2008年7月31日木曜日

かわいい息子に旅をさせる

 息子は、当時アメリカに住んでおられたご信者さんのお宅で生まれた。太平洋を見下ろす大きなご宝前の間があり、先住日爽上人はその場所をこよなく愛された。御本尊・御尊像も先住が自らお供され、ご奉安していただいていた。ご宝前には、やはり日本から持って行かれた法鼓まで設置され、そこには「一天四海皆帰妙法」と祖願が大書されていた。
 妙深寺の90才になる尼僧、妙清師も先住がそのお宅にお連れした。妙清師はその風景をご覧になり、「お祖師さまが一天四海皆帰妙法と仰せになった意味が、この場所に来てよく分かりました」と仰ったという。先住から教えていただいたことは数え切れないほどあるが、それは難しい言葉ではなく、印象深い平易な言葉だった。頭で考えることではなく心で感じることを多く遺してくださった。「考える」ではなく「感じる」場所に誘ってくれるのが先住の教えではなかっただろうか。そこで感じられるか、感じられないか。今考えると、あの場所は、世界へ目を向けるために用意してくださった場所のように思える。そのお宅で、長男は生まれた。2002年のことだった。先住がご遷化になってから2年が経過していた。
 アメリカには多くの友人がいるが、長男が生まれる時にもたくさんの方が協力してくれた。将来、ご弘通の器になれる日が来たら、何らかの役に立つようにとの配慮だった。2002年7月4日、長男は無事に生まれてくれた。先住のご遷化から2年。喪失感から来るさみしさを、長男の誕生がようやく晴らしてくれたように思えた。
 今年、長男はやっと6才になった。いろいろな方からのお勧めもあって、生まれ故郷に滞在して勉強することになった。数ヶ月の滞在となるが、11才で私をブラジルに行かせた両親。あの経験があってこそ、今の自分があると思っている。少々脱線気味の人生だったが、それらもご弘通の役に少しは立っているようにも思うし、「かわいい子には旅をさせよ」という言葉もある。あれこれ考えて、私も息子を海外に行かせる決断をした。
 そして、先日、息子は「子ども一人旅」という航空会社のプランを使って、6才になったばかりだが一人で飛行機に乗って留学した。こちらの方がドキドキして、戸惑って、哀しんで、どちらが親か子どもか分からない状態だったが。社会に不安が蔓延している中、こうした機会に恵まれることは贅沢なことであり、幸福なことだ。何としても実のあるものにしてもらいたい。6才では、まだまだ感じられることも少ないと思うが、先住の胸の内、ご弘通への夢を、幼い胸にも芽生えさせて、帰ってきてくれる日を待ちたい。
 出発前、家族全員でご宝前でお看経をさせていただき、息子にも分かるように、口語体でご宝前に無事に学業が成就し、災難から逃れ、無事帰宅・帰山、ご弘通の器になりますようにと、御願い申し上げた。母などは泣いていたが、本人はケロッとして車に乗り込んだ。
 成田空港のカウンターでチェックインをしている際、「ダディーも飛行機に乗って、いろんな国に行ってご奉公しているでしょ。僕も、大人になったら世界中に行くからね。最初はフランスだから」と言っていた。分かっているのか、分かっていないのか分からないし、なぜフランスなのかも分からないが、そういうことを考えつつ行くのであればいいだろう。
 先日のコレイア御導師とのトークショーの際、泣きながら舞台に上がってきて飛び入り参加したと思ったら、満員の観衆を前に泣きながら、「ダディーは朝から南無妙法蓮華経して頑張っています。僕もダディーのようになりたいです」と言った。これにはコレイア師と笑ってしまった。いきなり主役を奪われたようで、私は「僕が言わせたんじゃないですから」と照れていうしかなかった。まぁ、ご弘通の役に立つ人間になるか、どうなるか分からないが、嬉しかったことは間違いない。
 航空会社の方に迎えに来ていただいて、出発のセキュリティー・ゲートへ。こんなに淋しい別れは、ついぞ経験したことがない。6才の子を、一人で海外に送り出すなんて、間違っていたんじゃないだろうか、と思ってしまった。この期に及んで、それはないだろう。気を取り直して長男を送り出す。「いいか、頑張るんだよ。言うことをよく聞いて。何かあっても怖がらずに待っているんだよ。ダディーがすぐに助けに行ってやるからな」と声を掛けながら涙が浮かんでくる。「うん」と言って、笑顔でゲートに向かった。
 ご案内していただく方の後ろを歩くように言ったのに、長男はもう自分がスタスタと先を歩く。ありゃ何にも聞いていないんじゃないか?大丈夫か?ガラス越しに長男の声が聞こえてくる。「あっちだよ」。おいおい、お前が案内してどうする?お前が連れて行っていただくんだぞ。不安を残しながら、ゲートの奥に消えていった。
 別れを前にして、長男と写真を撮った。実は、動画も撮った。「淋しいけど我慢する。心配しないでね。頑張ってくるからね」とメッセージを残していった。父親の方が不安そうで、実際淋しい。
 しっかりと事故がないように、健康で帰ってきて、御法さまのお役に立つ人間になれるようにと、御願いするばかり。
 夏を前にして、そんなことがあった。なかなか複雑な気持ちだが、かわいい息子に旅をさせることになった。

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