人としてこの世に生まれ、人間にしか出来ない、最も甲斐のある生き方が、仏の道と教えていただきます。
人は必ず死ぬ。その限られた時間の中で、「これだけは本当に尊かった」「これこそが生きた証」と言えるご奉公を「今生人界の思い出」と言います。
それは今世の成功や地位や名誉、毀誉褒貶とは隔絶し、自己愛の思い込みでも、仲間内のお世辞でもなく、御法の定規に照らした賞罰、時空を超えた信心の世界にある「思い出」です。
日蓮聖人は『持妙法華問答抄』の結びに、
「願くば、現世安穏、後生善処の妙法を持つのみこそ、今生の名聞、後世の弄引なるべけれ。すべからく心を一にして南無妙法蓮華経と、我も唱へ、他をも勧めんのみこそ、今生人界の思出なるべけれ。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。」
とお諭しになられています。
弘通低迷時代、「今生人界の思い出」を持つ人は少ないはずです。「これが今生人界の思い出だ」と思っても、お祖師さまや門祖聖人や開導聖人、先師上人方から眉をひそめられ、笑われ、退けられるのではないでしょうか。自戒を込めてそう思います。
昨日は妙深寺初代清水日博上人の第60回忌の祥月ご命日でした。
日博上人はご弘通に生命を捧げ、命にカンナをかけながら、ご奉公くださいました。短いご生涯の中で、乗泉寺、妙深寺、法正寺、サイパン、ブラジル、福祉活動、出版活動など、大変な足跡と功績を残されました。
第二次世界大戦の最中、日博上人がサイパンをはじめとする南洋諸島に出張された資料『南洋紀抄』が残されています。まだ現地の方々は衣服をつけず暮らしておられる中のこと。見送りの写真、現地の写真、日博上人の詠んだ和歌、日謙上人やお母さまの和歌もあります。
妙深寺は、日博上人がその礎を築かれ、先住松風院日爽上人が見事に発展くださった果報をいただいています。先住のご遷化から26年、果報を使わせていただき、すり減らしてきたばかりではないかと思います。
命は短いです。時間には限りがあります。楽しんで、喜んでいても、思い上がりや、思い込みであれば、夢や幻と大差なく、人間に生まれてきた甲斐もなく、現世安穏、後生善処どころか、御法さまと歴史は冷徹に審断を下すはずです。
さらなる改良と精進を、日博上人、日爽上人の御霊前にお誓い申し上げます。妙深寺門末のみんなで引き続きご本意に叶うようご奉公させていただきましょう。
南無妙法蓮華経。
ありがとうございます。













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