのか、ゴチャゴチャですね。とにかく、25日の原稿締め切りまで、頑張ります。

2010年10月29日金曜日

最高の温泉 志賀高原・一望閣

雪国からメールをいただきました。
今回の突然の寒波到来で、一気に雪景色となりました。私の大好きな一望閣。あ~、行きたいなぁ。雪景色の一望閣は、まだ行ったことがないし。
私は「お湯」に対して鈍感です。ご奉公で温泉に泊まらせていただくことがあっても、全く分かりませんでした。
「いいお湯ですね」「この温泉は効きますね」と言われても、自分だけ分からない(汗)。そういう人間でした。
しかし、この一望閣は違うのです。お風呂場に入った瞬間、「これだー!」と叫びたくなるほどでした。決して、最新のリゾートホテルなどではないけど、だからこそ「本物の温泉」と感じました。豊富な湯量で循環などは一切せず、汲み上げた温泉に湧水をそのまま入れて温度調整をしているということで、完全100%天然だということ。

本当に、入ってみて欲しいです。とにかく。百聞は一見に如かず。なんぼ言うても入ってもらわにゃ分かりもはん。いろいろなホームページで紹介されていますが、やはり、圧倒的に「お湯」が絶賛されています。

青年会や薫化会と合同のスキー(スノーボードもスキー場を選べば出来るそうです)ツアーをしたいのですが、スキーの出来ない方やゲレンデに行けない方、朝と夜に子どもたちの面倒を見てくれるご両親やお祖母ちゃんにとっても、昼間は温泉を楽しんでいただけばいいし。すごくいい。
http://www.yukoyuko.net/1637/

もう、言うことなしです。お部屋だって、団体ならば550人は収容できるのです。すごいでしょ?全国の青年会のウィンター大会が出来そうです。なんといっても、二階には立派なご宝前さまが(涙)。
2000m級の山々が立ち並ぶ志賀高原の中でも最も雪深く、11月の下旬から5月までスキーが出来るそうです。北海道のニセコなどと比べても負けないほどの雪質だと長野の方々が言っておられます。当然です、日本の冬季オリンピックの舞台なのですから。

夏も林間学校などに利用されているそうです。先日、私も生まれて初めて垣間見た高原。大感激しました。その志賀高原の代表的なハイキングコース、池めぐり、自然探勝コースの起点となる前山リフトに近いとのこと。夏には徒歩2分の場所で「日本一標高の高いところに生息するゲンジボタル」が見られるらしいのです(涙)。子どもに見せたい。
とにかく、私としては、素晴らしいお湯を一人でも多くの人に体験していただきたいです。もちろん、妙深寺のみんなと一緒に行かせていただきたい。本当は、今すぐにでも行きたいです。資料の本を持って行かなければならないから難しいけど、本を書くには最適だと思います。
行きたーい。

2010年10月21日木曜日

コンテナ

苦労に苦労を重ねて、昨年の「第3回 青少年の一座」に持ち寄っていただいたおもちゃが、ブラジルの日教寺に到着いたしました。1年以上、本当に、大変な時間がかかってしまいました。
この間、全国の佛立青少年のまごころを、なんとしても届けようと、配送方法や配送コスト、税金など、いろいろな問題にもあきらめることなく、海外部長をはじめ、ブラジルのコレイア教区長、来日中だったマセド師、弘通局の部長方や書記の方々など、保管から実際の送付まで、ご奉公くださいました。
嬉しい悲鳴といえばそうなのですが、第2回の時には段ボール数箱だったおもちゃが、昨年はコンテナ1台分にもなっていました。ブラジル大使館や領事館、配送業者各社、ブラジルの税関などなど、いろいろな交渉を経て、この初夏に来日中だったコレイア師に一任。コレイア師がコンテナを1台借り切って、送り出してくれました。
しかし、地球を半周、約2ヶ月を経てブラジルのサントス港に到着しましたが、税関や税金の問題で受け取ることが出来ません。ブラジル到着後も手を出すことが出来ず、そのままになってしまいました。ブラジルの御講師方もお忙しい中、ようやくそれを動かしてくださったのです。

昨日、ブラジル側から海外部長にコンテナを受け取った旨、お電話をいただいたそうで、夜にメールが届きました。本当に、ありがたい。佛立信徒の菩薩心、善意、慈悲が詰まった「おもちゃ」ではありましたが、結果として大量の「おもちゃ」は入国不可、入国させるなら莫大な税金を支払うようにとのこと。本当に頭を抱えました。が、本当に、関係各位のご協力、ご決断をいただいて、なんとかサンパウロの日教寺まで到着したのです(涙)。
ハードルがいくつもありましたが、ここまでたどり着けました。これから、どうか全国の佛立青年の思いを、ファベイラや恵まれない子どもたちに届けていただき、ご弘通に結びつけていただければと思います。ブラジルの皆さまには、ただ、ひたすら、お願いするしかありません。
同時に、本山宥清寺の巨大なガン、これもブラジルに到着。よかった。本山宥清寺の宝蔵に護持されていた立派な梵鐘を、ブラジル中央寺院・サンパウロ日教寺の本堂へお送りしました。これは、本門佛立宗の歴史に刻まれると思います。100年後、どうしてこのガンがあるのか、きっと、後輩たちが驚きながら調べることになると思います。これも、大変な出来事でした。
ありがとうございます。

2010年10月9日土曜日

ジナットの元気な姿

とにかく、現在ジナット君は、あの時が嘘のように、元気になっています。
ゴールにあるHBSセンターの御宝前。御本尊の前で元気な姿で映っているジナット君を見ていたら、本当に、胸がギューッと締め付けられました。本当に、すごいことだと思います。
見にくい写真の羅列でごめんなさい。でも、本当にすごいと思って。
思わず、一緒に行った信翠師にも電話してしまいました。だって、みんなジナット君の状態を見ているし、あの断崖絶壁の上にも行ったのですから。ブログを見ていただいたら、分かるのです。全部、事実で真実であることが。
だから、最大の不幸を、最高の幸せにする、と言い切れるのだと思うのです。今だけ見てはいけない、と言うのだと思います。
教務も、ご信者さんが苦しんでいる姿に、うちひしがれることがあります。目を背けたくなるような出来事や、悪夢であって欲しいと願うような現実。特に、子どもたちが対象であれば、何とも言えない感情がこみ上げてきます。
しかし、そこから、やはり御本尊に、御宝前に向かうしかないと気づきます。ジナット君の時も同じ。教化親のバドラも、同じ気持ちだったと思います。
そして、やはり、現実、最大の不幸が最高の幸せに変わる。これほど、有難いことはありません。
御法さま、ありがとうございます、と叫びたくなります。
見てください、この元気な姿!!信じられない、すごい!!ジナット、よかったね(涙)。立っているのも、想像つかないよ(涙)。ご両親が、どれほど喜んでおられるか。

有難い!!

スリランカの佛立魂 Vol. 2

下記のメールが、スリランカから届いたもので、そこには、あの日のジナットからは想像もつかないほど、元気な男の子が笑顔で映っていた。

信じられない。そう、信じられないと言いたくなるほどの、現証の御利益である。

あの朝は、生きる力を失った3才11ヶ月の赤ちゃんがいただけなのだから。両親は、ここまで回復したことに感謝はしているが将来への不安を目に浮かべていた。叔母のバドラはご信心の強い女性である。しかし、ジナットの状態を見る限り、ただ、ひたすら、御本尊に、お縋りするしかないという、進退が窮まった状態だった。

下記が、メールである。
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Reverend Sir,

I am anty of Jinath that baby who fell down from Galle Fort Sri Lanka. I am very happy to say about him. Now he is all right. He can Walk , he can talk every thing is OK. 06th Oct 2010 he celebrated his 4th B'day. and I 'll send photographs of him.

Actually I beleive Gohonzon sama protect him. within two months he fully recovered (07.08.2010 - 07.10.2010).

I appreciate you Reverend Sir you did very great full function for blessing for him. Thank you again.
Also I would like to tell you I did shakubuku (because of Jinath quick recovery) for ENT specilist Doctor Senaka & other two Nurses in General Hospital Galle . Still I am doing Shakubuku.

I send you photos in another email regarding Jinath.
I'll remain here and I wish Lord Buddh's Blessing for You and HBS organisation.

Badra,

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冒頭から、ジナットが完璧に回復して、歩けるのです、話が出来るのです、とあった(涙)。彼は、完璧に回復して、10月の6日には、4才の誕生日のお祝いをすることができました。本当に、御本尊さまは彼を守ってくださいました。ちょうど2ヶ月で、全て回復させてくださいました(8月7日の事故から10月7日までで)。

私は、あの朝ジナットを抱っこしていましたが、それについてとても感謝してくれていました。そして、バドラは、この大いなる現証の御利益をもって、ゴールにある病院の担当医や看護士さん2名をお教化されました。

実際に、このジナットの大事故を通じて、お折伏をし、お教化が成就した。私は、この担当医の方に御本尊を授与させていただきました。そして、彼女はこれからも、ご弘通ご奉公、お教化、お折伏のご奉公を続けます、と誓っておられます。すごい、ジナット。本当に、よかった。

まさに、スリランカの佛立魂です。すごいです(涙)。ありがたいです(涙)。これです、佛立信心は。こうしたご奉公をさせていただけて、私たちは幸せでした。

生花か造花か?答えは横浜ラグーン

  9月23日、秋分の日、FMヨコハマ「横浜ラグーン」の放送が出来ました。おかげさまです。ありがとうございます。 今週は番組に届いたお便りにお答えしました。秋田からのお便りも嬉しいです。 職場での人間関係に悩む方、「有能有敵、無能無敵」と心得て、少し心の感度を落としつつ、前向きに...