2013年3月31日日曜日

さくら

御法さまにお縋りする以外はないと、その子が抱えた心の闇を見て、思います。とにかく、御題目は「唱えるお薬」。届きますように。

少し肌寒くなりましたが、昨夜は町内の皆さま約200名がお越しになり、夜の観桜会を開催いたしました。一週間前倒しの開催となりましたが、たくさんの方に来ていただけて、ありがたかったです。

桜の開花にあわせた急なスケジュールの変更でしたが、壮年会さんや婦人会さんが完璧に対応してくださり、感激しました。

夕方、観桜会の準備が進む4時過ぎ、本堂でお助行させていただいていました。あの時と同じ。20年前のこと。本当に不思議な気持ちになりました。そして、この子を何とかお救いくださいと、心からお願いさせていただきました。

今日は、朝から月始総講、教区独自の誓願を言上する式典を行いました。御法門では、涙が溢れました。

夕方からは青年会の年に一度の住職御講を奉修させていただきました。準備が行き届き、企画も工夫も、陶山くんのお教化とお助行とご利益のドキュメントも、素晴らしかった。83名のお参詣は立派でした。まだまだその輪を広げて、精進して欲しい。

その後も本堂でお助行させていただきながら、重ねてただひたすら御法さまにお縋りするばかりでした。札幌で、「馬鹿がつくぐらい、素直正直でいい」と教えていただいたことを、思い返して、智慧や才覚を捨てて、ひたすらお縋りいたします。試されているのは、重々承知しています。

「きはまりて かなしき時にあらざれば
まことの信は 起こらざりけり」

境内の桜が散っています。池の水面は、すっかり桜の花びらに埋め尽くされました。花の妖精なら、この上を綺麗に渡ってゆくでしょうね。

境内は桜の絨毯。ピンク色です。美しい。ひらひらと舞い散る桜の花びらを、掴もうとするのですが、なかなかうまくいきません。見ていた方に笑われました。

もしかしたら、やっぱり桜の花びらには、一つひとつ、命が宿っているのではないかと想像したり。ずっと眺めていたら、昔の人がそう信じていたのも分かるような気がします。

今週はずっと右耳が聞こえず難儀してます。大きな行事は今日で乗り越えたのでひとまず安心しましたが。

そう、今日で、京都佛立ミュージアムで開催されていた「坂本龍馬と仏教展」が終了しました。最終日、私は行けませんでしたが、またたくさんのボランティアの方々にご奉公いただきました。本当に、ありがとうございました。来館者数など、今後しっかり調査してご報告いたします。皆さんのご奉公や口コミに支えていただきました。

今日で3月が終わります。明日から4月。明日はエイプリルフールで盛り上がる人たちもいますが、そんな気分ではないかな。何より長松清風日扇聖人のお誕生日。噛み締めて、お看経させていただきます。

2013年3月28日木曜日

弟子教育

昨日に引き続き、今日は年に一度の教員研修会。私の担当は弘通学で、本年は建國寺の石川御導師がテキストをご執筆くださいました。今日の講義、本当に有難かったです。

5年目の「育成力」は「弟子教育」がテーマ。テキストの冒頭から、佛立らしく明快で厳しい内容で、いつもながら胸に響きました。

『「あり方」を論じている時間があるなら「現場の実践」をした方がよい』

『要するところは、「私の言う通りやれ」ではなく、「祖師の仰せの如くやれ」ということが弟子教育の根本です。前者ならば育ちません。後者ならば育つのです。』

『今、坊さんが学ぶことは、教義学や儀式や金儲けの経文勉強ではありません。「坊さんー信徒」を、心から結ぶシステムを作ること。坊さん以前の「人間学」「奉仕学」をカリキュラムに入れることです。』

『つまり、バブル宗教の終わりということです。』

『ご信者方に「佛立信心のよさ」を語れる教務になること。』

『折伏と称して悪口を言う教務はいりません。』

『法難の中でよろこびを発見されたのではなく、御法のよろこびを体認されて、法難の中へ飛び込んでいかれました。外見の閉塞感に惑わされず、自らの心に喜びを持ち、教化や相続が難しい現代の法難に向かっていくことです。』

開導聖人の御指南も次々と引かれて、心が清々しく晴れてゆきます。

『人を害せんと思うも我心より也。其報い己れに帰す。』

『清風は世渡りの為に出家したるにはあらず。』

『教導職々々々とほこる坊主にろくな者はない。こんな坊主に布施するな、与同罪也。』

『真実のわが子也と有るにより、清の一つ授け候て名乗り給うべし。』

『当世無道念の坊主等を見るに、よき寺にすわり、よき衣を着て、旦那の信施を貪り、栄耀をせんと思える故に、ますます不帰依にて、寺、大いに破損し、大法おとろえて、日々くらしかねたる不知恩の大罪人なり。・・・常のものいい、行儀作法、又は人から心に慈悲正直そなわり給いて衆人の上にたち、人に用いられずば法はひろまりがたし。むつかしきも何も皆、御法の御為の修行こころえ也と思い給わば、いかようのことも辛抱なるものに候。』

『寺院道場は、正法住持の有無による。・・・住職導師の信謗によてかわる。』

『信者が先か、寺院興隆が先か。答曰、信者有りて後寺院建つと云々。・・・されば弘通は寺院の大小によらず、人の信心の有無によると云々。』

『口伝。人の多きを喜べば却てへる也。』

本当に、有難い授業でした。大切にお伝えしたいと思います。

さらに引き続いで4月末の記念大法要の会議。その合間を縫って、亀ちゃんのオフィスのお戒壇を拝見。護持御本尊をお迎えします。

そして、佛立会館の完成後の映像撮影がありました。ステディカム。イケメンカメラマンの前中くんが体力勝負の撮影に挑みました。欧米ではアメフト選手のような屈強なカメラマンが多いのは、こういうことですね。でも、憧れでした。この機材は。ステディカム。貴重な浄財で建立された佛立会館を、永久保存版の映像にしてくれました。

オフィスのご宝前

新しくはないのですが、こんなに素敵な一棟のビルをオフィスに出来るなんて、男の夢ですね。

漆喰の、雰囲気のある白い塗り壁、大きな窓、吹き抜け3階建て。しかも、本山から歩いて数分の場所。

このオフィスのど真ん中、3F部分に、立派なお戒壇をお迎えしたのですねー。現薫師のブログでも見ていたのですが、すごいことです。ハートがあり、強い志があります。

椅子も、合掌しているような形のものを、わざわざ選んで据えて。

これから御本尊さまをお迎えします。こちらの方がドキドキします。

2013年3月27日水曜日

満開の本化桜

本当に、瞬く間に過ぎてしまうもの。何事も、そうですが、桜の咲く頃は、このことを強く思うものです。

儚さ故に美しさが増すのでしょうか。すぐに訪れるであろう別れの予感が、愛しさを何倍にもさせるのでしょうか。きっと、どちらもそのとおりですね。

妙深寺の桜は満開を過ぎました。30日は桜吹雪の中の観桜会、31日も桜の花びらが舞い散る月始総講となるでしょう。昨日の朝、今年の本化桜の晴れ姿を撮りました。素晴らしかったです。

見逃したら、あっという間に満開を過ぎてしまうものです。ほんの数日のことですが、見逃したら来年まで待たなければなりません。桜の花であれば来年も咲いてくれます。しかし、私たちの周りには、気づいた時には手遅れということが溢れています。組織もそうです。作り上げてゆくのはたくさんの年月がかかります。でも、壊れるのは一瞬です。

そうならないように、備えておかなければなりませんね。

今日は、年に一度の研究発表大会です。主催は佛立教育専門学校と佛立研究所。先ほど、無事に終了いたしました。

花冷えの京都。都の桜は五分咲きでした。

2013年3月26日火曜日

富士山と河口湖

「この山を見て、権力と権威の違いを思え」

若い頃、ある方に教えられました。威容というのは、静かに、ただ美しく佇んでいるこの山にこそ相応しい言葉です。威厳がある。威容を誇る。そんな姿です。

久しぶりに真近で見ました。やはり、思わず息を呑む迫力でした。

11時頃、河口湖に着きました。たくさんの思い出が詰まった特別な場所です。水位の低下が富士山噴火の予兆ではないかと心配されていますが、きっと大丈夫です。しっかりとご奉公させていただきます。一番、喜んでくれるように。みんなも、喜べるように。

もう、横浜に戻っている途中です。「正ちゃん特製吉田うどん」をいただきました。本当に美味しかったー。何をやらせてもうまい!そういうところが俺とは違うなー。とにかく、彼が受け継ぎ、作り上げたこの場所は、見事なまでに落ち着きました。僕も、出来ることをさせてもらいます。

それにしても、あの雄大な山を見て決意しました。

今年、妙深寺教務全員で、富士山登頂に挑戦しよー!

2013年3月25日月曜日

札幌でのご奉公を終えて

信廣寺の美しい本堂に、たくさんのお参詣をいただいて、無事に、北海道でのご奉公を終えさせていただくことが出来ました。

その広い境内には、まだ雪が山のように積み上げられていました。改めて今年の冬の厳しさを感じました。そのような厳しい環境の中、北海道のご信者の皆さまは毎日お参詣に気張られています。日養上人から受け継がれた、風雪をものともしない強いご信心です。温暖な横浜でご奉公させていただいている自分の甘さが浮かび上がってくるようでした。

そうした皆さまを前にしてのご奉公です。お恥ずかしいかぎりですが、今の自分にさせていただける最大限、自分に伝えられること、伝えなければならないと思っていることを、精一杯、真っ直ぐに、お話させていただきました。力が入っていたのだと思います。声が枯れていました。

兎にも角にも、無事に終わって、何より有難いです。私のような者に過分なご配慮をいただき、恐縮するばかりでした。錬成会ということもあり、久しぶりにお会い出来た方々とゆっくりお話する時間がなく、これだけが残念だったのですが、次の機会の楽しみにさせていただきます。

私にとって最も有難かったことは、姫井御導師から様々なことについてお話を伺うことが出来たことでした。日養上人と妙深寺の初代日博上人は、同じ「正」の字をいただく信広門下の教務として、常にご弘通ご奉公のために肩を並べて精進されていた御導師方とお聞きしていました。今の私たちとどこが違うのか、御導師のお話をお聞きしながら気づけたように思います。本当に、昔の御導師方を称えているだけではダメ、今の私たちがどうなのかということです。日養上人のご教導、ご弘通のお姿は、今でも多くの方々の心で息づいていました。

伊藤局長さまとは、お会いするたびに、深くて、内容の濃いお話が出来るので、本当に有難いです。お話していると時間を忘れてしまいます。ブラジルにご一緒した藤田前局長さまも素晴らしいお方でしたが、伊藤局長さまも大変な識見とご信心をお持ちの方で、こうした講務の方々の層の厚さ、人材の豊富さこそ、信廣寺の素晴らしさだと感服いたします。

振り返れば、素直正直なご信心の実践こそが大切なのだと、改めて思い返すことの出来た札幌でのご奉公でした。

信廣寺の皆さま、道北布教区の皆さま、本当に、ありがとうございました。

2013年3月24日日曜日

飛行機の窓から

道路の両脇には、高く積み上げられた雪。昨日と今日は雪もなく穏やかですが、テレビ塔を見上げると札幌は氷点下。北海道は、まだ梅も咲いていないと教えてくださいました。満開の横浜と氷点下の北海道。今年はよほどジェット気流の流れがおかしいのでしょうか。

信廣寺では道北布教区の青年会が泊りがけで、教養三会が今朝から錬成会を開催されているそうです。プログラムを拝見しましたが、勉強になります。

10時からの講演ということですが、本堂内に10個のモニターを設置されたそうで、今回初めて使用するとのこと。信廣寺の本堂はそれでなくてもドーム型で美しいのですが、その中身も今回最新の機能を備えられたということです。4月の記念大法要に向けて準備を進められました。すごいです。

昨夜、日養上人の尊いご指南、ご弘通の要諦、ご奉公の姿勢など、とにかく勉強させていただきました。有難いです。

10時からの講演会、全身全霊でご奉公に当たらせていただきます。

飛行機から、お月さまが見えました。千歳空港に着くまで、ずっと窓から見えていました。北上する飛行機の窓から、三陸の海岸線も見えました。大きな津波に襲われた海岸です。色々な思いが浮かびながら、窓の外を眺めていました。

2013年3月23日土曜日

札幌に向かいます

やっと、羽田まで辿り着きました。段取りの悪い自分が情けない(涙)。頭痛と耳鳴りで、資料作りもギリギリー。昨夜の布教区参与会はウェブでの参加にしていただきました。申し訳ないです。

同時に、〆切が迫っているのが、4月中旬から京都佛立ミュージアムで開催する「門祖日隆聖人550回御遠諱記念展示」「室町の救済者 日隆 写真の旅 〜越中富山から種子島・屋久島まで〜」の原稿。メールが膨大で、倒れました。

とにかく、明日のご奉公が、無事にさせていただけるように、願うばかりです。北海道は例年にない風雪に襲われ、多くの被害が出たと聞いています。まだ雪が残っているようです。こちらが例年になく早い桜の開花に驚いているのですが、北海道は寒さが厳しいようです。コートを手に、飛行機に乗ります。

2013年3月21日木曜日

週末は札幌 信廣寺へ

妙深寺の桜、もう七分咲き、八分咲きというところでしょうか。先ほど境内地を一人で歩きました。本当に、見事です。毎年、息を呑みます。

父が亡くなった年の春、細くなった父の腕を抱えて、同じように桜の下まで歩いてゆきました。そして、この桜を見上げたのです。毎年、同じことを書いていますね。でも、毎年、思い出すのです。

この桜から名前をもらい、この桜からご信心まで教えてもらったように思います。4月3日、先住が満開の桜の下でお怪我をされてから20年目を迎えます。

妙深寺の桜のプログラム。30日の午前中は「開導まつり」の準備御奉公、その夜は町内の方々をお呼びした夜の観桜会です。きっと満開ですね。一人でも多く町内の方々にお越しいただきたいです。31日は10時より4月度の月始総講。ここで「平成の改新御奉公」の各教区独自の誓願を言上いただきます。そして、4月3日は16時から22時まで先住のお怪我『佛立魂』から20周年を記念した口唱会を開催します。本当は24時間か、48時間くらいしたいのだけど、時間が取れませんでした。あの時のことを、知っている人も、知らない人も、この時間帯のお看経、感じることができるはずです、是非ご参加いただきたいと思います。お持ちになっている方は、もう一度、拙著『佛立魂』を読み返していただきたいです。26才の時に書いたものですから文章力がありませんが、正直な気持ちを綴っています。

4月7日、もう葉桜になっているかもしれませんが、「佛立こども大会」「開導まつり」を開催します。ここで、夢をこめた妙深寺の「ツリーハウス」の起工式を行う予定です。例年のように、ふれあいの森がテーマパークのようになります。是非、ご家族でお参詣ください。

さて、私はというと、週末は北海道に伺わせていただきます。今回、私のような者が、「札幌 信廣寺 教養三会合同錬成会 & 道北布教区青年会 錬成会」という大きな会にお招きいただき、講演会をさせていただくことになってしまいました。北海道には、再会したい方、お会いしたい方がたくさんいます。北海道の皆さまは、ご信心の強い方々ばかり。その前でお話しのはとても緊張しますが、精一杯ご奉公をさせていただきたいと思っています。

3月24日(日)、札幌信廣寺にお参詣させていただきます。よろしくお願いいたします。

2013年3月20日水曜日

イラク戦争から10年

今日、イラク戦争の開戦から10年目を迎えた。無事に春季総回向を奉修させていただき、その後は評議委員会、たくさんのご面会もあったが、今日は、このことを思い返していた。

西欧ではミレニアムなどと呼ぶ2000年に先住がご遷化になり、未熟で愚かな私の、住職としてのご奉公が始まった。先住が亡くなった時、自分も死んだと思う。あの時死んだから、生まれ変われたのかも知れない。本当のところ、分からない。

そして、翌2001年、住職就任式の直前の9月11日、米国同時多発テロが発生した。自分のこれからの生き方が、鮮明になってゆくのを感じた。それまでの人生で感じてきた幅広い世界が、急に狭くなり、偏っていく。そういう時代の転換点だった。アメリカによる世界平和の確立という幻想と独善性を、突きつけられた。

いずれにしても、そういう時代の転換点で新しい人生が始まった。そして、2003年3月20日、米国東部時間では19日、イラク戦争が始まった。すでに、この開戦の時、その大義なるものなど誰も信じてはいなかった。だからこそ、米英が掲げた国連決議1441に違反したというイラク攻撃は拒否権の行使なく、米英のみ、決議なしで戦争を開始した。そして、これに日本も即時同意した。

アメリカのブラウン大学の研究グループは戦争の影響に関する報告書をまとめ、イラク戦争の犠牲者は最大で18万9736人に上るという調査結果をまとめた。そして、この中の7割以上、13万4000人が戦闘に巻き込まれて死亡した一般市民だと公表し、戦費や駐留費などは約1兆7000億ドル(約162兆円)、退役軍人への今後40年間の医療費などをあわせると、イラク戦争に伴う政府支出は約6兆ドル(約570兆円)に上ると公表した。

一体、誰が何を得したんだ?

昨日、日本政府はイラク戦争開戦を支持した当時の対応について検証は行わないという考えを示した。ただし、菅官房長官は日本が開戦支持の理由に挙げた大量破壊兵器の存在を確認できなかった経緯について、「厳粛に受け止める必要がある」と述べた。昨年12月、外務省はイラク戦争の経緯を検証した報告書を発表し、「イラクに大量破壊兵器が存在しないことを証明する情報を、外務省が得ていたとは確認できなかった」と結論づけている。つまり、何一つ、分かってないのに、日本は米英に追従した。そこに善悪はなく、あるのは利害だけ。これが、これまでの日本という国なのだろう。

いずれにしても、始まってしまったイラク戦争と憎悪の連鎖、こうした世界の現状について、日本の片隅で悲憤した。戦闘に巻き込まれて死んでいく一般市民、特に子どもたちを見ていて、心から血が流れる思いだった。特に、イラク戦争は、安全保障が危機に陥ったために始まった戦争なのではないということは鮮明になり、経済、あるいは宗教や思想によって誘発された戦争であると判明した後、宗教者、仏教者として、いたたまれなくなった。

そして、2003年11月、一人でイスラエルに向かった。今年、あれから10年を迎える。何としても、もう一度、このタイミングで、中東に行きたいと思ってる。あの場所で遭遇した全て、エルサレムの市街地、それぞれの聖地、パレスチナ自治区、ホロコースト記念館、あらゆる場所で見聞きしたこと、その歴史の事実を、消化してて、あらためて、この世界に伝えたい。そう思った。

あの、イラク戦争から10年。地下鉄サリン事件から18年。もっと、もっと、生きて、伝えたいことが山のようにある。

2013年3月19日火曜日

電気屋さんにも分からない

「電気屋さん」が「停電」の原因も分からず、復旧の目処も立たないって、本当に世も末だな。免震棟は復旧したけど原子炉はまだとか。

憲法改正だのTPPだの言ってるけど、この巨大な問題は闇や霧の中にある。こうした不測の事態(全く不測ではないと思うが)が起こっても、相変わらず官邸はオロオロするだけになるのだろうか。東電は、経団連をはじめ、経済界が守る。国民は誰が守る?

どこに行っても安全はないか。南海トラフ大地震の被害想定220兆円との発表。日本経済を支えてきた生産拠点が壊滅する。大震災後の食料不足は3300万食分。東日本大震災の直後の水不足、食料不足を思い出す。

目を開いて、厳しく物事を見据えないと、本当のことは、分からない。

2013年3月18日月曜日

春のお彼岸・春季総回向

3月20日、妙深寺の本堂で春のお彼岸、春季総回向を奉修させていただきます。一人でも多くお参詣されますように、ご家族同士、部内も、班内も、お友だち同士でも、声をかけ合っていただければと思います。

高田高校仮設住宅で、初老の女性からお聞きしたお話があります。

「都会の人から見るとこっちの家は大きくって、ありゃー贅沢だーって思われてたかも知れないけど、こっちの方ではねー、若い人はみーんな大きくなると都会に出ちゃうんだよねー。だけどー、そんな子たちも盆暮れ正月だけ戻ってくるでしょー。その、戻ってきた時のためにー、無理してでも部屋やら布団やらを用意して待ってるのー。それがこっちの暮らしだったのよー。贅沢なんかじゃなかったのよねー。

ところがさー、何を悪いことしたんだが知らないけどー、そんな家も全部流されてしまって、いま仮設なのよー、目の前壁なのよー、誰が来ても泊められる場所もないんだよー。布団さしまうとこもないのよー。なんだろねー。哀しいのよー。」

その他にも、たくさん、たくさんお聞きしました。お聞きしながら、胸が締め付けられるんです。このお話も、その口調まで、耳に残っています。

私たちの暮らし、年の瀬、お正月、お盆、お彼岸、それぞれの季節の節目を、大切に過ごさなければなりません。そう思います。

昨日、お手紙を出しました。早く高田の皆さんに届くといいなー。

20日のお彼岸、先祖を思う大切な営みです。お墓があるとか無いとか、お塔婆をお願いしているとかしていないとか、それだけがお参詣の理由ではないはずです。「私のお墓の前で泣かないでください」という歌ではありませんが、お墓参りだけでは届きませんし、新しいお塔婆を立てるだけでも正しくありません。

本堂で営まれる「回向」の「法要」にお参詣し、一緒に御題目を唱え、お焼香をし、御法門を聴聞させていただく。これが、正式な中にも正当な、春のお彼岸・総回向の過ごし方です。

今日、どうしても大切な会議があり、京都におります。京都もすっかり暖かくなっています。観測史上最速に並ぶ桜の開花。あまり喜ばしい兆候ではないように思いますが、明日は朝から横浜で総回向の準備ご奉公です。

桜が咲き始めた妙深寺へ、是非お参詣ください。

2013年3月17日日曜日

美しい声

「今年は鳴かないなー、鳴かないなー」と言いながら、私を待っていてくださったとのこと。

池田さんの御講といえば、毎年マンションの前の森から鶯の美しい声が迎えてくれるのです。

昨日も、そして今日も、鳴き声が聴こえずにいたようですが、エレベーターを降りた途端、「ホー、ホケキョー!」って!

さすが鶯くん、「ホケキョ(法華経)」と鳴くだけあるなー(笑)!

今年も、美しい声を聴かせてくれて、ありがとー。完璧なタイミングでした。今日の小さなシンクロニシティ。ずっと待っていてくださったみんなも感激。鶯さん、本当に、ありがとー。

開導聖人の御教歌。

「鶯も 烏も同じ鳥なれど
声を待つのと なくをにくむと」

美しくも、厳しい。

横浜市内はあちこち渋滞していて少し遅れおりますが、午後のお席に向かっています。

2013年3月16日土曜日

春霞

陸前高田から戻り、今週中に妙深寺と長松寺を併せて3度のお総講と11席の教区御講を勤めさせていただく予定になっていましたが、今夜の京都長松寺はさすがに時間と体力が追いつかず、失礼することになりました。申し訳ございません。

いま、午前の御講から次のお席へ移動している途中ですが、麩屋町に連絡いたしました。淳慧師に代わって勤めていただきます。先月から土曜日の奉修となり、厳しい日程でした。明日は日曜日。横浜で3席の御講を奉修させていただきます。

黄砂やPM2.5、花粉症という困った話だけではなく、古来この季節は「春霞」といって遠くの景色がはっきり見えなくなるものなのですよね。空や雲や、遠くの景色を見るのが好きだから、窓の外を見ながら春の訪れを感じます。

「春霞たなびく山の桜花
うつろはむとや色かはりゆく」

2013年3月13日水曜日

「坂本龍馬と仏教展」 〜龍馬が目指した本当の維新〜 エンディング映像


「坂本龍馬と仏教展」 〜龍馬が目指した本当の維新〜のエンディング映像です。是非、ご覧ください。誰も語らず、ほとんど知られていなかった、海援隊と坂本龍馬の思想です。

どうか、拙著『仏教徒 坂本龍馬』も併せてお読みください。行間に、たくさんの思いを込めて書いています。まだまだ、始まったばかりです。
http://www.amazon.co.jp/dp/4062178516

よろしくお願いいたします。

ありがとうございます。

長松清潤拝、


「自分の為に話してるのさ」

あっという間に時間が過ぎてゆきます。

3月12日、静岡と神奈川の役員が大和の法深寺に集い、支庁協議会のご奉公をさせていただきました。それぞれのお寺の3.11。有難いです。

平成25年3月11日。厚薄浅深、その差はあれど、特別な意味を持つ、特別な一日が過ぎました。

私たちは、朝9時から高田高校仮設住宅の「珈琲日和」で、皆さまと一緒に、楽しい時間を過ごすことが出来ました。

春ちゃんも、長男も、皆さんに可愛がられて、おしるこや、炊き込み御飯や、煮物、お漬物、干し柿など、食べ切れないくらいたくさんのご馳走をいただきました。笑い声が絶えない、そんな明るい場所と時間。みんなで記念写真まで撮って。嬉しかった。

11時、大塔婆の前に移動して、3回忌の正当法要を勤めさせていただきました。13区に住まわれていた皆さまと、この高田高校仮設団地にお住まいの方々も参列くださいました。

13区だけで約60名もの方々が亡くなられました。「この地区に住んでいた者の4人か5人に一人が亡くなってしまったことになります」と、佐々木さんがご挨拶の中でお話になりました。あらためて、胸の底に、重たい何かを感じました。お世話になりっぱなしの千田さんのご挨拶。熊谷さんも参列くださり、大介さんとも再会できて、とっても嬉しかったです。

そして、ロータリーの方々が建ててくださった小屋に移動し、みんなで茶菓をいただきました。そこで、お聞きしたことを、少し書きます。

仮設でお会い方々からお聞きする話。たくさんあります。法要の後、わざわざ私たちの前に来てくださって、話をしてくれた方もそうでした。大震災の当日のことを、自分がどこにいて、家族がどこにいて、どこを、どうやって走って逃げたか、家族がどうなったか、家はどうなったか、どうやって生き延びたか、細かく、詳細に教えてくださいます。

そして、その方は、あたたかい東北弁で、話を聞かせてくれました。きっと、60代後半の方だと思います。

「俺は、自分の為に話してるのさ。ごめんね。時々、話をしないと、言葉にしないと、だめなんだよ。」

「家を流されて、仮設住宅に入った。最初はあそこにいてさ、次にあっちに移動して。」

「ドーム(サンビレッジ)にいたんだけど、震災からしばらく余震がすごかったのさ。暖房さ付けてるとドームの天井が結露してるでしょー。ドーン、と下から揺れが来ると、ドームの天井からボタボタボターって、雨よりすごい水滴が落ちてくるのさ。顔から、布団から、ずぶ濡れになるのさ。そりゃ、ジメジメして、参ったよ」

「一本松。俺は、枯れてしまったのを直すのも、どうでも、何も感じなかったのさ。ほんと、どっちでもいいと思ってのさ。賛成でも、反対でもなかったのさ。でも、ああやって、戻ってきて、うれしかった。それだけ。ただ、それだけ。うれしかったね。それは自分でも、分からね。ただ、不思議だったね。あれで、みんなが陸前高田に来てくれるなら、いいんでねーかな。観光の目玉にもなるよな。とにかく、うれしかったよ。」

こうしたことを、眈々と、次々と、僕たちの目の前で話してくださる。そして、何度も言われるのです。

「自分の為に話してるのさ。」

「被災者だな、惨めだなって感じたのは、親戚の葬式に行った時だな。避難所だから、何にもないし、着るものもジャンパーで、そこに咲いてた綺麗な花を摘んで、持っていったのさ。そしたら、親戚の連中は喪服を着てて、俺らはそんな格好で、花もそんなんで。その時は、情けねえな、と思ったな。」

「一番哀しかったのはさ、子どもの姿だったな。お父さんが津波で流されて、お母さんは毎日遺体安置所を廻るのさ。その時は、子どもを避難所に置いていく。みんな、優しいんだよ。みんなその子の面倒を見る。でも、お母さんが帰ってくると、走っていって、ギューっとスカートの裾を握りしめて離さない。ギューってして、離さなくなる。それを見るとさ、もう、悲しくてな、涙が出て、今でも、それを思い出すと、泣けてきてな。」

そう言って、また、私たちの前で、涙を流されていました。そのストレートな涙が、その他の言葉を奪ってしまいます。陳腐な、慰めの言葉や、上滑りの、理屈っぽい言葉なんて、全く無意味で、失礼な、何の役にも立たない。その方の、涙が尊くて。

振り返れば、今まで通わせていただいていて、まともな、教務らしいお話なんて出来ていません。ただ、ひたすら、ご縁をいただいて、お会いできて、お話を聞いていただけのように思います。それだけで嬉しかったし、それしかできなかった。今もまだ、それしか出来ていないようにも思います。そして、それが大切であるし、そこからしか始まらないとも思うのです。

14時半から、福田さんのお宅の跡地に建立された大塔婆の前で、お看経させていただきました。私たちは黙祷ではなく、御題目をお唱えしながら、14時46分を迎えました。有志の皆さんが集まって、お参詣くださっていて、有難かったです。

また、長い文章になりました。でも、3月11日にお聞きしたことを伝えたかったので、書きました。まだまだ、ご奉公を続けてゆきたいと思います。

ご挨拶でもお話させていただきましたが、一般的に「三回忌が終わると次は七回忌」といって、ご回向でも一区切り、数年間の空白が生まれてしまうことがあります。そう考えると、さらに、一気に、風化してゆくことが予想されるのです。まだまだ、30万人以上が避難生活を余儀なくされています。若い世代の人口流出に歯止めがかかりません。ポッカリと、何かが空いたままです。ですから、ここからが本当の勝負だと思います。ここまでは、出来た。でも、ここから、です。みんなに、また再会したい。また、お話を聞かせて欲しい。そう思います。

そんな風に、今日は思い返していました。明日は、朝の6時半から高祖総講、10時から三席の御講を奉修させていただきます。三月の教区御講が始まります。

2013年3月12日火曜日

『雨ニモマケズ』

言葉が消えてしまいました。頭の中、心の中を探しても、まだ、見当たりません。

無事に、東日本大震災から2年目となる日を迎え、三回忌のご奉公をさせていただきました。先ほど、トラックより一足先に横浜に戻りました。

いま、帰り道を450キロほど運転しながら、ずっと心の中を探してみたのですが、今日のことを表す言葉が見当たりませんでした。

ただ一つ、何度も、何度も、去来したのは、宮澤賢治の『雨ニモマケズ』の一節でした。

僕には、今日のような日のことを表現する力がないから、明治三陸大地震の直後に生まれ、昭和三陸大津波の直後に世を去った宮澤賢治の言葉を借りて、その気持ちや覚悟、希望を、表したいです。

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『雨ニモマケズ』

雨ニモマケズ

風ニモマケズ

雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ

丈夫ナカラダヲモチ

慾ハナク

決シテ瞋ラズ

イツモシヅカニワラッテヰル

一日ニ玄米四合ト

味噌ト少シノ野菜ヲタベ

アラユルコトヲ

ジブンヲカンジョウニ入レズニ

ヨクミキキシワカリ

ソシテワスレズ

野原ノ松ノ林ノノ

小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ

東ニ病気ノコドモアレバ

行ッテ看病シテヤリ

西ニツカレタ母アレバ

行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ

南ニ死ニサウナ人アレバ

行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ

北ニケンクヮヤソショウガアレバ

ツマラナイカラヤメロトイヒ

ヒドリノトキハナミダヲナガシ

サムサノナツハオロオロアルキ

ミンナニデクノボートヨバレ

ホメラレモセズ

クニモサレズ

サウイフモノニ

ワタシハナリタイ

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被災した方々に、言いたい訳ではないのです。僕自身に、詠みたいのです。

もちろん、今なお厳しい現実の中にいる方々にも、負けて欲しくない。でも、それよりも、「絆」とか「忘れない」とか、いろいろと言うけれど、この大震災にあった特別な意味を思えば、この厳しい現実の外側にいる人間こそ、負けてはならないと思うのです。

みんな、菩薩にもなれるし、鬼にも、修羅にも、獣にも、悪魔にもなれる。でも、実際には、圧倒的な力で、欲望や、エゴや、ずる賢い、いやらしい自分が、暗闇の方へ、本音と建前の方へ、自分さえ良ければいいという方へ、面倒なことだと処理する方へ、自分には無理、自己肯定、自己弁護、忘れた、薄れた、という方向へ、引っ張ろうとする。本人が気づかぬ内に、十四の誹謗を作り続けることもあります。「恨善」や「妬善」は最も情けない謗法です。

そんな心に、そういう人に、負けてはならないな、と思います。そういう流れの方が圧倒的に強いのだけど、そこで負けたら終わってしまう。もっと、もっと、流されてしまう。本物と偽物は、そっくりだから偽物と言うの。流されて、負けてはいけないの。

薄れてしまうのも当たり前のこと。だから「忘れない」「忘れてはならない」と言う。でも、すごい力で忘れてく。すごい力なのだよ。

だから、動く。動かす。歩く。走る。正しい方向だ、御法さまがこうお示しだ、と思ったら、迷わず、歩け、走れ、と自分を励ます。そして、そうする。僕は、いつも、そうしています。

人は、負けます。簡単に、負けてしまうものです。でも、それは哀しいことです。苦しいことです。だから、涙が出ても、辛くても、耐え難い孤独に陥っても、負けてはならないんです。絶対に、負けてはならないのです。

僕は、負けません。覚悟しておいてください。命が、尽きても、大切なものを、負けないように守ってゆきたいと思います。「サウイフモノニ ワタシハナリタイ」とあるように、そうありたいのです。そう言い聞かせているのです。

宮澤賢治と私の信仰する宗派は違うけれど、彼は法華経の心を詠みました。法華経の中に登場する常不軽菩薩という御方を見習って、この歌を詠んだと言われています。事実、この詩に続いて賢治が書き表しているのは、「南無妙法蓮華経」を中心にして、両脇に釈迦多宝、その周りに本化の四菩薩でした。まさに、菩薩の誓いです。

今日、この詩ばかりが浮かびました。秋山ご住職が言っていたように、あの場に導師として座った途端、涙が溢れ出ました。御題目は尊いお力があります。痛感しました。だから、『雨ニモマケズ』の後には御題目だったのですね。

こうして書いていたら、もう日が改まっていました。トラックも着いたようです。無事で何よりです。妙深寺の強靭な御講師方、ありがとう。本当に、素晴らしいご奉公をしてくれます。有難いです。

今日は、きっといろいろな番組が東日本大震災を取り上げたと思いますが、被災者の方々よりも、負けたらいけないのは、それを観ている人たちの方だと思います。もし、遠くの出来事で終わってしまっていたら、もう負けてしまったということだと思う。あの日から、何かに気づき、何かを学び、そこから何かを変えて、その気づきや変化を、大切に、2年間過ごせたなら、「何とか負けずにやってます」と言えたかもしれません。

とにかく、無事にご奉公をさせていただくことが出来て、有難かったです。

ありがとうございました。

2013年3月10日日曜日

僕たちのシンクロニシティ

猛烈な風が吹いています。午後になり、建物が揺れるほど、さらに強い風となっています。ここまでお参詣くださった皆さまの、無事のご帰山、ご帰宅を祈念するばかりです。高速道路も、この風では本当に危険だと思います。

午前11時より、やはり強い寒風の吹く中、無事に、三回忌の法要が勤まりました。何より、全国各地、各寺院から駆けつけ、極寒の中でご奉公くださった皆さま、本当に、本当に、ありがとうございました。

重ねて、横浜から、長野から、まさに弾丸ツアーで、この厳しい状況の中での法要に、お参詣、ご奉公くださった妙深寺の皆さま、言葉が見つからないくらい、有難いです。

お参詣いただいた皆さんで、テントを張り、花台が飛ばないように持っていてくださったり、抹香が飛ばないように箱の中にお焼香台を入れて、一人ひとりに廻してくださったりと、みんながいてこそ、こうした大切なご奉公が出来るのだと、改めて、そのように強く思いました。みんなが、ご奉公の当事者として動いてくださることを、誇りに思います。今日も、菩薩行の姿でした。

お看経をさせていただきながら、つくづくと思いました。本当に、今日は厳しい日でした。晴れ間が出ていようと、猛烈に冷たい風が吹き付け、そこに雪のような、霙のような、時折冷たく固い雨粒が交じっていました。こうした厳しい日、厳しい状況だからこそ、気づけることがあります。

あの日も、小雪の降る寒い寒い日だったのです。その後の数日間、その寒い寒い中で、運命の時間が流れていたのです。2年を経て、あの日を思い返すには、穏やかな、暖かい日では、適していない。あの日から、私たちが何を感じ、何を学び、どのように変化し、何が出来たのか。それを思い返すには、こんな厳しい日でなければならないと、そんな風に思いました。

何度も書いてきましたが、私は、東日本大震災には、特別な意味があると信じてきました。事実、あの日以来、集合無意識下で、何らかの変化があった。多くの人を不幸にした忌わしい出来事に違いはないのですが、大切な何かを失いつつあった人類にとって、希望になり得る何かが生まれようとしているのを感じました。しかし、この2年間を振り返る時、あの時抱いた希望が、失望に変わりつつあるのも事実なのです。

だから、今日こそは、明日の第三回忌の祥月ご命日も、命を落とされた方々や、家族を失われた方々、故郷を離れざるを得なかった方々の、その心の一分でも分かり得るように、凍てつくような中でのお看経をさせていただいているのだと、そう思い返すことが出来ました。

だから、また、希望を抱く。あの時に感じた、学んだことを、絶対に忘れずに、生き直す、やり直す、そして、生き抜くこと。集合無意識下で起こった変化は、必ず人類に大きな変化をもたらすはず。何度も、何度も、行ったり来たりしながら、それでも、前に進むはず。

この嵐も、僕たちのシンクロニシティに違いない。

今日、東京の空が黄砂で黄色に染まったのを見ました。たくさんのFacebookに写真がアップされていた。本当に、怖かった。中国の内陸部で起こるような、黄砂の嵐の壁が、東京の空を覆うなんて。

これも、シンクロニシティだということだと思います。今日、なのだから。では、明日はどうか。

五感を研ぎ澄まして、感じたいと思います。明日は、11時から、高田高校第二グランド仮設住宅に近い大塔婆前で法要を行い、14時半から旧・福田邸前の大塔婆で一座の法要を勤め、14時46分を迎えたいと思っています。

本当に、今日お参詣、ご奉公いただいた皆さま、ありがとうございました。くれぐれも、気をつけてください。

ありがとうございます。

USTREAMで中継します。

法要を前にして、高田高校第二グランドの仮設住宅にある「珈琲日和」さまで、マスターとママから美味しいコーヒーをいただきましたー。みんなの笑顔に、こちらまで元気になりました。ありがとうございます。

こちらは、長野の珈琲日和さまからのご支援で、仮設の皆さんが憩えるようにと、全国各地から珈琲を届けていただいているそうです。本当に、素敵な支援ですー。こちらに隣接して、第二の大塔婆があります。

先ほど、一本松に行ってきました。少し枝ぶりが以前と異なるようで、手直しされるということでした。でも、不思議な気持ちです。陸前高田にある、一本松。僕にとっては「奇跡の桜」も、この2年間を象徴する大切な風景。

少し雨が降っていたのですが、晴れてきたようです。去年と、同じですね。これから、法要を勤めさせていただきます。

USTREAMでの中継は、「妙深寺チャンネル」です。

http://www.ustream.tv/channel/myoshinji-ch

高田と大船渡の間で

昨夜、日が落ちてから高田の市街に入りました。一関から海へ向かう道は少し蛇行しているので、子どもたちにとっても大変。

先導車の福田さんと一緒に、そのまま大塔婆にお参詣させていただきました。深い感慨を覚えます。今月6日には、名古屋から建國寺の石川御導師や清優師、ご信者の皆さまが釜石の慈念寺さままでお参詣された後、この大塔婆にもお参りくださいました。福田さんがご挨拶やご案内できたので、これも本当に有難いことでした。

昨夜、私たちがお参詣した時、お線香の煙が揺れていました。感激でした。どなたかが、また、お参りくださっているのです。そして、私たちがお参りしていると、また車が一台入ってきました。なんと、翼くん!ここで合流できるなんて、奇跡的!みんなで再会を喜んで、一緒に高田と大船渡の峠にあるスーパー銭湯に似た施設に来ました。どこの宿もいっぱいで取れなかったのですが、皆さんのご配慮で予約できました。そして、何と翼くんの分もありました!すごい。みんなで夕食をいただいて、長男と二段ベッドで寝ました。

ここは電波が悪く、外に出ないと受信できません。横浜からトラックで、信仰師と清翔師、そして、京都から亀ちゃんが陸前高田に入ってくれたはずです。そして、親会場ではなく、暖かいロータリーの森のプレハブで寝ているはず。これから準備をして、11時からの法要に向かいます。

この法要は、USTREAMで中継・配信することを予定しています。本当は、秋山ご住職にお勤めいただき、昨年と同じように私は脇に座らせていただく形でご奉公したかったのですが、今日はお母さまの本葬ですので、私がご奉公させていただきます。

下記よりアクセスくだされば、見れると思います。被災地で唱える御題目と、日本の各地、世界のあちこちで唱える御題目とが、私たちの心を一つに結んでくれると信じています。

チャンネルは妙深寺チャンネルです。
http://www.ustream.tv/channel/myoshinji-ch

2013年3月9日土曜日

一関駅

朝一番に清康師と一緒に横浜を出発した長男。水戸の開運寺にお参詣し、貞子姉のご霊前にお参りすることが出来ました。

何と陸前高田から駆けつけてくださった福田さん、遠く秋田から合流してくださった野田さんともお会いできて、一緒にお看経することが出来ました。仮眠3時間での往復。恐れ入りました。これも"無声呼人"なのですね。有難いです。

東北道、猛烈な強風で50キロの速度規制が出ていましたが、先ほど、清康師と長男と無事に一関の駅まで辿り着きました。ここで、四国からお参詣くださる小野山ご住職とご長女と合流します。

その他の支庁や布教区でも、震災以降ご縁が深くなった被災地各地に入られてご回向の法要やご奉公されておられます。各ご自坊でも法要が予定されていて、本当に有難いことです。やっぱり、あの日のこと、あれからのこと、今のことを思うと、胸がギュッとなります。まだまだ、これからです。

私たちは、陸前高田に入ります。親会場をはじめ、2ヶ所の大塔婆にお参詣させていただきます。暗くなる前には、高田に入りたい。

長男は、今回はじめて陸前高田を訪れます。その場所の名前や話を聞いたことはあると思います。でも、彼にお参詣させたかった。今回、それが実現して、嬉しい。彼の心に、この出来事を刻むために、見て欲しかったし、来て欲しかったから。明日、明後日、一緒にお参りします。

少し早く駅に着いて、淳鷲師と春ちゃんを待っていました。無事に合流しました。夕陽の中を、陸前高田に向かいます。先導は、福田さんと野田さん。何と、一関駅で合流。水戸から、わざわざ駅まで迎えに来てくださったのです。本当に、有難いです。

長松寺の庭

ブラジルとのウェブ会議から、京都佛立ミュージアムの運営委員会。 次から次へとご奉公が溢れ出てきて、ありがたいこと極まりないですが、途切れることなくひっきりなしで目が回ります。 海外には9教区。世界同時のコロナ禍。本年予定されていたブラジルとハワイへの特命巡教の件。ブラジル教区・日...