令和元年10月19日、大親友のお父さまが急逝され、翌日空港から枕経に伺いました。お通夜の時、今までご奉公してきた中で最も不思議なことが起こりました。
お通夜の会場に着くと、いきなり「お坊さんが来ない!」と言われ、ご高齢も含めて数百人が列を作っていて(結局540人くらいの参列でした)、「これ以上はお待たせできない。代わりにしてもらいたい」と言われました。
その前にも、その後にも、ほとんどありませんが、その日だけ、なぜか「お衣一式を車に積んでおいて欲しい」と言っていて、なんとお通夜を奉修できたのです。祭壇の中央に懐中御本尊さまをご奉安し、自分で書いたお父さんへの手紙をもとに、生まれてはじめて木魚を叩きながら、言上させていただきました。
お坊さんは結局40分ほど遅れて到着されたそうですが、あの夜の出来事から一族全員で転檀入講、墓地も引き払って妙深寺のさくら霊園を求められました。
そして今日、またまた7年前には思ってもいなかったご奉公、大親友のお母さんのご実家に御本尊をご奉安させていただき、叔母さまが弔主となってご両親のご回向が営まれました。大親友のお祖父さま、お祖母さまのご回向をさせていただくことになるとは、本当に夢にも思っていませんでした。
激動の日々、自分の力のなさを噛みしめることの方が多いのですが、どう考えてもあり得ない出来事、妙不可思議な流れ、おはからい、現証を目の当たりにし、そのことを振り返って、力をいただいています。僕の方が、お父さんに導かれて、救われているようです。
きっと、7年前のあの夜の出来事は、僕の一生の記録の中に残ると思います。お父さんが仕組んでくださったものと信じています。孫の代まで語り継いでもらいたい出来事でした。
今日のご奉安、ご回向は、本当に特別でした。
毎日が怒涛、激動のご奉公です。皆さまもどうかご自愛くださいませ。
ありがとうございます。



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