2008年8月27日水曜日

スクールバス

 「教務の覚悟」と書かせていただいた後で恐縮なのだが、自分の家族の話。
 昨日は長男とウェブで交信。日本にいる弟と久しぶりに話をしていた。次男はまだ喋れないのだが、「にーに、にーに」と写真を見ては懐かしがっていて、離れている分、二人とも兄弟愛が強くなったらしい。
 ウェブでの長男。「良い子にしてるんだよ、僕は頑張ってるからね。大人になって(?)帰ったら、遊んであげるからね、良い子に待っているんだよ」と。聞いていて泣けてきた。
 彼は毎日スクールバスで学校に通っている。みんなの協力があってこそ出来ることなのだが、頑張って頑張って、寂しいのを我慢して、やっているらしい。
 今日は、はじめて学校から電話があった。「家に早く帰りたい」と泣いたらしい。いつもは元気なので、学校の先生が驚いて電話をかけてきた。「なにかあったのですか?」と。

 本人も、知らない国で、なかなか言葉も通じない中で、友だちもいない中で、頑張っているんだろう。たくましくなった。身長も伸びた。
 ありがたい。

2008年8月23日土曜日

海外弘通を支えるお寺

 昨日と本日、鈴江御導師の御唱導による特別御講が奉修された。連日の猛暑はどこへやら?両日ともに不思議なほど涼やかな天候で、お参詣しやすい日となった。

 鈴江御導師は一日ごとに別の御教歌をいただいて御法門をお説きくださり、有難く聴聞させていただいた。

 つくづくご奉公の上で感じることだが、心に「師」のいない人ほど不幸な人はいない。正しく仏道修行をさせていただくため、正しいご信心をさせていただくために、師に仕えることは欠かせない。「実に佛になる道は師に仕ふるには過ぎず」とお祖師さまは身延山御書にお諭しになれている。

 結局、自分にとって教えをいただける「師」のいない人は、迷いを深めて右往左往してしまう。ご信心をしていても、迷いを深め、自身の過ちにも気づかない、気づけない人、答えが見えない、見つけられない人は、残念ながら心の中から「師」を失ってしまっている。師を失うことこそが恐ろしいことなのだと思う。そう考えさせていただくにつけても、この特別御講は意義深い。ありがたい。まさに、「師」からの御法門、ご教導であるから。

 御導師の御法門は、後に寺報で詳しく掲載されると思うのでお読みいただきたいと思うが、初日は「御初穂のご信心」を教えていただき、本日は「易行宗」「易しい修行である御題目口唱すら嫌がるとは最も愚かなことである」という点を教えていただいた。それぞれ、深く心に思うところがあり、有難く拝聴させていただいた。お参詣し、御法門聴聞できた人は幸せである。

 私が、特に心に深く感じた御導師のお話は、「海外弘通を支えるお寺、教務、ご信者」という点についてであった。御導師は、海外弘通に力を入れてご奉公していることをお喜びくださった。同時に、長い間お寺を留守にするのであるから、留守を守る妙深寺の御講師やご信者が偉いのだとお褒めくださった。有難いことだ。そして、同時に、ご自身が日博上人の海外弘通に出られている間のご奉公についてお話くださったのである。

 終戦から約10年。日博上人は、時の御講有・梶本日颯上人と共にブラジルへとご奉公に赴かれた。プロペラ機を利用したそのご奉公は、約3ヶ月間にわたった。その3ヶ月もの間、鈴江御導師は横浜妙深寺の留守を守られていた。

 鈴江御導師は仰った。

 「当時の妙深寺では、私たちの御導師が留守の間こそ、お教化のご奉公に気張らせていただこうではないか、と声を掛け合ってご奉公させていただいた。きっと、私たちの御導師は海外で『佛立信心は菩薩行が大事』『人助けのご奉公、お教化にきばらせていただきなさい』とご教導されているであろう。その御導師の本家本元の自坊、我が妙深寺がお教化に気張らせていただかなくてどうするか。これだけお教化のご奉公が出来ております、やっております、と海外におられる御導師にご報告しようではないか。その報告をご覧になって、私たちの御導師は、さらに自信をもって、胸を張って、海外でのご奉公にお気張りになられるはずだ」

 そのような深い深い想いを持ってお留守を守られていたことをお聞きして、本当に本当に有難く、感激させていただいた。これぞ佛立、佛立教務道、お師匠仕え、これぞ海外弘通を支えるお寺のあるべき姿である、と学ばせていただくことが出来た。50年以上前から海外弘通に取り組ませていただいてきた妙深寺の、日博上人の直弟子である鈴江御導師から、このようなお話をお聞きできたことが本当に有難い。ルーツである。ここにあったのだ。お手本とすべき姿勢が。

 海外と国内はひとつなのである。それらは一体となって、良いご信心とご弘通ご奉公の循環が築けるものなのである。そうした関係を築けないのは間違いで、築かなければならない。良い教えをいただいた。

 よく、「うちは田舎だから」「うちは都会だから」「そっちはお寺が大きいから」「小さいから」という声を聞くが、これも間違っている。「寺の大小比べるはアホ」との御指南のとおりだし、そんなことを言っていたら、どうしてスリランカやブラジル、イタリアでのご奉公が出来るであろう。「田舎」といえば、スリランカほどの田舎はないのだから。そこでご弘通が広まっていることを学ばねばならないだけだ。結局、ご信心、情熱、実践が足りないだけだ。

 有難い特別御講の奉修後、鈴江御導師は直接羽田空港に向かわれ、そこから北海道のご奉公へと赴かれた。お忙しい身。本当に、お出ましいただいて有難かった。

 また、この特別御講には嬉しいことがたくさんあった。参詣者の前でスピーチをしてくださった方々、特に芽衣ちゃんのことを話してくれた朋美ちゃん。胸をゆさぶられ、多くのご信者が涙されていた。ご信心をはじめられたばかりの方々、佐谷さんも謙志くんもお参詣されていて嬉しかった。そして、佐谷さんのお話。ストレートに、飾ることなく語られた言葉は、すべてが真実で、正直で、心に響いた。有難かった。

 そして、今日、驚くべきことに、またイタリアからのお参詣。なんと、フィレンツェから、あの向後さんがご両親とお友だちと一緒にお参詣くださったのだった。鈴江御導師の随行をして玄関に入らせていただいた時、「イタリアから向後さんがお参詣されています」と言われて一瞬何のことか分からなかったほど思考が停止し、次の瞬間に顔が見えたので「あ~~~~」と声を上げてしまった。ありがたい、本当だ、なんで?大丈夫?どうやって帰ってきたの~????って。

 苦労して、苦労して、フィレンツェで修行している向後さん。お友だちは6月のイタリア団参の際に、イタリア本門佛立宗から参詣者に配っていただいた素晴らしい記念品を彫ってくださった同級生の技師をされているのだという。「ご奉公だから報酬は払えないけどいい?」と言うと、それでも喜んで引き受けてくれたそうで、今回は「あの時のイタリア団参に来ていた人たちのお寺だよ」というと「ぜひお参りしたい」と言ってくれたという。ありがたい。

 伸子さんとご両親と、とても楽しい時間を過ごさせていただいた。それにしても、妙不可思議なお話で、昨年にお母さまがお寺のお役を受けてから、本当に不思議な御縁をいただいて、一番心配していたお嬢さま、伸子さんについてのお計らいをいただいた、と。ご奉公させていただくようになって、小林御講師のご紹介で福岡御導師にご紹介をいただき、イタリアのフィレンツェに住む伸子さんにフィレンツェのお寺についてお教えした。当時、彼女は子どもの頃こそお祖父さまについてお寺に行っておられたが、大人になってからはそれということもなかった。しかし、純粋な気持ちをずっと保っておられたのであろう。連絡先を教えていただいてから、何度もすれ違い、それでも連絡を取って別院にお参詣することができた。

 フィレンツェの街を自転車で約30分。それほど走らなければ自宅からお寺には行けない。忙しい時間をやりくりして三度もお寺を訪ねたのだが、どうしてもダニエレ・良誓師ともお会いできなかった。ようやく直接連絡を取ることが出来て、お参詣のお約束をした。しかし、何と約束したその前日に熱を出して倒れてしまったのだそうだ。何か、ブッダが覚りを開かれる前に起こる障礙のようだね、と話ながらお聞きしていた。何度も良誓師にメールして、「明日のお参詣は熱が出ているので無理です」と伝えようとした。次の日の朝、まだ熱があり、身体もだるく、やはりメールしようと思ってはいたが、ちょっと頑張ると起き上がれた、また頑張ると立てた、着替えた、ということで、「これは、お参詣できるかも知れない」と決心して、晴れて初めてのお参詣が成就したというのである。

 長々と書いてしまったが、伸子さんは別院のご宝前でお看経をさせていただきながら気づかれた。「あぁ、今日は、お祖父さんの祥月ご命日だ」と。向後家のご信心のルーツであるお祖父さまの祥月ご命日に、何とお孫さんは初めてフィレンツェのお寺にお参詣することができたのである。これこそ、私はまさにご信心の妙味、すごさだと思う。完璧なタイミングなのだ。一日ずれていても、前日でも、翌日でもなく、その日、なのである。

 伸子さんは、「あぁ、お祖父さんが守ってくれた、導いてくれたのだなぁ」と感じたという。本当に、ありがたい。そのとおりだと思う。見えざる世界を、見せてくださる。今年の先住の祥月ご命日にも、私はそのことを痛感した。本当に、ありがたいことだ。

 今日の特別御講、たくさんのことを感じさせていただき、胸が熱くなった。本当に、有難かった。

2008年8月21日木曜日

教務の覚悟

 明日、特別御講。今日は13時からその準備ご奉公として「前助行」をさせていただいた。住職と受持教務全師、各教区長と全お役中が本堂に参集し、明日と明後日に奉修される鈴江日原上人御唱導の特別御講に、遺漏無きようにご奉公してくださっていた。
 先住ご遷化から鈴江御導師には毎年一度の御講奉修を御願いさせていただいてきた。私は30才を少し過ぎた程度で住職となってしまった。先住ご遷化直後、住職に就任したものの「佛立の生命」である御講、特に住職として奉修する「教区御講」を勤めさせていただくには果報も備わっておらず、あまりに未熟すぎた。鈴江御導師は、毎月横浜までお越しくださり、私を横に据えて御講を奉修くださり、私にも所属のご信者みなさまにも、丁寧に、細やかにご教導してくださった。
 一年が過ぎた頃、「もう、清潤師が勤めたらよろしい」とのお話しがあり、そのようにさせていただくようになった。しかし、一年に一度は妙深寺のご弘通を見ていただき、以前のようにご教導いただけるようにと、「特別御講」を奉修させていただきたいと御願い申し上げているのである。
 その間、鈴江御導師の妙深寺、そしてこの特別御講に対するご奉公の姿勢から学ばせていただくことが数え切れないほどあった。御法さまのお導きとは、このようにピタッとしたタイミングで、私たちに教えてくださるのかと、本当に恐ろしくなったのだが、一年に一度の特別御講のその日、鈴江御導師の奥さまが帰寂遊ばされたのだった。かねてからご病気で入院されており、何度かお見舞いにも行かせていただいていた御導師の奥さまが、私が例年のように相模原に御導師をお迎えにあがっている途中で危篤、そのままご家族に見守られて息を引き取られたのだった。
 これ以上ない哀しい日。私は病院に向かわせていただいた。病院の裏口で御導師をお迎えした。「御導師、今日はこのようなことですので、妙深寺の特別御講は延期させていただきます」と申し上げた。すると、「行くよ。ご奉公を断ったら富士子に怒られてしまうよ。清潤師、行くよ」と仰った。涙が溢れた。御導師をお乗せして、横浜に向かった。御導師は、車の中で何度か涙を流されていたと思う。御法門の途中でも、経緯をお参詣者に説明されながら言葉に詰まられていた。
 赴任された昭和30年代の後半、相模原は現在のような住宅街や国道沿いに並ぶ賑やかなレストランや店舗などなく、一面の畑に囲まれていったという。お寺のある国道沿いから駅が見えたらしい。今では家が建ち並んでいて、全く見えない。所属のご信者も少なく、数10軒しかなかった。そのお寺を、長グツを履いて、ドロドロの道を歩いて、靴や下駄を何個もダメにしながら、ご弘通された。そのご弘通を、奥さまと共にされてきた、戦友、妻がいたからこそ、とのお言葉。涙されながら、一生をご弘通ご奉公に賭けた日々、奥さまと共に奮闘された日々を振り返っておられた。
 その、奥さまの帰寂の日に、特別御講のご奉公に来ていただいた。その覚悟、その行動、何とも言葉にならない。言葉が見つからない。恐ろしいまでのお手本を見せていただいた。本当に、まさに、恐ろしいまでのお手本だった。佛立教務道とは、このようなものか、と。
 鈴江御導師のお師匠さまである日博上人も、愛するご長男、現在の大和・法深寺の御住職が大けがをされて危篤となった時にも、病院へ向かっていただきたいとの御弟子方やご信者の声を制止して御講にお出かけになったという。そして、見事に九死に一生を得て、現在まで健康にご奉公されている。頭蓋骨が骨折し、脳まで見えている状態、そこに砂がたくさん付着している状態からの回復である。
 私は、自分の信心前が到底そこに及んでいないことを恥じ入るしかない。佛立教務道の厳しさ、ご奉公の筋を、今からでも学ばせていただくしかない。御講、ご奉公への教務の覚悟、姿勢である。
 お祖師さまの御妙判、開目抄にも厳しい選択についてのお諭しがある。お祖師さまご自身が突きつけられた選択、そのご心境。
「日本国の位をゆづらむ、法華経をすてゝ観経等について後生を期せよ。父母の頸を刎。念佛申さずは、なんどの種種の大難出来すとも、智者に我が義やぶられずば用ひじとなり。其外の大難風の前の塵なるべし」
 法華経を捨てて他の信仰によるならば日本の国をあげよう、あるいは念仏を唱えなかったら父母の首を刎ねるぞ、と様々な大難があっても、本化仏教の義が破られなければ用いない、しない、ゆれない、とお諭し。愛する家族を本当に救うために、どちらの道を選ぶか。凡夫は常に、教えていただくこととは逆の選択をしてしまう。「愛」と言えば聞こえは良いが、「信」「義」を通すことによって愛する家族を本当に導き、救い、助けるということを教えていただいているようだ。
 事実、鈴江御導師の奥さまはお喜びになったであろうし、法深寺の御住職は今でもお元気である。本当の御利益は、このようにいただくものだという恐ろしいまでのお手本。凡夫の意のままにいては、正しい道は選べないのだろう。
 御教歌にも、
「妻や子が娑婆に帰れととりすがり ゆくにゆかれぬ寂光の道」
とある。言い方は難しいが、誤解を恐れずに書かせていただくと、いくら、愛していた、愛している妻や子どもだといっても、それだけではお互いに幸せの道から離れてしまうことがあるということなのだ。もっと、もっと、本当の愛に昇華させなければならないし、本当の愛し方があるということなのだろう。
 本当の家族の愛、愛の生かし方がある。こうした点からも、私たちの生き方、愛というものの考え方、選択の仕方を学ばせていただける。人生は選択の連続。欲や迷いの強いまま間違った選択をして、迷いを深めたくないものだ。
 明日、午前中に相模原・妙現寺まで御導師をお迎えに上がり、13時から御講の奉修。土曜日は10時30分からの奉修である。有難い。

2008年8月20日水曜日

御法さま、御法さま、

 自分の愚かさに気づけることは、本当にありがたい。御法さまの前に進ませていただければ、それが出来る。本当に、これは大切なこと。それは、ごく自然な人間の営み、人生に欠かせない要素だと思う。
 家族全員が向かうことのできる御宝前。一家の主を含めた家族全員が頭を下げ、祈り、謝り(お懺悔し)、相談できる場所があること。これが何より有難い。御法さま、本当にありがたい。
 弘宣くん(清翔師)は大変な御利益をいただいて手術、退院をしてきた。手術を開始してみて、一番簡単な方法での手術となり、激痛の原因も分かり、処置が施された。2週間以上の入院といわれていたのだが、すぐに退院してきた。見ると松葉杖もなく歩いているのだから、あぁ御法さま、ありがたい、とつくづく感得させていただいた。
 ご信心をはじめられたばかりの方がお教化をされ、お教化をされた方が驚きと随喜の体験を語ってくださった。ALSという恐ろしい病を抱えておられ、その義父のために祈りたいと、お参詣を続けておられる方に連れられてお教化となった。ALSで痛みを訴えるお義父さまに、「おかがみさん」を貼らせていただいてはと教えていただき、それを素直に実践してみたところ、痛い部分だけがカラカラに乾いて、その痛みが和らいでいる、と。本当に、本当に、有難い。御法さま、御法さま、と思う。その喜びを、語ってくださる方。まだお参詣をはじめられてから1週間ちょっとだと思う。有難い。御法さま、御法さま、本当に、ありがとうございます。
 今週は、金曜日、土曜日と特別御講が奉修される。日曜日は神奈川布教区の壮年会の錬成会で講演させていただくことになっている。準備をしっかりしないと。

2008年8月13日水曜日

タイミングの悪さ?

 京都の弘宣(13才で私の弟子として得度し「清翔」)を、この夏休みを利用して妙深寺で修行させようと思っていた。
 ところが、横浜に来る直前になって膝の調子が悪いという。確かに痛そうで、病院に行くと半月板が割れているとのこと。手術が必要で、削るか、縫合するかしなければならないと聞いた。怪我をしたわけでもなく、何が原因か本人にも思い当たることがないらしい。どこかにぶつけたか、事故にでも遭ったのか、それも分からない。疲労骨折に似たようなものかと思うが、それほどのハードなスポーツやトレーニングをしていたわけでもない。身体が壊れるほどスポーツをした私だったが、彼のような怪我も、ましてや手術も受けたことはない。なんということだろう、と頭を抱えた。
 なんとタイミングの悪い。これからのために人間的に成長させようと期待していたのに、そのタイミングで手術とは。青少年の一座の前後に横浜に来てご奉公させていただいたのだが、手術のために京都に帰って診察を受け、今日13時から手術が行われた。
 このタイミングの悪さは普通じゃない。御法さまがお見捨てになっていない証拠だから嘆くこともないが、弘宣を成長させようとしてくださっているのだろう。「もっとスポーツしろ」「大学は横浜にしろ」「頭でっかちになるな」などなど、挙げれば切りがないことを彼には話をしてきたが、結構本人は頑固で(誰ゆづりだかは書かないが)今まで私が言ったことを実行に移したことはないと思う。困ったお弟子さん。 
 そんな彼が、ここで成長しなければならないというタイミングで、御法さまからのサイン。膝の故障もそうであろうし、手術もそう。「全ては完璧なタイミングで進行している」のだから。仏教に「偶然」はないのだから。
 弘宣が横浜から京都に帰る新幹線は大幅に遅れた。大雨によるということだったが、これも不思議だ。私は月に何度も往復しているが、そんなことは起きない。ギリギリで事故を回避したり、次の列車から遅れていたり。弘宣に「気づけ」「気づけ」と教えていただいているようにも思えた。
 本人は、知識が豊富で、2ちゃんねるなどの掲示板でいろいろな会話を交わして物事にも通じているように思っているのだが、人間づきあいが苦手のようで、すべてのことに視界が狭い。若いから仕方がないのだが、これからのために良い環境を探して与えてあげたかった。
 この手術は、彼にとって最大の「良い環境」なのかもしれない。入院も初体験であろうし、4時間に及ぶお助行を受けたこともはじめてだったろう。「このままでは終われない」「なにくそ」と思って、素晴らしい教務になれるように自己を磨いてもらいたい。きっと、彼の中で何かが変わり、何かが生まれているはずだ。すべて御法さまのお計らいだと思う。
 それにしても、今までの業とはいえ、タイミングの悪さには笑ってしまった。手術当日となった今日は、頑張りに頑張り抜いてきた妙深寺教務部が一年に一度だけリラックスさせようと思って午後から出掛ける日だった。13日に清翔の手術と聞いて「え~!」っと。なんでまた、この日なの?兄弟子たちも笑ってしまう。二十日以上続いてきた長松寺へお参詣くださっていた方も、手術のために途切れてしまったことも残念。これからは、そういう「流れ」の悪さを克服しなければならない。ご信心に対して、もっと素直な気持ちを持てば、必ずスルスルとご奉公に支障なくゆくようになるだろう。「如風於空中 一切無障礙」の実感。
 手術は無事に終わった。膝の手術なのに全身麻酔だったという。開始から終了まで、弘宣を思いながらお助行のお看経をさせていただいた。本人が教務としてご奉公させていただくには、膝はとても大切だ。ご病気の方のためには長い時間正座してお看経することもあるだろうし、フットワークの軽いご奉公をしてもらいたいのだから、膝が悪いなどと言っていられない。後遺症もなく、何とかお計らいをいただいてもらいたいとご宝前に御願い申し上げた。
 大変な御利益をいただいて、開けてみると診断よりも簡単な処置で済む状態だったという。2週間は車いすということも言われていたのに、明日から足を付いていいのだそうだ。何と何と、ありがたい。
 さて、本人が、どこまで自覚できるか。期待して見守ろう。(でも、入院前に「お前、病院にマンガなんて持ってくなよ!」と言うと、「一応、選んだんですがぁ…」と言い放ち、何度も言って、何とか渋々「あぇ~い」と変な返事をしただけだったからなぁ。大丈夫かな)

2008年8月12日火曜日

プールで遊ぶ子どもたち

 妙深寺に帰ってくると穴が開いていて修理中だったプールに水が入っている。「あれ?直してくれたのかな?」と嬉しくなって聞いてみると、前のものは修理不可能で瓜生さんのご主人が新しいものを購入して御有志してくださったとのこと。暑い日が続いているので、本当に有難い。
 今朝、憲史くんがお連れした方、またイタリアのローマからお参詣してくださった方とお話しをして玄関を出てみると、うわー、もうすごい子どもたちのはしゃぐ声!ありがたーい。
 夏は暑いもんね。お参詣して、お父さんやお母さんを良い子に待ってくれていたんだから、こうしてプールではしゃぐくらいいいじゃない。今日は松風会の納涼会もあり、境内地では流しそうめんやかき氷もあるし、お腹が空いても大丈夫。よかった。ありがたい。

2008年8月10日日曜日

結婚式から名古屋へ

 土曜日は朝から何人かの方と面会をさせていただいて、13時から結婚式。結婚式が終わると新幹線に乗って名古屋へご奉公に来させていただいた。
 4日から7日まで京都でのご奉公、8日は朝から長野新幹線に乗って長野でご奉公させていただき、夜は東京でブラジルに関するNPO法人の理事長を交えて会食させていただいた。御縁がめまぐるしく動いていて、有難い。ご弘通の端緒となる御縁ばかり。貴重な時間を過ごさせていただいていた。
 結婚式は、ご両親と新郎・新婦のみの小さな法要となったが、真心がこもっていて有難いご奉公となった。今年、お父さんは前立腺癌を患っていて、そうした思いがお二人を御宝前での結婚言上となったのだと思う。二人の、末永い幸せを祈ってのことだった。
 あの、感動の青少年の一座から一週間。あっという間の一週間だった。新幹線の窓から見える夏の緑を眺めながら、思い返していた。
 日曜日の今日は、朝から森山くんの体験談があり、妙深寺は感動に包まれたことだろう。同時に、ひろし君や山崎先生が法灯相続相談デスクを開設して、若い方々への信行相続に悩む親御さんたちにいろいろなヒントを与えてくれているはずである。
 毎日、有難いことだ。ご奉公させていただこうという具体的な行動に、頭が下がる。

2008年8月7日木曜日

コレイア御導師の御法門

 皆さんお参詣、ありがとうございます。
 今日は、大変暑い中に、皆さんがお参詣してくださいましたことは、非常に喜ばしい限りでございます。
 先日、NHKの「その時、歴史は動いた」という番組でブラジルの特集をやっておりましたが、今日も動いております(笑)。
 100年に1度しかない機会だと思って、1年と4ヶ月も前から楽しみさせていただいておりました。3日前からゆっくり眠れませんで(笑)、緊張して、家内もびっくりしてました。今日は家族全員でお参詣させていただきました。10年に1回しか家族全員で参詣させていただくことはできません。ですからなお、今回は思い出深い参詣になっております。これもひとえに先師上人、日博上人、お参詣のお教務さん方、お参詣の皆さまのおかげでございます。
 特にこの前のブラジル団参では長松ご住職に大変ご活躍いただいただきましたおかげで、ブラジルの100周年も無事に勤めることができました。この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。そのおかげで、有り難く、新時代の大スタートを切らせていただくことができました。
 実は、100周年というのは、大きな目標がであったけれども、大きな壁でもあったのです。是が非でも100周年を成就させていただかなければならなかったので、他のことが何もできておりませんでした。しかしこの100周年のご奉公が無事に終った以上、今度は恩返しです。200周年に向けての新時代のご奉公をブラジルで切らさせていただきましたし、今日ここで、歴史が動いていることを感じて、更なるご奉公への精進を誓わせていただきます。
 全然遠い日本だとは思っておりません。だからこそ心を一つにして。皆さんのエネルギー、支援を向こうでも感じさせていただきながら、きっとご奉公に倍の精進・エネルギーが湧いてくるものと大変喜んでおります。
 本当に皆さん、この度のお会式の機会を与えてくださってありがとうございました。また局長さんもブラジルまでご信者さんと共に来てくださって、本当にありがとうございました。
 それでは御法門を拝まさせていただきます。
 佛立開導日扇聖人の御教歌に、
「ほしいまゝに 身をな持ぞや 妙法の 修行は娑婆の いのちなりけり」
 二つと無い命を、特にこの娑婆世界における命を、妙法の修行、つまり、人助けのために思う存分使いなさいということを、お教えいただく御教歌です。
 さて、人生面白くないというときは二通りあります。それは「個人として面白くないとき」と「全体として面白くないとき」の二つです。個々が面白くないということが多いのは、それぞれ「我」が衝突するからで、これは決してなくなることはありません。
 しかし、自分を殺す必要はない。信心の眼を持って、だんだんと全体の中の自分を見つめ始めますと、何と有り難い、今までの至らなかった自分の愚かさと、本当の自分の素晴らしさとに目覚めていくことができるのです。いわゆる、全体の中にこそ、私たちが生きる命の本当の値打ちがあるのです。そう見れば、「修行」というものは、決してお坊さんを対象にしたものではなく、きっと誰でもしたくなる面白い生きがいのあるものになってゆくのです。
 そんな修行の中で、本当の自分を引き出してくれる修行に、「南無妙法蓮華経」の力に勝るものはない。だから安心して、2つとない最も大事な宝…「この命」をお預けして、存分に生きることです。
 具体例として、クリチーバ如蓮寺、私がご奉公させていただいているお寺のご信者さんにエジソン・ユカという50歳の方がおられます。一昨年前からご信心にお出会いして、今までの生き方をきっぱり捨てて、妙法の修行を中心に生きるようになりました。それからというものは、無職であったのに仕事が見つかり、必要としていた家の補修もでき、いろいろな御利益を頂かれました。
 ところが、夜の仕事で、朝の五時までの勤務ですから、気が付けばお寺から足が遠のいていました。しかしそれに気付いた本人は、早速改良して、仕事場から直接朝参詣するようになり、先週の13日に、初めて冬季参詣(今ブラジルは冬です)の個人目標を達成することができました。
 その喜びに、「時間はかかるかもしれませんが、必ず奥さんを教化させていただきます、50年にしてやっと感謝と喜びに生きることを覚えました。全くご信心のお蔭です。今までは転々と色々な宗派を試してみましたが、この本門佛立宗は、初めて私を、本当の人間に作り変えてくれました」と喜びいっぱいに語ってくれました。妙法の修行に純粋に生きればこそ頂ける御利益なのです。
 私たちが拝まさせていただく御題目、お祈りは物事をよりよく考えていくためだけのものではないのです。逆につまらない考えをやめて、すぐにしなければならないことを速やかに実行に移すために、「命の修行」のために祈らせていただくのです。言い換えれば、頭で分かりきって、今までできていなかったことが、自然にできるようになるのです。そうしたものはみな、妙法修行の功徳の力なのです。
 そこで妙法修行の力について、少し触れさせていただきます。ひとことで言えば、「自分、人、ともにそのままの姿で救える、唯一の修行法である」ということが言えます。事実そうでなければ、私は今ここに居ることができなかったのです。あと半年で、お寺に入ることを許されてから三十年目を迎えますが、「そのまま救う」という佛立宗に救われました。
 教務になりたいと思ったのは七歳の頃からです。最初はキリスト教、後にプロテスタント、念仏、真言いろいろな教会、寺院を周り、体験しましたが、いずれを訪ねても先に「君は悪すぎる。もっと良くならなければ信仰はできない」と教会や天国に入ることを拒まれたのです。自分で良くなれるくらいなら、入らんわいと(笑)。どうも善人ばかりしか救えない宗教だなと思いました。「善人も悪人もそのまま救いましょう」というのが本門佛立宗、妙法の口唱の修行です。
 具体的に申しますと「お前、いつになった分かるんだ。俺がこれだけ教えてやってるのに」と言うことがありました。でもそれではダメなんです。そういうふうに言う人は、仮に相手が分かっても変わっても、心に慈悲がないので、結局はいつまでたっても人を救うことはできません。
 西洋思想では、悪の人格化として「悪魔」というものをよく強調します。ある日、テレビ番組に出演しておりまして「悪魔についてあなた方仏教徒はどのように思いますか」と聞かれて、「教化の対象です」と即答したら、アナウンサーが大変びっくりしました。そしてさらに「悪魔を救える宗教こそ本物です」と念を押すと、しばらく黙っておりました。
 いろいろな宗教、神仏にも色々ありますが、みな一緒くたにするのは正しくありません。佛立は勝劣の立場を取り、優れて最も信仰の対象となりうるみ仏は、誰でもそのまま救える、南無妙法蓮華経のみ仏です。いわゆる「救済力で勝負」です。そうなればこそ誰も迷わなくなります。論よりは証拠です。本当に困り果てた人、誰もが「あんたなんか知らん。あなたなんかもういらん」という人を、み仏、御題目の力で、そのまま助けてくださるのです。
 ブラジル開教の祖、茨木日水上人は尊い上に、大変面白いお方であられました。ある日、道を歩いているときにある人に呼び止められて「私、この右腕が病気です」と言われて、差し出されたその人の腕に、筆で南無妙法蓮華経と書いて唱えさせたところ、腕が治ったというのです。聞くところによると、日水上人は、名前さえお聞きにならなかったそうです。これは「そのまま救う」ということに他なりません。妙法の力を以てすれば、誰もが救える、みなが救える状態が自然に整えられます。
 人が、「もういい」という心から「良かった」という気持ちになります。
 「君がやれ」という気持ちから「させていただきます」に。
 「お前つまらないことばかりする」から「よくしてくれて本当にありがとう」に。
 「これだけしているのに誰も分かってくれない」から「みんなのおかげだ」に。
 「みんなが悪いんや」という気持ちから「すみませんでした」に。
 「もう二度としない」から「いくらでもやり直させていただきます」に。
 「大嫌いだ」から、「愛してる」…とまではいかなくても「好きだよ」と言える心に。
 「何かしなさい」から「ちょっと手伝ってくれませんか」。
 そして、「自分自身が偉い」と思う気持ちから「どうか助けてください」
と御法さまに素直にお願いができ、人さまと喜んで共存できる人間に、不思議に自然になっていきます。そのままの状態で、心に御題目を頂いたらこんなに素晴らしく生まれ変わることができます。
 今月の2日、3日に、初めてブラジルのお隣の国、パラグアイにお助行に行かさせていただきました。
 パラグアイの首都はアスンシオンでございますが、別にお寺もご信者さんもあるわけではなかったのですが、とにかく1年半前に頂いた一通の手紙を頼りに出発しました。行き先も時間も相手もはっきり定まらない修行の旅も、また楽しいものでした。
 アスンシオンに着いたときに、行き先の町は、なんと、さらに400キロ離れていたことに初めて気付きました。そこでお計らいを頂き、ブラジルの免許でもパラグアイで運転できることを知り、レンタカーを借りて飛んで行き、4、5時間かかって着きました。ところがそれから12時間かけても手紙をくださった74歳のオイカワ・ユウイチロウさんという方を見つけることができませんでした。
 住所も変わっており、電話もない。運転しながら「ここまで来た以上は、ひと目でも、何とかして会いたい」と涙を浮かべることもありました。
 そうすると、「その人なら知っている」という人が現れて、知人に迎に行ってもらうことができ、2時間後、お互いに路上で抱き合い、涙を流し、木の枝に御本尊をお奉りして、拝ませていただきました。まさに、「妙法の修行は娑婆の命なり」の文字通りの教えを実感させていただくことができました。
 オイカワさんは、元、八王子清流寺所属のご信者さんでありましたが、9年前にパラグアイ人の奥さまと一緒になられて、9人子供がいるのですが、その方とパラグアイに佛立宗の組を作りたい一心で渡れたといいます。
 本当に食うに事欠く状態だったそうで、ごっつい大きな手で、爪の中には土がいっぱいでしたが、何にもないところに行って、ご弘通させていただきますというのは、従来の佛立信心をお持ちになっている方だな、これは本物の菩薩だな、ご弘通が血管の中を流れているご信者さんだなと痛感いたしました。
 お互いが、服も真っ黒な状態でしたが、ご弘通を誓いあって、30分の感動のうちに別れてブラジルに戻りました。一生忘れられないご奉公となりました。私は本当に心からその方を敬い、そのまま救われた気分になり、人生再出発の決意を立てさせていただきました。
 佛立開導日扇聖人の御指南を頂きますと、
「つなげる犬が柱を回りて、われとクビをしめるようなことを思い捨て、大恩教主のお慈悲にすがり、現在も未来も助けさせ給えと、打ちもたれて、御題目を一心に受持口唱せよ」
とお示しです。
 おたがいに、身も口も、心も閉じないで、縄を取る命の修行、苦しい中にもリラックスが感じられる救いを、本門佛立宗の御題目さまがもたらしてくださいます。
 そしてこの妙深寺がそのオアシスなのです。そのことを忘れずに、一人でも多く、そして人を選ばずに、我も人もこのままの状態で、とにかくご信心をさせていただこうと、一人でも多くの人をお寺にお連れして、一緒に御題目を唱えさせていただこうと務めさせていただくことが大事です。この生き方、修行を命とすればこそ、頂ける御利益です。しなければ逆に命取りになることもあります。欲しいままに生きようと思えば簡単ですが、ツケは必ず回ってきます。現代人は、ない金で買わなくていいものを買い、敬ってもいない人に、自分でない自分を演出します。そういった生き方はもったいなく、命をすり減らすことになってしまいます。
 どうぞ一日一日が一生、永遠の時です。ゆえにそれを浪費することなく、速やかにご信心に入り、み仏のお救いに共にあずからせていただきましょう。そのことをお教えいただく御教歌でございます。

2008年8月5日火曜日

大感動の『青少年の一座』

 昨日、晴天の下、第2回 青少年の一座 HBS東京シンポジウムが盛大に奉修された。「生かす、生かされる命、ありがとう」をテーマに、関東近郊の青年会の方々のご奉公が結実したのを目の当たりにして、本当に有難く、胸をゆさぶられ、大変な感激をさせていただいた。
 このご奉公は、本当に素晴らしいものだった。実行委員会が組織されたのは昨秋。千葉・唱題寺の塩田くんを委員長に選出し、彼を中心にして各部署が設置され、まさに彼らによる企画、彼らによるご奉公がスタートした。塩田委員長には、とにかく頭の下がる姿勢、取り組みを見せていただいて、ご信心をしている青年とは、これほど素晴らしいものかと感激したり、反省したり、いろいろと勉強させていただいた。もちろん、他の実行委員会で役務を拝命した青年会の方々、PRに全国を駆けめぐった広報の方々、会場寺院となる乗泉寺や法要全般を組み立ててくださった方々、数ヶ月間相当量の情報を整理して裏方としてご奉公くださった総務の方々や財務の方々、全員の部署やお名前を挙げたいくらいなのだが、本当に大変なご奉公の積み重ねで、大成功を収めたといえる。
 全国からお参詣された青少年は1800名を超えた。ここに集まった青少年こそ未来の青少年に責任がある。この子たちが御仏の教えを真摯に受け止め、菩薩の生き方を志せば世界はより良く変わる。そのために企画を練りに練って開催されたのが第2回の青少年の一座だった。
 いまの世界の状況、その世界の中で日本に生まれ、そこに生きる私たちはどれだけ恵まれているか。しかし、同時にどれほどの歪みを抱えているか。だとすれば、私たちはどのように生きるべきなのか。スリランカ、ブラジル、イタリア、韓国、台湾など、世界各地で生きる同世代の佛立信者たちを映像で紹介し、彼らからのメッセージに耳を傾けた。ブラジルから駆けつけた高崎御導師、コレイア御導師からメッセージをいただき、世界に広がる佛立信仰、御題目を感じ、世界の中における本門佛立宗の位置と意義を知り、では日本で生まれ、御題目に出会い、ご信心する私たちはどのように生きていけばいいかを考えていただいた。
 体験談は、木村君と遙ちゃんとひろし君。木村君は暴走族に入り、親の反対を押し切って20才で起業し店舗を経営。3年後に多くの負債を抱えて職を失い、心身共に追い込まれた。家族と絶縁し、当てつけのように「本門佛立宗とも絶縁します」と一筆をいれていたので、死ぬ勇気はないが、死ぬことばかり考えていたという。しかし、お母さんの「苦しい時には御題目をお唱えしなさい」という言葉を思い出し、片道2時間かけて清雄寺に通った。そこで江原師と出会い、江原師はポロポロポロポロ涙を流して彼の話を聞いてくれたという。そんな折、木村君は交通事故に遭ってしまう。やはり、「御法さまなんていねえな」と思ってしまった。しかし、実はこの事故をきっかけにして多くの人が集まり、窮地に追い込まれていた木村君を救ってくれた。負債など、すべての問題はあっという間に解決した。
 嬉しさの中で清雄寺に御礼参詣をさせていただいた時には、涙が次から次へと止まらずに流れて仕方がなかったという。ビデオの後、本人に登場していただいて、涙を流しながら読んでくれた手紙は、パーキンソン病を患っていたお母さんやお姉さんへの愛に満ちていた。「恩返しをしたい」と、御法さまへの感謝とご弘通への思いに燃えてくれていた。それにしても、江原師の慈悲に満ちたご奉公には感激した。
 遙ちゃんは中学二年生。本当にしっかりした子でびっくりした。登校拒否から自殺未遂など、幼いながら苦しみを抱えていた。千葉唱題寺の木更津別院で、彼女は堅裕師や堅裕師の奥さま、多くのご信者さんの温かい心に触れて、遙ちゃんの閉ざされた心は開かれていったという。本当に、これも堅裕師のご奉公、奥さんが朝参詣に家まで彼女を迎えにいってあげていたことなど、見習うべき菩薩行の姿勢、行動に感動した。遙ちゃんは、彼女を支えてくれた人たちへの感謝の言葉を涙を溢れさせて語ってくれた。そして、木更津別院に青年会と薫化会「青薫会」を発足させ、婦人会や壮年会にも恩返しをしたい、と言ってくれた。こんな素晴らしいことがあるだろうか。
 ひろし君は、青少年に向けて、力強くご信心の喜びと、具体的にどのように生きていけばいいかを、分かりやすくお話ししてくださった。これには、多くの若者が勇気づけられ、今日を終わって明日から、どの方向に進むべきかを示してくれる最も重要なことを伝えてくれた。9ヶ月で36戸のお教化を成就し、夢を諦めずに生きろ、俺たちにはご信心がある、必ず夢は叶う、御法さまとお約束をさせていただこう、お約束をしたらそれを破らないことだ、人のために祈れ、人のために生きてゆこうと覚悟した者だけが、本当に豊かな人生を送ることができるのだ、と。
 ブラジル、スリランカと、会場を同時中継で結び、御講有の御唱導の下で一座のお看経。良いお看経について丁寧に説明をさせていただいて、1800名で本堂の壁が割れんばかりの御題目をお唱えした。本当に、この御題目の響きには感動した。鳥肌が立った。
 本当に、ご奉公者に、感謝、お参詣者に、感謝。伏して、御礼を申し上げたい。ありがたい。もっともっと書きたいことがあるのだが、時間がない。とにかく、
『ありがとう』

The movie summary of Sri Lanka HBS activity in 2018.

The movie summary of Sri Lanka HBS activity in 2018. スリランカHBSが制作した2018年の活動をまとめた短編映像です。