2007年9月6日木曜日

子どもの寝顔

 子どもたちは可愛い。シャンタさんからのメールもあって、子どもたちのことを考えていた。 数日間、家を留守にしていたわけだが、少しの間でも子どもたちは変わる。長男は大人びたことを言うし、次男は既に歩行器に入っている。
 長男は友だちと遊んでいる時にころんだということで、顔にいくつもの擦り傷。長男が2才の頃、私がアメリカに行っている間に、長男は家のベランダから落っこちた。4メートル近くあるのだが、正教師の家の前、植木鉢の上に落ちたらしい。少し擦りむいただけで、精密検査を受けたが何の異常もなかった。植木鉢がパッカリと割れていただけ。本当に助けていただいた。実は、私は帰国するまでこのことを知らなかった。心配をかけると思って、家族が私に隠していた。
 子どもたちに何かあったら、親は自分が傷つくよりも苦しくなる。自分が代わって上げられたらと思う。この気持ちは、あらゆる慈愛の根本にあると思う。この我が子に対する気持ちを、もう少し広げて考えられたら、世界はもっと良くなる。吏絵ちゃんにしても、シャンタさんの息子マダワ君のことにしても、「かわいそう」ではなく、我が子と同じように思って苦悩を共有したい。実際の親の苦しみとは比べものにならないとしても、少しでも共有して、その人のために祈ることが出来たらと思う。
 それにしても、二人とも可愛いなぁ。寝顔をずっと見てしまう。長男は私と寝ている。かー、かわいい。
 ブッダは我が子を「ラーフラ」と名付けたという。「障礙」という意味で解釈されており、「真実の道へ向かう妨げ」という意味に近い。可哀想に、ラーフラ。
 しかし、人間の情愛は、使い方や受け取り方、出し方によっては、単なるエゴや「狂い」となってしまう。「crazy for you」が「あなたに夢中だ」という意味であることはよく知られているが、まさに冷静さを欠いて、進むべき道を進ませてくれない「障り」「障礙」が子どもになってしまう。そうなったら、そうしてしまったら、何とも悲しいではないか。
 開導聖人の御教歌にも、
「妻や子が 娑婆に帰れと とりすがり ゆくにゆかれぬ 寂光の道」
とある。「帰寂」すら、情愛深い家族が取りすがれば、なかなか踏ん切りが付かないものだ。
 ラーフラ。それでもラーフラは、ブッダの側に仕え、出家得度の道を選んだという。「障礙」と言われたことを彼はどう感じていたのだろう。推し量ることはできないが、彼は偉大な父、ブッダの後を追って真実の道を歩み始めた。
 私たちが握りしめているお数珠。このお数珠に関しては様々な教えがあるが、短いふさだけを持ってたらしてみると、御仏の身体そのものであると教えていただく。御頭、両手、お身体、両足。
 それだけではなく、大きな二つの玉が釈迦牟尼仏、多宝仏であるとも教えていただき、それぞれには意味がつけられている。
 その釈迦牟尼仏の玉に、ピタッと寄り添っている小さな玉がある。それを「ラーフラ」と教えていただいたことがある。もちろん、先にも書いたが、お数珠の解釈については色々な言い伝えがあるので一様ではないが、私はいつもこの小さな玉を見つめながら「ラーフラ、ラーフラよ」と思う。ブッダの息子、偉大な父に思いを馳せて、真実の道を歩んだ子、と。
 何を書きたいのか分からなくなった。とにかく、自分のお数珠を眺めて、釈迦牟尼仏に寄り添う小さな玉を眺めていただきたい。
 何度か書いたが、私は息子に良い意味で期待を抱かない。無論、私はブッダでもないし、子どもたちも当然「ラーフラ」その人ではない。しかし、誰にとっても愛する子どもというのは「ラーフラ」的な要素を持っているだろう。情愛に引かれて進むべき道を見失い、立ち止まってしまうようなら、まさに「障礙」だ。障礙にしてしまうことは何よりの罪だろう。それは本当の親の愛ではない。
 ブッダは、自らのエゴによって「障礙」と名付けられた訳ではないだろう。「悉是吾子(悉く是は吾が子である)」とお説きになったブッダは、全ての人を「我が子」と捉えて、その「子」たちを救うために生きられたのだから、たくさんの子の中で一人の子どもだけを「えこひいき」して全員を見捨てるようなことは出来い、出来ないからこそ「障礙」と名付けられたのではないか。
 そして、最終的に「ラーフラ」も父のことを全て理解し、信じて、後を追ったのであるから、これこそ見本であり、ブッダは親の手本であるとも考えられる。
 子どもに媚びてばかりいて、子どもを尊重し過ぎる余り、子どもにとって親は友だちのようなもので、尊敬の念も生まれず、親のようになりたいと思う子どもが減ってきているという。まず、親が何を求めて、何処に進もうとしているのかが大事ではないか。それが正しいのか、間違っているのか、子どもは冷静に見ていると思う。親の生き方が本物であれば、子どもはそれを見つけ出すのではないか。そうブッダとラーフラに教えていただいているように思う。
 それにしても、寝顔を見ていると決意も萎える。かわいい。いや、障礙とするかしないかは、親次第。逆に、親が子どもにとっての「ラーフラ」になることもあるのだから。お互いに心しなければならないはず。
 それと、シャンタさんからのメールを載せ、続いて私の下手な英語の返事を載せておこうと思う。
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Dear Nagamatsu Odoshi,
Recoverd of Madawa
I am so sorry to trouble you. last few days first time in my life I was not in good condition in my life my wife too,Still I believed Namu Myoho Renge Kyo saved my son Madawa,now he is getting better.

Very big thank for everyone who chanted for my son,give my regards to members.

Namu Myoho Renge Kyo

Shantha Perera
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Dear Shantha Perera,

Thank you so much for your mail.
I know your heart. I am father, too.
If my son got like Madawa’s illness or sickness, I would be like yours,,,,,.

Yesterday, we held a Oko meeting at Chosho-ji temple in Kyoto.
At that time, we talked about Madawa.
I reported condition of Madawa because everyone have prayed for Madawa long time.
About 88 members attended that meeting.

Can you believe?
That time, Rie Moritani and her family attended there.
Rie recovered from leukemia(blood cancer) by Namu Myoho Renge Kyo with us.
They really appreciated to people who prayed for their daughter.
Gohonzon-sama always help us, and sometime, Gohonzon-sama have trial to our faith.
My father’s accident was like this.
After that, we got more pure faith and I realized my big mission of my life.

I met Rie. That was great great occasion for me.
For 2 years, I prayed for her, but I never seen before, I could not meet her for 2 years.
But I always prayed and think and imaged her and her family’s heat, and prayed for 2 years.
I think that this is the HBS faith, HBS Bodhisattva work.

Rie and Rie’s family came my Yokohama temple at 24th August.
At Oko meeting in my temple, Rie said great warm message for us, and she presented small gift for me.
I got really strong deep emotion at that time.

Many family and kids have many trouble in this world.
We have to help or effort more and more.
Of course, we proposed to HBS faith and chanting for their.
But, before that, we must love, pity and affectionate for that families.
We can do it, because we have the Odaimoku, that is we seem to have the highest medicine.
We can pray for all people and families.
We don’t want to think them to be an only poor.
It is different from "Pity" of the Christianity.
They are us.
They are my son.
They are my Rie.
They are my Madawa.
You are my family.
Suffer and pain of you and your wife were our suffer and our pain.

So, now is over am 3:00. But I cannot sleep yet.
I have to write a letter for other family who have trouble with wife and husband.

Please forgive my bad English.

We never stop to pray for your son.

Keep in touch,

Namu Myoho Renge Kyo,,,

Seijun Nagamatsu,

2007年9月5日水曜日

ブラジルでも、『ありがたーい』

 昨日、ブラジルとのウェブ会議が行われた。いつも書いていることだが、テクノロジーの進化によってブラジルと顔を見ながらこれほど簡単に会議が出来るなんて何と有難いことだろう。ブラジルに仏教を伝えた日水上人の頃は、船で数ヶ月をかけていたのに。私がはじめてブラジルに行った時、今から25年以上前、電話で話をするのも大変だった。高価であったことはもちろん、話をしていても数秒待たないと相手の返事が返ってこない。タイミングがずれてしまって会話が難しかった。
 ウェブ会議でびっくりしたこと。それは『ありがたーい』だった。ブラジルの御導師方、御講師方が、同じように『ありがたーい』と言ってくれていた。うわ~、流行っている。すっご。世界中で「有難い」が口々に語られるようになったら、それこそ「ありがたーい」なぁ。
 みなさま、元気そうでうれしい。来年のブラジル本門佛立宗開教100周年(ブラジル仏教伝来100年)のご奉公成就に向けて皆さん頑張っておられる。会議の中で、このまたとない100年の盛儀に私もご奉公しなければならないという決定があった。もちろん、100年に一度のご奉公、日博上人以来大変なご縁を感じているブラジルのご奉公であるから、それこそ「ありがたーい」。
 しかし、日本からの参詣団は、ほぼ15日間の渡航日程である。その1週間前から準備に来てくれというブラジル側からの発言。海外部はそれを了承。つまり、今年に引き続き20日以上もの間、日本を離れなければならないということになる。妙深寺、大丈夫かなぁ。お彼岸もあるのに、それもご奉公できなくなる。家族も、子どもたちも、僕のことを忘れるのではないかしら。マズイ。遠洋で操業する漁師さんの気分で、理解を求めるしかない。
 しかし、これは本当に日博上人以来の、大切な大切なご奉公。外すわけにはいかない。

2007年9月3日月曜日

如蓮寺の大発展

 ブラジルのコレイア御導師からメールをいただいた。素晴らしい内容で、いつもながら頭が下がる。本当にコレイア師はご弘通を第一にして、身体を張ってご奉公されている。
 本当に、地球の一番遠い場所に、ご弘通ご奉公では絶対に負けたくないと思えるような御導師がいてくれるなんて、私は幸せ者だ。大信友であり、ライバルとも思える。地球を相手に、世界中の人を相手に、たとえ身体が滅びても、壊れても、上行所伝の御題目をお届けしたいと思える同志。コレイア御導師も若い頃はヤンチャだった。ボクサーでもあった。僕も同じようにヤンチャだったし、スポーツばかりしていた。しかし、コレイア御導師は人生を大転換し、誰にも負けないほど仏道修行に励み、勉学にも励まれ、日本人顔負けの日本語力も身につけられている。生きるエネルギーを御法さまに捧げて頑張るしかないとお互いに語り合った。ありがたい。佛立教務道のお手本だと思う。
 今年の2月、ブラジルに行かせていただいた時にコレイア御導師のお寺、クリチーバの如蓮寺にお参詣させていただいた。立派な本堂が建立されているのだが、ご弘通が進展して手狭になったため(本当にお参詣者が本堂からあふれ出ていた)、さらに隣接した建造物を改修して新本堂の建立に踏み出している。
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 ありがとうございます。
 Sri Lankaのご奉公どうでしたか。大変なのにブラジルのこといつもありがとうございます。
 松本お導師ら来られる時までに原稿を出さないといけませんので、毎日書き狂っています(三枚書くのに8時間掛かります)。絶対間に合います。すごく感動しながら一枚一枚づつ書いています。人の素晴らしさに触れることは自分を知ることです。どんなに自分がいたらないか。今日は31日、一日も欠かさず書き続けられたので、もうすぐ100ページに達します。これで三分の一かな。もうすぐ、日教上人がご遷化になるという場面まできています(1912年)。
 今日は田中ご講有の祥月命日、23回忌の。ご本人には一度だけ、昭和58年に紹介されて、頑張れよ、声をかけられたのみで、二度と会うことがありませんででしたが、今日の今こそその大恩を感じている。今日はとり憑かれたい気分です。ものすごく沢山かいておられる。ある角度の7巻にも、いろいろな記事にも。
 如蓮寺は今は工事中である、建物が工事の騒音で揺れている。10月のお会式は、煉瓦造りの壁でもつとめたい。20年来の念願がこの100周年で叶います。このご宝前が完成したことを夢でみました。工事は半分までいったが、お金はもうない。ここからが勝負です。信心です。待ってました。無一文で勝負する気持ちが、日水上人の気持ちを少しでも知る上で役にたちます。
 お教化は徐々に進んでいる。今年分は今年達成させていただきます。今は状態を整えておりますが、もうじき、出稼ぎに、一気にお教化に出かけます。放浪、行脚します。刑務所、乞食、貧乏、金持ち、商売人、泥棒、すべてが相手です。今は待たせておりますが、そう長くありません。ただし、折角なので、今のうちに同志を募っております。
 そのためにあのロケット御本尊を一千個注文しました。立派にできあがりました。あのロケットで、30年前から会っていなかった従兄弟を教化できました。相手から頼んできたのです。はい、わかったと、しばらく、またせたが、忘れるなよといわれた時、あんたが本気であったかどうかをたしかめていただけだと、今の忘れるなよで、わかった。彼が胸にかけていた十字架をはずし、これからは、死ぬまでこれに、このImagen Sagradaに尽くすんだそと、いいな、と共に唱えて、教化が成立。バス一台借りて、家族だけ乗せて、日教寺にお礼参詣し、それから、30年ぶりの家族交流を市内の叔母さんの家でしました。これで大家族が再び、一つになった。先週の日曜日の出来事。コレも100年のご利益。
 今日は、この辺で。また、会議で会いましょう。
***Porto Alegreの方が無事についたそうです。昨日確認の電話をしました。来る15日にお助行二いかせていただきます。橋本師が安心されるため、逐一報告しています。どうか、お元気で。ありがとうございました。Correia.
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 この気迫、この情熱、行動力。本当に頭が下がる。コレイア御導師を目の前にして、あの屈託のない笑顔、一つ一つが深く重たい言葉に、誰もが心を揺さぶられる。心に響かない者はいない。誰でもお教化されてしまうと思う。「あんたのために命を捨てる」と、覚悟した眼が語る。
 いま、コレイア御導師は「日水上人伝」の執筆に取りかかっておられる。そして、明日はブラジルとのウェブ会議。現在、ブラジル全土で100周年のための報恩教化運動が展開されている。
 写真は、ロンドリーナ市内で行われた下種結縁のご奉公。御題目の幟をいただいてご奉公されている。有難い姿だ。

Skypeでのお看経

 いま、私は京都にいる。京都で会議があり、ご奉公させていただいている。実は、昨晩中に京都に入ろうかと思っていた。身体がきついし、0時近くになるとしても長松寺まで行っておいた方が楽なのではないかと考えていた。しかし、昨晩は19時から始まった局長室会が20時過ぎに終わり、バタバタしている間に時間が過ぎて、結局は今朝新幹線に乗り、京都へ。

 熱海の御導師の次女、恭代さまとのご縁は非常に有難く、大切。彼女は英語も堪能に使いこなされ、何よりご信心のことを真剣に考えてくださっている。一度、妙深寺で熱海の御導師に御会式の奉修御導師をお願いした。その前後で奥さまともお話しさせていただいたのだが、この奥さまのご信心が実に素晴らしいもので、私も色々と勉強させていただいた。熱海の山村御導師は私の父、妙深寺の先代のご住職と東京乗泉寺で共に修行されていた。若いお二人の写ったお写真を見せていただいたり、在りし日の父を思い描くことが出来て、とても嬉しかった。とにかく素晴らしいご家族。是非、熱海に行かれる方は妙立寺にお参詣いただきたいと思う。

 恭代さん。御導師と同じくJazzへの造詣が深く、私も何枚かCDをいただいたり、紹介していただいたりした。私の父も音楽が好きで、特にJazzのレコードなどが家に置いてあった。若い頃の興味を持たずに過ごしてしまったのだが、父が逝ってしまった今となっては熱海の御導師や恭代さんにJazzの素晴らしさを教えていただこうと思っている。(今度一緒にBlue Noteに連れて行ってもらう)

 熱海の御導師のご長女、光子さんはオーストラリア人のAlastair氏と結婚されている。このAlastair氏が素晴らしい方で、その人間性、光子さんへの誠心誠意の愛、家族への慈しみ、ご信心への考え方など、本当に格好良い、素敵な「男」なのだ。

 私は何度かお会いしたり、それぞれ御会式に併せて熱海や横浜でお食事をさせていただいたりした。本当に「いい男」!見習いたいなぁ。グランデ・ファミリアにもAlastairご家族で参加してくれたし、二人の子どもたちは私の子どものお友だちになってくれそうである。ありがたい。

 一昨日、そのAlastairから久しぶりにメールがあり、嬉しかったのでどうしてもここに載せさせていただきたい。その内容は、何とSkypeでロンドンのヴァネッサと一緒にお看経したというのだ。スゴイ、凄すぎる。恭代さんからアラスター一家がカナダのトロントに出張中と聞いていたのだが、そこでAlastairはインターネットを通じてご奉公してくれていた。何と有難いことだろう。御題目はスゴイ、本当にユニバース。

 さらに、すごい「サイン」は、メールにもあるが、現在ヴァネッサが住んでいる場所は、以前Alastairがロンドンにいたころに住んでいた場所だという。妙不可思議の極み。すごい、信じられない。一番びっくりしているのはAlastairだ。本当にsmall world。凄すぎる。これは佛立信心の恐ろしいというか、尊いところです。

 ありがたーい。

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Hello,

You seem to be everywhere on the internet! Cool.
We tried chanting the other week with Vanessa in London. We did it by Skype.
I went quite well and we talked for a while and we found a "guzen". She stayed in the same youth hostel I did, when I was in London. small world.
We are in Toronto now but we will be in Australia soon. Hope the new born is not keeping you awake at night!

Arigatou gozaimasu.

Namu.....

2007年9月1日土曜日

9月の妙深寺報

 9月の妙深寺報が完成した。有難い。本当に毎月、よ~頑張る。エライ!素晴らしい。
 いつもは16ページ立てなのだが、あまりに掲載する内容が多すぎて20ページに増量した。ページを増やすと編集作業も増えていくために、さらにお寺の中は忙しくなる。テープ起こし、写真探し、その加工、割愛、編集、校正。
 今月は私も相当に参ってしまった。お礼状、ご返事なども溜まりに溜まってしまって、ついに原稿の入稿期限が来てしまった。真夜中過ぎに教務室に行くと、ほぼ全員が作業をした。「ごめん、間に合わない」と言おうとしたのだが、とても口に出来なかった。書斎に戻って作業を開始し、眠い目をこすりながら朝の5:30に完成。教務室に行くと信仰師が一人で作業を進めており、数時間後に出稿。ギリギリ、今日1日に間に合った。
 今月の中心記事は、何と言っても盛り上がった夏期参詣と特別御講である。妙深寺は、平成9年に大和法深寺を末寺として建立させていただいた。有難いことだ。しかし、同時にご信者さんが分割されたので、参詣数も減少した。末寺が建立されてから、一度も夏期参詣延べ10000名という参詣数に達しなかった。
 しかし、今年の夏期参詣は法深寺独立後はじめて妙深寺単独で10000名の延べ参詣数を突破。しかも、去年まで夏期参詣に参加(?)挑戦できなかった新しい方が、何と300名もおられた。ありがたーい。そういう内容を掲載している。
 また、夏期参詣と特別御講では、新しくご信心をされたフレッシュな方々からのお話をいただいた。そのお話をテープから起こして掲載。大変に有難い。ちなみに、妙深寺報を購読したい方は、妙深寺インフォメーションのページからコンタクトをしていただくか、妙深寺紹介のページからメールや電話をしていただければ申し込みを受けられる(と思う)。
 また、今回の裏表紙は妙深寺の御講師方のお写真を載せさせていただいた。何度かこのブログにも書かせていただいたが、今までの妙深寺報は「ご信者方を前面に出す」ということで教務さんのお写真は努めて出さないようにしてきた。しかし、第二弘通部からの提言などで、「お顔が見えないと相談しにくい」という言葉を受け止めてこうして掲載することにした。
 7月、あるご信者から御有志をいただいた。「御供養」ということだったのだが、ご弘通に活かせるようにさせていただこうとの思いから、教務部の写真を撮らせてもらった。非常に明るく、頼もしく感じる。私の写真は削除してくれるように頼みに頼んだが、大反対にあって掲載されてしまった。
 とにかく、教講一致、特に教務部はビタッと異体同心に、ご弘通ご奉公に精励することを誓う意味でも、このような裏表紙を作らせていただいた。これをご覧になった方が、心を開いてお寺に参詣し、受持御講師にご相談され、ご信心が増進すれば有難い。

班長さん、ありがとうございます。

 毎月の始め、妙深寺では「妙深寺報」と「役中テキスト」「青年会機関誌 波止場」を発行している。

 特に「役中テキスト」は、妙深寺で菩薩行をされる方々(「お役中」とお呼びしている)に対しての情報をまとめたもので、例月このテキストに従ってご奉公を進めさせていただく。

 今月で言えば、9日に開催される敬老松風大会のご奉公についての詳細や、23日に奉修される「秋季総回向(お彼岸に当たってのご回向)」についてのご奉公が載せられている。その他、妙深寺の御有志の一覧や収支についてもご披露されている。

 この役中テキストの巻頭に、寺報とは別に「班長さん、ありがとうございます」と題して、住職からお役中方に特別のご披露をしている。今回は、この文章を掲載させていただきたい。少々、こうしたブログや寺報の巻頭言とは異なり、ご奉公を志す方々に対しての具体的な内容を目指している。

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『班長さん、ありがとうございます』

 ありがとうございます。

 夏期参詣は、特にご信心をしたばかりの方々の挑戦が目立ちました。また、ご供養づくりの厨房にまで、男女を問わず新しい方が出仕してくれていました。特別御講は、ご信心にお出会いした喜びと感動の声が多く聞こえました。つくづく、本門佛立宗のご信心は、『教化』にあることを感じました。

 開導聖人の御指南を痛感します。
「己の信心を増進の為には人を教化せよ。人を折伏すれば我が信心上る。人、折伏せざれば我が信心下る。故に、我身罪障消滅の為には折伏第一也と云々」

 自分のご信心は、そのままにしておけば落ちていくものです。マンネリもあります。疲れも出ます。一生懸命ご奉公していても、班長に頼ってばかりいる班内の人、愚癡を言ってしまう古法華へのお折伏やご奉公が続くと、どうしても気が滅入ってしまう。信心が落ちてしまう。

 そこを、まず自分の御祈願を「正法帰入」「お教化」に持って行きます。御題目口唱、日々に「信心は有難い!」「うちのお寺に行ってみない?」と声を掛け、ついに教化が成就すれば、自分のご信心が倍増します。新たにご信者となった方にご信心を教え、初めての人に御題目の唱え方を教えたり、ご祈願の立て方、ご回向の仕方、御塔婆の立て方を教えたりする中で、自分のご信心が必ず清く、豊かに変わるのです。自分も変わり、周りも変わり、部も教区もお寺も、国も世界もより良く変わるのです。

 これこそ末法のご信心の在り方。菩薩のご信心の仕方です。

 班長さん。今、本当にお寺には喜びの声、新入信者さんの随喜が溢れています。その声を「一部分だけ」「自分の教区では無理」と斜に構えたり、諦めたりしないで下さい。この随喜の波や輪を、教区にまで広げたい。確かに、教区や部で歴史にも現状にも違いはあります。そこを、受持と役中がまさに一体となってご弘通に突き進むのです。

「初心の信心をほめずば当講永続難し」

との御指南をよく噛みしめましょう。自分の教区で「一人」でも教化育成することをご奉公の念頭に置きましょう。漠然とした目標や感性の問題ではありません。「一人」の人を救い、菩薩に育てるのが信心です。

 ご信心は実践です。参詣を励まし、口唱を励まし、御利益を感得してこそ信心です。現状維持の気持ちは衰退の原因。ご信心になりません。ご信心が理論理屈になると、お教化に気持ちが向かず、口唱やお参詣を励ます、本当のご奉公が出来なくなります。みんなで本当のご奉公をしましょう。

 敬老松風大会もお教化の場になります。お年を召した方やそのご家族にも、ご信心をお伝えしたい。八月末、九十才を超えた方がお孫さんのお勧めで奉安教化になりました。これが佛立信心です。総回向は、お教化・育成に最適の場です。世間では御塔婆代は二千円とか、法事では一万円のお寺もあると聞きます。恐ろしいです。

 本門佛立宗のお寺は本当のご回向が出来ます。世間の葬式・法事仏教とは違います。このことをしっかりと押さえて、ご奉公ができれば有難い。奉加帳のように御塔婆申し込みを募ったり、回向袋を配るだけだったりすると、ご信心は起きず、逆にご信心を誤解させ、御法さまに傷が付く場合などが多々あります。

 「教化する」「育成する」と思い、己の信心も増進するようにご奉公させていただきましょう。

 長松清潤 拝

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 このような内容を掲載した役中テキストを「月始総講(がっしそうこう)」で配布し、その後に各教区で読み合わせをしながら、お彼岸月のご奉公がスタートしている。本当に、お寺はこの「お役中さん」をお受けして下さっている方々によって支えられているのです。

マダワ君、退院。お助行できる幸せ

 9月となった。この数日でめっきり秋めいており、いよいよ気合いが入る。とにかく御題目口唱。一人でも多くの人と、妙深寺の本堂で共に御題目をお唱えしたい。できる限り、様々な苦しみや悩み、問題やご病気を抱えておられる方の御祈願に励み、家族を励まし、御利益を感得しつつご奉公を円成させていただきたい。

 現在、スリランカのマダワ君の御祈願をお願いしてきた。この件については非常に私も驚いていたのだが、誰よりもお父さんのシャンタ・ペレラさんが心配されていた。涙声のシャンタさんには、私も本当に動揺した。

 しかし、皆さんが御祈願してくださっていることを伝え、実際に御祈願に励んでくれたからこそ、ご家族も落ち着き、安心し、御宝前に向かって御題目・御祈願することができるだろう。誰もお助行してくれていないといたら、やはり病院でウロウロしてしまうかもしれない。病気の人、病気の人を抱える家族にとって、本当に「お助行」は有難いものなのだ。

 同時に、お助行させていただける私たち、誰かのために御祈願できる私たちの方こそ有難いではないか。妙深寺の朝参詣では、多くの方が「正法帰入・病気全快のお願い」と御祈願を上げてくださっている。ご信心をされていない方の病気全快を祈る場合、単なる「祈祷」にしないために、その病気を通じて、もっと根本的なところで彼ら(彼女ら)が助けられるように、まず「正法帰入(ご信心ができますように、との御祈願)」の御祈願をさせていただくように心掛ける。そうでなければならないのだ。いずれにしても、御祈願できる、お助行できる私たちは有難い。

 開導聖人の御教歌に、
「おのが身の 為の口唱の 万遍は 法のこゝろに 叶はざりけり」
とある。自分のためだけの「万遍の口唱(1万回の御題目口唱:約4時間の口唱)」は、御法の御意に叶わない、とお示しで、こうした菩薩行を志したお看経は御意に叶う。マダワ君の御祈願、正法帰入の御祈願は本当に有難い。

 スリランカのマダワ君は、皆さまの御祈願をいただいて峠を越し、退院できたとご連絡があった。感謝の辞を述べておられるので、またそのまま掲載させていただく。

 ありがとうございます。

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Dear Nagamatsu Odoshi,

I take this opportunity to thank all the HBS members who were chanted for my son.
My son recovered from Dengue fever. now he is at home for bed rest.according to doctors he will be OK another two weeks time. thanks for Buddha`s blessing and Bodhisattva work for our members.

Namu myoho renge kyo

Shantha Perera

いよいよ明後日は妙深寺の大運動会‼️

  《妙深寺大運動会2026》 ありがとうございます。 運動会まで、いよいよあと2日となりました。お天気もみなさん御祈願のおかげでおおむね大丈夫のようです。みなさま、体調万全に整えてご参加ください❗️ 子どもからシニアのみなさんまで楽しめる競技が盛りだくさんですので、ぜひご参加お...