2010年5月31日月曜日

うぐいす

今朝から、妙深寺の森にうぐいすの声が響くようになりました。昨年と同じように、きっと一日中鳴いていますから、耳を傾けてみてください。

今日は、15世の御命日であり、藤本御導師の御命日でした。だからでしょうか。綺麗な声を聴かせていただくこどができました。

ありがとうございます。

2010年5月30日日曜日

エッセンス

69名のお参詣をいただいて、感動溢れる三祖会を奉修させていただきました。今日まで準備を重ねてきてくださったご信者の皆さま、本当にありがとうございました。

感動したポイントがたくさんあり過ぎて、一つ一つを挙げたらきりがありません。とにかく、ご奉公に当たってくださった一人一人が、よくよく心を尽くして、何とかご弘通にプラスになるように、お教化に進み出せるように、お参詣者の信心の改良や増進ができるようにと、考えて考えて、ご奉公くださったと思います。本当に素晴らしかった。小さいながらも、ご奉公の原点を学ばせていただくことが出来ました。

やはり、ご弘通は心であり、異体同心です。これを、規則やマニュアルで何とか作り上げようとしてしまいますが、それこそ砂城の楼閣です。心を一つにする修行が大切。規則や制度で一つにするというのもありますが、それは入り口であり、逆効果になることもあります。

ご信心、ご奉公をさせていただく私たち、教務さん、ご信者さん、いま心は一つですか?同じ方向を見れていますか?そう問いかけ、確認することが大切かもしれません。

規則だから、決まったから、前からそうだから、言われたから、ではなく、もっと、心と心のつながりを見据えなければなりません。

いつでも、ピタッ、ピタッと一致する。多くを語らなくても分かり合える。こうなれば、何をさせていただいても、成功します。マニュアルがなくても、シナリオがなくても、細かな指示や規則がなくても、うまくいくんですね。ありがたいし、あたたかいんですね。

私は、ある時から、大切なのは魂(スピリット)だと確信し、若い清顕や清翔などのお弟子さんにも、その気持ちで向き合い、見守り、育成しています。

何はなくとも佛立の魂がなければならない。このスピリットを知り、身につけることが大事だと、ここしか教えていないような気がするほどです。

何が出来ても、何を知っていても、佛立のスピリットを知らない、そこから外れているようならダメ。話にならない。見込みなし。だから、思い切り叱ります。

大切なのは、佛立の心です。それがプリモーディアル、それが佛立のエッセンス。

ここに気付いてくれたら、それがインストールできたら、身体に刻み込めたら、もう心配ない。自分がいなくなっても、間違わずに、ご弘通ご奉公してくれるだろうと信じられます。

逆に、佛立の心、佛立の魂、エッセンスを教えずに、その周辺、ディテール、枝葉末節を学ばせるのが佛立の教育だ、弟子教育だ、信徒教育だと勘違いしたら、次々に習い損じてバラバラになってゆくと思います。そんな事例を目の当たりにして、痛切にそう思うようになりました。いくら規則や制度を作っても、もっと根っこを見据えないと。

話が逸れましたが、本当に、素晴らしいご奉公でした。あれほど、涙を流しながらご奉公し、御法門を聴聞くださり、ご供養をいただき、水分がなくなってしまわないか心配でした。

だからこそ、本当に有難い、素晴らしい三祖会だったと確信しています。

快晴は、ご褒美でしょう。しかし、気を緩めずに、さらに、本当のご弘通に精進しましょう。来年は、100名のお参詣が目標かな(笑)。

ありがとうございます。

「迹門は理を尊び、本門は事を貴ぶ」

5月最後の日曜日です。長野も雲は多いようですが、お天気になり有難いです。11時より三祖会を奉修させていただきます。

御法門も、何度も何度も推敲を重ねて、結局今朝までかかりました(涙)。いつも、このようなことで、申し訳ないです。実は、こうなることを考えて、横浜から小さなインクジェットプリンタを持ってきました。プリントアウトがギリギリになることが予想されたから(汗)。

海外のご奉公では、こういうことが常に起こるのでプリンタを持って行くことがありました。「海外まで?」と驚かれるかもしれませんが、ホテルのビジネスセンターでプリントアウトしようとしてトラブルが起きたら取り返しがつきませんから。とにかく、今回は持ってこさせてもらいました。

長野教区から、数ヶ月前に奉修の御願い状をいただきました。そこには、「佛立の誇りを、今一度思い起こせるような奉修にしたいのです」とありました。「佛立の誇り」。佛立信心再発見。佛立再起動。re-boot。いろいろなことを思い起こして、御法門の推敲を重ねさせていただきました。

佛立信徒の誇りは、「〜が信心」という開導聖人の御教歌をいただけば感得させていただける。世の中の葬式仏教や新宗教にはない、本当の仏教、本来のお寺、本物の仏教徒であるという誇りは、たとえば「人を助ける、それが信心」ということです。これこそ、誇りです。

教講共に「口唱」と「折伏」が出来ていないと、この誇りは薄れます。失われていきます。それでいいわけがありません。「迹門は理を尊び、本門は事を貴ぶ」のですから。

先ほど無事にプリントアウトできました。では、出発の準備をさせていただきます。

2010年5月29日土曜日

時間の使い方

時間の使い方が上手にいかないですね。

誰にとっても貴重な時間だし、やらなければならないこともたくさんあるはず。その一つ一つに、優先順位、プライオリティをつけて、やっていきます。

この優先順位・プライオリティの付け方が一人一人違うから、いろいろな点で違いが出るんですね。

頑張って頑張って、でも結局時間ギリギリになって、ホームを走るようなことは止めないと。

それにしても寒いですね。明日は長野で三祖ご報恩会です。

ありがとうございます。

2010年5月28日金曜日

リサーチ

今日は久しぶりに世の中をリサーチしました。

疲れました。しかし、こうした機会や時間が無くなったら終わってしまいます。勉強になりました。リサーチ&ディベロップ。

快晴

横浜は、快晴。

2010年5月27日木曜日

衆愚政治

日本とは実は、一部の権力者である「貴族」が実権を握りつつ政治を行ってきた。

多くの人は気付かずに、「世襲反対」「官僚主義の打破」などと叫ぶだけで、本質を知らされない。長らく民主主義でも寡頭制でもなく、貴族制の、最近では高度に脚色された衆愚政治の国。哀れとしか言いようがない。

そもそも、古代から現代に至るまで、完全な民主主義も社会主義も共産主義も世界にない。単なるイデオロギーやその名前ではなく、実態として、上記の政治制度が安定的に機能し、統治した国はないのではないか。

ギリシャ人の史家ポリビウスは、古代ローマが、コンスルに見られる君主制の利点と、セネート(元老院)に見られる貴族制の利点と、市民集会に象徴されるデモクラツィア(民主制)の利点を合わせもった理想的な政体と称賛した。
しかし、全ての悪弊は善意から生まれる。ポリビウスが称賛したローマの統治システムも疲弊し、いつしか機能しなくなる。ある時から弊害しか生み出さなくなった。

 「今」という場所にいる我々。そこから見て悪しき制度というものも、それが作られた時は必要に迫られ、善意に燃えて作られたに違いない。ただ、「今」という「時」や、「機」という「要素」が変わったのだ。それがために、悪しき結果や、あるいは悪しきプロセスしか、生まなくなってしまったのだ。

悪者探しではなく、冷静に、目的と理念を確認し、それを決して忘れず、改良してゆくしかない。

今や、ペリクレス亡き後のアテネのように、衆愚政治が日本を衰退させている。「民主主義には金と時間がかかる」とは誰もが言うが、これほど、貴族制が蔓延したかのような小さなロビーしか持たない国、左右異なるイデオロギーに色分けされているようでそうではないメディア複合体、機密費や記者クラブによって特性を見抜かれた自称ジャーナリストたち。これでは、日本の国力は衰えてゆくしかない。

いかなるシステムにも生命があり、寿命がある。

随縁真如の、法華経本門の弟子信者には、分かるはずだが。それまでプラスに機能していたのと同じものが、環境の変化によって、マイナスに機能するように変わってゆくことを。

古代ローマを描いた塩野女史は、まさに人間どもの悪戦苦闘の典型を教えてくれている。人間は、ゼロから起ち上がる場合より、それまで見事に機能していたシステムを変える必要に迫られた場合のほうが、よほど難事業になる。自己変革のできる人間は少ない。

とにかく、普天間の問題、その報道、動く世論、それを見て蠢く小粒な政治家のいやらしさを見て、哀しくなる。

しっかりしよう。一般庶民の私たちには、それしかない。

衆愚政治とは民主的に見えるが、それとは本質が全く違うことを知らなければならない。後で、自分が苦しむことになる。国力は衰え、国家は結局一体にはならない。

最後に。

石原慎太郎氏は、本当に、残念な人だ。この人を好む世代や、この人が支持を集めること自体、衆愚政治や日本の情けなさを思う。

サッカー日本代表の哀れな姿も、日本的な悪しきものの象徴だろう。

横浜市開港記念会館

横浜市開港記念会館で弘通学の授業をさせていただいています。

今日の横浜は、天気がよくなりました。

ありがとうございます。

締め切り

原稿の締め切りです。眠いです。

横浜は少しずつ晴れてきました。

2010年5月26日水曜日

龍馬伝 「故郷の友よ」

 久しぶりに見応えのあるNHKの大河ドラマ。そう思うのは、ひいき目だろうか。龍馬の魅力、龍馬という青年の群像が持つ魅力は、時代が変わっても色褪せていないことを証明しているように思う。

 それにしても、今年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」は、本門佛立宗と縁が深い。毎回、観る度にそれを思う。

 その「龍馬伝」が全国で巻き起こすであろうブームを見越して書いたわけではないが、年頭から「坂本龍馬と本門佛立宗」という記事を書いた。そこでは佛立開導日扇聖人全集に所収されている資料から、龍馬と開導聖人の結びつきをご紹介した。

 龍馬の指示を受けながら「海援隊文士」長岡謙吉が書いた「閑愁録」は、日本の仏教者に宛てた坂本龍馬の公開質問状であった。残念ながら、これを著した直後に龍馬は没した。しかし、この閑愁録を読み、これを極めて高く評価し、これに真っ正面から応えて後世に遺されたのは本門佛立宗の開導、長松清風日扇聖人しかいなかったのである。

 今でこそ龍馬ブームが世を席巻しているが、開導聖人が閑愁録を手にされた当時、坂本龍馬の名も、海援隊の名も、世の人の知るところではなかった。土佐出身者による意図的な挿話かもしれないが、明治37年に始まる日露戦争にて、皇后の枕頭に総髪の志士が立った。その姿を聞いた政府出仕者が、「それは坂本龍馬に違いない」と言い、にわかに注目を集めたという。

 いずれにしても、開導聖人と坂本龍馬には、妙不可思議な符号やご因縁があった。

 まさに、年頭の記事に書いたとおり、今や全国が龍馬ブームに湧いている。サッカー日本代表のワールドカップ出陣にまで、龍馬が駆り出されている。自民党を飛び出した富裕な政治家が自分を龍馬に模したり、青いユニフォームを龍馬に着せてみたりするのを観ていると苦笑してしまう。まぁ、龍馬のことだから、苦笑いをして終わりだろうけれど。

 昨夜、録画しておいた龍馬伝「故郷の友よ」を観た。龍馬の人生が、歴史の渦に巻き込まれて、慌ただしくなっていく。決別した友の別れ、それでも友を思う龍馬。過酷な運命が彼らを襲い始める。演技に泣くのではなく、彼らを襲う運命、決別せざるを得ない人間というものの性を観ていて、涙が出てくる。武市さん!以蔵さん!とこちらも叫びたくなる。

 龍馬の友人に限らず、これ以降、明治維新に至るまで、全国に累々たる若者たちの屍が築かれていく。吉田松陰が「孔孟箚記」に引用した「志士は、溝壑(こうがく)にあるを忘れず、勇士はその元(こうべ)を喪(うしな)うを忘れず」という言葉が現実のものとなっていった。「志士(志ある者)は、義を貫き、使命を果たすためならば、自分の死骸が溝や谷の下に捨てられていることを常に想像し、その覚悟をしておかなければならず、勇士とは自分の首が切り飛ばされて前に転がることを常に想像し、覚悟しておかなければならない。」

 現代人からすれば理解できない死の迎え方、臨み方をする青年たち。彼らは、自ら任じた役割、使命のために、次々に殉じていく。「累々たる屍」になど、誰もがなりたくはない。しかし、彼らは現代人のように、日和見的でも、格好つけでも、自己中心的でもなかった。誰もが、志を持ち、志のために命を懸けて生きていた。

 「義」という字は、「我」を「美」が押し潰している字だという。その意味するところは、「美しく生きるためには我を通さない、我に従わない。」ということだろう。「心の師とはなるとも、心を師とせざれ」というお祖師さまの御妙判や、「義はつよく~」という御教歌を思い返して、私たち仏教徒、佛立信徒にとっての「義」を考えなければならない。

 それはともかく。どうしても、話が脱線してしまう。難しいことを書くつもりはなかったのだが。

 その大河ドラマ「龍馬伝」が23日に放送した「故郷の友よ」という回を観て、驚いたことがいくつかった。やはり、龍馬を語れば、本門佛立宗との御縁が深くなるのは当たり前。随所随所に、開導聖人の生きておられた時代、ご奉公されていた息吹を感じる。

 まず、放送開始直後6分に出演した薩摩藩士、高崎正風という人物。やはり、ポイントを心得ている。この人物は、極めて、極めて開導聖人のご縁の深い人物なのである。

 長州の久坂玄瑞が朝廷に攘夷継続を嘆願していた背後で、薩摩は過激な攘夷思想と距離を置くよう朝廷に諭していた。場面が切り替わり、薩摩藩士が登場する。それが高崎正風なのである。この時、高崎正風は「左太郎」と呼ばれ、京から長州藩の追い落としを図って八月十八日の政変を成功させ、薩会同盟の立役者となった。幕末は薩摩の京都留守居役として活躍するが、最終的には武力討幕に反対したため藩内で西郷隆盛らと対立。維新直後は不遇だったが、最終的に新政府に出仕し、岩倉使節団に加わって西欧諸国を数ヶ年視察した。

 明治8年から宮中に出仕。御歌掛などを勤めて、明治21年には御歌所初代所長に任命。明治23年、初代國學院の院長となった人物。 不明な点は多々あるが、その高崎正風は、明治23年にご遷化された開導聖人と深い親交を結ばれていたのである。

 最近、インターネット上に開導聖人のことを紹介する記事が増えてきた。誰が書いたのか定かではないが、次のようにな一文があり、そこに高崎正風とのエピソードが紹介されている。

 「長松清風は、書画においては江戸末期の三筆と言われたり、当時の知識層などが掲載された平安人物誌、西京人物誌にその名が掲載されたり、明治天皇の和歌の教師であった高崎正風が清風の詠んだ歌を優れた歌として明治天皇に紹介し、明治天皇から清風の歌を非常に賞賛されていることを知らせる使者が清風の元に使わされており、明治天皇以外にも三条実美などの公家にも清風の短冊を所望する声が多かったという。江戸末期から明治を代表する優れた文化人とも言える。」

 開導聖人の御指南書「三界遊戯抄」には、明治14年の9月中旬、既に明治天皇のお側近くに出仕をしていた高崎正風氏が、わざわざ東京から京都まで来られて開導聖人と面談されたことが明らかにされている。何のために、どのような経緯で。

「草がくれながるゝ水もせかれては 世にありがほに音たてぬめり。
十月五日の朝聞 玉田のはなしに。
天朝に吾草かくれの睿覧にて御手習ひの事 むつかしとて御困云々。
天朝御歌師範 高崎正風 四十才餘 明治十四年九月中旬 東京より来る」

 上記、御指南中にある「玉田」は「ぎょくでん」と読むのだが、「村田玉田」のこと。開導聖人の姉・うた(妙遠)の娘。夫は村田香谷。昨夜、小林信翠師から資料を送ってもらうまで村瀬雙石と村田香谷、村瀬玉田と村田玉田を混同していた。

 開導聖人は、10月5日の朝、この姪である玉田から明治天皇についてのお話を聞いた。それは、数週間前に高崎正風が京都まで来て開導聖人と面談し、開導聖人から御歌と書をいただかれたことに対する明治天皇の反応であった。

 開導聖人と玉田とは叔父と姪の関係。夫となる村田香谷は福岡県備前出身で、皇后陛下の乳母にかわいがられていたという逸話もある。天保の頃に筑前の四大画家と呼ばれた村田東圃の養子で、山水に巧みで、詩書も能くした。開導聖人の生家である大路家の姻戚が皇室や公家と緊密な関係を持っていたことの証左の一つである。

 しかし、いずれにしても、これらの方々と親しくされながら、天朝に出仕していた高崎正風とのご縁、そして明治天皇ともご縁を有しておられたことが分かる。

 幕末の京都、ご維新前後の世情や人の動きには、後世の私たちには未だ見えないことがある。ただ、点と点を結んでゆけば、少なからず開導聖人の生きておられた時代と人々との関係が見えてくる。

 もしや、開導聖人は高崎正風とは幕末から旧知の仲であったかもしれない。「龍馬伝」でも度々出てくる公卿・三条実美についても、先のエピソードにあるとおり短冊を所望されたり、様々なやりとりが行われていたことが明らかになっているからだ。

 司馬遼太郎の「歳月」という小説でも高崎正風は登場する。この小説は、明治新政府の初代司法卿(大臣)となった江藤新平の幕末から維新後を描いたもの。この小説について今は述べないが、ここでも、「幕末」という壮絶な激動期の人間たちの動き、理想と情熱と狂気、その様々な情景を、肌で感じることが出来る。世が変わる時のこと。

 この小説の中で、高崎正風が出てくるシーンは以下のようなものである。この場面は主に鍋島閑叟(備前佐賀藩)を中心に描かれている。閑叟は「葉隠」に代表される保守的な風土の中にいながら進取の気骨を持つ勤勉家。名君として知られていた。

 それは、幕府にとって最後の年となった慶応4年3月18日の夜のこと。

「- 幕府がつぶれたのだ。(乃至)
出かけたのは、祗園「左阿弥」という家である。会同した諸侯は、いま天下をうごかしている新政府側の雄藩の当主ばかりであった。
 薩摩藩のわかい当主である島津忠義、幕末、もっとも劇的な波瀾をくぐりぬけてきた長州毛利家の世子である元徳、芸州広島四十二万六千石の浅野長勲、大名のなかではわかいながら才器できこえた阿波蜂須賀家の世子茂昭などで、閑叟はこのなかでは年がしらであった。
 この座席を世話しているのは薩摩藩公用方の高崎佐太郎(正風)らで、かれらがもっとも苦心したのは上座、下座の席順であり、これはほとんど判じ物といっていいほどにむずかしかった。なにしろ、大名たちが私的に会合するようなことは江戸三百年のあいだなかったことであり、参考にできるような先例がなかった。また、大名の席次というのは江戸城の詰間で公式にはきまっているが、しかし幕府が消滅した以上、過去の秩序である。朝廷からもらっている官位の順にするのも一案であったが、それもこの私的な席では生硬すぎるようにおもわれる。結局、~」

 幕末の前後、高崎正風は京都を舞台としてこのような周旋方をしていた。この頃、若い頃から公家の邸宅で講義をしていた開導聖人と知古になっていても不思議ではなかった。三条家か、あるいは他の公家か。

 また脱線するが、このエピソードには詳細な記述があって面白い。大名が芸者遊びをするのも初めてなら、芸者も大名を見るのは初めて。「無礼講」と言っても双方が固い。酒宴となって年頭の芸者が酔い、「みなさま、お長うございますこと」と言ったという。「長い」とは顔のことで、ここに集まった大名たちは、島津をのぞいて全員顔が短冊のように長かった。

 この冗談を聞いて高崎正風らは青ざめたが、すかさず閑叟が「ここに宇和島がくればわしも丸くなる」と言った。宇和島藩の伊達宗城は「長面候」というあだ名があるほど顔が長かったという。酌の相手は祇園でも三指に入る名妓「静香」と言った。ちなみに、「左阿弥」は今も京都の円山公園近くにある。

 とにもかくにも、文章が長いのはこのブログの悪い癖だと思っていただきたいが、「龍馬伝」に高崎正風が出ていて、本門佛立宗、開導聖人とのご縁を思い返して、感動したのである。

 さらに、今回の龍馬伝 「故郷の友よ」を観ていて、放送開始後18分頃(調べたてしまった)に驚いた。それは、龍馬と饅頭屋・近藤長次郎とが激しく語り合うシーン。その背後で、拍子木の音が鳴り続けていた。すごい、きっと本門の御題目、お看経に違いない。

 「大阪海軍塾(勝塾)」があったといわれている大正区三軒家東など、本門佛立講のご信者方が活躍しておられた地域。時代考証をしてゆけば、この地域、この時刻に、拍子木の音が響き、御題目の声がしていたことは間違いない。映画「三丁目の夕日」など、昭和の下町の夕方も、拍子木の音がどこからともなく聞こえていたはずで、考証を重ねたら本門の御題目、佛立宗のお看経に行き着くはずだ。


 とにかく、こうしたエピソードを見聞きして、私たちのご信心のルーツに誇りを抱いていただきたいと思う。そして、今の自分たちの信心を省みて改良を心がけるべきだと思う。

 下に掲げたのは、長松寺に掲げられている扁額。明治天皇にもお見せいただいた、

「草がくれながるゝ水もせかれては 世にありがほに音たてぬめり」

の書画である。見事としかいいようがない。


 本当に、開導聖人の尊さを、思い知らなければならないと思う。「ある時は敬い、ある時は尻に敷き~」ではダメだ。

2010年5月25日火曜日

ipadと広島弁

今日、初めてipadを見ました。植山さんはスカイプで電話しまくっていました。なるほど。これならSoftBankでなくても電話としても使えるわけですね。
とにかく、やはり魅力的です。なかなかDoCoMoから離れられないので勇気が欲しい。ご弘通に使えるなら、頑張るんですが。

今の携帯電話は、もう少しで3年目。ボロボロになってきましたが、電池パックを交換すると、まだまだ使えるんです。

12月にはDoCoMoから新しい通信規格の端末が出るようですから、今の携帯電話を大事に使います。ipodもiphoneもipadも、自分には使い切れそうにないし(涙)。

しかし、広島弁を聞くと、欲しくなります(笑)。

お久しぶりです(涙)

 今日は、久しぶりのお客さまがお寺に来てくださり、もう、感激、感謝、感謝でした。
 植山さんとは、私が仕事をしている当時にお会いして以来、本当に不思議なご縁でお付き合いをさせていただいております。一緒にテレビ番組を作らせていただいたり、本当に楽しい時間を過ごしてきました。そして、不思議と、その当時だけではなく、こうして今までお付き合いくださっています。もう、私が住職になって10年になろうとしているのに、忘れずにいてくださるだけでも有難い。
 その人間性が魅力です。明るくて、前向きで、不屈の精神力を持ちながら、優しい、思いやりがある。そして、人生を心から楽しんでおられる。
 大尊敬するビジネスマン。伝説的なソニーの井深名誉会長、盛田会長、大賀社長らの直弟子、イギリスのソニーで長らく販売部長としてお仕事をされておられました。そんな植山さんに私がお会いしたのはもう10年以上前ですが、今日お会いしてビックリ。まったく年を取っていない(汗)。65才ということでしたが、信じられないなぁ。元気ハツラツ!でした(笑)。
 先日、お寺に寄りたいというご連絡をいただき、今日はビジネスパートナーの加藤社長とお二人で妙深寺にお参詣くださいました。14時からじっくりと2時間。あっちに行き、こっちに行き、私の話が脱線気味で申し訳なかったのですが、久しぶりに植山さんにお会いした緊張と、優しく、品のある加藤社長とお会いして、調子に乗って話をしてしまいました。すいません(涙)。
 それにしても、植山さんはすごい方なのです。この御縁をいただいたのも、本当に、おはからい、お導きだったと思います。

 嬉しかった思い出は、僕が大好きだったリチャード・ブランソンと会食をさせてもらったことでした。植山さんとお会いする前、私はある本に出会い、その著者であるリチャード・ブランソンという人物に憧れました。屈託のない前向きな明るさ、不屈の精神力、チャレンジ・スピリット、どれもこれも型破りで、おもしろい。今でこそエリザベス女王から「Sir」の称号をもらっていますが、若い頃は全くつかみ所のない、ムチャクチャな若者でした。
 しかし、そんなムチャクチャな彼が、途方もない夢を現実にしてゆく。世界を変えていきます。私は、彼に魅了されて、彼の本を大切にしていました。
 そんな自分が植山氏に出会ったわけですが、その、憧れのリチャード・ブランソンとは大変なお友だちで、私が大切にしていた本、「ヴァージン・僕は世界を変えていく」の翻訳は、何と植山氏がしていたというのです。まさか。信じられませんでした。
 実は、家に帰って、自分の大切にしていた本を見てみました。確かに、本の表紙に翻訳者として植山さんの名前がある。ありゃりゃ、ほんまや、と。
 そして、それ以降も、植山さんはこんな若造にお付き合いくださっていたのですが、ある時、リチャードが日本に来て赤坂で食事をする、一緒に食事をしようよ、とお声をかけていただきました。本当に、こんな機会を与えていただくとは思っていませんでしたから、感激しました。
 それ以降も、いろいろと勉強させていただきました。いつも、植山さんから勉強させていただきました。今日も、勉強させていただきました。生きてこられた年輪が違うのは当然ですが、実際に世界を舞台に活躍してこられた方から学べるなんて、幸せです。
 植山さんには、いつも大切な機会を与えていただき、感謝しか浮かびません。これからも、末永くよろしくお願いいたします。デレデレの写真で恥ずかしいのですが、ブランソンと食事をし、握手をしながら撮った写真は宝物です(涙)。
 宝物のような彼の本に、彼から自筆のサインもいただいて、これもうれしかったなぁ。いつも書いていますが、一人が変われば世界が変わる、を実際に体現したような人の中の一人だから。「僕は世界を変えていく」ですもの、サブタイトルが。今では宇宙旅行の会社をやってるし、すごいです。ヴァージン・ストアでは買い物をしたことがありますが、ヴァージン・アトランティック航空は高級すぎて乗ったことがありません(涙)。
 とにかく、久しぶりにお会いできて、うれしかったです。ありがとうございます。

シンガポールのご弘通 1

 これから少し、シンガポールでのご弘通について書かせていただきたいと思います。まとめておかないと、どういう経過か分からなくなりますから。また、ご弘通が動き出す前後のお話には、大切な佛立信心のエッセンスがたくさん含まれていると思うので、「結果」だけではなくて、その「プロセス」「経過」についてご披露しておきたいと思います。
 本門佛立宗の海外弘通は、良い意味では「草の根のご弘通」、悪い意味では組織だってのご弘通と」は程遠い。とにかく、一人一人のご信心とご奉公から始まるのが、本門佛立宗の海外弘通。他の新宗教の団体は、政治力や資金力を駆使して海外布教をします。既成の巨大仏教団体も同じ。でも、私たちは違います。「だからこそ、佛立宗は素敵だ」と私は思っていますが、ちょっとうらやましいかな(笑)。
 とにかく、シンガポールで、こんな風に本門佛立宗のご信心の輪が広がってゆくとは、思っていませんでした。シンガポールに御題目の声が響き、御講に、お助行に、と日々ご信心のふれあいやご奉公が行われているなんて(涙)。こんなに有難いことはありません。
 本当に、これは、数年前には想像もしていなかったことです。コツコツと積み重ねてきたご奉公は、ある時、突如として「臨界点」を迎え、ダイナミックに動き始めます。種まきのご奉公は、いつか臨界点を迎える。本当に妙不可思議なご縁がつながってゆき、次々と現証の御利益が顕れてゆきます。これが、ご信心、ご弘通の醍醐味だと思います。
 スリランカやイタリア、近年では遠妙寺さまのフィリピン弘通など、海外弘通の現場には国内の私たちが学ぶべきポイントがたくさんあります。「お寺」という「拠点」も、常在のお教務さんも、何もなかった地域や国。そこには、ほんの数人のご信者さんしかいなかったのです。その「人」のご奉公で、何もかもがスタートします。「人」こそ全て。一人が変われば世界が変わる、の証明ですね。人が全てを生み出していきます。とにかくご信心の尊さや本来のご奉公姿勢が、何もない海外では端的に表れて、勉強になります。有難いことです。
 シンガポールのご弘通は、齋藤さんご一家の転居から始まりました。それまでは、ご信心的にはまるで「不毛地帯」。何度かご弘通のチャンスを探って試みても、芽を吹くことはありませんでした。それが、齋藤さんの転居で一気に動き出しました。
 いや、ご信者さんが仕事で転勤され海外に住み始める、というケースはよくあることです。それだけならば、世界各国に同じケースはあります。しかし、シンガポールは違いました。ご主人の匡司さんは、大学時代から強いご信心で知られており、ご弘通の思いや意義を強くお持ちです。ハーバード大学を出ておられ、シンガポールでも日系企業ではなくパリに本拠のある欧州企業のアジアの拠点法人に勤めておられます。これは、大変なことです。
 そして、誰よりもシンガポール弘通のキーパーソンである齋藤さんの奥さま・宥華さんは、本当に最初からシンガポールでのご弘通を考えておられました。どんな人でも、どんな場所でも、なんとかこのご信心をお伝えしようとしておられました。シンガポールの開教は、宥華さんによって為されたと言っても過言ではないと思います。本当に、海外に住んでおられるだけなら、本門佛立宗のご信者さんもたくさんおられます。宥華さんは、最初から、はっきりとご弘通という目的をもっておられました。
 昨年の9月、宥華さんがどうしてもお教化したい方がいるということで、スリランカからシンガポールに立ち寄りました。そして、オーチャード沿いのカフェで、ジェッドと会いました。彼は中国系シンガポール人。英語の先生。時間が経つのも忘れて彼の身の上話、宗教遍歴、ご信心のお話、質疑応答などをしながら過ごしました。話は尽きませんでした。
 しばらしくて、宥華さんのお教化は成就しました。日系人で完結しないこと、これが海外弘通の最低限の条件です。宥華さんは本当に純粋な思いを持たれている方で、頭が下がります。11月、ジェッドの家に御本尊を奉安させていただくことになり、再びシンガポールを訪れました。1泊3日の強行スケジュール(汗)。しかし、本当に御本尊をご奉安させていただいてよかった。
 そして、それから、本当に不思議なことが重なってゆきました。いろいろな意味で、臨界点を迎えたのです。そう感じます。つい先日も、一大現証の御利益が顕れました。重ねて、これは後で書かせていただくことにします。

スクスク

スクスクと大きくなっています。

朝顔、ゴーヤ、ジャンビーノ。久しぶりの太陽を浴びて、伸び盛りみたいです。

今朝は門祖総講を奉修させていただきました。ありがとうございます。

2010年5月24日月曜日

いいです、広島弁。

 私たちは、亀村くんが大好き。彼は今でも門祖550回御遠諱の報恩ご奉公を推進するためにプロフェッショナルなご奉公を進めてくれている。

 親しみを込めて、「カメ、カメ」と呼んで10年以上。立派になったカメ。

 時々、私たちに楽しい話題を提供してくれる。今日は、下記の映像だった。メールの題名は「ipadほしくなりますよ」でした。完全に、なめてます(涙)。

 広島弁、大好きです。本当に、伝わってきますね、広島弁だと。いい、広島弁。それにしても、このセンスの良さ、トンチとパンチは、学ばなければなりません。



2010年5月23日日曜日

シンガポールとの御講

シンガポールとの御講。インターネットで結ばれて、ありがたい。

齋藤さんご夫妻、宥ちゃん、八田さん、二宮さん、ジェット、ありがとうございます。日本側のお参詣も、ありがとうございます。

日曜日の御講へ

虹の日のお参詣と朝市で活況の妙深寺。今日の午前中は神奈川県下のお寺から参加を募り、薫化会とファミリー会のリーダー研修会。大変な賑わいでした。

今は日曜日の御講席へ向かっています。東京湾アクアラインを通って千葉県の木更津まで向かいます。妙蓮寺にもお参詣させていただく予定です。

ありがとうございます。

妙深寺の朝市

妙深寺の朝市です。すごい盛況です。

2010年5月22日土曜日

妙深寺クオリティー

妙深寺の壁にかかるポスター。もうクオリティーが高すぎます(涙)。

弘通部門、広報部。黒崎さん、すごすぎます(涙)。本当に、ありがとうございます。

センスが無ければ佛立じゃない。開導聖人を見習いましょう。妙深寺クオリティー。

24時間のお看経

今朝から、妙深寺の本堂で大野さんが24時間のお看経をされています。すごい!

大野さんは日本最大の広告代理店であるD社にお勤めになっているスーパービジネスマン。本当に、お忙しい方です。ご信心を始めて、まだ1年半くらい。

でめ、だからこそ、そんな大野さんが24時間のお看経に挑戦されることが有難いです。

ガンバレ!

31名+50名

帰り道です。

土曜日の、本当に有難い、盛大な御講席となりました。

1つの教区での御講の奉修で、午前の御講が31名のお参詣、午後は50名のお参詣でした。本当に盛大で、うれしくなります。積み重ねてきた、感動ある御講席づくりの結実。

お一人お一人と、親しく言葉を交わす時間が限られているので申し訳ありませんが、笑いあり、涙ありの御講です。きっと、お参詣された方は、何かを感じて、心にたくさんのおみやげをいただけたのではないかと思います。

それにしても、よく50名もマンションのお部屋に入ったなぁ。みなさん、どう感じますか?そんなに大勢にお参詣されたら困る?いや、本当にこれが有難いんです。事実、お席主の森沢さんは涙を浮かべてお参詣の方々に御礼のご挨拶をされていました。感動しました。

稲邑さんから誘われて、初めて来てくださった吉川さん、大丈夫だったかな?ご信者さんではないし、お寺に来たこともないということだったから、本当にビックリしたのではないかな。

「初めてで驚いたでしょう?」と聞いたら、即座に「はい」って言っておられたし。でも、「活きた仏教は、こうして一般のご家庭に受け継がれたんです。最初はお寺はなくて、こうしたご信者さんのお宅に集まって祈り、学び合いました。」ということをお伝えしました。また、お寺にもお参詣くださったら有難いです。稲邑さん、よろしくお願い致します。

いま、お寺に到着しました。本当に、ありがとうございます。

妙深寺農園

 明日は朝市が開催されるのですが、先日、ついに妙深寺農園がスタートしまして、ここで妙深寺ブランドのお野菜などの種まきや苗付けが行われました。

 私も行きたかったのですが、ご奉公で残念ながら不参加。いつも、そうです(涙)。残念。

 しかし、妙深寺からは執事長と事務局長を筆頭に(汗)、お声をかけて集まっていただいた方々と共に妙深寺農園がスタートしたのでした。

 正教師と柴山局長がお出ましなんて(涙)、ありがたい。実は妙深寺の執事長である正教師は、ワイルドライフにかけては天才的。カブトムシの養殖(?)まで、妙深寺の森でしてくれているんですから。妙深寺、自然派宣言。

 佛立コープ、ついにスタートしました。出来ましたら、全国のお寺の菜園、農家のご信者さま、ご信者さまがされている家庭菜園などと結びついてゆきたい。長期休暇を余儀なくされた、心のバランスを失った方々が、土に触れ、土を耕し、作物を作り、御題目をお唱えしながら、自分自身を取り戻してゆけるような、そんな環境を整えてゆきたいです。

 まごころ込めて、この妙深寺第1号農園がスタートし、農作業が急ピッチで進められたのでありました。第2号農園、第3号農園と続きます。お楽しみに。

添田さんのツタンカーメン

 明日は妙深寺の虹の日。そして、朝市。アーケードが教養会の手作りで、気分も盛り上がります。

 今日は、明日の朝市の準備ご奉公が行われる予定です。波多野さんにトラックを出していただいてお野菜を集積したり、境内地のカウンターを整えたり。大変です。

 特に、生鮮食品であることを、もっともっと考えなければならないということも判明し、すべてが勉強です。最初からすべてうまくいくということはありませんよね。収穫の時期、朝市の時期、送っていただくタイミング、その管理など、素人だからと許されることではありません。

 九州から送っていただいた大根。本当に立派で美味しそうです。ありがとうございます。お茶も、本当にありがとうございます。御題目で育ったお茶があるなんて、しりませんでした。すごいです。

 そして、今回ご協力をいただいた添田さん。本当にありがとうございます。信翠師に写真を送っていただいてお顔を拝見しましたが、さすがご信者さん、素敵な笑顔です。光薫寺古賀別院のご所属とお聞きしました。

 信翠師のご紹介で、今回の妙深寺朝市では「ジャンボ空豆」と「ツタンカーメン」をお送りいただきました。古賀別院のご信者さんの間では、通称「添田農園」として有名だそうで、収穫時期にはご信者さんがお手伝いをされながてら収穫物のお裾分けをいただくそうです。

 ニラ、なす、タマネギ、大根、にんじん、サツマイモ、ジャガイモ、等々、何でも作っておられるとのこと。すごいなぁ、うらやましいです。

 そして、ここが知的な信翠師らしく、豆知識を教えてくれました。「ツタンカーメン」について。

 ツタンカーメンは、ピースご飯みたいにして食べると、美味しいと言うことです。「一度ご賞味あれ」とは信翠師からのメッセージ。

 ※ツタンカーメンのエンドウ豆は、発掘された副葬品の中から発見された。古代エジプト人が食べたであろうエンドウ豆を持ち帰ったイギリスの考古学者、ハワード・カーター氏は、発芽、栽培に成功した。その後、数国にわたり、栽培が続けられた。日本には1956年、米国から水戸に送られてきた。その後、古代ロマンの夢を託したエンドウは、主として小学校、教育センターを介して広がった。豆ご飯にして蒸しますと、おもしろいことに赤飯になる。

明日は虹の日と朝市

今日は御講が2席。もう少しで出発します。

明日は虹の日と妙深寺の朝市です。教養会のみんなが、特別にアーケードを作ってくれました。ありがとうございます。

続々とお野菜も到着して、本当に楽しみです。後で、あらためて書かせていただきたいのですが、光薫寺の小林信翠師のご協力をいただき、ご信心の篤いご夫婦が作られたお野菜も送っていただきました(涙)。本当にありがとうございます。

明日は、是非とも妙深寺にお参詣ください。

2010年5月21日金曜日

接着剤

東京スカイツリー、伸びましたね。高い、高い。

大丈夫かな、本当に。いろいろな意味で、ムチャし過ぎのように思えてしまいます。ドバイみたいになりませんように。

晴天の下、盛大に御講を奉修させていただきました。貴子ちゃんのお席に、たくさんのお参詣をいただき、ありがとうございました。

貴子ちゃんはご信者さんとしたら全国レベルです。先日来ご紹介している青年会の方々と同じ年代ですが、お教化にも事務局のご奉公にも真剣で真っ直ぐです。妙深寺の森山青年会長とも大信友。こちらが安心してご信心やご奉公を見守っていられる。お互いに頑張りましょうね。

先週の日曜日から、スリランカとの連絡に追われていました。メールや電話が、昼夜を問わずに飛んできます。イタリアへのご報告もしっかりさせていただかなければなりませんから大変。福岡御導師と私が、しっかり情報を共有し、一致した見解でご奉公に当たっていることが欠かせません。これはとても大切なこと、これがなければご弘通にはなりません。頑張っても、砂上の楼閣になってしまいます。

スリランカは素晴らしい国であり、ご弘通も勢い良く進展しています。しかし、勢いが良すぎるために起こる問題もあります。人間関係のトラブル、立場や権限の問題、マネジメントへの意見まで、様々なことが起こります。

勢いが良すぎて起こる問題というのは、やはり人間関係の問題です。それぞれ草創期のご信者さん方は、強い信念やご信心によってご弘通を切り拓いてゆかれます。しかし、時に自尊心が強くなりすぎて、協調性を失ってしまう。

み仏の御時代から同じような問題や課題があります。お祖師さまのご在世、門祖、その滅後にも、開導聖人の御時代にも、今も。

だからこそ、そこに末法のご奉公があり、異体同心の輪を築き、広げてゆくこと、守ってゆくことも大切なミッション。

何度もやりとりを重ねて、ようやく今日になって大きな動きがありました(涙)。よかった。本当に、安心しました。

教務のご奉公というより、接着剤の役割を果たしているだけのように思いますが、それも必要なことなのでしょう。些細な誤解から異体同心は壊れてゆくものですから。

とにかく、こうしたご奉公の積み重ねで、ついにご弘通は発展してゆくのだと思います。砂上の楼閣にはしませんし、させません。

緑のカーテン

先日、ゴーヤやジャンビーノの種を植えました。不安定なお天気でしたが、しっかり芽を出してくれました。

バルコニーの小さな箱庭ですが、緑のカーテンが出来たら嬉しいです。

今日は9時15分に御講に出発します。

2010年5月20日木曜日

ご信者さんの数だけヒーローがいる 3

 今回の本山奉仕会、今後の全国的な青年会のご奉公を考える上で、決して外せない方がいます。今回の本山奉仕会でも、ディスカッションの際に貴重なご意見を聞かせてくださいました。
 若くて細い見た目からは想像もできないのですが、3人の息子さんを立派に育てておられるお母さん。しかも、その息子さんたちはご長男は既に社会人で、世界的躍進を続けている会社に勤務されているとのことで、次男の方も来年からパリに留学、三男の方は大学二年生で、アメフトで全日本チャンピオンになられたとのこと。ご家族みんなでご信心をされており、それぞれ3人のイケメンの息子さんたち全員がしっかりと信行相続されています。素晴らしい、佛立信者のお手本のようなご家族です。
 青年会同士でのディスカッションが終わりを迎えようとしていた時、淳鷲師からこの方にマイクを向けていただきました。家庭内のこと、法灯相続のこと、3人のお子さんを育て上げて、今でも立派に母親として向き合っている方からのお話を、青年会のみんなにも聞いてもらいたい、と。
 まず、見た目からそんなに大きな息子さんたちがいるなんて想像もしていなかった青年会の子たちが、息子さんの年齢を聞いて「え~!」と言っていました(笑)。この方の息子さんたちは、佛立研究所から発行された「絆」という本の最初にご紹介されています。もう、ビックリするくらいイケメンの息子さんたち。モデルさんみたいです。顔が格好いいだけではなくて、頭も良いし、スポーツもできる。しかも、ご信心が強いなんて。
 お話をお聞きすると、みんな、さらにビックリ、まさに目からウロコです。子供を持つ佛立信者は、全員聞かなければならないお話だと思います。机上の空論などではありません。3人の息子さんたちが証明ですから説得力が違う。
 「私は息子たちに「お看経しなさい」と言った覚えがあまりありません。しかし、いつも「このご信心は有難いよね」「本当に、これは御法さまのおはからいだよね」と伝えてきました。全員が帰ってきたら御宝前にご挨拶をし、短くてもお看経させていただいているようです。とにかく、会話をすることが大切だと思っていますし、息子たちとは何でも話せる関係です。」
 「子どもに気を使って、子どもの信仰は自由だから、などと遠慮する人がいますけど、このご信心は砂漠の中の一掴み、このご信心に出会えたことは奇跡、このご信心じゃないと幸せになれないんだよ、積み重ねてきた人生を水の泡にしてはいけないよ、と何度も、何度も伝えています。」
 「そして、これはダメだ、という時もあります。でも、怒りません。とにかく、怒らない。怒らないで「話をする」ということを心がけ、実践しています。そして、「分かった」と言ってくれるまで話をする。怒ることではなく、「分からせること」が大事だと思う。」
 いま、その方は自坊で薫化会の会長もされています。妙深寺と同じように、薫化会には毎月の御講席があるそうですが、お給仕も、お花入れも、太鼓も、すべて薫化会でさせていただくようにしている。とにかく、何が地域の子供会と違うかを、みんなで語り合ってご奉公しているということでした。そして、お子さんのいない方に対しても、「薫化会、手伝ってねー」と、いつも声を掛けておられるそうです。お寺のみんなで子どもを育てる、という意識があるんですね。
 本当に、このお話をお聞きして、目からウロコでした。大感激。固有名詞でご紹介したいのですが、ご迷惑がかかると申し訳ないので、避けました。とにかく、有難いお話でした。スーパーお母さんです。もっともっと、教えていただきたいことがあります。
 こうした、本物のご信者さんの声をお聞きしましょう。本当のご信心の姿、本当の家族愛、本当の御利益があります。ダメですよね、後ろや、下ばっかり向いていては。自分の罪障を棚に上げて、御宝前や開導聖人の教えを疑うようではダメです。ここにこそ、真実の佛立信心があります。

2010年5月19日水曜日

ご信者さんの数だけヒーローがいる 2

 日本全国に、頭が下がるほど、コツコツとご奉公に励んでおられる方々がいます。深く、深く、御法さまのこと、その教え、ご弘通、菩薩行を考えて、実践している。本当に、そうした方々との出会い、実際にお顔を見てお話を聞く、そうした機会に恵まれることは極めて貴重なことです。特に、そうした青少年との出会いは、極めて有難く、貴重な本山奉仕会となりました。
 インターネット社会の最前線にいる彼らは、その弊害にも直面しています。身近なところで怪しい情報が溢れている。そうした怪情報を流すだけの無責任な人たちがいる。そこに迷い込んで精神を病んでゆく人もいるし、すでに病んでいる人もいる。病んでいるから、そこにいるとも言えるが。
 彼らは、その真っ只中でご奉公してくださってる。最前線で、しっかりと前を向き、物怖じもせず、真摯な姿勢でご信心をされている、生きておられる。本当に、本物なんです。そんな彼らだからこそ、一緒にご奉公させていただいて、感動しました。
 素晴らしいお話をたくさんお聞きしました。そんな良い話を、もっともっとインターネットに載せないと。大都会・東京の中心にあるお寺の女性青年会長。彼女の話には全員が耳をそばだてました。実は彼女は、青年会長としてご奉公されるまで、なかなか前向きなご奉公ができていなかった、と前置きされました。だからこそ、さらに共感を呼んだのだと思います。
 青年会のご奉公をいただいた時、実際にご奉公してくれる子はほんの数人でした。しかし、一生懸命ご奉公させていただいて、わずか1年ちょっとで青年会が4倍~5倍にもなった、とお話ししてくださいました。もう、加行者全員が彼女の話にかぶりつきました。みんな、彼女がどうやってご奉公されたのか知りたいと彼女に詰め寄っていました。それほど、みんなご弘通や法灯相続に真剣なのです。ある意味で、親御さんよりも真剣なのだと感じました。
 特に感心したのは、彼女が青年会をあげて行った「受験助行」というご奉公。青年会への移行年齢を中学三年生として、青年会としての最初のふれあい、ご奉公を、「受験」への「お助行」にさせていただいたとのことでした。
 私は、そのご奉公の内容も素晴らしいのですが、それ以上に、まず彼女の考え方が素晴らしいと思いました。それは、「ご信心は、やはり自分が壁に当たっている時にこそ、有難いということが分かる、つまり、信行相続もそうだと思う、中学三年生の多くが「受験」という人生の大きな壁に当たっている、そこで、ご信心の大切さ、ご祈願の有難さを伝えたい、御利益を感得してもらいたい」というもの。ご弘通やご奉公を真剣に考えに考えているからこそ、到達する真実です。
 こうしたご奉公を通じて、受験を終えた数人が、すでに青年会で楽しくご奉公されているということでした。有難いです。七五三や成人式など、人生のお祝い事でお寺に来させてもらうのも有難いことですが、やはり佛立信心は人生の壁に当たっている時にこそ、尊さが分かります。
 素晴らしい方々が、全国にはたくさんいます。彼らは未来への希望です。

長松寺の庭

ブラジルとのウェブ会議から、京都佛立ミュージアムの運営委員会。 次から次へとご奉公が溢れ出てきて、ありがたいこと極まりないですが、途切れることなくひっきりなしで目が回ります。 海外には9教区。世界同時のコロナ禍。本年予定されていたブラジルとハワイへの特命巡教の件。ブラジル教区・日...