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2010年3月29日月曜日

姜師、チカちゃん、結婚パーティー

 昨日、妙深寺の境内地に於いて、姜御導師と睦子(ちかこ)さんの結婚パーティーが開催されました。この記事を書かないと、次に行けないので、次から次でパンク状態ですが、少し写真を載せておきたいと思います。
 とにかく、心配された雨も降ることなく、境内地で開催することができました。寒さは厳しかったのですが、参加者もご奉公者も、お二人を心からお祝いしようという気持ちで、みんなで11時から14時近くまで、大いに盛り上がりました。
 特に、前日13時間も練習していたY先生のプログラムは、会場をゆるがすほどの大爆笑を誘いました。今後、妙深寺の定番キャラクターとして数々の行事に登場することは間違いなし。ありがたいです。お二人が心から笑ってくださっていました。Y先生は海外部長ですから、ちょっと変わった海外弘通の支援活動だと思います(笑)。ありがたい。
 今回のパーティーは、本当に、「ここまで出来るの?」というくらい、清和会はご供養作り、弘通部の各部門や青年会も力を合わせてご奉公を作り上げてくださいました。前日の300人分のご供養作り、連日のシナリオ作り、リハーサル、ダンスの練習など、本当にありがとうございました。
 もう、スリランカのご信者が成田に到着しました。すいません、すぐ次です。私は京都で中央教員研修会です。明日は15時から24時間のお看経。続きます。よろしくお願いいたします。
 ありがとうございます。

2010年3月22日月曜日

お知らせ パート1 「姜お導師・チカちゃん結婚パーティー」

 お知らせです。お知らせが続きます。

 妙深寺では、来る3月28日の11時から、韓国の姜ご住職と妙深寺の睦子(ちかこ)ちゃんが結婚されたことをお祝いするために、境内地でパーティーを行います。お祝いの意味を込めて、参加費は2000円。すでに200名近くの申し込みがあります。境内地、きっと桜が咲き始めて、素晴らしい会になることは間違いありません。

 人数が多くなりすぎて、少し心配しています。でも、是非お祝いに駆けつけてください。

 姜ご住職とチカちゃんは、すでに韓国で新しい生活をスタートさせています。思い返せば、本当に不思議なご縁で、あれよあれよという間に、二人はお互いに将来を約束して、結婚されることになりました。もう、感無量でした。ありがたい日でした。

 姜ご住職とは、いろいろな話をしました。私が韓国にはじめてご奉公に行かせてもらった時、また、妙深寺の高祖会の奉修をしていただいた時、交流のお助行、韓国での御講有巡教などで一緒にご奉公をさせていただいた時。そんな中、いつも真剣にご弘通ご奉公に向かう姜師を見てきました。ご弘通の戦士として、一人奮闘する姜師を尊敬していました。

 一昨年、妙深寺の高祖会が終わり、私は、姜師と本当にピッタリの女性、柴山局長の次女にあたる睦子ちゃんを頭に浮かべました。チカちゃんは、いつも真剣に御法さまに向き合ってきた女性で、自分のことよりも相手のことを思いやる、そんな気持ちを持っている女性でした。そして、姜師が横浜に来た時、私たちは3人で食事をしました。食事を開始してからすぐに、二人が、特別のご縁で結ばれていることを感じました。姜師もうっとりしていたし(笑)、チカちゃんもうっとりしていました(笑)。そこの食事代、僕が払いました(笑)。

 それから、姜師のお師匠さまでもあり、本寺の御導師である清風寺の西村御導師にご報告させていただきました。ドキドキでしたが、大変お喜びいただいたとのこと。昨年8月、西村御導師ご夫妻には、わざわざ横浜までお越しいただき、姜ご住職の親代わりとして、非常に正式な結納をしていただきました。僕らは、本当にズボラだし、何も分かりませんでした。柴山家も、その荘厳な雰囲気の中のご挨拶に恐縮しつつ、謹んでそれをお受けし、結婚に向けて正式なカウントダウンが始まりました。

 私は、韓国での披露宴で、主賓としてご挨拶させていただきました。「主賓?俺が?なんで?」と当日までとぼけていたのですが、恐れながらさせていただきました。

 その中では、とにかく、鶴松寺・新清寺の皆さまに、睦子をお願いします、とお話しさせていただきました。しかし、冒頭、この言葉の後で、チカのプロフィールをお話ししようとした瞬間、ドッカーンと、最初の、主賓の、挨拶なのに、なんと、なんと、泣いてしまった(涙)。嫁に行くチカ、しかも、韓国に嫁ぐチカ子、しかもしかも、教務の嫁になるというチカが、不憫というか、なんというか、言葉もなく、涙が出て、感極まってしまいました。どうせなので、ここに、披露宴でスピーチした内容を載せさせてもらいます涙。

 ~睦子さんは、現在の妙深寺の事務局長・柴山迪昭、勝子夫妻の次女で、素直に信行相続され、青年会で活躍してきただけではなく、私のたっての願いで、最年少の「部長」としてご奉公してくれた女性であります。新しい部を設立し、新しいご信者をまとめ、ご奉公してくれました。全く未知の領域。悩みながら、睦子は負けることなく、頑張ってくれました。~

~妙深寺には、なくてはならない存在の女性です。~

~そんな睦子ちゃんにとって運命的な人が現れました。姜 蕙昌ご住職であります。厳しい韓国ご弘通の中で、必死に奮闘されている姜ご住職。その方の側でご奉公できる女性は多くないはずです。~

~姜ご住職が妙深寺の奉修御導師としてご奉公くださった時、お助行でご信者宅を廻っていただきました。その時、姜ご住職と睦子さんは同じ班となりました。~

~韓国のご信者さんと妙深寺のご信者さん。素晴らしい交流は一生の友情を生みました。その時、姜ご住職は、お助行を一緒にご奉公した睦子さんのご信心にふれて、しきりと彼女のことをほめていました。~

~「睦子ちゃんならば」という思いが浮かびました。とにかく、私には分かりませんが、一緒にご夕食をさせていただこうと思い、ある時、姜ご住職と睦子と私の3人で、港にあるスカンディアという横浜最高のレストランにお連れしました。私の心配は、もう全く必要ありませんでした。その日から、二人は永遠の約束をしていたかのように、心の奥底で将来のご弘通ご奉公を約束してくれたのだと思います。あの日、すべてが決まりました。その時の食事代は僕が払いました(笑)。~

~さて、ここからはお二人へ。~

~正直申し上げて、私は韓国のご弘通とは関係がありません。責任があるわけでも、妙深寺にメリットがあるわけでもない。妙深寺にとって必要不可欠な睦子さんがいなくなってしまいます。マイナスです。本当に、痛恨の思い、惜別の思いです。本当に、本当に、妙深寺には、大打撃、大損失です。~

~しかし、深いご信心で考えれば、違う。お祖師さまは、一天四海皆帰妙法のご弘通を望んでおられた。絶対に、韓国のご弘通を、純粋に進展させられるなら、妙深寺の大打撃も、御法さまに喜んでいただけると思って納得できる。分かりますか?縁故で嫁さんを探してきたんじゃないんです。そんな義理もない。あるのは、ただ、ご弘通だけです。~

~ですから、どうか、どうか、お二人も、両寺院のご信者みなさま方も、深い深いご信心で、睦子ちゃんが韓国の姜ご住職に嫁いだことの意味を考えていただきたいのです。~

~二人は運命的に、宿命的に、深く愛し合っていると思います。しかし、皆さんのサポートなくしては幸せな人生を送ることもできません。異国での生活、言葉の違い、精神的な負担が重なります。睦子は見ての通り、身体が大きいわけでもありません。むしろ、細くて心配です。どうか、韓国のみなさま、日本のみなさま、みなさまのご支援をお願いします。~

~いずれにしても、今日は歴史的な日です。本当に、めでたい。素晴らしい。みなさん、これでスタートできる。~

~アンニョンハシムミカ?ヨコハマ エ ミョウシンジ エソ オン ナガマツセイジュン イムニダ。オヌルン カンオドウシ ハゴ シバヤマチカコ シ エ キョロヌル ヂンシムロ チュッカトゥリムニダ。ヘンボッカン トゥサラメ モスブルポニ。チョンマル キップムニダ。~

~チカコ シヌン ウリ ミョウシンジ エソド カジョクカッツン プムニダ~

~オヌルプトヌン ハングッケシヌン シンジャ ヨロブニイ アボジ オモニ クリゴ カジョギ テェジュショッソ チカコ シルゥ マニ ポサルビョ ジュシギル パラムニダ(涙)~

~カムサムニダ~

~ありがたい。ご唱和ください。マンゼー(笑)!!!!~

 みなさま、28日11時、姜ご住職とチカちゃんの結婚パーティーにお越しください。みんなで、盛大にお祝いして、二人がしっかりとご奉公できるように、応援してあげましょう。よろしくお願いします。

 ありがとうございます。

2010年3月11日木曜日

披露宴の写真です

 やっとセンターに到着し、荷ほどきをしたり、いろいろとお話を聞いたりして、今の時間。あと数分で福岡御導師が空港に到着される頃です。ディリーパくんなどが迎えに出ています。今日は何度も彼らを往復させてしまいました。
 なんと、空港からセンターに向かう途中で、カスン君が「どうしてもご供養したい」「ホテルで夕食をしましょう」と申し出てくれた。疲れていることもあったし、丁寧にお断りした。しかし、「どうしても契約したい重要な取引も控えている」「ここで功徳を積ませていただきたいのです」という若き経営者・カスン君の熱意に打たれた。コロンボ市内のホテルでご供養をお受けしました。ありがたいことでした。
 さて、センターには無線LANがセッティングされている。これは、何度も何度も試みて、ようやく実現したもの。今日も、ここで無事にメールができる、インターネットができる。うれしい。ホテルみたい。
 設備があっても時間だけない。そこで、うれしさも冷めやらぬうちにと、韓国での結婚式の写真をアップしたいと思います。幸せそうな二人、二人を支えてくださるご信者のみなさま。
 そして、妙深寺のお参詣者に集まっていただいて、二人を囲んで集合写真を撮りました。記念すべき一枚です。
 日本時間は、今は3時半。スリランカはちょうど12時です。時差は3時間半。少し休みます。明日からが本番ですから。怒濤のプログラムが組まれていて、さきほど聞いていてフラフラっとしました。ありがたいです。
 ありがとうございます。

2010年3月6日土曜日

ソウルでの交流会

 韓国に入った日本のご信者方がソウルで集合しました。せっかくなので、交流会をすることになっており、清風寺と妙深寺合同の交流会を開催。
 この交流会については、事前から企画を練ってくださっており、本当に楽しく、美味しく、有難いご奉公になりました。
 抽選で番号を選び、それぞれ番号に当たった方に一言お話をいただくということになりました。普通、こんな風に突然お願いされたら嫌がるのに、みなさん頑張ってお話くださいました。
 そのお話の内容が、たまたま当たった抽選なのに、それぞれのお寺で最高の人ではないかと思うくらいのお話。不思議です。
 心臓の病と癌から、大変な現証の御利益をいただいているという清風寺の女性。涙を浮かべて、「このご信心がなければ、生きていません、いまここにいません。教化親に教わったのは、この御題目のご信心は本物だということでした。本当に有難いです」とお話くださいました。
 そのほか、篠原さん、奥山さん、小泉さん、神田さんにも加わっていただきました。本当に素晴らしい交流ができました。
 さて、明日は、門祖会、そして結婚式。本当に、素晴らしい一日にしたいと思います。

2008年12月2日火曜日

いよいよ12月

 いよいよ12月に入った。慌ただしい月が始まる。

 月末は原稿の執筆や月始総講の準備など、デスクワークが山積する。また、週末が重なったために、妙深寺内外のご奉公もあり、心の準備もないまま師走を迎えてしまった。12月は一年の締め括り。心の大掃除の月。心して過密なスケジュールを乗り越えていかなければならない。

 12月1日は、月始総講の後で教務会。19時過ぎまで会議は続き、来年度のご奉公の詰め、方向性などを話し合っていた。来年も有意義な一年とするために、重要な話し合いだったと思う。

 2日からは京都でのご奉公。窓の外から大文字が見え、綺麗な紅葉が文字の周りを彩っていた。朝10時からロス・アンジェルスとウェブ会議、16時半から韓国とのウェブ会議、19時からは九州とのウェブ会議。たった一日の中で、インターネットを活用して各国・各地域とお話が出来るとは。ご奉公も充実してくる。それぞれの地域でのご奉公を集約して、意見交換し、本当のご奉公サポートもできる。

 姜ご住職のお顔も久しぶりに拝見できたし、本当に有難かった。

2008年11月22日土曜日

韓日の交流会

 今日は朝から長野へ。
 今朝、長野は摂氏0度だったそうで、私が到着した時も9度くらい。やはり寒い。コートを着て、マフラーを巻いて、本格的な冬の到来を感じた。軽井沢から見た浅間山の頂上にも、うっすらと白い雪がかかっていた。
 先週の金曜日には韓国の方々が到着された。早いもので一週間が経ってしまった。土曜日は第一座の御唱導を姜ご住職にいただいて、13時からは交流会を開催した。姜ご住職の御唱導、御法門、ありがたかった。汗が顔から噴き出して、情熱のこもった御法門をくださった。しかも、「立正安国」という私たちのテーマを受けて、非常に深く勉強してきてくださり、分かりやすくお説きくださった。
 また、HA理事長が体験談をお話くださった。2004年、悪性リンパ腫に冒され、大変な治療を受けておられたのだが、それもすべてお看経とお供水で克服され、こうして健康になっているということ、若い頃は軍関係者、今や国民栄誉賞を受けておられる理事長だが、すべて御法さまのお計らい、御利益だったと振り返ってくださった。4年後にお迎えする韓国・本門佛立宗の100周年まで、しっかりとご奉公すると決意を述べてくださった。
 この交流会は、本堂に韓国の参詣団をお迎えして、日本の私たち妙深寺信徒と対面に座り、韓日の体験談や質疑応答を行った。
 日本からはY先生の奥さま、真理先生のお話。これがピカイチ素晴らしかった。ほんと、ここで紹介したい。許してくれたら、今度掲載させていただく。来週の月曜日、布教区「女性のつどい」で、Y先生ご本人にもスピーチをしていただく予定だが、これも最高!僕は直接聞けていないのだが、事前に資料をいただいて読んだ。もう、ゲラゲラ笑った。いや、笑っただけではなくて、もう感動する。絶対。まだまだ、参加できるので、ぜひ直接お聞きいただきたい。来週の月曜日。
 韓国の方の体験談は、新清寺から。私たちにとっては新鮮な内容で、ご信心の見つめ方をあらたにさせていただいた。質問コーナーでは、ディープな質問もあり、面白い質問もあり、内容の濃いものになったという。
 その後、交流助行へ。今回は4つのグループに別れて、日本語の出来る韓国の方に各グループに入っていただき、席主と身近に交流していただいた。どちらからといえば、教区内のご信者さんに幅広く声をかけず、お席主と親しく話をしていただこうという企画だった。御講師も随行して、撮影やらサポートをさせていただこうということだった。常に、ご信者さんを主役にするというのが妙深寺流ということだった。
 今回おさんけいされた韓国の方々は非常にご信心の強い方々ばかりで、こちらの人が有難いお折伏をいただけたと喜んでおられた。日本側がビビるくらい、と。妙深寺では、特に若いご信者さんのお席を選んでいたこともあると思うが、とても有意義だった。感想を聞くと、「お折伏に躊躇がなかった」ということで、「絶対におはからいいただくわよ!」とゼスチャーを交えて励まされという。お互いに励まし合い、学び合う姿勢。日本が教えるとか、本家とか、そんなことは関係ない。教弥実位弥下、ありがたい。
 森山さんのお宅では、ご主人が脳腫瘍から妙不可思議の現証の御利益をいただいたばかりなので、韓国のHA理事長も熱心にお話くださったという。三世代にわたる信行相続についても、その姿を見ていただこうということで、主旨が通じたと思う。韓国でも、若い人がご信心を相続していくために刺激になったと思う。
 夕方、お寺に戻ってきて、ギリギリまでお助行になってしまったのだが、一息つく間もなく、そのまま18時からガラスの間で歓迎会を行った。手作りの歓迎会。「オソーセヨ、妙深寺へ」と声を合わせて、杉崎さんの発案で演出された。電気を暗くしておいて、20名くらいの大合唱。みなさんに入ってきていただいて、「オソーセヨ、妙深寺へ!」の合唱の中、クラッカー。ほんと、手作り、まごころのご奉公。ありがたい。
 お食事は、これもご信者さんが持ち寄っていただいた。婦人会の大功労者であり大先輩の長谷川さんも、ひじきやきんぴらゴボウ、鮎の求肥、他にも、まごころ、手づくりのご供養。伝統的な家庭料理を楽しんでいただいた。そして、メインは、中華料理店を経営しておられた立石さんに腕をふるっていただいた。もう、本格的な中華で、前日から仕込んでいただき、当日は食べきれないくらいのお料理をご用意してくださった。しかも、最高の最高に美味しい!ほんと、美味しい!通っていたくらいなのだから。
 しかも、後日談だが、全員が食べられるようにとメインの料理を作ってくださった立石さんに、今回の材料費をお支払いしようとしたら、それらを全て含めてご有志させていただきたいと言ってくださり、本当に有難く、「いや、今回はお支払いさせてください」と申し上げたのだが、結局ご有志としてご奉公してくださった。
 歓迎会の看板も、局長が韓国に行った時の歓迎会で素晴らしい看板があったことを覚えておられ、それを是非妙深寺でもお返しに作らせていただこうと作ってくださった。デザインを御願いし、妙深寺のご信者さんである小島さんがプリントアウトして持ってきてくださった。ハングルがどうしても出ないということで、その部分はなんと手書きということだった。その他の装飾も、「手作り感で勝負しよう」ということで、まごころを込めたご奉公となった。ありがたーい。
 交流会では、司会者の杉崎さんのリードで、完璧な盛り上がり。はじめに局長が「釜山港に帰れ」と定番を歌い(本当は局長の18番は「みちのく一人旅」)、そこからは韓国の方々が次々にカラオケをリクエスト。全く日本のみんなが入る余地もなく、大盛り上がりだった。感激したのは「ブルー・ライト・ヨコハマ」を練習してきてくださった方がいたそうで、日本語をハングルでわざわざ書いてきてくださり、歌い上げてくれた。そのお気持ちにさらに盛り上がったという。
 HA理事長の息子さんもフリ付きで歌ってくださり、最後のトリは姜ご住職。みんなのリクエストに、ちょっと恥ずかしがっておられたようだが、押し切られて歌ってくださったという。松山千春の「恋」(せつなーい)。一同、本当に打ち解け合って、いい雰囲気で、最高の2時間だったという。
 高祖会の本番前、前日の夜に、このご奉公をしてくれる妙深寺、すごいなぁ。ありがたい、ご奉公してくださった方々、ありがとう。

2008年11月19日水曜日

妙深寺ホスピタリティー

 京都でのご奉公で、様々な方とお会いし、高祖会の天候について聞かれた。
 既に書いたとおり、9時30分の石川御導師ご到着の時、既に雨が上がりつつあり、そこから第二座、第三座まで降らずにお見送りのご奉公、第二座終了後にお寺を出られた韓国の方々の横浜ツアーも雨に降られることなく滞りなく終えることが出来た。他の地域では全国的に午後まで雨が降っていたとお聞きして、本当に有難いことだったと思う。
 韓国の方々が日本に到着したのは金曜日。その直前まで、『妙深寺トラベル』と名前をつけたくなるほど、手作りの韓国団参者ツアーの企画旅行を局長室、特に瓜生さん、第二弘通部はじめ、たくさんの方々が準備を進めてくださっていた。手作りのパンフレット、手作りの鎌倉ご遺跡巡りのしおり、ウェルカム・ボード、ハングルを織り交ぜた説明文、韓国弘通の歴史について書かれた紹介プリント、おみやげ等々、準備を夜遅くまでしてくださっていた。
 通常の御会式のご奉公にプラスして、こうした他寺院の宿泊受け入れご奉公である。妙深寺は施設が整っているわけではないので、壮年会室や大広間、第二本堂の和室を急遽宿泊していただく部屋として、貸し布団をお願いし、セッティングした。大広間には10名以上の方に雑魚寝のようにしていただいてしまった。しかし、この「まごころ」のこもったご奉公をみて、韓国の方々は本当に歓んでくださっていたようだ。
 今回、また有難かったのは、韓国の方々のほとんどが日本語をしゃべれないと言うことで、妙深寺の内外から通訳が出来る方を探して、ご奉公をお願いした。一度、教区御講にお伺いした際に、御宝前の間の隅に置いてあったテーブルに韓国語の参考書があった。私はめざとくそれを発見して、「韓国語を勉強しているの?」とお聞きしたところ、お席主である小寺さんの奥さまが勉強しておられるとのこと。あれから2年くらい経っているのだが、今回のご奉公を進める上で思い出し、通訳のご奉公をお願いしたところ、快く受けてくださった。
 桑原さんのお嫁さんは韓国の方で、私が結婚式をさせていただいたのだが、名古屋在住ということもあり、これまでは数えるほどしかお寺に参詣したことがなかった。今回、瓜生さんなどが声をかけてくださったと思うのだが、彼女も快くご奉公を受けてくださり、2日間にわたって、とにかく素晴らしいご奉公をしてくださった。お嫁さんのご奉公の間、お姑さんであるお義母さんがお孫さんの面倒を見てサポート。本当に有難いことだった。
 昨年、韓国団参にご一緒してくださった千代さんも通訳のご奉公をしてくださり、3日間、到着から帰国までご奉公をし通してくださった。本当に、本当に、ありがたい。スリランカの団参でもご一緒させていただいたし、もう立派な海外弘通のエキスパートだ。
 そして、我らが先生。そのキャラクターが徐々に人気を集め、妙深寺で最も愛されているY先生は、海外弘通部の部長として、言葉ではなく「Chant globally, Act locally」を体現してくださった。海外弘通部の部員となっている憲史くんの献身的なご奉公とのベストマッチで、今回のご奉公を主導してくださった。特に、先生は大学の韓国の留学生に声をかけてくださり、男女2名のネイティブ・スピーカーを連れてきてくださった。このお二人、素晴らしい活躍を見せてくださり、土曜日13時からの交流会では司会者の通訳を務めてくれた。
 もう、書ききれない。今朝は朝から御総講、13時、14時とお客さまがあり、15時にもお客さま。いま、お客さまが見えたので、行かないといけない。また、書きます。

2008年11月15日土曜日

平成20年度 高祖会

 平成20年度の高祖会が奉修される。
 今日、土曜日は10時30分から第一座。明日、日曜日は10時から第二座、11時30分から第三座が奉修される。天気予報は雨マーク。週末にかけて崩れるという予報。有難い。最初から雲一つないという予報が出ると気が緩むが、天気予報がこうなっていると、天候を気にしながら盛大奉修のご祈願をさせていただける。本来、願主が一つになり、これを機に信心増進させていただくために、天候を気にするご信心があるのだろう。私が住職になって8年。お会式で雨が降ったのは1度。その他のお会式は、いつも天気予報でドキドキするものの、当地域だけ晴天のおはからいをいただく。ご奉公者の随喜も広がる。
 今回の高祖会には、韓国から約20名の団参をいただいていることと、韓国の姜御導師に第一座の御唱導をいただく。何より、名古屋・建國寺の石川御導師に御唱導をいただいて、「立正安国~社会の安穏・人々の平和のために~」をテーマに奉修させていただく。この時代に、なくてはならない生き方、ご信心のあり方を感得させていただこうというものだ。天候に左右されることなく、社会情勢の悪化にひるむこともなく、そこでご信心を奮い起こして、お祖師さまの「天も捨てたまえ、諸難にもあえ。身命を期とせん」というご信心の一分でも汲ませていただきたいと願う。
 また、今回の高祖会では、ちびっこが法鼓のご奉公をしてくれることになっている。何ヶ月も前から、本堂の地下で練習をしてきてくれた成果を、お参詣の方々に見ていただこうというものである。妙深寺の薫化会は、会長の佐々木さんを筆頭に、お母さん方やお世話係など、たくさんのご奉公をいただいて年々子どもたちが増えている。特に、佐藤さんや進之介くんのリーダーシップもあって、子どもたちが喜べるプログラムをつくって楽しませながら、その名の通り「薫育教化」してくれていると思う。
 練習の成果、どうかなぁ。さて、妙深寺のみなさん。予定など入れていませんよね?高祖会です。ここでお参詣できなければ、妙深寺のご信者さんと言えないほど大切な日です。お祖師さまの祥月ご命日に併せて奉修させていただく大きな法要です。自分の親の命日に手を合わせない人がお守りをいただけないように、日々に御利益をいただくご信心の源に位置するお祖師さまの祥月ご命日に併せて奉修される高祖会を外していて、どうやってお守りやお導きをいただけるというのでしょう。ぜひ、万難を排して、お参詣させていただきましょう。
 御教歌「道遠く 雨ふる時の参詣は 信心つよきしるしなりけり」

2007年10月31日水曜日

イムジンガン

 姜ご住職にお願いをして、北朝鮮との国境まで連れて行っていただいた。国境に行くことは、姜ご住職にとっても非常に珍しいことだという。

 私は当初、田代くんにお願いして一人だけタクシーで行かせてもらおうと思っていた。しかし、姜ご住職は突然の申し出を快く受けてくださって、私に付き合ってくださった。

 ソウルから高速道路を一路、北へ、北へ。1時間ほど走ると、左側にハンガンと、そしてさらにその先にイムジンガンが見えてくる。

 前の項でも書いたが、「世界平和」と毎日ご祈願させていただきながら、こうして訪れた韓国の抱えている問題から目をそらすわけにはいかない。それは日本も密接に関係してきた問題であって、私たちと切っても切り離せない問題だと思う。目の前に横たわる朝鮮半島の現実、不幸な歴史の中で同じ民族が分断され、今でも緊張状態が続き、苦しんでいる人がいるという事実を直視しなければならない。せめて、韓国でご奉公させていただくことになったら、真っ先にこの問題を肌で感じられる場所を訪れたいと思っていた。そして、そこで御題目をお唱えさせていただきたい、と考えていた。

 姜ご住職の運転で、ソウルから北へ向かった。しばらく走っていくと、高速道路の左脇に、北朝鮮との国境に位置する川、「漢江(ハンガン・かんこう)」と「臨津江(りんしんこう)、イムジンガン(韓国読み)、リムジンガン(北朝鮮読み)」が、何とも自然に、あっという間に見えてきた。

「あぁ、こんなに近くに、北朝鮮との国境があるんだ」

 とつくづく実感した。地図の上ではソウルが北朝鮮国境に近いことなど知っていたのだが、実感というのは行ってみないと分からない。この位置関係、この風景、こうした問題を抱えて生きてきた人々、そのことを思っていた。近くて遠い。遠くて近い。それが南北に分断された方々の思いなのだろうから。

 実際、私は少しだけ御題目を上げさせていただきたいだけだった。こうした場所に立って、韓国の方々が抱えている問題を肌で感じさせていただきながら、御題目をお唱えさせていただきながら南北の融和や平和を願いたかった。そして、その地で苦しんでいる家族、特に子どもたちのためにもご祈願させていただきたいと思った。

 そんなことしても意味はない、と言う人もある。韓国の方と話をしていて、「北朝鮮と融和などしてもらったら困る」という人もいる。南北統一など言っているだけだ、本音は貧しい国と一緒になったら韓国が迷惑する、韓国経済の足を引っ張る、もう放っておいてくれと思っている、等々。北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の現政権のままで南北統一など出来るはずがない、と。私も、先日の佐渡でジェンキンス氏とお会いして、また彼の著作を読み返しながらどれだけ恐ろしい現実が北の大地を覆っているか学ばせてもらった。拉致問題をはじめ、多くの人から「生きること」を奪っている恐怖の国家体制が現在なお存続していることを思い知らされた。

 しかし、現実的な、政治的な問題は多々あるとしても、私はお祖師さまのお教え下されたとおり、上行所伝の御題目を以て朝鮮半島に横たわる問題について考え、御題目をお唱えさせていただくことによって、「何かが起こる」と確信していた。それが私たちのご信心ではないか。

 検問所があって上手に場所が見つからない。ゆっくりとお看経出来る場所を探していた。南北の問題を象徴する場所として「板門店」があるが、29日と30日は何と6カ国協議の経済・エネルギー協力に関する作業部会が開かれており、一般人に対しては閉鎖されていた。もちろん、板門店に行っても御題目が唱えられなければ意味がない。やはり、姜ご住職のご案内をいただいてよかった。場所を見つけるだけでもパスポートチェックや事前のツアー登録がなければ入れない場所が多く、逆に外国人は良いが韓国人は厳しい事前チェックがあって入れない地域や施設というものもあり、本当に難しい。しかし、高速道路を行ったり来たりしながら、1992年9月にオープンした「オドゥ山統一展望台」に場所を定めて、そこから北朝鮮に向き合い、御題目をお唱えすることが出来た。

 簡単な模型と展示があって、この展望台から3200メートル対岸が北朝鮮であると書かれていた。左側の川がハンガン、左側がイムジンガン。

 この展望台には観光客がたくさんきていて、特に韓国の人にとって気軽に北朝鮮を見られる場所はこのくらいしかないということで、大勢の方が見学に来ておられた。もちろん、日本人の観光客もいた。

 私たちは、展示室から展望台に上った。500ウォンを入れて北朝鮮側の農村、畑、集合住宅などが立っているのが見えた。「人がいないですね」と姜ご住職が仰ったと思ったら、私の目に大きなワラを背負った男性が畑のあぜ道を歩いていくのが見えた。その他、どこに望遠鏡を当てても誰も見つけられなかったから、あの村で歩いていたのは彼一人だった。ちょうどお昼の12時くらい。子どもたちはいないのだろうか。他のみんなは何処に行っているのだろう。集合住宅は少なくとも20くらいはあった。大きな幹部さんの家のようなものも2~3棟あった。人影がないことが不気味に感じた。それでも、男性の姿を見ることが出来たのは幸せだった。

 展望台の一番上で、懐中御本尊をお掛けさせていただいて、小さな小さな一座の法要を勤めさせていただいた。この地で正法が興隆し、南北が平和になりますように、苦しむ人々に一日も早く幸せが訪れますように、と。姜ご住職と一緒に御題目をお唱えできたことが嬉しかった。

 実は、姜ご住職はアシスタントとしてHeiranという鶴松寺の女の子をご奉公に連れてきてくださっていたのだが、この時ばかりは「恥ずかしいから知らんぷりしてよー」っと言っていた。さすが女子大生。でも、写真だけはキチッと撮ってくれていた。ありがたい。

 ほんの僅かな時間だったが、この御題目口唱の功徳は火にも焼けず、水にも漂わない。もっともっとご弘通に気張って、菩薩行を実践し、いつか本当に平和と安穏が訪れますように、と願う。とにかく、ハンガン、イムジンガンの向こう岸にある北朝鮮に向かって、御題目をお唱えさせていただいた。

 お看経が終わった後、周りで見ていた日本人観光客の方から「修行ですかー?」と言われたので、笑って「はい、そーでーす」と答えた。

 先日、盧 武鉉(ノ・ムヒョン)韓国大統領が北朝鮮の金正日書記長と会った。政治的なパフォーマンスと受け取られて賛否両論があったようだが、この展望台でのお看経に引き続いて、彼が渡った韓国と北朝鮮に掛かる橋にも行かせてもらった。もちろん、私たちがそこを渡ることは出来ないが、この場所を訪れられたことも私にとっては非常に意義深かった。

 私たちがこの場所にいた時にも、後ろからアメリカ軍の車列が猛スピードで通り抜けていった。すぐ近くの板門店で6ヶ国協議の作業部会が行われているのだから、いろいろな動きがあったのだろう。

 この場所でも降りて写真を撮らせてもらった。この先にあるのが北朝鮮。本当に近い。近いのに、韓国の人たちはこんなに遠い国はないと感じている。感情としては統一を望んでいる。しかし、それが極めて難しいことも知っておられる。

 韓国の青年たちには軍に入隊しなければならない。徴兵制度がある。姜ご住職も100日間勤務したと言っておられた。その場所が、この地域だったということで、ここに案内してくださったのだ。

 国が分断されている、ということを眼で、肌で実感することが出来た。この200年弱の間、全世界は、特にアジアは、まさに「社会的ダーウィン主義」さながらに弱肉強食、ぶんどり合戦、生存権の争奪戦に巻き込まれ、それぞれが危機感を持ったり、煽ったりしながら、不幸な戦争に突入していった。

 韓国の現在(問題)について、日本の統治があったからこのような不幸な分断が生まれたという人もいる。「日本のせいだ」と言う人もある。

 しかし、過去の清算や謝罪と同じ、いやそれ以上に大切なのは、今を生きている者同士の理解と協調であり、単なる批判や評論では仕方がない。日本人であると同時に、本門佛立宗の、仏教徒である私たちが、「バラバラになったものを一つにする」教えである上行所伝の御題目のご信心を伝えたいと思うのは自然だと思う。グランデ・ファミリアでも、ずっと言い続けたこと。「バラバラになったものが、元の姿に戻る」。

 この場所を後にして、また高速道路に戻った。そして、姜ご住職がイムジンガンに降りられる場所を探してくれた。鉄条網の外から見るのではなく、分断の象徴ともいえる「イムジンガン」を、実際に目の当たりに出来る場所はないか、土手まで入れる場所はないかと言っていたので、姜ご住職が探してくれていたのだ。そして、姜ご住職の案内で、私たちは少し国境からは逸れているが、土手まで出られる場所に行った。そこも、土嚢が積まれていて、砲台か機関銃を置く場所が作られていたが、警備の兵員はいなかった。淋しいが、綺麗な川面が広がっていた。

 映画「パッチギ!」で取り上げられた在日朝鮮人と日本人の姿。とても素晴らしい映画だったし、若者たちに色々なことを考えさせた映画だったと思う。

 あの映画の舞台は京都だった。主人公の家はお坊さん、そして在日朝鮮人と日本人の間を結ぶかのように、彼は綺麗な声で「イムジン河」を歌い上げた。この歌は、発売中止に至った経緯など因縁が深いのだが、分断された方々がどのような哀しみを抱いているか、イムジンガンを見つめる人々の心がどのようなものか、少しでも感じ、学ばせてくれる。

 少なくともイムジンガンを前にして、私の脳裏ではこの旋律が流れていた。

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イムジン河

松山 猛 訳詞
朴世永 原詩
高宗漢 作曲

イムジン河水きよく
とうとうとながる
みずどり自由に
むらがりとびかうよ

我が祖国南の地
おもいははるか
イムジン河水きよく
とうとうとながる

北の大地から南の空へ
飛びゆく鳥よ自由の使者よ
誰が祖国を二つに分けてしまったの
誰が祖国を分けてしまったの

イムジン河空遠く
虹よかかっておくれ
河よ思いを伝えておくれ
ふるさとをいつまでも忘れはしない

イムジン河水きよく
とうとうとながる

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 ずいぶん長い文章になってしまった。

 この後、16時くらいにホテルに戻って、そのまま私の部屋に入っていただいて、姜ご住職と19時くらいまでゆっくりと話が出来た。本当に有意義だった。そして、夕食は団参の方々と合流、それは大変に盛り上がった。

 なんと、姜ご住職のファンクラブが出来るらしい。すごい。

 そして、30日14時前、無事に日本に帰国した。本当に有難い、貴重なご奉公となった。



2007年10月29日月曜日

鶴松寺の高祖会

 素晴らしい晴天の下で、韓国ソウル鶴松寺の高祖会の奉修ご奉公をさせていただいた。私たちは本当に真心のお迎えご奉公をいただいて、感謝の言葉もない程だった。大きな看板まで道路にかけてくださっていて、河(ハ)理事長の温かいお心が感じられた。ありがたい。

 昨日の新清寺の高祖会に引き続いて、ソウル鶴松寺での高祖会ご奉公。新清寺のご信者方も昨日に引き続いてお参詣してくださっていた。韓国の中央寺院といってもいい鶴松寺には、若いお参詣者が多く、本堂内も韓国の一般お参詣者でいっぱいになっていた。理事長のご長男もお参詣・ご奉公くださっていた。ご長男はご信心にも前向きで、鶴松寺で一生懸命にご奉公してくださっていると聞いていた。今回、ご長男は英語が堪能ということで、奉修前後に話をさせていただくことが出来て、これからはメール友だちになることにした。

 今回、普段と比べるとお参詣者は多かったようだが、姜ご住職は「韓国でのご信心、ご弘通はとても厳しいです」と言っておられた。

 御法門の中でも触れたのだが、韓国での本門佛立宗のご信心を囲む状況を分析すると、大きく2つのことがいえる。

1. 不幸な歴史の中で、『日本の宗教』に対する抵抗感が強い。

2. 戦後、キリスト教が圧倒的に流入しており、特にカトリック教徒が若者にまで広く浸透している。週末、教会に通う若者も多い。

 この2つを念頭に置いて御法門を説かせていただいた。まず、日本と韓国(朝鮮)との間に不幸な歴史があることは事実で、未だに様々な社会問題や精神的な軋轢が両国間に横たわっている。感情的な抵抗感が政治的に利用されることもあり、中国や韓国で起こるような『反日』行動は希であるとしても、そうした感情は常に人々の根底にあるのだろう。

 しかし、単純に、本門佛立宗は『日本の宗教』『日本の仏教団体』とする定義だけを当てはめていただきたくない、とお伝えした。もちろん、日本に本山があるのだからそう言えばそうだが、そこだけで止まっていてはいけない。ブラジルの本門佛立宗が、「Primordial Buddhism」と掲げていることなどを紹介し、あくまでも普遍的な仏教、普遍的な宗教としての「佛立信心」であると心に置いていただきたい、と。

 また、キリスト教、特にカトリック教徒が多いということについては、ヴァチカンのあるイタリアで佛立信心が芽生え、いまイタリアの方々が頑張っておられることや、カトリック教徒が90%といわれるブラジルでご弘通がどのように進展しているかをお伝えした。その中にヒントがある。また、私も一人でイスラエル、エルサレムに行かせていただいたこと、その理由をお伝えした。1つのバイブルから生まれたユダヤ教、キリスト教、イスラム教が、互いに戦争を繰り返していることの矛盾と、人類が歩むべき第3の道としての『仏教』に誇りを持つこと。「カトリック教国のブラジルでは、大学生で『私、仏教徒です』って言ったら逆にモテるんですよ!このことを考えて。時代は仏教、佛立宗なんです!」とお話しした。

 とにかく、海外でのご奉公は、次にいつ来させていただけるか分からないため、いつも以上に精一杯御法門させていただく。この一度の御法門で、何とかご信心増進、ご弘通発展の一助になればと願う。ちょっと長くなってしまったが、姜ご住職の上手な通訳もあって助かった。とにかく、『佛立信徒でよかった』『御題目にお出値いできてよかった』という『喜び』や『誇り』を取り戻していただきたい、とお話しした。インドなどでのエピソードを紹介しつつ、、、。

 奉修が終わったのは13時を廻っていた。13時から記念写真を撮り、ご供養場までご案内していただいた。ご供養場も、私たち日本からのお参詣者に気を使ってくださり、味わいも少々日本人の舌に合わせて作ってくれている店なのだと説明してくれた。お店で日本から来た私たちと、わざわざご供養場までご奉公に来てくださった韓国の方々と一緒に記念写真を撮らせていただいた。

 とにかく、素晴らしい体験、ご奉公をさせていただくことができた。ありがたい。

 今日は、私だけ団参の方々から離れて、姜ご住職に北朝鮮の国境近くまで連れて行っていただく。二人で北朝鮮の見える丘の上からお看経させていただこうと思っている。「世界平和」と御祈願させていただくが、特に朝鮮半島の場合、南北の平和、南北問題の解決なくして世界平和などないという具体的な御祈願があるからだ。

2007年10月28日日曜日

ソウルの朝、

 昨夜はブログをアップした後、本を読みながらゆっくりと眠りにつくことが出来た。団参の方々と美味しい夕食をいただいた。その後、何人かとホテル近くのコンビニに行ってお水を買って部屋に戻ってきた。お水は欠かせないし、ホテルの部屋のお水は高いし。

 なんと、ベッドが良い。枕だろうか、分からないけれど、ぐっすり眠れた。こんなことってあるんだなぁ。ホテルのベッドと枕がビタッと合うなんて。うれしい。本当によく休ませていただきました。ありがとうございます。

さて、今日は9時30分に出発予定。お天気もバッチリ。よっしゃ、精一杯、ご奉公させていただこう。ありがたい。

13日の日曜日はベンヤミン。是非お参りください。

  昨日は長松寺の夜のお総講。横浜と京都、弾丸往復のご奉公をさせていただきました。 なんと言っても昨日の長松寺はベンヤミン君のお母さん、インカさんがお参りになるとのことで、お昼にお数珠のお開眼をお願いしますという連絡もあり、頑張って帰らせていただきました。 インカ、ステキなお母さ...