2024年4月23日火曜日

「台湾と日本展 台湾に遺るリップンチェンシン」スタート




















全くブログ、SNSの更新が出来ず、早くも火曜日となってしまいました。


木曜日は谷村さんのご自宅でのお助行とFM横浜での収録、翌日はロサンゼルスのスコット家の皆さまとお会いし、そのまま名古屋に入りました。土曜日は建国寺さまで門祖会、そして石川御導師の御三回忌、日曜日は立川でのトークイベントに参加させていただきました。


そのまま京都に入り、怒涛のご奉公。月曜日は午前に海外弘通特別委員会、午後は米国教区弘通促進委員会、夜は白井貴子さんご夫妻も飛び入りしてくださった京都佛立ミュージアムの歓送迎会、火曜日は午前からご講有も臨席の弘通審議会、夜は長松寺のお総講でした。


水曜日から「台湾と日本展」の本格的な準備ご奉公に取り組み始めました。一冊の本を書くような膨大なご奉公です。スケジュールを調整していただいて、代わる代わる運営委員やスタッフがご奉公に参加してくださいました。私は午後12時から100万人のクラシックライブのオンライン理事会に参加したり、ドタバタでした。


金曜日も午後から夕方の局長室会議のために横浜に戻りました。現在の妙深寺の中核が局長室会であり、数ヶ月前からじっくりと会合をするために予定していたのです。佳境に入ったところですが、ここだけは外せません。一泊だけして京都に帰りました。


そのまま最後の最後までやり切りました。今回の展示パネルデザインは橋本恒潤師が一手に引き受けてくださり、ギリギリまで僕たちの原稿を待って申し訳なかったです。パネル数は50点ほどあったと思います。執筆、レイアウト&デザイン、校正、印刷、ハレパネ、展示、照明、などなど、やることは山のようにあり、委員とスタッフが連携して進めます。深夜まで。


動画の編集は初めて齊藤章起師が担当してくださいました。午前3時の時点で80%くらい。開館前までに仕上げてくれました。完全なる徹夜で、午前5時37分にQnapにアップロードしたと連絡がありました。本当に、ありがとうございます。


清水清康師が製作した「八田與一像」は見事としか言えない素晴らしい作品で、さすが美術大学に行こうか考えていたという高度なクリエイティビティです。発泡スチロールから粘土で作ってしまうのだからすごいです。今回の目玉展示の一つです。


連日連夜、お弁当は長松寺の博子さんが作ってくださいました。毎晩10個近くのパワーフードで頑張ることが出来ました。野崎淳慧師がお弁当屋さんのように仕出しケースの中に満載のお弁当を持って、ミュージアムまで運んでくれました。ありがとうございます。


徹夜組は松本現薫師、福岡清耀師、野崎清翔師、加藤喜信師、齋藤章起師、梶本明子さん。台湾語の流暢な企画担当の清水法光師は金曜日の夜、清康師と車で大和に戻り、大盛況だったボーズバーを終えて夜行バスに乗り、日曜日の朝ミュージアムに戻ってきてくれました。本当に、ありがたいです。


運営委員、スタッフ、本当に感謝感激で、名前を挙げたら全員になります。小野山淳鷲師も御会式前なのにギリギリまで校正してくれましたし、蔭山淳是師も堺と京都を何度も往復して展示準備をしてくださいました。


みんな、よくぞ頑張ってくれました。ブラックすぎて、申し訳ないです。感謝し、謝ることしかないです。


僕は、本山の門祖会の前夜で宿泊棟が満室のため、宗務本庁の2階の更衣室で現薫師と仮眠しました。午前4時半に寝て午前5時半に起き、6時半に本山に行って7時からの第一座に出座させていただきました。


午前9時、無事に京都佛立ミュージアム「台湾と日本展 台湾に遺るリップンチェンシン」をスタート、初日の開館をすることが出来ました。杉野宣雄先生の図録も完成し、販売を開始することが出来ました。


午後2時からは「台湾と日本展」のオープニング記念のシンポジウムを開催し、八田與一氏の令孫である八田修一氏、ブラジル教区長のコレイア日友御導師に登壇していただきました。台北駐大阪経済文化弁事処の陳副所長さまや教育課長さまにもお忙しい中をご列席いただき、大変に有難く、光栄でした。大阪や神戸はもちろん、東京や横浜からも参加いただき、ありがたかったです。


自分の電池は4%くらい、最後は1%を切っていたような状況でしたが、なんとか完成することが出来、感慨無量です。今回の展示内容、企画趣旨、今は分からなくても、いつか分かってくれるはずですし、未来には深く理解してくださる方々が生まれると信じます。


開導聖人は「先祖のとむらい肝要。先祖仏にならば子孫をみちびく。」と御指南されています。本門佛立宗は半世紀以上も日本仏教界を代表して毎年参詣団を組み、台湾に眠る日本人物故者慰霊祭を執行して参りました。


あろうことか、その本門佛立宗の唯一、本山 宥清寺の第八代事務局長・山西始人(はじめ・本宥院清勲信幹護持日始大居士)様のご令孫である弥生さまが、「台湾で最も愛される日本人」として知られ、台湾の教科書にも出ている八田與一氏の長男・晃夫(てるお)氏のご長男とご結婚されたこと。


天命というか、運命というか、偶然ではあり得ない、必然の現証が、ここに表れています。人生は想像を絶する奇跡に溢れていて、偉大な何かをするために天から溢れんばかりのサインが示されているものです。


約15年前、シンガポールで初めて八田さんご夫妻にお会いしました。京都佛立ミュージアムの開館から、ずっと温めていた企画展が、ついに完成しました。本当に、思っております。そのままであれば埋もれてしまう歴史の真実を、形にすることが出来ました。


平和はそのままでは壊れてしまいます。人間は愚かな面が強いのです。不断の努力、たゆみない行動によって、平和は維持されるし、平和は取り戻せると信じます。


世界中に紛争や戦争があり、今や「台湾有事」も現実的に語られています。今ここで「台湾と日本」について語らなければならないと確信しているところです。


長々と書いてしまいました。


昨日、お借りしていた杉野宣雄先生の作品を全て動くお寺に積み込み、京都から横浜まで一人で運転して、無事に横浜の先生のアトリエまでお届けすることが出来ました。こうして完了、円成できたこと、本当にありがたかったです。


戻ってきて、まゆみちゃんにもお会いできました。本当に、御法さまはありがたいです。


ありがとうございます。

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