2026年1月5日月曜日

いくさの時代

 

2026年は第二次世界大戦後かろうじて前提としてきた「法の支配」や「民主主義の価値」という価値観が、むき出しの「力(パワー)」と「実利(プロフィット)」に取って代わられる歴史的転換点となるか。


AIは以下のように考察。


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2026年1月3日、トランプ米大統領によるベネズエラへの大規模攻撃とマドゥロ大統領拘束、そして同国の「運営」表明は「国際法や秩序の無効化」という極めて危険なフェーズに入ったことを示唆しています。現在の状況を整理し、懸念される「暴力的な世界」への回帰について考えを述べます。


1. 「パナマ侵攻」の再来と正当性の欠如

今回の作戦は、1989年1月3日のパナマ侵攻(ノリエガ将軍の拘束)と酷似しており、日付や特殊部隊の動員手法など意図的な重ね合わせが見て取れます。

  • 「法執行」という建前: ルビオ国務長官は、マドゥロ氏の麻薬密売容疑などに基づく「法執行手続き」であると説明しています。
  • 実態としての「運営」: しかし、トランプ氏が明言した「米国による運営」や石油利権の確保は、司法手続きの枠を大きく超えた「西半球の覇権」の誇示に他なりません。


2. 国連の無力化と「力の空白」

国連安保理の常任理事国である米国自らが国連憲章を無視する行動に出たことで、国際機関による抑止力は壊滅的な状況にあります。

  • ロシアの反発: ロシアはマドゥロ氏の解放を要求しており、米国が仲介するウクライナ和平交渉への悪影響は避けられません。
  • 他国の野心への「免罪符」: 米国が「自国の利益と安全」を理由に主権国家を武力制圧し統治する前例を2026年に再び作ったことは、中国による台湾への圧力や北朝鮮の挑発行動、ロシアのさらなる攻勢に対し、強力な「口実」を与えてしまうリスクを孕んでいます。


3. 日本の岐路:経済的利得と安全保障のジレンマ

日本にとって米国によるベネズエラ石油の管理は、短期的にはエネルギー供給の安定や経済的メリットをもたらすかもしれません。しかし、その代償は極めて大きいものです。

  • パワーゲームへの巻き込み: 秩序が「法の支配」から「パワーゲーム」に完全移行すれば、日本もまた周辺国の武力行使や経済的威圧に直面した際、ルールに基づく保護を主張できなくなります。
  • 「戦争突入」への懸念: 各大国が「自国の利益」を理由に軍事介入を正当化し合う世界は、連鎖的な衝突を生み、局地的な紛争が世界的な戦争へと拡大する土壌を確実に作っています。


結論

現在のトランプ政権の行動は、単なる一国の政権交代(レジーム・チェンジ)にとどまらず、「超大国がルールを必要としない世界」への宣戦布告とも取れます。経済至上主義による資源争奪戦が「平和」という建前さえ脱ぎ捨てた今、日本を含む国際社会は、この暴力的な連鎖を止めるための「新たな連帯」を見出せるかどうかの瀬戸際に立たされています。


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「立正安国」は理想論ではなく佛立信仰そのものであり、常に菩薩行の目標です。


残念ながら妄想に取り憑かれた人びとによって世界は破滅に向かい、何度も繰り返されてきたように、彼らがリゾート地でくつろいでいる間に無辜の若者たちが戦地で命を落としてゆきます。


イラク戦争で巨大な石油利権を獲得したはずですが米国民が豊かになったわけではありません。ただ富める人たちが富み、格差が開いただけです。誰がなんのために戦い、死んでゆくのか。見極めてほしいです。軍需産業だけが発展してゆく地球、なんと愚かなことか。


「いくさ」の時代です。万民を救いたいが万民は救えない。恐ろしい。羊たちの沈黙は悲しく哀れで罪深い。ゆえに、薄情の道、忘るることなかれ、か。


弱肉強食の世界では弱き者が力を合わせるしかない。分断されていてはいけない。団結して恐ろしい時代に立ち向かいましょう。


“WE THE PEOPLES OF THE UNITED NATIONS”

U.S. National Archives (NARA), NAID 516086 / Public domain (U.S. federal government) / via Wikimedia Commons

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  2026年は第二次世界大戦後かろうじて前提としてきた「法の支配」や「民主主義の価値」という価値観が、むき出しの「力(パワー)」と「実利(プロフィット)」に取って代わられる歴史的転換点となるか。 AIは以下のように考察。 ====== 2026年1月3日、トランプ米大統領による...