2012年12月31日月曜日

円蔵の愛想笑い

29日の大鏡餅つき、とても早く終わったように感じました。きっと、ベテランから若手、そして子どもたちまで、たくさんご奉公に来てくださったからですねー。有難いです。

お米はお師匠さまに教えていただいて飯田から。完全に佛立コープ、佛立農園、佛立農法で完結したら、すごいなー。美味しい上に、安全で、功徳が詰まってる。小餅は約1700個お作りいただきました。お正月のお参詣者にお配りしますー。インスタントではない本物のお正月を準備します。

ついに自分の書斎に手を出したら庫裡の二階が書類で溢れました。手を出すんじゃなかった(涙)。このままではお正月が来ない。何とか大晦日から元旦の初総講までに終わらせないと。

円蔵、かわいいでしょー?お鏡餅さんのご奉公の間にパチリと撮りました。愛想笑いと本気笑いの違いがはっきりしていて、かわいい(笑)。ちょっとこれはカッコいい方の写真。僕が近づくとちゃんと「愛想笑い」をしてくれます。フフ。ありがとうー。

2012年12月28日金曜日

涙を力に変えて

年末ギリギリのお忙しい中、本当にご自宅でもお仕事でも大変なはずなのに、今日もボランティアの皆さまに出仕いただいて、展示の準備ができました。何と言葉にしていいか分かりません。とにかく、とにかく、ありがとうございます。

空調の件で「すいませんでした」から始まった一日でしたが、みんな凹むことなく張り切っています(涙)。本当に、最強のクリエイティブ集団。たぶん乃村工藝社さんなどのミュージアム専門の業者さんに依頼したら200万円〜300万円の浄財をお支払いしなければならないような展示会を、ほとんど手作りで作ってくれています。

橋本ご住職も亀村パパも、清耀師も駆けつけてくださり、今日も神田さんや高城さん、明根さん、由香も、忙しい中でご奉公くださいました。そして、変化の菩薩・前中くん!ありがとうございますっ!

さっき、あらためてナレーションを読んでいて、こみ上げるものがありました。必死に、ここで、伝えたいことがあります。今回は、坂本龍馬を通じて、長松清風の追い求めた道、生きた仏教がここにあることを、一人でも多くの方にお伝えしたいです。

当然ですが、次回の展示会は『仏教徒 坂本龍馬』を題材にした展示となります。

この本の冒頭に、この本を、12月31日にご遷化になられた藤本御導師に捧げたいと、と書かせていただきました。あとがきに、その思いも、綴らせていただきました。

あの哀しみ、衝撃、やりきれない思い、癒えるはずのない心の傷を力に変えて、あの本を書きました。あの本は、藤本御導師に、捧げたものでした。

いま、12月31日が近づいてきています。この展示の準備を、必死にしていて、心が、哀しみでいっぱいにならず、また、藤本御導師が喜んでくださるように、身体を動かせていることが、とても有難いです。

ハチドリのひとしずくかもしれませんが、この展示会を通じて、大切なことを、一般の方にも、ご信者の皆さまにも、お伝えしてゆければ、来年は、もっと、もっと、いい年になると思うのです。

とはいえ、大晦日が近づくと、心は、やっぱり寂しくなります。チクチクというか、ザワザワというか、ドキドキというか、するんですね。それでも、藤本御導師に捧げた講談社刊『仏教徒 坂本龍馬』と、今回京都佛立ミュージアムで開催される「坂本龍馬と仏教展」を、ご弘通の機会、菩薩行の機会にさせていただけると信じて、身体をこき使って、頑張ります。それで、落ち着きます。

後は、準備ご奉公が終わりましたら、一人でじっくりとお看経させていただきます。

おっと、明日は、横浜で、大鏡餅つきですよー。僕も必ずご奉公させていただきます!みなさん、たくさんのご奉公のご出仕を、お待ちしていますねー!

ありがとうございます。

2012年12月27日木曜日

足腰ガクガク

今夜は十五夜。とっても月が綺麗です。

でも、全く準備ご奉公が終わない(涙)。今夜、また徹夜の作業になります。それでも、ほぼレイアウトが決まりました。

何とかしなければ年が越せません(涙)。ボランティアの方々も20時くらいまでご奉公くださいました。何と、夕飯は亀ちゃんのお父さまが差し入れてくださいました。僕が考えて準備しなければならないのに。本当に、皆さんに助けていただいています。

階段と脚立の昇り降りで足腰ガクガク。最近、鍛えてないからなー。

勝海舟の御題目

京都佛立ミュージアムの常設展ケースに、勝海舟直筆の南無妙法蓮華経の御題目を掛けさせていただきました。すごいっ。鳥肌が立ちます。

寒村だった神戸村を選んで海軍塾を作り、現在の神戸という巨大な街のルーツを作ったのも勝海舟です。江戸の無血開城も勝海舟。痩せ我慢が足りぬと福沢諭吉に批判されても、「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張、我に与らず我に関せずと存候」と述べた勝海舟。格好よすぎます。

勝海舟直筆の軸の隣りにあるのは山岡鉄舟、その他に高橋泥舟の掛け軸も預かりました。江戸の無血開城に貢献した二人も、「南無妙法蓮華経」と大書されている。静岡の蓮永寺さまからお借りしました。日蓮宗の宗務院・宗務総長さまのご協力をいただきました。ありがとうございます。

坂本龍馬の師・勝海舟の生き様は、一言でいえば格好いいです。その格好いい人たちの「南無妙法蓮華経」。『仏教徒 坂本龍馬』で問いかけ続けたことですが、ここに勝海舟の題目軸を掛けさせていただいて、あらためてその真価を明らかにしたいと思います。

その隣りに掛けさせていただいたのは、明治天皇や高崎正風、三条実美らが絶賛した長松清風日扇聖人の「草がくれ」の画賛です。長松寺の五五の御指南の間に掛けられているもので、ほぼ同じ画賛のものでは最大、金箔の上に描かれているものです。

ここに、開導聖人のご真筆の画賛と、勝海舟直筆の題目軸を、並んで展示されていることの不思議。凄さ。

「坂本龍馬と仏教展」は来年1月6日からです。全ての展示、間に合うかなー。

2012年12月26日水曜日

クリスマス前後の雑感

スリランカ出張を取り止めたので、昨年より少しは時間があると思っていたのですが、全くありません(涙)。現在、大遅刻中。トホホ。ご奉公いただいている皆さま、申し訳ございません。

この年末に書斎のパソコンが壊れたのにもきっと意味がありますね。もう、新しいパソコンが来ましたー!まだ箱に入ったままですが、これを契機に足の踏み場もなかった書斎を究極の作業部屋に大変身させることを決意。実は約7年くらいこの状態でした。仕事の出来る人は机の上が綺麗とか言いますが、僕の机は書類や本の山です。これでよく本が書けました。

とにかく、いらぬモニター、パソコン、本、箱、書類を外に出して、動かなくなったエアコンを取り替えて、映らなくなったアナログテレビも白黒しか印刷できないカラープリンタも真っ黒い線が出るレーザープリンターも部屋の外に出します(涙)。すっごい書斎を作るぞー。そして、来年もう一つ本が書けたらいいなー。

この数日、世間はクリスマスでしたね。明石家サンタって、僕が大学生の頃からやってる。すごいなー。

前回も少し書きましたが、ジョンの曲ではないけれど、クリスマスを祝うならまず戦争やめようよ、っと言いたいわけです。

2003年にイスラエルに行ったので、来年になるとあれから10年経ったことになります。次の本の取材のためにも、来年はもう一度イスラエルに行きたいと思います。

先日世界遺産に登録されたベツレヘムの生誕教会にも行きました。教会前の広場に響くアザーン、若いパレスチナの青年たちが午後の礼拝をしていました。イエスが生まれたとされる馬小屋の跡は地下の小さな部屋にあり、恐ろしく重たい空気が流れていました。紛争の渦中にあるベツレヘムを思うと、クリスマスを祝う人たちの無邪気さが哀しくなります。

これから、仏教徒としての視点を、しっかりと世の中に伝えていかなければならないと思います。お祝い、お祭り、とっても楽しいですよね。でも、その奥にある意味や由来を知らないのは無邪気過ぎると思います。

以前書いたことがありますが、エルサレムのマリアの教会に入った時、ちょうどミサに遭遇しました。女性信徒の前で一人の司祭が祈りを捧げ、随行が後ろに一人ついていました。

静かに見ていると、その司祭は、泣いていたんです。ポロポロ、ポロポロ、涙を流しながら祈りを捧げていました。それが、私たちで言うところの、法事なのかご回向なのか、懺悔の場か祈りための一座なのか分かりません。でも、あの司祭は泣いていました。

その時、僕は、彼の信仰者としての敬虔さと宗教家としての尊さに感動しました。聖地に乗り込み、仏教徒の目から、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教を見て、紛争を繰り返す彼らの過ちを明らかにしたいと思っていました。それはそのとおりの成果、気づきや学びがありました。

しかし、この司祭の涙を見た時、教えの上では優れているかもしれないが、人間として、宗教家として、私たちはどれだけ真摯に祈れているだろうか、向かっているだろうか、と思ったのです。教えの優劣ではなく、それを受けた者の信仰者としての高貴さ、敬虔さ、素直さ。

開導聖人の御指南書の中に「仏は教えを説いたのではない。信心を説いたのだ」という言葉を見つけた時、この教えと信心、理論と実践ということが、深く心に残りました。

上手に整理できていませんが、結局は、信仰者、宗教家として、本当に素直正直でいるかが問われると思ったのです。教えは、極まっているのですから。後は、私たちの実践にあるのですから。エルサレムで、ご信者さんのご回向の席で、むせび泣きながらご宝前に向き合うような、そんな導師でいたい、と思ったのでした。

クリスマス前後の雑感でした。さて、大遅刻は続いています(涙)、

2012年12月23日日曜日

年末教講納会

年末恒例の教講納会です。この大切な一年間を皆さまと一緒に締めくくり。今日は6月10日の打ち上げもあって、例年よりも多くの参加を呼びかけさせていただきました。総勢約215名です。

新旧の役中の方々を紹介したり、6月10日の映像を観たり、長野のプレゼン、来年のご奉公の説明にも感動しました。本気ですね。本気でした。来年も、全身全霊で励むことになります。そういうリセットが出来ました。

本当に、ありがとうございます。

2012年12月22日土曜日

パソコン

こう見えて、ものすごく物持ちがいいのです。このパソコン、イタリアのマキちゃんのご主人、マッシーに組んでもらったもの。大切に使ってきましたが、もう何年目か分かりません。

騙し騙し使ってきましたが、今日、お役目を終えたようです。僕も限界です。明日は最後のお総講なのに、ここで動かなくなってしまうと万事休すです。

『仏教徒 坂本龍馬』もこの古いパソコンで書き上げました。頑張ってくれました。

今日、清従師にお願いして何とか年内に届く簡単なパソコンをお願いしました。ウィンドウズ7にします。新しいものより、安定して動くのが一番ですから。

数えると先住のお車も14年目に入りました。右側のサイドミラーも動かなくなりましたが、直します。直して、直して、使うのは、デフレ経済下では忌み嫌われるようですが、どうしても勿体無い気持ちが先立ってしまいます。違うところできっちり使いたいです。

明日のいろいろ、あるいはミュージアムの原稿、もう時間がないです(涙)。

2012年12月20日木曜日

言葉の重み

横浜に戻りました。ようやく。

知識も経験も乏しい者が、手探りで「ミュージアム」の運営を進めています。各地の博物館、学芸員、デザイナー、アーチスト、いろいろな方々にご協力いただかなければ、こんな特殊なご奉公を突然始めることは出来ませんでした。世の中に開かれたご弘通の拠点でなければなりませんから、みんな必死にご奉公しています。本当に、スタッフ、ボランティアの方々に感謝です。つくづく、有難いです。

このご奉公は本門佛立宗の浄財約10億円を投じてスタートした旧本庁舎・佛立会館の再建によって始まりました。宗会での質疑応答、計画の再考、決議があり、始まりました。

一人のスタッフとして、そうした宗門の目指すご奉公に沿いたいと思っているのですが、時は無情に過ぎて行きますし、世は変転します。私たち自身も再確認しておかないと、言葉が軽くなります。

振り返ると、本年の3月の宗会でご講有が次のようにご諭告されました。

「新会館は宗務本庁としての業務の充実のみならず、宗の内外へ働きかけができる宗名宣揚と弘通の発信基地として発展させるため、教講各位の協力を望みます。

平成二十四年三月七日 本門佛立宗 第二十四世講有 日誠」

宗門教講各位のご協力を求めて止みません。

これらのご挨拶は10月に発刊された『佛立公報』にまとめられており、思いを新たにしました。

佛立会館の起工式に於ける宗務総長のご挨拶は次のようなものでした。

「無事完成の暁には、この佛立会館が宗の内外、そして遥か海外に向っての弘通の発信センターとなりますことを切望いたしまして、起工式のご挨拶とさせていただきます。

平成二十三年七月六日 本門佛立宗 宗務総長 佐藤日凰合掌」

竣工式では次のようなお言葉があり、その場にいた私も背筋が伸びる思いがしました。ちなみに、私たち主事はご挨拶の内容については当日まで知る由もありません。宗務総長のご挨拶は次のようなものでした。

「本日の竣工式はジャンプとなりましょう。ジャンプは跳躍です。これから佛立会館を基点に、ますます佛立のご信心を国内に、海外に発信すべく価値ある基地としての確実な飛躍ができていくことが望まれます。

「今、人々が狭い利己的な欲求を求めるあまりエゴを自制できなければ社会は自壊していく」と、ある社会学者は警告を発しています。こういう時代にあって、本門佛立宗は「利他」の心を訴えていかねばなりません。

そのためには、私たちは大局観と総合力を持つことが必要となりましょうし、危機や試練に挑戦する創造性や建設的思考を養って行くことが大切です。その場がここ佛立会館であり、宗務本庁であってほしいと念願して、竣工式の御挨拶とさせていただきます。

平成二十四年五月二十三日 本門佛立宗 宗務総長 佐藤日凰合掌」

さて、この言葉を、軽くするわけにはなりません。社会で問われるところの、どれほど重要な「目的」が述べられているでしょうか。何とか、この命題を果たせるように、近づけたいと思うのです。

来年1月6日から始まる展示は年の瀬が押し迫る中で完成させなければなりません。スタッフの皆さまにも申し訳ないのですが、手探りです。経験がないのです。とにかく、頭を下げて、お願いし続けて、いい展示会にしなければなりません。

年間、北野天満宮までならば数万人の修学旅行生が訪れています。今回、旅行代理店の方々が興味を示してくださり、来年2月からは多くの修学旅行生が「京都佛立ミュージアム」まで来てくださることになります。その青少年たちの興味をそそり、実際に彼らの将来や学問に資する展示を続けてゆかなければなりません。

社会性と専門性の両立。一方だけでもダメです。信心も教学も、内側に置いている間は専門性の枠の中にあり、慈悲が足りず、ご本意には叶いません。すべてのご奉公を、末法悪世の凡夫、頑迷で、仏教的な知識の浅い人にも分かるようにしなければなりません。そうでなければ「佛立」ではありません。

高い専門性と幅広い社会性。なかなか両立は難しいものですが、普遍的な真理はバランスの中にあります。バランスを失っている間は、空回りか、自己満足なのです。そのレベルで生きてゆくこともできますがきっと哀しくなります。修行ですね。

すでに、勝海舟直筆の一遍首題の題目軸も京都佛立ミュージアムに届きました。司馬遼太郎記念館からお借りしたものも大切に保管させていただいております。坂本龍馬記念館からの宝物も、『閑愁録』も、ここにあって、後は展示を待つのみです。

ひとまず横浜に戻りましたが本年中に展示を完成させなければなりません。まだまだです。

ちなみに、高知、香川で撮った映像は本当に最高でした。楽しみにしていただきたいと思います。

とにかく、最近はどの分野でも、誰の挨拶を聞いても言葉が軽いので、そうならないように、何とかご奉公させていただきたいと思います。

2012年12月18日火曜日

うどん県

昨夜、はじめて丸亀の本門寺にお参詣させていただきました。時間がなく、高知の佛立寺や高松の妙泉寺にはお参詣できませんでした。4月の返却時には必ずお参詣させていただきたいです。

実は『仏教徒 坂本龍馬』には刊行前に削除した部分が100ページほどあります。今後機会を設けて是非ご紹介したいと思っています。

その中の一つに、開導聖人と高松左近公との師弟関係、左近公と日柳燕石との関係、日柳燕石と高杉晋作ら志士との関係について書いた部分があります。実際、高松や丸亀、塩飽諸島と海援隊の間には深い縁がありました。

それにしても、今朝、8時過ぎに、淳鷲師にお連れいただいて製麺所に直結したおうどん屋さんに行きました。恐るべし、うどん県!美味しかったですー(涙)!うどんについての考え方が変わりました。

瀬戸内海ロケ、頑張ります。頑張れます。

2012年12月17日月曜日

桂浜の夕焼け

夕陽を撮るために、桂浜に戻りました。美しい風景を映像に収めることが出来ました。編集された映像を観るのが楽しみです。

無事に高知県立坂本龍馬記念館から貴重な品々をお借りすることが出来ました。これらを来年のお正月6日から京都佛立ミュージアムに展示させていただきます。

明日の夕方には勝海舟の真筆の遺品をお預かりする予定ですから、何とか年内に展示の準備が出来るはずです。とにかく、しなければなりません。

記念館内部に実寸大で再現されている近江屋の一室も撮影させていただきました。その他、坂本家・才谷家のお墓を訪ねてお看経をさせていただき、乙女姉や栄姉の墓碑を撮らせていただきました。時間がないので慌ただしく走り回りました。

午後から淳鷲師が合流してくれたので助かりました。これから高知県を後にして香川県に向かいます。明日は龍馬たちが行き来した瀬戸内の海を撮影します。

桂浜

お日さまが上ります。無事に撮影出来てよかったです。いいアングルを求めながら、亀村くんは重たい機材を担いで桂浜の浜辺を歩きます。

亀ちゃんも僕も、坂本龍馬のファンではないのです。坂本龍馬を通じて、生きた仏教を伝えたいと願っています。言わば、坂本龍馬を共通言語にして、これからの日本や私たちの在り方、そこにあるべき仏教や信仰について語り合いたいし、考えたいのです。

そのために、丹念に準備して、丁寧にお見せしたいです。

それにしても、桂浜、やはりすごいですね。そして、坂本龍馬も、すごいです。

桂浜に着きました。

無事に、土佐の高知、月の名所は桂浜、に着きました。ありがとうございます。

暗闇の中、満天の星の下に佇む龍馬像を見上げて、少し畏ろしく感じました。

星が美しい。灯台の光りが暖かい。

総選挙の翌朝に、桂浜にいるのも奇妙です。もう夜が明けます。撮影します。

2012年12月16日日曜日

高知へ向かいます

昨日は長野での教区御講を終えて、一人で車を運転して京都に入りました。やっぱり遠かったー(涙)。

長野から中央道を走り出すと、東京と名古屋がほぼ同じ距離なんですね。知らなかったです。京都までノンストップで走りました。さすがに到着したら足腰ガクガクでした。

先ほど、無事に本年最後の長松寺のお総講を奉修させていただきました。ピッタリ100名のお参詣をいただきました。ありがとうございます。「よいお年を」という掛け声を掛け合ってお見送りしました。年の瀬が迫っているのを感じます。

今夜、これから亀村くんと車で高知に向かいます。そのために大きな車で来たのです。

来年1月6日から京都佛立ミュージアムで開催される「坂本龍馬と仏教展〜龍馬が目指した本当の維新〜」に高知県立坂本龍馬記念館から龍馬に関する貴重な物品をお預かりしに行くためです。ご協力をいただいて、本当に有難いことです。

時間がありませんが、この機会に亀村くんと高知や瀬戸内海の風景などを撮影してきます。明日の明け方、桂浜の日の出を撮りたいと思います。

この展示会には日蓮宗宗務院のご協力をいただいて、「幕末の三舟」と呼ばれた勝海舟・山岡鉄舟・高橋泥舟が大書した「南無妙法蓮華経」の題目軸も三軸お借りできることになりました。本当に、有難いです。きっと、修学旅行生にインパクトがあると思います。勝海舟の直筆ですもの。

その他、京都国立博物館、司馬遼太郎記念館からのご協力もいただけることになりました。それぞれ貴重な物品を借用させていただきます。

とにかく、何もないところから始めなければならないのですから、走ったり、ご連絡したり、お願いしたりしてゆかなければなりません。

今日の総選挙、高知へ向かう車の中で聞くことになるかと思っていたら、もう、自民党の圧勝で決まりなのですね。ここまで議席を取ることになるとは、想像を超えています。勝ち過ぎですね。ここまで勝つと危うさを感じます。とにかく、こういうことになりました。これが日本、これが民意。

それでも、安倍総裁の謙虚なコメントが印象的です。ここまでの選挙結果にしてしまった民主党執行部は責任の重さや重大さを認識しているかな?それも分からないかな。

原発の再稼動、どうなるのだろう。経済政策、麻薬のようなお薬を使って本当に大丈夫なのかな。このまま今回の3分の1の議席で、憲法改正に進むのかな。

どうなるのだろう。車の中で考えよう。0時くらいに出発して、夜明けに桂浜に着きます。無駄な動きをしないように、高知と香川の案内本を買いました。

2012年12月15日土曜日

宗教と科学

新幹線の窓から見下ろした東京。たくさんの家です。

いま長野へ向かっています。この前の大雪。信濃町の岡田さん、大変だったと思います。雪に慣れておられるとはいえ心配です。

今朝、家を出る前に母上と選挙について話をしました。期日前投票に行ってくれるようです。でも、どこの誰に入れていいか分かりませんよね。

各党の主張、似ているようで似ていない。ここは賛成、ここは反対。そんなものですね。

政治とは利害の異なる事案や立場の異なる人々の間にあって、折り合いをつけることだと言うことも出来ます。全員の利害が全て一致するなんて、なかなかありません。

そう考えると「多様化」と言われる世の中で政党が乱立するのも至極当然のことのように思われます。決められない政治にしているのが僕たち自身のわがままさもありますね。

それでも、各党の主張を見聞きすると、本当に異なる問題の捉え方、解決方法、治療法があるものだと変に感心してしまいます。これを政治理念というのか政策と言うのか分かりませんが、そもそも客観的なはずの問題やその原因もはっきりしない。はっきりさせないのかな?

昔、宗教が現実を覆い隠していた時代がありました。宗教が客観的な現実を見えにくくしていたのですね。そこに登場したのが自然科学というもので、それがもたらした「誰がどう見ても同じ結果に至る」という「普遍的な真実」に対して誰もが陶酔しました。宗教的な教義や権威に代わって人々に一つの真実を教えてくれるのですから、これはすごいことだったのです。

現在でも科学は発展しています。山中教授のノーベル賞の受賞ほど喜ばしいことはありません。しかし、一方で、いま、科学は、いや科学者たちは、普遍的な真実、客観的な事実を、僕たちに示してくれているでしょうか?

放射性物質の人体への影響、原子力発電について、活断層について、金融政策、経済・財政政策、それぞれの科学者のグループも乱立して、毎日膨大な学術論文が発表されているのと同じくらい飽和してる。真実を理解する上でも、生命を守るためにも、役に立っていません。

さらに、昔、宗教は政治権力や資本家と結びついて、その価値を失墜させ、堕落しました。教義を曲げ、そこに従事する者たちも、ある者は地位を得るために、ある者は食べてゆくために、使命を忘れて政治や資本家を支えるツールになり果てた時代もありました。

果たして、私は科学も科学者たちも、これと同じ轍を踏んでいるように思います。真実がない。分からない。どうでしょうか。

宗教にしても、科学にしても、やはり人です。学説は異なるにしても、本当に、無私に、志を忘れず、権力にも媚びず、夢を持ち、現場主義に徹して日夜励んでいる人の行動の中に真実があるはずです。

極めて凶悪で残忍な殺人犯にも、彼なりの「正当な主張」があることを忘れてはなりません。これを忘れると、真実にたどり着けません。

長野に向かう新幹線の中で、またこんなことを書いてしまった(汗)。もう軽井沢です。頭を休めたいのにー(涙)。

南無妙法蓮華経、、、、。移動中でも、考えるのではなく、お看経させていただかなければなりませんね。申し訳ありません。

2012年12月14日金曜日

期日前投票に行きました!

明日は朝から長野に向かい本年最後の教区御講、16日の日曜日は京都に帰り、麩屋町の長松寺で本年最後のお総講。あっという間に総選挙。というわけで期日前投票に行ってきました。

これだけ政党が乱立していたら迷いますが、もう割り切るしかないです。古いかもしれませんが、私の場合、比例代表は自分が最も納得できる主張をしていた政党を選び、小選挙区で投票した方は違う政党になりました。今回ばかりは仕方ない。きっと政界再編もあるし、どの政党も帯に短し襷に長し。どこが「妥当か」を考え抜きました。

そして、小選挙区は政党ではなく気骨のある方を選びました。

それでも、なんか虚しい。いやいや、そんなこと言っていてはいけないな。とにかく、みなさん、投票に行きましょうー!

凛とした空気

流れ星に出会えた朝は、いつにも増して気持ちいい。

今日は先住のご命日。凛とした空気を感じました。

12時から岩澤家の告別式を奉修させていただきます。師走と呼ばれる厳しい日程の中で、この日だけ、このご奉公のために空いていたように感じます。全て妙不可思議なタイミング。まさに、全ては完璧なタイミングで進行しています。

来週に予定していたスリランカ出張を止めることにしました。当初から自坊実習の期間をスリランカに帰国させてご奉公してもらおうと思っていた良潤師に代わってもらいます。チャンダナンダ師の身体の具合が悪いので、それだけが心配。良潤に言づてして、お見舞いしたいと思います。

2012年12月13日木曜日

ふたご座流星群

最近の自分の体調は元気な時の50%も回ってないのですが、少し元気になることをしてみました。

今夜から明日の朝にかけて、ふたご座流星群がよく見えます。22時過ぎ、防寒をして、一人で屋上に行きました。

天体少年です。寒さに凍えながら、ジーッと夜空を見上げていました。そんな時間も大好きです。

なんと、6つも見れました。宇宙さま、御法さま、ありがとうございます。

ふたご座というよりもオリオン座流星群と言ってもいいくらい。今夜は東の空ではなく、南の空が多かったようです。

特に、22時55分から56分ごろ、南の空を流れた子は半端じゃなかったですー!すっごく綺麗で、青白くて、長かったー!もちろん、今年の6月10日の夜に見た流れ星には遠く及びませんが。でも、とっても綺麗でした。

こうして澄んだ空気の中で宇宙を実感すると、生きてる喜びも感じられますね。生かされている喜びかな。

果てしない宇宙を旅してきて、ここで光って、ほんの一瞬、こうして出会えて、その姿を見せてくれました。レアです。これぞ、有難い。有ることが難しい。ありがとうございます。

まだ、ふたご座流星群は明け方まで続くようです。時間があったら、暖かい格好をして、夜空を見上げてみてください。

最初はオリオン座しか見えないかもしれませんが、携帯電話の明るい画面などを見ずに、じっと夜空を見ていると、オリオン座の隣りにふたご座が見えてきます。たくさんの星が見えてきます。そして、きっと、流れ星も見えます。

うれしかった。ありがとうございます。

ご信心は希望です。

今日、午前10時から高祖総講、大御本尊会式を奉修させていただきました。引き続き妙深寺全教区からご挨拶を受けました。妙深寺では10年近く前からお歳暮を廃止しました。これに代えて教区長から本年度のご弘通ご奉公についてご報告をいただきます。これで一年の締めくくりです。

夕方、妙深寺の所属教務・岩澤深修師の奥さま、岩澤清従師のお母さま、隆代さんのお通夜を勤めさせていただきました。妙深寺にとっては初めての教務夫人のお見送りでした。妙深寺が本堂を移転し、大躍進した当時からお寺の屋台骨を支える清和会の中でご奉公いただきました。大変多くのご参列をいただき、果報を感じます。本当にありがとうございました。

来年、妙深寺は70周年を迎えます。世間には70年周期説というものがあり、いろいろな意味で70年を過ぎると、寂しいことも多くなります。初めて教務夫人を見送ったということも淋しさの一例です。

お年を召した方が多くなり、建物も古くなっていく。今は世の中も「右肩下がりの社会」を前提にしていて、高齢者は増えるが子どもは増えない、高度経済成長期に建設された道路からトンネルまで老朽化が進み、社会にネガティブな要素が増えています。

でも、それはそれ、現実は現実として厳しく見つめて、その上で、前向きに、上を向いて、強く、明るく、進んでゆかなければならないと思います。暗い顔や元気のない言葉を言っていたら、家族も、自分も、組織だって、国だって、転がり落ちてしまいます。

だから、現実は厳しくても、前を向いて、努めて明るく、歩んでゆきたいと思います。

ご信心は希望です。希望になり得ます。絶望を希望に変えます。希望が芽生えます。だから、ご信心を磨き、強くしておきたい。それが乾き切った現実の中でも、希望になるから。

そんなことを思っていました。

2012年12月12日水曜日

ハチドリのひとしずくとバンクシアの種


辻先生のご著書で世に伝えられた『ハチドリのひとしずく』の物語。とっても示唆に富んでいて、僕たち一人ひとりが、微力ではあっても無力ではないのだということに、気づかせてくれます。そして、ほんの数行の小さな物語を読むと、自分にもひとしずくの勇気が芽生えるのです。

『ハチドリのひとしずく』

森が燃えていました

森の生きものたちは

われ先にと逃げていきました

でもクリキンディという名のハチドリだけは

いったりきたり

くちばしで水のしずくを

一滴ずつ運んでは

火の上に落としていきます

動物たちがそれを見て

「そんなことをして

いったい何になるんだ」

といって笑います

クリキンディはこう答えました

「私は、私にできることをしているだけ」

===========

どうでしょう?素敵な物語ですよね。

"Think globally, act locally"

この言葉も、大好きです。どれほどグローバル化が進んでも、自分のいる場所、自分の国、自分の街で、自分に出来ることをするしかありません。

いま、日本社会の閉塞感は頂点に達しようとしているのかもしれません。これほどの問題を抱えながら、2009年の衆議院選挙よりも投票への関心が薄くなり、投票率も下回ると予想されています。西欧では神との契約を意味する「マニフェスト」という言葉を空文化させた民主党への失望がそうさせているのでしょうか。政治に期待できない。誰が悪いのか、何が問題なのか、全く見えず、目を眩ませられたままで、選択を迫られているのですから、仕方ないと言えば仕方がありません。

この国も病巣を「ステルス複合体」と呼んだ方もいます。まさにそのとおりだと思います。得体の知れない国家衰退のウイルスが、燎原の火のように広がっています。

しかし、たとえそうだとしても、最後まで失望してはならないと思います。

この数年間の政治に対する失望や怒りを原動力に、国家の骨格を為す大問題、憲法の改正や原発の賛否が問われています。私は、街頭で演説する党首や代表と呼ばれる方々の話を聞いていて背筋が寒くなる思いを抱きます。独立国家としての日本の尊厳を思うあまり、歴史を無視する発言まで飛び出しています。極めて愚かなことです。

私は、自分の著書の中で明治維新の誤謬を指摘しました。近代日本の幕開けに当たり、明治新政府の大権力者たちがどのような思想によって国家を成立させようとしていたか。極めて偏った国学である平田篤胤の復古神道思想の浸潤。神仏分離、廃仏毀釈、神道国教化、国家神道政策。そして、それらがもたらした大きな災禍。これが日本の歴史です。

敗戦後、いわゆる『人間宣言』の中に昭和天皇ご自身が念願して入れられた五箇条の御誓文。陛下は、日本国の辿った歴史の中に、世界に誇るべき思想や理想を見出し、同時に国民を襲った災禍の因を見出され、それを宣言されたのです。

正真正銘、千古不磨の大典を成立させるには、この歴史の重みを振り返らなければなりません。明治維新から昭和20年の敗戦まで、列強諸国に負けず劣らず、著しい発展を遂げた日本と日本国民の力、誇り。しかし、目覚しい発展を遂げる国家の根底で燻り続けた偏狭な思想。これについての検証が行われなければならないのです。

三島由紀夫は『人間宣言』を批判しましたが、彼の憤慨や絶望はこの検証にこそ向かうべきでした。今でも彼を尊敬し、彼の思想や行動に呪縛されているかのような政治家を見受けますが、私は三島由紀夫を憐れに思っています。いずれにしても、今回の総選挙で、国民の政治への絶望が、検証なき日本の転換に、利用されることのないように願います。

今、街頭に響く拡声器の声の中に、憂国の激情は見えても、明治維新の誤謬やその後の歴史に対する思慮は見えません。私はこれを憂慮します。

ハチドリのひとしずく。多くの生命を宿す森の火事は、果たして消えるでしょうか。

1890年ごろ、アメリカインディアンのある酋長が大統領に書いた手紙の一節が思い浮かびます。

「この土地の最後のバッファローが殺され、最後の魚がとられ、

最後の森がなくなり、最後の川が毒されたとき、

お金は食べられないということが分かるだろう」

資本主義や拝金主義だけが問題ではないのです。人間の志、人間の本業についての理解です。人間は、地球を破滅させるほどの愚かさと、宇宙の神秘に近づけるほどの可能性を持っているのです。仏陀は、可能性よりも愚かさばかりが前に出る人間に対し、魂の手綱として教えを説かれたのでした。

残念なことに、考え得る、ありとあらゆる方法で、その生きた教えを伝えようと動いても、

「そんなことをしていったい何になるんだ」

と、クリキンディを嘲笑う声と同じような反応があるかもしれません。一緒に歩んでゆける人も少ないかもしれません。燎原の炎はますます勢いを増してゆくかもしれません。それでも、小さなクチバシで、「微力であっても無力ではない」「一人が変われば世界が変わる」と信じて、自分に出来ることを精一杯してゆくべきなのです。

たとえ、怖ろしい炎が何もかも焼き尽くしてしまったとしても、大自然の営みは偉大です。

乾季になると大規模な山火事が発生するオーストラリアには、バンクシアという珍しい植物があります。バンクシアの実はとても固くて普段はなかなか開きません。しかし、山火事が起きて炎に包まれた時、バンクシアの殻は破れて種が放出され、それらが発芽して最初に新しい森を再生させてゆくというのです。走って逃げることの出来ない植物ですが、山火事すら生態系の中に組み込まれているとは感動します。

山火事に挑むハチドリ、焼けた森を再生してゆくバンクシア。それぞれに逆境に臨み、乗り越えるヒントがあるように思います。

総選挙が近づいています。私は、ぜひ選挙に行って、一票を投じていただきたいと思います。それは、ハチドリのひとしずくかもしれませんが、とても重要なことに違いありません。同時に、クリキンディはもっと多くの森の仲間たちに同じ行動を呼びかけるべきだったのかもしれません。そういう行動が出来たらいいと思います。

"Think globally, act locally"

2012年12月9日日曜日

コツコツ

日曜日の今日も教区御講を三席奉修させていただきました。本年最後の教区御講です。

帰り道の空、またピンク色でとても綺麗でした。ここ数日、怖いくらい綺麗。

大事なのは強いパンチを打つことではなく、強打に耐えて進み続けること。耐え抜いて歩み続けること。

今月の御法門は、コツコツ、コツコツと、積み重ねるご奉公の大切さを学ばせていただいています。

ありがとうございます。

2012年12月8日土曜日

War is Over, if you want it

今日は朝から教区御講が三席、夕方にはご面会をいただき、18時から夜の住職御講、19時からボーズバー。たくさんのお参詣をいただきました。特別な日を目一杯のご奉公で過ごさせていただきました。幸せです。ありがとうございます。

今日は真珠湾攻撃の日ですが、同時にジョン・レノンの祥月命日でもあります。1980年12月8日、彼はマーク・チャップマンの凶弾に倒れました。

毎年彼の命日である12月8日に併せて『Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ』が開催されています。今年ははじめて息子のショーンが出演したようですね。ショーン。偉大な父親であるジョンの影に隠れてしまいがちですが、とても才能ある人です。観に行きたかったなー。でも、ご奉公があったのですから、一番有難いですね。

毎年書いているかも知れませんが、ジョン・レノンのクリスマス・ソングに『Happy Xmas (War Is Over)』があります。僕は、この時期に溢れるクリスマス・ソングやムードの中でこの曲だけは聴いてもいいのではないかと考えています。

なぜか。それはこの曲が一つの宗教を越えて平和を訴え、何も考えずにクリスマスを祝う者たちを強烈に皮肉っていると思えるからです。

私は、オノ・ヨーコさんが監修したDVD「レノン・レジェンド~ザ・ヴェリー・ベスト・オブ・ジョン・レノン~」(http://goo.gl/f7s1f)の中にある、この『Happy Xmas (War Is Over)』を観て衝撃を受けました。クリスマスを祝う歌であるはずの曲なのに、そこにあるのは戦争で傷ついた子どもたちの映像、子どもの死体、争う大人たちの姿、泣き叫ぶ母親の姿、ライフルを構える少年兵、両足を失った少年、涙する老婦人の姿が写し出されていました。これが、この曲で訴えていることなのだと、痛切に感じて、涙が溢れました。

「War is Over, if you want it」

僕たち次第。そこに気づかなければならないのだと思いました。愚かに、クリスマスを祈っても、何も変わりません。ずっと、戦争は続いている。子どもたちも、傷ついてる。死んでる。

一人が変われば世界が変わるのです。

このビデオの最後に用意されているテロップは、ガンジーの"An eye for an eye makes the whole world blind."。「"眼には眼を"で行けば、しまいには全世界が盲目になってしまう」という言葉です。

2012年12月7日金曜日

使用済み核燃料の冷却プール

ほとんど近づけない原子炉建屋、瓦礫が沈んだままの使用済み核燃料の冷却プール、ほとんど綱渡り、神頼みの世界。大丈夫と言われても不安は募る。毎回「ギリギリセーフ」と言われてるような感じ。やはり、悪夢が蘇る。

ヘレン博士。少し遠いがM7が起こってる。

「そしてもう一つ、最も重要な点なんですが、日本の多くの人に知っていただきたいことは、もし福島の地域でもう一度マグニチュード7以上の、7を超えるような大きな地震があった場合には、福島原発の4号機、この建物が崩壊する可能性があるということで、ここには使用済み核燃料の冷却用のプールがありますが、これが崩壊しますと、チェルノブイリで起こった10倍の放射性物質がさらに放出されるということが予想されているという点です。

そしてもしそのようなことが起きた場合、日本という国の大半の部分が、もう終わってしまうということです。それほどの大事であるにもかかわらず、多くの人がその現実にはっきりと気づいていないということだと思います。そして政治家の方はすでに、もし4号機に何かあってそういった崩壊とかの事故があった場合には、東京も今度は避難しなければいけなくなるというようなことをわかって言っていらっしゃいますが、一体3000万人の人をどうやって避難させるんでしょうか? 」

http://goo.gl/jzb4J

福田さんからの電話

秋山ご住職と連絡が取れました。「まだ揺れてる」と言っていました。速報でも震度2〜4の地震が断続的に発生しているようです。

いま、陸前高田の福田さんから電話をいただきました。よかった。とにかく、よかった。

午後6時02分、石巻の鮎川で1メートルの津波が確認されたとのこと。陸前高田の親会場が心配ですが、とにかく皆さんが無事であればいいです。

今朝、午前5時半ごろにも強い地震があったのですが、油断できません。東日本大震災の余震とのことです。

注意しないと。

今日から教区御講。3席のご奉公から戻りました。部屋に入って少しすると久しぶりに嫌な揺れ方でした。遠くの、強い地震。M7.3、太平洋沖が震源で津波警報が出ています。十分に注意をし、気をつけてください。

ここのところ体調の悪さに加えて、お坊さんとのかみ合わないやりとりに辟易していたので、強い揺れで目を覚まし、原点に戻って気合いを入れ直す。杓子定規。筋のあるようで筋がない。20周年の愚の縮図。衰退の「いわれ」を知らないから対策できない。国が荒れるのも、天地が乱れるのも仕方ない。何とかせねばならないが、その危機意識も当事者意識もない。言葉のみありてまことなし。

電話が通じなくなっている。

とにかく、津波警報が出ているので避難所に移動を。到達予想時刻が過ぎても十分な注意が必要です。

その上で、この数日は全国的に注意をしなければ。

長松寺の庭

ブラジルとのウェブ会議から、京都佛立ミュージアムの運営委員会。 次から次へとご奉公が溢れ出てきて、ありがたいこと極まりないですが、途切れることなくひっきりなしで目が回ります。 海外には9教区。世界同時のコロナ禍。本年予定されていたブラジルとハワイへの特命巡教の件。ブラジル教区・日...