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2022年9月1日木曜日

御教歌「天つちの 中に霊たる 人として などかはきつの 眷属となる」

2022年09月01日 月始総講・日晨上人ご祥月法要・関東大震災百回忌

御教歌「天つちの 中に霊たる 人として などかはきつの 眷属となる」

2022年3月21日月曜日

令和4年3月21日 春季総回向 ご住職「かつも妙 まけるも妙の いくさして ころしたものも またしぬる妙」

令和4年3月21日 春季総回向 御法門
御教歌
「かつも妙 まけるも妙の いくさして ころしたものも またしぬる妙」てこのかたま・扇全15巻141頁

繰り返す戦争と私たちのご奉公について。

お書き添え「東山霊山に石のしるし建たる戦死の武者弔ひのうたよめと人のいひけるに」

2011年1月21日金曜日

ヤカン信心から水の信心へ

昨日の教区御講は、大先輩ご信者さんの小松嘉秋ご夫妻のお宅で奉修されました。

ご主人の嘉秋さんは87才。ご高齢ではありますが、ご信心が強く、本当にお元気です。身体でコツコツと実践してこられたご信心は、今でもご夫妻の人生を支え、輝かせ続けています。

ご高齢ながら、ふと気づくと誰も見ていない本堂裏の階段で、法城護持のお掃除をしてくださっています。一人で重たい掃除機を持ち、一段一段、丁寧に掃除機を当てられていて。そのご奉公の姿勢には、本当に頭が下がります。

今回の教区御講では、護持御本尊をお迎えになられてから50年を経過した御礼御講を併修させていただきました。昭和30年代、結婚したばかりの小松さん夫妻に、久子さんのお母さまが護持御本尊と御尊像をお迎えするようにお話されたそうです。ご主人はまだ何も分からなかったそうですが、その教えを素直にお受けしました。また、御講師方にご指導をいただきながら部長のお役を受けて、電電公社に勤めながら、帰宅したらすぐにお助行などのご奉公に出掛ける毎日。手探りながら、部長としてご弘通の最前線に立たれてご奉公くださったとのこと。

昭和30年代、乗泉寺で行われた日博上人のブラジル帰国報告会にお参詣され、直接そのご講演を聴かれた小松さんご夫妻。横浜に転居されて妙深寺の所属となり、ご主人は妙深寺の中央連合の連合長として、奥さまは永年上星川教区の名教区長としてご奉公くださいました。

人生には様々な日がありますが、今日まで、こうして健康で、心豊かに、ご夫婦共に過ごされてきたことを感謝したスピーチ。本当に、尊い。90才を目前にして、生涯通じてご信心をされてきた方が、「御法さま、ご信心のお陰です。ありがとうございます。」と仰せなのは、私のような若造の言葉と比べものにならないほど重たく、確かな響きを持っております。

本当に、お手本です。現在、上星川教区では黒崎さんの行動力によって「男助行」が盛んになりつつありますが、この中で往年のご奉公を為されてきた小松さんの教えや経験が輝いていると聞きました。後継の男性諸氏にとって、とても貴重なお話なのだそうです。黒崎さんや桑原さんがそう言ってくれるのを意気に感じて、また小松さんもご奉公の使命を感じてくださっている。有難い、功徳の循環です。

開導聖人は「信心用心抄」という御指南書に、次のようにご信心の仕方の間違い、悪い癖をご指摘です。

『「薬罐(やかん)信心」飛びたつように沸けども、冷えること早き信心を云ふ。
「雇はれ信心」御講も教化も一向にかまはぬ。雇はれ賃だけもらへばよしの信心を云ふ。
「居候信心」これ、教化する心なく、只御法にやしなはれて居るのみの信心。但し教化はでけずとも勧むる心あるは居候にあらず。
「中風(昔の脳卒中)信心」信心しびれ。幾度御利益をうけても其の時ばかりの信心を云ふ。
「高なぐれ信心」我よしの慢心。法門も知り顔して、売らず買はずの信心を云ふ。
「猫かん信心」有志参詣もだんだん後さがりの、猫に紙袋のようの信心を云ふ。
「め◇ら信心」相方かまはずの折伏、人を腹立たせ信心さますを云ふ。
「徳利信心」我が信心の腹は大きけれど、人に勧むる口小さき信心。二乗に近し。
「ぶう竹信心」声は大きく信者らしけれど、それ程に役だたぬ信者なり。
「ミミズ信心」折伏せざればのろのろと出るが、折伏すればびっくりして引っ込む。ミミズの如し。
右十条信者の悪癖。これをのがれて教化を心がけ、御法を敬ひ骨惜しみなく信行如才なき人、貴賎老若賢愚にかかはらず、必ず成仏す。誡むべし。』

お祖師さまは、南条時光さまに宛てられたお手紙で、次のように御妙判くだされています。

「抑今の時法華経を信ずる人あり。或は火のごとく信ずる人もあり、或は水のごとく信ずる人もあり。聴聞する時はもへたつ(燃立)ばかりをもへども、とほ(遠)ざかりぬればすつる心あり。水のごとくと申はいつもたい(退)せず信ずる也。此はいかなる時もつね(常)はたい(退)せずとわ(問)せ給ば、水のごとく信ぜさせ給へる歟。たうとし(貴)たうとし。」

とうとうと流れる、ゆるぎない、絶え間ない、大河のような「水の信心」を目指したいものです。

2010年9月10日金曜日

晃子さんと奈々ちゃんの手術

今日は、10時30分から、大塚さんのご長女、晃子さんの手術があります。甲状腺の癌の手術です。ご本人は、まだ若い女性です。これから長い人生が待っています。何としても、ここで現証を、完璧に、顕していただきたい。

彼女は、もう、今日までにも大変な御利益をいただかれています。お医者さまから、腫瘍が小さくなっていると言っていただき、本当に妙不可思議な御利益を、ご家族で実感されています。しかし、やはり今日の手術こそ大切です。約4時間の手術。乗り越えていただきたい。

また、奈々ちゃんも、今日の15時から手術になりました。同じく口腔外科での手術となります。奈々ちゃんの場合、本当に手術中に何が起こるか分からないと医師にも言われています。また、お力添えをいただきたい。どうか、よろしくお願いします。

大切な、重要な、お助行が続きますが、どうか、お仕事中でも結構ですので、晃子さんの手術、奈々ちゃんの手術が、無事に成功いたしますように、お助行を、伏してお願いいたします。

必ず、一大御利益をいただき、自らの体験を喜んでお話していただける、そうやって苦しんでいる人のために生きれられる、皆さまにもご恩返しができる、そうなってくれると確信しています。

本当に、ありがとうございます。

今日、拝見する御指南等を、掲載させていただきます。

法華文句 記 八(妙楽大姉)
「障り未だ除かざる者を怨と為し(未除者)、聞く事を喜ばざる者を嫉と名づく」

開導聖人 御指南
「自ラ喜ビ難キ。コレ罪障ナリ。」
「喜んで聞かざるは仇。」

開導聖人 御指南
「弘法の為に、身を動かし、心を用ふる事、喜ばれざる者、これ未除者也。」

開導聖人 御指南
「自ら喜び難き。これ罪障なり。居眠り、退屈、懈怠等、みな罪障なり」

開導聖人 御指南
「この障りを除きて、喜んで説き、喜んで聞き、喜んで口唱読誦する者、喜んで法筵を設け、喜んで供養し、喜んで人を誘引して参詣し、喜んで供養を受けする者、法華経の持者、弟子檀那の菩薩なり」

御教句
「うれしさは みのりのために する苦労」

2010年6月24日木曜日

末法の弘通、ここにあり 『お助行』

お助行こそ、悪世末法のご弘通の方法、ご弘通の要諦、コツ、ツボ、である、と。

「信要組長澤の日 堅信組 又柴田氏に此傅を語る 大に喜ぶ。

御看経助行には新教化の人をつれて行こと御弘通の利あり。
病者に我御利生を語る。我又御利生を見て信心増進す。われもあのやうに御苦労になりたることをわすれず。必ず御利生あり。末法の弘通こゝにあり。
助行にはつれてあるけよ新教化  現証を見て信心をます」(扇全18巻302頁:御看経助行にはの事)

本件について、石岡日養上人が、「日本第一の弘通家」と称されたお師匠さま・日歓上人のご教示を後世に伝えてくださっている。

「日歓上人は、大の弘通家でおありなされました。御弘通の器となれ、御弘通をせよ、御弘通の御奉公を忘れてはいけない、と。
信心で押倒せ、佛立は信心で人を助ける宗旨や、解にづってはいけない。教務の信心は信者の信心に負けてはいけない、御看経をたくさん頂け、キットお教化は出来る。お看経が減るとエゝ事がない、と。御自身、朝の中に一万遍のお看経をお上げになり、殊に晩年は十時間のお看経を頂かれた。

師匠によく仕えよ、キット結構になる。○○(おそらく講有だと思うのですが、読み取れませんでした)日教上人に身を以て仕えられ、為に日教上人は、「清歓は来たから安心ぢや」と仰言った由。師匠の御安心の行くように、心を尽し、身を労さる。
不自惜身命、一身を犠牲にして、御弘通遊ばさる。遂に当時の講有第三世日随上人より「日本第一の弘通家」とお賞めの詞を頂戴せらる。
本をよくせよ、もとを忘れるな、本山に尽せ。
弟子の躾けは非常に厳しく、行学、特に行の面に重点を注がれ、「弟子は叱り使い」やと体でご奉公することを教えらる。
信者にはやさしく、親切に信心を教えよ。信心さえ教え込んでおけば、後は仏祖のお計らいにお任せ申す。

信者に物をネダッてはいけない、欲張ってはいけない、情実を作るな。教務は信者の奴隷になってはいけない、折伏が出来なくなる。折伏が出来ず随他意に流れたら御利益が頂けない、御弘通が止まる。

謗法を軽く思ってはいけない、謗法をやかましく教えないと御弘通が止まって了う。
御宝前は叮嚀にお仕え申せ、御給仕をゾンザイにしてはいけない。御願い申せば、御返事こそないけれども、キット叶えて下さる。
御法の為のお金は、御宝前の物であるから大切に監督を厳重にせよ。教務もよく功徳を積ませて頂くように。
御法門は、会席料理の如く、手短かに、要領をつかんで、誰にもわかり易く、今日聴聞して、御利益を頂いて、明日はお礼に来るように拝む。
御助行は、教務が先頭に立って、役中を引っ張って歩く。御助行で信心を鍛え、御講へ詣って信心を整える。新教化のお助行をよくし、御利益を頂いたら、そこからお教化をすることを教えよ。
以上、そうすれば、キット御弘通は出来る。私のはナ、人から聞いた話ではない、皆な自分で、御指南通り実地にやってみて、骨身に染み付いているのだから間違いないからやって御覧、キット御弘通が出来るから、と承りました。
このお言葉は常に我が心の燈明となり、強く鞭打って下さいます。」

私たちのご信心も、鞭打たれる思いです。

清潤拝、

2010年6月9日水曜日

雲の上の運動会

 雲が多いのですが、京都は晴れ。

 昨日の会議は遅くまでかかりました。遠くから出席してくださっている方、ウェブで参加してくださっている方、とにかく、熱い議論を重ねながら、ご奉公されていました。ありがたいです。

 海外からウェブで参加してくれた小野山師は、時差で開始時間がすでに夜。会議終了は真夜中を過ぎていたと思います。かわいそうだが仕方ない。真夜中までご奉公に当たって、ただの海外旅行にしないところが偉かったです(笑)。海外弘通、ですね。

 さて、昨日も今日も、小野山師がいないために、会議の司会をやったり、議事録を取ったり、もう大変でした。原稿書きなど、内職をすることも出来なかった(涙)。普段任せていたことを自分でさせていただいて、勉強になりました。初心、忘るべからず。やるとなったら、世界一の議事録取りになってみせます(涙)。そう思って頑張りました。おゆるしください。

 とにかく、そんなこんなで、メールへの返信も、ブログの更新も滞りました。すいませんでした。これから返信を書かせていただきます。

 昨日の京都の空は、とても綺麗でした。慌ただしくしていても、必ず空を見るようにしています。青空も素晴らしいですが、やはり、雲があった方がいい。
御教歌
「てる月に さはるとすれど 村雲の
  ひまよりもるゝかげのさやけき」
 夜半、月を眺めるのも、雲が少しかかっていた方が美しい。人生も同じ、ご奉公も同じと教えていただくのでしょうか。つまり、順風満帆ではなく、少しくらいの苦労があった時、問題を抱えている時にこそ、生が輝く、真価が問われる。怨嫉を、むしろ喜びなさい、という意が込められています。

 何度も書きますが、昨日の空は、まるで、雲の上で誰かが運動会でもしているように感じました。子どもたちが走り回って、真ん中だけ雲を散らしてしまったみたい。

 きれいでした。

2010年6月6日日曜日

開導聖人エピソード 天皇、三条公、高崎、

コレハ狂哥也

「さむさニハ風雅をすてゝおき巨達 ねなからみるも雪ハゆきなり」國重

「四方の海なみも謐けく治まれる 我君の代ハ濁りなくして」京都府警部 岡信則
  └明治十六年の春

 當世ハかようのことか流行と申てある人かたれり

 詩ハからうた故ニ和國の風俗ニハあハぬやらん これも かのつからの事なりかし 御花押 一等

 去年警部明田ぬしのたのみニて 「草かくれ」のうた 画賛 一紙をおくれり 岡信則ぬしのたのみニて露分 もみのうた 画賛一紙をおくれり

 去年大津多羅尾清車ぬしの引ニて志賀縣々領小手田ぬしへ短冊三葉

 其後予カ書画帖を見せたることあり

 一昨年東京御歌御師匠宅 高崎氏へ歌一葉

 同人いはく 三条公ノ方々予か短冊三四葉アリ外ニ求メ得す 六七首を得て書写せしめ當今門人の手習ノ手本とせりと

 天皇ニ清風か短冊天覧ニ入テ御手習ノ手本トス

 天皇ノ下ハク かバかりむつかしき書ハなしとて宮中御ならひ也 をかしき事也と香谷方へ高崎義正来りてはなしと云々 玉田来て語る云々 玉田いはくオヂサンあまり澤山 さうニおかきなさるなといへり 清風曰「わしハ機嫌次第でゴザルト申たり」

2010年5月26日水曜日

龍馬伝 「故郷の友よ」

 久しぶりに見応えのあるNHKの大河ドラマ。そう思うのは、ひいき目だろうか。龍馬の魅力、龍馬という青年の群像が持つ魅力は、時代が変わっても色褪せていないことを証明しているように思う。

 それにしても、今年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」は、本門佛立宗と縁が深い。毎回、観る度にそれを思う。

 その「龍馬伝」が全国で巻き起こすであろうブームを見越して書いたわけではないが、年頭から「坂本龍馬と本門佛立宗」という記事を書いた。そこでは佛立開導日扇聖人全集に所収されている資料から、龍馬と開導聖人の結びつきをご紹介した。

 龍馬の指示を受けながら「海援隊文士」長岡謙吉が書いた「閑愁録」は、日本の仏教者に宛てた坂本龍馬の公開質問状であった。残念ながら、これを著した直後に龍馬は没した。しかし、この閑愁録を読み、これを極めて高く評価し、これに真っ正面から応えて後世に遺されたのは本門佛立宗の開導、長松清風日扇聖人しかいなかったのである。

 今でこそ龍馬ブームが世を席巻しているが、開導聖人が閑愁録を手にされた当時、坂本龍馬の名も、海援隊の名も、世の人の知るところではなかった。土佐出身者による意図的な挿話かもしれないが、明治37年に始まる日露戦争にて、皇后の枕頭に総髪の志士が立った。その姿を聞いた政府出仕者が、「それは坂本龍馬に違いない」と言い、にわかに注目を集めたという。

 いずれにしても、開導聖人と坂本龍馬には、妙不可思議な符号やご因縁があった。

 まさに、年頭の記事に書いたとおり、今や全国が龍馬ブームに湧いている。サッカー日本代表のワールドカップ出陣にまで、龍馬が駆り出されている。自民党を飛び出した富裕な政治家が自分を龍馬に模したり、青いユニフォームを龍馬に着せてみたりするのを観ていると苦笑してしまう。まぁ、龍馬のことだから、苦笑いをして終わりだろうけれど。

 昨夜、録画しておいた龍馬伝「故郷の友よ」を観た。龍馬の人生が、歴史の渦に巻き込まれて、慌ただしくなっていく。決別した友の別れ、それでも友を思う龍馬。過酷な運命が彼らを襲い始める。演技に泣くのではなく、彼らを襲う運命、決別せざるを得ない人間というものの性を観ていて、涙が出てくる。武市さん!以蔵さん!とこちらも叫びたくなる。

 龍馬の友人に限らず、これ以降、明治維新に至るまで、全国に累々たる若者たちの屍が築かれていく。吉田松陰が「孔孟箚記」に引用した「志士は、溝壑(こうがく)にあるを忘れず、勇士はその元(こうべ)を喪(うしな)うを忘れず」という言葉が現実のものとなっていった。「志士(志ある者)は、義を貫き、使命を果たすためならば、自分の死骸が溝や谷の下に捨てられていることを常に想像し、その覚悟をしておかなければならず、勇士とは自分の首が切り飛ばされて前に転がることを常に想像し、覚悟しておかなければならない。」

 現代人からすれば理解できない死の迎え方、臨み方をする青年たち。彼らは、自ら任じた役割、使命のために、次々に殉じていく。「累々たる屍」になど、誰もがなりたくはない。しかし、彼らは現代人のように、日和見的でも、格好つけでも、自己中心的でもなかった。誰もが、志を持ち、志のために命を懸けて生きていた。

 「義」という字は、「我」を「美」が押し潰している字だという。その意味するところは、「美しく生きるためには我を通さない、我に従わない。」ということだろう。「心の師とはなるとも、心を師とせざれ」というお祖師さまの御妙判や、「義はつよく~」という御教歌を思い返して、私たち仏教徒、佛立信徒にとっての「義」を考えなければならない。

 それはともかく。どうしても、話が脱線してしまう。難しいことを書くつもりはなかったのだが。

 その大河ドラマ「龍馬伝」が23日に放送した「故郷の友よ」という回を観て、驚いたことがいくつかった。やはり、龍馬を語れば、本門佛立宗との御縁が深くなるのは当たり前。随所随所に、開導聖人の生きておられた時代、ご奉公されていた息吹を感じる。

 まず、放送開始直後6分に出演した薩摩藩士、高崎正風という人物。やはり、ポイントを心得ている。この人物は、極めて、極めて開導聖人のご縁の深い人物なのである。

 長州の久坂玄瑞が朝廷に攘夷継続を嘆願していた背後で、薩摩は過激な攘夷思想と距離を置くよう朝廷に諭していた。場面が切り替わり、薩摩藩士が登場する。それが高崎正風なのである。この時、高崎正風は「左太郎」と呼ばれ、京から長州藩の追い落としを図って八月十八日の政変を成功させ、薩会同盟の立役者となった。幕末は薩摩の京都留守居役として活躍するが、最終的には武力討幕に反対したため藩内で西郷隆盛らと対立。維新直後は不遇だったが、最終的に新政府に出仕し、岩倉使節団に加わって西欧諸国を数ヶ年視察した。

 明治8年から宮中に出仕。御歌掛などを勤めて、明治21年には御歌所初代所長に任命。明治23年、初代國學院の院長となった人物。 不明な点は多々あるが、その高崎正風は、明治23年にご遷化された開導聖人と深い親交を結ばれていたのである。

 最近、インターネット上に開導聖人のことを紹介する記事が増えてきた。誰が書いたのか定かではないが、次のようにな一文があり、そこに高崎正風とのエピソードが紹介されている。

 「長松清風は、書画においては江戸末期の三筆と言われたり、当時の知識層などが掲載された平安人物誌、西京人物誌にその名が掲載されたり、明治天皇の和歌の教師であった高崎正風が清風の詠んだ歌を優れた歌として明治天皇に紹介し、明治天皇から清風の歌を非常に賞賛されていることを知らせる使者が清風の元に使わされており、明治天皇以外にも三条実美などの公家にも清風の短冊を所望する声が多かったという。江戸末期から明治を代表する優れた文化人とも言える。」

 開導聖人の御指南書「三界遊戯抄」には、明治14年の9月中旬、既に明治天皇のお側近くに出仕をしていた高崎正風氏が、わざわざ東京から京都まで来られて開導聖人と面談されたことが明らかにされている。何のために、どのような経緯で。

「草がくれながるゝ水もせかれては 世にありがほに音たてぬめり。
十月五日の朝聞 玉田のはなしに。
天朝に吾草かくれの睿覧にて御手習ひの事 むつかしとて御困云々。
天朝御歌師範 高崎正風 四十才餘 明治十四年九月中旬 東京より来る」

 上記、御指南中にある「玉田」は「ぎょくでん」と読むのだが、「村田玉田」のこと。開導聖人の姉・うた(妙遠)の娘。夫は村田香谷。昨夜、小林信翠師から資料を送ってもらうまで村瀬雙石と村田香谷、村瀬玉田と村田玉田を混同していた。

 開導聖人は、10月5日の朝、この姪である玉田から明治天皇についてのお話を聞いた。それは、数週間前に高崎正風が京都まで来て開導聖人と面談し、開導聖人から御歌と書をいただかれたことに対する明治天皇の反応であった。

 開導聖人と玉田とは叔父と姪の関係。夫となる村田香谷は福岡県備前出身で、皇后陛下の乳母にかわいがられていたという逸話もある。天保の頃に筑前の四大画家と呼ばれた村田東圃の養子で、山水に巧みで、詩書も能くした。開導聖人の生家である大路家の姻戚が皇室や公家と緊密な関係を持っていたことの証左の一つである。

 しかし、いずれにしても、これらの方々と親しくされながら、天朝に出仕していた高崎正風とのご縁、そして明治天皇ともご縁を有しておられたことが分かる。

 幕末の京都、ご維新前後の世情や人の動きには、後世の私たちには未だ見えないことがある。ただ、点と点を結んでゆけば、少なからず開導聖人の生きておられた時代と人々との関係が見えてくる。

 もしや、開導聖人は高崎正風とは幕末から旧知の仲であったかもしれない。「龍馬伝」でも度々出てくる公卿・三条実美についても、先のエピソードにあるとおり短冊を所望されたり、様々なやりとりが行われていたことが明らかになっているからだ。

 司馬遼太郎の「歳月」という小説でも高崎正風は登場する。この小説は、明治新政府の初代司法卿(大臣)となった江藤新平の幕末から維新後を描いたもの。この小説について今は述べないが、ここでも、「幕末」という壮絶な激動期の人間たちの動き、理想と情熱と狂気、その様々な情景を、肌で感じることが出来る。世が変わる時のこと。

 この小説の中で、高崎正風が出てくるシーンは以下のようなものである。この場面は主に鍋島閑叟(備前佐賀藩)を中心に描かれている。閑叟は「葉隠」に代表される保守的な風土の中にいながら進取の気骨を持つ勤勉家。名君として知られていた。

 それは、幕府にとって最後の年となった慶応4年3月18日の夜のこと。

「- 幕府がつぶれたのだ。(乃至)
出かけたのは、祗園「左阿弥」という家である。会同した諸侯は、いま天下をうごかしている新政府側の雄藩の当主ばかりであった。
 薩摩藩のわかい当主である島津忠義、幕末、もっとも劇的な波瀾をくぐりぬけてきた長州毛利家の世子である元徳、芸州広島四十二万六千石の浅野長勲、大名のなかではわかいながら才器できこえた阿波蜂須賀家の世子茂昭などで、閑叟はこのなかでは年がしらであった。
 この座席を世話しているのは薩摩藩公用方の高崎佐太郎(正風)らで、かれらがもっとも苦心したのは上座、下座の席順であり、これはほとんど判じ物といっていいほどにむずかしかった。なにしろ、大名たちが私的に会合するようなことは江戸三百年のあいだなかったことであり、参考にできるような先例がなかった。また、大名の席次というのは江戸城の詰間で公式にはきまっているが、しかし幕府が消滅した以上、過去の秩序である。朝廷からもらっている官位の順にするのも一案であったが、それもこの私的な席では生硬すぎるようにおもわれる。結局、~」

 幕末の前後、高崎正風は京都を舞台としてこのような周旋方をしていた。この頃、若い頃から公家の邸宅で講義をしていた開導聖人と知古になっていても不思議ではなかった。三条家か、あるいは他の公家か。

 また脱線するが、このエピソードには詳細な記述があって面白い。大名が芸者遊びをするのも初めてなら、芸者も大名を見るのは初めて。「無礼講」と言っても双方が固い。酒宴となって年頭の芸者が酔い、「みなさま、お長うございますこと」と言ったという。「長い」とは顔のことで、ここに集まった大名たちは、島津をのぞいて全員顔が短冊のように長かった。

 この冗談を聞いて高崎正風らは青ざめたが、すかさず閑叟が「ここに宇和島がくればわしも丸くなる」と言った。宇和島藩の伊達宗城は「長面候」というあだ名があるほど顔が長かったという。酌の相手は祇園でも三指に入る名妓「静香」と言った。ちなみに、「左阿弥」は今も京都の円山公園近くにある。

 とにもかくにも、文章が長いのはこのブログの悪い癖だと思っていただきたいが、「龍馬伝」に高崎正風が出ていて、本門佛立宗、開導聖人とのご縁を思い返して、感動したのである。

 さらに、今回の龍馬伝 「故郷の友よ」を観ていて、放送開始後18分頃(調べたてしまった)に驚いた。それは、龍馬と饅頭屋・近藤長次郎とが激しく語り合うシーン。その背後で、拍子木の音が鳴り続けていた。すごい、きっと本門の御題目、お看経に違いない。

 「大阪海軍塾(勝塾)」があったといわれている大正区三軒家東など、本門佛立講のご信者方が活躍しておられた地域。時代考証をしてゆけば、この地域、この時刻に、拍子木の音が響き、御題目の声がしていたことは間違いない。映画「三丁目の夕日」など、昭和の下町の夕方も、拍子木の音がどこからともなく聞こえていたはずで、考証を重ねたら本門の御題目、佛立宗のお看経に行き着くはずだ。


 とにかく、こうしたエピソードを見聞きして、私たちのご信心のルーツに誇りを抱いていただきたいと思う。そして、今の自分たちの信心を省みて改良を心がけるべきだと思う。

 下に掲げたのは、長松寺に掲げられている扁額。明治天皇にもお見せいただいた、

「草がくれながるゝ水もせかれては 世にありがほに音たてぬめり」

の書画である。見事としかいいようがない。


 本当に、開導聖人の尊さを、思い知らなければならないと思う。「ある時は敬い、ある時は尻に敷き~」ではダメだ。

2010年5月1日土曜日

『お知らせとお叱り』

 真実の仏教だからこそ、生きておられる御仏、お祖師さま、普遍にして不変の御法さまだからこそ、この信仰を始めた直後から様々なサインが現れてくる。

 見るもの、聞くもの、出会う人、電話やメールが来るタイミング。目の前で起こるすべての出来事は、偶然ではなく必然であると気づく。最近世間にはそう「思い込ませる」手法が溢れてきたが、真実の仏教では、事実この宇宙が御法を中心とした法則に則って動いていると「知る」「気づく」ことができる。

 有難いことだ。この「御法」にお出値いした者が手にする功徳や御力を思えば、打ち震えるほどに有難いと思う。ダメなものがダメではなくなる。最大の不幸も最高の幸せに変わる。この上行所伝の御題目をお唱えすることによって、その人は確実に「現証の御利益」をいただく。「願う所、虚しからず」「妙とは蘇生の義なり」等云々。

 しかし、私たちの信仰は狐狸の類に油揚げをあげて「現世利益」を求めるのとは訳が違う。決してこの点を勘違いしてはいけない。

 「現証の御利益」とは「現世利益」ではない。自分に都合のいいことを「現世利益」と言うなら「現証の御利益」はそれのみを指さない。

 生きている御法さまだからこそ、欲深い私たちにとって都合のいい「サイン」のみが御利益ではない。

 人間は、喉もと数十センチの欲のために身体全体の健康を害する。その愚かさを医師は教えてくれる。同じように、凡夫の願うところや考えと、人生の幸せとは相反することが多い。つまり、凡夫の願いを叶えてくださる御法は、同時にその愚かさも教えてくださるのだ。

 本当の「現証の御利益」とは、幸せの道から外れないように、時には励ましのご褒美をくださり、時に軌道修正を促してくださるものだ。

 生きた御法さまからのサイン。嬉しいサインもあれば、厳しくて受け入れがたいサインもある。

 「御罰」というとアレルギー反応を起こしてしまうだろうか。いや、それこそが間違いである。御利益は欲しい、しかし、御罰はコワイ、いらない。心情は理解できるが、それは間違い、勘違いである。

 「御利益速かなる故に、御罰も又必ず来る。御罰来らざれば御利益も有べからず」

 御利益と御罰は表裏一体なのだ。単に忌み嫌うのが御罰ではない。西欧の「神罰」と混同せず、真実の仏教が説く御慈悲に溢れた「御罰」の意味を知っていただきたい。

御教歌「罰といふ御折伏のなかりせば われらに信は起らざらまし」

御指南「御罰即御利益也。御罰の当らぬは真の御罰也」

 考えて欲しい。あなたは、この「御罰」「お知らせ」「お叱り」を、今、いただけているだろうか。

 実は、末法では御利益よりも、御罰やお叱りの有無が、御本意に叶い、御法さまに通じたご信心かどうかのバロメーターになる。

 「なんであんなにイヤな人なのに、幸せなのかしら」

 「真面目に信心してる私には苦労があって、信心してない人の方が幸せそうよ。なんで?」

 こんな風に思ったことはない?私だけかな(笑)。いや、七百年前のお祖師さま(日蓮聖人)も、開導聖人も、同じ設問を設けて、この疑問にお答えくださっている。

 開導聖人の御指南。
 「信者にて懈怠謗法して罰のあたらざるはいかん。答曰。手習子に習はせ置て、いまだ直しに及ばぬ間のごとし。されば家来にも弟子にも呵らるるは見処あるが如し」

 第一には、まだ指導するに至らない、準備段階という御意。第二の理由はその人の素質の問題。叱って伸びるか。言って分かるか。あるいは、言っても分からない相手か。

 末法有縁の大導師、お祖師さまは、さらに核心を諭されている。

 「一闡提の人になりぬれば、順次生に必ず無間地獄に堕つべき故に現罰なし」(開目抄)

 厳しすぎて二の句もない。御罰がバロメーターとなる最大の理由である。

 同じく開導聖人の御指南。
 「賞罰の目に見えぬ人あり。如何。順次生に堕獄の人、今生にとがめなし」

 世界は一見すると一昔前よりも豊かになり、人も賢くなったように思う。しかし、末法は恐ろしい悪業を背負った者の生まれる時代。嘘を重ねて周囲を苦しめ、自分も傷つき、改良せず、命を浪費する。それが、仏法に最も縁遠い末法の人々、「一闡提」という。彼らはその罪障の深さから臨終して間もなく恐ろしい境涯に堕ちることが決まっている。逃れようもない。だから、悪業を放置する人には、軌道修正の為の「サイン」もない。

 何も起こらない状態。何となく過ごせている。穏やかな日々かもしれない。普通はこれが一番いい。しかし、そこに落とし穴はないか。アリとキリギリスの寓話のように、今の幸せは不幸を先送りしているだけで、その先には大きな不幸が待っているとしたら落ち着いてはいられないはずだ。

 「御罰の当らぬは真の御罰也」

 何もないのは、一闡提の罪障や謗法の業からで、実は御法さまに見放されているのかもしれない。御利益は欲しい、御罰はいらない、ではなく、御法さまが「見所」があると見込み、軌道修正を促してくださる「お知らせ」や「お叱り」を喜ぶ。この「サイン」があれば恐ろしい境涯に陥ることはない。その逆は最も恐ろしいことになる。

 永遠の寿命を持つ御仏が、なぜ御入滅されたか。如来寿量品にはその理由が説かれている。

「常に我を見るを以ての故に而も 恣の心を生じ放逸にして五欲に著し悪道の中に堕ちなん」

 常に私がいると思えば堕落する。故に、恋慕渇仰の心を起こさせ、仏道精進をさせるため、「近しと雖も而も見ざらしむ」。そしてお姿を隠された。

 しかし、今の私たちは、御本尊を通じて「常に我を見る」果報をいただいている。信徒であれば家に御宝前があり、御本尊を拝見しようと思えば拝見することが出来る。残念ながら、そうして安心し、油断してしまうのだ。これが落とし穴になる。「放逸にして五欲に著し」てゆく。その時、生きてまします御仏はお隠れになる。見放されてしまう。御罰もいただけなくなる。

 「信徒の中にも治し難き病あり、病名を古法華と云」(名字得分抄)

 十代、二十代でも古法華になる。何十年、何代目といえば、なおさらだ。本音と建て前を使い分け、謙虚さを失って侮る。自屈、上慢、二乗心。ある時は敬い、ある時は尻に敷く。縁故と情実のみで判断し、動いてしまう。「古法華利益なし」と言うが、御利益が無くなるなくなるのはもちろんだが、それ以上に、改良のきっかけである「御罰」すら与えてくださらないことの恐ろしさを感じなければならない。

 末法悪世、苦しむ人が溢れている中、幸せだ、晴天だと喜んでいても、それは御法さまが呑気な奴らだと見放してしまったからかもしれない。そのセンス、その感性を失うな。それが信心。「お叱り」がいただけなくなれば終わり。改良の機会を見逃すな。

 「天の為せる災は逃るべし。自ら為せる禍は逃れ難し」

2010年2月22日月曜日

妙深寺 門祖会 御法門

 門祖日隆大聖人550回御遠諱・先住松風院日爽上人御13回忌 報恩ご奉公 平成22年度 門祖会「信徒大会」が晴天の下、盛大に奉修されました。お参詣、ご奉公をいただいた皆さま、ありがとうございます。心から随喜しております。
 お参詣総数は、現在の集計では妙深寺所属の教区合計1267名、寺内とボーイ・スカウト、ガールスカウトを合わせて1311名、他寺院の合計が13ヶ寺62名でした。総合計1373名とのことでした。重ねて御礼申し上げます。本当に、ありがとうございます。
 各座の冒頭、今回の門祖会のために作られた映像を観ただけで、涙が溢れてきました。第一座の御控之間で、すでにクールな正教師までが涙を浮かべておられ、それを見て私も涙が出てしまいました。導師役と鑒座の二人が泣いていて、このまま奉修できるのだろうかと心配したほどでした。
 とにかく、土曜日から日曜日にかけての門祖会が、無事に終了いたしました。清々しい気持ちです。本当に、これからの3年間のご奉公が、素晴らしい形でスタートできました。皆さまのおかげです。ありがとうございます。
 本日いただいた御教歌。
「ころも着てかしらまろめて人だます 寺住のもの僧と思な」
 お会式で拝見するのは極めて珍しいかもしれませんが、大変に重要な御教歌をいただきました。
 本年に入り、如説修行抄に関する御教歌を拝見して参りました。1月の教区御講、2月の月始総講、教区御講、高祖総講と、続けて拝見させていただき、そして、この門祖会を迎えました。
 御教歌の選定には苦慮しました。「妙深寺信徒の誇り、喜び」とテーマの下、お参詣の方々、本門佛立宗に、妙深寺に所属する方々が、何に、「誇り」と「喜び」を最も感じられるのか、さらに、佛立教講は、何を「誇り」や「喜び」とするべきであるか、熟慮に熟慮を重ねて、第一座から第二座、第三座まで説かせていただく御法門の筋、御教歌を選ばせていただきました。それは、門祖日隆聖人の御意をも、いただいたものでなければなりません。
 開化要談九、日扇聖人全集 第13巻234頁。
御教歌の御題。
「真実の僧の寺にあるは宥清寺斗也。当講内には名ばかりの信者を除くべし。」
 そして、御教歌をお示し。
「ころも着てかしらまろめて人だます 寺住のもの僧と思な」
 御教歌に続いて、以下の御指南が続く。
「在家に養われて、その御礼に地獄へおとす也。
悪知識阿蘭若に住む。末法悪世には三類の強敵多く寺に住めり。人を助けるにはあらで、己たすかる也。無道念の者也。
法の邪正は、寺の大小によらず。利生の有無を以てわかつ。
もし力士を撰ばんには、その形の大小によらざるがごとし。
実語経に云く、山は高きに貴からず。樹あるを以て貴しとす。
出家と在家とは、其の形によらず。人を助けたるを以て出家とす。頭を丸めて、衣着たりとて、人を助けぬをば、出家とせず。在家と云ふべし。
猫の鼠取らぬは形のみにて猫に非ず。
(乃至)
妙楽大師に曰く、弘決第二本十丁。
それ出家をば無為の法と為すと。二死(生死名利)の家を出るをまさに無為と名づく。若しかしらを剃るを以て出家と為すと云わば、これ我人に着する也(我は出家、人は在家と着する也)。故に知りぬ、形服は真の出家に非ず(ニセモノ也、ダマシ也)。文。
門祖隆尊上人御撰。本門弘経抄第十九に云。其の形、在家也と云へども得道の者(信心経力折伏の要義を心得たる者)は僧と為す可き也。縦ひ出家僧形たりとも、未得道の者(如説修行信心折伏経力宗の要義を心得ざる者)は俗衆と名づく可き也。以上。
是れ門祖の御教誡也。御門流の出家在家ともに此の御教へを用ひず、従はざる者は、破門すべき也。
されば当講の代諭、諸組の信徒も同断也。」
 以上の御教歌、前後の御指南をいただいて、妙深寺の平成22年度 門祖会 「門祖日隆聖人550回御遠諱 先住松風院日爽上人御13回忌報恩ご奉公 ~信徒大会~」を奉修させていただきました。遠くからお参詣くださった方々、佐久本さん、本当にありがとうございます。高田さん、本当に感謝いたします。
 特に、悦子さん、ありがとうございました。何より、悦子さまのお参詣を御法さまに感謝いたします。妙深寺の教務全員、ご奉公をしてくださっていたみんなが、悦子さんのお姿、お話をお聞きしただけで、ご信心を改良させていただくことが出来た、と口々に感謝していました。
 ここに、お恥ずかしいのですが、清従師が御法門の動画をアップしてくれているので、掲載させていただきます。同期(同時刻のLIVE中継)のウェブ御法門はいいと思うのですが、こういう形での御法門の配信は、あまりいいことだと思っていなかったのですが(汗)。
 でも、まず、妙深寺に所属されておられる方へ。信徒大会の大切な御法門です。ご奉公部署などで弔問できなかった方は、今一度、ゆっくりと聴聞していただきたいと思います。
 ありがとうございます。







2010年2月7日日曜日

坂本龍馬の真実

 毎週日曜日、NHKで「龍馬伝」が放映されています。

 私も、年頭に『本門佛立宗と坂本龍馬』という文章を書いた以上、少し興味を持って観ています。ほとんど、移動時間などで日曜日の夜は観られないですから、録画したり、再放送を観たりと工夫して。第1回は見逃しましたが、それ以外は何とか追いついて(汗)。今夜は、ちょっと観られそうにありませんが。

 それにしても、この龍馬人気は面白いですね。NHKが放映すると、クロスマーケティングというか、囲い込みというか、マーチャンダイジングビジネスというか、世の中に「龍馬」「竜馬」と出てきていて、感心します。本屋さんに行っても、必ずコーナーが出来ています。

 龍馬がフリーメーソンで英国のスパイだったとか、珍しいことを書いた本もありますね。私も読んでみましたが、大事なところ、肝心な部分で類推と思いつきが激しい。それでいて新しい資料を出していますから、真偽未決、そうとも言えるし、そうでないとも言える、というような、結局は何も得るものがないなぁ、と思いました。

 仏教では、「仏説に依憑して口伝を信ずることなかれ」というスタンスが大事だと思います。口伝えの言葉を勝手に取り上げたり、資料をつなぎ合わせて解釈しても、得られるものはない、ということです。これは、お祖師さまの御意、仏教界でいえば「顕教」の雄・本門佛立宗のスタンスのはず。

 坂本龍馬が正式に出版した「閑愁録」があります。そこを、なぜ見ないか、読まないか、知らないか。それに、正式に応えられたのは、本門佛立宗の佛立開導長松清風日扇聖人だけという事実と真実。これを、誇りに感じていただきたい。龍馬は、真実の仏教徒でした。土佐勤王党の武市半平太(瑞山)は、彼の信条によって神道で葬儀を出したということですが、龍馬は、どこまでいっても仏教徒だった。仏教に期待していた。しかし、それに応える僧侶もいないし、それに応えられる宗団もなかった。
 残念ながら、京都の市中で開導聖人と龍馬が邂逅を果たしたという資料は存在しない。ただ、同時期に京都で活躍せられた開導聖人、本門佛立宗のみが、龍馬の期待に応えられたことは明白で、その「閑愁録」と開導聖人がお書き入れをされて一行一行にお答えになっておられるものが遺されている。

 あらためて、今一度、先日書いた文章を載せさせていただきます。龍馬がこれを出版した当時の、あの状況、あの時勢の中で、坂本龍馬の心、坂本龍馬の真実を、知っていただきたい。

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『本門佛立宗と坂本龍馬』

 ジャン=ポール・サルトルから「二〇世紀で最も完璧な人間」と称され、大好きなジョン・レノンが「世界で一番かっこいい男」と言ったのがチェ・ゲバラ(通称)。フィデル・カストロは「子供たちにどんな人間になって欲しいかといわれれば、私はゲバラのような人間にと答える」と言っている。

 チェ・ゲバラはキューバ革命の英雄だが、地位や名声に見向きもしなかった。アフリカや中南米を転戦し、医師として貧しい人々を診察しながら、虐げられ、苦しむ人々のために戦った。一九六七年十月九日、ボリビアで捕らえられ、処刑された。三十九才だった。

 信念を貫く彼の生き様は、主義や思想の壁を越え、世界中の若者の心を捉えている。人間的な魅力、彼の純粋さ、彼の無欲さ。彼は、人間の可能性を実証してくれた。名もなき若者は、世界を変えた。か弱い人間の憧れの存在となった。

 日本には彼を超える英雄、坂本龍馬がいる。時代も思想も違うが、幕末の革命家として名もなき若者が世界を変えたことには違いない。人間的な魅力、純粋さ、無欲さは日本人の多くを魅了してやまない。

 本年、幕末の志士・坂本龍馬の人生を描いた「龍馬伝」がNHKの大河ドラマとして放送される。今年は全国で龍馬人気に便乗したキャンペーンが展開されるだろう。高知も京都も長崎も、龍馬ツアーで賑わうことになる。

 坂本龍馬。子供の頃は、泣き虫、はなたれ、寝小便。十一才までは落ちこぼれ。十二才で最愛の母を失う。剣術に没頭し、江戸に修行して多くの若者と交流する中で、目覚ましい成長を遂げる。激動の時代、彼は脱藩して志士となり、東奔西走して薩長同盟、大政奉還という偉業に貢献する人物となる。残念ながら、龍馬もまた三十三才の若さで非業の死を遂げた。

 龍馬の生き様や精神性、魅力は、伝説も含めて圧倒的多数の日本人が支持している。今回のドラマで女性ファンも多く生まれることだろう。

 高知で生まれた郷士の次男坊が国を変えると志を立てて、実際に大業を成し遂げた。そんな青年の青春に感動を覚えない者はいない。

 しかし、「龍馬ファン」は多く、商売の道具のように彼の名を使うことはあっても、彼の真意に迫る者や機会は少ない。きっとドラマでも紹介されないであろう彼の真意を探り、憧れているなら憧れているだけの生き方を知り、実践していただきたいと思う。

 坂本龍馬は、生涯を通じて三冊の本を海援隊から出版している。ユニークな一四〇通余りの龍馬の書簡は紹介されることが多いが、推敲を重ね、正式に世に出された三部作、「藩論」「和英通韻以呂波便覧」「閑愁録」が紹介される機会がない。極めて残念なことだ。

 中でも、「閑愁録」は龍馬存命中の慶応三年五月、書記の長岡謙吉に執筆させたもので、開国をし、西欧の文物が流入してくる中で、日本人の「心」が崩壊するのではないかと危機感を表明している。キリスト教などに「狐惑」されてはならぬ、そのためには、「仏教」こそ立ち上がらなければならない、再生しなければならない、僧侶よ、何をしているのだ、と述べている。

 坂本龍馬は、極めて篤い仏教徒だった。この閑愁録には、

「佛法は國家を保護する大活法」

「独り佛法は無辺の鳥獣草木に到るまで済度すべし、何ぞ況や有縁の衆生に於てをや」

「故に、佛法は天竺の佛法とのみ言うべからず。乃(すなわ)ち皇国の佛法なり」

と明記されている。

 そこまで述べてから龍馬は幕末日本の仏教界、坊主の堕落を糾弾して、悲憤している。その結びは、

「皇道の衰運に係る是れ実に誰が罪ぞや。是れ実に誰が罪ぞや。此に卑見を録して明識・高徳の指示を待つ。希くは天下満霊の為に、慈悲の法教を垂れよ」

である。坂本龍馬、そして海援隊は、世の宗教者、僧侶たちに公開質問状を叩きつけ、覚醒を促した。しかし、これに応えた僧はなく、閑愁録もいつしか忘れ去られた。

 ただ一人、この龍馬の質問状に応えた方がおられた。その人こそ、佛立開導長松清風日扇聖人である。

 日扇聖人全集の第三巻五一頁と第一六巻一三二頁に「閑愁録」を読み、その文を引用され、所感を述べておられる。しかも、閑愁録の論旨がお祖師さまの立正安国論と符合していると賛辞を送られているのである。

「天下の乱れは、佛法の乱れより起こるの説、宗祖の安国論の御説に合す」扇全三巻五六頁

 恐ろしいまでの符号。坂本龍馬とお祖師さま・立正安国論までが符合し、開導聖人・本門佛立宗と坂本龍馬は、特別の御縁を有する。これは歴史的な事実であり、他の宗教者は誰も見向きもしなかった坂本龍馬と本門佛立宗・開導聖人との御縁なのである。

 天下の乱れ、世の中の混乱は、仏の法の乱れから起こっていると龍馬は言った。それはお祖師さまが立正安国論で説かれた「正しい佛法を信仰しない限り、あなたが抱えている問題も、世の中にある問題も解決しない、この世に平穏な日々が訪れることはない」との教えと同じこと。そこに、龍馬は気づいているではないか、と開導聖人はお示しなのである。龍馬が好きならこれは知らねばならない。

 いま、時代が龍馬を求めているという。混乱と不安、新しい時代の幕開けに当たっては当然である。 しかし、龍馬が求めたのは真実の佛法であり、堕落した僧侶らの覚醒であり、日本人が正しい信仰を取り戻すことだった。単に青春の群像、若者のヒーローではない。

 私たちは、本門佛立宗の僧侶や信徒として、これを誇りに思い、堕落した僧侶や生半可な信徒など許されないことを知るべきである。動乱の幕末、龍馬の公開質問状に応えた本門佛立宗の、開導聖人の弟子であり信者であることを忘れてはならないのである。

 幸福の科学の大川隆法が龍馬の「霊言」と称して本を書いている。愚かの極みだ。精神に病を抱えた教祖が龍馬を語るなど、龍馬自身が聞いたら呆れて激怒するだろう。それを読む者こそ「狐惑」されている。龍馬が糾弾した葬式仏教に甘んじている者も龍馬を知らない。キリスト教の教会で結婚式を挙げ、単に西欧にかぶれて、正しい仏教への正しい信仰を持つことなく、その実践もしない者など、龍馬が認めるはずがない。

 坂本龍馬に憧れる者はいても、彼の本心を知る者は少ない。本門佛立宗の信徒だけが、命を懸けた彼の本懐に応えられる。

2010年1月24日日曜日

蕾

 妙深寺に、有名な桜の木があるのはご存じでしょうか。もう、何度も何度も書いてきたから、「知ってるわよ。しつこーい」と言われてしまうかな。とにかく、春は、ものすごく綺麗で、境内地が桜の花で埋め尽くされます。妙深寺の桜は僕が「本化桜(ほんげざくら)」と命名しましたので、お忘れないように(笑)。また、来年も、ご信者さんと共に、友人も一緒に、桜に楽しませていただこうと思っています。

 これも書いてきましたが、桜の花ほど、春以外に見向きもされない木はないんじゃないかなと思うのです。若い時、仕事がバリバリできる時だけ注目されて、あとは邪魔者扱いされる、知らんぷりされる、なんて、人間で考えても、淋しいですよね。だから、桜が寂しがらないように、毛虫が出てくる夏も、枯れ葉を勢いよく落とす秋も、ゴツゴツした荒々しい木肌だけになってしまった冬も、僕が抱っこしたり、なでたりして、常に愛でてあげるようにしています。

 そう、桜は、春だけではなく、それ以外の季節にも、それを惜しむ心、それを待ち望む心を大切にしていれば、いつも楽しませてくれるものなのです。「散りますと 花のいふのをきいてのめ」との御教句をご紹介しましたが、桜は、なにか特別です。

 そして、今の季節、桜は着々と春への準備を進めているのですね。昨日、愛する本化桜を眺めながら、少しずつ蕾がふくらんできているのを写真に納めてみました。かわいいな。

 不思議ですね。何の葉っぱもついていない、一見すれば淋しく感じる冬の桜ですが、他の植物と同じように、天地から脈々と生命を蓄えて、春を迎えるのですね。「冬は必ず春となる」というのも、その厳しい風雪に耐え、太陽の光を受け、張り巡らせた根で踏ん張って、迎えるものなのかもしれません。

 私は、あまり賢くないし、植物学者でもないし、現代っ子の都会っ子ですから、「なにをいまさら」と想われるかもしれませんが、これが素直な、等身大の感想です。こうした季節の営み、こうした命の営みから、ようやく、一つ一つ、御法門を学ばせていただいています。学生時代、なんの興味もなかった。
 昨日は、口唱体験会からロータス・バーでした。どちらにも、新しい出会いがあり、また勉強になりました。口唱体験会は、本当に有難いですね。ご信者さんではない方をお連れになっていただいて、はじめてのお看経。長男もひろし君の横で最後までお看経の練習をすることができていたようです。
 バーでも、清顕師の幼なじみが来てくださって、3人でお話できたことが有難かったです。「お寺には来たくなかった」と言って清顕が何度誘っても断ってきたということでしたが(汗)、「バーだったら行く」ということで来てくれたんですよね。本当に、お会いできて、お話しできて、よかったです。
 今日は、朝参詣のご供養当番が教養会。ちょうど、僕が食堂に下りた時はガールスカウトの当番でしたね。かわいいエプロン姿の女の子たちのご奉公の姿に感激しましたよ。続いて、バタバタと門祖会の会議でした。ありがとうございます。
 夕方、もう出発しなければなりませんが、友人の自宅に御本尊のご奉安に伺います。清従師がついてきてくれます。ありがとう。
 すべて、蕾。今は、冬で、つらくても、種まきを続けて、コツコツ。必ず、春になります。見事な花が咲くでしょう。

2010年1月10日日曜日

坂本龍馬と本門佛立宗

 ジャン=ポール・サルトルから「二〇世紀で最も完璧な人間」と称され、大好きなジョン・レノンが「世界で一番かっこいい男」と言ったのがチェ・ゲバラ(通称)。フィデル・カストロは「子供たちにどんな人間になって欲しいかといわれれば、私はゲバラのような人間にと答える」と言っている。
 チェ・ゲバラはキューバ革命の英雄だが、地位や名声に見向きもしなかった。アフリカや中南米を転戦し、医師として貧しい人々を診察しながら、虐げられ、苦しむ人々のために戦った。一九六七年十月九日、ボリビアで捕らえられ、処刑された。三十九才だった。
 信念を貫く彼の生き様は、主義や思想の壁を越え、世界中の若者の心を捉えている。人間的な魅力、彼の純粋さ、彼の無欲さ。彼は、人間の可能性を実証してくれた。名もなき若者は、世界を変えた。か弱い人間の憧れの存在となった。
 日本には彼を超える英雄、坂本龍馬がいる。時代も思想も違うが、幕末の革命家として名もなき若者が世界を変えたことには違いない。人間的な魅力、純粋さ、無欲さは日本人の多くを魅了してやまない。
 本年、幕末の志士・坂本龍馬の人生を描いた「龍馬伝」がNHKの大河ドラマとして放送される。今年は全国で龍馬人気に便乗したキャンペーンが展開されるだろう。高知も京都も長崎も、龍馬ツアーで賑わうことになる。
 坂本龍馬。子供の頃は、泣き虫、はなたれ、寝小便。十一才までは落ちこぼれ。十二才で最愛の母を失う。剣術に没頭し、江戸に修行して多くの若者と交流する中で、目覚ましい成長を遂げる。激動の時代、彼は脱藩して志士となり、東奔西走して薩長同盟、大政奉還という偉業に貢献する人物となる。残念ながら、龍馬もまた三十三才の若さで非業の死を遂げた。
 龍馬の生き様や精神性、魅力は、伝説も含めて圧倒的多数の日本人が支持している。今回のドラマで女性ファンも多く生まれることだろう。
 高知で生まれた郷士の次男坊が国を変えると志を立てて、実際に大業を成し遂げた。そんな青年の青春に感動を覚えない者はいない。
 しかし、「龍馬ファン」は多く、商売の道具のように彼の名を使うことはあっても、彼の真意に迫る者や機会は少ない。きっとドラマでも紹介されないであろう彼の真意を探り、憧れているなら憧れているだけの生き方を知り、実践していただきたいと思う。
 坂本龍馬は、生涯を通じて三冊の本を海援隊から出版している。ユニークな一四〇通余りの龍馬の書簡は紹介されることが多いが、推敲を重ね、正式に世に出された三部作、「藩論」「和英通韻以呂波便覧」「閑愁録」が紹介される機会がない。極めて残念なことだ。
 中でも、「閑愁録」は龍馬存命中の慶応三年五月、書記の長岡謙吉に執筆させたもので、開国をし、西欧の文物が流入してくる中で、日本人の「心」が崩壊するのではないかと危機感を表明している。キリスト教などに「狐惑」されてはならぬ、そのためには、「仏教」こそ立ち上がらなければならない、再生しなければならない、僧侶よ、何をしているのだ、と述べている。
 坂本龍馬は、極めて篤い仏教徒だった。この閑愁録には、
「佛法は國家を保護する大活法」
「独り佛法は無辺の鳥獣草木に到るまで済度すべし、何ぞ況や有縁の衆生に於てをや」
「故に、佛法は天竺の佛法とのみ言うべからず。乃(すなわ)ち皇国の佛法なり」と明記されている。
 そこまで述べてから龍馬は幕末日本の仏教界、坊主の堕落を糾弾して、悲憤している。その結びは、
「皇道の衰運に係る是れ実に誰が罪ぞや。是れ実に誰が罪ぞや。此に卑見を録して明識・高徳の指示を待つ。希くは天下満霊の為に、慈悲の法教を垂れよ」
である。坂本龍馬、そして海援隊は、世の宗教者、僧侶たちに公開質問状を叩きつけ、覚醒を促した。しかし、これに応えた僧はなく、閑愁録もいつしか忘れ去られた。
 ただ一人、この龍馬の質問状に応えた方がおられた。その人こそ、佛立開導長松清風日扇聖人である。
 日扇聖人全集の第三巻五一頁と第一六巻一三二頁に「閑愁録」を読み、その文を引用され、所感を述べておられる。しかも、閑愁録の論旨がお祖師さまの立正安国論と符合していると賛辞を送られているのである。
「天下の乱れは、佛法の乱れより起こるの説、宗祖の安国論の御説に合す」扇全三巻五六頁
 恐ろしいまでの符号。坂本龍馬とお祖師さま・立正安国論までが符合し、開導聖人・本門佛立宗と坂本龍馬は、特別の御縁を有する。これは歴史的な事実であり、他の宗教者は誰も見向きもしなかった坂本龍馬と本門佛立宗・開導聖人との御縁なのである。
 天下の乱れ、世の中の混乱は、仏の法の乱れから起こっていると龍馬は言った。それはお祖師さまが立正安国論で説かれた「正しい佛法を信仰しない限り、あなたが抱えている問題も、世の中にある問題も解決しない、この世に平穏な日々が訪れることはない」との教えと同じこと。そこに、龍馬は気づいているではないか、と開導聖人はお示しなのである。龍馬が好きならこれは知らねばならない。
 いま、時代が龍馬を求めているという。混乱と不安、新しい時代の幕開けに当たっては当然である。 しかし、龍馬が求めたのは真実の佛法であり、堕落した僧侶らの覚醒であり、日本人が正しい信仰を取り戻すことだった。単に青春の群像、若者のヒーローではない。
 私たちは、本門佛立宗の僧侶や信徒として、これを誇りに思い、堕落した僧侶や生半可な信徒など許されないことを知るべきである。動乱の幕末、龍馬の公開質問状に応えた本門佛立宗の、開導聖人の弟子であり信者であることを忘れてはならないのである。
 幸福の科学の大川隆法が龍馬の「霊言」と称して本を書いている。愚かの極みだ。精神に病を抱えた教祖が龍馬を語るなど、龍馬自身が聞いたら呆れて激怒するだろう。それを読む者こそ「狐惑」されている。龍馬が糾弾した葬式仏教に甘んじている者も龍馬を知らない。キリスト教の教会で結婚式を挙げ、単に西欧にかぶれて、正しい仏教への正しい信仰を持つことなく、その実践もしない者など、龍馬が認めるはずがない。
 坂本龍馬に憧れる者はいても、彼の本心を知る者は少ない。本門佛立宗の信徒だけが、命を懸けた彼の本懐に応えられる。

2009年10月5日月曜日

心 ゆるすな

 明日から、妙深寺の教区御講が開始。太平洋上には910hPaという恐ろしく大きな台風が控えている。秋雨前線も刺激されて天気は雨の予報。これから、台風に備えなければ。お祖師さまの祥月ご命日を前にして、空は大きく荒れそうな気配。

 本当に、この台風には十分注意しなければならない。既に、9月末にフィリピンを襲った豪雨は甚大な被害をもたらしているし、カンボジアなど東南アジア全域に被害が及んだ。950hPaの規模で本州直撃となると、農家の方々など心配が募っておられることと思う。何とか最小限の被害に止まってほしいと思う。

 ところで、何か、10月に入り、現証が顕れ続け、いよいよ盛んに、敏感に、繊細に、目の前に、身に当たって、教えていただいていると思う。海外から帰国したからという理由ではない。何か、潮目というか、風向きというか、何かが変わっている。こうした時こそ、慎重に、素直に、信心を改良し、信心を固めてゆかなければならないと思う。

 誤魔化しが通用しないような、その敏感さが佛立信心の真骨頂であると思う。現証の御利益が、あるとか、ないとか、そういうレベルの話をしている間は、本物の佛立信心ではない。現証は速やかに顕れる。大慈大悲の御罰も、改良のために速やかに現れる。

 賞罰現証が速やかに現れない理由は2つ。お折伏がないか、もう、どうしようもないか、だ。

御教歌に二首。
 「さらでしも 下りやすきを 信行の のぼり車は 心しておせ」
 「さらでしも 下りやすきを 信行の のぼり車は 心ゆるすな」

「誉めざれば進まず。ほむれば矜る。愚人は賞罰を厳しくせよ。講内の信心、信者のだれたるは、御罰の当るをさとして改むべし。仏祖の大恩忘れざる本にかへる。功徳、之より大なるはなし。現罰なしを謂ふべからず。時、未だ来らざる也。御利生ある御経なる故に罰もまた速やか也。如説抄に云く、法華折伏と云々。御経躰折伏に在す也。
 信心のダレ行きて、今日の自力正意となるは必死の難、病をのがれたる大恩を忘却したる也。此時の御罰は御呵りと思ひ悦びて改むべし。見捨てられ奉りなば、今生にとがめ無し。順次生堕獄すべきもの也。昔の御利生を忘るる故に信心を失う也。此時、罰必ず当る」

 何か、事が起こってから、慌てるのではなく、常日頃教えていただいている御法門を、本当に身に当てて、しっかりとお看経をさせていただいて、謗法を冒すことなく、素直正直にご奉公させていただかなければならないと思う。「我が懈怠を以て、法に妙なしと言うこと勿れ」である。

 そうではなくても、どうしても、煩悩が勝つ、慢心が勝つ、自分考えが勝つ。そんな私たちだからこそ、この御教歌や御指南をいただいて、「心して押す」と気張り、「心をゆるさない」と警戒しなければ。敵は自分の心の中にある。賞罰が、速やかに現れる。これが、佛立信心。いよいよ、そうした時と感じる。

2009年9月23日水曜日

「演技性人格障害」「自己愛性人格障害」

 現在、直面しているご奉公で、多くの方からご連絡をいただき、いろいろな御講師やご信者の方々と繰り返し取り組んでいるのが、「演技性人格障害(Histrionic Personality Disorder)」や「自己愛性人格障害(Narcissistic Personality Disorder)」なるもの。
 見極めることが非常に難しい面もあるが、現代では一方的に増加傾向にあると言われ、それぞれ「宗教に走ることが多々ある」などと不本意なレッテルを貼られているために、私たちはこうした状況と、真剣に向き合う必要があると思う。

 様々なサイトで簡単に調べることができるが、主だったことを書いてみると。

 アメリカ精神医学会が作成した「精神障害の統計・診断マニュアル」によると、演技性人格障害の診断基準は以下のようなもの。

 演技性人格障害は、『不安定な対人関係と衝動的な行動』を特徴とする人格障害のクラスターB群に分類される。アメリカの疫学的調査によると、演技性人格障害の発症率は人口の1.0~3.0%と見られている。演技性人格障害(Histrionic Personality Disorder)の診断基準では、過度に情緒的で、度を越して人の注意を引こうとする行動の広範な様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち5つ(またはそれ以上)で診断される。

1. 自分が注目の的になっていない状況では楽しくない。
2. 他者との交流は、しばしば不適切なほどに性的に誘惑的な、または、挑発的な行動によって特徴づけられる。
3. 浅薄ですばやく変化する感情表出を示す。
4. 自分への関心を引くために絶えず身体的外見を用いる。
5. 過度に印象的だが内容のない話し方をする。
6. 自己演技化、芝居がかった態度、誇張した感情表現を示す。
7. 被暗示的、つまり他人または環境の影響を受けやすい。
8. 対人関係を実際以上に親密なものとみなす。

 同じく、アメリカ精神医学会のDSM-IVによると「自己愛性人格障害」の特徴を次のように簡単に説明している。

 自分を愛するという行為は健全な心の発達のために必要だが、それが病的に肥大化して自分に対する誇大感を持つようになると、それが「自己愛人格障害」と呼ばれるものになる。この人は、健全な人のように、ありのままの自分を愛することができない。以下、紹介される特徴。

1.ご都合主義的な白昼夢に耽る。
2.自分のことにしか関心がない。
3.高慢で横柄な態度。特別な人間であると思っている。
4.自分は特別な人間にしか理解されないと思っている。
5.冷淡で、他人を利用しようとする。
6.批判に対して過剰に反応する。
7.虚栄心から、嘘をつきやすい。
8.有名人の追っかけ。
9.宗教の熱烈な信者。

 この最後の「宗教の熱烈な信者」というのは心外。「宗教」すら、こうした状況に陥った人には、自己を肯定し、他よりも優越感を得るための「道具」になってしまうということだろうか。

 開導聖人は、慢心を極めて厳しく戒められており、上行所伝の御題目を、名字即=口唱行として唱え重ね、「素直」「正直」な「初心」のご信心をさせていただくことで、絶対に、こうした苦しい人生を送っている方、悪循環に泣いている方(自分では何が悪くて、どうしたらいいのか分からない)をお救いできると教えてくださっている。
 現実、数多くの方が、上行所伝の御題目のご信心によって、この状況から抜け出しておられる。「慢心甚だしければ乱心す」とは御指南だが、逆に素直正直なご信心をさせていただけば、必ずや現証の御利益をいただく。上記の、「演技性人格障害(Histrionic Personality Disorder)」や「自己愛性人格障害(Narcissistic Personality Disorder)」であったとしても。

 私は、最近の精神医学界が人々の人格や症例に対して名前を付けていくだけの行為をしているのには違和感を感じている。そして、それらは名づけるだけで、明確な治療法が確立されないケースばかりだからだ。大枠で、自分を知り、その傾向を見て取るという一助にはなっても、その人が、繰り返している最悪の事態や人生から抜け出すための方法は提示されない。

 よく聞かれる「境界性人格障害」も、対人関係、自己像、感情の不安定、および、著しい衝動性を特長とする人格障害と言われる。以下の5つの項目(あるいはそれ以上)に該当すると定義される。
1.見捨てられることを避けようとするなりふり構わない努力。
2.理想化とこき下ろしの両極端で揺れ動く不安定で激しい対人関係。
3.同一性障害(不安定な自己像または自己感)
4.自己を傷つける可能性のある、衝動的で2つ以上の領域にわたる行為。(浪費、性行為、物質乱用、無謀運転、むちゃ食いなど)
5.自殺の行動やそぶり、脅し、自傷行為の繰り返し。
6.気分反応性の感情不安定性(持続する強い不快気分、いらだち、不安)
7.慢性的な空虚感。
8.不適切で激しい怒りや、怒りの制御困難。
9.一過性、ストレス関連性の妄想様観念または重篤な解離性症状。
また、現実検討力は高いために共感性がある程度得られることから周囲が巻き込まれやすく、対人関係に過敏で他者の弱みを鋭く察知し突いてくることや、仕事上は非常に優れていて行動的というような状況依存性の達成能力があることもよく指摘される。

 こうして、並び立てても分からないかもしれない。分からなくてもいい。しかし、大切なのは、自分を知ること。そして、立ち向かうこと。病院に行っても、対応に苦慮されるだけである。信心しかない。本当の、信心しかない。そう思えるか、思えないか。全てを武器にして、自己の優位性を保つことを繰り返してきたために、そこに至れないケースが多いが、何としても、そこを厳しいお折伏をいただいて、懺悔改良し、抜け出していくしかない。自分が一番苦しい。その人生では。必ず、お計らいはいただける。

 昨今、この話題ばかり。このご奉公が、今後は本当に増えていくと思う。しかし、佛立信心であれば大丈夫だと、胸を張って言いたい。

2009年9月22日火曜日

日蓮が法門は第三の法門なりの事

日蓮が法門は第三の法門なりの事
 (扇全17巻360頁)

「刀は、つくりより、切るが調法、食物は、器より、中が肝心。人間は形ちより、心が肝心。佛法は、寺の大きなるより、依経が肝心也。されば、好要・勧唱・真清(それぞれ組名)等の、人の貴きには、あらず。佛立講は、上行大士、出世の御本懐、本門の肝心、南無妙法蓮華経の貴く、渡らせ下ふ故也。法貴き故に、人貴し。法貴き故に寺貴しとは是也」
「当今、開花の砌は、何もかも、常にひらけ行故に、明治年間の人間は、中々見えや、かざり、では、食ぬやうに、成行候。かかる時節には、真実の本門経王でなくば、遠国の人民も、信は取難し。故に、圧政は、少しも、うけぬ人気也」
 明日の御法門の研鑽中にて、御指南拝見。この御指南書は、本当に厳しく、今の私たちの胸に突き刺さるが、結びの文に、あらためて心が引き締まる。明後日からスリランカに行くので、「遠国の人民も」とあり、開導聖人の御意に、ただただ敬服し、お祖師さまの「第三の法門」とのことを、胸に刻んで、下種のご奉公を、させていただこうと、誓えた。第三の法門は、生きた御法門。生きて、生きて、ご弘通せずにはおられぬ御法門であることを、あらためて想う。
 ディリーパからメールあり。
「Of course we can conduct a chanting in that place.That place is a youth training school inside the refugee camp.Participants will be the students of that school.And also their parents may be there.All those people are Tamils.They have being living in the war area for a long time.Please let me know if you need any more information.」
 全員タミル人。永らく戦争の中にいた。難民キャンプの中で口唱会は本当に行えるのかという私の問いに、答えてくれた。「もちろん」と。その参加者は、子どもたち、生徒たち、生徒の家族、全員タミル人です、と。私は、何を、どのようにお話しして良いか、悩んで、考えていたので、この開導聖人の御指南にお出値い出来て、有難く思いました。背中を、押していただけます。「そんなの、いつも分かっているだろ」と思われるかもしれませんが、実際そうではないので。ありがたかった。
 難民キャンプでの口唱会、しっかり御題目を、お唱えして、お聴かせして、お伝えして、と思えました。ありがとうございます。

2009年7月1日水曜日

『現証の御利益を見る』

 佛立信心の醍醐味とは、現証の御利益に違いない。人は、現証の御利益で信仰心を起こし、現証の御利益で信心を育み、人をも救う菩薩へと昇華できる。

 「ナムミョウホウレンゲキョウ」。

 その「音声」「振動」は、通常では考えられない「力」を導き出して、疑念が強く頑迷な私たちの現前に御利益を顕してくださる。今なお御仏は生きておられる、私たちの苦悩を知り、切なる願いに応えて、救いの手を差しのべてくださると実感できる。それが、上行所伝の御題目をお唱えする者が感得する「現証の御利益」「御利生」である。

 御仏は永遠の生命であることを言明された。しかし、今その御姿を拝見することは出来ない。どれほど人々が迷い、苦しみ、答えを見出そうとしても、私たちは仏に直接お会いすることは叶わない。しかし、御仏は法華経本門の中で、唯一御仏に出値う術を説かれた。

 御仏は、御仏の生命そのものを、ある「法」の中に全てこめられて、上行菩薩を筆頭とする本化の菩薩たちに託された。但し法華経には、その「法」の本体が如何なるものかは明らかにされていなかった。

 上行菩薩は、極東の島国・日本に日蓮と名乗られてご出現になり、その「法」を私たちに授けられた。それは、永遠の生命である御仏が、宇宙の原初から存在し続けている真理と一体であることを証明する、生きた「音声」であった。 「ナムミョウホウレンゲキョウ」。その「音声」は文字に起こされて「南無妙法蓮華経」となる。この御題目は、日本語でも中国語でもない。久遠から流れ続け、生きた生命そのもの。人種も国境も地球も、時間も空間も超えた「言語」であると知らなければならない。

 本化の仏教とは、ここに極まる。唱える声が御本尊。御本尊さまに御題目をお唱えして御仏に出値う。

 御仏と本化の菩薩方との関係、上行菩薩の御出現という事実から見返せば、真実の仏教が分かり、永遠の生命である「御法」が何か明らかになる。上行菩薩所伝の、「ナムミョウホウレンゲキョウ」にこそ、生きた御仏のエネルギーが込められている。御仏はここに、生きておられる。

 御題目をお唱えする。あくまでごく簡単極まりない修行である。しかし、御宝前に向かって真剣に、切なる願いを込めて御題目を唱え重ねてゆけば、必ず妙不可思議な現証の御利益が顕れる。これこそ、「あぁ、御法さまは生きている」「御仏がそこにおられる」と感得できる「現証の御利益」である。

 効果の期待できないことに精力を注ぐ人はない。効果が実証され、効果を期待するからこそ、多くの人がそれに努力を傾ける。化粧品でもダイエット食品でも、多くはモニターの意見に触発される。

 御題目口唱は、多くの人が効果を実証している極めて尊い修行。偽りの宣伝文句で顧客を募る商売とは決定的に異なる。効果は実証され、効用は限定されてもいない。

 御本尊を奉安し、御題目を声に出して唱え重ねれば、願いの厚さ薄さにはよるが、現証の御利益は顕れるのである。疑念があっても唱え重ねて、多くの人が妙法の妙たることを知るのである。

 私に本当の信心が起きたのも、愛する父・先住が、医者すら手を離す絶体絶命の状態に陥った時のことだった。頭蓋骨骨折、脳挫傷、頭蓋底骨折、硬膜下血腫、右肋骨骨折、外傷性気胸との診断で危篤。一ヶ月以上意識不明の状態だった。私たち家族には為す術もなかった。ただただ御法さまにお縋りするより外になかった。日々のお助行に励まされ、愛する父の意識回復を願い、ひたすら「助けてください」と御題目をお唱えした。

 周知の通り、意識不明となって四十九日目、父の意識は回復した。担当医から看護士の方々までもが「奇跡」と声を揃えた。私たちは、まさに「現証の御利益」を見せていただいたと狂喜した。

 その喜びから二年後。私はこの現証の御利益の凄まじさを今一度間近に見た。今でも忘れられない。

 その日、板倉章子さんが友人の岩本弘子さんをお寺にお連れした。事情を聞いてみると、息子さんが交通事故で意識不明となっており、頭蓋骨骨折、脳挫傷等と診断され、先住と同じような状態であるとのことだった。ただ、先住と異なるのは、既に意識不明になってから数ヶ月が経過していた。

 家族の苦しみは同じ。この状態がいつまで続くのか、元気だったその人は戻ってきてくれるのか、家族は不安を抱えながら、ベッドの側で見守るしかない。岩本さんは憔悴しきっていた。いろいろな事情はあるものの、現証の御利益をいただきましょう、と伝えた。岩本さんはこのご信心を始めます、と「御本尊拝受願」をお書きに なられた。

 私は忘れられない。中央連合の御講で、矢部さんのお席だった。御住職が意識不明の岩本龍二くんの入信を言上し、続けて定業能転、御利益感得、とご祈願をされた。ちょうど、その日のことだった。信じ難いかもしれないが龍二くんの意識は回復した。数ヶ月も意識のなかった龍二くんが、その日に目覚めたのである。涙が溢れた。

 お祖師さまの御妙判の通り。
「妙とは、蘇生の義なり。蘇生と申すはよみがへる義なり」

 先月、岩本家に立派な御戒壇が建立されたと聞き、心から嬉しくなった。岩本弘子さんは法城護持のご奉公にも励まれ、龍二くんは仕事に精を出し、参詣されている。もちろん、人生は簡単ではない。これまでに辛い出来事もあったが、助けていただいた命を大切にして、何より年々信心を強くされている。本当に、ありがたい。

 現証の御利益は、特定の人だけがいただいたり、感得したりするものではない。御本尊に向かって、「ナムミョウホウレンゲキョウ」と唱える人であれば誰でも授かる、感得できるものなのである。

 御仏は、法華経で宣言された。

「我常に此に住すれども諸の神通力を以て顛倒の衆生をして近しと雖も而も見ざらしむ」

「我諸の衆生を見れば苦海に没在せり。故に為に身を現ぜずして 其れをして渇仰を生ぜしむ。其の心恋慕するに因って、乃ち出でて為に法を説く。神通力是の如し」

 現証の御利益を知って、見て、体験して欲しい。そのためにすることは、この御題目を唱え重ねることのみ。苦しい、辛い、不安だ、こうしたい、こうなって欲しい、という思いそのままをぶつけて、真剣に御題目を唱えてみて欲しい。必ず、現証の御利益は顕れる。

班長さんへの手紙

 ありがとうございます。
 いよいよ、七月十六日には立正安国論上奏七五〇年の御正当日をお迎えします。これを幕府に出したが最後、穏やかな御一生は望むべくもないと、お祖師さまは覚悟の上で上奏されました。そして、この決定したご奉公は、永遠に人々に記憶され、語り継がれることになる「現証の御利益」を顕すきっかけとなりました。
 ご信心では、「口唱・折伏・経力・現証」という順序のキーワード、覚えやすい、合い言葉のような教えがあります。鈴江御導師が常々仰る御指南。本門佛立宗は「口唱、折伏、経力、現証ご利益宗です」と。私たちはこの佛立信心の筋を決して忘れてはいけません。
 最初の「口唱」とは「御題目口唱」のことです。このことを外して佛立信心も何もありません。まず、自分の信心を固める。第一は何はさておき「御題目口唱」です。
 二番目は「折伏」です。佛立宗のご信心で、一人信心はいけません。「誰かのために」と思って励むこと。それは、自分のためであり、人のためになる法華経のスピリット、魂です。
 「幸せの横槌」を思い返してください。この「折伏」も難しく考えず、ご信心を勧める、謗法や懈怠をしている人に、間違いを指摘し、正しいことを伝えようと努力することですが、自分には難しいと思うと出来ません。
 とにかく、誰かの力になろう、助けようと思って生きていきましょう。そうしていれば、必ず自分が救われる、幸せになってゆきます。
「我が身、罪障消滅のためには折伏行第一也」
 御教歌には、
「己が身のつみほろぼしの第一は口唱 折伏 せよとある也」
 三番目の「経力」、四番目の「現証」こそ、いま私たちが思い新たにすべきポイントだと思います。「経力」とは「自力」の反対語で、自分の力ではなく、この「御題目」「法華経」の御力によって、ご奉公させていただこうということです。自分の自力では、班長さんのご奉公も「自分には出来ない」と思って当然です。でも、そうではありません。
 南無妙法蓮華経の御題目さまをいただき、その御力にすがって、御法門でいただく通り、素直に、正直に、自分考えを入れず、させていただけば、必ず四番目の「現証の御利益」が顕れます。人に御利益をいただかせること、感得させられるようになります。
 開導聖人は御指南に、
「題目の行者は、信心ばかりにて経力現証を顕し、現証利益即折伏にて追々所々に弘まる也。末法当時はこの利生得益(御利益を得る)の筋にて弘まるのみなり。諸宗法花の習い損じを責めるは後にして、まず諸宗の病者にすすめて、閻浮提人病之良薬の金言を国中の諸人に信ぜしむるを弘通の心得とは申す也」
とあります。
 まず、素直正直な信心ひと筋で、しかも自力ではなく経力で、現証の御利益を苦しんでいる人がいただけるように、お勧めをしてゆきましょう。
 今月十八日、十九日の開導会では、良風寺の方々をお迎えし、佛立信心の醍醐味「現証の御利益」について熱く語り合い、学ばせていただきましょう。
 また、同じくらい大切なキーワードとして、「うるし千ばいにカニの足一本」があります。いくら信心深いようなことを言っていても、謗法があるとか、間違ったやり方を改められずにいるという意味です。
 お祖師さまは、
「何に法華経を信じ給ふとも謗法あらば必ず地獄にをつべし。うるし(漆)千ばいに蟹の足一つ入れたらんが如し「毒気深入失本心故」は是也」と御妙判になられました。これは「千杯もの漆の中に、蟹の足を一本入れただけで、漆の乾燥が悪くなり駄目になってしまう」という意味です。
 ひとつの悪い要素が全体をダメにしてしまう。いくら功徳を積んでいても、謗法があればどうでしょうか。あるいは、永らくご信心をさせていただいていても、自分の悪い癖が改まらないようであれば、どうでしょう。開導聖人は、「治し難き病は古法華なり」とお示しです。信心していても、謗法がある、自分勝手、勝手解釈では、「うるし千杯にカニの足一つ」です。
 そううならぬよう、信心改良です。みんなで、御正当月のご奉公に悔いのないように。
 ありがとうございます。

2009年6月28日日曜日

口唱即観心本尊

「問。何故ニ初心ノ行者ニハ御利生速ナルヤ。答。初心ハ教相シラズ。観心堪ズ。開会読誦スル由ナシ。六ヶ敷キ御法門聞イテ心ニ覚エル力ナシ。
唯、堪タル処トハ口ニ任セテ南無妙法蓮華経ト唱ル斗也。
門祖曰。末代相応ノ観心ノ本尊ト者、上行所伝ノ南無妙法蓮華経也。口唱の音声即事三千ノ観心也。御題目即観心ノ本尊也。行者己心也。三毒ノ凡夫ガ、カウデアラウカ、アヽデアラウカナド心デ分別工夫スル口唱ノ南無妙法蓮華経ヲ、行者己心ノ本尊トハ云ハズ。親タリ佛勅ヲ蒙ラセ給ヒタル蓮師所伝ノ御題目ノ音即観心也。故ニ無智宗也。初心ノ功徳広大也。」

「末代ノ我等ハシル程間違ヒ甚シ。故ニ知ラヌヲ本門の直機ト云也。私ノ思慮分別ヲ捨テ我唱フル音声ヲ本尊トセヨト也。ソレヲ教ヘタル七字也。故ニ生身ノ釈尊也。蓮師ノ御神ヒ也。行者ノ己心也。故ニ口唱ノ中ヨリ御利生ノ顕レテ信者ヲ助ケ守ラセ給フ也。故ニ題目宗也。口唱宗也。サレバ六ヶ敷法門スルハ佛祖ノ御慈悲ニ背ケル謗法也。末代ノ物識ケノ塵芥学者ノ唱フル題目ヲ本尊トハ云ハズ。末代初心ノ無味口唱ノ思慮分別ニヨゴレヌ口唱即観心本尊也。小児ノ乳ヲノム位也。」

2009年4月29日水曜日

佛立のアイデンティティ

末法行者得分抄(扇全十二巻二九〇頁)

「○当宗は信心宗にて信者を尊貴す。故に寺院の大小 僧侶の高下をいはず。其人の信心の堅固強盛なるを貴む。
○高祖曰。日蓮は房州小湊。長狭郡。市川村のせんだらの家に生れたりと。
○尓れ共。如説抄には。佛勅を蒙り此土に生れたり。と云々。

○しかるに当宗の僧俗 祖師の御弟子として宗祖の御教へに背き。心得違ひ。習ひ損じをして。旦家の謗法をも責ず。人。一人も教化せずして。旦越の機嫌をうかゞひ。へつらひのみにて。説教をすとも。折伏の御法門を。摂受門に説きまげ。末法下種の砌に。釋尊御一代記。又は蓮師大士の真実傳。門祖の行状記を講談するにも。皆摂受讀誦の法花経を貴敬する。像法熟益の法門にとりなして。折伏を少しもする深切なし。異躰同心のよしみ更になし。唯赤き衣。金襴のけさをかけて。愚人の目を驚かし。帰依を受て。施物を貪る工夫を本心とす。

○さて愚旦の曰。わが菩提所の上人御貫首さまは。勅任官の大僧正ぢゃ。なんとえらいものではないか。其寺は。日本第一の大本山也と云ひ。寺の大きな。衣のりっぱとをのみいひて。信心を貴むもの一人もなし。折伏を当宗の第一の大慈大悲の根元たる修行と。いふことを辨へ知りたるもの一人もなし。

能化も貫首も弟子も。小僧も。檀家も。講中も。信者いふもの一人もなし。どいつも。こいつも。皆大馬鹿ものゝ。大たわけ者の。めくらの。つんぼの。こしぬけにしたる。基本は末弟等の信心なく。名聞利養によりおこる所也。
高祖曰。袋きたなしとて黄金捨る事なかれと。教へさせ給ふをしらずや。
○其きたなき袋とは。行者は貧乏。ちえはなし。家は小ひさけれども信心の黄金は捨る事はならぬと仰せられたり。

故に清風。法花経の義理功能も。三大部のわけも。むつかしき事 教相 観心 開會も何もしらぬ愚人にて小児の乳をのむ位なれども 宗祖日蓮大士の如説抄一巻を。大文字。平假名に拝写して。上木に製本して。信者一同によましめんとして上行所傳の御題目を弘めんことをのみ。唯一途に思ふのみ也。此道理をしらぬ者を。僧侶も。在家も。真のあきめくらといふ也。故に是等の人々に此道理をしらしめんとて。開目抄と申御抄あり。又々さとすべし。」

母とネパール

  来週の水曜日、11月11日にネパールへ出発します。 84才の母がネパールへの渡航を決意し、母と共に妙深寺ネパール別院、ネパール平和題目塔、カトマンズ親会場、そして大規模土石流洪水の被災地で、ご奉公させていただきます。 昭和17年、生まれて間もなく実母を亡くした母は、岡野町の妙...