2022年9月16日金曜日

イヴォンの決断


米国の経済誌の一部は彼の選択を「免税」や「節税」のためと報道している。


彼らは彼やこの会社のやってきたことを知らないか、知っているなら嫉妬でもしているのだろう。理解できないし、同意もできないから。


生態系に断末魔が轟き、潮目が変わった。これまでイニシアチブを取ってきた世界中のリーダーにレッドカードが出される。彼らは退場や交代を突きつけられる。


望んでないことをしてきたし、指南役も調整係も果たせなかったからだ。


戦争なんてしている場合じゃない。右も左も力を合わせて人間そのものに立ち向かう時だ。


世界は変わる。より良く変えようと思っている人たちの心や志によって、変わる。


旧態依然の、人間中心、欲望メインのシステムは限界だ。すでにバグが出ているし、ウイルスにも侵されている。


アプリの開発ではなく、OSの書き換えやアップデートが必要な時を迎えてる。象徴的な出来事がイヴォン・シュイナードの決断だと思う。


みんなが自分のことのようにこうした決断や変化を受け容れるべきだと思う。


手に入れて失い、手離して手に入るものがある。今回、彼はまた大きなものを得ると思う。


https://www.patagonia.jp/home/

明治人のお葬式






以下、10年前に出版した拙著『仏教徒 坂本龍馬』で維新後の要人の葬儀について触れた部分を抜粋します。


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『明治人のお葬式』(此経啓助著・現代書館・二〇〇一)には、詳しく有力者たちの葬儀の模様や経緯、背景が書かれている。その中から一つ例をとってみると、山内容堂は、明治五年(一八七二)六月二十一日に没した。その一週間後、先に挙げた「自葬の禁止」なる太政官布告が出された。明治政府は「神葬祭」を神道国教化政策の大きな柱としており、明治の世の人々に受け容れられるように体裁を整えなければならなかった。山内家は先祖代々仏式の葬儀を行ってきたが、この容堂に至って初めて神葬祭で盛大に行った。


明治十一年(一八七八)五月十四日、大久保利通が暗殺された。その葬儀は明治政府の威信をかけた大葬儀となった。大久保の喪主を勤めたのは平山省斎という当時権大教正の神職の者だった。彼は元幕臣で外国奉行などを務めたが、維新後蟄居した後に神道家となり、日枝神社、氷川神社の宮司となり、最終的には明治の神道界で最高位となる大教正となった。後に神道十三派の一つ神道大成教の初代管長となっている。神道界の重鎮が大久保の喪主を勤めたが、逆を返せば大久保に近い神職者であったから明治神道界の重鎮になれたとも言えるだろう。


大久保の葬式は、明治五年に神葬式専用の埋葬地として設けられた日本最初の公営墓地である青山墓地に於いて行われた。この青山墓地の仮神殿に於いて神葬式の葬儀が行われた。出棺前に招魂祭を行い、皇族や大臣、各国の公使など錚々たる参列者が集まって拝礼し、出棺されたという。


岩倉具視は明治十六年(一八八三)七月二十日に食道癌で没した。彼の葬儀は日本最初の国葬で、国費を以て国主催の下に行われた。葬儀費用は三万円、現代に換算すれば二億円に上る。その葬儀は当然のこととして神葬式で行われた。


喪主には出雲国造千家家の当主で、東京府知事や司法大臣も務めた千家尊福が就いた。前年、政府は神官の教導職の兼務を廃し、葬儀に関与しないこととした。同時に神社神道を公認し、この神道系諸教団によって葬儀に関与できる仕組みが出来ていた。この頃、神道界の内部では伊勢派と出雲派による対立がくすぶっており、それはある意味で本居宣長と平田篤胤の記紀解釈の相違点という延長線上にあった。この出雲大社の系譜は、岩倉らしく平田篤胤の説くところに近い。


明治十八年二月七日、岩崎弥太郎は没した。岩崎の葬儀は、明治の豪商らしく国葬のこれを上回る派手なものであった。葬儀執行のために雇った人足が七万人というから桁外れである。葬儀は神式。副斎主は本居宣長の曾孫に当たり、やはり後に大教主となる本居豊穎。明治の大成功者らしく、葬儀費用こそ一万円だったが、会葬者用の料理や菓子は六万人分、外国人用の料理は精養軒に三百人分を発注した。その石棺は豪華な伊豆石で造られていた。


伊藤博文は、岩倉具視、島津久光、三条実美、島津忠義、有栖川宮熾仁親王、毛利元徳、北白川宮能久親王に続く八人目の国葬として神式で葬儀が行われている。喪主は千家尊弘が勤め、三十万人の大群衆が見守った。


明治十年五月二十六日に没した桂小五郎こと木戸孝允は、神葬祭の盛んな中で敢えて仏式での葬儀を遺言し、事実そのとおりに執行された。木戸家は西本願寺の門徒として知られており、島地黙雷らが木戸に接近し、神道国教化政策への抵抗に協力したと言われている。葬儀の導師は西本願寺の門主、大教正大谷光尊が勤め、島地黙雷、大洲鉄然、赤松連城らが続いた。その葬列は質素だったが会葬者が多く、高台寺の前庭に仮屋をいくつも立てて執り行ったという。遺体は東山の墓所に運ばれた。


勝海舟は、明治三十二年(一八九九)一月十九日に没した。「大観院殿海舟日安大居士」という法号がついている。勝の遺骨は、故人の生前の申しつけとおり、別邸のあった洗足池の墓に収められた。「洗足池」という名称は、最晩年の日蓮が入滅直前にこの池の畔で足を洗ったという言い伝えに由来する。


「コレデオシマイ」


勝は最期に臨んでこの言葉を遺した。この言葉は、何より勝らしく法華経の信者らしい。なぜなら、法華経の信者とは、この娑婆世界での一生を修行と思い、この度の死を以て今回の修行は終わるが、また娑婆に戻って修行を重ねるという教えがあるからだ。未練もなにもない。


勝海舟は、伝統的な仏教式の葬儀を当たり前に行ったという。ただ、それだけであった。日蓮宗の小出海寿師とも小出日健師とも伝わる勝家に縁のある名も知られていない僧侶が導師を勤めた。喪主は、慶喜の十男で、勝の長男小鹿が亡くなった後に養子に迎えた十一才の少年であった。慶喜はこの養子話を聞いて、「勝は自分を恨んでいると思っていたのに、それほど自分のことを思ってくれていたのか」と喜んだという。徹頭徹尾、仏教徒・勝海舟らしい。


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この後、龍馬の葬儀の詳細ついて書いています。

2022年9月15日木曜日

PEACEDAY in KYOTO HBS MUSEUM






PEACEDAY


本日915日から30日まで、京都佛立ミュージアムでもPEACEDAYのイベントを開催いたします。


京都佛立ミュージアムが行ってきた平和に関する企画展や取り組みをパネルにまとめてご紹介します。


是非、ご来館くださいませ。


921日、「国際平和の日 = ピースデー」当日は、代々木公園で様々なジャンルの起業家、アスリート、アーティストをゲストに招き、世界平和へのメッセージをお届けします。


平和を考えるきっかけを作るブースや、世界各国の料理が楽しめるキッチンカーを展開し、「食」や「消費」からも世界平和を目指します。また、世界の平和へと願いを込めて、夜にはキャンドルナイトを開催。代々木公園に集う全ての人と一緒に平和を祈ります。


KYOTO HBS MUSEUM

PEACE ACTION


当ミュージアムは、2015 平成27) 終戦70 年の際、写真展「トランクの中の日本~戦争、平和、そして仏教」を開催しました。

終戦直後の広島・長崎を中心に焦土の日本や人々を撮影した米軍従軍カメラマン、ジョー・オダネル氏。彼の来日前後の心の変遷は、敵と味方の境界線を越え、戦争を拒み、平和を願う想いにかわっていきました。彼の行動、一枚一枚の写真が私たちに平和を守る難しさと大切さを伝え、世界に大きな影響を与えてくれています。


当展示は2018 平成30)2020 令和2) に京都で、2021 令和3) には「PEACE DAY WEEK」の関連イベントとして東京麹町LIFULL Table で初の国内館外展示を実施。さらに2018 年、2019 年にはサンマリノ共和国で行われた『サンマリノ・ニッポンまつり』の一環で同写真展を同国の国会議事堂(旧プブリコ宮殿)にて行い、欧州圏の多くの人に強い印象を残しました。


サンマリノ共和国に隣接するイタリアの街リミニ市では2022 令和4)、リミニ市で38 年の歴史をもつカトゥーンクラブ・リミニ主催のアニメフェスティバルの一環として、当展示の開催が実現。

欧州で核兵器の使用も現実味を帯び、危機感が増している今こそ、写真展を開催して欲しいという要望を受け、イタリア初の開催が実現しました。


長松館長は開会式で「「写真展では撮影者・ジョー・オダネル氏の心の変遷を追体験していただきたい。

敵愾心に燃えて日本にやってきた彼が、多くの日本人と触れ合い、被爆者と面談し、長崎の爆心地で幼い兄弟と出会った頃に『敵と味方の境界線は幻覚や妄想に近いものだ。』という心境に到達していたこと。

私たちはここに仏陀の教えに通じる真理があると考えます。」と挨拶し、展示会への想いを伝えました。


#PEACEDAY #PEACEDAY2022 #KYOTO #HBSMUSEUM #京都佛立ミュージアム 

2022年9月14日水曜日

手作りのネパール料理

























日本在住のネパール信徒 ジッツ君が妙深寺の御講師方、清和会の皆さんへ約30人分のネパール料理を作り、ご供養として振る舞ってくださいました。


妙深寺の森は黒崎とし子さんが「佛立農園(Primordial Buddhism Farm)」を開墾、たくさんのお野菜を育ててくださっています。


東京に住んでいるジッツ君と奥さん。妙深寺まで電車を乗り継いで朝参詣し、そのままとし子さんと一緒に農園でご奉公してくれていました。


夏の終わり、佛立農園産の見事なカボチャ、お野菜も大収穫。これらを使って作ってくれたダルバート。香辛料も入れると8品。本当にありがたい。


ウィニーちゃんも大活躍でお料理を手伝ってくれました。ありがたい🙏


かけひき、トラップ、癒着、密着、利害損得。こんな雰囲気の世界の中で、大切なことに気づかせてくれる。


たくさんの手間ひまをかけて、たっぷり時間を費やして、まごころをこめた、まさに愛情いっぱいの手作りのご供養、本当に、ありがとうございます。


ありがとうございます。

2022年9月12日月曜日

丁寧に、改良する


日曜日は8時、10時半、12時半、15時、18時半と超過密。22時前に品川駅から東海道線で戻ってきました。


重ね重ね現証のありがたさ、厳しさ、尊さを実感する御講。慣れるはなめる、あなどる。普段は油断。元に戻る。丁寧に、改良する。


今日は龍ノ口。10時半、12時、15時、18時半にご奉公があり、今日も濃密です。体調を整えて臨みます。


ありがとうございます。

2022年9月11日日曜日

言葉


どんなにささやかな役割であってもかまわない。僕らは自分の役割を自覚して初めて幸せになれる。そのとき初めて、心穏やかに生き、心穏やかに死ぬことができる。人生に意味を与えるものは、死に意味を与えるものだから。

人間の大地


すべての人が、程度の差こそあれ、漠然とでも本当の人間になりたいと望んでいる。ただし、気をつけなければいけないのは、その解決法の中には人を欺くものもあると言うことだ。たしかに軍服を着せることによって、人々に生気を取り戻させることができるだろう。皆、戦争賛歌を歌い、戦友とパンを分かち合うに違いない。一つの目的を仲間と共有する喜びを味わって、探しものを見つけ出した気にもなるだろう。だが、結局、人々はパンを与えられる代わりに命を奪われるのだ。


砂漠と化してしまった世界の中で、僕らは仲間を見つけたいと言う渇きに似た欲望に苛まれていた。戦友と分かち合うパンの味に惹かれて、戦争の価値を認めるようになったのもそのためだ。だが、じつは、同じ目的に向かって走るレースに参加し、触れ合う肩の温かみを感じるのに、戦争は必要ない。僕らは戦争にたぶらかされている。憎しみと言う感情が付け加わったところで、レースの興奮がわずかなりとも増すわけではない。


どうして僕らが憎しみあったりするだろう。僕らはこの世界に対して連帯して責任を負っているのだ。僕らは皆、同じ惑星によって運ばれていく仲間であり、同じ船の乗組員なのだ。さまざまな文明がぶつかりあいながら新たな統合を目指すのはいいが、互いにむさぼりあうのはごめんだ。


「人間の大地」サン=テグジュペリ

9月2日のFMヨコハマ「横浜ラグーン」

  瞬く間に1週間が経過してしまいました。 ネパールの大規模土石流災害は8月26日の水曜日に発生しました。明日で2週間となります。 私は8月19日の水曜日までネパールにおりました。災害発生の1週間前です。実に、何が起こるか分からない無常の世を痛感いたしました。 この2週間、妙深寺...