2016年8月4日木曜日

麩屋町の子猫

鼻声で申し訳ないことでしたが、朝参詣からテレビ番組の収録まで無事に終わりましたー。

8月15日に放送される「ぶっちゃけ寺」という番組の小さなコメントのコーナーです。

前回は『仏教徒 坂本龍馬』を取り上げていただき、大きな反響をいただきました。

制作の方から何度も声をかけていただき、お恥ずかしながら今回はお受けいたしました。

淳慧師にも出ていただきました。

終わってすぐに本庁まで来て、会議をしております。

開導聖人ご生誕200年の記念ご奉公が、ギリギリ、ギリギリのタイミングになっています。

本当に、思い切り追い込まれている感じで御座います。

18時からは麩屋町長松寺のお総講ですから、急いで帰って参りました。

フーッ。

今朝、長松寺の庭に子猫がいました。

ここで生まれた子なんです。

お引っ越ししたと思っていたのだけど、この子だけ近くにいるのかな。

時々、池の鯉にいじわるするから困るんですよねー。

生まれたばかりの時に、庭で見つけました。

大きくなっていて、驚きました。

近所をグルグルしてるんですね。

猫を見ると「じゃりン子チエ」という漫画を思い出します。

視点を変えると、いろいろな世界が広がっているだろうなー。

2016年8月3日水曜日

尊敬する方との時間

母の手術も無事に終わり、今日からはベッドで寝返りをしたり、リハビリが始まりました。

気合いを入れて、頑張ってくれているようで、さすが母だと思います。

みんなで応援してゆきます。

昨夜は、久しぶりに尊敬するジャーナリストの方とお話させていただいていました。

世界中で起こる紛争やテロ、日本で起きている様々な事件について、意見交換させていただき、大変勉強になりました。

お祖師さまの門下として、社会で起きていることを真正面から受け止めるように努めています。

決して目をそらさない。

宗教的な自身の世界に閉じこもらない、逃げ込まない。

社会で起きていることを、宗教家として、仏教的な見地から、しっかりと受け止めることが出来ているか。

ジャーナリストの方は、常に自身の見解を社会に発信しなければならず、その姿や意見は衆目の下にさらされて、同意を得ることもあれば、大変な批判を受けることもあります。

その場に立ち続けることが、本当に凄まじい試練。

うっかりすると、信仰者は、自分の世界に閉じこもり、閉じた世界で、そこにいる信徒の人だけを相手に私見を述べ、評論するのみになってしまうこともあります。

お祖師さまは、そうではなかった。

不軽菩薩も。

様々な事件、事故、政治的な問題、情勢。

昨夜、答えの出ない話ばかりでしたが、じっくりと話をさせていただくことが出来て、本当にありがたかったです。

勉強になりました。

そして、母は頑張っていますが、僕の方が風邪をひいてしまったようで、恥ずかしいかぎりです。

明日の朝、突然入った番組収録があるのに、これで大丈夫かな。

申し訳ない。

今日も会議のために午前からミュージアムに参りました。

高田先生のポスターを貼ったり、グッズを見たり。

京都佛立ミュージアムには、仏丸缶バッチをはじめ、さとし絵のポストカードやブラジルHBSのビーチサンダルなどがあります。

いろいろな本もありますよー。

ぜひ、お立ち寄りの際にはお買い求めくださいー。

2016年8月2日火曜日

手術が無事に終了いたしました。ありがとうございます。

本日、午前10時から母の手術となり、たくさんの方にお助行をいただきました。

本当に、本当に、ありがとうございました。

先ほど、無事に手術が終了したと連絡がありました。

ありがたいです。

私は朝一番の新幹線に乗って京都に帰り、長松寺のご宝前で手術が始まる前にお助行させていただきました。

今日は11時から京都佛立ミュージアムの会議でしたので、先にミュージアムに向かいました。

無事に終わり、ホッとしております。

本当に、ありがとうございました。

長松清潤拝、

2016年8月1日月曜日

2016 夏 仏教マインドTシャツ 発表ー!!

2016 夏 仏教マインドTシャツ 発表ー!!

待望の佛立仏教マインドTシャツが完成いたしましたー。

これを着ているだけで、心霊スポットやおばけ屋敷も大丈夫ですー(冗談です)。

「生き恥かいても死に恥かくな」

「如風於空中 一切無障礙」

「佛立魂」

仏教のシンボルマーク・仏丸はもちろん、厳選された無敵の佛立ワードがプリントされていて、着ているだけでご弘通になってしまうというこの夏の必須アイテムですー。

時代は仏教、佛立信心。

世の中が混沌とする中、もっともっと佛立仏教徒の私たちが胸をはり、誇りと喜びをもって、ご奉公させていただかなければなりません。

山や林の中にこもって、悦に入ってるだけじゃだめですー。

本気で如説修行を目指す人に着てもらいたいTシャツです(キッパリ)。

お求めになりたい方々は妙深寺の事務所までお問い合わせくださいー。

収益はネパールやインドでの支援活動、ご弘通ご奉公に活用させていただく予定ですー。

ありがとうございますー。

(モデルは妙深寺の美坊主たちです。いいカラダしてます。)

班長さんへの手紙 平成28年8月号 『役中テキスト』

ありがとうございます。

日々の夏期参詣、早朝からの参詣受付やお給仕係、ご供養当番など、尊いご奉公をいただき、本当にありがとうございます。

この数週間、関東地方でも大きな地震が頻発しています。いつ巨大地震が起こっても不思議ではないとも報道されています。「災害は忘れた頃にやってくる」という言葉を何度でも思い返して備えておきたいものです。

七月末、大奥さまがおケガをされてしまいました。思ってもいなかったことでした。朝から晩まで、病気の方やおケガされた方のために毎日お寺の中を走り廻ってくれていました。疲れてフラフラしているので、少しは休むように言っても無理を重ねていたように思います。

長松寺、妙深寺と奉修させていただいてきて、先住の御年回の最後を飾る法深寺の開導会です。その前日にケガをしてしまうとは、本人も心から口惜しかったようです。「私がバカだった」「反省している」と、何度も言っていました。確かに疲れすぎていましたし、忙しすぎたので、手術をした後はリハビリに専念し、これからは無理をしないで欲しいと思います。

しかし、私たちにとって、先住の最後の御年回の前日に大奥さまがおケガされるということはどういう意味があるのかと、考えてみました。

私にとって見れば、母がいてくれたからこそ、先住のご遷化以来十六年間、私のような者が住職としてご奉公を続けてくることが出来ました。先住が御遷化になられてから数年間、庫裡の中は毎日がお通夜のようでした。妙深寺のことも、男子が一人になってしまった長松家のことも、どうしていいか将来が全く見えなくなりました。会話もなく、寂しい日々だったように思います。しかし、母は私以上にいろいろなことを思っていたと思います。

ですから、いろいろな日がありましたが、こうしてご奉公が出来ているのは、自分の気持ちを抑えてでも、ご信心を第一にして、妙深寺を守るため、長松寺を守るために、首尾一貫して私を支えてくれてきた母のご奉公のお陰と痛感しています。

妙深寺の全体が、どれだけ大奥さまの存在やご奉公に支えられてきたか分かりません。教務部もそうですし、清和会も、婦人会も、教区のことでも、大奥さまに聞いていただいて、相談したり、励まされたりしながら、御利益をいただかれたという方がたくさんいて、その全てが現在の妙深寺の力になっていると思います。

このことを、先住の御年回の締めくくりに気づかせていただいて、まず母をもっと大切にするようにと、先住から教えていただいているように感じます。

そして、十六年も経っているのに、ずっと大奥さまのご奉公に頼り、寄りかかっているのではなく、もっとしっかりしなさい、いつまでそうして甘えているのだと教えていただいているように思いました。

初代日博上人も偉大ですし、先住松風院日爽上人も大変なご奉公をしてくださいましたが、今日の妙深寺にとって大奥さまのご奉公を忘れて語ることは出来ません。本当に、申し訳なく、有難く思います。

いずれにしても、災害は忘れた頃にやってくる。何事も、当たり前だと思って油断をしていると大切なものを失います。失ってから後悔するのではなく、やはり事前に思い返して備えておくことが大事です。

大奥さまは大丈夫です。大津の御導師が教えてくださった「なにくそのご信心」を持っておられます。不屈のご信心、佛立魂です。僕たちも見習いましょう。

『サイコパスと仏教』 妙深寺報 平成28年8月号 巻頭言

神奈川県相模原市の重度障害者福祉施設で、入所者十九名が次々と刺殺され、二十六名が重軽傷を負う、世にも恐ろしい凄惨な事件が発生してしまいました。社会で最も弱い立場にある方々を対象とした「ヘイトクライム(憎悪犯罪)」は戦後最悪の大量殺人事件です。

あまりにも非道な、惨い、狂気の事件に、数日間言葉が見つかりませんでした。

今年二月、二十六才の容疑者は衆議院議長公邸を訪れて「障害者が安楽死できる世界を」と書いた手紙を手渡し、警察の取り調べに「重度障害者の大量殺人は日本国の指示があればいつでも実行する」と述べていたと言います。

犯行直後、彼はインターネットに「世界が平和になりますように。ビューティフル・ジャパン(原文英語)」という言葉と赤いネクタイをつけたうすら笑いの自撮り写真をアップしていました。

狂気の果てに、計画的に淡々と行われた凶行。容疑者の達成感に満ちた晴れやかな顔が、この事件の本質的な問題を表しています。この顔を見ながら人間の心に悪魔が巣くうことを再認識しました。

先日はドイツのマクドナルドで子どもたちを狙った銃乱射事件があり、南仏のニースではトラックが歩行者に突入して無差別に多くの人びとを殺傷しました。米国のフロリダ州オーランドで発生した銃乱射事件では、ナイトクラブに突入した一人の容疑者が五十人を殺害、五十三名を負傷させました。それぞれ、たった一人が起こした大量殺人事件で、イスラム国との関係が指摘されています。

しかし、今回の事件は特定の宗教に限定されず、この日本社会の中で、狂った正義感から身勝手な憎悪を膨らませた、平成生まれの青年が生まれ、存在していることを私たちに突きつけたのです。

隔絶された情報の中に生まれる偏狭な宗教テロリストより、その心の闇は深く歪んでいます。いずれにしても、世界中で同じような事件が増え続けています。

「サイコパス」という言葉があります。多くの専門家が今回の事件を評して「典型的なサイコパスが起こした事件」と述べていました。

「サイコパス」とは簡単に言うと「良心」や「善意」というものを「持っていない人間」という意味だそうです。「感じない」のではなく「持っていない」という定義に恐ろしさを感じます。

良心を持たない「サイコパス」という人間の存在を宗教者である私はどう考えるか。真実の仏教はどのように受け止めるのか。思索を続けています。

お祖師さまは『観心本尊抄』の中で次のようにお諭しです。

「無顧の悪人、猶妻子を慈愛す。菩薩界の一分也。」

「何ら顧みない悪人ですら自分の妻子にだけは愛情を抱く。人の心に存在する菩薩界を示している。」

極悪非道の者にも一分の菩薩心があるという真理を述べています。十界互具、一念三千の御法門です。

しかし、今回の容疑者の狂気や態度を見ていると、一分の良心も感じられず、まさに「サイコパス」「良心など存在しない」「反社会性人格障害」という定義を当てはめたくなります。さらに、インターネットに溢れる彼の主張や犯罪に同意する人びとや称讃する人びとの多さに悪世末法の深い闇を見る思いがします。

虐待を繰り返されてきた児童は人間としてごく当たり前の感情や行動が分からず、丁寧に我慢強く待たなければ救えないと言います。

彼らは愛や恩を感じにくいのです。その欠落した感情は子や孫にまで続いてしまうと言います。虐待の世代間連鎖です。

同じように、神経系のドラッグや遺伝子操作による粗悪な食品も「サイコパス」を生み出しているのかもしれませんが、原因は判然としません。分かっていることは、現実に起こったこの悲惨な事件と、事件を引き起こした狂気の人間の存在です。現代は人が壊れてゆく時代、壊れやすい時代です。

「心を失った人」が、偏った宗教や思想に出会って、過激化したり、正義を振りかざして、人を傷つけ、断罪したりするようになります。偏った思想や宗教も人間を誤らせますが、心を失った人、心の壊れた人もまた、間違った自分を正当化するために偏った宗教や思想を必要とします。

「ヒトラー思想が降りてきた」と措置入院中に容疑者が言ったそうです。ナチスは障害者を「生きるに値しない生命」と呼び、組織的に殺害しました。その思想に彼は共鳴していたと言うのです。

ナチス・ドイツに限らず当時は世界中で「優生学」という学問が興隆していました。ダーヴィンの生物進化論を誤解し拡大解釈したのが「優生学」です。社会の発展や人類の進化のために適者生存や自然淘汰が正当化され、民族浄化の正当化まで叫ばれるようになりました。日本でも人種改良、民族優生、民族衛生が唱えられ、実施されていました。

戦後、恐ろしい戦争の反省から、これらの思想は否定され、忘れられてゆきました。しかし、今また共感や協調よりもそれぞれの正義が掲げられる時代となりました。正義を掲げるからこそ生まれる憎悪が世の中に広がっています。

平成二十五年六月三日、横田弘さんという方が亡くなられました。横田さんは脳性マヒで重い障害を持っておられましたが、障害者の生存権確立運動の先駆者として活動された壮絶な人生を歩んだ方でした。ご長男が法灯相続くださり、妙深寺で葬儀を行いました。

葬儀後、『障害者殺しの思想』という著書を頂戴しました。この本を拝読し、それまで知らなかった社会の問題、暗部、盲点、私たち自身の心の闇を思い知りました。本年『われらは愛と正義を否定する―脳性マヒ者 横田弘と「青い芝」』という本も出版されています。

仏教とは「自覚の宗教」です。人間感情、国民感情に訴える宗教はありますが、仏教は次元が違います。人間を知り、自分を知るのです。胸の内にある心を知らない間は自分の人生が始まっていないのと同じです。人間は、鬼や悪魔にもなれば、神や仏にもなれるのです。神は自分の中にいます。鬼や悪魔も自分の心の中にいます。

油断していると、自分の心も壊れてゆきます。傾いてゆきます。闇が広がります。御本尊を見据えて御題目をお唱えすれば菩薩の心が前に出てきます。心の闇を照らす妙法。人間には御題目のご信心が必要です。ご弘通が足りません。

<参考>
『障害者殺しの思想』
http://www.amazon.co.jp/dp/4768435424

『われらは愛と正義を否定する――脳性マヒ者 横田弘と「青い芝」』
http://www.amazon.co.jp/dp/4865000534

明日、手術になりました。

8月のおついたち、おめでとうございます。

整形外科の手術ですが、母よりも危ない状態の方がおられて、手術は明日になりました。

重ねてご心配いただき、ご祈願いただいた皆さま、申し訳ありません。

骨折で、骨が外に出ているような重篤な状態の方を優先し、母はしっかりしていて腫れも少ないので明日にさせてくださいとのこと、そうしていただきました。

今日は朝参詣終了後、たくさんの方々が本堂に残ってくださり、お助行をいただきました。

本当に、ありがとうございます。

信州信濃の本晨寺

  長野から戻って参りました。用意したご供養が足らなくなるくらい、私から見てもいつもより多くのお参詣があり、ありがたかったです。 毎年お会式のご奉公をさせていただいていますが、必ず新しい試みをしていて、前に進んでいる本晨寺。厳しい時代に違いはありませんが、大切な法城を守ろうとご奉...