2009年12月29日火曜日

かりそめの父 清風

 年末、仕事を納められる人も多いと思います。愛する家族と、ゆっくりした時間を過ごしていただきたいと思います。もちろん、お寺に休日はありません。佛立教務にも休みはありません。先住が仰っていたとおり、年中無休365日24時間のご奉公です。
 昨日、朝のお看経の際、私個人のご祈願を言上させていただきました。高校時代からの友人の赤ちゃんのためのご祈願でした。
 友人に赤ちゃんが生まれたのは今月。12月のはじめのことでした。奥さまが出産のために里帰りされているということで少しだけ会ったのですが、赤ちゃんが生まる直前ということで嬉しそうでした。エコーの写真を見せてくれました。とにかく、無事に生まれて欲しいな、父親はそれだけだね、と話していました。
 赤ちゃんが誕生したと嬉しいメールをもらいました。本当にうれしかった。メールで写真も送ってもらって、目鼻立ちがはっきりした友人に似た美男子でした。本当に、生後数時間ということでしたが、不思議なくらい、清々しい、素敵な、穏やかな顔をした赤ちゃんでした。お祝いのメールを送りました。しかし、その後、少し肝臓の機能が悪いらしく、ちょっと安静にしなければならない、今も病院にいるんだ、と連絡あり、重ねて心配していました。大丈夫だと思う、ということだったので。
 12月22日、また少しだけ会いました。本当に親しい3人だけで。その時、やはり肝臓の状態が悪いので経過を見ているということを聞きました。しかし、友人自身も、僕も、会話しながら、それほど悪いとは思っていなかった。大丈夫、何があっても頑張っていくしかないよな、と話していました。
 そして、一昨日、短い電話。容態が悪く、京都で手術することになる、と。ヘリで移送する、と。二人で、男ながらに、泣きました。しかし、やるべきことをすべてやるしかない。そして、朝、ご祈願の言上。友人は、御縁は深かったのですが、ご信心はしていません。とにかく、ご祈願を、と。6時半、8時、そして、9時半。大掃除のご挨拶の際、妙深寺の方々にも、友人の赤ちゃんが、今日、これから、何時になるか分からないが、手術とのこと、みんなで思いをかけてほしいと、お話ししました。
 本堂での大掃除が終わり、庫裡に戻った午後。友人からの連絡。移送中のヘリの中で、生後3週間の赤ちゃんは、息を引き取った、と。友人を思い、奥さまを思うと、心をつぶされたような気持ちになりました。そして、彼は、とにかく、長松、頼む、と言いました。私は、現薫師に病院まで走ってくれと伝え、麩屋町の博子さんにお願いし、夕方、横浜から新幹線で京都に向かいました。
 麩屋町に到着すると、開導聖人の御戒壇の前に、小さな、小さな、赤ちゃんが、横たわっていました。生後3週間、この世に生を得て、生きた、赤ちゃん。みんなで一緒に御題目をお唱えしました。赤ちゃんの耳元で、眠れない夜に子守歌を聴かせるように、御題目をお唱えしました。赤ちゃんの小さな小さな手を両手で握りながら、御題目をお唱えしました。赤ちゃんの小さな小さな手に、小さなお数珠をかけ、また御題目をお唱えしました。友人、奥さま、私、現薫師、博子さんで、赤ちゃんが驚かないように、静かに、優しく、そして強く、心を込めて、御題目をお唱えしました。
 御題目をお唱えしている間、赤ちゃんが微笑んで、一緒に口ずさんでいるように見えました。友人も、赤ちゃんの側にある花が揺れて、動いていたと言い、奥さまも、お看経の後、赤ちゃんの顔を、泣きながら撫でてくれました。赤ちゃんの顔が、穏やかに変わっていると、感じてくれていました。本当に、綺麗な、綺麗な、お顔で、微笑みすらたたえています。御題目の、御力、その尊さを、赤ちゃんにも、両親である二人にも、お参詣したみんなにも、教えていただきました。
 全てに意味がある。誰にでも生まれてきた意味があります。しかし、あまりにも、短い生。嘆き、哀しむことは当たり前です。自分を責めたり、誰かのせいにしたくなったり、これほどまでに辛い経験、別れを通じて、なぜ、あなたは、此の世に生を受けたの、お父さんが間違っていたの、お母さんが悪かったの、痛かったでしょう、苦しかったでしょう、ごめんね、ごめんね、と。
 そうではない、そうではなく、お父さんでよかった、お母さんでよかった、ぼく、本当によかった、ありがとう、ありがとう、と思って、そう思ってもらって、見送ってあげること。そう思ってくれる。それしかできない。御題目に思いをのせて、それが叶う。これからの人生で、彼が世に生を受けてきた意味を、しっかりかみしめ、それを背負って生きていくこと。二人が、生まれてきてくれた赤ちゃんに対して、心から、ありがとう、と言えるように、その日が来るまで、二人が前を向いて生きていくこと。手に手をとって、生きていくこと。あらゆる、いのちには、意味がある。
 博子さんから、「娑婆の夢、三月、かりそめの父、清風」との、お話をしていただきました。本当に、涙、涙のご奉公となりました。年の瀬を控え、誰もが愛する家族の下に急いでいる時期に、こんな辛い別れを迎えている家族がおられます。そこで、ご奉公させていただくことも、私たちの使命であり、ここにも、尊い、かけがえのない意味があります。
 21時を過ぎて、京都から奈良に向かいました。野崎日丞御講尊がご遷化になられ、先住の御年回などをお勤めいただいた御恩から御霊前にご挨拶だけでもと思い。23時、無事に奈良本妙寺に着き、お看経をさせていただき棺中にご挨拶をさせていただき、ご住職にもご挨拶させていただきました。京都に戻り、麩屋町・長松寺の本堂で友人と過ごしました。彼は、赤ちゃんの側から離れたくないと言い、本堂で寝る準備をしていました。2時半くらいまで、話をしました。
 彼は本当にすごい人間であり、男であると思いました。友人であることを、本当に誇りに思います。私の、ご奉公が不出来で、不成就で、本当にごめん。本当に申し訳ない。本当に。
 朝、6時に起きて新幹線に乗り、いったん横浜に戻りました。29日は朝からお正月の御宝前にお上げする大鏡餅を作らせていただく日。このご奉公は、住職がしなければなりません。先住も、ずっとされてきました。淳慧師が奈良のご奉公ですから、本当に誰もおりません。ですから、横浜に戻ってご奉公させていただきました。
 今日は、清康師も手伝ってくれました。大鏡餅をつくりのは、先住がされていたのを見よう見まねでさせていただきます。つき上がってきたお餅を上の段と下の段に手で切って、独特のこね方で丸くしていきます。そして、出来上がる。出来上がったものを、待ってくださっているご奉公の方々が団扇で扇いでくれます。これは、あとで割れないようにするために、とても大切なのです。
 妙深寺本堂の御宝前、法深寺の本堂、歴代住職の御霊前、法宅の御宝前、各教務の家庭の御宝前の御鏡餅を、すべて今日つかせていただき、お作りします。昔から、京都の麩屋町でも、お祖母ちゃんを先頭に大鏡餅つきがされていたのです。横浜でも、こうして年末の恒例の行事として、ご奉公させていただきます。同時に、お正月にお配りする小餅を子どもたちがこねてくれます。少し、今日は、子どもを見ているのが辛かった。麩屋町の御宝前にいる赤ちゃんのことばかり考えていました。
 境内地では何十人もの方々が来てくださり、5つの臼を次々についてくれて、鏡餅、小餅、伸し餅、そしてご供養用のお餅が作られていきます。今回は、テントを出してくれて炊き方もよかったのか、本当に綺麗に仕上がっていました。
 いま、また京都に向かっています。今夜、しめやかに通夜を営み、明日告別式を奉修させていただきます。とにかく、とにかく、御題目で、しっかりとお送りしたいと思います。
 何を書いているのか、まとまりませんね。すいません。ありがとうございます。

2009年12月28日月曜日

いのち

 これほどまでに、いのちは、重く、痛く、強く、淡いものだろうか。これほどまでに。

 人が生きる姿を見て、いのちの重さを知り、苦悩する人を見て、いのちの痛みを知り、病床にある姿に、いのちの強さを知り、突然の別れに、いのちの淡さ、もろさ、はかなさを知る。

 いのちとは、いのちとは。いのちを、知らなければ、生きていることにならない。いのちを、考える。

ふー

今日は一日中、大掃除です。家の中、まず本をなんとかしないと。入り切らずに山積みの。ふー、これは終わりませんね。

2009年12月27日日曜日

29日はお餅つき。是非、妙深寺へ。

 明日、28日は妙深寺の大掃除。29日は8時くらいからお正月のご宝前にお供えする大鏡餅つきです。是非是非、一人でも多くお寺にお参詣していただいて、みんなで大鏡餅をつきましょう。

 お餅のつけない子どもたちは、大広間で小餅を作っていただきます。みんな、小さな子も安心してきてくださいね。

 年末年始の風情に溢れた妙深寺。ありがたいです。

ブラジルで元気にやっています

 ブラジルの悦子ちゃんからメールが来ました。
 日程表では、ブラジルのご信者さんのお宅にホームステイのプログラムもあったし、きっとインターネットのない環境にいたり、忙しく充実した毎日を送っているだろうなぁと思っていました。メールを読んで、「そのとおり!」とのこと。うれしい。二人が、遠いブラジルで、健康で、元気で、楽しく毎日を過ごしていてくれるなら。二人にとっては、真夏の、サマータイムの年末年始ですね。ありがたい。
「晶ちゃんも、私も元気いっぱい、過ごしています。皆さんが色々心配して下さるのですが、ブラジル料理もおいしく、今の所困ったこともなくご奉公させていただいています。ブラジルのご信者さんは、本当にご信心に篤く、温かい方ばかりです。 青年会とも交流でき、私たちはポルトガル語を、青年会の皆は日本語を話せる様になりたいと皆必死でコミュニケーション(笑)、本当に楽しく交流できました。」
「本当に人の温かさを感じ、言葉はなかなか通じませんが、心で会話ができるんだなぁと・・・、感動しました。 まだ11日目ですが、本当に楽しく、沢山のことを学ばせていただいています。巡回助行でのありがたいお話。胸がいっぱいになる様なお話ばかりで・・・ 本当にありがたい!!!! まだまだこれから。お題目を沢山お唱えし、頑張りたいと思います。ありがとうございます。」
 読んでいただいて分かるとおり、晶ちゃんも悦子ちゃんも、世界中の佛立家族の中で、佛立愛に囲まれ、守られて、楽しんで、喜んで、頑張ってくれています。僕たちも頑張らないと。「!」マークが多いもん、ありがたい!!!!
 や、や、写真を見ると、エメルソン君、いや、教行師もいるではないか(→ 右側の写真の一番右)。なんか、大人になってるな。そうか、もう2年近く経つんだなぁ。相変わらず、かわいい。
 毎朝、ご祈願を言上させていただいています。体調、健康に気をつけて。頑張るんだぞ。
 ありがとうございます。

2009年12月26日土曜日

幸せになって

みんな幸せになってゆきます。本当に、嬉しい。

今日は、名古屋に。建國寺の石川清優師と絢子さんの結婚式です。今年、本当に、みんなが月々に幸せになってゆくのが、一番嬉しかった。ありがとうございます。

二人とも、幸せになってください。

世界中が盲目になってしまう

 昨夜、連絡を受けて、驚きました。

 「金スマ」という番組。オノ・ヨーコさんが出ていて、まさに、先日書いた記事の内容と同じことが放送されている、と。そして、同じく紹介した「HAPPY XMAS(WAR IS OVER)」のビデオクリップが全編にわたって放送された、と。素晴らしい機会を与えていただきました。あの、衝撃的な映像が、民放で流されるなんて。すごいことです。

 そうでしたか。よかった。世界が、分裂と対立、中傷や誤解から解放されるよう祈りたい。恐ろしい兵器や銃器が人を殺すのではなく、一人一人の心の中にあるものが人を殺すということを、世界中の人々が気づくように。 

 「目には目を、では、世界中の人が盲目になってしまう(ビデオクリップの最後に紹介されるマハトマ・ガンジーの言葉)」

2009年12月24日木曜日

クリスマスイブの待合室

 今日は、朝参詣が終わった後、すぐに横須賀まで走りました。目の前に横須賀港が広がると、巨大な潜水艦が3隻停泊していました。いつもよりも1隻多い。年末だからなのか、大きな艦船がたくさん並んでいました。あ、世間はクリスマスイブだからかな。
 今日、横須賀に来たのは病院に行って診察を受けるため。定期的にチェックしなければならない部分があるのですが、忙しさにかまけて3年ぶりになってしまいました。これじゃまずい、と思い、いろいろなことも重なっていますし、予定を探して、今日の診察となりました。
 診ていただくのは先住(父)も診ていただいていた先生で、もう10年以上お世話になっています。いろいろなことがあり、私は心の底から信頼しています。本当に、素晴らしい先生です。
 先住の闘病の際、うちひしがれる私たち家族に対して、懇切丁寧に対応してくださいました。私のご奉公、先生の朝から晩まで患者に向き合う姿、手術の日には10時間近く執刀することあれば、外来で何十人もの人と向き合う、入院中の方々の回診をされる、そんなすごい医師、先生の姿に学ばせていただいている部分があります。
 いつも突然のお願い。勝手な時間になってしまいました。予約してくださった瓜生さん、そして藤田さん、ありがとうございます。
 昔、意識不明の父の看病をしていた頃のこと。床擦れを防ぐクッションを買いに行きました。そうしたグッズが高島屋にあるということで、病院から横浜駅に行ったのです。
 重苦しい病室から一転して、賑やかな高島屋の店内。その一角にある小さなお店。その小さな店内で介護用品を探している私たち。数人、同じように看病に疲れておられるような方々がおられました。賑やかな世の中とのギャップが痛切に感じられて、何故か涙が浮かびました。あの時のこと、その情景、気持ち、忘れられません。いや、忘れないようにしています。
 今日、病院でよかった。仏教徒である私には何の関係もありませんが、世の中は「クリスマスイブ」という賑やかな日だから。だからこそ、病院に行けて良かった。クリスマスイブ、そういう日にも、ここには病気で苦しむ人がいて、それを見守るご家族がいる。体調が悪かったり、病気を抱えていたり、不安だったり、元気がなかったり、心が晴れないであろう多くの方々と一緒に、待ち合い室に並んで座れて、よかったです。
 私は、ジョン・レノンが好きです。彼の才能、曲や声が好きなのは当然のことですが、それ以上に、彼の考え方や生き方に共感しますし、感銘を受けています。
 「レノン・レジェンド」というDVDがあります。オノ・ヨーコさんが映像・監修をされたものですが、この中に、ジョン・レノンのクリスマスソングである「ハッピー・クリスマス(戦争は終わった)」が収録されています。これが、猛烈な、痛烈な、辛辣な、哀しいほどの皮肉に満ちていて、はじめて観た時、僕は涙が出て仕方がありませんでした。
 その、曲の、綺麗な旋律が流れる直前、彼女と彼は、自分の子どもたちの名前をささやきます。そして、ジョン・レノンのクリスマスソングが始まる。
 しかし、そのクリスマスソングの映像は、冒頭から、キラキラと輝くクリスマスツリーや電飾などを映すのではなく、足を地雷によって吹き飛ばされた少年、戦闘に巻き込まれ、誤爆(そんなものは最初からないと思っていますが。確信的爆撃以外に何があるでしょう)され、死にかけた子どもたち、憎しみに燃えた少年たちの瞳、そのベッドの傍らで途方にくれる父親、民族衣装を着た老人が毛布に包まれ足だけ見えている赤ちゃんの死体を抱きながら震えながらむせび泣いている映像、死体、涙、喧嘩、兵隊、子ども、赤ちゃん、爆弾、硝煙、死体、死体、兵士、埋葬、涙、戦地、別れ、ヒロシマ、ナガサキ、ベトナム、戦車、人間、人間、人間…、涙、涙、涙、死体、少年兵、貧困、飢餓、子ども、子ども、と続きます。
 世の中、こんなに浮かれてるのに、クリスマスだとか、正月だとか、それらを祝っているのに、一向に愚かな戦争は終わらないじゃないか、なにがクリスマスだ、なにが正月だ、傷ついている子どもたちを見よ、嘆き悲しんでいる家族を見よ、苦悩する人々を見よ、これでもか、これでもか、これでもか、と、目を背けたくなるような映像が続くのでした。私には、これが彼らによる一流の皮肉、メッセージだと思います。
 誰もが、多くの戦争や紛争が宗教によって引き起こされてきたことを知っています。中でも、私は、イエスが「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、 と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。わたしは、敵対させるために来たからである。人をその父に、娘を母に、嫁を姑に。こうして、 自分の家族の者が敵となる。」と、その聖書の中で明言しているとおり、多くの愚かな紛争が旧約聖書を起源とするユダヤ教やキリスト教、イスラム教などの一神教によって引き起こされてきたと考えています。
 この聖書の言葉でも明らかなように、特にイエスによって創始されたキリスト教によって、植民地支配や民族間、宗教間の争いが助長されてきたと考えていますし、それは歴史的な、時事的な面でも、事実だと思います。なんといっても、「私が家族に平和をもたらしに来たと思うな。私は家族に争いをもたらしに来た」ということを言っているのですから。
 だからこそ、この曲と、この歌詞、この映像の、何と皮肉に満ちたことか。明らかに、強く、世界に、多くの人々に、何を祝ってるのか、何をやってるのか、何をやらなければならないのか、と再考を促しています。私は、そういう意図があると確信しています。それを考えずに、「メリークリスマス」などと言って乾杯しているのは、愚かの極みではないでしょうか。それで大丈夫でしょうか。おかしくないでしょうか。
 「正しい信を持たないかぎり、この世界が抱えている問題は解決しない。穏やかな、平和な日々が訪れることはない」。これが答えです。仏教の帰結するところ。これが結論です。立正安国論で説き明かされた御意です。「平和ではなく剣をもたらすためにきた」というイエス。その誕生を祝って、今夜はクリスマスをするのですか?是非、このリンクから、あなたも映像を観てもらいたい。もちろん、「メリークリスマス」と曲の中には出てきますが、その深い意図を、考えてみていただきたい。
 私は、今日や明日という「クリスマス」という期間や日を、「仏教再考の日」にしてはどうかと思っています。これを言うと笑う人がいますが、冗談じゃないんです(笑)。「仏教最高の日」でも「仏教再興の日」でも良いのですが、とにかく、今一度、キリスト教と、その宗教、今の世界、紛争、命、人類、人間というようなことを考え、そして、仏教の教えるところを考えていただきたい、仏教の尊さを考えていただきたい、仏教こそ、人類の宝であることを考えていただきたいのです。そういう日に、してはいただけないでしょうか。やはり、冗談に聞こえるかな(汗)。
 自分の病院の後、待ち合わせをして別の病院にお見舞いに行ってきました。やはり、重苦しい病室の中でしたが、意識が混濁しておられる方の手を握り、ご家族と一緒に御題目をお唱えしていると、苦しみも哀しみも、一つになって溶け出し、幸せや喜びに代わっていくのを感じます。最大の不幸も、幸せへと変わる。そうでなければなりません。
 そして、横浜に戻りました。夕方の空の色が、あまりにも綺麗だったので、写真を撮りました。本当に、地球は美しいです。かけがえのない、美しさ、尊さです。ここに、住まわせていただいて、本当にありがたいと思います。私たちの愚かさで、壊すことのないようにしてゆきたいものです。
 本当に、日々に感謝。美しい空、星、人々に、感謝です。
 ありがとうございます。では、PCでも携帯電話でも最近は観れるようになってきましたので、ジョンの曲をお聴きいただきたい。お坊さんが、クリスマスソングを勧めるのは変?謗法?いや、だからこそ、菩薩の誓いを、ご弘通の使命を、噛みしめていただきたい。

2009年12月22日火曜日

大、大、大渋滞

今日は、ギリギリまで明日の御総講の準備をしていましたが、大切なご挨拶に車で出発しました。

ところが、もう信じられないくらい混んでいて、新幹線で考えたら大阪まで往復して帰ってこれるくらいの大、大、大渋滞。こりゃ、もうたまりません。

年末だから車が多いのも当たり前、渋滞するのも当たり前、ということですが、この渋滞が、やはりいつも混む場所で起こっているから嫌になってしまうんです。運転は、行きが私で、帰りが清顕師。もう、会話もなくなりました(涙)。

渋滞緩和のために随分前から工事をしていますが、何年経っても完成しません。これは一体どういうことなんでしょうか?

イライラして書いたらいけないかも知れませんが、民主主義はコストと時間がかかるという一例?だって、明らかにソウルの渋滞とは意味が違います。いつ通っても、あまり作業している人を見ません。いや、もちろん、パラ、パラっとは作業員の方がいます。でも、主要幹線道路の工事って、これでいいんでしょうか?国や地域の血管、大動脈の手術なのに、あまりにものんびり。ずーっと工事です。

あまり早く仕事をしたら、会社がつぶれてしまうとか、公共事業に特有の事情があるのかしら。でも、この道路を作る企業や人の数より、この道路を使う会社や人の方が圧倒的に多いだろうし。

以前、IHIで働いていた山ちゃんから聞きましたが、横浜駅近くの陸橋は、工場で橋脚を作ったのに、あまりにも工場が長引いて、橋脚の鉄骨が錆びてしまい、作り直さなければならなくなったとか。なんのための、なんの工事や事業か分かりませんね。

ピラミッドを作るようにとはいかないでしょうけど、本来の「公共事業」の目的を根っこまで掘り下げて、技術を駆使して、たくさんの人の力を結集して、できないものかしら。どんな会社が何人規模でやっておられるのかなぁ。

ナガマツ兄弟

 二人は、本当に仲が良い。それが救いだ。


 留守がちな父親として、昨日は二人を連れ出して、ちょっと散歩。車に乗ってドライブなんて、滅多にあることではない。長男は「男チーム!」と叫んでいたが、3人でのデートも悪くなかった。


 みなとみらいに行って、気持ちのいい空気を吸った。さすが、横浜。しっとりとした海の香り、高い空。本当に、さっぱりした。

 しかし、次男坊がウロチョロウロチョロするので、オチオチ空も眺めていられない。なだめたり、すかしたり、誉めたり、叱ったり、もう大忙しだった。


 座るたびに手を洗わせたりするのだが、洗っても無駄だと諦めたくなるくらい、すぐにしゃがみこんで、何かを触る、いじる、グリグリ、ホジホジ。


 しかし、さすがに長男は、よく面倒を見る。「寒い?」と聞いて「うん」と言うと、弟の手を握って「ハー、ハー」と息を吹きかけて温めてあげていた。本当に、やさしいなぁ、と思って、ナガマツ兄弟を見ていて、嬉しくなった。


 どんな大人になるのやら。

23日9:30 本年最後の御総講

 いよいよ、年の瀬が迫ってきている。

 昨日から「年末御礼・年頭祈願家族参詣」がはじまっており、年末年始の忙しさの中で御礼や御祈願を忘れぬように、各教区ごとの「御礼」と「祈願」のお参詣がはじまっている。是非、各ご家族で話し合いながら、お参詣していただきたい。

 また、29日(火)は年末恒例の「大鏡餅つき」。これも、臼が5個も出て、どんどん突き上げていく。子どもたちは大広間でお正月の小餅をこねてくれているし、お餅つきも体験できる。これも、お仕事が終わっている方から、是非お参詣、参加いただきたい。

 明日は、本年最後となる御総講。9時30分からの開始。これも、万難を排してお参詣いただきたい。幸せの源は「お寺と共にある暮らし」。 体験してみていただきたい。
 明日は、平成22年度の受持教区の発表もさせていただくこととなる。来年度以降のご弘通を進める上で、最も重要と心得ている。とにかく、明日。

初めての 願主うれしや年の瀬に

 12月。妙深寺では、各教区が「御礼御講」を奉修させていただきます。
 一年間を振り返り、 自身の生活はもちろん、ご信心とご奉公の在り方について締め括り、無事に新年を迎えられるように奉修されるのです。
 先日、神港教区という妙深寺近郊の教区での御礼御講について、高島さんがメールをくださいました。とても、心あたたまる内容で、情景が目に浮かんで、ありがたく思いました。
 妙深寺では、年末となるとお懺悔で締めくくるのですが、この御講席でも受持の岩澤清従師から尊い御法門をいただけたと随喜されていました。御教歌は二首をお詠みいただいたとのこと。
御教歌、
「よいことを して懺悔をば したるかな 今は心に くるしみもなし」
「わかったと 思ひし事の そのなかに わからぬことの あるをまたとへ」
 特に、この御礼御講では、みんなが詠んでくれた俳句が有難い。一年間の思いが込められていて、みなさんのご信心が伝わってきました。
◎初めての願主うれしや年の瀬に(あさ美)
◎あわれかなサイフの中実はカタツムリ(邦夫)
◎紅葉の池面に映える高台寺 (八重子)
◎尻押されやっとできたるご奉公(久子)
◎みほとけの恵みを受けてひとすじに 一歩一歩と 朝参りかな(山本女)
◎年の瀬にわが信心の通知表(博)
○各部とも 喜びの芽を育てあげ 妙深寺一の 教区とぞする(清従師)
○お助行を まてどくらせど連絡が ないのでむりやり 助行日とする(清従師) 
○お講師に 引かれて助行の成果なり 参詣成就の 賞酒(さけ)で年送る(寿子)
○年暮るる 集いて賞酒(さけ)でしめくくり(寿子)
○長きトンネル 抜け出て目標達成の 晴れて祝杯の 年の暮れかな(寿子)
○にぎやかに 神港お講の年の暮れ(進)
○また一年 ねがいつ香る 柚子湯かな(寿子)
※お参りの あゆみもせわし 年の暮れ(聖子)
※山茶花の 薄紅(うすべに)はなやぐ朝参詣(寿子)
※何かせん 年のながれと世の代わり(茂)
※お講の輪 こころやすらぎお看経(茂)
※この暮れに 長き稜(りょう)線歩きある(勝子)
※霜の下 春はまだかとかえるかな〔秀夫〕
※書き終えて 明日を待つ間の柚子の風呂(さち子)
※障子替え 夕日さしたる居間に坐す(さち子)
 素晴らしい。素晴らしい締め括りです。きっと、良い一年が訪れますね。神港教区のみなさん、よいお年を!!

2009年12月21日月曜日

アイスクリーム

夢中で、アイスクリームを食べてます。

心の病と向き合うこと

 現薫師のブログを見て、先日大阪で参加してくれたお助行の様子を知ることが出来ました。本当に、素晴らしく、ありがたい。

 是非、現薫師のブログを読んでみてください。

 ここにも、現薫師の書いてくれた文章を載せさせていただきます。

 昨日、大阪堺で、Yちゃんの御祈願お助行があるとお知らせをいただき、お参詣させていただいた。市内の大渋滞に巻き込まれて15分ほど遅刻してしまいましたが、何とか間にあいました。お寺では、若い青年会から年輩の方まで沢山の方が御看経をされていてびっくり。熱烈な御題目の声が本堂に響いていました。
僕が、Yちゃんと出会ったのは、もう、一年くらい前になるでしょうか。長松寺のカフェに妹さんと一緒に何度か来てくれていたのを覚えていますが、その後、彼女の妹さんが長松ご住職にお姉ちゃんのお話をされ、それ以来、御祈願をさせていただいていました。

 今回は、妹さんと友人の本成寺の松本君、扇田くんの呼びかけにYちゃんやご家族が応え、副導師とお寺の青年会を中心にお助行が開催されました。青年会はもちろん、本成寺の御講師や青年会、スカウトのつながりのある方、いつも長松寺の御修行にお参詣になっている方達など30人あまり集まり、遠くは姫路からTさんもお助行に駆けつけてくれていたのには、驚きました。

 お助行が終わって座談会のようなになり、はじめて会う人も多かったので自己紹介をすることに。30人が自己紹介したのでちょっと時間がかかりましたが、それでも一言づつ励ましの言葉を語ってくださっていました。

 はじめに、副導師が、これで何かを達成したのではなく、これからがはじまりですとお話になりこれからも家族と一緒にお助行を続けていくといってくださっていました。

 中でも、Iさんのお話は本当に心に響きました。Iさん自身も統合失調症と診断をされていますが、松本くんからお助行があると聞いて、今回は、お助行をさせていただく立場でお参詣したそうです。ところが、自分の体調もすぐれないということで急遽、御祈願の言上をしてもらうことに。

 それでも、挨拶の時には、自分も統合失調症で苦しんでいて、目には見えない心のことで、自分で何とかしたくてもどうしようもないというジレンマを抱えていることを同じ苦しみや辛さを持つものとして赤裸々にお話をしてくださりました。Yちゃんへの励ましの言葉だけでなく、周りの者もあまり、焦って求めずとにかく見守っていてほしい、そして、ここまでこれたのも、ひとりじゃないということと、御題目のおかげであるとお話をしてくださいました。

 こうしてお話をされるということ自体が本当にすごいと思いました。その後に、ご主人の挨拶もありましたが、そばで温かく、そして根気強く、深い愛情とご信心をもって見守ってこられてきたのだと感じました。

 また、Tさんは遠く姫路から駆けつけてくださり自分の体験を語ってくださいました。
 3年前、仕事の同僚上司、家族友人といった周りの誰も信じることができなくなり、普通の生活ができなくなった時に、長松ご住職へ連絡をし助けていただいたんだそうです。病院にも行っていないので病名などはわかりませんが、一年ほど京都の長松寺でご奉公をしながら、ずっと御祈願を続けてこられ、その後、横浜妙深寺でたくさんの人たちに支えられ、ようやくいま仕事にも復帰することができたとお話をしてくだっていました。

 Tさんは、当時のことをほとんど覚えていないと仰ってましたが、それでも、長松ご住職からのお折伏、言葉は心に残っていたそうです。Tさんは、Yちゃんに、今の状態は、信じる心が弱っているから、不安でも怖くても信じられなくても、御法様は裏切らない、御法様を信じて、たとえその御法様を恐ろしいと思ってもひたすら御題目をお唱えしていけば、昨日より今日、今日より明日と薄皮をめくっていくようにだけども、良い方向に向かっていく。

 そして、自分が不安でしょうがなかった時、いつも後ろにはご住職や昔の妙深寺の仲間や青年会、ご信者さんが座って一緒に御看経をしてくれていた。だからこそ、逃げ出さずに続けてこれたし、いまでは仕事にもついて生活ができるようになった。だから、これからも御祈願を続けていこう、ゆっくりでも必ず必ず良い方向に向かうし、僕たちがついていると心強い言葉をかけてくださっていた。Tさん、すごい。本当にありがたいです。

 Iさんのお話もTさんの言葉も、どん底で苦しんだからこそ、語れる言葉やし説得力がある。僕なんかよりずっと深い部分でYちゃんのことを理解して、言葉をかけてくださっていた。Iさんが言っていた。病気だから不幸、健康だから幸せという価値観じゃはかれないものがありますと。病気だから気づける大切なことがある。健康だから見失ってしまう大切なものがあると。真理だと思います。

 本当にたくさんの方が彼女のために集まり、御祈願をしてくださいました。みな、ご信心の絆でつながって、苦しんでるって聞いたらいてもたってもいられないという気持ちで集まった人ばかり。佛立宗すごい。ありがたい。

 ちょっと気がかりだったのは、ご家族がお助行に来た人達を気遣って頑張っておられたので、申し訳ない気持ちで、大丈夫だったかなということでした。Yちゃんもみんなの気持ちが強すぎて、プレッシャーになってないかと心配でしたが、帰り際に話をした時にしっかとした目で、最近仕事を始めたということを教えてくれたので、少し安心しました。
でも、まだこれから。妹さんからも御礼のメールをいただき、本当にありがたいお助行でしたが、一喜一憂することなく、これからも御祈願を続けてさせていただいて、少しでも支えにならせていただけたらと思います。

 ありがとうございました。

2009年12月20日日曜日

雪国でした。

雪国から。お参詣くださった岡田さんや佐藤さんの住む信濃町は、積雪80センチだったとのこと。まさに雪国ですね。

親会場も、雪に包まれていました。

雪国

本当に、トンネルを抜けたら、そこは雪国だった、でした。

少し驚きです。さて、長野駅に着きます。

昨夜、大阪で

昨日は朝から夕方まで6時間もウェブ会議でした。6時間もパソコンの画面を見ていたことになるので目がチカチカします。

本当は京都に行かなければならなかったのですが、年末の予定が立て込み、横浜からウェブでの参加となりました。移動がない分、身体は楽。肩は凝りましたが、よかったです。

夜は今年最後のボーズ・バーで、22時くらいまで、たくさんの方々とお話できました。ご信者さんではありませんが、千代さんのご友人である弁護士の先生がお二人、毎月来てくださっていて、こちらも勉強になります。とても楽しく締めくくることができました。

いま、横浜から長野に向かっています。長野は雪が降っていて、とても寒いと聞きました。今年最後の教区御講です。ありがたい。

昨日は、大阪で大切なお助行のご奉公をしてくださったとのこと。21時頃、現薫師から電話をいただいて、そのお助行が本当に素晴らしいものだったと聞きました。

私が、統合失調症を患っているY美ちゃんと出会ったのは、もう随分まえのことです。ちょうど、一年くらい前かな。松本くんが紹介してくれて、彼女の妹さんからお話を聞きました。それ以来、彼女や彼女のご家族は京都までお参詣くださるようになり、先日は車で横浜まで来てくださいました。

一年間、いろいろなことがあり、いろいろな日がありました。メールの交換や電話など、いろいろな機会を通じて彼女とつながってきて、ほんの数日前、仕事に行けるようになったと、彼女自身から報告してくれました。それは、彼女が抱えている病気からすれば、とても大変なことです。涙が出るほど嬉しかった。

今回、大阪近郊の布教区の青年会を通じて、岡山や京都まで若い佛立菩薩たちが集まり、彼女のいるお寺までお助行に行ってくれたのです。昨夜、そのお助行がありました。同じ病気から御利益をいただかれた方、岡山からはTABEちゃんも駆けつけ、励ましてくれたと聞きました。本当に嬉しい。ありがたい(涙)。もったいないです。

どうか、Y美ちゃんが、昨夜のお助行やみんなからの励ましを、プレッシャーに感じず、ただただ感謝して、ゆっくりでもいいから前に進んでくれたらと思います。これからも、ご祈願、サポートをさせていただきます。

本当に、ありがとうございます。

2009年12月18日金曜日

筋の通った男の言葉

 昨日は午前中に書斎でウェブ会議。京都と横浜を結んで参加させていただきました。
 本来は、細かな資料もありますし、面会の予定もありましたのでface to faceの必要がありましたが、今回は申し訳ありませんが失礼しました。しかし、少しの時間でしたが有意義な会議が出来たと思います。
 昨夜と今日、妙深寺でコツコツとご奉公してくださってきた大切なご信者さんのお通夜と告別式のご奉公をさせていただきました。93才で帰寂されるまで、初代日博上人から先住、そして小僧の私までお給仕の誠を尽くしてくださいました。真っ白い、穏やかなお顔でした。ご家族が新横浜の式場を借りられて、盛大にお見送りが出来ました。ありがとうございます。
 大きな大きなホールでしたが、私の前にお焼香台が並べられており、私がお焼香させていただいた後にご家族、そして参列くださった大勢の方々も祭壇近くの焼香台まで出て、霊前へお焼香、弔主へご挨拶、という流れでした。
 先日、岩城さんのお宅でのお話を思い出しました。岩城さんはお父さまの葬儀の時のことをお話になり、みんなで当時を振り返っていました。そのお話が、本当にありがたく、筋の通った男の人というのは、ご信心があるとかないとか、知っているとか知らないとか、そういうことではないんだなぁと、頭の下がる思いでした。
 楽しくお話をしている中で、唐突に岩城さんが、「ある古い友人が、せっかく行ったのに顔も見れなかった。ありゃ、どーなんだ、と言われたんだ」とお話になりました。それを聞いてドキッとしました。妙深寺での葬儀で何かトラブルがあったのかな。住職として心配になります。
 そりゃそうです。岩城さんほどの方ですからお仕事の関係で大変大勢の参列者があることが予想されました。「妙深寺で」ということになりましたが、東京からも遠いですし、会場は限られたスペースです。ご依頼を受けた私も色々と頭を抱えるような思いでした。しかも、大切なお父さまをお見送りするご回向の法要です。単なるセレモニーではなく、常日頃お教えいただいている仏教の筋、ご信心の筋も通させていただきたい。しかし、同時に、参列の方々にも失礼のないようにしなければなりません。
 大勢の参列者が予想されましたが、弔主の岩城さんをはじめご家族は、何より御本尊に向かい、お父さまを前にして御題目をお唱えいただくことが第一義。このことをお伝えして、そのように奉修させていただいたのでした。ですから、岩城さんは参列者にご挨拶できず、それをご友人に指摘され、困ってしまったのではないか、と思いました。
 そう考えていると、続けて岩城さんが「だから、俺は、冗談じゃない、と言ったんだ。お前、何のために来たんだ。俺は、大事な父親のために、しっかり、別れを惜しみたい、弔いたい。それを、なにもお前の顔を見るために通夜や葬式をやってんじゃない。だったら来るな。そう言った。それ以来、もう付き合いがなくなっちゃったよ。でも、俺は本当にそう思うよ。全然かまわない」とお話になりました。本当に、このお話には、感激しました。そうです、そのとおりです。
 もちろん、参列の方々を蔑ろにしてもいいということを言っておられたのではありません。大切なことはなにか。それを知る人、知らない人がいるということです。その「筋」を知るということが大切で、それは「筋」の通った人にしか分からないのではないか。筋の通った男には、自然と分かるものなのではないか、と思いました。やはり、すごい方だと思いました。
 セレモニーだけでやっているというのでは意味がありません。本当のお通夜、告別式というもの。そこに一貫して流れる、本当の仏教、信仰がなければなりません。本当に、このお話には感激しました。昨日と今日のご奉公でも、ご家族が一緒に御題目をお唱えし、声を合わせてお見送りしてくださっていたことが嬉しかったです。
 本当に、ありがたい。ありがとうございます。

何に見えますか?

すごい雲。真っ青な冬の空なのですが、この雲、何かに似て見えます。

横浜で一番のレストランは

昨夜遅く、名古屋から大切な大切なお客さまが、わざわざご挨拶に来てくださり、二人を横浜最高のレストランにお連れしました。

もちろん、値段ではありません。横浜の港近くでも歴史のある建物、ずっと変わらない内装、素晴らしいお料理、大切な方をお連れするには、最高のお店です。あまり行くことはありませんが、特別な時には必ず使わせていただきます。

山下公園から歩いて大桟橋に曲がる交差点の角にあります。一生に一度しかないご挨拶だったので、お連れできてよかった。私も幸せでした。ありがたい。

本当に、おめでとうございます。ありがとうございます。

2009年12月17日木曜日

京都の風情

 海外の話が多くなって申し訳ない気持ちもしますが、こちらは「ザ・日本」です。「日本を知らずして海外を語るな」とよく言われますが、そのとおり。日本の文化を知らないで海外に行くだけでは仕方ないし、海外でも尊敬されません。日本には、他国にない文化があり、他国に類を見ない素晴らしい自然や建築物、人間性があります。まず、それを知らなければなりませんよね。

 京都に生まれて、横浜に育ったことで、伝統的で保守的な側面と、開明的でリベラルな側面の両方を学ばせてもらったように思います。どちらにも、プラスとマイナスがあり、双方に学ぶべきことがあり、その都市にも文化にも人間性にも、そのバランスが必要だと思います。

 しかし、長い年月をかけて培われてきた文化や、守られ、続けられてきたものというものは、簡単に立ち上げられた「イベント」や「建物」とは違って、本当に深い趣を持つものです。続けることが大切で、守ることが大切という意味ですね。この麩屋町の長松寺も同じです。

 16日夜、年末の御総講を勤めさせていただきました。一年の締め括りということで、開導聖人の御宝前に大勢の方がご挨拶のお参詣をくださいました。毎年毎年、伏見からも松本御導師をはじめ、大勢のお参詣をくださいます。守ってくださっています。守り続けてくださっているのですね。ありがとうございます。

 年末の京都の風情。その中に、開導聖人がお住まいになった頃から125年目を迎え、そのままに守らせていただいている場所、麩屋町の長松寺、年末の御総講。責任重大です。昨日の夜も、緊張しながらご奉公させていただきました。役不足で申し訳ないのですが。

 この麩屋町のご法宅は、これから200年、300年と年月を重ねてもお守りしていかなければなりません。1000年後も、この麩屋町の法宅が、そのままの当時の御姿で残されているようにと願います。便利な世の中になり、街のたたずまいも変わっていくと思いますが、ここだけは変わらずに、お守りしなければならないと思います。駐車場もなく、不便をお掛けするかもしれませんが、それでもいいではありませんか。

 イスラエルのガリラヤ湖の湖畔に行った際、古い古い教会を観ました。当然、イエスの足跡を称えた教会で、本当に小さな小さな建物でした。無駄なものは一切無く、風や雨が吹けばホールの中もずぶ濡れになるのではないかと思われる建物でしたが、それでも千年以上そのままそこに存在している何ともいえない空気がありました。

 無論、地震の多い日本ですから、出雲大社のように建て替えることを命題としている場所もあれば、一千年以上そのままの建造物もあります。とにかく、大切に守っていきたい、できれば麩屋町の長松寺は、この京都の町屋のたたずまい、開導聖人がお住まいになった家の骨格をそのままに残して後世に伝えたいと思います。

 開導聖人は、「因循」を嫌われました。「因循」とは、辞書を引くと「古くからの習慣・方法を守っているだけで、積極的に改めようとしない様子」とあります。京都と横浜、日本と海外、その双方で学びつつ、プラスとマイナスがあることを知り、何が代え難いもので、何を改めるべきか、ここを押さえなければならないのだと思います。海外でご奉公させていただくことと、横浜でご奉公させていただいていること、京都の麩屋町を守らせていただいていることの意義を、しっかりと噛みしめたいと思います。

 少しだけ麩屋町の庭に出て、草木を眺めさせていただきました。歴史、空気、気持ちいい。重たい気持ち、愚かな気持ち、情けない気持ちも、圧倒的な時間の流れを知ると、どれほど小さなことが分かります。

 今日は横浜。夜、大切なご奉公を控えて、準備をさせていただきます。ありがとうございます。

真夏のブラジル

 地球をグルッと半周。晶ちゃんからもメールをいただき、悦子さんからもメールをいただきました。
 彼女たちは、無事にブラジル・サンパウロに到着し、日教寺の御宝前でご挨拶をされている写真もいただきました。サンパウロにはモラエス教竜師もご奉公されているので、感動の再会を果たされたことと思います。ありがたい。
 これから、ブラジルでの3ヶ月がはじまります。ブラジルとの時差は通常12時間、ブラジルは現在真夏なのでサマータイムです。ですから、時差は1時間ずれます。どっちだったかな。忘れてしまいましたが。
 もう、今夜はサンパウロでの歓迎会(recepção do Nikkyoji a noite)だそうです。あれほど到着してから数日は「少し休ませてあげてね」と伝えていたのに、もう歓迎会。クタクタになっているかな。二人とも、気を使っているかもしれないな。
 また、続けて17日からは巡回助行とご本尊奉安のご奉公にも行かれるみたい。さすが、確かに観光旅行じゃないし。それでも、ハードスケジュールやんか。大丈夫かなぁ。翌日も巡回助行で、その次の日は蓮徳寺へのお参詣(Visita ao Rentokuji(casamentoShintoku-shi)。そこで、ブラジルの御講師である信徳師の結婚式があるそうで、その結婚式に参加するとのことです。
 さらに、ブラジルでは、原局長のお宅にホームステイしたり、菊池前理事長のお宅や上松さんのお宅にもホームステイする計画を立ててくれています。そして、年末年始を迎えるのですね。年が明けると、プレジデンテ・プルデンテ(Presidente Prudente)の日扇寺へ移動、さらにリンス(Lins)の大宣寺へのお参詣とご奉公もあるようです。
 すごい、誰も経験できないようなプログラム。頑張ってもらいたいです。来年は、リオ・デ・ジャネイロやクリチーバへのご奉公があり、楽しみがあるはずです。リオかぁ、また行きたいです。真夏のブラジルです。

2009年12月16日水曜日

ヴァレリオ君の引っ越し

 イタリアのローマに住んでいるヴァレリオ君からメールをいただきました。とても嬉しいメールで、元気が出ました。ありがとう、ヴァレリオ。
 何度か書かせていただきましたが、彼は脊椎を損傷しており、突如として身体の自由を奪われてしまった青年です。ご信心をされるようになってローマのマッシーや麻樹さんがお助行のご奉公をされ、フィレンツェからダニエレ・良誓師もお助行に通われてきました。私も2008年の2月にお助行に行かせていただいた。それから約2年間、定期的に彼からメールが届くようになりました。
 いま書いたように、彼の身体は首から下は動かず、実は言葉もなかなか声になりませんでした。会話はすべてコンピューターに映る文字で行いました。それでも、一生懸命に口を動かし、鼻で息をしながら、「ナムミョウホウレンゲキョウ」と声に出そうとしてくれていました。私の言葉を真剣に、柔らかい笑顔を作りながら聞いてくれるヴァレリオ君。私も彼がパソコンに書く文字を追いながら、彼がどれほどご信心に出会えて喜んでくれているかが分かりました。
 しかし、彼の家を訪問した時にも感じたことですが、彼が住んでいるのはローマ郊外の集合住宅というか小さなアパートメントで、二人乗ったらいっぱいになるような古いエレベーターが付いているだけの彼にとっては極めて不便そうなお宅でした。家の中も車イスでは動きにくそうで、小さな部屋の中で限られた身体の動きでは生活がしにくいはず。ローマの住宅事情は、本当に大変なのです。そう感じたのです。
 明るい彼は、良誓師やマッシーのお助行をいただきながら、ご信心を高めてきた。そして、なんと素晴らしい家に引っ越しが出来ることになった。これは、彼自身が書いてくれていたが、妙不可思議なサインが続き、そして引っ越しが決定した。
 今回、その素晴らしい邸宅の写真を送ってきてくれた。重たーいファイルで(笑)。50メガもあったぞ、ヴァレリオ(汗)。とにかく、ありがたい。御宝前も荘厳されていて、とても素敵な、広く動きやすい家への引っ越し。素晴らしい。
Dear Odoshi Nagamatsu,
As I promise, I'm sending to you the photos of my new house, I think that you'll like they very much.
Sunday, 20, I'll meet Ryosei shi. Last time I was still in the previous dwelling: will be a pleasent surprise for him! I'm preparing a refreshment for the occasion, we should be ten people (five from Florence & five from Rome)....
I hope that the photos, encourages you in the path.
This new house is not the point of arrive for me, but only the point of a new beginning in the HBS.
They testify the great protection of the Gohonzon.
Namu Myohorengekyo,
Namu Myohorengekyo,
Namu Myohorengekyo...
Valerio,
P.S. For reasons of the size of the annexed, I must send to you the photos in three parts...
 私からも返信しました。とても感動したので、メチャクチャな文章になってしまいましたが。とにかく、こうして住宅事情の大変なローマで、おはからいをいただいて引っ越しできたことのお祝い、彼が書いているようにローマのご弘通の中心になることへの期待、必ずヴァレリオ君を諸仏諸天善神が守ってくださることをお伝えしました。
 本当に素晴らしいおはからいをいただきましたね。ありがとうございます。

留学してみませんか?

 富士山の話が多いですね。昨日の御講席で富士山の話題になりました。御殿場で山ちゃんの御講があったそうで、車4台で行ったということでした。窓から綺麗に富士山が見えたそうです。本当に、富士山を見ると得した気持ちになりますね。ちなみに、調べてみると富士山は世界で108番目でした。
 先ほど書かせていただいたとおり、昨年度から開始された佛立青少年国際交流事業の日本側第1回留学生として加藤晶(あき)さんと藤本悦子さんがドバイからサンパウロに到着し、無事にサンパウロの日教寺に到着されました。
 それにしても恐ろしい飛行時間です。11時間20分をかけて関空からドバイ。そして、ドバイ~サンパウロで15時間15分。もう、普通であれば倒れてしまいます。過去3度ブラジルに行かせていただきましたが、それぞれ行きがロス~ワシントン経由などアメリカ周りで、帰りはフランクフルトやミュンヘンを経由。どちらもやはり飛行時間が少しだけ短いので救われました。しかも、私の場合はロスでもご奉公、イタリアにも寄らせていただいてご奉公できたので身体への負担は軽減できたと思います。今回のお二人は体調大丈夫かなぁ。少しだけ心配ですが、それでも元気そうなメールをいただきましたので安心しました。
 これから始まるブラジルでのご奉公を考えたら、ワクワクしてくれているかもしれませんね。ブラジルのみんなが彼女たちのプログラムを用意周到に準備してくれています。考えてみると、「留学」といっても日本側の参加者は往復の航空券は自己負担となっているのです。ですから、こちらとしてはプログラムのサポートと留学先へ滞在経費の負担をすることくらいしか出来ません。限られた浄財の中でご弘通の活性化や佛立青少年の育成を目的にスタートしたご奉公です。申し訳ないことですが、このようなシステムで始まりました。
 ほぼ自費参加の留学生に対して、出来る限りのご奉公を日本側からサポートします。約2年間ブラジルとはウェブ会議をしてきました。現在、過去に例がないほど、ブラジルと日本のパイプは太くなり、一本化もされ、風通しもよくなっているはず。意思の疎通も瞬時にはかれます。携帯電話でも話が出来るので本当に有難い。お二人の体調やご奉公、行程なども逐一お聞きすることになっています。
 二人のブラジル滞在中、各地にある全11ヶ寺院をブラジル名物の長距離バスを利用して巡っていくということも計画されています。その際に使うリュックを持ってくるようにとブラジルからの連絡が入っており、二人とも用意して出発しました。一生の間、もう経験できないような3ヶ月になるはずです。楽しみ。全ての風景や出会いを記憶してもらいたいです。
 本年度は、海外から1名の教務、日本国内から2名の留学生の交流がありました。来年度、全国から新たな留学生を募集することになります。論文の提出なども必要ですが、出来る限りのサポートをしますから募集要項を読んでいただいて、一人でも多くの留学申込をお待ちしています。
 ありがとうございます。

The movie summary of Sri Lanka HBS activity in 2018.

The movie summary of Sri Lanka HBS activity in 2018. スリランカHBSが制作した2018年の活動をまとめた短編映像です。