2007年9月6日木曜日

子どもの寝顔

 子どもたちは可愛い。シャンタさんからのメールもあって、子どもたちのことを考えていた。 数日間、家を留守にしていたわけだが、少しの間でも子どもたちは変わる。長男は大人びたことを言うし、次男は既に歩行器に入っている。
 長男は友だちと遊んでいる時にころんだということで、顔にいくつもの擦り傷。長男が2才の頃、私がアメリカに行っている間に、長男は家のベランダから落っこちた。4メートル近くあるのだが、正教師の家の前、植木鉢の上に落ちたらしい。少し擦りむいただけで、精密検査を受けたが何の異常もなかった。植木鉢がパッカリと割れていただけ。本当に助けていただいた。実は、私は帰国するまでこのことを知らなかった。心配をかけると思って、家族が私に隠していた。
 子どもたちに何かあったら、親は自分が傷つくよりも苦しくなる。自分が代わって上げられたらと思う。この気持ちは、あらゆる慈愛の根本にあると思う。この我が子に対する気持ちを、もう少し広げて考えられたら、世界はもっと良くなる。吏絵ちゃんにしても、シャンタさんの息子マダワ君のことにしても、「かわいそう」ではなく、我が子と同じように思って苦悩を共有したい。実際の親の苦しみとは比べものにならないとしても、少しでも共有して、その人のために祈ることが出来たらと思う。
 それにしても、二人とも可愛いなぁ。寝顔をずっと見てしまう。長男は私と寝ている。かー、かわいい。
 ブッダは我が子を「ラーフラ」と名付けたという。「障礙」という意味で解釈されており、「真実の道へ向かう妨げ」という意味に近い。可哀想に、ラーフラ。
 しかし、人間の情愛は、使い方や受け取り方、出し方によっては、単なるエゴや「狂い」となってしまう。「crazy for you」が「あなたに夢中だ」という意味であることはよく知られているが、まさに冷静さを欠いて、進むべき道を進ませてくれない「障り」「障礙」が子どもになってしまう。そうなったら、そうしてしまったら、何とも悲しいではないか。
 開導聖人の御教歌にも、
「妻や子が 娑婆に帰れと とりすがり ゆくにゆかれぬ 寂光の道」
とある。「帰寂」すら、情愛深い家族が取りすがれば、なかなか踏ん切りが付かないものだ。
 ラーフラ。それでもラーフラは、ブッダの側に仕え、出家得度の道を選んだという。「障礙」と言われたことを彼はどう感じていたのだろう。推し量ることはできないが、彼は偉大な父、ブッダの後を追って真実の道を歩み始めた。
 私たちが握りしめているお数珠。このお数珠に関しては様々な教えがあるが、短いふさだけを持ってたらしてみると、御仏の身体そのものであると教えていただく。御頭、両手、お身体、両足。
 それだけではなく、大きな二つの玉が釈迦牟尼仏、多宝仏であるとも教えていただき、それぞれには意味がつけられている。
 その釈迦牟尼仏の玉に、ピタッと寄り添っている小さな玉がある。それを「ラーフラ」と教えていただいたことがある。もちろん、先にも書いたが、お数珠の解釈については色々な言い伝えがあるので一様ではないが、私はいつもこの小さな玉を見つめながら「ラーフラ、ラーフラよ」と思う。ブッダの息子、偉大な父に思いを馳せて、真実の道を歩んだ子、と。
 何を書きたいのか分からなくなった。とにかく、自分のお数珠を眺めて、釈迦牟尼仏に寄り添う小さな玉を眺めていただきたい。
 何度か書いたが、私は息子に良い意味で期待を抱かない。無論、私はブッダでもないし、子どもたちも当然「ラーフラ」その人ではない。しかし、誰にとっても愛する子どもというのは「ラーフラ」的な要素を持っているだろう。情愛に引かれて進むべき道を見失い、立ち止まってしまうようなら、まさに「障礙」だ。障礙にしてしまうことは何よりの罪だろう。それは本当の親の愛ではない。
 ブッダは、自らのエゴによって「障礙」と名付けられた訳ではないだろう。「悉是吾子(悉く是は吾が子である)」とお説きになったブッダは、全ての人を「我が子」と捉えて、その「子」たちを救うために生きられたのだから、たくさんの子の中で一人の子どもだけを「えこひいき」して全員を見捨てるようなことは出来い、出来ないからこそ「障礙」と名付けられたのではないか。
 そして、最終的に「ラーフラ」も父のことを全て理解し、信じて、後を追ったのであるから、これこそ見本であり、ブッダは親の手本であるとも考えられる。
 子どもに媚びてばかりいて、子どもを尊重し過ぎる余り、子どもにとって親は友だちのようなもので、尊敬の念も生まれず、親のようになりたいと思う子どもが減ってきているという。まず、親が何を求めて、何処に進もうとしているのかが大事ではないか。それが正しいのか、間違っているのか、子どもは冷静に見ていると思う。親の生き方が本物であれば、子どもはそれを見つけ出すのではないか。そうブッダとラーフラに教えていただいているように思う。
 それにしても、寝顔を見ていると決意も萎える。かわいい。いや、障礙とするかしないかは、親次第。逆に、親が子どもにとっての「ラーフラ」になることもあるのだから。お互いに心しなければならないはず。
 それと、シャンタさんからのメールを載せ、続いて私の下手な英語の返事を載せておこうと思う。
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Dear Nagamatsu Odoshi,
Recoverd of Madawa
I am so sorry to trouble you. last few days first time in my life I was not in good condition in my life my wife too,Still I believed Namu Myoho Renge Kyo saved my son Madawa,now he is getting better.

Very big thank for everyone who chanted for my son,give my regards to members.

Namu Myoho Renge Kyo

Shantha Perera
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Dear Shantha Perera,

Thank you so much for your mail.
I know your heart. I am father, too.
If my son got like Madawa’s illness or sickness, I would be like yours,,,,,.

Yesterday, we held a Oko meeting at Chosho-ji temple in Kyoto.
At that time, we talked about Madawa.
I reported condition of Madawa because everyone have prayed for Madawa long time.
About 88 members attended that meeting.

Can you believe?
That time, Rie Moritani and her family attended there.
Rie recovered from leukemia(blood cancer) by Namu Myoho Renge Kyo with us.
They really appreciated to people who prayed for their daughter.
Gohonzon-sama always help us, and sometime, Gohonzon-sama have trial to our faith.
My father’s accident was like this.
After that, we got more pure faith and I realized my big mission of my life.

I met Rie. That was great great occasion for me.
For 2 years, I prayed for her, but I never seen before, I could not meet her for 2 years.
But I always prayed and think and imaged her and her family’s heat, and prayed for 2 years.
I think that this is the HBS faith, HBS Bodhisattva work.

Rie and Rie’s family came my Yokohama temple at 24th August.
At Oko meeting in my temple, Rie said great warm message for us, and she presented small gift for me.
I got really strong deep emotion at that time.

Many family and kids have many trouble in this world.
We have to help or effort more and more.
Of course, we proposed to HBS faith and chanting for their.
But, before that, we must love, pity and affectionate for that families.
We can do it, because we have the Odaimoku, that is we seem to have the highest medicine.
We can pray for all people and families.
We don’t want to think them to be an only poor.
It is different from "Pity" of the Christianity.
They are us.
They are my son.
They are my Rie.
They are my Madawa.
You are my family.
Suffer and pain of you and your wife were our suffer and our pain.

So, now is over am 3:00. But I cannot sleep yet.
I have to write a letter for other family who have trouble with wife and husband.

Please forgive my bad English.

We never stop to pray for your son.

Keep in touch,

Namu Myoho Renge Kyo,,,

Seijun Nagamatsu,

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