2016年11月30日水曜日

明日、沖縄

人生にも、春があって、夏があって、秋があって、冬があるものなのでしょうか。


何度も教えていただいているし、頭ではそう分かっていても、寂しくて仕方ありません。


今日、青春時代の、恩ある方の、突然の死を知りました。


言葉がありません。見つかりません、全く。


今年は(涙)。


お世話になった方々との突然の別れ。


本当に悲しくて、折れそうになります。


しかし。


立ち向かうしかない。


出来得ることを、させていただくしかない。


身寄りもなく、どうなるか分かりませんので、とにかくさせてください。


明日、大変申し訳ありませんが、月始総講を奉修させていただいたら、沖縄に向かいます。


申し訳ない。

Googleさんでヴァーチャル来館

パソコンで、スマホで、ヴァーチャル来館が出来るようになりましたー!

京都佛立ミュージアムの内部を、Googleさんが細かく取り上げてくださり、展示まで見られるようになりました。

本当は京都までお越しいただいて、ご覧いただくことがベストなのですが、なかなか難しい遠隔地の方もおられますので、これは本当に有難いことと思っています。

どうか、全世界の佛立教講の皆さま、全国の遠方にお住まいの皆さま、京都佛立ミュージアムの特別展示「佛立開導日扇聖人御生誕200年慶讃 幕末維新の仏教改革者 長松清風展」をご覧くださいませ。

2016年11月29日火曜日

山の家

昨日、アポイントメントなく共同通信社さまに御伺いさせていただきました。


何とか京都佛立ミュージアムで開催している佛立開導日扇聖人御生誕200年慶讃「幕末維新の仏教改革者 長松清風展」を取り上げていただけないか、現薫師とポスターやパンフレットを持ってお願いしに参りました。


受付からお電話するとオフィスまで上がってくるようにご指示をいただきました。


オフィスに入ると何と京都支局長さまがご面談くださいました。


本当にありがたいことです。


お時間をいただいて、本当に申し訳なく、勿体なく思いましたが、パンフレットを取り出して、ミュージアムのご紹介や展示の内容について簡単に説明させていただきました。


すると、支局長さまから開導聖人のお姿をどこかで見たことがあるとお話をいただき、大変に驚きました。


デジタルサイネージの映像か、地下鉄の駅に貼らせていただいたポスターか。


北野を中心にボランティアの方々がいろいろなお店にご協力をいただき、その店先に貼っていただいているものもあります。


「地下鉄かなぁ」「どこかなぁ」と、どこで見たか定かにならないまま、私の京都のお寺が麩屋町にあるというお話をしていました。


すると、なんと支局長さまは麩屋町のご近所にお住まいで、歩いて通勤される中、長松寺の門前に貼られたポスターをご覧いただいていたことが分かりました。


あー、うれしい(涙)!


そうでしたかー、と感激しました。


これまでのコツコツとした広報活動のおかげです。


開導聖人のお姿を多くの方々に見ていただくことこそ奉讃ご奉公の最たることと思ってきました。


今回の奉讃ご奉公では、あらためて長松寺から小さなガラス板を持ち出し、高精度のスキャニングを行いました。


最もインパクトがあるのは開導聖人のお姿そのもの。


京都の知られざる偉人。


幕末維新の仏教改革者 長松清風。


支局長さまの目にとまっていたこと、本当にありがたかったですー。


近所にある美味しいおうどんや大衆食堂「山の家」をご紹介しました(笑)。


長松寺では祖父や父の代から、いっつもいただいています。


きつねうどん、450円!


「美味しいんですよー」などと笑いながら、和やかにお話をして、失礼しました。


何とか少しでも来館者が増えますように、お力添えをいただければ幸いです。


ありがとうございます-。

南無妙法蓮華経

真実は一つ。


こんな当たり前のことが分からなくなる末法という時代。


情報は飛び交い、言葉が溢れ、玉石混淆、本物と偽物、真実と嘘の判別がつかない。


信じれば教祖、疑えば病院。


迷いとは信心のない心。


欲が感性とやらを狂わせて、闇の中へと追い立ててゆく。


信心のない感性は謗法の因。


永遠に抜け出せない自己陶酔は迷惑を拡散する。


哀れなるかな閉じた人よ。


迷いの森にいることさえ気づかず、分からず。


御法の手をつかみ、離さないでください。


自分に負けず、また迷わずに、歩んでください。


幸せは運ばれてこない。


自分の足で歩み、自ら手にしなければつかめない。


気をつけてください。


まだまだ始まったばかりなのです。


油断しないで。


南無妙法蓮華経。

2016年11月28日月曜日

新しい展示

今日は京都(汗)。


午前中は開導聖人ご生誕200年「長松清風展」の広報で京都新聞社さまや共同通信社さまに伺い、ご協力をお願いいたしました。


草の根広報、やはり足を使わなければならないことを実感、積み重ねですね。


午後はミュージアムで会議でした。


ミュージアムの展示、また少しだけ改善が行われました。


今まで眠っていた開導聖人の御指南をはじめて解説展示できました。


大野御導師のおかげです(涙)。


本当にありがとうございます。

清行師の帰国、清朋師のご祈願

土曜日、清行はネパールから韓国を経由して無事福岡に帰国しました。


そのまま立耕師の結婚式に出席して、昨日午後に妙深寺まで帰山いたしました。


少しホッとしました。


長い間のご祈願、ありがとうございました。


現在、有馬清朋師がネパール平和題目塔とHBSハウス(ネパール親会場)に滞在しております。


昨日SIMカードが届き、やっと携帯電話を渡すことが出来ました。


インターネット、SNS、国際電話がつながり、また少しだけホッとしております。


得度を決意しているギャヌを中心に、アシスや地元のビカスが清朋師と一緒にご奉公してくれています。


このまま2月11日まで清朋師はネパールに滞在し、御本尊さまへのお給仕をしてもらいます。


美しい場所ですが、だからこそ夜は寂しいです。


あれほど目立つ場所ですから昼間も見知らぬ人が訪ねてくるようで、粘り強いご奉公が求められます。


とにかく、みんなに丁寧にご信心を伝えて、ご宝前と題目塔を護持してもらいたいと思っています。


ネパールHBSのみんなが手作りで建てたゲート。


とても立派で感動しました。


外務大臣がお話してくれたとおり、地元の人たちから愛され、守られる場所となれば有難いです。


昨夜0時、妙深寺の寺報が出稿いたしました。


新体制で取り組んでくれた今年、一度も遅れることなく毎月1日に寺報を発刊してくれました。


妙深寺が手作りで発刊している『妙深寺報』はフルカラーで無料(笑)。


気合いが無ければ続きません(笑)。


清従師はじめ、今年から進行管理をしてくれている清顕師にも感謝です。


本当にありがたい。


来月号はネパールご奉公の特集です。


お楽しみにー。


重ねて、どうか有馬清朋師のネパールでの身体健全、災難除滅、無事ご奉公成就のご祈願を、伏してお願いいたしますー。

2016年11月27日日曜日

長松家のご生誕200年記念

今日も駆け抜けて参りましたー。


昨夜福岡から戻り、今日も何とか無事にご奉公させていただくことが出来ました。


午前は今月最後の教区御講。


お席主のお嬢さま姉妹は港北区で歯科医院をなさっています。


歯科医院の開業時には院長室に御本尊さまをご奉安させていただきました。


美しい女医先生は障害を持っておられる方々の歯科診察を続けておられます。


これまで事故なく診療できてきたことを御法さまに感謝し、本当にありがたく思います。


これもお母さまのご信心の賜物と随喜しておりますー。


午後は平成28年度の妙深寺男子信徒住職御講。


3年連続の参詣目標100名は達成できるのかー(笑)?


見事110名のお参詣をいただいて、本堂内を見渡しても本当に盛大に奉修させていただくことが出来ました。


妙深寺の男子信徒、壮年会、すごいですー。


御講終了後の懇親会も和やかに、賑やかに、開催させていただきました。


今日は、長松家として復刻させていただいた佛立開導日扇聖人の御衣と御袈裟をお下ろしして、着させていただきました。


ずっと抱いてきた、永年の夢が叶いました(涙)。


佛立開導日扇聖人ご生誕200年の記念ポスターで開導聖人がお召しになられているものです。


長松寺のガラス板に映ったお姿。


高精度に解析し、微細なところまで復刻することが出来ました。


大僧正日峰上人の頃からお世話になっている池端法衣店さまが、京都中の職人さんを集めて、こだわりにこだわって復刻くださったのですー。


仏丸を包む松葉。


墨染めの法衣と御袈裟、お裹頭。


本当の本当に素晴らしい。


今後、寺内の特別な法要の折には着けさせていただこうと思っております。


身の引き締まる思いでした。


長松家として、佛立開導日扇聖人ご生誕200年の、何よりの記念ご奉公となりました。


もちろん、着ける者の佛立魂こそ問われると自戒して。


ありがとうございます。

2016年11月26日土曜日

来年1月からNHK文化センターで講座スタートですー。

NHK文化センター青山教室で、来年1月から定期講座をさせていただくことになりました。


博多から帰ってきたら、家に講座案内のパンフレットが届いていました。


「仏教的 心のデトックス講座」


NHK文化センターの講師陣は蒼々たる方々ばかりで、本当に緊張します。


出来る限り精一杯させていただきます。


是非、これを読んでくださっている方の中でも、東京にお住まいの方がおられましたら、お申し込みいただけると幸いです。


教室が空っぽだったら悲しいから(汗)。


https://www.nhk-cul.co.jp//programs/program_1104674.html


全部で3回の講義となっておりますー。


わがままを言いまして、火曜日の夜の講座とさせていただきました。


日程は1月24日(火)、2月28日(火)、3月28日(火)、それぞれ18時半から20時までの予定です。


どうか、よろしくお願い申し上げます-。

立耕師、美穂さん、おめでとうございますー!

憂いのない、こんな晴れやかな、嬉しい一日があるんですねー。


今日は、本当に穏やかで、嬉しかったです。


立耕師と美穂さんの結婚式。


スリランカで出会った時はヒョロヒョロした線の細い青年だった立耕師。


第3回 青少年の一座でご奉公を一緒にさせていただいた時、見違えるように芯の通った青年になっていた立耕師。


教務になると聞いた時、そして妙深寺で修行すると聞いた時は驚きました。


そして、尊敬する小林御導師、小林ご住職から、妙深寺で修行させるようにとお話をいただいた時、大丈夫だろうかと不安になりました。


妙深寺は仏教界の海兵隊みたいなところで、みんな毎日野営キャンプをしながらご奉公しているようなお寺ですから、洗練された光薫寺とは違うし心配になったのです。


ちょうど妙深寺には、立耕師よりも年下の、若い教務がおりました。


野崎清翔師、堤清信師、ディリーパ良潤師、有馬清朋師、橋本恒潤師、清水法光師、そしてコレイア清行師。


その中で、彼はみんなに愛され、みんなをじょうずにまとめて、ご奉公してくれました。


清行は立耕師を「じーじ」と呼んで、本当にお兄さんのように慕って、小さな小さな一緒の部屋で一年間を過ごしました。


清行はネパールで頑張ってくれましたが、それも佛立教務の大切な部分を立耕師が教えてくれたからだと思っています。


お預かりしている教務さんとしては珍しいことなのですが、立耕師には妙深寺の受持を持っていただきました。


本当に素晴らしいご奉公をしてくれて、弱い面もあった臨港教区を根っこから再生させてくれました。


彼のご奉公が実り、引き継いだ法光師の努力もあって、臨港教区は今年の三大会、教区も3つの部も全てで参詣目標数を達成するという快挙を成し遂げました。


一年前のネパールでのことは、筆舌に尽くしがたい思い出です。


あの時、これ以上ないほどの過酷な状況の中、病院、警察、大使館と、カトマンズを駆け巡りながら気を張って奮闘していましたが、ふとした瞬間に旭を想って涙が溢れ、溢れ溢れて止まらなくなり、彼の前で何度か男泣きしたことをまざまざと覚えています。


僕が彼の胸を借りて泣き、支えてもらったくらいですから、佛立教務の家内となる美穂さんのことも包み込み、守ってくれるでしょう。


僕は、佛立教務は世界で一番かっこいい、生きがいのある職業だと思っています。


それはとても贅沢なことです。


夢の中で生き、志の中で生き、その上に生活までさせていただいているのです。


これほどの贅沢な生き方はありません。


僕たちに売るものはない。


強いて言うならば仏さまの教えを説かせていただいて、それを糧に生活させていただいています。


だからこそ、夢を失い、志を失えば、仏の教え、仏の法を売って生活している者、儲けている者という汚名を着て、まさに戒められている「食法餓鬼」となります。


最高にかっこいい生き方と、最高に格好悪い生き方は、紙一重。


それでも、立耕師は、カッコイイ、絶対にかっこいい本物の佛立教務になる。


苦難、困難を乗り越えて、共に佛立教務道を歩もう!


光薫寺は最高に充実した、最高に洗練された可能性に満ちたお寺。


僕たちはいつも目標にさせていただいています。


立耕師という、心優しい、抜群の共感力、人の心に寄り添うことのできる気鋭の弘通家を得て、さらに発展されることと思います。


うらやましい。


今回、立耕師と美穂さんの結婚式に参列し、光薫寺にお参りさせていただき、光薫寺の皆さまと触れ合って、妙深寺はいろいろな面で遠く及ばないことを実感しました。


しかし、お手本をしっかりと追いかけながら、僕たちも頑張っていこうと思いました。


立耕師、美穂さん、おめでとうございます!


心平くん、最高にかわいい。


これからもよろしくお願いいたしますー!

2016年11月25日金曜日

西へ

いつも以上に長文たい(汗)。


すんましぇんね(博多弁)


世界の屋根、ヒマラヤ山脈。


山の山の、その向こう側に、しかしくっきりと浮かび上がっています。


ちょうど一年前は、白い雲に隠れていて、サムンドゥラデヴィに戻り、旭の法要を勤めた、たった1日、その日しか見えなかったのです。


しかし、今回はずっと、ずーっと、まるで神々が鎮座して見守っておられるかのように、毎日美しく勇壮な姿を見せてくれていました。


スンカニ村の頂に生まれた聖なる題目塔は、まるで虚空会上の法座ような場所にあります。


約70年ぶりのエクストリームスーパームーンが天空に昇り、この平和題目塔を、ヒマラヤの山々を、ネパールの渓谷を、そして私たちを、照らしてくれていました。


東の空が朝焼けに染まるのを見た時、西の空もスーパームーンによって紅く染まっているのを見ました。


そして、空には無数の星々が輝いて。


太陽は日天子、月は月天子、星々は明星天子。


すべて御題目を中心にいただく南無妙法蓮華経の曼荼羅に描かれた宇宙、世界です。


日本から西に向かう教務には伝えてきました。


法顕や玄奘三蔵は、西から東に仏法を伝えました。


『法顕伝(仏国記)』を読むと、その過酷な旅、孤独、覚悟が文面に溢れています。


西暦399年、今から1617年前、60才を超えていた法顕は仲間と共にインドを目指しました。


しかし、彼と共に長安を出発した仲間たちは旅の途中で次々に倒れたり、途中の町に留まったりしてゆきます。


セイロン(スリランカ)までたどり着いた時、法顕はたった一人になっていて、仏塔を見上げながら胸がこみ上げ、さめざめと泣いたと書かれています。


長安に帰り着いた彼は78才になっていました。


当時のインド、小乗仏教や大乗仏教の版図や分布を知る上で彼の著書は極めて貴重な文献ですが、そうした学術的な価値よりも、一人の志を抱いた仏弟子として、共感を抱き、学ばせていただくことが出来ます。


彼らの努力があってこそ。


果たして仏教は東へ東へと伝わり、日本の鎌倉期に入るとようやく全ての経々が整いました。


それまでは次から次に新しいお経が来日して、全ての経々を網羅した習学や判別が出来なかったのです。


簡単に言えば日本史の教科書で学ぶ「鎌倉新宗教」の動きとは、全ての経々がこの極東の日本に到達したこと、それによる教相判釈が可能になったことによる、と言えます。


一切経(大蔵経)を読破し、それぞれに仏陀の真意を求めることが出来るようになった鎌倉期ー。


それでも様々に見解が分かれ、分かれれば分かれるほど、なお仏陀の真意は隠れ、乱れてゆくかのようでした。


そこに登場したのが法華経に約束された本化上行菩薩のお生れ変り、日蓮聖人でした。


日蓮聖人ご自身、まさか自分が法華経の中に登場する上行菩薩の生まれ変わりとは思ってもおられませんでした。


しかし、ご自身の生涯に巻き起こる、あまりに符合する出来事を通して、ついにそれをご自覚されるに至るのでした。


振り返れば分かります。


釈迦、大日、阿弥陀、薬師、様々な「ホトケ」を比べるのではなく、仏教は仏教の創始者、釈迦牟尼仏陀をこそ敬うべきこと。


いつまでも、仏比べ、神さま比べをしているのではなく。


顕教から密教まで、膨大な、そして様々な経々が入り乱れる中、かといってそれらの経々を煩雑だと言って、閉じず、捨てず、一つも余すところなく仏陀のお経を拝見し、その中に説かれた教えをいただき、その上で最も仏陀の真意が説かれ、宗教的なエリートや素養に優れた者だけでなく、あらゆる人びと、一切の人びと、草木や鳥獣までをも救済する真理が説かれていることを、全ての経々の中から発見する。


発見した。


そのお経こそ『妙法蓮華経(法華経)』でした。


このお経は当然の如く小乗仏教ではありませんが、かといって大乗仏教の枠にも止まりませんでした。


そこには「小乗仏教」と蔑まれた自己中心的な人びとの由来や救済までが説かれてあります。


だからこそ「小乗」でも「大乗」でもなく「一乗(ただ一つの乗り物)」の教えと呼ばれます。


しかも、この法華経には、仏陀がご自身の滅後からはるかに時を経た「末法」という時代の人びとに向けて説かれた教えが明らかにされていました。


なぜか。


それは、その末法こそが、仏陀が仏陀たる根源的由来、ルーツ、シンプルで、エターナルな法と存在を明らかにするものだったからです。


だからこそ、法華経は、法華経の末法正意の御法門は、「最初から仏陀はこのことを説かれたかったのだ」という「仏陀の本懐を説いたお経」と言われるのでした。


この究極の法門は「本化仏教(プリモーディアル・ブディズム、本源的仏教)」であり、まさにパラレルワールド、繰り返しては繰り返す、宇宙と仏陀と衆生の生命が、サンサーラ(輪廻)してゆく世界観が貫かれていました。


はるか久遠(エターナル)にも仏陀がおられ、そこに同じく普遍の法が存在していたこと、久遠に私たちもいて、久遠においても同じ修行があったこと。


久遠からさらにさかのぼれば、繰り返し繰り返して、今があることに気づきます。


すべてを救済する、すべてを一つに帰結させる教えが法華経にあり、それを伝える久遠の仏陀の直弟子、本化の菩薩の筆頭、一番弟子が上行菩薩、日蓮聖人であること。


後世の私たちが日蓮聖人になったつもりで考えるといろいろな解釈も成り立つのですが、この久遠の本法は「直取り」=「直接手にすること」は出来ません。


ですから、最も斬新であるようで、最も根源的な仏教、シンプルで、誰にでも出来る修行、分かる修行、国も、言語も、文化も選ばぬ修行、法となる。


本門八品所顕上行所伝本因下種の南無妙法蓮華経ー。


いま、仏法は東へと渡り、本化上行菩薩の出現と南無妙法蓮華経の開顕によって、西へと帰ります。


その努力を、その努力の一分を、私たちがさせていただける有難さを感じています。


福岡に着いたっちゃん。


飛行機ん中で書いたけん、長くなったっちゃん。


光薫寺はすごくなっとったいねー。

人を幸せにする人

京都での日々ですー。 平成最後のお祖師さまの祥月ご命日、10月13日から新しい御役目を拝命し、その引き継ぎで慌ただしい日々を送っております。 今夜は麩屋町・長松寺のお総講です。 10月9日はリストランテ文流にて西村暢夫先生とお昼ご飯をご一緒しました。 日本で「パス...