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2026年1月23日金曜日

京都佛立ミュージアム「杉野宣雄 押し花アート展 2026」スタート

 























今日から京都佛立ミュージアム「杉野宣雄 押し花アート展 2026」がスタートいたしました。

今回の展示会では、これまでの杉野氏の押し花人生を象徴する代表作を中心に構成するとともに、特別展示として「祈り ― 仏教とスリランカ」をご紹介しています。

作品集「Nature Graphic  JAPAN」に掲載された大型の作品もたくさん展示されています。

スリランカの草花によって創作された最新作、菩提樹の葉や白蓮、国花ブルー・ウォーター・リリー(青いスイレン)、プリメリアやジャスミン、マリーゴールドの作品は、スリランカの歴史と文化が草花と融合し、独特の輝きや響きを放っています。

今回もスタッフ一同に大変なご奉公をいただいて開催までたどり着きました。先に失礼させていただき、申し訳ありません。心からみんなに感謝しています。ありがとうございます。

是非ご来館ください。

京都佛立ミュージアムは
京都府京都市上京区御前通一条上る東竪町110
https://hbsmuseum.jp/about/

開館時間  [平日] 10時 ~ 16時 [土・日・祝] 10時 ~ 17時
休 館 日  月曜日、展示替え期間
入 館 料  無 料

■JRをご利用の場合
JR京都駅下車、市バス50・101系統にて 「北野天満宮前」下車 徒歩2分
JR二条駅下車、市バス55系統にて 「北野天満宮前」下車 徒歩2分
JR円町駅下車、203系統にて 「北野天満宮前」下車 徒歩2分

■地下鉄をご利用の場合
今出川駅下車、市バス51・102・203系統にて 「北野天満宮前」下車 徒歩2分
二条駅下車、市バス55系統にて 「北野天満宮前」下車 徒歩2分

■京阪をご利用の場合
出町柳駅下車、市バス102・203系統にて 「北野天満宮前」下車 徒歩2分
京阪三条駅下車、市バス10系統にて 「北野天満宮前」下車 徒歩2分

■阪急をご利用の場合
大宮駅下車、市バス55系統にて 「北野天満宮前」下車 徒歩2分
西院駅下車、市バス203系統にて 「北野天満宮前」下車 徒歩2分

■京福電車をご利用の場合
白梅町駅下車 徒歩5分

杉野宣雄 押し花アート展2026 オープニング映像

世界的な押し花アーティスト・杉野宣雄氏。アメリカ最大の押し花コンテストで日本人初のグランプリを受賞、横浜で開催された初の個展には6日間で約5万人が来場して一大ブームとなるなど、国内外で活躍を続けています。

押し花アートは、自然の押し花の色や形を生かして、風景画や静物画、人物画、抽象画など、様々な絵画を描く「自然美の芸術」です。
杉野氏は、自然の美しい色のまま生花を押し花にする世界初の方法、草花の美しい色を損なわず、長期保存できる画期的な技術を開発、取得した特許数はおよそ50を超えます。

全国に3万人以上のインストラクターを育成し、世界各国の押し花作家と交流する、まさに伝統ある押し花の世界に革命をもたらし、その分野を牽引しているアーティストです。

京都佛立ミュージアム「杉野宣雄 押し花アート展 2026」

本展では、杉野氏のこれまでの押し花人生を象徴する代表作を中心に構成するとともに、特別展示として「祈り ― 仏教とスリランカ」をご紹介いたします。

杉野氏は語ります。
「古来より人は植物と共に暮らし、その恵みによって命をつなぎ、文化を育んできました。動物もまた同じ地球に生きる仲間として、互いに影響し合いながら共存共栄してきました。食料、住まい、薬、酸素、そして心を癒やす美しさ──私たちの周りを見渡せば、植物への感謝の思いに満ちあふれていることに気づきます。
私の押し花アートは、天然の色彩を長く保つ独自の技法により、植物本来の美しさと命の輝きをそのまま留めることを目指しています。それは、出会った花や季節の記憶、大切な人との思い出と共に、生き続ける art(アート)です。
創作に向き合うとき、私は常に「植物への感謝」を心に置き、植物の魅力を自分の感性でより深く、より美しく表現することを大切にしています。」

2025年8月、杉野氏は還暦を前に、スリランカを訪れました。激変する世界の中で、氏は「心」にこそ想いを馳せるべきと考え、たどり着いた答えが人びとの「祈り」であったというのです。
「インド洋の真珠」と呼ばれるスリランカ。温厚な国民性と美しいビーチが際立ちます。国民の約7割は仏教徒で「世界最古の仏教国」とされます。このスリランカに、人によって植えられた記録の残る世界最古の「木」が現存しています。紀元前3世紀、インドから移植された菩提樹、ブッダがその木の下で悟りを開いた「ジャヤ・スリー・マハ菩提樹(Jaya Sri Maha Bodhi)」。インドの菩提樹は焼失や枯死(こし)を繰り返しましたが、スリランカの人びとはこの聖なる菩提樹を二千年以上守り続けてきたのです。現在のインド・ブッダガヤの菩提樹はスリランカから分木を里帰りさせたものです。
杉野氏は、世界で最も尊敬と信仰を集めてきた植物、この菩提樹に向かい、その葉一枚一枚に、時空を超えた人びとの「祈り」を見出しました。
この時、不思議な出会いがありました。聖なる菩提樹の近く、アヌラーダプラ総合病院を訪問し、難病・サラセミアの患者を慰問することとなりました。この病気の方々は30才前後までしか生きることが出来ません。本人も家族も苦しい状況に置かれています。担当医に杉野氏を紹介すると、なんと「実は子どもたちに押し花を教えてきた」と言ったのです。医師や看護師は訪問に歓喜し、患者が作った作品を杉野氏の前に広げました。まさか死に直面する子どもたちが押し花をしていたとは。

杉野氏は心打たれました。
「この子どもたちと一緒に、祈りの象徴をつくりたい。」
こうしてサラセミアの子どもとともに新しい作品が生まれました。それが菩提樹をモチーフに制作された「菩提法刻」です。

押し花がつなぐ命、未来、そして希望。押し花が紡ぐ「祈り」と「平和」への想い。

2027年には横浜で国際園芸博覧会が開催されます。人びとが植物や自然に想いを寄せるこの機会に、植物を愛し、その命の輝きを伝える杉野氏の作品やメッセージが届くことを願っています。

仏教では、山や川、木々や草花の中にまで仏性が宿っていると説きます。諸経の王と言われる「法華経」も原典は「サッダルマ・プンダリーカ・スートラ(白い蓮の華のように最も勝れた正しい教え)」、自然界にある植物に寄せて真理を説いています。

「杉野宣雄 押し花アート展 2026」

無常のはずの草花が、命を与えられ、歓喜する声が聞こえます。作品の多くが、私たちの命をあたたかく包みます。
生きている奇跡、その喜び、草花の命の輝きと、祈ることの大切さを感じていただければ幸いです。

2025年4月20日日曜日

本日は「真説・坂本龍馬展」 スペシャルイベントです

本日は本山宥清寺の門祖会です。あわせて14時から京都佛立ミュージアムで坂本家十代目・坂本匡弘さんによる講演会が開催されます。

すでに予約で満席となっていますが、立ち見であれば参加可能です。テレビ局の取材も入る予定です。大変にありがたいです。

よろしくお願いいたします。

「真説・坂本龍馬展」オープニング映像

 2017年1月、龍馬が京都で暗殺される5日前、慶応3年(1867)11月10日に書いた書簡が発見されました。この書簡には龍馬自身の直筆で初めて「新国家」という言葉が記されていました。歴史的に極めて重要な意味を持つ書簡です。
 なぜか。
 今の時代がそうであるように、誰もが幕府の老朽化した政治システムの刷新を求めていました。有名無実の役職、機能不全の官僚主義、硬直化した序列、長く続いたヒエラルキーに国家としての活力が奪われ、大衆の不満は頂点に達しようとしていました。同時に、覇権主義の列強諸国は政治的、経済的、軍事的圧力を強め、人びとは幕府の政権担当能力に決定的な不信を募らせました。類推や憶測による陰謀論や流言蜚語が飛び交い、血で血を洗う幕末の大混乱が訪れました。
 佐幕と勤王、開国と攘夷。多くの若者が立ち上がり、それぞれが対立し、激突してゆきます。「天誅」と呼ばれた暗殺も横行し、生麦事件に端を発した薩英戦争、長州と列強四国との間に起きた下関戦争、二度にわたる幕府の長州征討戦争もありました。
 多くの血を流しながら、ついに幕府は政権を朝廷に返上、日本は新しい国として歩み始める時を迎えたのです。
 しかし、この時、大半の志士はもとより、革命勢力の中心にある西南雄藩、薩長土肥のリーダーたちでさえ、新しい国・日本をどのような国にすべきか、具体的なビジョンは持っていませんでした。彼らは、藩という枠の中から幕府と対峙し、腐敗した幕府を倒すことに没頭し、権力闘争のみに腐心していました。新国家の構想よりも先に、権力奪取とその掌握のみが目的化していたのです。

今の政治や経済や社会に問題があることは分かる。
それを指摘することも出来る。批判することもできるし、憤慨することも罵ることもできる。
しかし、では、どういう国にするのか。いったいどういう世界にしたいのか。

龍馬は全く違う風景を見ていました。
彼の心の中には鮮明な「新国家」がありました。
新しく生まれる国は、国民一人ひとりが主役で、差別なく平等、誰もが自由に、人生を選べる、望んだように生きられる、笑って暮らせる国。これこそ龍馬の理想でした。

多くの友の血が流れ、若き命を代償として生まれた「新国家」が、藩閥政治や縁故主義を踏襲し、一部の勢力が権力を独占し、専制政治を行い、汚職が横行し、賄賂に耽溺する国家となったなら、ただ腐敗した政治が別の腐敗した政治に取って代わっただけとなります。
新しく誕生する国をそうさせるわけにはいかない。
人びとが謀計をめぐらせていたその時、龍馬は国づくりに全力を傾けていました。

「真説・坂本龍馬展」
書簡の「新国家」という言葉に込められた深い信念と具体的なビジョン。
龍馬が説きたかった「坂本龍馬の真説」です。
龍馬は議会制民主主義国家をの樹立を目指していました。実は、山内容堂の「大政奉還に関する建白書」も寺内左膳や後藤象二郎による「別紙(副署)」も龍馬の文官・海援隊隊士・長岡謙吉によって起草されたものです。ここには上下両院からなる議会の設置が謳われており、龍馬の「新政府綱領八策」と合致します。龍馬の政体論は彼の死後に刊行された『藩論』に見ることができます。
また、龍馬は国際社会の中で活躍する日本人の姿を求めていました。幕末の日本にはおよそ二百七十の藩があり、それぞれが「国」としての側面も有していました。藩ごとの主従関係や帰属意識もあり、日本人としての意識を持つ人は多くありませんでした。それぞれが会津人、薩摩人、長州人などでした。藩を捨てた脱藩浪士による海援隊は、幕末期にあって独特の国際感覚を持つ日本人たちでした。同時に彼らは「世界の海援隊」として国際社会に打って出る覚悟を持っていました。彼らに続く日本人のために海援隊は初歩的英語教科書も出版しました。
さらに、龍馬存命中の慶応3年5月に刊行された海援隊蔵版『閑愁録』には、仏教によって国民の心を安んずるべきであるという「新国家」の国体論、宗教政策が説かれています。これは仏教が生きとし生けるものへの慈悲や平等思想を抱いていることに由ると考えられます。
 慶応3年11月15日、坂本龍馬は暗殺されます。日本史上、これほどまでに鮮烈な登場と活躍と退場をした人がいたでしょうか。龍馬は、人びとの夢や理想、そしてその時の政治の情勢や人情に従って復活を繰り返しました。だからこそ、逆に近年は龍馬の偉業を疑問視するような言説が世に流布されています。
 様々な資料が坂本龍馬の果たした役割の重要性を示しています。新発見の書簡もその一つでありこの「新国家」の一言にどれだけ重要な意味が含まれているか解題しなければなりません。
 京都佛立ミュージアム「真説・坂本龍馬展」
 今回、坂本家十代目・坂本匡弘氏の全面的な協力を得て、一次資料から坂本龍馬の真意を読み解き、憶測や類推ではない坂本龍馬の「真説」をご紹介します。
 ファクトとフェイクが交錯する世界は数百年に一度の大変革期を迎えています。ここに展示する龍馬の生き様やメッセージが、未来へ向かう私たちの灯火になることを期待しています。
 ありがとうございます。

2022年4月7日木曜日

大宥清寺展 ー京都北野の知られざる名刹ー オープニング映像


京都佛立ミュージアム
『大宥清寺展ー京都北野の知られざる名刹ー』オープニング映像
 
期間:令和4年3月26日(土)~令和4年10月10日(月祝)
場所:京都佛立ミュージアム 入館無料
TEL:075-288-3344
URL:www.hbsmuseum.jp
平日 10時−16時
土日祝 10時−17時
休館 月曜日(※但し、月曜日が祝祭日及び25日のときは開館、翌日代休。)
 
入場料:無料 どなたでも自由にご観覧ください。
場所:京都市上京区御前通一条上ル東竪町110

【第一章 オープニング】
知れば知るほど奥がある、訪れるほどに心満たされる。
山紫水明の都には、未だ知られざる物語が数多くあります。
美しい庭園を擁する寺院、国宝級の仏教美術が佇む名刹。
京都の魅力を語る中で、歴史ある古刹はその中心に位置します。

宥清寺。
日蓮門下、洛中最古の由緒を持つ名刹です。
しかも、本門佛立宗、全世界10カ国、32拠点、国内外、多くの信徒の信仰を集める唯一の本山であり、今なお生きた仏教が脈々と息づく仏教寺院。
その長い歴史と現在の姿に光を当てる高祖日蓮大士ご降誕800年慶讃特別展示「大宥清寺展」。
混迷を深める世界の中で本来「仏教とは何か」「寺院とは何か」と問い、ここに私たちの一縷の希望があることを見出してゆければと考えています。

鎌倉時代。相次ぐ自然災害、疫病の流行や飢饉の発生に、住む場所を追われ、愛する人を失い、苦しみ、傷つく人びとが溢れていました。
比叡の山中で仏法を習い究めた若き僧侶たちは立ち上がり、山を下りて民衆に分け入ります。その一人が日蓮聖人でした。
日蓮聖人は、ひたすら世の安穏を願い、度重なる怨嫉や迫害を乗り越え、史上稀有の宗教家、仏教者として生きました。滅後、弟子たちはその遺志を受け継ぎ、ついに帝のおられる京の都に到達。その最初期に創建された寺院こそ、青柳厨子本門寺、現在の宥清寺です。

古には「洛中二十一箇本山」、後に十六本山が日蓮門下の寺院として知られていますが、応仁の乱、天文法華の乱、時には権力者の思惑によって京洛内外の移転を余儀なくされながら、門下の寺院は変遷を重ねます。宥清寺も例外ではなく、数奇な運命を経てやがて京都の要地・北野に根を下ろします。

大宥清寺。
宥清寺の特色とは、門下洛中最古の歴史のみならず、特に幕末維新の仏教改革者・長松清風との接点でありました。檀家制度の中で、貴族化、典礼化、スコラ化、形骸化していた仏教を、仏教本来のあるべき姿、日蓮聖人の真の教え、生きた教えを再興すべく生きた仏教改革者は、この宥清寺と邂逅し、その法城をお預かりすることとなりました。そして、この宥清寺を中心に、仏教ルネサンスを日本中、世界中に広げてゆくこととなったのです。
宥清寺は、幕末維新の動乱や急速な近代化を経、今なお日蓮聖人の遺志を継承する“生きた仏教のお寺”として、人びとの心の依り所となっています。
この度、日蓮聖人御降誕800年にあたり、“日蓮門下関西圏最古の寺院”にスポットを当て、京都北野の歴史とともに、知られざる名刹の由縁を紹介します。
当展が、長引くコロナ禍や国内外の不安定な情勢など、鎌倉期や幕末維新に勝るとも劣らぬ激変の時代を生きる人びとの希望となり、力となり、社会に充満する閉塞感を打ち破る一助となれば幸いです。
ありがとうございます。

#本門佛立宗 #宥清寺 #仏教 #京都 #古刹 #名刹 #本山 #市電 #チンチン電車

2010年6月6日日曜日

開導聖人エピソード 天皇、三条公、高崎、

コレハ狂哥也

「さむさニハ風雅をすてゝおき巨達 ねなからみるも雪ハゆきなり」國重

「四方の海なみも謐けく治まれる 我君の代ハ濁りなくして」京都府警部 岡信則
  └明治十六年の春

 當世ハかようのことか流行と申てある人かたれり

 詩ハからうた故ニ和國の風俗ニハあハぬやらん これも かのつからの事なりかし 御花押 一等

 去年警部明田ぬしのたのみニて 「草かくれ」のうた 画賛 一紙をおくれり 岡信則ぬしのたのみニて露分 もみのうた 画賛一紙をおくれり

 去年大津多羅尾清車ぬしの引ニて志賀縣々領小手田ぬしへ短冊三葉

 其後予カ書画帖を見せたることあり

 一昨年東京御歌御師匠宅 高崎氏へ歌一葉

 同人いはく 三条公ノ方々予か短冊三四葉アリ外ニ求メ得す 六七首を得て書写せしめ當今門人の手習ノ手本とせりと

 天皇ニ清風か短冊天覧ニ入テ御手習ノ手本トス

 天皇ノ下ハク かバかりむつかしき書ハなしとて宮中御ならひ也 をかしき事也と香谷方へ高崎義正来りてはなしと云々 玉田来て語る云々 玉田いはくオヂサンあまり澤山 さうニおかきなさるなといへり 清風曰「わしハ機嫌次第でゴザルト申たり」

2010年6月5日土曜日

126年目の御総講

遠方からのお参詣に、頭が下がる。

明治17年以来、今年で126年目を迎えた麩屋町長松寺の御総講。受け継いでゆくことの大切さを思う。

明治17(1884)年2月11日、宥清寺の全権をお弟子の現喜師に委ねた開導聖人は、既に借り受けていた麩屋町に居を遷された。

当初は、決して望まれたご転居ではなかった。宗門の僧侶らの誹謗中傷と、講内一部信徒によって起こった紛糾を収束させるためにご決断なされた。明治20年4月には、罪障を起こした信徒らが懺悔状を提出。麩屋町の御宝前には、今でもその時の懺悔状が保管されている。

このように、事実、事態は収束し、この一連の出来事も、仏祖のお計らいなりと感得せられる。結果、佛立講は永久の教訓を得、開導聖人は生涯最重要の晩年に特別の時間を得、佛立教講は最も重要な御指南を頂戴することになった。

麩屋町ご転居から、開導聖人は身延入山後の高祖、勧学院建立後の門祖と同じように、本門佛立講の弟子信徒に対して未来を期した最重要のご教導を開始された。特に、「五五の御指南日」は遅参者の入室を許さず、無断欠席者は即除名という厳しいもので、佛立教学と信行ご奉公の真髄を御指南くださった。

開導聖人は、この年、明治17年からご母堂のご命日である例月4日に御講席を開かれ、ご体調の都合で4日から16日に順延されたがご遷化の前日明治23年7月16日まで御講願主としてのご奉公を為された。

麩屋町の御法宅も、開導聖人の御講席も、今年で126年もの間、開導聖人から長松品尾、長松品尾から長松日峰、長松日峰から長松清凉、さまざまな有縁の方々のご奉公を経て、先住から現在へと、絶やすことのないように護持し、ご奉公させていただいる。昨夜も、例月4日の御総講が奉修された。

今月13日は長松寺の開導会。併せて日聞上人の百回御諱を奉修させていただく。その際、長松寺の沿革と二世日聞上人の生涯最後の御法門をプリントして配布することを予定している。その準備をさせていただきながら、126年目の御総講を、とても感慨深くご奉公させていただいた。

さて、今日は横浜妙深寺の教区御講です。10時半と13時。ありがとうございます。

2010年5月20日木曜日

ご信者さんの数だけヒーローがいる 3

 今回の本山奉仕会、今後の全国的な青年会のご奉公を考える上で、決して外せない方がいます。今回の本山奉仕会でも、ディスカッションの際に貴重なご意見を聞かせてくださいました。
 若くて細い見た目からは想像もできないのですが、3人の息子さんを立派に育てておられるお母さん。しかも、その息子さんたちはご長男は既に社会人で、世界的躍進を続けている会社に勤務されているとのことで、次男の方も来年からパリに留学、三男の方は大学二年生で、アメフトで全日本チャンピオンになられたとのこと。ご家族みんなでご信心をされており、それぞれ3人のイケメンの息子さんたち全員がしっかりと信行相続されています。素晴らしい、佛立信者のお手本のようなご家族です。
 青年会同士でのディスカッションが終わりを迎えようとしていた時、淳鷲師からこの方にマイクを向けていただきました。家庭内のこと、法灯相続のこと、3人のお子さんを育て上げて、今でも立派に母親として向き合っている方からのお話を、青年会のみんなにも聞いてもらいたい、と。
 まず、見た目からそんなに大きな息子さんたちがいるなんて想像もしていなかった青年会の子たちが、息子さんの年齢を聞いて「え~!」と言っていました(笑)。この方の息子さんたちは、佛立研究所から発行された「絆」という本の最初にご紹介されています。もう、ビックリするくらいイケメンの息子さんたち。モデルさんみたいです。顔が格好いいだけではなくて、頭も良いし、スポーツもできる。しかも、ご信心が強いなんて。
 お話をお聞きすると、みんな、さらにビックリ、まさに目からウロコです。子供を持つ佛立信者は、全員聞かなければならないお話だと思います。机上の空論などではありません。3人の息子さんたちが証明ですから説得力が違う。
 「私は息子たちに「お看経しなさい」と言った覚えがあまりありません。しかし、いつも「このご信心は有難いよね」「本当に、これは御法さまのおはからいだよね」と伝えてきました。全員が帰ってきたら御宝前にご挨拶をし、短くてもお看経させていただいているようです。とにかく、会話をすることが大切だと思っていますし、息子たちとは何でも話せる関係です。」
 「子どもに気を使って、子どもの信仰は自由だから、などと遠慮する人がいますけど、このご信心は砂漠の中の一掴み、このご信心に出会えたことは奇跡、このご信心じゃないと幸せになれないんだよ、積み重ねてきた人生を水の泡にしてはいけないよ、と何度も、何度も伝えています。」
 「そして、これはダメだ、という時もあります。でも、怒りません。とにかく、怒らない。怒らないで「話をする」ということを心がけ、実践しています。そして、「分かった」と言ってくれるまで話をする。怒ることではなく、「分からせること」が大事だと思う。」
 いま、その方は自坊で薫化会の会長もされています。妙深寺と同じように、薫化会には毎月の御講席があるそうですが、お給仕も、お花入れも、太鼓も、すべて薫化会でさせていただくようにしている。とにかく、何が地域の子供会と違うかを、みんなで語り合ってご奉公しているということでした。そして、お子さんのいない方に対しても、「薫化会、手伝ってねー」と、いつも声を掛けておられるそうです。お寺のみんなで子どもを育てる、という意識があるんですね。
 本当に、このお話をお聞きして、目からウロコでした。大感激。固有名詞でご紹介したいのですが、ご迷惑がかかると申し訳ないので、避けました。とにかく、有難いお話でした。スーパーお母さんです。もっともっと、教えていただきたいことがあります。
 こうした、本物のご信者さんの声をお聞きしましょう。本当のご信心の姿、本当の家族愛、本当の御利益があります。ダメですよね、後ろや、下ばっかり向いていては。自分の罪障を棚に上げて、御宝前や開導聖人の教えを疑うようではダメです。ここにこそ、真実の佛立信心があります。

2010年5月19日水曜日

ご信者さんの数だけヒーローがいる

 本山奉仕会の感動さめやらぬ間に。
 先週末の本山奉仕会は、若い人たちの純粋なご信心の姿勢を目の当たりにすることが出来て、本当に胸が熱くなりました。未来に希望を抱くことが出来ましたし、いま問題や課題があってもそれを共有することができたと思います。
 参加した方々からお聞きしたご奉公のお話。自分の職場で、学校で、家庭の中で感じていること、そして、お寺の中、教養会や青年会の中で、一人一人が実際に行っているご奉公について、実体験を語り合い、悩みやアイデアを交換することができて、本当に素晴らしい本山奉仕会になったと思います。
 兄弟で参加してくれた2人はすごかったなぁ。たくさんいる兄弟(たしか5人か7人か)が、毎日ご両親と一緒に家族全員でお看経する。しかも、兄弟が持ち回りで導師役をする。だから、一番下の12才の末の弟までが御導師役が出来るんです、と発表してくれました。
 清啓寺青年会の弘通部長としてご奉公されている宣子さんからのお話も、みんなに感動を与えました。宣子ちゃんは、本当に、つらいことを乗り越えて、変わりました。清啓寺青年会では、とにかく体当たりで将引させていただこう、と声を掛けているとのこと。いや、「将引」ではなく、「将引助行」にしたのです!と言っておられました。
 詳しく聞いてみると、それまでは、「将引」といっても、メールを使って「来る?」「来ない?」という声かけで終わってしまったり、足を運んでも玄関先で立ち話をして帰ってきてしまっていた。それを、「お助行」に変えて、しっかりと御宝前にお看経をさせていただくようにしましょう、と徹底しています、と。まず、宣子ちゃん自身が「突撃将引助行」というご奉公をスタートして頑張っているそうです。待っているのではなく、「動く」のです、と(汗)。
 なぜ、そうしたご奉公に進み出したのか。それは、米津くんのご奉公の姿勢を見たから、ということでした。米津くんとは、清啓寺の鵜飼師のお友だちだった方で、鵜飼師からお折伏をいただいてお教化となり、第2回 青少年の一座でもお役をいただいてご奉公してくれていました。
 ある時、お寺のことやご奉公のことで鵜飼師と口論になり、そこで鵜飼師から「それほど言うならば、毎日でもお助行してみなさい」とお折伏をいただいたそうです。それを聞いた米津くんは、その翌日から一年365日、毎日一軒のお助行を誓願し、見事にそれをやり遂げたということでした。すごい(汗)。
 それを見ていて、青年会が変わった、お寺が変わったというのです。まさに、一人が変われば世界が変わる、です。そして、青年会の弘通部長の宣子ちゃんも変わりました。
 メールでの「お寺に来る?来ない?」「御講、来る?来ない?」という確認や声掛け。上辺だけだったように思う、改良しました、と。身体を使った体当たりの将引助行が有難いと感じるようになりました、と。
 しかし、親御さんのご信心が落ちています、ご信心を子どもたちに伝えたくないようにも見えます、と。ご信心を勧めようとする私たちの前に立ちはだかるのは親御さん(汗)。これは妙深寺でも同じ。森山くんから聞いたことがあります。それを愚痴っていても仕方がない、何も変わらない。だから、一日一軒、週に一回でも突撃将引助行。
 あるご家庭のことを話してくれました。やはり、御宝前にご挨拶をさせていただけないご家庭。玄関口でのご挨拶しか出来ない親御さんが、このお助行で変わったといいます。最初は門前払いでしたが、何度か突撃のお助行を重ねていくうちに、その親御さんが変わりました。ある日、「実は息子は悩んでいるみたいなのです」と、その親御さんから相談されたといいます。こうして、やはり、動けば動いただけ、変わってくる。前向きでなかったご両親までもが変わってくる。
 米津君は、とにかく宣子ちゃんに厳しくご信心やご奉公について教えているそうです。宣子ちゃんも、鵜飼師もそう言っていました。良いですね、そういう関係が。自信をもって、厳しく青年会を指導してくれる人がいるなんて。本当に、有難いです。米津君は、いつも言います。このご信心は、お看経!お折伏!現証の御利益!ですって。すごい(涙)。ありがたい。24時間の本山でのお看経も、米津君はご夫婦で参加してくれていました。ありがたいことです。
 本物のご信心、本当のご奉公ができている人と一緒にいられることが、人生で最も幸せなことです。それが、なかなかありません。如説修行抄のように。善い人は遠く、悪い人は近く、ではダメですよね。
 今回の本山奉仕会では、本当に、いい出会いがあったと思います。やはり、ご信者さんの数だけヒーローがいます。

2010年4月4日日曜日

日本で学んだこと

 今日は、開導まつりの後で京都へのご奉公に向かいました。3月16日の麩屋町の御総講は、海外出張中で欠仕してしまいましたから、今日はどうしてもご奉公させていただこうと思っていました。

 本当は、今日の夜がスリランカ団参32名の最後の夜ですから、横浜に残っていたかったのですが、仕方ありませんね(涙)。みんなに、お任せして、一人横浜を離れました。高島さんが着物を持ってきてくれたそうで、15才のスーパーモデルのようなチェラーニが着物姿になったとか、もう、会場にしたガラスの間が、感動と興奮で熱気ムンムンとか、そういう羨ましい連絡が届き(涙)。

 信仰師からメールが届き、写真を送ってくれました。本当だ、本当に、素晴らしいパーティーになったようです。本当によかった(涙)。妙深寺の、心からのおもてなし。スリランカから来た32名は、きっと、お金なんかでは買えない、何物にも代え難い、素晴らしいものを、この日本巡礼から得たであろうと信じています。心に刻まれて、一生離れない思い出。ご信心の思い出。本当に、みんなクタクタだと思いますが、よかった。ありがとうございます。

 ずっと言ってきたように、彼らが変われば世界が変わります。香港の稔子さんが、家事を手伝ってくれているスリランカ出身のタミル人の女性をお教化しようと努力してくれています。コロンボでミランダ女史とも引き合わせて、そして香港に戻っています。毎日、一緒に御題目を唱えてくれているとか。

 そのタミル人の彼女が、インターネットで妙深寺にお参詣していて、月始総講でのミランダさんのスピーチやアベイさんのスピーチを聞いて、何かを感じてくれたみたいです。シンハラ人だけが本門佛立宗のご信者さんではないことにも気づいて、感動してくれたとか。そうです、そのとおり。ありがとう、稔子さん。

 シンハラ人だけではないんです。タミル人も、たくさんお教化になっています。タミル人は、インドやアジア全域にコミュニティーを持っています。つまり、スリランカの本門佛立宗は、インドへのご弘通を切り開いてくれます。中東でもスリランカ本門佛立宗のご信者さんが少なくとも2軒は住んでいて、ご信心をしています。スリランカと中国との結びつきは歴史的に深く、これから何かが生まれるはず。

 本当に、歴史的なご奉公をしてくれて、みなさんに感謝です。もちろん、私は課題も見えました。今後のスリランカ本門佛立宗の発展のために、また福岡御導師とお話をさせていただいて、課題を克服し、慎重に、丁寧に、ご弘通の人が育ち、異体同心の輪が築かれてゆくように、ご奉公させていただきます。

 さみしかったけど、長松寺に来させていただいて、よかった。麩屋町でも、100名近い方がお参詣くださっていました。これは、とてもすごい参詣数です。日曜日ということもありますが、何か、有難いエネルギーが溢れていました。

 何人かの、絶対にお話ししておきたかった方とも、お話ができました。時々、絶対に、今しておかなければならないご奉公があります。それが出来る、それを外さないことが大事。これは、御講席などのご奉公日程のことを言っているのではありません。目を見て話をする必要のある方とお会いできること、お話しできることが、有難いのです。

 一方で、何としても、いまお話をしておかなければならないという人と、どうしてもお会いできないことがあります。「万民を救いたい。しかし、万民は救えない」。残念ながら、そういう面があります。

 いずれにしても、今日の麩屋町のご奉公は、特別、素晴らしいご奉公となりました。本当に、お参詣、ご奉公してくださった皆さま、ありがとうございます。特に、今日は日頃ご奉公くださっている「学生師」がいないという、近年なかった事態の中での奉修でした。「どうするの?」と思っていましたが、なんとなんと、本山や関西近郊の青年会の方々が集まってくださり、お塔婆の受付や浄書、言上文まで運んでお給仕してくださいました。本当に、ありがたかったです(涙)。

 こうして、ご信者さんのいない長松寺のご奉公が出来ました(涙)。本山からのお参詣も、少なくなる一方のように感じていましたが、今日のお参詣の多さ、本当に有難かった。私も、応えられるように、さらに頑張ってご奉公させていただきます。

 横浜でも、京都でも、皆さま、本当に、ありがとうございます。とにかく、スリランカのみんなには、日本で学んだことを、自分の世界、自分の生活の中で生かして、ご弘通のご奉公、菩薩としての生き方を進めてもらいたい。Feel Globally, Act Locally.

 ありがとうございます。

2010年3月30日火曜日

ご遷化の意味

 これから、本山の御宝前に於いて24時間のお看経をさせていただきます。前回は、とにかく一人で、本山の御宝前に向かわせていただきたいという思いで、必死でした。

 藤本御導師のご遷化から、もうすぐ百ヶ日忌を迎えようとしています。すでに、良風寺は西村日要上人が御住職としてご就任・ご奉公をくだされており、良風寺の皆さまも、この想像を絶する哀しみの中で、それを何とかご信心で乗り越ええようと、ご奉公くだされておられます。藤本家のご家族はもちろん、こうしてご奉公くださっている方々のお気持ち、そのご信心を察すると、涙が出るというか、心の中で血が噴き出すような思いがします。未だに、何とも言葉には出来ません。

 私は、佛立教務として、良風寺のご信者の皆さま、藤本家の皆さまには、お懺悔の気持ちでいます。なぜか。
 今回の事件、加害者を含め、それは事件として、いろいろな事実があり、いろいろな見解があると思います。それぞれ検察や警察、病院関係者、家族やその他の関係者など、具体的な事象があり、それらを総合して、一般的な事件としての結果が導き出されることと思います。それについては、私はしばらく置きたいと思います。

 事件性とか心神喪失とか、そこではなく、もっと大きな意味で、なぜ、藤本御導師はご遷化されねばならなかったのか、という一点を、御宝前にお尋ねする時、今回の出来事の意味を深く感じて、藤本家や良風寺の皆さまに、お懺悔の気持ちが湧いてくるのです。はっきりと、分かります。はっきりと、見えます。
 もし、本門佛立宗の教務で、今回の藤本御導師のご遷化を、目の前の「因果」でしか捉えることができないとしたら、本当に情けないことだと思います。これを、もし、「たまたま~」とか「不幸にも~」などとお茶を濁すような話で終えるとすれば、その人は、佛立教務ではないのではないか、とすら思います。
 真実の仏教が常に教えているように、仏教に偶然はありません。全てが必然です。本門佛立宗のご信心は常に現証の御利益がある、と断言する以上、「これは御利益だが、あれが偶然である」ということはあり得ない。つまり、そんな曖昧なことはない。
 では、藤本御導師のご遷化は、如何なることか、如何に受け止めればよいのか、という問いが発せられる。
 藤本御導師は、ブラジル団参の際、お寺に出てこなくなったという人の話を聞いて、真夜中までお助行に出られました。海外での団参中に、です。サンパウロのご信者さんで、古くから知っておられる方とはいえ、お折伏をされるために夜の観光やプログラムなどをキャンセルして、ご奉公に出られました。そんなご奉公をされる御方です。
 藤本淳悦御導師です。あれほど、常にお看経に徹せられ、ご信者さんが苦しい、痛い、つらい、と言えば、すぐに飛び出して、その方の手を取り、一緒に涙を流してご奉公される、お師匠さまへのお給仕にも徹し、ご弘通の実を上げられている御住職(残念ながらこうした御導師は少ないと思います)、明るく、宗会でも常に前向きにご意見をされる御導師でした。
 中途半端なご奉公をされていた御方がご遷化をされたのではなく、こうしたご奉公をされていた藤本御導師がご遷化された。ご信心やご弘通ご奉公で、愚癡のような話を教務がしていると、「しんき臭い話をするな!」と藤本御導師は叱られたといいます。
 ですから、今回のご遷化は、ご弘通が衰退すると危惧されている中、本当に厳しい、御宝前からの宗門全体に及ぶ御折伏、藤本御導師の命懸けの御折伏であると思うのです。
 ブラジルの淳省師と恭子さんから、藤本御導師がブラジルでご奉公されていた当時のお写真を送っていただきました。涙があふれていきました。ここに、掲載させていただきました。
 藤本御導師の妙深寺での御法門。
 「それでは御題目を唱えている人はみんな菩薩かというと、残念ながらそうではない。御題目を唱えても、明けても暮れても自分のお願いごとだけの人はまだ菩薩ではない。そこを切り替えて、「あの人が良くなるように」、「元気になるように」、「あの人が入信をして、御題目を唱えて、みんなが幸せになれるように」という風に、ご祈願を切り替えてこそ、如来の使い「菩薩」ということになるんですね」
 「ですから、仲のいいもの同士だけの信心で終わってはダメです。その殻を打ち破って、この御題目の素晴らしさをまだ知らない人にお勧めさせていただく、菩薩行に励んでこそ、真実の佛立菩薩ということができるのです。」
 「特に今年は、立正安国論上奏七五〇年のご正当です。この十六日に上奏なさった。なぜお祖師さまは、立正安国論を上奏なさったか、それは、鎌倉時代という時代は、天変地異、大地震、台風、水害、疫病! 死体は道にゴロゴロ転がっていた、そんな時代。さらには他国侵逼の難。蒙古が攻めてくる。今の時代と同じだと思いません? 符合しているわけです。天変地異。大地震。環境破壊。我々人間による勝手な行いによって、今、地球が怒ってるんですね。疫病…新型インフルエンザ。そして、他国侵逼の難。ミサイルや核問題。みんな鎌倉時代と同じ姿が現れているんです。
 それはなぜか。残念ながら、せっかくお祖師さまや開導聖人から頂いたこの御題目のご信心が低迷してる。ご弘通が、全国各寺院だんだん低迷しております。信心が曲がれば、家庭も社会も曲がるんです。だからここでお互いが、お祖師さまがどんな思いで立正安国論を上奏なさったのか、しっかりと受け止めさせていただいて、そして信心を改良させていただいて、みんなが佛立菩薩となって、一寸先は真っ暗な暗闇の世界に、妙法の灯火を持たず、迷い、悩み、苦しんでいる方々に妙法の灯火を持たせてあげる、教化折伏のご奉公に精進させていただきましょう。」
 これから、藤本御導師のご遷化の意味をかみしめながら、御宝前にお尋ねしながら、御題目をお唱えさせていただきたいと思っています。御宝前の御意、その深い御意を、どこまで感じさせていただけているか、御本意に叶うご奉公ができるかどうか、御宝前に、お伺いします。藤本淳悦御導師の、御意を、その御弟子の一人のように、しっかりと受け継ぎたいのです。

 もちろん、ご病気の方々、いま、御利益をいただいてほしい方々のご祈願も、させていただきながら、お看経に入らせていただきたいと思います。

2010年3月29日月曜日

本当に、広く、伝える、ということ、

 これだけ一生懸命スリランカの方々の来日のためにご奉公していただいて、本当に、横浜でも、名古屋でも、京都でも、神戸でも、感謝、感謝です。
 こうしたご奉公が、最大限ご弘通に結びつくように、日本のご信者の皆さまにも喜んでいただけるように、そして、実際にご弘通の糧になるようにするにはどうしたらいいか。そうした願いを叶えるのが、本当の「広報」というものです。
 妙深寺の弘通部門・広報部の参与である清従師が、一生懸命各新聞社などと連絡を取ってくださり、スリランカの32名のご信者さんが本山宥清寺にお参詣する31日の朝、京都新聞社や中外日報社さまが、わざわざ取材に来てくださることになりました。本当に、ありがたいです。
 佛立新聞の橋口編集長も来てくださいますし、少しでも彼らの来日がプラスの要素をもたらすようになればと思います。この、ギリギリのスケジュールの中、本当に、よくぞ調整をしてくれました。ありがたい。「出版」「印刷」ではなく、本当の「広報」とは、こういうことだなぁと思います。
 とにかく、まだテレビ局にもお知らせしているようです。すごいことです。頑張って、取材に来ていただきたいなぁ。
 彼らはNAITAからの難民支援の御礼状も持って日本に来ています。本門佛立宗(HBS)が、甚大な被害を出したスマトラ沖地震・津波の災害においても、おぞましい内戦の惨禍の直後でも、常にスリランカの人々を支援してきたという真実と、その結果、結びつきです。ありがたいですね。
 これは、是非ニュースとして広く一般メディアにも取り上げていただきたいです。仏教を掲げつつ単なる観光寺院になっている京都のお寺や、数多ある新宗教とも違う、今も生きてお祖師さま(日蓮聖人)の教えを受け継ぐ本門佛立宗を取り上げて、世の中の多くの人々に知らせていただきたいものです。難民キャンプからの、声を、届けたいです。
 ありがとうございます。

お知らせ パート4 「24時間のお看経 準備について」

 今日は、佛立研究所と佛立教育専門学校の共催として、第19回 研究発表大会が開催されています。京都、ムチャクチャに寒いです。
 開催を前にして本山宥清寺の本堂で一座のお看経をさせていただきました。もう、寒くて寒くて、びっくりしました。やはり、御法さまは厳しいですね。こうでなければなりません。そんな、生やさしいことでは信心の改良なんて出来ません。
 1月よりも寒いのではないかという京都です。
 30日、教員研修会が終わってから、そのまま24時間のお看経をはじめさせていただこうと思っています。何度も問い合わせをいただきますが、たぶん15時くらいだと思います。
 このお看経は「主催」も何もありません。翌日朝の朝参詣にはスリランカ信徒32名がお参詣する予定ですし、思い出に残るご奉公があります。しかし、このお看経は自発的なものですから、それぞれ個々に準備をしてきていただきたいと思います。私の母も、横浜から来てくれるそうで、「24時間は無理だけど、とにかく、本山で一緒にお看経させてもらいます」と言ってくれていました(涙)。ありがとうございます。
 服装についてですが、私は白衣に改良服、略五条でお看経させていただこうと思っています。略五条は、前回の24時間のお看経の時に、特に御染筆いただいた藤本御導師の院号「為・如説院日修上人」とお認めいただいたものであります。
 さらに、防寒対策としてフリース生地の膝掛け、ダウンジャケットなどを前回同様に用意しようと思っています。座椅子なども、2種類持って行くつもりです。これも、前回と同様です。
 拍子木は、夜中は控えなければならないかもしれませんが、私は父・先住がご自身で名前を刻まれている拍子木を、前回と同様に持ってきました。ちなみに、「拍子木の正しい叩き方」は4時間くらいが限界だということに前回気づきました。最終的には「ドラえもん叩き」しか出来なくなります。両手をグーで握ってしか、拍子木も持てなくなり、叩けなくなります。
 それと、2リットルのペットボトルを2本くらいご自分でお持ちになるといいと思います。いちいち本堂のお供水場まで立って行くより持参したペットボトルでいただきます。
 食事についてですが、3食分持ってきていただくのが一番いいと思います。当たり前のことですが、誰も用意していません。私は、前回おにぎり、サンドイッチ、ウィダーインゼリー(現薫師が差し入れてくれました)、お弁当(博子さんが差し入れてくれました)を持っており、そちらをいただきながらお看経させていただきました。藤本御導師はゼリーを飲みながら、ずっとお看経されていたということです。とても見習うことは出来ませんが、参考にしてください。
 明日から明後日は、本当に寒いです。防寒対策だけ、しっかりとされてください。格好は、どうでもいいと思います。京都の天気予報ですが、30日は最低気温が0度、31日は3度、となっています。寒いですね。
 とにかく、お看経しかありません。いろいろなことがあります。でも、お看経しかありません。その他は、全て自分の勝手な解釈、ローカルルールではないか、と思うこともあります。とにかく、お看経をさせていただくしかない。
 御教歌「唱ふるが信心なればとなへずに ありがたがるは信心でなし」
 一人でも多くの方と一緒に、お看経させていただれけば有難いです。ありがとうございます。

2010年3月22日月曜日

お知らせ パート3 「24時間のお看経 恐るべき日でした」

 スリランカの方々の団参が急遽決まってしまったわけですが、すでに決めていた本山の御宝前での24時間のお看経はさせていただこうと思っています。

 スリランカからの団参者も、ちょうど30日に名古屋から京都に入ってくる予定で、31日の朝、本山にお参詣くださいますから、彼らも合流してくれるそうです。でも、せっかくの京都ですから観光もしてもらおうと思っていますが、今回だけは、僕はそこにはご奉公できない。前から決めていたとおり、お看経させていただきます。

 平成22年3月30日の15時前後から3月31日の15時前後まで、24時間、お看経をさせていただきたいと思います。
 
 以前このブログではご披露させていただきましたが、1月末に24時間のお看経をさせていただいた後、「なぜ教えてくれなかったのか」という声をいただきましたので、もう一度させていただくことにしました。ちょうど、藤本御導師のご命日(49日忌が終わってから初めてのご命日です。2月が28日まででしたので)に当たります。選んだわけではなく、京都でのご奉公があり、日程を調整していて、この日しか取れなかった、と以前も書かせていただきました。

 そして、このスリランカの団参。もう、やっぱりスケジュールはないな、と。この日程だけは移動できません。そのままさせていただこうと思います。

 実は、理由はそれだけではありません。秋田の美奈子ちゃんからメールをいただきました。この日、偶然、いや、スケジュールの調整がつかずに選んだ、この日が、すごい日だったと教えてくれたのでした(汗)。

 ちょっと、僕にとっても、あまりにも衝撃的な事実だったので、そのメールを紹介します。藤本御導師のことについても、触れてくれていて、本当に、ありがたかったです。

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 ありがとうございます。

 小野美奈子です。(秋田に行った汗)

 ブログ、本堂のウェブカメラ、毎日、日々の信心の命綱的になっています。

 いつもありがとうございます。

 先日気付いたんですが、私が通っている応護寺の大曲別院に、藤本御導師の若い頃のお写真が飾られています。ご奉公にいらしたことがあったみたいです。さわやかな、温かい笑顔のお写真です。

 それと、ご住職のブログの恭子さんの撮られたブラジルの納骨堂のお写真、私も涙が出ました。

 実は、大変おこがましい話しなんですが、ご住職が先日、本山で24時間口唱をされた、あの場所、お賽銭箱の脇のあの場所。私もあそこで11月23日に一人でお看経させていただきました。

 あの時、40分間、涙が止まりませんでした。

 本当に、本山の御宝前に救われました。

 本山の御本尊は本物なんですね。もちろん、どのお寺の御本尊も本物だと思っていますが、何て言ったらいいか分かりませんが、次元が違っていますね。

 宇宙の銀河系が収まっているような・・・

 とにかく、ひろ子さんと、山崎さん(御殿場に転勤した、現戸塚教区の)に強く勧められ、

「本山の御宝前は正面に一人で座って、まっすぐお看経すれば、必ず、まっすぐに返って来るから!!」

 そう言われて、本当にその通りだったのに驚きました。

 さてさて、ご住職がお忙しいというのに、本題に入りますね。

 暦のことを調べていたんですが、お釈迦様の御入滅された2月15日と、日蓮聖人の御誕生日である2月16日は・・・

 日本の旧暦で調べると、今年は『3月30日と31日』にあたります。

 即ちもし、日本がまだ太陽暦だったなら・・・・・

 ご住職が今度、24時間口唱に選ばれたその日こそが!!

 『お釈迦様入滅の日と日蓮聖人のお誕生日』なんですよ~!!!

 すごーいい!!

 偶然??

 いえ、必然ですね。

 すごーいい!!!

 私もその日、本山行きたーい!!!

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 こんなことがあるなんて!!本当に、本当に、驚きました。

 有難い、やはり、意味がある、頑張ろう(汗)。何とか、また、御宝前におすがりしたいと思います。24時間、途中で倒れないように、とにかく、お看経、御題目口唱に、何とか、頑張ります。

 ありがとうございます。

生花か造花か?答えは横浜ラグーン

  9月23日、秋分の日、FMヨコハマ「横浜ラグーン」の放送が出来ました。おかげさまです。ありがとうございます。 今週は番組に届いたお便りにお答えしました。秋田からのお便りも嬉しいです。 職場での人間関係に悩む方、「有能有敵、無能無敵」と心得て、少し心の感度を落としつつ、前向きに...