2023年10月30日月曜日

クライマックスの高祖会から


























午前3時過ぎ、重ねて重ねて、私の人生の大きな転換点で大変お世話になった方が亡くなられたことを知りました。昭和6年生まれ、満92才。


先ほど枕経から戻って参りました。本当に、どう表現していいか分からないくらい、大きな大きな節目、転換点を迎えていることを感じます。


昨日は妙深寺創立80周年の高祖会を晴天のもと盛大に奉修することが出来ました。小原日諭御導師による待ちに待ったご唱導でした。クライマックスの中のクライマックス。本当にありがたく、8年前のことを思い出しながら胸がいっぱいでした。


8年前、旭の帰寂の直後、小原日諭御導師はネパールに飛んできてくださいました。清水清康師に青森まで智美奥さまと芳ちゃん、富ちゃんを迎えにいってもらいました。小原御導師はパスポートが切れていたのですが、在ネパール日本大使館から外務省にリクエストをあげ、20分ほどで発給していただきました。


これ以上ないほど哀しく辛い出来事が、そのままにしない、そのままで終わらない、定業能転、現証の御利益へと変わり、有難く尊い出来事へと変わってゆく。昨日の奉修はそのような証明の一座と感じました。


小原日諭御導師、京子奥さま、遠方よりお参詣、団参いただいた皆さま、妙深寺のお参詣、ご奉公いただいた皆さま、本当に、ありがとうございました。


奉修直後、やはりご因縁の深い方からお電話があり、ある意味では寂しいお申し出もありました。しかし、それもこれも節目なのだと思います。ここから先はさらに水際を立てて、しっかりと線引きが為されてゆくのでしょう。簡単ではありません。末法に生きるということ、如説修行抄にあるとおりです。


世界はこれまでの果報が尽きたかのように、先送りしてきた問題が噴出し、全人類の問題として突きつけられています。もう見過ごすことも目を逸らすことも出来ません。


日本でも奇策や画策ではない真っ当なことが求められているのだと思います。ギアを変え、バージョンをアップし、心を引き締めて、これからのご奉公に臨みます。


クライマックスの高祖会、お参詣、ご奉公いただいた皆さまに、心から御礼申し上げます。


ありがとうございます。


2023年10月29日日曜日

奇跡のお寺であるために


妙深寺創立80周年の高祖会。この後10時から第二座を仙台 妙法寺・気仙沼 清護寺・一関 一乗寺ご高職 小原日諭御導師にご唱導いただきます。


奉修の間に慈しみの雨が降り、大地を心地よく潤してくれたようです。すでに青空が広がり、1時間後のご奉修をお待ちしています。


30年前、50周年の高祖会は歓喜の中で迎えました。


4月3日、絶体絶命の死の宣告、49日間も意識不明だった先住が、見事に奇跡の回復を果たして舞台に立ち、原正雄さんや伊藤利男さんと共に50周年を祝う鏡割りをなさったのでした。


奇跡のお寺・妙深寺。あの日の喜び、感激を、忘れることは出来ません。


あれから30年。妙深寺が、混沌とする世の中にあって、人びとの心の闇を照らし、さらにお役に立てるよう、思いを新たにします。


新しい時代の生きたお寺・妙深寺の御会式です。

2023年10月28日土曜日

気づいた人から幸せになる































妙深寺の御会式、晴天のもと無事に第一座が奉修されました。青森 青松寺 小原日盛御導師にご唱導の栄を賜りました。記念の年のクライマックスを飾る待望の高祖会の第一日目でした。


旭の帰寂から8年。もう、8年も経ちました。あの日のことを思えば、どれだけこの度の御会式が大切か分かっていただけるはずです。


小原日盛御導師から頂戴した御法門、御教歌「二度三度 こまる斗の損をして おそまきにまく正直の種」。決して忘れることなく、精進させていただきましょう。今の私たちにとって、とても大切な御法門と確信します。


奉修後、旭の姪にあたる葵ちゃんの初参詣の一座を奉修させていただきました。富ちゃんの長女。昨日の夜はずっと抱っこしていました。名付け親にとって最幸の時間をいただきました。


旭が与えてくれた小原家とのかけがえのない御縁。芳ちゃんの結納式をさせていただいたり、富ちゃんの愛娘の名前を付けさせていただいたり、何もかもありがたく、感謝しかないです。


今日は旭くんのお父さま・小原日盛御導師による奉修、明日は旭の尊祖父・小原日諭御導師によるご唱導をいただきます。是非ともお参りなさってください。


今回の御会式では妙深寺顕彰碑に納塔させていただいた先勲功労者のご遺族に納塔証の授与式も執り行いました。永久に讃え、顕彰してゆきたいと思っています。


記念映像も素晴らしかったし、感動のキャンプについて話してくれた平石くんのスピーチも最高でした。御会式のご奉公者に見守られながら初参りの一座なんて、葵ちゃんは果報があります。ボロボロに泣いていた彰くんと富、想いが溢れていたんだね。ありがとう。


ずっと本番ですが、明日こそ本番中の本番、クライマックスです。異体同心で、心と体を一つに、ご奉公させていただきましょう。


ありがとうございます。

素敵な旋律を身にまとう






一人ひとり、ある種の旋律というか、その身にまとっている音波、波長というものがある。


それは、過去から積み重ねてきた言動の延長線上にあるもので、ポジティブな波長もあれば、ネガティブな波長もある。


当然ながら、波長なので、波長に合うのは同質の波長、つまり、ポジティブな波長にはポジティブな波長が共振して引き寄せられるし、ネガティブな波長にはネガティブな波長が共振して引き寄せられてくる。


悪い感情に囚われ、悪い言葉を口にして、悪い行いを続けたら、全身がネガティブな波長に包まれる。そこに引き寄せられるのはネガティブな波長をまとう人たちや物事。運に恵まれるはずもなく、結果的に自ら不幸を引き寄せてる。


いい言葉を聞き、いい言葉を語り、よきことのために行動する。日々苦しく辛くても、この人はポジティブな波長に包まれて、思ってもいない幸福を引き寄せ、不思議なタイミングに恵まれる。


お寺は、最高最上の旋律、素晴らしい音波、美しい波長に身を包む場所。そこに身を置くだけで、ネガティブな波長はポジティブなものに切り替わり、清々しい力に包まれる。


幸せになるか、不幸になるか。結局は自分次第。自分で選ぶこと。


南無妙法蓮華経


今日と明日は御会式。素晴らしい波長に出会うために、足を運んでみてください。


写真は数年前、妙深寺の御会式の日、上空に現れた不思議な彩雲です。天地の波長が美しく重なった瞬間でした。

2023年10月27日金曜日

戦争と平和と横浜ラグーン












「世界がぜんたい幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」宮沢賢治


自分のためにも、愛する人のためにも、世界の平和を祈り、誰かの幸福のために努力することが欠かせません。そう信じています。


残念ながら、この瞬間も恐怖に怯え、愛する人を失い、実際に命を落としてゆく人びと、か弱い女性や子どもたちがいます。


10月25日の放送は、イスラエル、パレスチナで続く紛争、憎悪の連鎖についてお話をさせていただきました。朝から重たい話ではありましたが、どうしても知っていただきたい、いま考えるべきことと思って、お話いたしました。


悲しい戦争についてお話した今週の選曲は、ジョン・メイヤーの「WAITING ON THE WORLD TO CHANGE’(世界が変わるのを待っている)」と、JP Saxe feat. ジュリア・マイケルズの「if The World Was Ending(もしも世界が終わるなら)」でした。


それぞれの歌詞の中には、今に通じる言葉が溢れています。


「もしも僕に力があれば、戦場の隣人を家族の元へ帰す」とか「信頼してるテレビも彼ら側の情報や彼らに都合のいいものを見せられてる。」「だから待ってる。世界が変わることを」


ボーズワードは「五十音」でした。元々はお経に出てくる発音を学ぶために作られた五十音。平安時代後期の「孔雀經」の注釈書に出てきます。音にこだわって生まれました。


今週もお聴きいただけたなら嬉しいです。週末は妙深寺の御会式です。土曜日、日曜日、午前10時からの奉修です。万難を排し、声を掛け合って、一人でも多くお参詣くださいませ。


ONAIR DATE 2023/10/25 (Wed)

https://radiko.jp/share/?sid=YFM&t=20231025053000


引き続き皆さまからのお便りをお待ちしています。

素朴な疑問、質問、感想、何でも結構です。


アドレスは下記のとおりです。

lagoon@fmyokohama.jp


FMヨコハマの番組ホームページもチェックしてみてください。「番組へのメッセージ」というボタンもありますので、そちらからメッセージを送っていただくこともできます。


https://www.fmyokohama.co.jp/program/yokohamalagoon


ありがとうございます🙏


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2023年10月26日木曜日

鬼になる前に


「人道」という言葉など硝煙に消え果てています。人類最大の火薬庫が爆発しています。


歴史学者 ユヴァル・ノア・ハラリ氏のインタビューを観ました。残念ながら半ば失望しました。


あれほど俯瞰的に人類の営みを捉えたハラリ氏をもってしても結局は歴史や宗教の呪縛から逃れられない。家族が攻撃を受け、無惨に殺傷されたら、誰もがそうなるでしょう。


大切なことは、まだ当事者でない人びとが、この紛争の根底にある原因、憎悪の連鎖を生み出す核心について目を向けることだと思います。


2003年11月、今から20年前、一人で中東パレスチナ、イスラエルに行ったのは、たった一つのバイブル、『旧約聖書』に端を発する3つの宗教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の原点に触れ、その対立の核心を知るためでした。


女性や子どもも巻き込む無慈悲な攻撃、多くの市民が犠牲になることを知りながら行われる爆撃。


これまでも無差別爆撃、原爆投下など、人間の凶悪性を象徴する戦争の惨禍はありました。それらの検証や反省は今後もなされていくべきです。


しかし、この中東の地の紛争においては、やはり「宗教」を外して理解することは出来得ません。よくよく、『旧約聖書』にある神と人間が交わしたとされる文言を知るべきです。


旧約聖書冒頭の「ヨシュア記」で、神はモーゼの次にイスラエルの王となったヨシュアに対して、約束の地を奪還するための戦争を開始するように命じます。


「主はヨシュアに言われた。『恐れてはならない。おののいてはならない。全軍隊を引き連れてアイに攻め上りなさい。アイの王も民も町も周辺の土地もあなたの手に渡す。(後略)』(中略)

その日の敵の死者は男女合わせて一万二千人、アイの全住民であった。ヨシュアはアイの住民をことごとく滅ぼし尽くすまで投げ槍を差し伸べた手を引っ込めなかった。」(ヨシュア記 第八章第一、二十五、二十六節)


『旧約聖書』の中で展開される物語。それは3大宗教を信奉する方々にとっては大切な史実。ヨシュアは神に戦争の方法を手引きされながらラッパを吹き鳴らして戦争を開始します。


「七度目に、祭司が角笛を吹き鳴らすと、ヨシュアは民に命じた。『鬨(とき)の声をあげよ。主はあなたたちにこの町を与えられた。町とその中にあるものは、ことごとく滅ぼし尽くして主にささげよ。(中略)金、銀、銅器、鉄器はすべて主にささげる聖なるものであるから、主の宝物倉に納めよ。』角笛が鳴り渡ると、民は鬨の声をあげた。民が角笛の音(ね)を聞いて、一斉に鬨の声をあげると城壁が崩れ落ち、民はそれぞれ、その場から町に突入し、この町を占領した。彼らは、男も女も、若者も老人も、また牛、羊、ろばに至るまで町にあるものはことごとく剣にかけて滅ぼし尽くした」(ヨシュア記 第六章第十六、十七、十九~二十一節)


「これらの町町の分捕り品と家畜はことごとく、イスラエルの人々が自分たちのために奪い取った。彼らはしかし、人間をことごとく剣にかけて撃って滅ぼし去り、息のある者は一人も残さなかった。主がその僕(しもべ)モーセに命じられたとおり、モーセはヨシュアに命じ、ヨシュアはそのとおりにした。主がモーセに命じられたことで行わなかったことは何一つなかった」(ヨシュア記 第十一章第十四、十五節)


ヨルダン川を渡りつつ、村々を焼き払い、女性や子供までをも殺戮しながら、ヨシュアは約束の土地を奪還することに成功するのです。ヨシュアがこのことを神に報告をすると、神は彼を褒め称えます。


こうした『旧約聖書』の内容を、どれだけの人が知っているでしょう。


「主はヨシュアに言われた。『彼らを恐れてはならない。わたしは明日の今ごろ、彼らすべてをイスラエルに渡して殺させる。あなたは彼らの馬の足の筋を切り、戦車を焼き払え』(ヨシュア記 第十一章第六節)


偉大なる存在に気づくことは大切です。それは人生にとって価値あることに違いありません。


ですから、神の存在を知り、神の前にひざまずき、神の前で謙虚になること、神のために慈悲深く生きること。それだけであれば尊いと言えます。


しかし、その根本に、バイブルに、このような神と人間のやりとり、「史実」があったならば、どうでしょうか。それは、危険な遺伝子にはならないでしょうか。そう思いながら、20年前、私はパレスチナの地を歩いたのです。


『旧約聖書』にある神から与えられた土地=「約束の地」は、およそ2000年ぶりに建国された現在のイスラエルの国歌にも反映されています。


イエスの時代を記述したといわれる有名なヨセフスの『ユダヤ戦記』にはユダヤ人たちがローマとの戦争に突入する様子を見て、冷静なアグリッパス二世がエルサレムで行った長い演説が載せられています。


「戦いに乗り出す者はみな、神の助けか人間の助けにより頼むものだ。しかし、その助けがどちらからも来なければ、戦いをする者たちは必ず滅びを選び取る。いったい何が、お前たちが自分自身の手で子や妻たちを殺め、このもっとも美しい祖国を焦土にしてしまうのを止めることができるのだ。お前たちがこのように狂気に突っ走れば、その得るものは敗北の不名誉だけだ。」


王はこう語ると妹と共に涕泣しました。しかし、ユダヤの民衆はこの王を追放して戦争へ突き進みました。そして、無惨にも敗北し、祖国を失い、流浪の民として2000年間を過ごしたのでした。アグリッパス二世とは新約聖書の「ヘロデ王」の子に当たります。


残念ながら『マタイによる福音書』には、愛を説くイエスの言葉としては驚くような言葉があります。


「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣(つるぎ)をもたらすために来たのだ。私は敵対させるために来たからである。人をその父に、娘を母に、嫁をしゅうとめに。こうして、自分の家族の者が敵となる。わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのである。」マタイによる福音書 第十章第三十四~四十節)


神学的な解釈は様々に成立します。しかし、『旧約聖書』からこれらの言葉を読めば、ここにも危険な遺伝子が垣間見えるのです。


愛する人を傷つけられて正気でいることは極めて困難です。人間は仏にも菩薩にもなれば、修羅にも鬼にもなる。


憎悪の連鎖と増幅が、この瞬間にも起こっていること。エルサレムの壁の上で、もう、どうにもならない無力感に陥った20年前。人類を束縛するあまりにも巨大な重石を目の当たりにした感想でしたが、今こそ呪縛から解放される努力をしなければならないと思います。


鬼になる前に。

日帰り身延山

昨日は身延山でした。日帰りする場所ではありませんが、昨夜は23時ごろギリギリに戻って参りました。清信師に随行していただきました。ありがとうございます。 この数年、日蓮聖人門下連合会の理事をさせていただいてきましたが、毎年どうしても身延理事会の日程が合わず失礼してきました。今年は...