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イスラエルのガザ空爆

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恐ろしい空爆がパレスチナ自治区・ガザを襲っている。日本では余程のことがない限り報道はイスラエル寄りだが、300名弱が死亡した今回の空爆は何とか正確に報道しようとしているらしい。パレスチナ側もロケット弾を100発イスラエルに向けて発射し、1名が死亡したと報じている。いつもながら、こうだ。今回もそうだ。パレスチナがやったから、イスラエルは報復するという構図。それすら事実か分からないが、その武力の圧倒的な差を見れば大人が何10人も寄ってたかって子ども一人をリンチしているようにしか見えないが。
 いずれにしても、この時期の停戦・空爆には周到な準備と政治的な意図、経済的な意図が感じられる。  エルサレムから車で30分、分離壁を越えてタクシーを乗り継ぎ、乾いた丘をくぐり抜けてパレスチナ自治区であるベツレヘムに入った。そこに、毎年12月24日のクリスマス・イブにミサを行い、CNNで実況中継を行うイエスの生誕教会がある。  クリスマス・イブ。アッバス自治政府議長は生誕教会のミサに参加していた。ハマスはアッバス氏のファタハを駆逐してガザを実力支配してきたのだが、今回のガザ空爆は、欧米が和平の対象として頼りにしてきたアッバス議長の地位すら危うくする。決して表に出ないような意図が隠されているように思えるのは私だけだろうか。こんな風に、世界が動き、人命が失われ、世界が流動化していいものだろうか。口惜しい。  2004年3月22日、イスラエルは車椅子で通行中だったハマスの精神的指導者・ヤシン(ヤースィーン)師を、ピンポイント爆撃によって殺害した。私がイスラエル・パレスチナを訪れた4ヶ月後に起きた事件だったので、鮮明に覚えている。その後、ヤシン師の遺体(グチャグチャに破壊された顔)はインターネット上に掲載され、彼らの憤怒は高まり続けている。また、今回の空爆でも亡くなった300名弱の方の家族や親族はインティファーダに参加してゆくことになるだろう。負の連鎖、憎悪の連鎖が続いていくことになる。  今回は、読売新聞すら「狙いは米政権移行期…ガザ空爆、イスラエルが周到に準備」と題してエルサレム支局からのレポートを報じている。在野の独立系シンクタンクである国際戦略情報研究所の原田武夫代表は「実は市場が待ち望んでいたイスラエルのガザ空爆」と題してコラムを掲載している。  今回の空爆を望んでいた潮目や政治的意図、経済…

ヤンチャな心 先生と私の場合

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先生のブログ」、おもしろーい。ゲラゲラ、お腹を抱えて笑ってしまった。私とのやりとりが書いてあって、もう、一行一行読みながら、笑えた(笑)。書いてあるとおり、本当に、楽しいやりとりがいっぱい。面白いんです。
 本当に、今年は先生の活躍が目立ったなぁ。お寺の中でも愛すべきキャラクターとして定着しているし、事務局でも潤滑油のように、海外団参の受け入れからミニ・コンサートまで、楽しい雰囲気を広げてくれている。  先生には、独特の雰囲気があって、どうしても僕のヤンチャな心に火がついてしまう。時間がない中でも、いつも楽しく教えてもらっているし、いろいろな分野の話をするのだが、とにかくジャれたくなる。住職なのに、「ジャれる」なんてよくないかな?でも、もう不真面目で、ヤンチャだったことを誰もが知っているから、いいか。許してもらおう。  スリランカの団参で、スリランカ特産のオーガニックな商品が並んでいるお店に行った。目の前でスリランカの植物を見せてくれて、「この植物はこういう病気に効きます」「これは内蔵に、これは肌に」という具合に、教えてくれていった。その中で、「これは、とても素晴らしい100%ナチュラルな脱毛剤です」と説明され、参加していた人が実際にそれを腕に塗ってみたのだが、おそろしいほど綺麗にムダ毛が無くなった。「いいですか、10分間、そのままにしておいてください。ほら、こうして10分後に軽く布で拭くだけで、綺麗になるでしょ」「おー、すごーい、なるほどー」と。  すかさず、それを見たサイテーな住職である私は、「あ、これを先生のおみやげにしよう」と考えついたのであった。先生のヘアースタイルは、少々毛の量が寂しくなっていて、3年前から「クレイジーケンバンドのケンさんのようにしてくださいよ。似てますよ」と言って短髪にすることを進めたり、余計なことばっかり進言してきた。ブラジルに3ヶ月滞在している間に、とてもスッキリと髪の毛を短くして帰国して、「お、これはやる気になってる」と思ったのだが、最近またヘアースタイルがまとまらないようだったので、思い切って、「そうだ、これをスリランカ独自のスペシャル増毛剤です」って言ってプレゼントしてみよう」と考えついたのであった。  「先生、いやー、帰ってきました。無事にスリランカ団参が終わりましたよ~。海外部長は行けなかったけど、先生の御祈願のお陰でーす。そ…

数億円の喜び

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もう、厳しい、辛い、ネガティブな話は書きたくないので、ここでちょっと嬉しいお話。
 お名前は出せないが、嬉しい嬉しいお話をお聞きした。あらためて、私自身も現証の御利益のすごさを実感し、おそろしいくらいの有難さで胸がいっぱいになった。  いまの経済状況は非常に厳しい。しかし、その中でも経済的に現証の御利益をいただかれる方があって、ご信心をさせていただく意味や価値、功徳を積む生き方に目覚めることが、どれだけ御法さまのお力添えをいただけるか、お聞きするたびに再認識させていただける。  23日、本年最後の門祖総講が奉修されたのだが、その奉修後に、あるご家族がどうしてもお話があるということで局長室に入っていただいた。  その方は、ひろし君のお教化された男性なのだが、ご信心すると決意されるまで3ヶ月間、昨年の9月から1週間に一度と決めてお参詣を続けられた。そして、昨年の12月、ご自宅に御本尊を奉安し、しっかりとご信心を始められる決意をされ、ブラジルにまでお参詣された方。ご信心をはじめられて半年にも満たない方をブラジルにお連れするというのもすごいことなのだが、本当に喜んでお参詣、ご奉公してくださった。  その方は会社を経営されている。お聞きすると、特に昨年の12月は、事業を進める上でも厳しい時期で、いろいろと思い悩むことがあったという。その最も厳しい時期だからこそ、ご信心を始められた。そして、その厳しい中、3月末から4月上旬までブラジル、イタリアとお参詣・ご奉公をされ、その旅行期間中に日博上人の「コーヒーの壺」を読破したのだという。  23日に局長室で伺ったお話の内容は、まさに、その事業が妙不可思議の御利益によって、起死回生とも言うべきおはからい、現証の御利益をいただいたのだということだった。  この一年間、事業の面で非常に厳しかった、しかし、日博上人の本を読み、感じるところがあった。ブラジルから帰国後、人任せにしていたことも自分でするようになり、入信からちょうど1年後の今月、信じられないことに不動産のやりとりから2億円以上もの資金が、キャッシュで入ってくることになり、本当に、これは、まさに、御利益としか言いようがない、と言ってくださっていた。そのタイミング、金額、一連の流れ、すべてがおはからいとしか言いようがないんです、本当に感謝している、ありがたい、どうやって御礼をしたらいいか、と話し…

ありがたい 〜最もレアな生き方〜(再掲)

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世界中にある本門佛立宗のお寺。それがどの国であろうと、訪ねて最初に掛けられる私たちの挨拶。
「ありがとうございます」

 佛立開導日扇聖人は、「我身をかへりみ、有難う存じますると口くせの様に申せ」と御指南されている。何と素敵な教え、素晴らしい言葉だろう。

 ご信心するということは感謝の気持ちが湧いてくるということ。感謝の気持ちを抱いて生きていく、生きてゆける、ということ。このことこそ正しい仏教を正しく実践している証明ではないか。

「ありがとう」とは形容詞である「ありがたい」の連用形「ありがたく」のウ音便。感謝の意を表し、礼を言う時に用いる。

 本来、「有り難し(ありがたし)」とは「有ることが難しい」という意味で、「滅多にない」「珍しくて貴重だ」ということを表していた。まさに美しい日本語の頂点にある。

「ありがとう」を「サンキュー」と英訳するには無理がある。単に感謝を表しているだけではなく、古の時代から神仏に対する言葉、天地を司る偉大な何者かに対する感謝の心から生まれた言葉であり、時間をかけて人や状況に対しても使われるようになったという。

 平安時代に書かれた枕草子では、「舅にほめらるる婿。また、姑に思はるる嫁の君」と実に俗っぽく「有難い」ことを表現してくれている。続いて、よく抜ける毛抜きは「有難い」とか、主を謗らない従者は「有難い」、顔と心の双方が良いのも「有難い」、社会にあって少しの「疵」も付いてない人間は「有難い」などとある。段末には、「男、女をば言はじ、女どちも、契り深くてかたらふ人の、末まで仲よきこと、難し」とあるから、それこそ有難くて笑ってしまう。感謝の辞というより、貴重な存在を表す言葉が「有難い」だった。

 私たちが日常の挨拶としてまで使っている「ありがとう」には、当然ながら「感謝」と同じくらい「有ることが難しい」という意味が込められている。開導聖人は、 「あゝ有難や、まれに人身を得、適仏法にあへり」 と妙講一座の随喜段の冒頭に載せられている。人間に生まれてくることは極めて難しいことであり、稀なことであり、その稀な中でも御仏の教えに出会えたことは更に最上の「有難さ」であると表明し、私たちも同様にその「有難さ」を感じてみなさい、とお示しである。

 DNA解明の世界的権威である筑波大学名誉教授、村上和雄氏はその講演で、「人間に生まれてくることは、宝くじに一万回も連続で当選す…

ジタバタしてはいけない

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先日来、危機感を募らせている。
 サブプライム・ローンに匹敵する規模の危機が、また世界を震撼させるのではないかと思う。そうした話が出ている。もし、それが現実のものとなれば、来年の正月から春、夏から秋まで、本当に厳しい事態になるに違いない。その可能性は極めて高い。  100年に一度の危機といわれて久しいが、そのインパクトの大きさをどれだけ自覚しているか。ここ最近、アメリカの年末商戦の結果は40年ぶりの水準といわれ、それは、つまり1969年(昭和44年)当時の同じ水準であるということだ。  工場を経営されている方の話をお聞きすると、前年同月で数十万個以上の発注が先月は20個しかなかった等々、来年の春まで各企業は生き残りを賭けた戦いをすることになると思う。政治の世界では、永らく巨大な企業中心の経済システムを信奉し、支援してきたから、中小企業の経営は大企業の生き残りの犠牲を強いられ、壊滅的な状況に陥るかも知れない。そこに、さらに追い打ちを掛けるような金融危機が訪れたとしたら、本当に100年に一度の大恐慌が日本を襲うことになる。  いずれにしても、現下の社会状況の中で、売上が3分の1になることは至極当然のことだ。それで当たり前だと思わなければならない。  ここでジタバタしているだけでは戦えないし、勝てないし、乗り越えられない。「人事尽くして天命を待つ」だから、最大限の努力を、出来る限りのことは全てする、という気持ちで行動することが大切だろう。しかし、他人のせいにして、イライラして、ジタバタしているだけでは、意味がないというのだ。  この時代背景の中でも強い企業がある。売上を伸ばし、厳しい中でも活き活きと仕事を進める経営者や企業がある。ほんの少し前まで「インフレ」と言われていたが、すでにデフレに突入。経営者にとっては舵取りが極めて難しいだろうが、先を読み、冷静に、方向を定め、人々を鼓舞して進んでいる人たちもいる。ユニクロの一人勝ちなどと言われているが、数年前の苦難を乗り越えての今日だろう。  今年最後の御法門は、こうした世相を背景にして、ご信者ならではの生き方、語り合い、支え合い、励まし合いが出来るようにならなければならない、と御法門をさせていただいた。 「世のなかをゆめと見なしてのりのとも さめてのうへのものがたりせん」  よく世を見渡せば、御仏が「世は皆牢固ならざること、水沫泡煙の如し」…

宇宙を身近に感じる

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今朝、流れ星を見た。
 ブラジルからのお客さまをお送りしようと5時過ぎに外に出てみると、空が透き通っていた。西の空は暗い漆黒で、東の横浜港に向かって徐々に紫から紅く変わっていく。寒い風に吹かれながら、「綺麗だなぁ」と思っていると、北の空に一線、「スゥー」っと流れ星。うわー。横浜で、こんな時間に流れ星が見えるなんて。  今年の夏、留学していた長男を迎えに行った時のこと。一緒に車を運転している途中、前方の空を横切る大きな大きな流れ星を見た。長男は見れなかったようで、「僕も見たい、見たい」とすねてしまった。そこで、公園を探して車を停め、だっこして抱えながら夜空が見れるようにした。しばらくそうしていても、なかなか流れ星を見ることができない。長男が、「ブッダにお願いしたら、流れ星を見せてくれるんじゃない?」と言って、「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」と唱えた。すると、またスゥーっと流れ星が。長男は大声で喜び、興奮しながら「ね、ブッダは何でも聞いてくれるよね。すごいよね」と言っていた。ほほえましい、嬉しい思い出だ。  とにかく、綺麗な流れ星を見ることが出来て、とても嬉しかった。来年は、アポロ11号が月面に到達してから40年目を迎える。アポロ11号は、1969年7月16日にケネディ宇宙センターから打ち上げられ、地球を1周半周回して月へと向かい、1969年7月20日、東部標準時16時17分、人類初の月面着陸を実現した。1969年は私の生まれた年でもあるので、特別の感慨がある。  また、以前にも書いたが(「今朝の空」で)、1969年というのは天文学の世界では特別の出来事が続いた年で、1969年2月8日13時に、メキシコのアエンデ(Allende)近郊に落下した全部で2トン以上あった隕石は、45.66億年前に固まった太陽系で最も古い物質だった。歴史上はじめて太陽系外から飛来した隕石と考えられていた想像もつかないほどの壮大なスケールの隕石の飛来だった。実は、余りにも憧れて、アエンデ隕石の欠片を譲ってもらって大切にしている。  さらに、来年は、ガリレオ・ガリレイが望遠鏡を初めて空に向けてから400年目に当たるということで、世界天文年とされている。世界天文年も掲げるのは、「一人ひとりが空を見上げ、宇宙の中での自らの位置に思いをはせ、宇宙、地球、そして人間というものについて、自分なりの発見をすること…

ブラジルからのお参詣

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昨日、妙深寺に3度目となるコレイア御導師がお参詣くださった。  日本の御導師方とも、これほど親しくご奉公を一緒にすることはないが、今年は3月~4月にはブラジルで、7月~8月は日本で、そして今回12月と、重ねてコレイア御導師と一緒にご奉公させていただいた。  今年は、国内初となる開導会の奉修御導師をお願いし、大勢のお参詣をいただいて盛大に奉修させていただいた。その際には、「ぜひ奥さまもご一緒に」とお願いしており、ご家族4名(甥のギー君も一緒だった)でご奉公いただいた。  今回、何とクリチーバの如蓮寺から太田局長ご夫妻をはじめ、12名のご信者さんを引き連れて日本に来られており、九州から北海道まで国内の寺院を巡り、大晦日には本山の除夜法要にお参詣するという。記念すべき本年を、何としても年末の御礼参詣で締めくくろうというご信心の賜で、あっという間に12名もの方が同行を決意されたという。  おはからいだ、御利益だと教えてくださったのは、全員今回の金融危機の直前にチケットを支払っており、この急速な円高の影響を受けずに今回来日することができたという。いつもは直前になってから支払うのに、今回は何故かそういう支払い形態になったのだという。もし、ここまでの円高が進んでいたら、とてもではないが若い女の子もいるし、支払って旅行というわけにはいかなかったと言っておられた。本当に、ありがたい。  24日、25日と、妙深寺に2泊される予定で、また貸し布団をレンタルして、居心地の悪い大広間や婦人会室などに別れて宿泊いただく。「妙深寺ホスピタリティー」はご奉公をくださる方々のお陰で充実していると思うのだが、設備が整っていないから申し訳ない気持ちもする。ただ、それでいいのだという。朝は清和会(教務婦人の会)が朝食を作ってくださり、午後からは観光に。昨夜は、そんなこともあり、歓迎の意味を込めて中華街で夕食をご一緒した。  朝、みんな一番から本堂に上がり、とても熱心にお看経されていた。入信5年や4年に満たないご家族や青年会の女の子たちが一生懸命に御題目をお唱えする姿に感動した。コレイア御導師から御法門を頂戴し、また妙深寺のお参詣者も感激。本当に分かりやすく、行いやすい。腹に染み通る御法門だった。  今夜はこれからボーズ・バーを行う。東京から帰ってこられたら、そのままガラスの間へ。大勢の参加が期待される。それにしても…

飯島愛さんの死について

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飯島愛さんが亡くなった。ニュースで流れてきた名前と内容を聞いて、一瞬身体がこわばった。
 引退をされたことは知っていたし、身心の不調を訴えておられたと報道程度で聞いてはいたのだが、こうして命を終えてしまうとは。世間はクリスマスイブで賑やかにしているだろうに、あまりにも淋しい死ではないか。  1999年の12月。しかも、ちょうどクリスマスイブの夜だった。私はお世話になっているタレントの方の事務所を訪れていた。事務所の地下に降りていくと、お世話になっている方と一緒に飯島さんがおられた。仏教徒であるからと笑って、クリスマスイブという世間の喧噪も関係なく、世間話をしながら楽しく過ごした。飯島さんはとても気さくな方で、親しみやすく人当たりのやわらかい方だった。  事務所の地下で話をしていたのだが、何か買いに行ってくることになり、一人で事務所を出た。すると飯島さんが付いてきてくれて、一緒に買い物をした。ほんの短い時間だが、一緒に歩きながら腕を組んでこられ、何か淋しそうな言葉を言ったのを覚えている。その言葉がどんな言葉だったか覚えていない。でも、淋しい言葉を言う人だなぁと思った。  その後、「プラトニック・セックス」という本を出版し、大変な人気を博した。テレビで活躍する姿を見ていたが、それ以来お会いすることもなかった。ただ、「袖触り合うも多生の縁」と言う。引退し、心身の不調を訴えていた飯島さんが、一緒に青山通りを、腕を組んで歩いた9年後の同じ日の夜、訃報として自分の耳に飛び込んでくるとは。御縁があったのに、何もできなかった。
 東京という都会、人間関係の中で、彼女は苦悩を抱えて、出口が見えなくなってしまったのだろうか。自分の心がどうしようもなくなり、コントロールできなくなり、感情に支配され、苦しんでいたのだろうか。  何とも言えない口惜しさが、胸にこみ上げてきた。いろいろな御縁をいただき、たくさんの方と出会わせていただき、言葉を交わす。しかし、何を伝えられているだろう。  口先だけ、上辺の楽しい話だけ、何か踏み込めていない。もちろん、それぞれ自分なりに模索しておられるから、私の言うことなど余計なお世話と思われるかも知れないが、そうではないと思う。私は、もっと自分のできることを探して、自覚して、信じて、声なき悲鳴に耳を傾けたり、もっと人の心の傍に寄り添って、辛い時に、あいつに相談しようかな、…

信を説く

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開導聖人の御指南に「信を説かば御法弘まる。法門すれば信者すすまず」とある。「信の一字を所詮と云々。忘るべからざる大事」と。 いま、人間に必要な心の柱は「信」であり、世の中に取り戻すべきは「信」に違いない。それは、正しい法に対するものでなければならず、本物の信でなければならないが。
 法門を説いて信者が進まないとはどういうことか。よくよく説く者が思慮しなければならない。法門に「信」があるか。「信」を説いているか。世にありがちな講談、賢そうにする説教、倫理や道徳にずれた高飛車な論は、開導聖人の御意から外れて佛立らしさを失う。結果、ご弘通にならぬ。誰もダイナミックな真実の仏教、佛立信心の妙味を味わえない。自身を誡めている。

駆け抜ける

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12月、駆け抜ける。時間が、あっという間に過ぎていく。京都、名古屋、横浜、東京、長野、東京、横浜…。
 非常に厳しい時代であることを痛感する。肌で感じる。テナントから出なければならない企業、事務所、店舗の多さ。昨年度同月は数十万個の部品を製作していた工場が、先月20個の発注しか受けられなかった等々、悲惨な状態が起きている。迫っている。  とにかく、ご信者皆さまが無事に越年迎春し、より良い一年を迎えられるように。ご信心をさせていただいている以上、絶対に負けられない。「負けてはならぬ祖師の御味方」なのだから。信心を立て直し、立て直していれば、絶対に負けない。

横断歩道を渡る人たち

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昨夜は長松寺での御総講。今年最後の奉修で、妙福寺から多数のお参詣をいただき、盛大に奉修させていただいた。ありがたかった。
 そして、今日は京都での会議。少々疲れたが、会議からの帰り、横断歩道を渡る人を見てふと思う。全く車に無関心で、ゆっくりと渡っていく女の子。子供の頃、父や母は横断歩道を渡っている時でも、車に配慮してなのか、自分が渡るのを待っている車があると小走りになったものだ。いつしか、自分も横断歩道を渡っている時には、車があると小走りになる。  道路の法規上は、あくまでも歩行者優先だろうから何の問題もない。イライラする必要もない。事実、イライラもしていない。しかし、それでいいだろうか。父や母がしていた「気づかい」は不必要なものだろうか。いや、そうは思えないし、思わない。人間にとって、こうした気遣いは必要なものであり、人間理解や人間が生きていく上で必要不可欠な機微を学ぶために心がけることだと思う。  何事にも、何者にも全く無関心で歩いていくこと。視界が狭く、好きなことには関心を向けて、自分に関係ないと規定するものには感性が動かない。それでは人間らしい成長はできないと思う。  ただ、世の中の状態を考えれば、心が荒み、それぞれが抱える問題が大きくなり、関心を払うことも忘れ、視界が狭くなってしまうことも分かる。人間の心がこうした状態では、さらに社会は混迷を深め、事件や事故、災害が多発するだろう。この時、この時期だからこそ、心を豊かにすること、つまり心を正しく立てることを心がけたい。「立正安国」とは、「信心を正しく立てる」「信心を正しく立て直す」と、思い返す。  他の人に対して無関心で生きることも出来るが、それは人間修行からの逃避だと思う。結果、その人は生きていくことに後で苦労することになる。そうあってはならないから、常々、つまらないことかもしれないが、人間としての成長を心がけるために、様々な人やいろいろな物事への「気づかい」をお勧めしたい。

在日ブラジル人の方々を守る

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昨日の土曜日、みなとみらいにあるJICA横浜に於いて、日本人ブラジル移民100周年・ブラジル人日本移民20周年記念シンポジウムがあり、その第二日目に行われた「在日ブラジル人と仕事・生活・健康・教育・宗教・言語問題等の解決支援策」に参加させていただいた。
 妙深寺にとって、こうした行事に参加することは初めての試みとなるが、ブラジルへの日系移民100周年の最後を締めくくるために、ご奉公させていただくことになった。第二弘通部、特に海外部の方々の尽力によって、在日ブラジル人をサポートするNPO法人ABCジャパンさまとの素晴らしい関係が実った。  それにしても、こうした施設や機関が活躍してくださっていることは有難い。海外移住資料館など今年のブラジルと日本の歴史的意義を分かりやすく教えてくれている。私たちは、ブラジルへの日系移民を創始した本門佛立宗の信徒・水野氏と、第一回の移民船に唯一乗船した茨木日水上人の後輩として、こうした機会に参加して、是非その存在と、今後の活動支援をしていきたいと考えている。  私は、この場で30分程度お話をさせていただいた。本門佛立宗と南米・ブラジルとの関係。南米・ブラジルに仏教をもたらした本門佛立宗の紹介、茨木日水上人のご奉公についてご紹介した。苦難が伴うに違いない移民に当たり、正しい信仰の力が必要だと考えた水野氏。そして、その思いのとおり、仏教の使命を体して渡伯し、宗派を越えて人々を支え、尊敬されるまでにご奉公された日水上人。現在、日系ブラジル人が150万人を越え、日本に在住する日系ブラジル人が30万人を越える中で、今もう一度、私たちの果たすべき役割は何か。  お話の中で、重ねて法華経の教え、御題目の教えについてお話をし、現在貧困や差別と戦う在日ブラジル人の方々にとっても心の柱となり、苦難を乗り越える信仰であることをお話させていただいた。同時に、具体的なサポートについても今後一緒に考えてゆきたい、と。  ただ、私たち本門佛立宗は、単なる既成仏教団体でもなく、新興宗教群にも数えられない。その活動も葬式や法事で生計を立てるものでもなく、新興宗教や新々宗教のように政治的な活動もせず、広報活動にも長けていない。私たちはそれを真ん中の仏教、あるべき宗教や仏教の形だと思っているが、つまりは政治力も資金力もないということ。そういう意味で、資金力のあるキリスト教系の団体…

昨今の社会状況に思う

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あっという間に週末。日曜日は、午前中はJICA横浜でシンポジウムに参加し、在日ブラジル人の方々と交流する。午後は御講席が二席。今夜は本年最後となる布教区参与会がある。時間があるので、ブログの更新をしたいと思って。長い文章、嫌われているけど。

 それにしても、私たちの暮らしに直結して、非常に厳しい状況が続いている。先日も書いたが、金融危機が圧倒的な破壊力で身近に迫ってくるのはこれからだ。このブログでは、さまざまな形で社会の在り方や行く末などについて書いてきた。こうして現実恐ろしいまでに社会不安が広がり、ご信心をされている方にまで影響が拡大していることが哀しい。

 原油価格が1バレル150ドルに迫った頃、70ドル前後が適正で、現在の投機的な暴騰は極めて異常であると書いてきた。最近30ドル代まで下落したのだから予想を超えている。3分の1にまで高下したということだから、その衝撃は大きい。1ドルは80円台という。その影響は、年始から春、あるいは初夏まで、雇用や暮らしに決定的な影響を与えていくことは疑いない。「備えあれば憂いなし」と書いてきたが、現実に100年に一度の危機が訪れているのだろうか。

 おかしいなぁ。おかしいことだらけだと思う。あれだけ、原油高騰で航空券のサーチャージ【航路各社が課する割り増し料。燃料代の上昇や為替相場変動に伴う追加補填料】が上がりに上がってきた。先月より今月、今月より来月と、現有価格に連動して、あれだけ敏感に上がってきたのに、逆に下落していったら全く下がらない。イタリア団参もスリランカ団参でも、格安チケットを買っても、サーチャージが団参費用を押し上げていたのに。

 誰か何か言わないのだろうか?しかも、円高。輸出産業は極めて厳しいだろうが、この円高を悪だとばかりも言えないはず。円高が進み、原油価格が下がっているということは、一体輸入している物品がどのくらい下がっているか分からないではないか。国内の産業の半数が輸出に頼っているとはいえ、輸入産業は原材料高と円安の中で経営を進めてきたはず。そのバランスシートも検証できていない。

 なんと、あれだけ高騰に敏感だったのに、航空各社は来年の1月までサーチャージについて触らずにいた。本当に、おかしい。おそろしいなぁ。ほんと、サーチャージは税金を二度払っているようなものだから。こうして、社会のシステムやマネジメントが、す…

仙壽閣での休息

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昨夜から仙壽閣という素晴らしい宿に止まらせていただき、 ご奉公させていただいた。  果報を通り越すような場所で、申し訳なさで胸がいっぱいになった。私は、食事にも疎いし、温泉の善し悪しすら分からない。本当に、無粋な若造(こう話していたら、「もう若くない。中年ですよ」と言われたが)なのに、とにかく、素晴らしいご接待に恐縮してしまった。ほんと、もっとモノの分かる方ならまだしも。本当に、私のようなものはビジネスホテルで十分なのに。思わぬ素晴らしい場所で、しばし休息をさせていただいた。  とにかく、自分の課せられたご奉公を全うすべく、朝から頭がいっぱいだった。一座の法要、感激のお話、御法門。何とかご奉公を終えて、新幹線で横浜へ。ホッと一息。  空気も綺麗で、ご供養も本当に志のこもったもの、美味しいものばかり。景色も綺麗で、何よりご信者方の信心の温かさ、篤さがありがたい。
 本当に有難いご奉公で、ご信者の皆さまの御志に感無量。まごころのご奉公に、ただただ合掌させていただきたく、御宝前に御礼申し上げた。  明日、寒川の節子さんのお宅で教区御講。今年で部長を交代される。永年部長のご奉公をしてきてくださり、ここで交代されるのは淋しい気持ちもする。この年末年始で、節子さんのように素晴らしいご奉公をしてくださってきたお役中が多く交代される。一緒に涙してご奉公くださった荻原さんや、まごころのご奉公で有名な小松さん(僕は小松さんの物まねが得意なのだが)も教区長を交代される。田畑さんも20代のまゆみちゃんに教区長の任を託される。  明日も、とにかく一生懸命にご奉公させていただこう。

出来た!新しい御戒壇! ひろし君の御講

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全く、ブログ更新できなかった。

 いや、ちょっとM先生の、最高の言葉を、ずっと長く掲載しておきたかったから更新する気が起きなかった(汗)。いや、そんな言い訳したらいけないかな。それにしても、本当に、素晴らしい家庭内の会話。

 飾った言葉や変に賢そうな言葉なんて、伝わらない。このご信心の味わい、お看経の味わい、おはからいを、そのままストレートに表現してくれていて、どんな人でも、読んだらお看経したくなる。それこそ、菩薩の声だと思う。ありがたい。

 更新しなかったのは、インターネットの回線の調子がむちゃくちゃ悪いからということもある。週末になると光回線が止まってしまう。ランプが消える。誰か近所の方が利用し出すと、こっちまで回線がまわってこないかのように、週末や夜中になるとインターネットが使えなくなる。もう、2度も修理や点検、復旧にきてくれているのに、ダメ。なんで?NTTとYahoo BBで、うまくお仕事が出来ていないのかしら?あるいは、回線が追いついていないのに売ってしまっているのかしら?本当に、困ってしまいます。

 それと、やはりご奉公が過密でした。それも、内容の濃ーいご奉公が続いた。6日から今日の8日夕方までで、御講席が8席(その内の1席は壮年会住職御講)、布教区の会議、お通夜のご奉公が一座。もう、御講席(ご信者さまのお宅)から御講席へと移動して、ご奉公していくのでグルグル。有難いが、PCに向かう時間がなくなってしまった。しかも、壮年会の住職御講では御法門の勉強をさせていただかなければならないし。Y先生と同じくらい、しなければならないことに追われてしまいました(汗)。

 一つ一つのご奉公の内容が濃いということが有難い。本来、教務のご奉公が「浅い」ということなどあり得ない。例月の御講ですら、ルーティーンのご奉公ではないからだ。ご信者の皆さんに「志が大事」とお話ししているのだから、何あろう「志」で奉修される御講であり、その他のご奉公なのだから、「浅い」ことなど一つもない。

 今月、田代君の御講も特別なものだった。まだ20代であるにもかかわらず、教区御講の願主。これもすごい。さらに、彼は新居を購入する際、「教区御講の奉修できる住まいを」と御宝前の間とリビングの広い、お参詣者にとってお参詣しやすい家を探して購入したという。その最初の御講が今月奉修された。まごころのこもった、素晴らしい…